とある二人の雛祭り
雛祭りは祝日に設定されておらず「そういう日」として各自思い思いに過ごすのが一般的だろう。
ただ、学園都市では「節句」として以外にしっかりと学校一つ一つでイベントが設けられている。
それをキッカケにして、他校の生徒との交流が中心となる場合が多くあるのだ。
もちろん常盤台中学校も例外ではない、この日の為に生徒に準備を促していた
その内容は「学舎の園」にある寮とその外での寮によって小さくとも大きい違いがある
「中」では、同じ常盤台中学校の生徒をその催しに招待する事が出来る
これは同学年の人を招待するというより学年が違う人を招待する為にあるというのが正しい。
「外」では、常盤台の生徒だけではなく他校の生徒を招待する事が出来る
どういう理屈で可能かと言うと「常盤台の人に誘われて断る理由がない」という事
「理由にならないんじゃないか?」との声も飛びそうだが、学園都市ではこれが「十分な理由」になる。
これが生徒に伝えられたのは二月の末、招待状は各生徒につき二枚づつ渡される。
それが渡された夜、実はもう美琴と黒子は招待する人物に接触し招待状を渡し終えていた。
「黒子は誰を招待したの?」
「昨年の盛夏祭同様に初春と佐天さんを…。お姉様は何方を招待しましたの?」
「私!?」
「いきなり声を大きくされてどうしましたの…? 寮監様が飛んできますわよ」
「ご、ごめん…」
「……あの殿方ですのね」
「そ、そうよ! うちに来れば美味しい食べ物もあるから、あの馬鹿も助かると思ってね。あ~美琴さんやさしー」
「そういう事にしておきますの、ではわたくしはお先に…おやすみなさいませ」
「…おやすみ黒子」
そして雛祭り当日を迎えた、盛夏祭ではメイド姿だった美琴たちだが、この日は和服姿で招待した人を持て成す。
盛夏祭と決定的に違うのは開催日が休日でも何でもないという事、そのせいもあってか会場も落ち着いた雰囲気に仕上がっている。
「初春、佐天さんいらっしゃいませ」
「白井さんこんにちは! ほぇ~今回は和服ですかぁ、さすがお嬢様学校!」
「前回と同じ会場のハズなのに雰囲気が全く違います!」
黒子が招待した佐天涙子と初春飾利が到着した、初春は前回同様に目を輝かせて会場の見渡している
佐天はいつも通り天真爛漫な振る舞い、前回と違い会場にワイワイした様子が一切ないので少し控えめではあるが…。
「…御坂さんは?」
「そういえば見かけませんね」
「お姉様なら確か招待客を迎えに…」
「…男かな、どう思う初春?」
「御坂さんに限ってそれはないと思いますよ」
「私に限ってそれはない…ねぇ?」
「ひぇえ!? 御坂さん!?」
「御坂さんこんにちはー 隣の彼氏さん、紹介してくださいよ!」
「か、か、彼氏!? 違う違う違う! そんなんじゃないから、ほらアンタもなんか言ってやりなさい」
「どうもー美琴がいつもお世話になってます」
「み、美琴!? ちょっとアンタ、誤解を招くような事言うんじゃないわよ!」
「御坂さん、そんなに隠さなくたって良いじゃないですか!」
「そうですよ、佐天さんの言う通り隠す必要なんてありません! …アレ?白井さんは?」
「御坂さんが彼氏を連れてきたからショックでまさか…初春、探しに行くよ!」
「佐天さん、引っ張らないでください! 分かりました、分かりましたから!」
「…初春さんと佐天さん行っちゃったじゃない、まだ誤解も解けてないのに」
「誤解? 俺なんか言ったっけ?」
「……美琴って…」
「名前で呼んじゃダメなのか?」
「ダメじゃない…けど、初春さんと佐天は私たちが…つ、付き合ってるって勘違いしてたわよ」
「もう一回会うだろうし、その時に説明すっか…ま、常盤台のお嬢様が俺みたいな奴と付き合ってるって勘違いされたら迷惑だろうしな」
「……べ、別に迷惑じゃないわよ。む、むしろ嬉しいっていうか…」
「上条さんにはその感情…分かりません」
「と、取り敢えずここで話しててもアレだから、適当に歩きましょ」
「だな…。俺は学校で出席取って、そっとここに来ようとしたら、先生が事情を話しちゃって、そしてクラスの男子全員に敵視され…。うっ…目から水が」
「……今日はそれを取り戻すくらい楽しんで行きなさいよ! ほら一から十まで私が案内してあげるから、ねっ?」
「…お願いします」
「そうそう、もし明日学校に行ってなんか言われたら、私に相談しなさい…全部焼っとくから」
「それは冗談にならないからやめてください!!」
まずは外に飾ってある雛壇を見に行くことにした。今日の目玉と言っても良いだろう。
そこに行くまでの間、上条はいつか自販機前で美琴に言われた一言が頭にふと思い浮かんだ…
「――美琴センセー直々のプレゼントだなんてウチの後輩だったら卒倒してるのよん」
これが大袈裟な一言でない事を身を持って知った、道は開くし、生徒一人一人が「御坂様」と言い挨拶してくる。
御坂美琴は常盤台のエース、そして超能力者…自分と住む世界が根本的に違うとも感じていた。
「ホレ!ここよここ、って言ってもこれだけ大きければ分かるわよね」
「御坂…これってどうやって組み立てたんだ? それにどうやって人形を飾った」
「雛壇の組み立てなら業者がやってたわよ、人形も同じ」
「やることの桁が違いすぎる……そういうのって普通さ先生と生徒が協力してやるもんじゃねぇのか?」
「知らないわよそんなの、人形はうちの生徒で作ったものだけどね」
「作った…?これを…?中学生が…?」
「うん」
「一言で済ませるんじゃねぇよ!」
「そういえば私も一年生の時やったな~これ」
「へ?一年生…?」
「うん」
「だから一言で済ませるなっつーの!」
「私に説明しろって事?しない事もないけど、面倒なのよね~」
「いやいやそこまでは申しておりません…なんか視線が痛いし」
各方向から上条に明らかに敵意のある視線が送られていた。
生徒たちは「御坂様のお隣にいる男の方は…」「あんな奴が御坂様にお近づきになるなんて許せませんわ…」等。
もし無能力者だと知られたら色々な意味でマズイかもしれない…と心の中で考えている上条だった。
「確かにここだと人が多いかもしれないわね……。そうだ、ちょっと来て!」
「どこかいい場所があんのか…?」
「良いから黙って付いてくる!」
「へいへい…」
美琴に静かに歩くように念を押されながら、上条は黙って付いて行く…。
「ふぅ~ここなら誰もこないわよ」
「ってオマエの部屋かい!?」
「ダメ…?」
「…ダメって言ったら?」
「別に何もしないわよ(パチパチ…」
「…ダメじゃないです!」
「よろしい」
実力行使?で上条を黙らせはしたけども、何をしたら良いか全く分からない美琴
本来はイベントに招待した人を部屋に招いてしまった事に若干の罪悪感を感じてたり…はしていない。
そんな中別の違和感を感じて、そろそろ口の我慢が利かなくなってきた上条が口を開く。
「お年頃のオンナノコとオトコノコが部屋に二人きりというのは色々な意味でマズイと思います、ハイ」
「…アンタはなんかする気なワケ?」
「いえいえいえいえ滅相もございません!! 常盤台の御坂美琴様に手を出せる男がこの世にいるワケがないじゃありませんか!」
「アンタ以外はいないわよ…」
「ですから上条さんは御坂さんに手を出すような事はしませんって!」
「そーじゃなくて! アンタになら手を出されても良いって言ってんのよ!」
「今なんとおっしゃいまし……っておい!?」
自分の言った言葉に反応して、勝手に気絶してしまった御坂美琴お嬢様の今後は如何に…。
(おね・・・さま…お姉様!)
黒子の呼び掛けで美琴は目を覚ました……。
目を開けるとそこはベッドの上…気を失う前の記憶がパッと頭の中に戻ってきた。
(ああ…私、あんな事言ってたんだ…)
思い起こすと恥ずかしさより、ムキになってしまった自分が嫌になる
あんな事を言われて困るのは「アイツ」だって分かっているし、何より自分が素直になり切れていないままなのに…。
「黒子……? ア、アイツは!?」
「ご心配なさらずに…部屋の外に出ていてもらっているだけですの」
「そ、そう…。初春さんと佐天さんは?」
「同じく外で待ってもらっていますの、お姉様が倒れた。というのは知らせていません。知ったら騒ぎになるでしょうし」
「気を使わせて悪いわね…」
「構いませんのよ、様子を見る限り体調が悪い…という事でもないでしょうしね」
「ちょっとコントロールが利かなくなっただけだから…」
「コントロール? ま、良いですわ。…でも念のために少しはお休み下さい」
「うん、分かってるって」
「何かご要望がありましたら、即座にこの黒子が対応しますので何なりと申し付けてくださいまし」
「……じゃ、黒子。一つ聞いていいかしら?」
「いきなりですが、なんでしょう?」
「どうやったら素直になれるのかしらね…」
「これまたいきなりですわね……。強いて言えば『認める事』だと思いますの」
「認める…?」
「わたくしがお姉様への想いを自分で認めるまでの日記ですの、もちろん今だからお見せしますが…」
黒子から渡されたノートに目を通す……。
『○月☆日…うわさの『超電磁砲』とやらを初めて目撃しましたの...』
『◎月▲日…生徒間の睨み合いに遭遇し、何事かと野次馬に聞いたところ...』
『◎月×日…廊下や中庭であの方を見受けると...』
『◎月◆日…気がつくと...』
『◎月○日…これは…………恋!?』
『◎月☆日…お姉さまお姉さまお姉さまお姉さまお姉さまお姉さま...』
「ふふ…なによコレ」
(私は、アイツの事が……アイツの事が…うん、好き…なのよね)
美琴は笑いながらノートを閉じる、その表情はどこか吹っ切れたようだった。
「黒子、聞いて欲しいことがあるんだけど…」
「お姉様が黒子を頼りに…。喜んでお聞きしますの!(このタイミング…もしや)」
「私…告白しようと思うんだ――」
「(キマシタワー!!!)心の準備は出来てますの…」
「――アイツに…」
「は?」
「自分の気持ちに素直になる…これだけで良かったんだって。黒子のお陰で気付かされた。
それで今思ったんだ、自分で自分に嘘を付かないでぶつかって行けば良かったんだ…ってね」
「はぁ……」
――部屋の中でこんな事が行われている最中、扉の外では……。
「どうやって御坂さんを落としたんですかっ!?もしくはどうやって落とされたんですかっ!?」
「私もそれ気になります!」
佐天と初春に尋問される上条当麻の姿があった……。
「いやぁ~だからアイツとはそんなんじゃないんだって」
「そんなぁ~。だってさっき「美琴」とか行ってたじゃないですかぁー」
「だからあれはさ……」
「「隠さなくたって分かってますって!」」
「ハハハッ…不幸だ……」
「…でも、御坂さんの恋人っていうくらいだから物凄い能力者だったりして…」
「それも聞かせて下さい!!」
「俺?レベル0だけど…」
「「えっ?」」
「だから、俺は純度一〇〇パーセントの無能力者」
「あの――」
「御坂さんが?」
佐天と初春は心の底から驚いたようで、思わず顔を合わせる。
「ますます気になるねぇ、初春」
「そうですね、佐天さん!」
「不幸だ……」
――再び部屋の中へ……。
「一つ条件がありますの……」
「ん…?」
「お姉様があの殿方に告白するのは良しとします、しかし…あの殿方がお姉様の告白を万が一断りでもしたら…。
その時は蜂の巣にさせて頂きますの、これでも良ければお姉様は今すぐあの殿方の元へ行き、想いを伝えてくださいまし」
いつにない真剣な表情で話す、風紀委員の少女。
「…もう今更、曲げられないわよ。アイツに対する想いは…」
美琴も同じく真剣な表情で伝える、その表情に不安の色は全くなかった。
対する黒子はグッと唇を噛み締める…想像する以上に美琴の上条に対する想いは強く…そして深かった事を思い知らされ…
半ばハッタリのセリフなんか簡単に打ち消されてしまった。
「負けましたわ……。…素直に応援は出来ませんが。一押しくらいはさせてもらいますの。人殺しにはなりたくありませんからね…」
そう言って黒子は、ベッドの下からとある衣装を取り出す…。
何故、黒子のベッドの下に保管してあったのかをツッコむ人物は皆無である。
「それって……」
「…盛夏祭の時、ヴァイオリンの独奏で着用してた衣装ですの。お姉様の魅力なら何を着ようと結果は同じだと思うのですが
これを着てステージの上にあがられていたお姉様はいつも以上に輝いていましたので…」
美琴は思い出す、確かあの時『あの馬鹿』に舞台裏で助けられた事を……。
「ありがとう黒子…」
「いえ、人殺しにはなりたくないだけですの。ですので失敗して欲しくないんですのよ…だから頑張ってくださいまし」
黒子はそう言い残すと、寮の中で禁止されてハズの能力を使いその場を去った。
美琴は一呼吸置くと、扉の外で待っているターゲットに狙いを定めた
絶対に撃ち抜かなければならない相手…先にも後にも変えられる者はいない。
「ちょっと来て…」
「うおっ!? 御坂か…ビックリさせんなよ」
「悪いけど、佐天さんと初春さんは外で待っててちょうだい」
「分かりました!(きっとLoveなアレだよね、初春!)」
「(間違いありませんよ、佐天さん!)」
上条が部屋へ連れ込まれるのを見て、すかさず扉へ耳を押し付けている佐天涙子と初春飾利。
だがこの程度で聞こえる程、薄っぺらい壁でも無いので普通に考えれば外に居る佐天と初春に中の会話が届く事はない。
「もう寝てなくて良いの……」
ピタっと言葉が止まった、目の前には見覚えのある『女性』が頬を赤らめながら立っていた。
「あんまり見るんじゃないわよ…恥ずかしいじゃない」
「ちょっと御坂、俺に電撃を飛ばしてくれ」
「はぁ!? アンタは一体何考えてんのよ」
「これが夢ならさっさと醒めて欲しい……」
「今さコイン持ってないのよね…」
「レールガンを要求した覚えは皆無なのですが!?」
「…ま、そんなのはどうでもいいのよ…アンタは今から夢みたいな体験をするんだからね」
「へ?」
美琴は上条の右手をグッと掴み、自分の胸へ押し付ける。
「ちょ、み、み、み御坂さんは一体ナニを!?まさかこれを口実に上条さんをあの世に葬ろうとお考えなのですか!!??」
「べ、別に変な意味はないわよ、生体電気の流れからアンタの脳波と心拍数を…」
「上条さんはどこでこんなフラグを建てたんでしょうか……。そんなことよりいい加減その危険なゾーンから開放して下さいっ!」
「誰のため…そして何のためにこんな恥ずかしい事してると思ってんのよ!」
「ですから上条さんを……」
またもや上条の言葉が止まる…そう、いくら鈍感な上条でも体に伝わるモノは当然伝わるのだ
柔らかい感触…と同時に美琴の胸の鼓動が手を伝い、響いてくる。それは強く…そして速いモノだった。
そしてこれと同時に上条の心拍数の変化等を感知した美琴が、ここしかないというタイミングで動く…。
「…アンタの事が好き」
言葉にすると僅かだが、その言葉に詰まった想いは当然、これだけで表せるモノではない。
肝心の上条は自分の中で否定していた感情を解こうとしていた…。
何故なら、目の前に居る人物が『女性』にしか見えなくなってしまったのだ。
「なんていうか…上手く言葉じゃ表せねぇけど、御坂、スゲェ綺麗だ…」
「本当…?」
「ああ、もうオマエしか見えない…。今まで放っておいてゴメンな――」
今度は上条が開いている左腕で美琴を自分の胸に引き寄せた。
美琴の想いはしっかりと上条に届き、そして受け入れられた。
「これから…ずっと一緒に居てくれる?」
「当たり前だろ……。天国だろうが地獄だろうが、ずっと一緒に居てやる」
「一つ欲しいモノがあるんだけど…」
「なんだ?」
「アンタの唇……」
「…そんなモノでいいんかよ?」
「じゃ、アンタが欲しい…」
その時、扉の隙間から覗いている人物が…上条が扉に背を向けているせいで
美琴が確認することは不可能だ、そして上条も気付く気配はない。
「(なんか凄いモノを見てる気がする…って初春何やってんの?)」
「(動画で残して置かなければ、こうすれば御坂さんを自由自在に操れるかもしれません!)」
「(く、黒い…)」
「(何か言いましたか?)」
「(ううん、何でもない…でもこんなシーンを白井さんが見たら…)」
「(我慢、我慢ですの…お姉様の幸せの為にここは…)」
「「(白井さん!?)」」
驚いた二人は思わず扉に体重をかけてしまい、部屋の中へ倒れこむ…。
「なんだ!?」
美琴を抱いた状態のまま上条が後ろへ視線を向けるとそこには
下敷きになっている花飾りの少女とその上に倒れこむ天真爛漫な少女。
そしてハンカチを噛み締めて見つめているツインテールの少女の姿が…。
「御坂さん…こういう場合はどうすればいいのでしょうか?」
「……見せつけてやろうじゃないの」
「えっ?」
次の瞬間…上条の唇に美琴の唇が僅かな時間ではあったが、しっかりと重なった……。
「「御坂さん、大胆」」
「お姉様が……」
目を輝かせる二人に石化した人間が一人…。
「後でもっとしよ♪」
「…たった今、上条さんの中の何かが確実に壊されましたよ…もうどうなっても知らないからな!」
「責任…取ってくれるわよね?」
「もちろん…取らせていただきますよ」
そこには更に強くなった常盤台のエースとリミッターが壊された幻想殺しの少年が立っている
美琴は今まで絶対に向けなかった笑顔を上条へ向け、上条は今まで向けられた事のなかった笑顔に惹きこまれていた…。
そしてこの夜、常盤台女子寮にエースの姿は無かった…。
どこに居るか? …ご察しくださいまし……。
こうして二人の雛祭りは終了し、明日から新しい物語が始まる―――だろう
~終了~