A lie
御坂美琴はある少年を探していた。
理由はただ一つ。
自身に眠る莫大な感情を、打ち明けるため。
「…………いた」
美琴が想いを寄せる彼は、いつの日かの鉄橋に佇んでいた。
何故こんなところにいるのだろう? そんな疑問が頭によぎったが、それについては考えない。
今はただ、想いを告げることだけを考えた。
「アンタ!」
「っ……………ああ、御坂か」
少し驚いた顔をした後、いつもの調子、いつもの顔で、彼は振り向いた。
その顔をみると、すぐに心臓の鼓動が速くなる。
これから言おうとしていることを考えて、美琴の心臓の鼓動はさらに速くなる。
それをなんとか必死に抑えて、言葉を搾り出す。
「大事な話が、あるの」
「ん? なんだ?」
自分が緊張しているのがわかる。
それでも。
精一杯の勇気をもって。
御坂美琴は、上条当麻に告白する。
「私は、アンタのことが……………………好き」
上条は驚いたような顔をしていた。
それは、すぐに真剣な表情へと変わる。
少しの静寂。
上条は真剣に考えてくれているようだった。
美琴は上条の次の言葉を期待と不安を混ぜながら待つ。
「……………俺は、お前とは付き合えない」
「ッ!!??」
その言葉で美琴の体に衝撃が走る。
上手く呼吸することができない。涙が零れそうになる。頭の中が真っ白になる。
それでも、なんとか言葉を搾り出す。
「な……ん、で?」
「嫌いなんだよ。お前のこと」
「ッ!!!???」
嫌い。その言葉が美琴の心を貫いた。
ただ、一歩二歩と後ろに下がる。それだけ衝撃を受けていた。
涙が勝手に溢れ出し、頬を伝ってブレザーに落ちる。
顔を見られまいと俯くが、涙は濡らす標的を地面に変えただけで、止まらない。
足腰に力が入らない。それでも、なんとか立ち続ける。
全身が震えだす。汗が噴き出す。
上条が何かを言っていても、聞こえない。聴覚が働かない。脳が働かない。
ただ、上条当麻は御坂美琴のことが嫌いだという事実が美琴の頭を埋め尽くす。
もう、その場にいることなどできなかった。
震える全身を強引に動かして、足腰に強引に力を入れて。上条に背を向けて走り出す。
「ッ」
美琴は後ろを振り返る事なく、ただただ一直線に走り去っていった。
瞳から零れ出る雫を拭おうともせずに。
その様子を、上条は奥歯を噛み締めながら見送ったことを美琴は気づかなかった。
白井黒子は風紀委員の仕事が早く終わったので、寮に帰ってきていた。
少し疲れた様子で、ベッドに腰掛けている。
(はあー。疲れましたわね、全く)
疲れをテレポートできたらいいですのに。などとできないことを思いつつため息を吐く。
そこでふと頭をよぎるのは、愛しのお姉様、御坂美琴のことだった。
(お姉様はどこに行かれたのでしょう? わたくしに何も言わないで行くなんて……。まあ、いつものことなのですけれど)
まさかまたあの殿方と……!? などとその場面を少し想像して怒りに火が点く。
すると、噂をすればなんとやら。コツコツという足音が扉の外から聞こえた。その足音は紛れもない、白井の愛するお姉様―――御坂美琴の足音だった。
ガチャ…と部屋のドアが開いた音を聞いて、白井はドアの方を見る。
「お早いお帰りです―――ッ!? お姉様!? 一体どうされたんですの!!??」
「…………ただいま」
白井は帰ってきた愛しのお姉様をみて驚愕で目を見開いた。
美琴は今もなお零れ落ちる涙を拭おうともしていない。涙は頬を伝ってブレザーに染みを作っている。
白井に対して弱みを見せることなど一切なかった美琴が、涙を流しているのを隠そうともしていない。
それはつまり、隠そうと思うことさえ忘れさせる程までにショックなことがあったということ。そこまで美琴に影響を与える人物を、白井は一人しか知らない。だが、その人物はそのようなことをする人物ではなかったはずだ。
何と言葉をかけたらいいかわからないでいると、美琴が口を開いた。
「私、フラれたんだ。アイツに。………嫌われてたんだ」
「ッ!!??」
美琴はそういうと、フラフラとベッドの方へと歩き出す。その足取りはおぼつかなく、今にも倒れてしまいそうなほどだった。
様々な衝撃が白井に襲い掛かる。
それは、美琴がフラれたという事実と、美琴がその事実を打ち明けたという事実、そして、美琴が想いを寄せる彼が美琴に対し嫌いと言った事実だった。
そんな衝撃の事実を言われて、白井は何も言ってあげることができなかった。
「黒子。私……ちょっと休むね」
美琴が力なく自分のベッドへと倒れこんだ。掛け布団を思い切り抱きしめて、声を押し殺して泣きはじめた。
白井はその様子を見てられなくて、ここから去ることを決める。内に多大なる感情を閉じ込めて。
「お姉様。わたくし、少し、出掛けて参りますわ」
白井黒子はそういうと208号室からテレポートした。
行き先など、決まっていた。
「不幸……いや、そんなこと言う資格もないか」
もう半ば口癖になりかけている言葉を言いかけて、やめる。
今いる場所は第23学区。1時間後には上条は学園都市から消えるだろう。
(御坂が俺のことを好き、か…………)
上条は美琴のことを嫌いではなかった。嫌いなはずがなかった。
異性として好きか? という質問ではわからないと答えるしかないが、大切な人かという質問をされたらイエスと即答することができる。
それなのに、嫌いだと偽って傷つけた。
(もし帰ってこれたら、今度からはいつものように騒げないのか……)
今度行く場所は、生きて帰ってこれるかなんてわからない。
生きて帰ってくるつもりではあるが、確証なんて持てなかった。
なぜなら今までだって何度も死にかけたのだ。今度は生きて帰れるとは限らない。
しかも、今度行く場所は今までよりも危険だということがわかっている。
だから、突き放した。
返事を待ってくれという希望を持たせる形の場合、もし死んでしまった時に悲しむと思ったから。
だから、嫌いだと突き放すことで、諦めて、嫌われる方を選んだ。
そちらの方が、死んだと知った時傷は深くないと思ったから。
どっちを選んでも傷つけてしまうのなら、せめて傷が深くない方を選ぼうと。
そこに、美琴の意思はない。でも、言えるはずがなかった。
元々言うつもりもなかったし、告白なんてされれば余計言えるはずがない。
好きな人が危険な場所へ行こうとしているのを知って、止めない人間がいるはずがない。いや、美琴ならついて行くと言い出しかねない。
そんな美琴を巻き込もうなんて思えるはずがなかった。
「……ゴメン」
人知れず、上条は呟いていた。
わかっている。自分勝手だということは。それでも、大切な人を危険になんて晒したくない。例え、どれだけ強くても。
そんな気持ちから思わず口から零れていたのだろう。
「謝るのなら、謝る相手の前まで言って謝るべきではありません?」
「ッ!!??」
内側にばかり意識がいっていたせいで接近に全く気づかなかった。もしかしたらテレポートで現れたのかもしれないが。
上条は心臓が止まるかと思いつつも、話し掛けてきた相手の方を向く。
「白井か……驚かせるなよ。ビックリしたじゃねえか」
そんなことを言ってみせるが、白井は一切反応せずに上条に近づいてくる。
そんな白井の様子を不思議に思うが、そんなことなど次の瞬間吹っ飛んだ。
スパァアン!という音が周りに鳴り響く。
その直後に襲ってくる頬の痛みから、ようやく自分はビンタされたのだと知る。
混乱した頭の状態のまま、その行為を行った人物を睨む。
「いきなり何すんだっ!!」
「何すんだとはこっちの台詞ですのよこの野郎」
明らかに白井は怒っていた。
だが白井にそんなことを言われなければならない覚えはない。何もしていないはずだ。
上条は俺が一体何をしたと言おうと口を開きかけて、気づく。
白井が怒っているのは別に上条が白井に何かをしたとは限らないということに。
最近自分がとった行動と照らし合わせてみれば、何に対して白井が怒っているのかはすぐにわかった。
白井の敬愛する御坂美琴に対してとった行動のことだ。
「……あのことか」
「ええ、わたくしは怒りに怒り狂っておりますのよ。どうして―――」
そこで白井は言葉を一度止める。必要な間なのだろう。
この後に来るのはどんな罵詈雑言だろうか。だが、例えどんな罵倒であっても受け入れるつもりだった。
「―――嘘をついたんですの?」
「ッ!!??」
上条は驚きで目を見開いた。美琴を悲しませたことで罵倒されると思っていたから。まさか嘘であるなどとバレているとは思ってもいなかったから。
だが、嘘だと認めるわけにはいかない。結果的に美琴に希望を持たせるようなことはできない。
「…何言ってんだよ。嘘なんて俺がいつ」
「しらばっくれても無駄ですの」
上条の言葉を白井は途中でばっさりと切り捨てた。そんな言葉(ごまかし)など聞く必要がないとばかりに。
上条は白井の態度に驚くが、表情には出さない。
「貴方が何を思って嘘をついているのか、そこまではわたくしにもわかりませんけど、貴方はお姉さまの気持ちを一度でも考えたことがありますの? お姉様は貴方のことを本当に本気で好きなんですのよ。それこそ、わたくしが入り込む余地などないくらいに。わたくしとしては認めたくはありませんけど。そんなお姉様が、何を想って貴方に告白したかわかりますの? いつもは素直になれないお姉様が! 勇気を振り絞って! フラれるかもしれない恐怖に打ち克って! そうしてようやく搾り出した、凝縮された一つの言葉を! 貴方はなんの想いも込められていない嘘を告げて! お姉様の気持ちも考えずに傷つけたんですのよ!?」
「………」
上条は何も言い返すことができない。全て事実だったから。
美琴がどれだけの想いを内側に秘めていたのかなど知らないし、その想いを告げるのに費やした苦労など一切考えてなどいない。そのことを理解しておきながら上条は嘘をつき、傷つけたのだ。
その事実を知った白井が怒るのも当然だった。
「貴方は、お姉様の真剣で、純粋で、一途な気持ちを弄んだんですのよ」
「っ違う!!」
思わず、上条は叫んでいた。言ってから、ハッとする。一度言ってしまった言葉は取り消せない。故に、今言った言葉も取り消すことはできない。それでも、その言葉は否定したかった。
対して白井は少し微笑んでいた。本当の言葉が聞けたと言わんばかりに。
「違うなら、なんだと言うんですの?」
「……弄んだわけじゃ、ねえよ。嫌いっていうのは、本心だ」
「………強情ですこと。あくまで嘘を貫き通すつもりですの?」
白井は呆れたようにため息を吐いた。
上条の嘘と動揺などを隠す演技は全て、白井には通じていない。
だが、白井が揺さぶっても、上条が嘘をつくのを止めようとはしない。
そして、白井が上条を揺さぶることのできる手札は、あと一つしか存在しない。白井は、その手札を使うことを決意する。これで上条が認めなければ、白井の負けだ。
「なら、あの約束はなんだったんですの?」
「……約束?」
「お姉様と、その周りの世界を守るんでしょう?」
「ッ!!??」
上条の肩がギクリと跳ねた。その瞳に宿るのは明らかな動揺。だがその動揺もすぐに隠れてしまった。
白井は上条のその決して折れない芯の強さに内心驚く。
「それは」
「本当にお姉様が嫌いなら、そんな約束など最初からしませんわよね?」
「ッ」
上条の言葉を遮って、先手を打つ。この先手はとても有効だったようで、上条は言葉を詰まらせた。
上条はどうすればいいか必死で考える。だが、上手い返し方など思い浮かばなかった。
白井は、上条が言葉を発するのを待っている。
元々、嘘だったのだ。嘘を積み重ねて隠し通せることなどほとんどない。
それに、今言ったところで白井が美琴にそのことを言うまでには時間がある。仮に電話を使ったところで、美琴がここに来る頃には上条は学園都市からいないだろう。
打算的で最悪だとは思う。だが、それでも、美琴を危険に巻き込みたくない。
上条は諦めて白状することにした。
「……………………ああ、そうだよ。俺は御坂美琴を嫌いじゃない」
「やっといいやがりましたわね」
白井は疲れたようにため息を吐いた。だが、白井にはまだやらなければならないことがある。
白井は再び真剣な眼差しで上条を見て、追及する。
「どうして嘘などついたんですの?」
「言わない」
間髪いれずに、はっきりと上条は言った。それは、確固たる意志の表れだった。
上条はその理由だけは言わない。言えない。言いたくない。言えばまず間違いなく白井が止めにくるだろう。そうなってしまえば恐らく、飛行機に乗れないか、美琴に事実が伝わって美琴が来て止められる。
「言いなさい」
「言わない」
「言わないと、金属矢をぶち込みますわよ?」
「言わない」
白井が脅しても、上条は決して揺るがない。
白井には、上条を少しでも揺さぶることのできる手札が存在しない。
「全く、参りましたわね……。ここまで強情な方など初めてお会いしましたわ」
「……………」
2人の間に静寂が流れる。
ふと、上条は疑問に思ったので訊いてみることにした。
「……なあ。なんで俺の居場所がわかったんだ?」
「……大変でしたんですわよ? ジャッジメントの詰め所へ行って、ジャッジメントの権限をフル活用して衛星の監視カメラを使って、同僚にも手伝ってもらったんですのよ。おかげで今度奢らなくてはならなくなりましたわよ」
「……そうか」
疑問が解消されると、再び2人静寂が流れる。
上条が学園都市からいなくなる時間も着々と迫っていた。
不意に、白井は携帯を取り出す。
上条はその様子に美琴に知らせるのかと思うが、白井の行動は違った。
白井はただ携帯を見てポツリと言った。
「…………恐らく、そろそろですわね」
「は?」
上条は白井の言葉の意味がわからなかった。
白井は上条を無視して背後にある入り口の方を見やる。
上条も釣られて白井が見ている方を向く。
丁度その時、入り口のところに人がやってきていた。
入り口に立っている人物を見て、上条は目を見開く。
「ッ!!!!????」
その人物は、肩で大きく息をしながら、それでも足取りはしっかりとして、上条の方へと歩いてくる。
それは、カエルをモチーフにした携帯電話を手に持って、常盤台中学の制服に身を纏って。学園都市にも7人しかいないレベル5の第3位、『超電磁砲』の異名を持つ。
「見つけた……」
「御……坂……!?」
上条にとって、今最も会いたくない、会ってはならない人物。御坂美琴だった。
白井は美琴が来るとテレポートでどこかへ行ってしまった。
だが、今の上条にそんなことを気にする余裕など存在していなかった。
「な……んで…? ここに……?」
驚きで上手く言葉に出せず、途切れ途切れのような感じになってしまった。
「コレよ」
美琴は携帯電話の画面を見せる。そこにはGPSの使用コードが書かれているメールが表示されていた。送信者は白井黒子となっている。
美琴はそれを見せたことを確認すると、ポケットにしまった。
上条は理解した。白井はこのメールを送ってから上条に会っていたということを。
だが、それでやって来ただけなら、上条が嘘を言っていたことは知らないはずだ。
「なんだよ……そういうことかよ。……で? 俺になんの用だよビリビリ?」
素っ気無い態度をとって、嘘の続きをする。上条は美琴のことが嫌いだと思わせるために。胸の奥でチクリとした痛みが走るが気のせいだと思い込むことにした。
美琴は上条の様子に痛みを受けたような顔をする。だが、それはすぐにいつもの表情に隠された。
その様子を見逃さなかった上条は、胸の奥で先ほどよりも強い痛みが襲ってくる。だが、上条はそれを表情には決して出さず、無視した。
美琴は少し唇を噛むと、搾り出すように言った。
「やめ、なさいよ」
「は? やめるって、何をだよ?」
「アンタが嘘をついてたってことはもう知ってるんだから! 演技するのはやめなさいって言ってるのよ!!」
「ッ!!!!!????? な……………!?」
上条の肩がビクンと跳ね上がる。言われた言葉を理解できていない。いや、したくないのか。
なぜ? その言葉だけが上条の頭の中をグルグルと回る。
その疑問は口をついて出てきた。聞けば、認めたことになるのだが、今の上条にはそんなことに気づく余裕などなかった。
「なんで……知ってんだよ……?」
「聞いてたのよ。アンタが黒子と話している内容を」
美琴は携帯をポケットから取り出して少し操作する。
「コレでね」
そう言って美琴は携帯の画面を見せる。そこには白井黒子との通話時間がかいてあった。とても長い。
それを見て上条は気づく。
「まさか……!?」
「そ。アンタと黒子が話してるとき、黒子は私と電話を繋ぎっぱなしにしてたのよ」
それは奇しくも、美琴が上条の記憶喪失について知ったときと似た方法で。
上条は脱力した。
白井の役目は、美琴が来るまでの時間稼ぎだったのだ。
「はは、は。まいったな……」
「……それでアンタは、今度はどこに行こうとしてるわけ?」
「ッ!?」
ショックが抜けきらない状態で予想していなかった質問をされて、上条は驚く。
だが、本当のことを言うわけにはいかない。
「何、言ってんだよ。俺は別に」
「じゃあなんで、ココにいるのよ?」
「ッ」
上条は言葉に詰まった。第23学区になぜいるのかなど言い訳なんてできない。いや、したところで既に美琴には答えが大体わかっているだろう。
誤魔化せる道理はなかった。だから、上条がとることができる対抗手段は一つしかない。
「………」
「アンタが今度行く所と、今回の嘘は関係してる。……違う?」
上条は沈黙することで対抗しようと試みたが、どうやら美琴には効果がなかったらしい。
だから、上条は沈黙し続けることで情報をできる限り与えないという方法しかとることができない。
「ま、いいわよ。言いたくないなら言わなくても。アンタは止めても聞かないだろうし。ついていくだけだから」
「ッ!!?? ダメだっ!!!!」
また、上条は思わず叫んでいた。その反応で、上条がどれだけ危険なところへ行こうとしているか美琴にバレてしまうとわかっていても。
「……どうして? 私じゃアンタの力になれない?」
「…………お前を危険な目に遭わせたくないんだよ」
「……っ私は! アンタを危険な目に遭わせたくないのよ!!」
2人の想いは似通っていた。
上条も美琴も、大切な人を危険な目に遭わせたくないという気持ちからだ。
そして、2人の性格も似通っていた。
何でも1人で背負い込み、決して他人に打ち明けることなどしない。困っている人がいたら放っておけない。自分を犠牲にしてでも他人を守ろうとする。
そう、2人の芯は、似通っていた。
自分ではなく他人のために。
自分ではなく大切な人のために。
それが、お互いがその大切な人だったら、衝突するのは当然だった。
「ダメだ。連れて行くわけにはいかない」
「アンタが何を言おうと、私はついていくわよ」
「~~~~~ッ!!!! なんでだよっ!? 俺は、お前を傷つけたんだ!! そんな奴の心配なんてする必要ないだろ!!??」
「そうね。でも、傷つけられても、何を言われても、それでも私はアンタのことが今でも好きなのよ!!!!」
美琴は、嘘をつかれて傷つけられても、上条のことが好きだった。
そうじゃなければ、美琴はこんなところには来ていない。嫌いになっていたら、上条がどこへ行こうが、どんな危険な目に遭おうが知ったことではないはずだ。
上条はその事実に気づく。だけど、
「だから、私はアンタについていくわよ。アンタを守ってみせる。力になってみせる」
「…………迷惑なんだよ。余計なお世話だ!!!!」
「ッ」
心に思ってもいないことが口から出ていた。
その言葉を聞いて美琴が痛みを受けた顔をする。
迷惑なはずがなかった。むしろ、嬉しかった。それなのに。また、傷つけた。
上条は、自分は最低な奴だ、と自嘲する。
「それでも、いいわよ。私は、勝手にアンタを守るだけだから」
美琴は気づいていた。上条がその言葉を言った少し後に、悲痛な顔をしていたことを。
上条は嘘をついて相手を傷つけながら自分も傷ついている。優しい性格だから。
そんな性格であることは、美琴はわかっていた。似た者同士だから。本人達は2人の性格が似ているとは思ってはいないが、それでも、どこか通じるものがあって、お互いの性格のことは大体わかっていた。
「……………どうなったって、知らねえぞ……」
上条はその言葉を吐き捨てるように言うと、そっぽを向いた。目線なんて合わせられるはずがなかった。あれだけ言い合って、傷つけたのだから。
美琴はそんな上条の横顔を直視して、言う。
「帰ってきたら、今度こそ聞かせてもらうわよ。本音でね」
「…………わかったよ」
上条は諦めたように、そう吐き捨てた。
危険な場所へと連れて行くことになるのだ。美琴が勝手についてきたんだと主張しても、何が何でも美琴を守ろうと。
例え、死んでも。そんなことをすれば美琴は悲しむだろう。怒るだろう。でも、それでも上条は守ることを新たに誓う。
あの時の約束うんぬんではなく。己の意思で。
もし、死なずに無事に帰ってこれたら、今度こそ美琴の想いに真剣に応えよう。そう、決意した。
「終わりましたの?」
テレポートで近くに現れるなり、白井黒子は訊ねてきた。
恐らく離れたところから様子を見ていたのだろう。
律儀なことに、会話は聞いていない様子だった。
「ええ、終わったわよ。…………それと黒子、私達今から出かけてくる。いつ帰れるか分からないから寮監に言い訳お願いね」
「お、お姉様!? い、一体何をするつもりですの!!??」
白井はそこまで言った後、何かに気づいたらしい。
二人の様子を交互に見て、
「お姉様と殿方は、どこに行かれるんですの?」
「……ちょろっと『外』にね」
「やはりそうでしたの。でしたら、黒子も」
「ダメよ」
白井の言葉を途中で遮って、美琴は拒絶する。
上条としても、これ以上誰かを連れて行くのは嫌だった。叶うなら美琴もここに残っていて欲しい。
「御坂、やっぱり」
「アンタは黙ってなさい。…………黒子」
「なんですの? お姉様。わたくしは例えお姉様が来るなと言っても」
「―――――ゴメン」
バヂィッと電撃が白井に飛び、白井は避けることもできずに当たって、意識を失ってその場に倒れた。
後遺症だとかそういう類のものは一切残らないだろう。
美琴は辛そうな表情をしつつも、それでも決意した顔をしていた。
「…………行くわよ」
「さすがにここに置いていくのはまずいだろ」
上条はそう言いながら、白井を抱きかかえて近くの椅子に寝かせた。
「行くぞ」
上条は美琴のもとへ戻ると、一言だけ、そう告げた。
美琴は何も言わずについていく。
上条は美琴を守ると心に誓って。
美琴は上条を守ると決意して。
―――――2人はこの日、学園都市から消え去った。
終わる。