ゆめ?
カーテンの隙間から朝日が差し込む。
太陽の光に照らされた少女は、ゆっくりと瞳を開けた。
「…ぅ、ううん……」
今日は休日。
特に予定も入れてない。
あると言えば、今日発行される雑誌をコンビニで立ち読みするぐらいだ。
もう少し寝ておこうと思ったが、少女は過剰な睡眠は返って健康を害することを知っていた。
目をこすり、ぼやけた視界が徐々にはっきりしてくる。
(…見慣れない天井ね)
はて、と疑問が頭に浮かんだ。が、頭がまだ働いていない、と思った少女は再び目を閉じた。
頭に残る睡眠を拭い去るべく、あと一〇分くらい寝ようと布団にもぐりこんだ。
一息空気を吸った時、疑問は確信に変わる。
匂いが違う。
布団の手触りが違う。
御坂美琴はハッと目を覚ました。
「えっ!?此処どこ!?」
布団をはねのけるが、
「寒ッ!って、ええ!?なんで私、ワイシャツ一枚しか着てないの!?」
ブラもショーツも身に着けていない。
靴下も履かないままフローリングの床を踏んだため、足の裏がひやりとしたが、今はそんな事を気にしている場合ではなかった。
先ほどまで、脳内に残留していた眠気は吹き飛び、周囲を見渡す。
彼女の部屋では無い。
常盤台寮の部屋では無い。
鼻につく匂いが、自分の知っている場所では無いと切に訴えていた。
御坂美琴は、朝日が見え隠れてしているカーテンを開ける。
「うわっ…」
瞳孔が開いていて、太陽の光が直視できない。鍵が掛かっていない窓が開けて、躍り出るようにベランダに出た。肌寒い風が彼女の全身を撫でる。無意識に前を隠し、辺りを確認した。
今いる場所は一般学生の寮で、見慣れた風力発電のプロペラがここから見える事から、学園都市の第七学区であることがわかった。
だが、
「わたし…何でこんなところにいるの?…昨日は、普通に寮で寝てたはずなのに!?…それにこれ…誰のワイシャツよ!?」
襟元の形と言い、ボタンの掛け合いと言い、何処からどう見ても男性用のワイシャツだった。彼女はますます混乱した。
寝ている間にここに連れてこられた?
何かの実験が行われようとしている?
一体何のために?
次々と浮かぶ疑問。
一夜にして急変してしまった事態を呑みこめず、御坂美琴はへなへなと座り込んでしまった。
そして、
「あ、美琴、起きてたのか」
心臓が跳ね上がる。
背後に人がいる事も気付けなかった。
それほどまでに自分はパニックに陥っていたのかと自制し、彼女は恐る恐る後ろを振り返って、固まった。
いた。
ツンツン頭の少年が。
お前、ベランダに出て何してんだ?という表情で。
「あ…」
「あ?」
はらりと、何かが肌蹴た。
ちらりと、御坂は下を見る。
(―――見られた)
「い…」
「い?」
(私の裸を…)
「いっ…」
(――ミラレっ)
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああー!!」
「あのさ。美琴」
「…はい」
「ここ、男子寮だよ?」
「……はい」
「休日だからよかったものを」
「………はい」
「お隣さんは、俺たちのこと知っているからいいけど…」
「…………はい」
「室内でビリビリは禁止ですよ?常盤台のお嬢様を部屋に連れ込んでるなんてバレたら…上条さん学校でリンチされますから」
「……………はい」
「それと、ワイシャツ一枚でベランダに出るなよ。誰が見てるか分からねーし、今の時期だったら寒くて、風邪引くかもしれないだろ?」
布団の一部が焦げていた。換気はしたが、焼けた匂いが漂っている。
普段着姿の上条当麻が御坂美琴を諭すように、
「って!な、なんでアンタは私の名前を気安く呼んでんのよ!しかも呼び捨てで!なんで私はアンタの部屋にいんのよ!」
ダンッ!とテーブルに強く拳を振り下ろした。
「そ、それにっ、わ、わたっ、私の制服はっ!?し、下着も洗濯中ってどうゆうこと!?」
御坂美琴はまだワイシャツ一枚の姿だった。肩に上条当麻の学ランを羽織っているが、素肌が多く露出している。
先ほどの電撃で一部の電子機器が壊れてしまい、上条当麻に説教をくらった。彼女は正座したまま少年に声を上げている。
御坂の剣幕に少し呆気に取られていた上条当麻だったが、手に持っていたビニール袋をテーブルに置くと、あぐらをかいてフローリングの床に座った。
「なんでって…俺たち、恋人同士だろ?」
上条当麻は平然と、そんなことを告げた。
「へ?」
「おいおい…今更その反応は無いだろ。昨日あれだけセックスしておいて…
もしかして、アレですか?最近マンネリ化してきたプレイに刺激を加える為に、初心に帰って恥じらいプレイをご所望ですか?」
「………え…へっ……あ…え?」
呂律が回らない。
この男は何を言っている?
「…変なところに気を使わなくてもいいっつーの。
俺は、その…エッチな美琴も好きだから…今のままでいいよ。
それより、飯にしよーぜ。昨日のカレーがあるし…コレのついでに、コンビニでサラダ買ってきたからさ」
コレと言って、彼女の前に差し出したのは、今日コンビニで読もうとしていた雑誌だった。
視線を落したまま、御坂美琴は硬直していた。
なぜこの男は自分が読みたい雑誌を知っている?
そもそも、何故自分は上条当麻の部屋にいる?
「あっ、そうそう」
彼の声に。ビクッと反応し、顔を上げた。
御坂美琴の表情から何かを読み取ったのか、台所に向かう足取りで上条当麻は苦笑しながら
「生理が近いなら近いって言ってくれよ。おっぱい固いなーと思ったら、やっぱりそうだったのか。それだったら、俺だってちょっとは気を使えたのに…」
などと、のたまった。
思考が停止する。
本棚の隣に飾っている、自分と上条当麻が恋人同士のように映る写真を横目に、
御坂美琴の意識はそこで途切れた。
「――――――――――はっ…!」
御坂美琴は目を覚ました。
上半身を起こし、辺りを見渡す。
どこからどう見ても、常盤台中学寮の二〇八号室。
隣のベッドでは、ルームメイトの白井黒子がすやすやと眠っている。
目をこすりながら、目覚まし時計で時刻を確認した。起床時間にはまだ早い。
「…なんだか、変な夢を…見ていた気がする」
もう一度布団に潜りこむ気が起きなかったので、御坂美琴はベッドから立ち上がった。
テーブルに置いてあった携帯を取り、電源を入れる。
しばらくして、待ち受け画面が表示される。
ツンツンした少年と携帯をカップル契約した時に取った写真が、そこにある。
すぐに、一件のメールが届く。
御坂美琴に微笑が零れる。
画面には、『上条当麻』と表示されていた。