小ネタ 幸せ美琴
「うだー…、やぁっと終わったぁ」
上条はやっとの思いで、血と汗滲む課題地獄を抜けだしたことで、
心の底から安堵の溜息を吐く、参考書やらノートやらが無造作に散乱したテーブルに盛大に突っ伏した。
「お疲れさま、ちょっと待ってて」
「うぃ~っす」
そしてしばらくすると、キッチンの方から、
可愛らしいスリッパをパタパタ鳴らしながら、御坂美琴がやってくる。
その両手には二つのマグカップが握られていた。
「あ、もう片付けてくれたんだ。疲れてるなら無理しなくていいのに」
「課題に追われてる上にあんな有様じゃ格好付かないだろ? 俺が嫌なんだよ」
テーブルの上は彼女が来る前にキレイサッパリ片づけられてあった。その時間約一分。
上条当麻。人を気遣うという点では一切の妥協も許さない男である。
「ありがと。はい、熱いから気をつけなさいよ」
「おぅ、サンキュ」
上条は美琴からゲコ太キャラの絵柄がついた“ペア”のマグカップ(上条のはゲコ太・美琴のはピョン子柄)
を受け取ると、ふーふーと熱を冷ましてから口をつけコクリと中身を喉に流し込んだ。
胃の中が、適度な甘さとほろ苦さ、そして温かさで満たされる。
「はぁー、生き返る」
課題を終わらせた安堵感も相まってか、美琴の淹れたココアは格別だった。
それにしても、と上条は思う
「……、それにしても、このココアって本当に俺ん家のモンか?」
「そうだけど、もしかして好みの淹れ方とかあったり?」
「いや、そうじゃないけど……、なんか、美味い」
「っ……、あ、当たり前ね。なんたって美琴様の愛情が注がれてるんだから///」
「ぶふッ!」
あからさまなバカップル発言に上条吹く。盛大に吹く。
「ぎゃああ、なにしてんのよバッチいわね!」
美琴は勝手知ったるはなんとやらで、すぐさまキッチンの方から布巾を取ってくると、
上条が吹き出した痕跡を丁寧に拭いていった。はたからみれば新婚さんまっしぐだぞこの野郎。
「なんつーか、なにからなにまでマジすんません」
「い、いいのよ。好きでやってるんだし、ね」
美琴さん真っ赤っ化。
いつまたふにゃーモードに突入してしまうかは時間の問題である
しかし、それは本人も自覚していた。
なぜなら、上条が課題を終えた今、二人の関係を阻害するものはなにもない。
いわゆる『いちゃいちゃタイム』という項目の出現条件が全て満たされ、解禁状態にある。
あとはカーソルを合わせ、ポチっと選択すればいいだけの話。
(もう……我慢、しなくてもいいよね)
美琴は上条と付き合うようになってからというもの、その大半が理性と欲望との格闘だった。
甘えたい、でも素直に甘えられない。
周りの目をいつまでも気にしていて何が恋人なのかとも思うが、
御坂美琴は学園都市切ってのレベル5のうちのひとりであり、それゆえに知名度も高い。
また、上の連中になんらかの大事が知れ渡れば、それなりの対応も考えられる。
もしも、美琴と上条が付き合っているという事実が公になり、学園都市上層部の連中に知れ渡ろうものなら。
最悪、上条と過ごす穏やかな時間が剥奪されるということにもなりかねないのだ
そんなのはいやだと美琴は心の中で何度もかぶりを振った。
果てしなく“IF”の話ではあるが必ずしもそうならないとは言い難い。
美琴にとって、上条と過ごす時間がなによりも大切で掛け替えのないものだと実感すればするほど、
それに呼応するように考えなくてもいい不安も膨れ上がっていく。
だから、その反動が大きくなるのはいたって自然なことなのかもしれない。
「ねぇ、とうま」
やがて二人がほぼ同時にココアを飲み終わると、
上条と肩を並べて座っていた美琴が小さく控えめでどこか甘い囁き声を漏らした。
「ん?」
なんだ、と問いかける暇も与えず、美琴は上条の肩に身体をもたれ、
猫のようにスリスリと頬ずりし始める。
「……、なんだよ、もうツンツンモードはお終いか?」
「うん……」
「っ……」
こうなった美琴は、上条といえどどうしようもない。
まるで二重人格者なのではないかと疑いたくなるような見事な変貌ぶり。いや、化けっぷりだと上条は思った。
しかし、これも上条の知る御坂美琴の形であり、嘘偽りのない姿であるということも知っている。
「まったく、お前はいつからこんなふにゃふにゃ軟体動物にになっちまったんですかー?」
だから、美琴のそれに抱きしめるという形で答える。
「ふにゃ~…」
漏電はない。
彼女の頭には幾度となく彼女の電撃(全て)を受け止め続けてきた右手が添えられているから。
その後、二人はどちらからともなく口づけをかわし、
めくるめく甘いひと時を過ごすことになる。
「当麻……、大好き、だよ」
美琴は今日も幸せだった…。
-END-