とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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ウソと魔法と素直な気持ち 2



 翌日、上条が通う高校の最終時限。
 上条は昨日の夜から起こったことを思い出しながら授業が終わるのを待っていた。
 まずは昨晩。
 昨晩は美琴と付き合うことになったと報告した際、半狂乱になったインデックスにめちゃくちゃに噛みつかれた。
 ちゃんとご飯の用意は今まで通りするからと約束したにもかかわらず、である。
 なぜあそこまでインデックスが怒るのか上条にはまったくわからなかった。
 結局その後インデックスに一言も口をきいてもらえないまま家を出た上条だったが、今度は学校が大変だった。
 土御門達から「美琴と婚約している」という話が学校中に知れ渡っていたらしく、クラスメートどころかクラス、学年問わず様々な人からの質問攻めにあったのだ。
 なぜか男子より女子からの質問が多かったのだが、やはり自分みたいな無能力者が常盤台のお嬢様と付き合うことを気に入らない人は多いんだな、と上条は質問を適当にかわしながら考えていた。
 そこまで思い出したとき、ようやく授業終了のチャイムが鳴った。

 放課後になると同時に教室から脱出した上条は校門を出ると、美琴との待ち合わせ場所であるいつもの自販機前に向かおうとした。
 しかしその必要はなかった。
 校門を出たあたりで昨日と同じように美琴が飛びついてきたからだ。
「うわ、みさ、美琴! 急に飛びつくのはよせよ。落っことしたらどうするんだ」
 口ではそう言いながらも美琴をしっかりと抱きしめた上条。
「だ、だって、当麻を見たら我慢できなくなって……」
 それに対し、真っ赤にした顔を上条の胸に埋める美琴。
 本人達の意識はともかく、どう見てもバカップルである。
 上条は美琴の行動をたしなめようとした。
 天下の往来、しかも学校の前であまりベタベタするのもどうかと思ったのだ。
「そ、そうか。でもさ美琴、やっぱりちょっと、というかかなり恥ずかしいからあんまりこういうのは」
「これでいいの。だって、こうでもしないと諦めない人たちがいるんだから……」
「え?」
「なんでもない。行こう当麻!」
 上条は気づいていない。
 美琴の視線は上条ではなく、遠くから辛そうに上条を見つめていた彼のクラスメートの女子達を捕らえていたことに。

「それで、今日はこれからどうするんだ?」
 上条は隣を歩く美琴に聞いた。
 ちなみに美琴は上条に腕を絡ませており、その際上条の腕に体を、特に慎ましいながらもきちんと自己主張している胸を押しつけるようにしているため、上条は鋼の理性を発揮して必死に意識を他に向けていた。
「うーん、とにかく時間はいっぱいあるんだし、今日はこの辺を散歩するだけで私は満足よ」
「そうか。それから悪いんだけどさ、腕、離して下さいませんか美琴様」
「なんで?」
 上条の葛藤には気づいているけどもちろん美琴はそしらぬ顔。
 むしろ気づいているからこそますます胸を押しつけるため事態は悪くなる一方である。
「ですからとっても柔らかい物が気持ちよくてむにっとしてなんかよくわからんがまろやかな気もして、それでもって甘い香りまでしてきて美琴さん、あなたなんの香水つけてるんですか。とにかく上条さんはいろんな物が暴走しそうで大変でブレイク限界、なぜか黄金に輝く正義のヒーローに変身できそうなくらいテンパってるんですよ」
「嫌」
「そうですか……」
 わかりきっていた答えではあったので上条は小さくため息をつきながら、自らの鋼の理性が効果を発揮し続けてくれるのをひたすら祈り続けた。
「ところで、白井の奴はどうしたんだ? アイツの性格なら邪魔しに来ても不思議はないんじゃないか?」
 上条はきょろきょろと辺りを見回しながら美琴に尋ねた。
 美琴と付き合うとなると最大の障害になりそうな白井がまったく姿を現さないのが不思議だったのだ。
「黒子? 頭痛で寝てるわよ」
「頭痛? 白井が? 信じられないな」
「本当よ。昨日の夜、アンタと付き合うって教えてあげてその後ずっとアンタのこと話してたら、今朝になって頭が割れるように痛くて起きられませんって」
「それはまた、大変だったな……」
 白井が姿を現さない理由はよくわかった。
 彼女が本当に病気なのか仮病なのかはわからないが、夜通し憧れのお姉様にその彼氏の惚気を聞かされれば白井でなくとも病気にくらいなるだろう。
 上条は草葉の陰で眠る白井にそっと心の中で手を合わせた。

 その後二人は他愛もない話をしながらいろんな場所を散歩して一日を過ごしたのだった。

 翌日の二人のデートはショッピング。
 それはファッションにまったく興味がない上条を美琴が着せ替え人形にして遊ぶだけの一日ではあったのだが、上条はこれまでの人生で味わったことのない満足感を得ていた。

 次の日は上条の家で勉強会。
 自分の彼氏になったのだから劣等生は許さない、という美琴のありがたいお説教と共に上条はみっちりとしごかれることになった。
 ちなみにインデックスはというと、美琴が訪問したときは不機嫌さ全開だったのだが、美琴がお土産代わりとして振る舞った手作りの料理を食べ終わる頃にはすっかりご機嫌になっていた。
「ハグ、モググ、短髪がとうまの恋人になるのは納得いかないけど、ムグ、ゴク、こういうお土産があるんなら、とうまと、ング、仲良くするのは許してあげてもいいかも。というより当麻のご飯よりずっとおいしいし、毎日でも来て欲しいかも」
 以上のようなインデックスの弁を受け、完全に餌付けされてるじゃねえか、と上条は思ったがあえて黙ることにした。
 ちなみにその日の晩からインデックスが美琴の次の訪問をすっかり楽しみにするようになったのは言うまでもない。

 その次の日は映画鑑賞。
 少女趣味の美琴なのでベタベタのラブロマンスを見るのか、と思った上条の予測を裏切って美琴の選んだ映画は「ゲコ太の宇宙創世記 大魔境へいらっしゃい」。
 どう考えても対象年齢が小学生の映画である。
 子供達に混じって入場者特典であるゲコ太のおもちゃをもらってほくほく顔の美琴を見ながら、上条は幸せってこういうのを言うのかな、と柄にもないことを考えていた。

 さらに翌日は週末ということで二人は水族館へ。
 ここまで来ると付き合い始めはぎこちなかった上条もすっかり美琴との関係に慣れ始めていた。
 だが逆に美琴の様子が時々おかしくなるのに気づいた。
 普段はいつも通り上条にくっついて色々な動物たちに目を輝かせているのだが、今日はふとした拍子に上条からぱっと離れるときがあるのだ。
 しかもそのとき美琴の顔は真っ赤である。
 ただ、少しすると美琴は再び上条にくっつくので上条もそこまで疑問にも思わなかった。
 上条はこのとき、気づいていなかった。
 終わりはもう、すぐそこだということに。

 その翌日。
 美琴のたっての希望で自然公園のボートに乗りに来たのだが、美琴は明らかに挙動不審だった。
 上条と目を合わせようとしたり、目をそらしたりと非常に忙しい。
 しかも今までと決定的に違うのは上条と腕を組もうとしないことだ。
 どんなに上条が恥ずかしがってもいっしょに歩いているときは必ず腕を組んでいた美琴が今日はまったくそうしない。
 散々思案したあげく手を繋ぐくらいでそれもおそるおそる。
 何かの拍子にすぐ手を離すのだ。
 さらに上条が話しかけてもずっと上の空。
 そんな美琴を心配した上条が美琴の額に自分の額を当てて熱を測ろうとしたところ、顔を真っ赤にした美琴は奇妙な叫び声を上げて逃げ出してしまった。
 あっけにとられた上条は美琴を追いかけることもできず、呆然とその背中を見送った。

 上条から逃げ出した美琴は化粧室で顔を洗っていた。
 顔を洗い終えた美琴は大きくため息をつくと鏡に映る自分を見た。
 顔を洗ったことにより先ほどからの顔の火照りは消えたものの、その表情に明るさはない。
「あんなの反則よ、恥ずかしすぎるわ。んにしてもアイツ、躊躇なくやってきたけど、私以外の女にもあんなことやってないでしょうね」
 美琴はもう一度大きなため息をついた。
「それにしても、美琴か。さすがにあれだけ素で連呼されると破壊力デカいわね。みこと、か……」
 美琴は小さく微笑んだ。
 だがその笑みはすぐに消え、辛そうな表情に戻った。
「もう、限界ね。でも後もうちょっと、もうちょっとだけ、お願い」
 美琴は鏡に映る自分に懇願した。
「夜中の12時まででしょ、シンデレラの魔法は。今日はまだ終わってないの、お願いだから。ファイト、私!」
 美琴はぱしーんと顔をはたくと小さくうなずいて化粧室を後にした。

 美琴はその後もかなりぎくしゃくしながらもなんとかデートを続けることには成功し、二人は帰宅の途についた。
「と、当麻、今日はもうここまででいいわ。後は一人で帰れるから」
 寮への帰宅途中で発せられた意外な美琴の言葉に上条は聞き返していた。
「え? いつもなら寮が見えるまで送っていくのに、いいのか? まだ全然途中だぞ」
「うん、大丈夫。それよりも明日は学校あるんだから早く寝なさいよね。勉強もしっかりやるのよ」
「ああ、わかってる。それに情けない話だけどこれからはお前が勉強見てくれるしな。上条さんも劣等生から脱出できそうだ」
 にかっと笑う上条に、美琴は寂しそうな笑みを返した。
「そう。本当に、頑張るのよ。ちゃんと、ね」
「大丈夫だって。それよりお前さ、今日はどうしたんだ? てか、昨日から様子おかしいぞ。本当に具合でも悪いのか?」
 美琴の顔を心配そうに上条はじっと見つめた。
「そんなことないわよ。大丈夫!」
 そんな上条に美琴は笑顔で答えるとくるっと後ろを向いて走り出した。
「バイバイ!」
「ああ。み、美琴!」
 美琴の後ろ姿に言いしれぬ不安を感じた上条は思わず声を出していた。
「何?」
 美琴は上条の方を見ずに答えた。
「え、えっと、悪い、なんでもない。また明日な!」
「…………」
 美琴は何も答えず走り出した。
 拭いきれない不安を抱えたまま、上条は美琴の背を見つめ続けた。

――時間切れ。一週間、よく保った方よね。シンデレラの夢の時間は、終わり。

 翌日から美琴は上条との一切の連絡を絶った。


 上条と連絡を絶って一週間後の夕方、美琴は寮の部屋でぼうっと携帯の画面を見ていた。
 そこに映っていたのは先週上条といっしょに撮った写真だった。
「楽しかったな……」
 大きくため息をつきながら、美琴は次から次へと携帯の写真を切り替えていく。
 そのどれもがきらきらと輝く楽しい思い出の欠片だ。
「戻れない、よね、あのときには」
 この間、上条と別れた際に覚悟はしていたはずだった。
 もうダメなのだ、同じようには過ごせない、と。
 だからこそ自分の中で整理を付けるために上条に会わないようにしているのだ。
 しかし一向に自分の中で整理が付きそうにない。
 上条に会いたくて仕方がない。
「会いたいよ、当麻ぁ……」
 知らず知らずのうちに涙はどんどんあふれてくる。

「まったく、そんなに恋しいのでしたら素直にお会いになればよろしいではありませんの」
「黒子!? いつ帰ったの? ていうか、どうしてテレポートで帰ってくるのよ」
 美琴が後ろを向くと、そこには風紀委員の活動中でまだ帰るはずのない白井黒子が音もなく立っていた。
 美琴は白井の姿を確認すると目をごしごしとこすった。
 そんな美琴を見ながら白井はやれやれと言わんばかりに首を振った。
「わたくしも風紀委員の活動の途中でして、ちょっと野暮用で寄っただけですわ。それよりもお姉様、どうしてそこまでして上条さんにお会いになりませんの? お二人はお付き合いなさってるんですわよね、非常に不本意ですが」
「そ、それは……」
「それともなんですの? あんな類人猿に愛想を尽かせて、ようやくこの黒子の海よりも深い、大宇宙よりも広い愛に応える気になりまして?」
「な、何を馬鹿なこと」
「違いますわよね。黒子の知ってるお姉様はそう簡単に心変わりするような軽薄さで人を好きになったりしませんし、そんなお姉様が想いを寄せる方がお姉様に愛想を尽かされるようなことをそうそうするわけがありません。まったくもって不愉快極まりますが」
「黒子……」
「で、いったいどういう訳ですの? 先週は毎日門限ギリギリまで上条さんとデートをするくらいお盛んだったお姉様が、今週に入ったら打って変わって学校が終わると寮へまっすぐお帰りになってひたすら部屋にこもる毎日。倦怠期、というわけではありませんわよね」
「べ、別に、会う必要がないから会わないだけよ」
 ばつが悪そうに白井から顔をそらす美琴だが、白井はそんな美琴をジト目でにらみつけた。
「泣くほど会いたいのに?」
「な、ぅ、く……」
 美琴はもう一度目をこすった。
「とにかく、どういうことになるにせよ、きっちりとケリはつけていただきませんと。お姉様のそんな悲しそうな顔を見るのは黒子には耐えられませんし、なによりああいう汗臭い熱血馬鹿が何かあるたびに神聖な風紀委員の支部に押しかけてくることは我慢なりません。さ、お姉様」
「え? 馬鹿ってまさか」
 白井は何も答えず美琴の腕を掴むとテレポートを使った。

 美琴達がテレポートした先は寮から少し離れており、かつ人目に付きにくい場所だった。
 辺りには誰もいない。
「ちょっと、いきなり何すんのよ」
「さ、後はお二人で存分に語り合って別れ話を成立させて下さいな。お姉様のアフターフォローは黒子が全身全霊をもってお相手いたしますので」
「ア、アンタは何を?」
「それでは、お姉様をよろしくお願いいたしますわ。では」
 そう言うと白井はぱっと姿を消した。
「いったい黒子の奴、何言ってんの、よ……どういうこと? まさか、黒子はアンタに頼まれて?」
 美琴は白井が姿を消した後に立っていた上条をにらみつけた。
「よ、元気そうだな」
 やたら嬉しそうに上条は片手を上げた。
「なんでアンタがここにいるのよ」
 一方美琴は不機嫌そうに言葉を返した。
「なんでって、そりゃ白井に頼んでお前をここに連れてきてもらったからな。大変だったぜ、まず風紀委員の支部を探すとこから始めなきゃいけなかったし」
「支部って、アンタまさか一七七支部に? てことは初春さんとか佐天さんになんか妙なことを、いや、巨乳マニアのアンタのことだから固法先輩に手出したんじゃ! あの人にはちゃんと黒妻っていう人がいるのよ!」
「……なんだよ巨乳マニアって。だいたい、俺にはお前がいるのにそんなことするわけないだろ」
「そ、そう……じゃなくて、なんでアンタがそんなことまでしてここにいるのかって聞いてるのよ!」
「お前に会いたかったからに決まってるだろ。携帯には出ない、メールの返事は返さない、俺は常盤台には近づけない、特別な事情もないのに女子寮なんてもっての他。ならこうでもしないとお前に会えないだろ。んにしても白井の奴、去り際になんつーことを。当たったら大怪我だぞ」
 上条は指で挟んだ金属の矢を弄んだ。
 おそらく白井がテレポートで消える直前、上条に投げつけたのだろう。
 一方、素直に自分に会いたいと言われた美琴は心臓を高鳴らせたが、それをごまかすように大声を出した。
「わ、私はアンタに会いたくなんてないわよ。だから返事もしなかったし、連絡もしなかったでしょう!」
「そんなもん関係ねーよ。俺が、お前に会いたかったんだ」
 美琴はしばらく上条をにらみつけていたが、やがて諦めたかのように大きくため息をついた。
「そうね、アンタはそういう奴よね。いっつも自分の気持ちや正義を人にぶつけて、こっちの気持ちなんかお構いなし。相手がどんな気持ちになるかなんて、考えもしない。ほんとに、私がどんな気持ちなのかなんて……。でも、あれから一週間か。そろそろいいかもね」
「そろそろ?」
「うん。あのさ、ちょっと話、いいかな」
「そりゃ別にいいけど、俺に話なんてないんじゃなかったのか?」
「うるさいわね、会いたくないって言っただけよ。それに事情が変わったの」
「ふーん」
「じゃあ、言うわよ」
 美琴は大きく息を吸い込んで気合いを入れた。
 その気迫に押された上条はごくりとつばを飲み込む。
 次の瞬間、美琴はばっと頭を下げた。
「ごめんなさい! 二週間前のことは全部なしにして!」
「へ?」
 上条はまぬけな返事を返すことしかできなかった。
「えっと、どういうことだ?」
「だから、そのまんま。二週間前、アンタに告白したのとか、色々、全部、なしにして欲しいの! あれは、ま、まま間違い、だから……」
「間違い……告白、そのものがか」
「……うん」
「てことはお前、正気に」
「戻ってる。だから、正気じゃなかったあのときのことは、全部」
「いいぜ」
「…………!」
 美琴は目を見開いてはっと息を呑んだ。
 自分から言いだしたこととはいえ、あまりにも上条があっさりと自分との別れ話を納得したことに衝撃を受けたのだ。
 自分はやはり上条に本当の意味で好かれてはいなかったんだな、と。
「でも、その前になんであんなことになったかくらいは聞かせてくれよ。原因、わかってるんだろ?」
「う、うん」
 あまり言いたくないな、と思いながらも美琴はうなずいた。
「あ、あのね。あのとき私、催眠というか、自己暗示状態になってたの」
「自己暗示?」
「うん。きっかけは些細なこと。雑誌の特集であった催眠ていうのを試しにやってみたら見事に自分にかかっちゃって。ほら、私ってレベル5でしょ。人より遥かに『自分だけの現実』、思いこみが強くてかなり心の奥の部分にまでかかったみたいなの、しかも別の現実まで心の中に構築しちゃって。だからあのときの私は暗示で性格が変わった上に事実とは異なる思いこみの記憶まで心に同居させてる状態だったってことね。ちなみにあのときの記憶は全部あるわよ。まあこうして解説してるくらいだからわかるでしょうけど」
「それが婚約とか、付き合ってるっていうあれなのか。そうか、科学でも魔術でもないから幻想殺しが効かなかったわけか」
 美琴はこくりとうなずいた。
「でも、元々素人がかけた暗示なんだから簡単に解けるはずだったのよ。実際あのときどんどん偽の現実と性格は壊れていってた。なのにアンタは、私の中の偽物を助けちゃった、お節介にも。ほんとに、私や妹達だけならともかく私の中の偽の感情までアンタは……」
 美琴はやや自嘲気味な笑みを浮かべた。
「だってお前、あんなに辛そうだったから」
「それはそうよ、偽物とはいえ心の中に構築した『自分だけの現実』よ。心にある現実がどんどん壊れていくのは本当に怖かったわ、あのときの私の心の中心は偽物の方にあったんだから。で、アンタに助けてもらった偽の現実と性格なんだけど、しょせんは偽物、時間制限があった」
「それがこないだの自然公園でのデートの日。様子がおかしかったのは暗示が解けかけで性格そのものが不安定だったから、か?」
「そう。まあこっちは壊れるんじゃなくて解けるんだから恐怖はなかったんだけど。かくして12時の鐘の音と共に見事にシンデレラの魔法は解けちゃった。アンタと私の嘘で固めた中途半端な関係も終わったってわけ。欲を言えばもっと続いてほしかったけど、ね」
「シンデレラ……」
「で、完全に正気に戻ったのはいいんだけど、そうなったら後始末を色々とね。でも、気持ちの区切りがちゃんと付かなくて。だから、しばらく時間をおいたらアンタともちゃんと元に戻れるかなって」
「で、一週間してどうだったんだ?」
「…………」
 美琴は何も答えなかった。
「後どんだけ時間があればいいんだ?」
「……わかんないわよそんなこと。でも、迷惑かけたアンタには謝りたかった。好きでもない私のために本当に、ごめん」
 美琴は申し訳なさそうに頭を下げた。
「お前、何勘違いしてるんだ? 俺がいつ迷惑だなんて言った? 俺は自分で選んだんだぞ、お前にとことんまで付き合うって。それに好きでもないとか俺が一度でも言ったか? 恋人としての『好き』に追いついてないだけだって言ったはずだ」
「それは、そうかもしれないけど……。でもやっぱりおかしいわよ。私はお人好しのアンタの心を弄んだのよ、なんでそんなに優しいのよ! 同情にしてもお人好し過ぎよ!」
「俺はそんな聖人君子じゃねえ! だいたい被害者の俺が被害を受けてないって言うんだ、なんの問題がある。……それに、お前がどう考えてようと、いまさらもう後戻りなんてできないんだよ、俺は」
「それ、どういうことよ?」
 訝しげに上条を見る美琴。
「だから……とにかく、二週間前のことはなしでいい。ていうか、遅かれ早かれ俺の方から頼もうと思ってたことだし」
「そう。つ、つまり、アンタも、私と別れたかったってことなんだ……」
 美琴は辛そうに唇を噛んだ。
 だが上条は首を横に振った。
「そうじゃなくて、俺がなしにしたいのは告白のとこだけだ。後のことは最初からやり直すつもりだったんだ」
「アンタ、さっきから何が言いたいの?」
「だからその、あのさ、みこ、御坂」
 上条は美琴の肩を掴むと、急に真剣な眼差しで彼女の瞳を見つめた。
 美琴はその眼差しが自分の心臓を高鳴らせるのを感じた。
「は、はい」
「えっと」
「はい」
「だから」
「うん」
「み、みみ、すすす」
「はい? ミス?」
「み、みみみみ、御坂! 好きです! 俺と、本当に付き合って下さい!」
「に?」
「好きです」
「にや」
「付き合って下さい」
「に、にゃにゅ、ふにゅにゃにゃぁぁ!?」
 そのとき、美琴の呼吸は一瞬止まった。
 我に返った美琴は慌てて呼吸を繰り返した。
 とりあえず上条は近くにあったベンチに美琴を座らせ、その背中をさすり続けた。
「っくは、はあ、はあ……」
「……おい、大丈夫か、御坂」
「だ、大丈夫、たぶん……」
「えと、その、急、過ぎたか? あの、俺、こういうこと初めてでよくわからないんだが、なんかまずかったか?」
「いや、そういうことじゃないんだけどね……いったい何がどうなってるのか」
「御坂が好きだって告白した」
「全部すっ飛ばして結論だけあっさり言うな! ……ゲホッゲホッ」
 咳き込んだ美琴の背中を再び上条は無言でさすった。
「だいたいなんでそうなるのよ、私はアンタのことを――」
「そんなの関係ない」
「でも」
「俺さ、一週間お前といっしょにいて、今まで知らなかったお前のいろんなところをたくさん知ったと思うんだ。そして、知れば知るほどお前のことで俺の心はいっぱいになっていった。お前、さっきシンデレラの魔法とか言ってたろ、続いてほしいとかも言ってたよな。あれさ、俺も同じだったんだ。お前には悪いと思ったけど、お前が俺の側にいてくれるんならこのままの状態が続けば、いいなって」
「…………」
 美琴は上条に返す言葉を持たなかった。
「でも、それじゃダメだってこともわかってた。そんなとき、お前と会えなくなった。そうしたらお前のことを考えてやる余裕とかすっかりなくなって、ただお前に会いたくて、たまらなくなって。結局お前に会うために白井を探して風紀委員の支部にまで乗り込んじまった。白井の奴、文句言ってたろ」
「うん、汗臭い熱血馬鹿が来て迷惑だって」
「だろうな。でも、白井は俺の頼みを聞いてくれて、お前に会わせてくれた。実を言うとさっきな、お前の姿を見た瞬間、抱きしめたくてしょうがなかったんだ。でもお前の様子が変わってるのはなんとなくわかってたし、もしそれで嫌われたりしたら、とか考えたら何もできなくて普通の挨拶になっちまった」
 恥ずかしそうに頬をかく上条を見ながら美琴は心臓の鼓動がどんどん早くなるのを感じていた。
 本当に告白など慣れていないのだろう。
 回りくどく、不器用な言い回しだが精一杯真剣な想いを自分にぶつけてくれようとしているのがわかった。
「二週間前の関係はやっぱりいびつだ、あんなのフェアじゃない。お前の弱みにつけ込む、そんなの俺は嫌だ。俺はお前に正々堂々、正面からちゃんと向かい合って自分の気持ちを伝えたい。だから、二週間前のあんな関係は全部なしにして、できることなら最初っから始めさせてほしいって頼みたかったんだ」
 そこまで言うと上条は目を閉じて深く深呼吸をした。
 目を開けた上条は先ほど以上の真剣な眼差しで美琴を見つめた。
「もう一度言う。御坂美琴さん、心からあなたが好きです。恋人として俺と、付き合って下さい」
「…………」
 美琴は何も答えなかった。

 やがて沈黙に耐えきれなくなった上条がおずおずと口を開いた。
「あ、あの、へ、返事は、やっぱり……」
 美琴は瞳を潤ませながら上条をにらんだ。
「アンタさ、ほんと、馬鹿じゃないの?」
「……いくらか、いや、かなり自覚はある」
「おまけに人がどう思ってるかなんかちっとも考えないし。私の気持ち、考えたことある?」
「や、やっぱり迷惑……」
「私がどうして暗示なんかに頼ろうとしたかとか、どんな暗示に頼ろうとしたかとか、アンタちょっとでも考えた?」
「えっと……?」
「私は、素直になりたかった。妹や、あのシスターみたいに素直にアンタに接したかった。アンタへの気持ちを素直に表したかった。学園都市の誇るレベル5、この科学の固まりみたいな私がアンタに素直になりたいってだけで怪しい暗示なんかに頼ろうとした。この気持ち、アンタちょっとでも考えたことある?」
「…………」
 静かな、それでも威圧感のある美琴の口調に上条は言葉を失った。
「アンタが私のこと好き? 私に会いたくてたまらなくなった? ふざけないでよ! 私が、いつから、どんだけアンタのこと好きなのか、考えたことあるの! アンタが私のこと好きだって言うんなら、私はその何倍も何倍もアンタのこと大好きなんだから!! だから、だから……」
 美琴は上条をビシッと指さした。
「アンタは私と付き合いなさい!! 世界中の誰よりも私を大切にしなさい!! 一生私といっしょにいなさい!!」
 ここまで一気に言うと美琴は肩で荒い息をついた。
 上条は何も言わずぼうっと美琴の顔を見つめていた。
 その様子に美琴は表情を暗くし、うつむいた。
「だ、ダメ……かな……」
「……する」
「え?」
「するするする約束する! 美琴を大切にする、一生いっしょにいる。お前を一生懸けて護り続ける!!」
 顔を真っ赤にした上条は美琴の手をぎゅっと握ると飛びかからん勢いで彼女に近づいた。
 同じように顔を真っ赤にした美琴の目からつーと一筋の涙が流れた。
「ほんと?」
「ああ」
「ほんとにほんと?」
「ああ」
「ほんとにほんとにほんと?」
「ああ」
「私、ビリビリするよ」
「上条さんには幻想殺しがある」
「わがまま言うよ」
「いくらでも聞いてやる」
「嫉妬深いよ」
「上条さんは美琴以外に興味ないから問題ない」
「胸だって小さいよ」
「気にしたことありません」
「それから、それから……」
「俺は良いところも悪いところも全部ひっくるめて美琴の全部が大好きなんだ! それくらいの男の甲斐性見せてやる! だから俺を信じろ!!」
「うん!」
 感極まった美琴が上条に飛びつき、それを上条はしっかりと抱き留めた。



 乙女にかけられるシンデレラの魔法。
 確かにそれは12時で消えてしまう儚いものなのかもしれない。
 けれど乙女がその心に一途な想いを抱き続けるならば、魔法はきっと乙女の想いを叶えてくれるだろう。


おしまい




 ちなみに。

「あれ、当麻、携帯鳴ってるよ」
「ん? いったい誰だろ、こんなときにって、母さん?」
 上条の携帯に表示された発信者は上条詩菜だった。
「もしもし」
『もしもし当麻さん? そこに美琴さんいますよね、代わってくれますか?』
「ああ。母さんが美琴にだって。でもなんでいっしょだって知ってるんだ?」
 美琴は上条から携帯を受け取ると丁寧に頭を下げた。
「あ、詩菜さん、お久しぶりです。えっといろいろありましたけど、なんとか無事に。はい、ありがとうございます。え? そんな、今から甘えちゃっていいんですか? いやです詩菜さんてば、そんなかわいいだなんて。でも本当にいいんですか? でしたら、はい、是非お願いします! はい、ではまた後ほど、こちらから連絡します。はい、番号は当麻から聞いておきますので」
 美琴は当麻に携帯を返してきた。
「詩菜さん、今度は当麻にだって」
 上条は訝しげにそれを受け取った。
「何、母さん?」
『当麻さん、まったくあなたという人は。まさか中学生に手を出してしまうなんて。刀夜さんの血とはいえ、そこまで手が早い男に育てた覚えはありませんよ』
「えっと、そう言われましても。俺としても清い交際を心がけ……って言うか、母さん、どうしてその話をもう!」
『とはいえ相手が美琴さんなら話は別です、あの娘は当麻さんにはもったいないくらい良い娘ですからね。それにあなた方の年齢差なんて、実際は成人すればなんの問題もありませんし。はい、ですから婚約の件もこちらに異存はありませんよ、あんなかわいらしい娘ができるなんて本当に嬉しいです。御坂さんも喜んでいるんです、よくやりましたね、当麻さん』
「え」
『結納などの段取りなどはこちらで決めておきますので任せておいて下さい。大丈夫です、御坂さんのお宅とはご近所さんなんです。当麻さんは何も心配することはありませんよ』
「で、ですから」
『学園都市の外に出るのは大変だと聞いてます。申請のことなどもあるでしょうし二ヶ月前には連絡するようにしますから。それでは後の連絡は美琴さんとやりますので当麻さんは肝心なときに、逃げ出さないようにだけ、お願いしますね』
「あ」
 電話は無情にも切れてしまった。
「み、美琴、これってどういう……」
「あ、あはは。それが、暗示かかって当麻と付き合うようになった夜に、私嬉しくって母さんに電話しちゃったの」
「な……!」
「そしたら母さんと詩菜さんてご近所さんだったらしくてすっかり話が伝わっちゃってて。しかも私そのとき、結婚を前提にお付き合いって言っちゃってたのよね」
 ごめんと言いながら明るく笑う美琴。
――ひょっとしてさっきの告白とか関係なく、俺の人生ってもう決まってた……?
 なまじかわいい分、上条には美琴の笑みが小悪魔のそれにしかどうしても見えなかった。

 こんな出来事が二人の告白のすぐ後に起こっていたりする。



本当におしまい

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