The boy nurses the girl 2
「……ん」
しばらく時間がたち美琴は目を覚ました。上条はベッドに背を預けたまま眠っている。
「ちょっと、アンタ」
もう身体は動くようだ。上条は相変わらず眠っている。
「ねえ、アンタ」
少し声を大きくしてみる、しかし反応はしない。試しに美琴は指の上でバチッと電気をスパークさせた。
すると上条がビクッと反応した。そしてようやく目を覚ました。
「…ビリビリ、屋内での電気の使用は控えてくれって」
「なかなか起きないアンタが悪いのよ」
「それだけの理由で使うな…って、もう動けるようになったのか?」
「うん。そこの所はアンタに感謝しなきゃね。ありがとう」
上条が急な美琴のお礼にドキッとしつつも軽く笑いながら答える。
「ハハッ、礼にはおよばねえよ。単なるお節介だしな」
「そんなこと無いわよ」
そう二人して笑う。そして急に上条が何かを思い出した。
「おっと、すっかり忘れてた。御坂、ちょっと待ってろ」
上条は立ち上がり台所に向かう。美琴は何のことか分からずただ首をかしげる。帰ってくる右手には何かを持っている。
「これ、材料買ってきたときについでにもらってきた」
「あっ」
上条が差し出した右手には美琴がもらってきたのとは別のパターンのゲコ太がのっていた。それを見て目を輝かせる。
「いいの?」
「いいも何も俺の趣味じゃねえし他に欲しいもんが無かったからな。お前が喜んでくれたらどうかなって」
目を輝かせる美琴に少し照れつつも上条はそれを渡す。美琴はそれを握り締め胸に当てた。
「…嬉しい」
「そこまで喜んでくれたら俺も本望だ……ってもうこんな時間じゃねえか。門限大丈夫か、お前?」
時計は結構な時間をさしていた。冬のせいもあり外はもう真っ暗だ。上条に尋ねられても美琴は黙ったままだった。
「……」
「途中まで送っていくから今日はもう帰れ。同僚も心配してるんじゃないか?」
「……」
「…おい?御坂?」
美琴は心の中である覚悟を決めていた。あの寝たふりをしたときから決めていた覚悟だ。
「あのね」
「うん?」
上条がようやく言葉をつむぎ始めた美琴の言葉に返事をする。
「私はアンタに隠してきたことがあるの」
この言葉に上条は少し戦慄を感じた。またこの少女が何らかの事件に巻き込まれているのではないかと。
「お前…」
「黙ってて」
上条が何かを言うのを美琴は阻止した。続けて美琴は上条に言う。
「お願いだから、今は黙って聞いてて……」
上条は真剣なその表情を見て黙っていることにした。美琴は上条の予想していることが分かり断りを入れておく。
「大丈夫、事件とかそんなんじゃないから。もっと単純なこと」
「………」
「最初にアンタと会ったとき、といってもアンタは知らないだろうけど今のアンタと同じようにお節介な奴だった」
「子ども扱いをするは、無能力者のアンタ相手に本気で向かっていっても簡単にいなされるは、ほんとにムカつく奴だった」
美琴の瞳が少しずつ潤んできていることに上条は気づいた。まだ言葉は続く。
「でも妹達の件のときボロボロになりながら学園都市最強に向かっていくアンタを見たとき私は思った。
何で無能力者のアンタが何の責任も無いのに超能力者の私を助けてくれようとしているのか?それに無謀だとも思った。
でもアンタはその常識を覆した」
「………」
「それから私はアンタが気になり始めた。単なるムカつくやつとしてじゃなくて……」
いくら鈍感と言われる上条でもこの後どんなことを美琴が言うのかぐらい理解できた。
「私にとっての特別な一人として」
「…!」
「そのころは…身体をはって助けてくれたから、と思ってた。でも…夏休みの…最後の恋人ごっこ…とか、
大覇星祭…とかでそれが勘違いじゃない…って…思い知らされた」
気づけば美琴の瞳からは涙が零れ落ち始めていた。そのせいか言葉も途切れ途切れになってきた。
上条はすぐにでも美琴を泣き止ませるために何かをしたかった。でも美琴に黙っててと言われているので上条は何もできなかった。
「それに……私は……アンタが私の電撃で傷ついて…それでも学園都市最強に向かった……アンタも……
なんでかわからないけど…ボロボロに…なりながら何処かへ向かってた……アンタも……私はただアンタから
言葉を聞いただけで、しばらく動けなくなった」
上条は知る。この少女が今まで自分をどのように見ていたのかを、そして自分をどう思っていたのかを。
「そして、その………ボロボロに…なりながら何処かに行く……アンタを見て……私は確信した………」
「……」
「私は……アンタが…上条当麻が大好きなの!!」
「…!!」
「やっと……言えた……」
それを言い切って美琴は両手で顔を覆い泣き出してしまった。上条は今、美琴から言われた事実に驚いていた。
美琴が自分を想っているということは今まで考えたことがなかった。そればかりかいつもの反応から
上条はずっと嫌われてると思っていた。それらの美琴の想いを受け止めてもなお彼はなかなか答えが言えなかった。
そこで美琴が続けて彼に尋ねた。
「……アンタは……私のことをどう思って……あんなことしたの?」
上条はその言葉に疑問を感じた。
(あんなこと…?それって妹達の件とかあの約束の事とかか……?)
上条は過去の美琴との思い出を思い返してみる。今までしてきたことは彼にとっては当然のことであって特別なことではない。
しかし、次に美琴が言ったことは上条の予想していたものとは違っていた。
「…見てたのよ……私が寝ているところで……き、キスしようとしているアンタを」
「ッ!!」
実はあの時に見られていたという事実を知って上条は硬直する。
「……み、見られてたのか…。悪い、あの時は自分でもどうかしてた…」
「………」
「……いいか?これから言うことは俺の気持ちだ。聞いてくれ」
上条は落ち着いてきた美琴に語りかける。
「知っての通り、俺は途中で記憶をなくした。今の俺が初めて見たのは盛夏祭でのステージ裏。
正式に名前を知ったのは俺の二千円札を呑みこんだ自動販売機の前だ」
ようやく涙も止まった美琴はそれを聞いて驚く。この目の前の男は知り合って一日の自分に命を懸けてくれたという事実に。
「正直言ってお前に会ったときは驚いた。急に電撃を撃ってくるは、人の不幸で大笑いするは、
知識の中にあった常盤台のお嬢様のイメージとはあまりにもかけ離れていたお前に」
普段なら美琴はここで怒っているところだが、状況が状況なだけに美琴は何も言わない。
いや、今から真面目に答えようとしている上条に怒れるわけがなかった。
「でも、それと同時に俺は心に一つの感情を抱いていた。お前から俺とお前は知り合いだったと知って
少し昔の自分に『御坂はお前にとってどんな存在だった?』と尋ねてみたくなった」
意外な上条の言葉に美琴は段々と、この答えが自分が想像していた悪い結果とは違うかもしれないと考え始めた。
実際この告白は上条があの行動を起こしたときにひょっとしたら望みがあるかもしれないということで決意したものだったが、
断られたらどうしようとずっと思っていた。どんなときにも恋に余裕というものは存在しない。
「それから短い間に昔も俺はこんなに大変な目にあっていたのかと思うほどたくさんの出来事があった。
それにいろんな人とも出会えた。でもどんな人に会ってもお前に会ったときのような気持ちを感じることはなかった」
「………」
「それが何の感情なのか俺は考えてみた。それが大体何なのかはいくつか見当はついたが俺はそれが何か確信できなかった。
でも今お前に告白されてやっと確信することができた」
上条はここまで話すと一度大きく深呼吸をした。そして美琴に近づきゆっくりと美琴を抱き寄せた。
「ッ!!!」
「この感情が…恋だってことに」
恋という感情は単純な怒りや悲しみ、喜びといった感情とは違い奥が深く複雑なものだ。上条は恋ということを
知識として知ってはいたが具体的にどんな感情かは分からなかった。昔にはその感情を向ける人が自分には居たのか、
実際にその感情は自分にどのような影響を出すのか、上条には分からないところだらけだった。でも今日になって気づくことができた。
「ごめんな…御坂、今までお前に辛い思いさせちまって。この一日だけで俺はとても辛かった。
だったらお前は今までどれだけ辛かったのかって、あのときからお前に辛い思いはさせたくないって思ってきたけど、
これじゃ俺がお前を苦しめていたようなもんじゃねえか」
そういい終わった直後、美琴は上条にしがみついてまた泣き出してしまった。
「……バカっ…今更謝ったって遅いわよ……。なかなか…相手にしてくれないアンタに…私がどれだけ不安になったか…」
「…悪い、お前に対する感情がよく分からなくて思わず逃げたりしてた。…本当に情けねえよな…俺って」
上条は自分の情けなさに嫌気がさしてきた。思えば自分はこれまでにこの少女を何回不安な気持ちにさせてきたのだろうか。
それを踏まえてもう一度上条は美琴に問いかける。
「こんな情けない俺でも…お前は好きでいてくれるのか?」
「……アンタは…何を言わせる気なの…?」
美琴が軽く睨むように上条を見つめる。
「……そんなこと言うまでもないじゃない…」
美琴は上条の胸に顔を埋めた。言葉より態度で表したほうが手っ取り早かったからだ。その状態でしばらくして上条はあることに気付く。
「…返事、まだだったな。俺も……お前のことが好きだぞ」
そう言って上条は美琴を抱きしめる腕を強めた。それに比例するように美琴も抱きしめ返した。お互いの体温や匂いが感じられて
両者の感情も次第に昂って来る。昂った感情が衝動を生み出す。
「キス……していいか?」
その言葉に美琴は無言で頷き顔をあげる。二人の視線が互いの姿を捉える。ほぼ同時に目を閉じた。
見えないはずなのに二人の唇は確実に近づいていった。
そしてそれらは触れ合った。
美琴の瞳から止まったかと思っていた涙がまた零れ出した。上条もこれまで感じたこともないような幸福を感じていた。
それから何秒、いや何分たっただろうか。思い切り相手を堪能した二人は名残惜しげに離れた。
お互いの顔はまだ赤い。それからまたしばらくの間見つめ合っていた。
(…………………………)
(……………俺の負けだ)
上条は美琴の視線に対して照れたのか少しそっぽを向いてしまった。美琴はそれを見て少し微笑み上条の方に近づき摺り寄った。
上条は少し戸惑ったがまた美琴を抱きしめる。二人を甘い雰囲気が包む。
―――この距離だと相手の鼓動がよく聞こえる―――
二人はそう考え心地よさを感じていた。お互いを想う気持ちが空間を満たしその状態が先ほどよりも長い時間続いた。
しばらく時間がたつと美琴は眠ってしまった。上条はそんな美琴の寝顔をじっと見て居ることしかできなかった。
「それにしてもよく寝るよな……。いつもこんな感じなのか?」
上条は寝顔を見ながら美琴に対する愛しさが募っていくのが分かった。美琴に対する感情が恋だと分かったのはいいが、
自覚してからは結構気恥ずかしい。
(…………はっ!)
寝顔に見惚れてしまっていることに気づき思いっきり顔を背ける。その勢いで少し首を痛めてしまう。
(いてて……ったく、これじゃ不幸だか幸せだかわかんねぇな…)
首をさすりつつ背けた先をなんとなく見てみる。そこにはとっくに夜の時刻を指している時計があった。
「……やべぇ、もうシャレになんねえ時間になってる」
既に門限がどうのこうの言ってる時間ではなかった。規則に厳しい寮監がいるらしい常盤台では
この時間だと御法度どころの騒ぎではないだろう。泊まらせるという手もあるだろうがそれこそ論外だ。
一刻も早く帰らせなければならない。しかし、その美琴はまだ眠っている。
気持ち良さそうに眠っているところを起こすのは気が引けるが背に腹はかえられない。意を決して上条は美琴を起こそうとする。
「おい、起きろ。時間がヤバイことになってるぞ」
「……ん…なに?」
一応上条の呼びかけには気づいたようだがまだ夢心地である。目も半開きでとても起きてるとは言えない。
「だから、もう時間が門限をぶっちぎってるって言ってんだよ」
「……わかった……」
多少冗談みたいに言っても返事に力が無い。そう言ってまた目を閉じた。
「ぜんぜん分かってねえだろうが!」
「……うるさい」
完全に起きようとする気配がないので言葉で言っても無駄だと上条はさじを投げた。
「ほら、立てって」
上条は美琴を支えながら立たせた。しかしフラフラして一人で立とうとしない。そしてまた床に伏し寝てしまった。
上条は頭をポリポリと掻き頭を悩ませた。
「あんだけ泣いたから疲れてんのか?…ったくこのお嬢様はどうしたもんかね」
(うわっ、外はとんでもなく寒いな)
外はもう真っ暗で街灯と月のみが二人を照らす。上条は吐く息がはっきりと白いのに寒さを再確認する。
上条はこれはまずいなと思っていた。しかし、それは寒さのせいだけではない。
「えへへ……とうまあったかい…」
あれから上条は苦肉の策として美琴を負ぶって送ることにした。しかも美琴はどうやら寝ぼけているようで
夢と現実の区別が付いていないみたいで上条からは見えないがとても幸せそうな顔をしている。
(一度意識しちまうともう駄目だ……平静を保てねえ)
少々の厚着で二人の間は隔てられているとはいえ上条には美琴の身体の感触がしっかり伝わってくる。
外は寒いはずなのに身体、顔が共に熱く感じられた。
(…このことについて考えちゃだめだ、上条当麻、考えるんじゃない!!)
上条の理性という名の導火線には火がつき始めていた。このままでは感情という名の爆弾が爆発しかねない。
部屋に連れて来るときは多少大丈夫だったのだが意識した後だともう止まらない。
「……とうまぁ…大好き…」
とどめのような一言が入った。上条の思考は停止し、歩みが止まってしまった。
「……ん?」
外の冷たい空気にいくらかあたって美琴の目が覚めたようだ。寝ぼけていて上手く働かない脳で周囲を確認する。
(……あれ、ここ部屋じゃな……………!!)
ようやく自分の置かれている状況を理解した美琴は上条の背中の上で暴れだした。停止していた上条の思考は無理やり起動させられた。
「……おわっ!馬鹿、急に暴れんな」
「い・い・か・ら、おろしなさい!って言うかお・ろ・せ!」
「言われなくても分かってるって!ほら」
上条はなんとか美琴を背中から下ろすことに成功し事なきを得る。寒さなど関係ないように二人は真紅とも言えるほどに
顔を真っ赤に染めていた。先に美琴が口を開く。
「了承もなしに勝手に乙女を背負うってどういう了見!?信じられない!」
「それはお前が起きなかったからだろ!それにお前は乙女って言う柄か!?」
「なっ、それってどういう意味よ!」
「どういうってお前はお嬢様どころか乙女らしくもないってことですよ!」
「ア~ン~タ~はどうしてそう心無いことを言えるのかしら!」
バチッと電撃が飛ぶ。間一髪で上条が右手で打ち消す。
「…あっぶねえ~、電撃は禁止だ禁止!っつうかお前は本当に調子が悪かった元病人ですか!?」
「ああ、誰かさんのおかげで今はすっかり元気よ!こんな風にね!」
もう一発さっきより強めに電撃が飛ぶ。最早お決まりのように上条が打ち消す。
「本当に危険ですから!口喧嘩に電撃使うの反対!」
「どうせ当たらないんだからいいじゃない!」
「だ・か・ら!そういう問題じゃねえって何回言ったら分かるんだ!」
そんな感じでしばらく口喧嘩(+美琴から上条への一方的な電撃)は続いた。そして二人は疲れたのか
ひざに手をつき前屈みになって息を荒げていた。そして上条が口を開いた。
「……もう、喧嘩は、終わりにしねえか…」
「……うん、賛成…」
そう言って二人は歩き始めた。時間はもう気にするまでもない。こうなったら急ごうが、のんびり行こうが同じである。
二人肩を並べて歩きながら美琴は思う。
(本当に、私はコイツと恋人同士になったのよね…)
美琴は今でも少し信じられない。今まで想いを秘め続けてもどかしいほど悩んだのに、実際に告白してみると
相手も少なからずも気にしてくれていたなんて思ってもみなかった。美琴は上条を見上げてみる。
すると向こうもこっちに目を向けていた。それに気づいて二人はほぼ同時に目を逸らした。
今思うと結構上条と美琴は似ているのかもしれない。目を逸らして少しして美琴は右手を握られた。突然の出来事に美琴は身を縮める。
「…えっ」
「…また電撃飛ばしてくると危ないからな、用心だ、用心」
急な上条の行動に美琴は少し呆然とする。どうしても繋がれた右手を意識してしまい繋がれた手をつい見てしまう。
そして見ている間にあることに気づいた。
「……プッ、あはははは!」
「何だよ、なんか文句あんのか」
上条が少々不満そうに言う。本当に気づいてないのだろうかとますます笑いがこみ上げてくる。
「っははは、…だって、そっち、左手じゃない」
「……!!」
上条はようやく自分の失態に気づいた。慌てて手を話してポケットに入れる。
上条の右手がどんな異能を打ち消せても、左手は一般人のものと大差はないのだ。上条は未だ笑ったままの美琴にいじられる。
「意外と可愛いところがあんのよね、アンタは」
「う、うるせえ」
美琴は笑いつつも自分と手を繋ぎたいと思ってくれた上条の行動を嬉しく思っていた。そうして美琴にある一つの考えが浮かんだ。
「そんなに手が繋ぎたかったんなら言ってくれればよかったのに」
「うわっ!」
美琴は大胆にも上条の腕に抱きついた。そのせいで二人の身体は密着する。また上条の理性が綱渡りをし始めた。
「やめろって、そんなにくっつくな!」
「そんなに恥ずかしがらなくってもいいじゃない♪」
「ああもう、摺り寄ってくんな!それに恥ずかしがってなんてないから」
「や~だ、離さない」
完全に甘えモードに移行した美琴はもう上条の手には負えない。
(こいつってこんなキャラだったのでせうか?)
上条はあまりの変貌ぶりに動揺が隠せない。どこか酔っ払った御坂美鈴に通じるものがある。
流石は親子と上条は思う。
しょうがなく放っておくことにした。
(まあ、こんな顔が見られるんだったらいいか)
実際に美琴の顔は真っ赤だったもののそれを気にさせないほどの幸せそうな笑顔をしていた。
(……本当、素直にしてたらもっと可愛いのに)
上条は心底そう思った。
「ん?何か言った?」
思うだけにとどまらず口から漏れていた。
「……いや、何でもございませんのことよ」
「…何?そんなこと言われたら余計気になるじゃない」
「いや、きっとあなたは幻聴を耳にしただけでわたくしこと上条当麻は何も言ってません」
「い・い・か・ら、言え!」
そう言って腕を抱きしめる力を強める。これに焦るのは上条だ。
「おわっ、何でそこで強くするんだ!このままじゃ色々とまずいって!」
「アンタが言ったらやめる」
この状態を放っておいたらさらに状態は悪化しかねない。上条は覚悟を決めた。
「ああ分かったよ!俺は『素直にしてたらもっと可愛いのに』って言いました!」
「…………」
「……ん?どうした?」
上条が放った言葉に美琴はそれまで以上に顔を赤らめて固まってしまった。
「おーい、大丈夫ですか~」
「……なんでもない」
「はっ?」
「なんでもないから早く行くわよ」
これ以上尋ねたらきりがないなと思った上条は素直に言うことを聞くことにした。
「…分かったよ」
こうして常盤台の寮の近くにようやく着いた。
「ここまででいいよな」
「うん」
流石に門の目の前まで送るわけには行かないのでここで足を止める。
「それじゃ…」
「待って」
帰ろうとする上条を引き止める。急に止められたので上条は美琴の方に振り返る。
「何だ?どうかしたのか?」
美琴は深呼吸をして気を落ち着かせた。上条は何をする気なんだと首をかしげる。
「その、今日はありがとう」
その言葉に上条は今更言うほどのことでもないだろうと思った。
「それなら部屋でも言っただろ。心配することはねえよ、お節介だったかもしれねぇしな」
「それと……」
「ん?何だ?まだ何かあるのか?」
「これから…その色々とよろしく。と、当麻」
上条はそれを聞いて名前を呼ばれた照れで固まってしまった。言った方の美琴も恥ずかしさを隠せない。
全く初々しいことこの上ない二人である。
(あれ、私なんか間違ったこと言っちゃった?)
美琴は上条が固まってしまったのを見て少し自分がミスをしたのではないかと不安になる。
少しして上条は我に返った。そして周りを見渡したかと思うと美琴に近づいてきた。
(な、何!?)
いきなり近づいてきた上条にさっき少々恥ずかしいことを言ったこともあってか美琴は半ばパニック状態になっていた。
上条は十分に美琴との距離を縮めると歩みを止め口を開いた。
「……美琴」
「ひゃい!?」
美琴は急に近づいてこられた上に名前を呼ばれたことでもうまともに呂律も回らなかった。
しかしそれだけでは終わらない。上条は美琴の頭の後ろに手を回した。
「…こちらこそよろしく」
「………!!!」
上条は少し身をかがめて美琴と唇を合わせた。あまりの出来事に美琴は目を見開いていた。でも少しして目を閉じた。
本日二度目となるが慣れるわけもない。そして上条の唇が離れる。
「あ……」
「……あ~、その……またな!」
やってみたはいいものの相当恥ずかしかったのか早足で帰っていってしまった。
美琴はしばらくの間その場所に佇んでいた。こうして長い長い一日が終わった。
「お~ね~え~さ~まぁぁぁ~~」
否、終わってなかった。美琴の元にシュンッという音とともに同僚白井黒子が現れた。時間が時間なので
普段寝巻きとしているネグリジェを着用している。この寒さの中相当辛いと思うのだがそんなことはお構いなしに黒子は美琴に尋ねる。
「こんな時間までどこへいってらしたの!?今朝から体調が悪いのに風紀委員の仕事で看病できないので
黒子はとても心配していましたのよ!」
いくら尋ねても美琴はさっきの出来事のせいで返事がない。そして更に黒子が言い放つ。
「そんなことよりも、私見てしまったんですの。先程お姉様が殿方と……!あぁ~腹立たしすぎて言えませんの!」
黒子はおそらく自分自身にとって一番ショッキングであろうことを見てしまったようだ。
黒子は寒さもあいまって小刻みに激しく震えている。今にも何かが覚醒しそうだ。
「まさかとは思いますが、あの類人猿ですの!?あんの若造がぁぁ~~!!」
黒子が言う類人猿、若造はもちろん上条のことである。黒子はキィィ~とハンカチを噛んでもおかしくないほど悔しがっていた。
普通に考えると上条当麻より白井黒子の方が若造であると言うことはあえて突っ込まないでおこう。
烈火の如く怒っている黒子も流石になんのリアクションも起こさない美琴に疑問を抱いた。
「……お姉様?」
試しに美琴の目の前で手を振ってみる。何の反応もない。これを見た黒子は少し考える。
(これは…チャンス?)
黒子は少し笑みを浮かべ美琴に向かって飛び込んだ。
「……おっ、ねえさま~~!」
「……ふ、」
美琴が僅かに声を漏らし黒子は時間がまるで止まったかのように感じた。
「へ?」
「ふにゃ~」
これまた二度目となる美琴の漏電が時間差で今まさに飛び込んできた黒子にクリーンヒットした。
「~~~~~!!??」
「……ハッ、く、黒子!?ごめん」
黒子が言葉にならない悲鳴をあげその場に倒れこむ。その言葉を聞いた美琴はようやく意識を取り戻し黒子の身体をゆすった。
「大丈夫!?黒子!?」
「……………」
へんじがない ただのしかばねのようだ ▽
「死んでませんの!!」
「…?誰に言ってるの?」
「あ、いや何でもありませんの」
とりあえず少しの間気を失っていたようだが意識を取り戻した。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫ですからお姉様は心配しなくてもよいですわよ。それより少し前の記憶がありませんの」
さっきのショックで上条と美琴についての一部始終が抜け落ちてるようだ。少し前と聞いて美琴はさっきのことを思い出し慌てる。
「た、多分何もなかったわよ、本当に!」
「お姉様がそういうのでしたら別によいのですけど……ってこんなことしてる場合ではありませんわ!お姉様、早くお部屋へ!」
「あ、うん…」
そう言って二人は空間移動で自分たちの部屋に帰った。あれだけの騒ぎで寮監が気づかなかったのも珍しい。
(慣れないことしちまったな)
自分の寮に向かいながら上条はそう考えていた。自分でも若干気障な行動だったと思う。実際に上条は
今更自分のした行動を思い出しては相当な恥ずかしさを感じていた。
(そりゃ上条さんにだってかっこつけたいときはありますよ)
そう自分に言い聞かせ誤魔化そうとしていた。それでも恥ずかしさは簡単には拭いきれない。
最終的に頭をワシャワシャと掻き毟ってうやむやにすることにした。ひとまず落ち着いたところで今日を振り返ってみる。
この日は上条にとって特別な日となった。実質人生で初めての恋を自覚した日であり初めて彼女が出来た日でもある。
思い出に関する記憶は一年にも満たなく通常の高校生とは少し違うので
上条にはどのようにするのが恋人らしいのか分からないところもあるが、不思議と心配ではない。
(別に、恋人らしく演じるのが付き合うってわけじゃない…よな?)
形だけが全てじゃない、と上条は考える。それと同時に今までと変わらずに飾らず自然に過ごしていければいいと思う。
(にしても、あいつが俺を好きだったなんて思ってもみなかったな)
それには美琴の素直になれないのと上条の鈍感さが災いしたとしか言いようが無い。
そのせいで二人の気持ちは大幅に遠回りをすることとなったのだ。しかし、一度伝わってしまえば簡単なものである。
実際に告白を受けて自分の気持ちを自覚してから上条はまるで今までスルーしてきた時間を取り戻すかのように美琴に惹かれている。
御坂美琴がとても大きな存在となった今、上条は夏休みの最後に誓ったことを思い出し再び新たな項目を加えて誓い直す。
――御坂美琴とその周りの世界を守る、そして絶対に幸せにしてやる――
その決意とも取れる誓いは寒い空の下でも確かな温度を持ってるかのように上条自身の熱い意志がこめられていた。
「ふわぁ~」
電灯をつけたまま美琴はベッドに寝転び欠伸をしていた。あれから無事に寮監にばれずに空間移動で部屋に入り、
軽く記憶を失っている黒子からしばらく体調について色々と説教まがいのことを言われた。
終わったあと黒子は寝巻きだったのでそのまま床に就き、美琴は明日に備えすぐに寝る支度を整えた。
既に科学の最先端の集まりである学園都市も大方暗闇に包まれている。今日は色々なことがあり美琴はすっかり疲れていた。
それでもその疲れを気にさせないほどの喜びがあった。
(本当に…アイツと恋人同士になれたのよね……)
上条と歩いていたときから何回もそんなことを考えてしまう。今までが空回りなどの連続だった故に未だにどうも信じきれないようだ。
(…いやいやいや、こんなこといつまでも考えてるなんて私らしくない。ついに恋人同士になったのよ!)
そう考えウジウジした考えを断ち切る。今でも告白後の自分がとった行動を鮮明に思い出せる。
それを思い出すたびに恥ずかしくて思わず足をバタバタしてしまう。そして急にふと思い出したかと思うと持って帰ってきた
ビニール袋を取り出す。そこには自分が意地で手に入れたゲコ太ともう一つ上条から貰った別の種類のそれが入っていた。
(意外と告白する前のアイツも私のこと考えてくれてたのね)
そう思うと無性に嬉しくなってくる。この想いを伝えればこの気持ちも落ち着くだろうと思っていたが、
それどころか更に大きくなっているような気がした。美琴は上条から貰ったものを携帯につけて眺めた。
自然と口元が緩んでしまう。それを枕元に置き、電灯を消した。
これからどんなことが起こるか分からない。
不安な気持ちだってある。
それでも想いが通じ合った上条とならばどんなことでも乗り切れると思う。これからの二人の幸せな道を考えながら美琴は眠る。
(おやすみ、とうま)
fin