とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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匿名ユーザー

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Foolish_game.



 新しい季節を迎えるにふさわしい、実に良く晴れた一日だった。
「ほら、ネクタイ曲がってる」
 御坂美琴は腕を伸ばして上条の首もとに手を添え、それが当たり前のように少し歪んだネクタイを細い指でくい、と整える。
「……さんきゅー」
 直された方の上条当麻はやや仏頂面でお礼を述べる。
 四月一日。
 世間ではエイプリル・フールという呼び名で有名なこの日だが、美琴が上条のネクタイを直しているのは嘘でも何でもない。
 今日は上条がこれから通う大学で入学式が行われる。
 本人も半信半疑だが、上条は留年する事もなく本当に奇跡的にも大学一年生になった。これには今ネクタイを直してくれている美琴の尽力があってこそだ。
 当初、上条の学力では学園都市にあるどの大学でも入試突破は難しいのではないかと月詠小萌をはじめとする教師陣は頭を抱えていたが、そこに敢然と立ち向かった者がいた。
 美琴だ。
 彼女はどういうわけか担任教師よりも当の上条よりもやる気を見せ「アンタね、やる前から何もかもあきらめてんじゃないわよ。これから私がみっちり鍛えてやるから覚悟しなさい」と上条の寮に乗り込み、授業が終わると二ヶ月近くほぼつきっきりで上条の受験勉強に付き合った。いや、勉強について根本から見直させた。
 結果、美琴は奇跡を起こした。
 上条が志望していた『上条の学力でも何とか頑張ればかろうじて引っかかりそうな』ところから三ランクは上の大学に合格し、これには教師陣より何より上条自身が驚いた。合格通知メールを受け取って真っ先に美琴に知らせたら『当たり前でしょそれくらいでガタガタ抜かすんじゃないわよ』という非常に冷めた返事が戻ってきて、えー俺の感動と興奮はどこに? と五秒でがっくりした覚えがある。
 そして今日と言う日を、上条は迎えた。
 入学式なんてどうでも良いと上条は思っているが、目の前の『家庭教師』が先日から口を酸っぱくして行け行けと言ってくるので、仕方なく一張羅のスーツをクリーニングに出し、久々に散髪して、いやいや支度を調えている。
 美琴としては上条が逃げたりしないかどうか式までついていきたいが、彼女も彼女で始業式がある。たかが始業式でも美琴自身が彼女の通う高校では数少ないレベル5ともなると、学校側からいろいろ面倒な用事を押し付けられるのだ。
 美琴が二年生だというのに在校生総代挨拶を任されるのも、そのうちの一つ。
 だというのに美琴は上条の部屋を訪れ、こうしてやれハンカチは持ったか忘れ物はないか朝食は食べたかと、朝早くから上条の面倒を見ている。
 スーツにしわがないかチェックしていた美琴が手を止めて
「んで、アンタの両親は式に来んの?」
「止めてくれよ。ガキじゃねーんだぜ?」
 もう良いよそんなにしてくれなくて、とやや邪険に上条が美琴を引きはがす。
 それに対して美琴がむーと頬を膨らませるが、何も見なかった事にして上条は玄関に向かう。
「お前、学校間に合うのか?」
「よゆーよゆー。走ればすぐだし」
「走れば、ってお前ね……」
 高校卒業に伴い、上条は第七学区の住み慣れた寮から多くの大学生が居住する第五学区へ引っ越した。美琴は隣の第一八学区にある通称『五本指』のうちの一校に通っている。走っていくと言っても距離があるのでそれなりにきついはずだが、学校指定のバス通学は彼女のお気に召さないらしい。
 美琴と二人で部屋を出て玄関のロックをかけながら、
「いつもありがとな。……ところで、彼氏の方は放っといていいんかよ?」
「ああ、あっちはアンタと違って手がかからないから大丈夫。同じ学校だし、後で電話しとくわよ」
 上条の問いかけに、美琴はいつもと同じ言葉で答える。
 一年ほど前から、美琴には彼氏ができて付き合いを始めた。
 上条はまだ会った事はないが、相手は同じ高校の同級生らしい。聞くところによるとどうやら劣化偽海原のような奴で、美琴曰く『アンタほど手がかからなくて良い奴よ』だそうだ。上条は時折美琴から彼氏に関する生々しい相談を持ちかけられては『何で彼女いない歴と生存履歴が同じ人間にんな事相談すんだよ』と辟易した事は数知れない。
 最近は美琴からの相談も少なくなったので、二人の間はうまくいってるのだろう。自分のせいで美琴の貴重な時間を食いつぶして悪いと思っている上条としては、『俺の面倒見るより彼氏のところへ行けよ』がもっぱらの口癖だ。
「じゃあ、サボんないでちゃんと入学式に出んのよ? 後でチェックするかんね?」
「へいへい。お前も在校生総代挨拶、とちったり忘れたりすんじゃねーぞ?」
「大丈夫よ、アンタと違ってね。それじゃ行ってらっしゃい」
 美琴に手を振って、上条は歩き出す。
 不幸体質の上条を心配して、歩いて大学まで行っても十分式に間に合う時間を計算してくれた美琴のおかげで余裕を持って出発した上条は、まだ見慣れぬ景色を視界の隅に収めつつ携帯電話を操作して地図を呼び出す。
 何はともあれ今日から新しい生活の始まりだ。気持ちを入れ替えて頑張ろう。
 上条が両手を上に伸ばしてぐぐっと背筋を反らしてからよし、行くぞと角を曲がり、大通りに面した歩道に出たところで、運転手が居眠りをしていると思しき大型トラックが何故か上条を目指して突っ込んでくるという、お目にかかりたくない惨劇が上条の視界いっぱいに広がった。

 結局、上条は入学式に遅刻した。
 と言うより完全に間に合わなかった。
「ど、ど、どうなってやがる……」
 上条は日頃のあれやこれやで鍛え抜かれた反射神経に物を言わせて間一髪大型トラックとの身体接触は免れたものの、事故の第一発見者という事で事情徴収のため警備員に長時間拘束され、入学式はおろか新入生オリエンテーリングさえまともに参加できなかった。
 事故現場に出くわした人間の協力義務については理解しているが、何もこんな日にこんな目に遭わなくったって良いだろうと、上条は植え込みに突っ込んでよれよれになったスーツ姿で各種調書にサインした。
 ほうほうの体で大学に着いた上条は、ボロボロになった上条の姿を見て悲鳴を上げそうになった学生課のお姉さんに事故のあらましを説明して、今日もらうはずだった一通りの書類を受け取ると近場にあった椅子に腰掛け封筒の中身を引っ張り出した。
 中に入っていたのは選択授業の申請や授業料免除希望者への案内書など、オリエンテーリングの説明を聞かなければどう記入したらよいのかわからないものばかりで、上条は文字の羅列がのたうち回る意味不明のパンフレットをいったん広げ、それから頭痛を堪えて二つ折りの用紙類を元のように封筒に押し込めた。
 上条はただの飾りになったネクタイを首から外し、所々穴の空いた上着を脱いで脇に放ると
「……まあ、誰かに聞けばいっか」
 上条の高校時代のクラスメートは、ほぼ全員上条とは違う大学に進学した。奇遇にも上条と同じ大学を選んだのは青髪ピアスただ一人だが、青髪ピアスは上条との友情を自分の人生の天秤にかけてこの大学を選んだなどという、そんなお涙頂戴の美しい理由で進学したわけではない。
 青髪ピアスの原動力は月詠小萌だ。
 発火能力を専攻とする外見年齢一二歳にして完全幼女宣言の上条の元担任は、同じく発火能力系に造詣の深いこの大学に、何度か論文制作のために顔を出している。
 たったそれだけの理由で、発火能力者でもない青髪ピアスはこの大学を受験し、余裕で合格して見せた。さらにはクラスの秀才、吹寄制理と同等の学力を持ちながらわざわざランクの落ちるこの大学を志望し小萌先生を困らせては喜ぶといった変態ぶりを披露して、吹寄からおでこDXマークIIをお見舞いされたのは記憶に新しい。
「……とりあえず帰るか」
 窓の外では賑やかしく各クラブやサークルによる新入生勧誘合戦が始まっている。新しい出会いを求めて人波に飛び込むのも良いが、手元の書類は提出期限が決まっている。これをほったらかしにすればあの茶髪の家庭教師が何を言い出すかわからない。脳裏でかんかんに怒る美琴の姿を想像してため息をつき、上条は椅子から立ち上がった。
「御坂か……はあ」
 そこで上条はもう一度ため息をつくとポケットに入れた携帯電話を取りだし、待ち受け画面を開く。
 画面を飾るのは上条と美琴のツーショット写真。
 これはハンディアンテナサービスのペア契約の時に撮ったものではなく、ごく最近美琴に『無理矢理』撮らされたものだ。引きつった笑顔の上条と何か開き直ったようにハイになっている美琴が二人並んでいる写真というのは、何度見ても奇妙な気分がする。
 上条が幾度待ち受け画面から解除しても、都度美琴に携帯電話の通話履歴をチェックされその度にこの写真に設定を変えられるので、別の写真に切り替える事はとっくにあきらめた。
(お前は俺の彼女かっつーの。つか、お前以外の相手に電話かけたからって一回一回根掘り葉掘り聞こうとすんなよなー)
 上条は現在時刻を確認し、携帯電話をくたびれたワイシャツのポケットに放り込む。
 美琴の事を思うと、上条は憂鬱な気分になる。
 上条が美琴と知り合ったのは上条が高校一年生の時だ。話によると不良に絡まれていた美琴を上条が助けようとして割り込んで、そこで不良もろとも返り討ちにあったらしいのだが、上条にその日の記憶はない。以来何かと美琴は上条に突っかかってきてボコボコにしたりされたりを繰り返し現在に至る。
 出会った頃のような容赦ない電撃や雷撃の槍による攻撃は少なくなり、近頃では頼んでもいないのに世話焼きスキルを遺憾なく発揮する美琴に、上条は何かと面倒を見てもらう事も多くなった。だからその労力は彼氏に振り向けてやれよと上条は口を酸っぱくして言うのだが『あっちはアンタと違って手がかからないのよ。彼女の甲斐がないって奴?』と言って笑って聞き流される。
 かゆいところに手が届く美琴の存在は、上条の中で大きなものとなっている。
 反面、美琴の献身が上条にはやけに重すぎた。
 美琴は今でも絶対能力進化実験の件を気に病んでいる節がある。あれはどう考えても学園都市第三位のレベル5では手に負えない事件だった。上条の幻想殺しという特異点がなければ、一万人の死者が二万人に増え、美琴は望まぬ死を迎えて決着をつけようとしていただろう。
 その時の事を借りだと思うなら、この三年間でとっくに返してもらったと上条は思っている。むしろ上条が美琴に借りを作りすぎて返せないくらいだ。自分も大学生になった事だし、ここらで美琴との関係を見直す時期だろうと上条は考える。
 とはいえ、口ゲンカでまともに勝てた事のない美琴をどうやって納得させるのか。
 上条はもう一度窓の外を見る。
 新入生勧誘合戦はヒートアップし、学生の怒号にも似た絶叫がグラウンドや建物に五・一チャンネルサラウンドで反響する。どうやら空間操作系統の能力者が勧誘に混じっているらしく、その声はどの説明よりも鮮明に上条の脳髄に届いた。
 美琴を怒らせず、かつ穏便に追い返すにはどうすればいい?
 その解を求めて、上条は旗や机やチラシが飛び交う只中へ自ら飛び込む決意を固め、右拳を握りしめた。

 上条は肩に引っかけた上衣のポケットから財布を取り出し、中から破損を免れたカードキーを引き抜いて、上条が住居として借りている部屋の扉に据え付けられたスリットに差し込み滑らせた。
 ……反応がない。
 今朝の事故の衝撃で磁気が消えてしまったのかと、上条は何の変哲もないカードキーを夕日の光に当てたり透かしてみたりするが、上条の目には異変が起きたのかどうかさえわからない。とりあえずもう一度カードキーをスリットに通してみるが、やっぱり反応はなかった。
「ぐあ……不幸だ。カードキーが壊れたら中に入れないじゃねえか」
 自室のドアに寄りかかり、コンクリートを敷き詰めた通路に向かってずりずりと上条が落下する。
 すると、ドア越しに奇妙な音を聞きつけて無人のはずの上条の部屋のドアが開き、中から美琴が顔をのぞかせた。
「アンタ、自分の部屋の前で何遊んでんの?」
「…………その前に俺はお前が何故俺の部屋にいるかどうか小一時間ほど問い質しても良いか?」
 美琴はキョトンとした顔で
「アンタの部屋の鍵、最新式の電子ロックって聞いてたから私の能力で開くかどうかちょっと試してみたのよ。結構な触れ込みみたいだったけど大したことなかったわね」
 美琴が何をどう試したのかは聞くまでもない。
 電撃使いでも破れない最新のセキュリティと言う宣伝文句に惹かれてこの部屋を選んだのに、ものの五分とかからずに美琴に突破された現実に、上条は膝を地面につけたまま一年の三分の二が不幸に見舞われた顔で美琴を見上げる。
「優秀な発電系能力者であらせられるあなた様が俺の部屋の鍵を開けた後、そこで何をしていらっしゃるんですか?」
「夕飯の支度してたんだけど? アンタも食べるでしょ?」
「前から何度も聞いてることだがな、何でお前が俺の部屋でナチュラルに晩飯作ってんだよ!?」
「一人分作るのも二人分作るのも手間は同じだからいいじゃない。自分の部屋に帰って一人分作ったってつまんないんだもん」
「だからそれはお前の彼氏のところでやってやれって言ってんだろ! ……ったく」
 上条はドアノブに手をかけて立ち上がると汚れた膝を両手でパンパンと払う。
 美琴は玄関のドアから顔をのぞかせたまま
「ねぇアンタ。今日は入学式だったのよね?」
「そうだけど?」
 茶色の瞳がつう、と細められ上条を見据える。
「何をどうしたら入学式でそんなにボロボロになるのか、説明してもらえる?」
 ……不幸だ。
 何も悪い事はしていないのに、どうしてこんな責められるような目で見られなくちゃならないんだろう。
 これから身に覚えがないのに降りかかるであろうお小言を予想して、上条は悲しくないのに溢れる涙を止められなかった。

「……さすがの美琴センセーでも、アンタが交通事故に遭うってのまでは予想できなかったわね」
 おかわりの白飯を茶碗によそい、美琴が上条にはい、と差し出す。上条がさんきゅーと受け取って、ついでにリモコンをたぐり寄せてテレビをつけようとしたら美琴に怒られた。
「ご飯の時にテレビは見ないの。お行儀悪いでしょ?」
「……分かったよ」
 今朝の事故がニュースで流れていないかチェックしようとしただけなのだが、家庭教師様はお気に召さなかったらしい。上条はリモコンの操作をあきらめ、豚肉の生姜焼きをかじる。
「……うまいな。これならいつでも嫁に行けんじゃねえの?」
「ありがと。でもその台詞はもう一〇回くらい聞いたわね。たまには他の言葉でも使ってみたらどう?」
「……そうだっけ?」
 飯のお礼を言ってみたら冷静に切り替えされて他に言葉が続かない。つかいつのまに一〇回とかカウントしてるんだろう御坂の奴。
 晩飯ってもっと和気藹々と食べるもんじゃないんですかと心の中で涙を流し、上条は白飯をかきこむと
「そうだ。あのさ」
「んー、なーに?」
「今日大学行ってきたんだけど」
 まるで母親に今日の遠足の内容を話してるみたいだと、上条は苦笑する。
 それくらい彼女の面倒見の良さが行き届いている訳だが、上条にはそれが重すぎた。
『俺達、友達じゃねーか。こんなのは間違ってる』と叫びたかった。
 友達なんだから、もうこれ以上干渉しないで欲しい。
「うん?」
「俺、サークルってのに入ろうかと思って。あっちこっちのパンフレットもらってきたんだ」
「……そう。いいことかもね」
「えーっと、ほら、これって大学デビューって奴? あとは……春だし、ここらでいっちょ頑張って彼女でも作ろうかなってさ」
 美琴の動きが一瞬止まった。
「……そうね。それもいいかもね。せいぜい頑張んなさい」
「……、だから、御坂」
「だから?」
「その……彼氏のところに、そろそろ、戻れよ」
 いつまでも彼氏付きの女の子をそばに置いておくのはまずいと、上条は思う。
 春だし、大学生だし、今日はきっと良い機会だ。
 今日はエイプリル・フール。
 四月に馬鹿な終わり方をさせるのもきっとやり方としてはアリだ。
 美琴の優しさを踏みにじるのも、今日限り。
「今日まで、ありがとう。でも俺なら大丈夫だから。お前の彼氏には悪い事しちゃったけど、お前もそろそろさ、俺みたいなのにくっついてないで戻ってやれよ。……彼氏のところに」
 美琴は手にした茶碗をガラステーブルの上に置き、その上に箸を揃えて置くと
「まったく。――――――笑えない話よね」
 自嘲気味にぼそりと呟く。
「……何が?」
「アンタが彼女を作るって言うのも、私が彼氏のところに戻るって言うのも」
「……何で?」
 上条はキョトンとした顔で美琴を見る。
「今日ってエイプリル・フールでしょ? 何がどこまで嘘で本当なのかさっぱりわかんないんだもん」
「別に、俺の話は……」
 嘘を見抜かれたのかと思い、上条は動揺する。
「そうね。アンタのはそうかもね」
「『アンタのは』?」
 意味が分からない。
「私のは嘘よ」
「嘘って……何が」
「彼氏なんていないの、最初から」
「…………何で」
 さっきから何で、とか何が、しか言えていない。
 美琴は淡々と話し始める。
「ちょうど一年前のエイプリル・フールのこと覚えてる? アンタに『彼氏がいる』って話をしたの、あの日でしょ?」
「……そうだっけか」
 そう言われてみれば、その頃に美琴が『彼氏ができた』と言っていた覚えがある。あまりにも嬉しそうに話をするので、嘘と疑う余裕はなかった。
「最初はエイプリル・フールだから『嘘でした』って最後に言うはずだったんだけど、アンタあっさり信じちゃうんだもん。引っ込みつかなくなっちゃってさ」
「……、何でそんな嘘ついたんだよ。つか、次の日にでも『あれは嘘』って言えば良かったじゃねえか」
 エイプリル・フールの嘘は一日限り。だから翌日にでも撤回できる。
 美琴は何かをあきらめたように笑って、
「……アンタの気を引きたかったから、かな。去年のバレンタインデーの時にアンタに告白したんだけど、私フラれちゃったのよね」
 告げた。
「……え?」
「こっちは本命でチョコ渡したのに、アンタ力いっぱい『義理チョコさんきゅー』とか言ってくれちゃってさ。本気で泣いたわよ、あの日は」
 つい友達のノリでくれたのだと、あの時は『義理』だと思っていた。
 義理以外でくれる訳はないと思っていたから。
「で、私は思った。恋人はいつか別れちゃうけれど、友達ならずっと一緒にいられるって。だから私は、ずっとアンタの友達でいた。ずーっとね。で、去年のエイプリル・フールに『彼氏ができた』って嘘ついてアンタの様子を見てたんだけど、アンタはやきもちも妬かないし、嘘の相談に真剣に乗ってくれちゃってさ。そりゃ嘘ついたのはこっちが悪いんだけど、ああいうのはたまんないわよ、ホントに」
「……そっか」
「ということで、嘘の話はこれでおしまい。ごめん、ずっと騙してて」
 美琴は上条の対面で居住まいを正し、ぺこりと頭を下げた
「……、気にすんなよ。俺も一度くらい『それエイプリル・フールだろ』ってツッコめば良かったんだろうし」
「だからさ……アンタに彼女ができるまでは、アンタの友達でいさせてよ。アンタに彼女ができたらその人にバトンタッチするから」
 今しかない。
 二人の関係を見直して、何もかもを終わりにするなら今しかない。
「……そっか。じゃあとりあえず友達から彼女にバトンタッチしてくれ、御坂」
 上条は二人を終わらせるための解を告げた。
「……?」
 言葉の意味が読み取れず、美琴はキョトンとしている。
 上条は視線を手元の茶碗に落としたまま
「彼女でもないのにあれこれ世話焼かれたらうっとおしいけどよ、彼女だったら問題ねえじゃねーか。彼女でもないのに電話の着信履歴チェックされたらうるせえだけだけど、彼女だったらそれくらいしたって文句ねえだろ。友達が電子ロック破って部屋に入ってたらやり過ぎたいたずらでも、彼女だったら合鍵渡してないんだから仕方ないって考えられるから」
「……ごめん。言ってる意味が良く分かんないんだけど?」
「だから、嘘の友達を今日で止めろっつってんだよ。俺だって男付きの女にもやもやすんのはもううんざりなんだ。お前が今頃彼氏と会ってるとか、彼氏の部屋にいるとか、昨日のデートの内容はこうだったなんて妄想すんのはたまんねえって言ってんだよ。一人前の男に生々しい話聞かせんなよ」
 美琴に嘘をつかないで済むという安堵で、上条はほんの少し頬を緩める。
 一方の美琴は苦く笑って
「……ごめん」
 嘘をバラした失敗よりも嘘をついたことの気まずさで肩を落とす。
「今夜一二時を過ぎたら、今日までの俺達は終わりだ。日付が変わったら、本当の二人になれるとお前は言えるか? 言えるんだったら今夜泊まってけ。友達だったら嘘は大目に見るけど、彼女になるなら俺を今まで騙してきた分、朝まで生説教すっからな。場合によっては明日学校サボりだと思え」
「…………もしかして、私一年間棒に振ったの?」
「……俺が一年前にお前の嘘を見抜けなかったんだからお前のせいだけじゃねえんじゃねーの? お互い愚痴は今のうちに言っておこうぜ。日付が変わるまであと何時間もないんだし、今後は嘘はなしだ。で、御坂。……あの赤裸々な相談内容は」
「……うん。というかアンタを彼氏と想定して、相談してた」
「……つまりあれは全部お前の願望、と」
「ぎゃーっ! 忘れて忘れろ忘れなさい今すぐに!!」
「……まあ、嘘の相談内容だから忘れてやるよ」
 本日はエイプリル・フール。
 あらゆる嘘を嘘だと言い張る限り許される、一日限りの嘘が横行する日。
「じゃあさ、ちょろっと聞きたいんだけど。……アンタ、私をもらう気ない?」
「もらう、……ってのは」
「もちろんエイプリル・フールだから、答えは嘘って事でオッケーだけど」
 上条はゴクリと生唾を飲み込んだ。もちろんそれは少ししょっぱい生姜焼きのせいだと嘘をつくこともできる。
「『いつでも嫁に行ける』って嘘つかれたんだから、一回分の嘘を聞いても良いわよね?」
「……嘘の友達の話だからな。真に受けるんじゃねーぞ?」
 上条と美琴はお互い顔を見合わせて、お互い右手を掲げ、ガラステーブルの上でハイタッチをした。
 友達として最初で最後のハイタッチ。
 嘘の友達から本当の恋人へのバトンタッチ。
 時計が一二時を回ったら、
 上条の説教と二人の本当の毎日が、始まる。


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