純真無垢な上条さん 2
上条は先程の美琴のやり取りで意を決したのか、ある物を買う為に本屋へと寄っていた。
上条が普段目当てにする漫画や参考書の並べられている棚をスルーし、女の子が好きそうな本がある場所まで行き、足を止めた。
「んー、これでいいかなぁ…」
そう言って本を手に取り、立ち読みをしだす。
「おおお…、なるほど。こんな出会いもあるのか。朝遅刻しようで走ってたら同じく遅刻しそうな食パン咥えた転校生と? ふむふむ」
「なにさっきからぶつぶつ言ってるのよ。アンタは」
「う、うわぁぁぁぁぁあああ!!!」
上条は本の内容に相当見入っていたのか、いきなり隣から話しかけられて大声を出す。
話かけてきた相手は、先程まで一緒にいた御坂美琴で、上条の大声にビックリしつつも彼の呼んでいる本に目をやった。
なにやら嫌な予感しかしない本のようだが…。
「アンタ何読んでるのよ? どれどれ…?」
「うわっ! よせ! 見るな! な、何だっていいだろ!」
「……『恋の出会いと愛の育て方』」
「…」
「あ、アンタっ…こ、ここここんなの読んで、な、何をするつもりよ…?」
「………これ、読んで…恋の勉強しようと…思ったり、思わなかったり?」
「…っ」
美琴は顔が真っ赤になっていた。
それはもう真っ赤に。
美琴は昨日の上条のメルヘンチックな言動に大変大笑いしたのだが、今日も今日で上条に似合わしくない行動と取っているため、
笑いを堪えるのに必死で顔を真っ赤にしていた。
そして、その吹き出そうな何かになんとか耐え、美琴は上条に言い出した。
「アンタね。こんなのは読んでる人の自己満足なのよ? ここに書いてある事をすれば全部が全部うまく行くわけでもないし、
そもそも恋愛なんて自分で掴み取るものじゃない」
「そう言われましても上条さんはこの年になるまで恋という恋をして来なかったわけで、してきたのかもしれないが忘れてしまってるわけで」
「あ…そっか、アンタ記憶が……」
「そうそう。だからこういう本でも参考にしようかなぁって。ネットとかで調べるのもいいけど、うちにパソコンないしさ」
「ふぅん。…で? 何買うのよ?」
「とりあえずこれでいいかなぁ。他に色々あるけどたまたまこの本を選んだ事に運命を感じる」
「アンタ昨日から運命って言葉にやたら拘ってるわね」
「いいじゃんかよー、別に。ところでおまえは何しに本屋に来たんだよ。漫画の立ち読みか? それならここじゃなくて、入り口近くの本棚に――」
「…アンタはこの本を買いに来て、この本の事をやろうとしてるのよね?」
「あ? 聞いてます? 御坂さん? …って、まぁそうだけど……それが?」
「わっ私もこの本買おうかしらね! 実はこの本前々から気になっててさ! うん」
「あの…本日発売なんですけど?」
「…気になっててさ!」
「そ、そうですか。じゃ、じゃあ買わなくちゃな。ほらよ」
「あ、ありがと…」
上条は残っている同じ本を美琴に渡すとすたすたとレジの方へと歩いていった。
そして会計を済ませ、美琴の方に振り返ると「じゃあ俺帰るから、またなー」と言って行ってしまった。
美琴はそんな上条を見て、大慌てで会計を済まし、後を追う。
その会計の時にレジにいる店員が、上条と同じ本を買っている美琴の慌てぶりを見て「大変そうですけど、頑張ってくださいね」と言ってきた。
美琴はその事で顔を真っ赤にし、軽く頭を下げて本屋を出て行った。
「ちょっと待ちなさいってば!」
「ん? なんだよ? まだ何か用があるのか? 俺これから朝飯兼昼飯を作ろうとだな」
「え、えっと…その、用って程じゃないけど…って、朝飯? 昼飯?」
「あぁ。今日スーパーで朝市やってたから起きたらすぐ来たんだよ。だから飯食ってないんだ。よって腹ペコなため、家に帰らなくてはならない」
「ふ、ふぅ~ん? じゃ、じゃあさ! あの…わ、私がご飯作ってあげようか?」
「…へ? なんだよおまえ。何か用があるんじゃなかったのか?」
「そそそうだけど、アンタが飢えて死んじゃったらこっちも後味悪いし…」
「そう簡単に人が飢え死にするかよ…」
「い・い・か・ら! ほら! さっさと行くわよ! アンタの部屋に案内しなさい!」
「まぁ…飯作ってくれるっつーんなら俺はいいけどさ」
「か、感謝しなさいよね! ここで『運命的に』私に会って『運命的に』ご飯作りに行ってあげるんだから!」
「……お前が勝手について来てるだけだと思うのは…、俺だけ?」
「何か言った?」
「イエ。ナニモイッテマセンDEATH。ハイ」
(や、やややった! とうとうコイツの部屋に行く事が出来るわ! えへえへへ)
そして二人は上条の部屋の前まで帰ってきてきた。
上条はここまで来て部屋の中にインデックスがいると言うのも何だと思ったが、どうやら朝ご飯を作らなかった為に、飢えに耐え切れず
小萌先生宅に行くというメモが残されていた。
上条はそのメモを丸めて捨てると、美琴を部屋に入れた。
「どうぞ。散らかってるけど」
「お、お邪魔します…」
上条に招き入れられた美琴は、正に借りてきた猫みたいになっていた。
顔を真っ赤にし、俯きながらちょとちょとと入ってくる。入る時に、靴をちゃんと揃えるあたりお嬢様っぽいなと思った。
上条はスーパーの袋から買ってきた食材を出すと冷蔵庫の中に入れて、美琴にお茶を差し出した。
「ほらよ。飯はもう少ししたらお願いするわ。もう少しで正午だしな」
「あ、ありがと。じゃあ…十二時前に作り出すわね」
「おぉ。…さてと」
「…アンタねぇ。仮にも女の子が部屋にいるっていうのにいきなりその本読むわけ?」
「ん? 別に何してたっていいだろ。おまえが勝手について来たんだし」
「そ、そうだけど…」
「おまえは読まないの? この本、気になってたんだろ?」
「よ、読むわよ! 今読もうとしてたの! ったく…」
「何怒ってるんだよ…」
上条と美琴はさっき購入した『恋の出会いと愛の育て方』を読み出した。
上条はふんふんと真剣に読んでいるが、美琴はそんな真剣な上条をふんふんと見入っている。
なのでたまに視線に気付いた上条が「ん?」と美琴の方を見ると、美琴は大慌てで視線を逸らし本に目を落とした。
そしてしばらくすると上条が美琴に話かけてきた。
「御坂よ、世の中には色々な性格の人がいるんだなぁ」
「なによいきなり。性格なんて人それぞれじゃない。色々あって当たり前なの」
「いやそれでも…この、なんだ?『ツンデレ』っていうの? これは面白いよな」
「ぶぅぅぅううう!! な、なななっ…ど、どこに書いてあるのよ、そんな事!」
「35ページに書いてあるよ。ふんふん、ツンデレとは…?」
「ぅ、ぅわっ…」
美琴は上条の言ったページを見るが、そこには確かに『性格のタイプその6・ツンデレ』と書かれてあった。
上条はその内容に興味を持ったらしく、面白そうに声に出して読み出し始めた。
「ツンデレの人は、普段はツンツンして好きな人には素っ気無く接しているが、いざ二人きりになると途端に甘えてくる傾向があるようです。」
「…」
「好きな人についきつく当たってしまい、不器用な事でしか相手に好意を向けられないことが多く、そのせいで相手に勘違いされることも。」
「…」
「代表的な例を挙げれば、ツンデレの人が好きな人に振り向いてほしくて、何かやってあげる際に言う
『アンタのためじゃないからね!』や『か、勘違いしないで!』とかがいい例だろう。」
「…」
「こんな台詞を言ってくる人が近くにいるならば、好きだけど恥ずかしくて、素直になれずにツンツンしているだけかもしれません。」
「…」
「そういうツンデレの人には、ツンの時は普通に接し、デレて来たら相手に合わせて甘やかしてあげるのもよいでしょう。」
「…」
「もちろんここに書いてあるのが全てではないので、あなたが一番いいと思う接し方をしてあげてくださいね! …だってさ! いや、すげぇなツンデレは」
「…」
「え、えっと…御坂さん? 一体どうなさったのでせう? 本を持ちながらプルプル震えて?」
「…ち、違う」
「え?」
「違うわよ! わ、わわわ私はツンデレなんかじゃないんだから!!」
「べ、別におまえがツンデレなんて言ってないだろうが!」
「うっ、うっさい! もう私ご飯作る! 台所借りるわよ!」
「わ、分かった。分かったからその電撃はしまってくれ。うちの家電がお亡くなりになる」
「料理作るって言っても別に『アンタのためじゃないからね!』『か、勘違いしないで!』」
そう言って美琴はツカツカと台所に行ってしまった。
そして乱暴に冷蔵庫を開けて「私はツンデレなんかじゃ…ツンデレなんかじゃ…」とぶつぶつ言っていた。
上条はそんな美琴を見て溜息を吐く。
「ツンデレの例そのままじゃねぇかよ。…でも、あれ? 好き? 素直になれない? あれ?」
上条は台所で料理をしている美琴をぽけーと見ていた。
美琴もそんな上条の視線に気付いていたが、今は料理料理と心の中で囁き続け、料理を進めていった。
しかしあまりにも上条からの視線に気まずくなったのか、美琴は料理が出来ると「こ、ここに置いとくから!」と言い残し帰っていってしまった。
上条は呆気に取られていたが、やがて立ち上がり台所に用意さてれいた美琴の手料理を取りに行った。
「おー。なんかすごい本格的。ありがたやありがたや」
上条は料理が乗せられてるおぼんを持ち、テーブルに着くともぐもぐ食べ始めた。
「うまい」
その日の夜。常盤台女子寮208号室。
白井黒子は風紀委員の仕事を終え、部屋に帰ってきた。
部屋の明かりが点いてないので白井はまだ美琴が帰って来てないものだと思い、白井は美琴のベットへとダイビングした。
―――が。
「ぐぇ」
「―――――へ?」
なにやらカエルのような声が聞こえるのと同時に、ベットの柔らかさとは別の、白井にとってとても好きな柔らかさと匂いに包まれた。
白井はこのままこの気持ちよさを感じていたかったが、それ以上に驚いたために美琴のベットから降りて部屋の電気を点けた。
そして美琴のベットに目をやると、そこには毛布に包まっている美琴の姿があった。
「お、おおおおお姉さま!? いらしてたんですか!? す、すみません。そうとは知らずに飛びついてしまって…」
「う…うぅ……」
「お、お姉さま…ど、どうしましょうどうしましょう」
白井は美琴(が包まれているであろう毛布)から急に泣き声が聞こえてきたために、どうしていいのかとオロオロしだす。
しかし美琴はどうやら白井のダイビングによって与えられたダメージで泣いているわけではないようだ。
ふと美琴の枕元を見ると、何やらピンク色の本が見えた。
白井は何でしょう? とその本を取ると表紙を確認する。
その本は勿論『恋の出会いと愛の育て方』だ。
「お姉さま…? この本……」
「う…うぅ、く…黒子ぉ」
「ど、どうなさったんですの? お姉さま?」
「35ページ」
「へ?」
「35ページ見てみて」
「はぁ…」
そう言われて白井は35ページを開き、読み始めた。
そこに載っているのは、昼上条と美琴が見たツンデレの性格判断で、それを読んでいけば読んでいくほど美琴の事を指しているのかように、
長所や短所や相手へのイメージの与え方などが書かれてあった。
「お姉さま…まさかこれを見て泣いてらしたのですか?」
「…うん」
「な、なんでですの?」
「だって…読めば読むほど私そのもので…」
「……それで?」
「その…、あ、アイツと全然合わない性格なんだって…」
「…アイツ、とは?」
「あ、アイツはアイツよ…」
「………上条、当麻さん…ですの?」
「…うん」
「でも何故合わないなどと? ここを読む限りだとそのような事は…」
「だって、アイツの性格はきっと『異性スルー型』だわ」
「そ、そんな性格があるんですの!?」
「うぅん。無い。わたしが決めた」
「…それで、その異性スルー型の上条さんがツンデレのお姉さまと何で合わないんですの?」
「だってツンデレは相手にされて初めてデレるのよ? 最初から相手されないなんて、ツンツンしてるだけの嫌な奴じゃない…」
「…」
「う、うぅ…」
白井は、白井はどうしたものか。
昨日は上条当麻のメルヘンで共に笑った美琴が、今日はまた何とも言えない事で悩んでいた。
だから、白井はそんな美琴の前から――
「お姉さま。わ、わたくしちょっとお風呂へ…」
逃げた。
翌日、月曜日。
美琴はここ二日間で笑ったり泣いたり照れたり悩んだりを繰り返し、相当鬱になっていた。
しかし学校に遅刻するわけにもいかないし、美琴はいつも通りに身支度を整え、いつも通りの通学路で学校へ向かった。
美琴の鬱の原因。それは紛れも無い上条当麻とその相性の事だ。
しかしそんな中、公園の自販機前でばったり上条と会ってしまって、美琴はどうしようかと思ったが、
「おー、ツンデレ中学生!」
「消えろーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
「ぎゃあああああああああああああああっ!!!!」
とりあえず電撃を放った。
上条はギリギリで高速のそれを掻き消すが、物凄い気迫を感じさせる電撃だったのか、その場で尻餅をついた。
「お、おまえな! いい加減出会い頭に電撃撃つのやめろっつーの!」
「うっさい! アンタが変な事言うのが悪いんでしょうが!!」
上条は美琴とそんなやりとりをしていると、立ち上がってお尻をパンパンと叩き、砂を払った。
そして上条は美琴の顔の前に顔を近づけるとじっと見出した。
美琴はいきなり上条の顔が迫った事で相当焦ったのか、顔を真っ赤にして動けなくなってしまった。
「うーん…」
「な、なによ? なにか文句あんの?」
「おまえさ、彼氏いるの?」
「かっ! …れしなんていないわよ!」
「ふーん…好きな人は?」
「え? えっと…その、あの…」
「ん? その感じだといるみたいだな」
「い、いるには…いる、けど」
「おまえまさかそいつにもビリビリしてんじゃねぇだろうな?」
「やってるわよ!」
「だよな。さすがにやめとけよ? おまえのビリビリは生死に関わる……って、ん? やっている? 今やってるいると言ったのか?」
「だ、だって変な事ばっかり言ってくるから…」
「おまえな。ツンデレにも程があるだろうが。そんな事してたらいつか嫌われるぞ?」
「え!? い、嫌! 嫌われるのは絶対いやっ!」
「だろ? んー…よし、わかった。俺がその恋を応援してやろう! 俺は昨日から恋に敏感っても元から敏感だったけど、
恋を繋ぐ架け橋になってやりたいのさ!」
「はい? あ、あの…私は」
「あー、はいはい。いいからいいから。じゃあ今日夕方4時に…そうだなー、セブンスミストの近くにあるファミレスな。
そこで色々子猫ちゃんの悩みを聞いてやるからさ」
「ちょっと! なんでそんな事になってんのよ!? そんな事しなくたってねぇ、私はちゃんと――」
「超行動的なおまえが嫌われるのが絶対嫌な奴に告白しないわけないだろ? だからしたくても出来ない理由があるんじゃないのか?」
「そっ、それは…」
「だからそれを聞いてやろうっつってんの」
「あ、あぅ…」
「じゃあ遅れるなよなー」
そう言い残すと上条はスタスタと行ってしまった。
そして残された美琴は思う。
やはり上条当麻という人間は恋に敏感になっても、根本的なところで、つまり鈍感な性格には変わりないのだと。
そして残された美琴は思う。
結局のところ、上条に惚れている自分は、相手が鈍感でも敏感でも結局は振り回されることになるのだ、と。
(ど、どうしよう…! 確実に勘違いされてるわっ!!)