いたずら好きな神様 2
夏祭り。
当然といえば当然だが、この科学の街、学園都市でも大きな夏祭りはある。
基本、学生はお祭り好きだ。この学園都市では大半が学生と呼ばれる子供で、大人は少数である。
そんな数多い学生が存在している学園都市がお祭りとなればかなりの規模になるのは想像できるだろう。企業の方もそれを狙ってこれまた多く集まってくるので大きく盛り上がる。
閉鎖的な学園都市だからこそ、学生の住む街だからこその祭りである。
多くの人ごみ。様々な食べ物の匂い。無意識に心が踊る。
けれど、上条にとってそれは大した問題ではない。特筆すべき点は、隣に人が居るということであろう。
今、上条の隣に美琴がいる。二人っきりで夏祭りに来ている。
上条はいつもの制服だ。しかし、美琴の方は先ほどの着物を身にまとっていて、とてもじゃないが釣り合わない。
二人っきり、美琴との微妙な距離。
そして上条はチラッと美琴を見たつもりが、
「何? 私の顔に何かついてんの?」
「いやいや!?」
つい上条は無意識に美琴を見つめてしまう。慌てて目を逸らす。
ねえとか美琴は言っているが、振り向くつもりはない。振り向いたらどうにかなってしまいそうである。
さっきから心は騒ぎっぱなしで、上条は必死に平常心を保とうとしていた。でも、どうにも治まってくれる気配はない。
美琴を意識してしまうたんびに、鼓動が早くなる。もうどうしようもない状態だった。
「ねえ、こっち向いてよ!」
「お、あそこに屋台が!」
「そんなんで、誤魔化せるかあ!!」
「うを!」
上条は美琴に頭を掴まれ、ぐいっと方向転換させられる。目の前には美琴の顔。
そして瞬時に顔を逸らす。上条はもう一度美琴に首を回されると思ったが、どうやら美琴も恥ずかしかったようで何も言ってこなかった。
「…………」
「…………」
上条は目を泳がせることしか出来ない。あっちを見たり、こっちを見たり。
と上条はここであることに気づく。
もう一度周りを見渡して確認してみると、やっぱりそうだ。
「…おい御坂」
「……な、何?」
「お前目立ちすぎじゃないか?」
「へ? どこが?」
美琴は気づいていないのか、よくよく回りを見てみると色々なところから美琴を見ている人がいる。
上条は変にこういうことに敏感なのですぐ気づけたのだが、まだ美琴は気づけていないようである。
その視線の意味は様々な感情が渦巻いているのかもしれない。しかし、上条がそれを知ることはない。
とりあえず、上条は美琴を掴んでそこから離れることにした。
「な、ななな何すんのよ!?」
「お祭りだからか変な奴がいるっぽいからな」
「ちょ、ちょっと!?」
「ん? だから、ちょこっとここを離れ……あれ?」
美琴の慌てぶりに、ふと上条は手元を見てみる。すると上条の手は美琴の手をしっかりと握っている。
意味が僅かに遅れて、上条の脳で認識される。
(!?)
上条はそのことに今頃気づくと、超高速スピードで美琴の手を放した。
「あっ……」
「いや!? これはですね、無意識というか何というかとりあえず、すいませんでしたー!!」
上条は今にも土下座をしそうな雰囲気で謝罪した。どうも無意識に美琴の手を握ってしまっていたらしい。
一応謝ったが、電撃は確実だろうと上条は思った。しかしその思惑とは反対に、展開は思わぬ方向へ動いた。
「……てよ」
美琴が何かを小さい声で喋った。
上条はそれを聞き返す。
「え?」
「…………」
「…………」
そして。
「……手、握ってよ…」
「………………」
思わぬ美琴の言葉に黙り込んでしまう。
しかし、上条は別に何か思うことがあって黙り込んでしまったわけではない。ただ上条の頭は空回りしているだけ。
上条は頭の整理を始める。でも、頭は思うように動いてくれない。考えが纏まらない。
だから、上条はほとんどの考えを捨て、自分が今したいように動く。
「!」
上条が美琴の手を握る。
さっきは無意識だったので美琴の手の感触とかは覚えていない。でも今はありありと美琴の手の感触が伝わってきた。
もっともっと速く、上条の心臓が速く鼓動する。
「……は、逸れちまったら大変だからな」
自分でも何をしているのか良くわからない。下手な言い訳まで持ってきて何をしようとしているのか。
けれど、美琴がそれを追求することはない。
「……うん」
そして、ただ小さくうなずいて返事をすると、美琴が上条の手をいわいる恋人繋ぎという繋ぎ方で、上条の手を握り返してきた。
上条は驚くものの、直ぐにそれを同じように握り返した。
◇
その後上条と美琴は恋人繋ぎのまま、暫くブラブラしていたが、ある屋台が目に留まる。
夏祭りの定番の一つ。金魚すくいだ。
「ねえ、あれやってみない?」
美琴は繋がってない手の方で指をさす。
上条はその仕草に少しドキッとしながら、いいなそれと言って金魚すくいをやることにした。
その屋台に近づいてみると、当然の事ながら金魚が一杯いた。
赤い金魚から黒い金魚まで、大きさ、形、色、様々な金魚が大きな水槽を泳いでいる。
きっと彼らは自分達が今にも掬われそうなのを知りはしないだろう。のんびり呑気に泳いでいた。
「一回100円ですよ」
水槽を挟んで向こう側にいる男の人がそう言う。
上条はポケットから財布を出し、200円を取り出すとその人に渡した。
「あ、別に私の分まで払わなくてもいいのに」
「良いんですよー、上条さんは」
上条は少し名残惜しそうに、美琴から繋いでいた手を放すと、ポイと呼ばれる金魚を掬う道具を取って金魚をすくい始めた。
意外と金魚はすいすいと水の中を泳いでいる。捕まえられそうにないなと思っていたら案の定、ポイは水だけをすくう。
上条はちょっと悔しくなって、無理やりすくおうとするが、そんなことをしていたら綺麗にポイの紙の部分が綺麗になくなっていた。
はあとため息をつく。隣の美琴はどうなっているだろうと見てみると。
「あれ?」
「…………」
美琴は全く水に浸かっていない綺麗なままのポイを握りしめていた。
何か不満でもあったのかと上条は思ったが、どうやらそうではないらしい。
よく見てみると、美琴は必死に金魚をすくおうとしていた。けれど、美琴から見えない何かが出てるのか、美琴の動きに合わせて金魚が逃げていく。
その見えない何かとは、いつか言っていた電磁波の事だろう。
上条はさりげなく、美琴の後に回る。
そして、美琴の頭を右手で撫でた。
「ふぇ!?」
美琴は撫でられたことに気づき、グリンと顔を上条に回す。
「こ、こんな所で、な、何してんのよ!」
「ほら、こっち向いてないであっち見ろ」
「……何よ、ってあれ?」
美琴は自身の能力によって電磁波が出てしまっている。ならば、この右手を使えばそれも打ち消せるのではないかと上条は考えた。
どうやらその考えは成功したようである。
さっきまで逃げていた金魚が嘘のように、美琴の近くを泳ぎまわる。
「あっ…」
「これでちゃんとできるだろ?」
「……う、うん」
美琴はそう言うと金魚をすくおうとポイを動かすが、ポイは空気をすくったり、何もいない所を無意味にすくったりしていた。
もしかしたら美琴は上条よりも、下手なのかもしれない。
「おい、それはちょっと下手すぎないか?」
「……仕方ないじゃない…」
「…………」
上条は少し考え、意を決すると、美琴の背中からポイを持っている美琴の手ごと右手で掴む。
「ひゃっ」
なにやら髪の毛の匂いやら、背中の感触とかが色々と大変な影響を及ぼすが上条はそれを無視する。
美琴の方はおとなしくはないものの、上条を強引に振り払おうとはしなかった。
「な、何やってんのよ……」
「ほら、こうやってすくうんだよ」
上条が手を動かすと、美琴の手も一緒に動く。そして、ポイはさっきやった時とは違ってうまく金魚を捕らえ、器の中に入った。
器の中に入った金魚は、小さい水槽でグルグルと泳ぐ。
「アンタ、うまいのね」
「いや? さっきはこれほどでもなかったんだがな」
正直、上条はドキドキし過ぎてこんなにもうまくいくとは思ってもみなかった。先ほど失敗していたのが嘘のようだ。
「どうしてかな?」
「ふーん。じゃあ私はもういいから、もう一度アンタだけでやってみてよ」
と美琴はポイを上条の右手に渡す。しかし、どうも上条の前からどく気はないらしい。
上条はやりにくなーと思いつつ、言われたと通りに金魚をすくおうとするが、
「ねえ」
「あ!?」
ポチャンとポイは上条の手を離れ、水の底へと沈んでいってしまいもう金魚をすくうことは出来なくなった。
上条と美琴は黙り込む。
「へたくそ」
「酷い!」
美琴は笑いながら、『どうしてくれんのよ私の分ー』とか言いつつ、ほっぺとか鼻とかを突いてくる。
上条が逃げられない状況であることを察知してくれたのか、店の男の人が助け舟を出してくれた。
「金魚、どうします? 持って帰りますか?」
美琴は上条いじりを止め、器の中にある金魚を見て考え込む。けれど、きっと常盤台中学の寮では生き物を飼うことはできなだろう。
だからなのか、美琴は残念そうに頭を垂れると、その申し出を断った。
「……ちょっと無理です」
「うん、俺の方も無理だから返してやってください」
わかりましたと店の人は金魚を大きな水槽の中に戻した。その金魚は泳いでいってしまい、すぐに他の金魚と見分けがつかなくなった。
上条はそれ見た後、元気に泳いでいった金魚とは反対に落ち込んでいる美琴の手を握り立ち上がらせる。
「っと」
「ん………」
「ほら、元気出せ。次行くぞ、次」
「そうね。……うん! 次行きましょう」
さほど問題なく美琴は立ち直ってくれたので上条はホッとする。自分だけ浮かれてても楽しくないから。
上条と美琴は手を繋ぎながら歩き出した。
「おい、あれはどう、ってん?」
上条は歩きながら美琴に話しかけたのだが、前に進もうとしてグイっと右手が引っ張られ止まる。
どうして上条が止まってしまったかというと、何故か突然、美琴が止まってしまったからだ。
上条はどうしたのだろうと美琴を見てみる。
すると美琴の顔は横を向いていて、何かを凝視していた。その視線の先を追ってみたらあるものに行き着いた。
それを見て上条は納得すると、黙り込んでいる美琴の方に体を向けた。
「ほしいのか、それ」
「な、ななな何言ってんのよ!?」
美琴は慌てながらも否定する。けれど、視線は相変わらずで本心はバレバレだ。
上条はお金を取り出しながら、店員にいくらするかを訊く。
「ええっと、このカエルのお面はいくらですか」
「300円ですよ」
「か、カエルじゃなくてゲコ太!」
美琴の言葉をスルーしつつ上条はお金を渡し、お面を受け取った。
ゲコ太とか言うお面の顔は、いつか見たときとは違っていて、なんとも情けない顔だった。お面らしいといえばお面らしいが。
上条はそんなお面を美琴に差し出す。
「これが欲しかったんだろ?」
「…別に私がお金払ったのに」
「いいんだって。お昼の借りもあるし、お金ならさっき家に行ったときに持ってきたから、な」
「ん゛ー」
美琴は上条の差し出したお面を見ながら唸る。どうも上条から貰うのが癪らしい。
上条としてはせっかく買ったお面を美琴に受け取ってもらわなくては意味が無い。自分が持ってても無用なものだ。
「ほら、プレゼントだ。とっとけ」
「……わかった」
美琴は渋々お面を受け取ると頭にかけた。しかし、渋々のわりには美琴は上機嫌になる。どうやらしっかりと喜んでもらえた様だ。
若干スキップ気味の美琴を見てそう思う。
「うん、うん。喜んで貰えたようで良かったですよ」
「な!? った、確かに嬉しかったけど! ……アンタが……思ってる意味とは………ち、違うわよ…」
「? 何が違うんだ?」
「…なんでもない」
なんでもないと言われれば、つい気になってしまうのが普通だろう。上条は何が違うのかどうしても気になってしまう。
なので、何故か俯いてモジモジしている美琴にもう一度、聞き返した。
「なんでもないじゃなくて、何が違うんだよ?」
「…………」
「なあ?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
美琴は俯いたまま何も喋らない。言わなきゃいいことを言ってしまったかもしれない。
しかし、もう後の祭り。どうやら上条は聞かなくていいことを聞いてしまったみたいだ。
少し後悔する。上条は謝ろうと口を開くと、
「ごめん」「あのさ」
「「あっ……」」
二人の言葉が重なってしまった。上条は何を言おうとしてたのか聞こうと思ったが、どうも言葉が詰まる。この変な空気のせいかもしれない。
暫く二人とも黙り込んでいたが、先に美琴が口を開いた。
「なんで謝んのよ……」
「……いや、変なこと聞いてしまったかなーと思って」
「別に変じゃないわよ…………でも、本当のことは言えないけど…」
「そ、そうか」
上条は素直に良かったと思った。悪いことを聞いてしまったわけでないらしい。
そして、上条はつい浮かれてしまい、手を握る力を強くしてしまう。
美琴が一瞬、ビクッと動いた。
「っ!?」
「あっ…だ、大丈夫か!?」
「……だ!、大丈夫」
と美琴は言うと、上条に負けないように強く握り返してくる。
上条はドキドキしながら、さっき美琴が訊こうとしていたことを訊く。
「…さ、さっきお前なんて言おうとしてたんだ?」
「え、あ。さっきのこと?」
「ああ、そう」
「……えっとね、アンタ欲しいもんとかある?」
「は?」
「いや、だから私ばっかり貰ってばっかで気が引けるから」
美琴が言いたかったことは、上条に何かお返しがしたいということらしい。確かに夏祭りから上条は”もの”を美琴にあげてばっかりだ。
けれど、ものではない何かなら上条は美琴からたくさん貰っている気がする。それにものなんて上条はあまり欲しいとは思わない。
だから、上条は困ってしまう。
「んー、別にないんだけどなー」
「それじゃあ私が困んのよ」
「んー」
上条は必死に考える。もの、もの、とここであるものが上条の頭の中に浮かんだ。
つい、あっと声にだしてしまう。
「何よ?」
「御坂さん…」
「何?」
「綿飴でも食べません?」
◇
「ねえ、本当にこんなんでよかったの?」
「上条さんは楽しいので一向にかまいません」
美琴は上条が綿飴と言って結構渋ったが、結局二人分の綿飴を買った。
上条も美琴も同じ綿飴を持って歩く。
上条は棒をくるくる回しながら、綿飴を食べてみると思ったより甘い。
うまく食べないと口の周りはベトベトしそうだが、これはそこそこにうまいと思った。
美琴の方を見てみるとまだ渋っていたので、上条は話しかける。
「ほら、お前も食えよ。意外とおいしぞこれ?」
そう言って、綿飴を口に含んで美琴の前で実践演習をする。
美琴は食べている上条を見て安心したのか、綿飴を見つめるのを止めこっちを向いて来た。
「……そう?」
「ああ」
「…じゃあ、食べる」
美琴はやっと納得して、綿飴を食べ始める。小さい口で食べようとしている姿はなんとも可愛らしい。
上条は何故か空気を飲み込む。ゴクンと言う音が喉から聞こえた。
それから暫く二人は黙って綿飴を食べていたが、美琴が急に立ち止まった。
「ねえ」
「ん、何だ?」
「……た、食べ比べ、しない?」
「たた、食べ比べ!」
上条がその美琴の発言に驚く。しかし美琴は上条が驚いている間に、有無を言わさず持っていた綿飴を自分の目の前に突き出してくる。
上条はかなり迷ったが、綿飴が数センチ遠のいた瞬間、迷わず口を開け綿飴にかぶり付いた。
さっきと違って味がしない。というより味なんて考えてられない。しっかりしようと意気込んでも、目が泳いだり心臓の音がうるさい。
そんな風に戸惑っている上条に美琴は話しかける。
「ど、どう?」
「お、おいしい、と思う」
「じ、じゃあ」
「…………」
「私にもそっちの食べさせて?」
上条は美琴からの要求に、手を震わせながらも綿飴を差し出す。そして深く深呼吸をして、心を落ち着かせようと空しい努力をする。
美琴は上条から差し出された綿飴を、一瞬ためらいながらも、口に含む。
上条は戻された綿飴を食べようと口を開くが、開いたまま綿飴は口の中には入らなかった。
美琴がちょこっと握っている手の力を強める。
「ごめん。味、分かんなかった」
「いや、実は俺も分からなかった」
「…そ、そうだったんだ」
「あ、ああ」
二人ともそれから綿飴を食べようとする気配はない。
しかし、食べないと色々と申し訳ないし、なによりも勿体無い。
ここで上条がある提案を思いつく。
「なあ」
「何?」
「もう、一気にバクっと行かないか?」
「そ、そうね。ちゃんと食べないとね…」
時間はゆっくりと流れる。
上条はドキドキしながら、合図を送った。
「じゃあ行くぞ……せーの!」
「「バク」」
沈黙。
残りの綿飴を大きく頬張った後、二人は何も喋らなくなったし、動かなくなった。苦しい。
どう苦しいかと言うと、息が出来ない。どうしてか分からないが息が出来ない。
上条は我慢の限界まで行くと、やっと口を開け息を吸った。
「ぜーはー、ぜーはー。おい御坂……あれ?」
少し余裕が生まれた上条は美琴の方を見た。
すると、どうも美琴の様子がおかしい。目を前にして微動だにしない。
上条は美琴の目の前で手を振ってみたが、何も反応はない。けれど、上条と違って息はしているようだ。
意識がどこか行ってしまった美琴を見ながら、上条は考える。
「……どうしたもんかな」
ふと何かを思い出し、上条はポケットからあるカードを取り出した。
そして、器用に左手だけでカードを弄って見ると、二つに開き、何かが書かれていた。
それを読んでみると
『いい夏祭りでの休憩場所。ここ』
と地図入りの文章があった。
上条は他に休憩場所など知らないし、ここでこんな状態の美琴と居る訳にも行かないので、そこに向かうことにした。
上条は美琴が咥えている綿飴の棒を口から抜く。どうやら意識は無いのに綿飴はしっかり食べたようだ。
未だ意識は無くても美琴は立てているが、いつ立つ力が無くなるかわからない。上条は美琴をおんぶしようとする。
しかし、着物なので出来なかった。少し上条は考えると、
「し、仕方ねえよな?」
と言い訳をつきながら、上条は恥ずかしくとも美琴をお姫様抱っこした。
そして休憩場所に向かって、少し小走りに駆け抜けていった。
◇
上条は周りの視線を無視しながら、やっと休憩場所らしき所に着いた。
机と長椅子がいくつか置いてある。辺りに光はあまりなく、足元も少し危なっかしい。
美琴を長椅子に寝かせようと思ったが、そのまま寝かしてしまったら頭が痛そうだ。なのでドキドキしながら上条もその椅子に座り、美琴の頭を膝の辺りに乗っける。
一息落ち着くと、上条は顔から真下の美琴を見る。
美琴の方はどうやら意識を失った後、寝てしまっていたようだ。なんとも器用な真似をするやつである。
美琴の顔は、幸せそうにすやすや眠っている。なんだかんだ言って疲れてたのかもしれない。まだ、そんなに時間は経っていないのに。
つい、上条は美琴の頭を撫でてしまう。すると『んっ』という声を出して美琴が起きてきた。
「御坂、起きたか?」
「何でアンタの顔が目の前にあるの?」
「何でって、今俺がここにいるからだろう?」
「そっか…まだ夢なんだ」
美琴はまだ夢の中にいた。そして寝ぼけている。
上条は今自分がしていることを悟られるのは避けたかったが、言わないわけにもいかないので遠まわしに説明する。
「あのー…これは夢ではないと思うですが…」
「夢じゃないの?」
「夢ではありませんね」
「…………」
上条が説明しても、まだ美琴は夢の中。
仕方なく上条は直接的に今の現状を説明する。
「えーっと。上条さんが詳しく説明いたしますと、その……仕方なかったんです」
「……どう仕方なかったの?」
「今、上条さんは俗に言う膝枕とやらをしてますね」
「…………」
「あ、あのー?」
「!?」
夢の中からやっと覚醒して、美琴は状況を今更気づく。起き上がろうと、体を起こすがそれを直ぐに上条が止める。
美琴は『ふにゃっ!』と小さく声を出すが、上条の力に逆らうことなく頭が膝の上にのる。
「ちょ、ちょ、ちょっと!?」
「ほら、意識飛ぶほど疲れてんだからゆっくりしてろ」
「だ、だけど!」
「まったく、どしたら意識飛ぶほど疲れられるんだ?」
「それは」
「上条さんとしては、こんなんなるまでいた美琴さんを放って置けませんよ」
半分真実、半分嘘の言葉を上条は喋る。いつの間にか、つい手が出てしまっていたことは美琴には言わない。
上条は再び美琴の頭を撫でる。美琴はそれを気持ち良さそうに目を瞑って受けてくれた。その姿はまるで猫みたいだった。
そして猫みたいな美琴は暫く気持ち良さそうに撫でられていたが、トロンとした目を少しだけ見せると上条に話しかけてきた。
「誰の、せいだと思ってんのよ……」
「へ?」
「……こんなんまでなっちゃたのは、アンタのせいなの!」
「お、俺のせい!?」
上条はだらだらと冷や汗を垂らす。
自分が何時、何をしたのかは知らないが、どうも気づかないうちに美琴に迷惑を掛けていたらしい。
「す、すいませんでした……」
美琴はプイっと顔を上条から逸らす。
「せ、責任とってよね……」
「ほんと、すいません」
「……ばか」
上条はやってしまったと、うな垂れる。何をやってしまったかは分からないけれど。
と上条がそうやっていたら、事態は思わぬ方向へと動いた。
暗闇のほうを向いていた美琴が、何かを見たのか急に騒ぎ出したのだ。
「え? へ!? ちょちょちょちょ」
「どうした、御坂?」
「あああれれれれ!!」
上条は美琴が震えながら指す方向を見る。辺りは暗闇なのでよく凝視しないと見えるものも見えない。
だから上条はその辺りを凝視した。そして、気づいた。
「あ、あれは!?」
驚く上条の先には、沢山の人、といっても二人一組の人々がいた。つまり沢山のカップルがいたのだ。
何故そんなにたくさんカップルがいるか上条は考える。
(……まさか、まさか!)
ここに来た理由は何か。この場所はどうやって知ったか。それらを総合すると一つの答えがはじき出される。
奴だ、土御門だ。
大体、奴の考えることは察しがつく。きっと上条をここにおびき寄せ、このカップル集団を見せ絶望のどん底に陥れる気だったようだ。
まんまと嵌ってしまった上条は悔しがった。
(あんの野郎ー!! ……って、あれ??)
しかし、どうも状況は少し土御門の思惑通りにはいってはいないことに気づく。
今、自分はどういった状況にあるのか。どうなっていうのかを思い出す。
現在、なんやかんやあって上条は美琴と二人っきりで夏祭りに来た挙句、上条が美琴に膝枕をしているというトンデモ状況。傍からに見ればこっちもれっきとしたカップルである。
そうだ、そいえばそうだったのだ。
上条の体が何故か急に熱くなる。心臓の鼓動も早くなる。
ヤバイと上条は思った。
どう何がやばいのかは上条は理解できない。けれど、本能が何かを感じ取っている。この状況は何かが起こってしまう。
「み、御坂、ちょっとだけこの状態止めないか?」
「へ? あ……うん」
美琴は上条の言うとおりに上条の膝から体を起こしてくれた。
しかし、それでも心臓は治まってはくれない。上条は必死に右手でその幻想をぶち殺そうとしたが、うまくいかない。
そう上条が幻想と戦っていたら、美琴が小さい声で話しかけてきた。
「……あのさ」
「え? な、何だ?」
「その……こっち向いてくれない?」
「?」
上条は状況が分からないまま、言われたとおりに体を隣の美琴に向けた。すると、美琴は俯いていた顔を上げる。
二人の目と目が合う。
「…………」
「…………」
美琴は何かを決心すると、ゆっくりと目を閉じた。
鈍感上条でも、この状況、この雰囲気で気づかないわけは無い。心臓がもうはちきれそうな位、鼓動する。
上条は一瞬、体が先に動いてしまいそうだったが、辛うじてそれを止める。
なぜなら上条はまだ聞いていなからだ。だからまだ、この先には進めない。自分の気持ちも分からない。
けれど、この定まっていない自分の心は、美琴の本心を聞けばそれも定まるかもしれない。
怖いと単純に上条は思った。
上条にはいつも不幸なことが襲い掛かる。もし、自分がこんなことを訊いてしまったら、どうなってしまうのだろうか。
上条は躊躇う。
でも、
――幸せに過ごさせてください。
上条は神様を信じてみたかった。
もしかしたら、もしかしたら、自分も少しくらいは幸せになってもいいのかもしれない。
上条はゆっくりと深呼吸して心を落ち着かせる。息が整うよう、心の整理がつくように。
「…御坂」
美琴は瞑っていた目を開く。顔はとても赤かった。
上条は勇気を振り絞って聞く。
「……俺の事はどう思ってんだ?」
卑怯だなと上条は思う。
自分はこんな聞き方しかできない。相手の気持ちを知らなければ、相手に自分の本当の気持ちも伝えられない。
「…わ、私は」
けれど、美琴は言ってくれる。こんな自分でも本当の気持ちをさらけ出してくれる。
素直に、美琴には勝てないと思う。
「アンタの、当麻のことがっ!」
そして美琴はこっちに向かって、目を真っ直ぐ見て、何かを言おうとした。
――しかし、美琴の言葉は大きな音に打ち消されてしまった。
『きゃあ!』
『うわ!!』
大きな爆発音と共に、茂みから悲鳴が聞こえる。
上条が音のした方向をみると、空に向かって黒い煙が立ち上っていた。
上条は思わず、唇を噛む。
まるで待っていたかのようなタイミングの爆発。上条の願いは神様に届かない。
(神様のバカ野郎!!)
そして、『くそ!』と上条は悪態をつきながら、立ち上がる。黒い煙の方へ向かって。
しかし、走り出そうとした瞬間、美琴に腕をつかまれてしまった。
上条は美琴に振り向く。
「どこ、行くの?」
美琴はそう言うと、眉を下げながら上条を見つめてきた。上条は少しあの日の事を思い出してしまうが、グッと我慢する。
上条は逸らしてしまいそうな視線を押さえ、美琴を真っ直ぐと見る。
「あそこに……俺は爆発のあった所に行く」
「何で!? 何でアンタが行かなくちゃいけないの!?」
何で、と聞かれても上条は答えられない。けれど、行かなくてはいけないと思う。美琴は納得してくれなくとも。
上条は腕を掴んでいた美琴の手を、強く優しく取り外す。
「俺は行く」
「…………」
上条は美琴を背にして走り出そうとする。
すると、美琴が大きな声で『待って!』と言ってきた。
上条はそれを聞いて美琴の方を見たら、美琴はしっかりと地面に立っていた。
「アンタが行くって言うなら、私だって行く」
「ちょ、ちょっと待て! 行くったって、危ねえぞ!!」
「アンタもその危ないところに行くんでしょう?」
「そ、それはだな……」
美琴の剣幕な表情に上条は怯む。上条は美琴を危険なところに連れて行きたくはなかった。
「絶対ついていくから」
それでも美琴は曲がらない。
だから上条は美琴を説得するのを諦めた。美琴の芯は強い。きっとどうやっても美琴を説得することは上条では不可能だろう。
上条は美琴の手を上から掴む。
「じゃあ、行くぞ?」
「もちろん!」
美琴の顔を確認して、全速力で走る。いつも追いかけっこしているからか、美琴はちゃんとついてきた。
上条は走る。
◇
「ここか?」
「…焦げ臭い」
上条と美琴は爆発のあったであろう場所に着いた。爆発があった場所は、ただ木を小さく燃やしているだけで、大した被害は見当たらない。それに犯人らしき人物も見当たらなかった。
「ねえ、ただの事故じゃない?」
「…………」
そう、普通に考えれば、美琴のように事故だと思うだろう。けれど、逆に普通でない考えだと話は違ってくる。
上条は普通でない出来事に沢山会って来た。だから普通でない考えができる。
「被害が少なすぎる」
「え?」
被害の少ない現場。爆発によってからか、それなりに開けた場所。
もし、この場所に犯人がまだ近くにいるとしたら、どうだろう。
上条はいつもの鋭い勘で事態を分析する。
「これはまるで、罠だ。もしかしたら、確認してきた誰かを一気に…」
『よーく、気づけたな。お前、レベルいくつだ?』
そう上条が喋っていたら、突然茂みから声がした。
上条はその声を聞いて、声のする方向へと視線を移すと、右手を強く握りしめる。
そして、茂みに隠れていたのか、一人の男が視界に現れた。手には缶のようなものを持っている。
その男の見た目はさほど目立たないが、纏っている雰囲気が尋常のものではなかった。能力者特有の、犯罪者特有の、異質な雰囲気を醸し出していた。
外は暗い。男の顔はほとんど見ない。ぎりぎり姿が見えている状態だ。
ピリピリと痺れる空気に、上条は美琴を左腕でけん制する。
しかし、美琴はそれを無視するように前へと出た。
「アンタはもしかして、量子変速(シンクロトロン) の能力者?」
「は? なんだそれ?」
美琴の言葉に男は知らないといった反応を示す。どうやら美琴が知っている能力とは関係ないようだ。
上条はどんな能力かまず知らないと危険だと思った。
怯まず、男に訊く。
「おい、なんでそんな缶を持っているんだ?」
「おおう、これの事か」
すると男は機嫌よく、その缶のことについて語りだした。
「これはだな、水素が信じられないほど凝縮されてんだ。それに、これはその圧力に耐えられるようただの缶ではない」
「…水素?」
「おい、おい。小学校で習わなかったか? 水素は無色・無臭の気体の癖して、ちょっとでも酸素と一緒だと、とっても危険な物質になるんだぜ?」
男がその缶を軽く手元で投げながら、そう言う。
水素。上条はあまり頭が良くない方だが、爆発しやすいぐらいの知識は持っている。それにこの男の危険性も理解できる。
とりあえず、能力に詳しい美琴にボソボソした声で相談する。
「(おい、御坂。この状況を打開する策はあるか?)」
「(うーん、少し難しいわね。あの野郎は水素の缶とかを持ってるけど、結局はその水素をどう操る能力者か分からないし)」
八方塞、と言うわけでもないが、状況はとても芳しくない。
上条はまず、男を探ろうと思った。男の意思が分かれば状況を打開する策が思い浮かぶかも知れない。
一歩前へと進む。進んだことにより、男は上条をけん制する。
「おい、あんまし近づくとぶっ殺すぞ」
「一つ訊きたい事がある」
「……内容によっては教えてやるよ」
「お前は何でこんなことをしたんだ?」
その上条の質問に男は大きく、不気味に笑う。
「何故? フハハハはははは!! ぐははははははっ!!」
別におかしな質問をした覚えはない。では、なぜ男は笑うのか。
「笑ってないで答えろよ!」
「…………いいぜ」
「…………」
「ああ、教えてやるよ!」
上条は、男の顔が見えないのに口が裂けるようにニヤっと笑ったのが見えた。
そして、男はまるで演説を始めるように手を大きく広げると、男は大声でこう叫んだ。
「俺に彼女が出来ないからだ!!」
「「……………………………………………………………へ?」」
つい男のぶっ飛んだ発言に、二人とも困惑して声をそろえてしまう。
男は続ける。
「そうだ、いつもいつもこの世の中は俺を苦しめるようにしている! クリスマス? バレンタイン? もう、そんなそんな辛い日は過ごしたくない!!」
「えーと……」
「だから! 今日、この日、この夏祭りというアベックが集まるイベントを潰しに来た!!」
男はもう自分に世界に入って行ってしまい、こっちには戻ってこない。
上条は美琴と顔を合わせながら、この変人をどうするか相談する。
「(ねえ、コイツどうする?)」
「(どうするたって。ああ、こんな奴に邪魔されたのか……不幸だ。)」
どうもこの男は嫉妬やらストレスやらで頭がおかしくなってしまった人間のようだ。
基本、実力主義の能力開発には多大なストレスがかかるといわれている。それにプラス、個人的なストレスがかかれば、おかしくなってしまう人も出てきても変ではない。
きっとこの男はその一人だ。かわいそうな男だなと上条は思った。
どっちにせよこの男はかなり危険であるのは変わりはないから、上条はどう処理しようかと考える。
しかし、答えが出ぬ間に、男が上条たちに気づいてしまう。
どっか行ってしまっていた男は上条と美琴を怒鳴る。
「おい! 聞いてんのか!?」
二人とも刺激しないように返答。
「いや、いや!? もちろんですとも!」
「そ、そうよ! 聞いてたわよ?」
が、まずいことにそれが逆に男を逆撫でしてしまった。
「うぎゃあああああ!!」
「「!?」」
「ああ!! ジャッチメンとかアンチスキルとか、を人質に取るつもりだったが、もういい!! お前ら一般人、もといアベック!! お前らを人質にしてやるううう!!」
男の最後の理性がぶっ壊れる。そして男はさらに異常になる。もはや病気であった。
男は右手を振り回し、左手でライターを取り出と、ライターに火を付けた。
「くらえ!」
男は火の付いたライターをこっちに向かって投げる。
「ヤバっ!」
すると、ライターの火が引き金となり目の前で爆発が起きた。
辛うじてこっちには爆風が届かない距離だったが、届かなくても爆風によって、石や木の破片は飛び散る。
(くっそ!!)
上条は一瞬、美琴に当たる軌道で飛び散った石を見る。飛び散る石は速すぎる為、美琴は反応できない。
だから、反応できる上条が美琴の前に出た。
背中の衝撃を感じると、
「と…」
という美琴の声を最後に、上条の意識は落ちた。