とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part19

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夏を追いかけて Kaleidoscope.


 夏が来た。
 短い上に平凡な言葉で申し訳ないのだが、真っ青に透き通る夏色の空を見上げても上条当麻の平凡な頭と口からはこんな感想しか出てこない。
 どこまでも青い空、厚く層をなす白い雲。熱風のように湿度をはらんだ空気。真っ直ぐに照りつけるまぶしい陽射し。時折強く吹く風に煽られる、緑の葉を枝に茂らせた木々。
 誰もが描く夏のイメージそのままに、学園都市に夏が来た。
 上条は一学期の終業式が終わるとクラスメートへの挨拶もそこそこに、薄っぺらな学生鞄を担いだまま学園都市を一望できる高台を目指す。
 そこは自然工学の観点から開発を止めてしまったかのような、無造作に放り出された一角だった。
 学園都市の一部でありながらぽつりと取り残されたように人の手がほとんど入っていない、雑草がそこら中に生えた、どこにでもありそうな高台だ。
 上条はだぁー、と一声挙げてその場に寝転がる。こんな時の学生鞄は枕に早変わりだ。
 手を伸ばしても届かない、高く澄んだ空が気持ちいい。
 明日からは夏休みだ。
 誰もが浮かれ、計画を立てて、あるいは無軌道に一ヶ月半という長い休暇に胸をときめかせる。恋に生き、学業に力を傾け、友達と肩を組んで騒ぎ、まばゆいほどの一時を過ごす。それが夏休みというものだ。
 今日は七月一九日。街中をハイな空気が支配する、夏休み前日。
 思えば、上条の去年の夏休みはいろいろな事件があった。どちらかと言えば起きて欲しくない事ばかりだった。
 一五年分の思い出をなくした。
 右腕を切り落とされた。
 無残に殺される女の子達と出会った。
 学園都市第一位と拳一つで渡り合った。
 みんなの姿が入れ替わった。
 空から鉄骨が降ってきた。
 インデックスがさらわれた。
 隣で上条と同じように草むらに腰を下ろし、空を見上げて何かに思いを馳せる『彼女』御坂美琴と出会ったのも去年の夏休みに起きた事件の最中だった。
 ちょっと声をかけただけなのに電撃がお返しで降ってくるわ自販機に飲み込まれたお金を取り返してくれると言うから期待してみたら窃盗の片棒を担がされるわと、上条からすれば二人の出会いは割と悲惨だった。
 今では笑い飛ばせる、二人だけの思い出だ。
 二人でそれぞれに青い空を見上げて、
「夏だな……」
「そうね……」
 今年は良い夏でありますように、と上条は心の中で密かに祈る。
 不幸はいらない。
 この夏の思い出は彼女と一緒に作るのだ。
 美琴は上条の腕を引っ張って伸ばし、枕代わりにすると上条の隣に寝転がった。夏服が汚れても気にならないのか、常盤台のお嬢様は青い空を見上げてにこにこしている。
 上条は頭だけを横に動かし隣の美琴を見やって、
「……重い」
「重くないわよー」
 美琴は上条の寝転がった方を向いてごろんと横向きに転がると、上条の胸板の上に自分の腕を片方乗せ、ワイシャツの胸元をきゅっと掴む。
 少しまくれ上がった灰色のプリーツスカートから白い短パンと日に焼けてない美琴の太股がちらりと見えたが、上条はそれを見なかったことにした。
 美琴の何気ない仕草にも上条の心臓は変に動いてしまう。彼女の些細な言葉でドキッとさせられる。
 節度ある交際を掲げている以上、余計な事を考える要素はできるだけ省いておきたいと上条は密かに思う。
 上条の気持ちは複雑に揺れていた。
 美琴が卒業するまであと半年以上あるのだから。
「アンタ、今年の夏の予定は? また補習漬けじゃないわよね?」
 すぐそばで聞こえる美琴の声と、鼻先に漂う美琴の髪の香りと、自分の胸の上に乗っかった美琴の腕と、自分の体に何となく押し付けられてるような気がする不確かな感触に、
「補習は少し、かな。能力開発はどうにもならねえし。……宿題はいつも通りどっさりだけどな」
 上条は見た目ぼんやり、内心ドキドキしながらなるべく平静を装って答える。
 この学園都市ではあたかも普通の授業のように、記憶術や暗記術と言う名前で『頭の開発』が平然と時間割り(カリキュラム)に組み込まれている。ところが静脈にエスペリンを打って首に電極を貼り付けてイヤホンでリズムを刻めば誰でも頭の中に開かれるはずの『回路』が、いくらやっても上条の中には構築されないのだ。
 錠剤(メトセリン)や粉薬(エルブラーゼ)を腹いっぱい飲んでみたところで機械(センサー)どもに無能力者(レベル0)の烙印を押される上条にとっては、本当にもう『どうにもならない』から補習だなんて勘弁して欲しかった。
『努力しない人に成功は訪れません! だから上条ちゃんもガンバするのです!』の一言で上条は二年連続補習決定なのだ。記憶術の初期段階の補習を受けているのは二年生では上条ただ一人という現実に目を向けると、もうやだ俺が一体何をしたってんだようと上条は泣きたくなる気持ちを抑えきれない。
 遠くかなたの空に目を向けると、二年続けて上条の担任を受け持つ小萌先生が白い雲に乗って『上条ちゃーん、つべこべ言いやがるとまたコロンブスの卵ですよー』とにこやかに手を振っている幻想が見えるような気がする。
「あれは私が勉強見てあげればどうにかなるってもんじゃないしね」
 寝転がったまま、上条当麻専属家庭教師が隣で苦笑する。
 ケンカ友達だった時代から美琴にはさんざん学業面でお世話になっているので、上条は美琴に頭が上がらない。きっとこの夏も『アンタが宿題終わらせないとデートもできないじゃない』と言いながら、美琴は根気よく上条の宿題に付き合ってくれるだろう。
 美琴も小萌先生と良い勝負で面倒見の良い性格をしているのだ。
 わがままばかりで手こずらせられる事もあるけれど、良くできた彼女だと上条は密かに思っている。
 ただし、あのヘンテコな『恋人らしい』行動だけは慎んで欲しいと上条は切実に願う。二人きりの時はともかく、人前でだなんて本当に恥ずかしくて死んでしまうから止めて欲しい。
 わがままでできの良い彼女は上条の右手を指差して、
「やっぱそれって、アンタの右手のせい?」
 上条の頭に回路が開かない原因を指摘する。
「……確実に幻想殺し(これ)のせいだろ」
 上条は美琴の頭を乗せた自分の右腕に少しだけ力を込める。
『幻想殺し(イマジンブレイカー)』。
 神様の奇跡(システム)すら打ち消せるくせに不良からは逃げるしかなく、テストの点数が上がる訳でもなく、女の子にモテたり事もない役立たずな右手には、いつの頃からかそんな呼び名がついている。
 上条は右手を美琴の頭に乗せる。
「こら、それは私の頭を撫でてんの? それとも私の能力を止めてんの?」
 上条の胸元に頬をすり寄せて、美琴がささやく。
「さーどーだかね」
 青い空を見上げて、どっちだって同じだろと上条が告げる。
 道を歩けば空き缶を踏んづけて転び、野良犬と不良の皆さんに追い回され、宿題は山盛りで世界中の魔術師や宗教結社から目をつけられて。
 右手にまつわる不幸ばかりの人生だけど、隣に彼女がいて二人で寝っ転がって青空を見上げられるなんて、今まで不幸だった分幸福の貯蓄がドカンと利子付きで払い出してもらえたような気分。
 ―――わがままなのが玉に瑕だけど。
「……何考えてんの?」
 幸福そうな美琴の声に
「……、別に、何も」
 上条は青い空を見上げて、胸の中の息を全部吐き出すように呟いた。
 どこまでも青い空と浮かぶ白い雲。
 不幸が何にも起こらない、今日は七月一九日の放課後。

 そう言えば、と上条は隣に寝転がる美琴を盗み見る。
 去年の夏、御使堕し(エンゼルフォール)という災厄が上条をのぞく全世界に襲いかかった。
 御使堕しは世界中の人間が椅子取りゲームのように外見を入れ替え、残った一人が天使とその座を入れ替えるという危険きわまりない、しかし偶然のいたずらによって発動した術式だった。
 御使堕しが発動した時、従妹の竜神乙姫は美琴と入れ替わっていた。
 ではその時、美琴は誰と入れ替わっていたのだろう。
 上条は自分が通うとある高校に勤めている、教師の災誤と入れ替わった美琴を想像して。
 ……。
 ……おお。
「ぶっ!?」
「どしたのアンタ? 思い出し笑いなんかしちゃって気持ち悪いわね」
 盛大に吹き出した上条は、美琴に咎められても笑いに歪む顔を止められない。
 災誤は上条の通うとある高校で生活指導を担当している。
 人相はまるでポリゴン製の悪党面、外見は服を着たゴリラ、という言葉が恐ろしいほどにぴたりと良く当てはまる男だった。
 その災誤(ゴリラ)と美琴が入れ替わったとしたら。
 常盤台中学指定の制服を着た災誤(ゴリラ)が常盤台中学の学生寮で優雅にお茶を飲んでいたり、優雅にバイオリンを奏でるというとんでもない光景が繰り広げられるのだ。
 しかもその場にいる全員が『おはようございます、御坂様』とゴリラに向かって挨拶するなんてこれはおかしい。おかしすぎる。
 上条はあまりの滑稽さに寝っ転がったまま足をジタバタさせて、
「ぷくくくくく……ぶはははははっ」
 こんな事を想像できるのは御使堕しの真っ直中にあってただ一人御使堕しの影響を受けなかった特権だろう。
 上条の笑いの意味が分からない美琴は怪訝な表情で、
「だから何笑ってんのよ?」
「い、いやちょっと……去年の事を思いだしてな」
 母親がインデックスだったりインデックスが青髪ピアスだったり、最後には両親が建てたばかりの新居を土御門の赤の式で吹き飛ばされたりと御使堕しの時はひどい目に遭ったが、あれを第三者(かんけいないやつ)の視点から見ると、結構面白い状況だったのではないだろうか。
 上条当麻は不幸な少年だった。
 それはもう、ギャグとして消化しても大丈夫なレベルの。
 だからこそ、過去の事件を斜めから見て笑い飛ばす事もできる。
 身に降りかかった事件(ふこう)をギャグとして処理しなければ強く生きていけないのだ。
 事情が分からない美琴は上条を見て怪訝な顔のまま
「こら、いつまでも笑ってないの。何がそんなに面白いのよ? ……つか、去年の話? アンタがゲラゲラ笑うような事って何かあったっけ?」
 上条は美琴の姿が災誤ではないことを確認してからようやく笑いを抑えて、
「いや、個人的にちょっとな……」
「んー、去年の夏って言うと……盛夏祭、は笑うような場面はなかっただろうし、妹達の話はそれどころじゃなかったから……まさかアンタ、あの時寮に忍び込んで私の私物をあれこれ漁ったりしてないでしょうね?」
「し、してないしてない!」
 両手をわたわたと振って否定する。
 美琴の所有する凶悪な熊のぬいぐるみは成り行き上お世話になったけど。
 美琴が起き上がり、上条にずいと顔を近づけて
「本当に?」
(うわ、やばいって!)
 この構図は御使堕しの時に乙姫が上条に飛びついてきた時と同じだった。
 確かあの時は美琴(乙姫)が赤のキャミソールを着ていて、その下はたぶん身につけてなくちゃいけないものを着ていなくて、それをシャツ越しに押しつけられて……?
 上条はぶわっと変な風に顔を赤くしながら、
「馬鹿止せ降りろ! 降りろって!!」
「何を一人で思いだしてにやにやエロ笑い浮かべてんのか、しゃべるまで降りないわよー」
「いいから降りろ! 俺はただ去年海に行った時のことを……?」
 あ、ヤバい。
 大覇星祭の時に海に行った話をポロッと漏らしたら、何でか知らないけど美琴がすごい剣幕で叫んでいたっけと上条は思い出して、
「…………」
 今の美琴は無言だが、これはこれで怖い。
 不機嫌な猫みたいにムスーッとしている。
 美琴の口が動いたのを見て、上条がほっとしていると
「そう言えばアンタ、あの小っこいのと泊・ま・り・が・け・で、海に行ったって言ってたわよねぇ? 女の子と泊まりがけで海? どういう成り行きで『女の子と二人で』海に行ったのか、まだ聞かせてもらってないんだけど」
 開けば開いたでやっぱり怖かった。
 かくして上条当麻はいつもの通りに呟く。
「……………………………………………………不幸だ」
「何で不幸なのよっ!」
 納得できずに美琴が叫ぶ。

「……だから、海には仕方なく行っただけだって。インデックスが一緒に行ったのも行きがかり上であって、そこに他意はねーよ。大体、学園都市の外に出るには保証人が必要だろが。つまり親付きって事。お前が想像するような事は何にもねーから安心しろって」
 上条達の住む学園都市は東京西部に存在する。内陸に位置する学園都市の住人にとって、海ほど縁遠いものはないのだ。よって、社会見学で行き先が海だったりするとそれだけで学生達は盛り上がる。
 美琴が海という単語に若干のこだわりを見せるのもどうせそんなところが理由だろう、と上条は適当に予測をつける。
 そんな訳で、上条は寝っ転がっていた地面から上半身を起こすと、去年の旅行についてとりあえずの説明を始めた。
 間違ったことは言ってない。
 絶対能力進化の後始末で学園都市の偉い人から『情報統制で騒ぎを治める間外に行ってろやクソバカ』と放り出されて海に行っただけなのだから仕方ない。
 同居人であるインデックスを置いて行けなかっただけなのだから他意はない。
 そりゃ確かに、インデックスには少し値の張る水着を買ってあげたけど。
 その水着だって青髪ピアス(に見えるインデックス)が着用してたからさんざんだったけど。
 美琴が頬を膨らませてジト目で睨むが上条は気にしない。むしろ抗議したいくらいだ。
 あれは本当に、行かされた当時は良い迷惑だった。美琴が思うような『女の子とキャッキャウフフで楽しい海辺の思い出』なんかじゃなかったのだ。
 美琴が乙姫と入れ替わったおかげで、上条は一足先に美琴と海に来ている気分は味わえた。彼女に似合わぬ妹キャラの上に当時はあまり仲の良くない間柄だったので始終(上条一人だけが)ギスギスしていたのは上条の胸の内に秘めておく。
 何故美琴がここまで『女の子と海に行った』事にこだわっているのか。
 女性の扱いに慣れた者なら簡単に想像がついたかもしれないが、あいにく上条は女性慣れどころか初めてできた彼女が年下で中学生という事もあって、日々仮免許で路上講習中の半人前ドライバーのような気分を味わっている。美琴の気持ちを想像するなんてとてもできない相談だった。
 上条はお前だって俺のいないところで海に行ったじゃないかと叫び、
「大体、海に行ったって言ってもこちとら寂れてクラゲだらけの庶民的海水浴場だったんだぞ!? だったらお前も誰もいない太平洋沿岸でクラゲと侘しくバカンスするかコラ!!」
 さらに上条は美琴をビシッと指差し、腰に美琴を乗せたまま力を込めると、
「海だ海だと騒ぐなら、お前は広域社会見学でテーマパーク満載の海を満喫してきたはずでは? 本物のリゾートって奴を楽しんできただろが!」
 それを聞いて美琴の頬がひくり、と引きつり、何か思い出したくない惨劇を思い出した時のような表情に変わった。
 美琴の視線がちょうど美琴の胸元あたりに落ちて、それから何かにくじけたらしくがっくりと、上条の胸板に両手をついている。
 耳を近づけると美琴の口からLカップがLカップがと呪詛のような文句が聞こえる。
 美琴を腰の上に乗せた上条と、上条の腰の上に乗った美琴はお互いに顔を見合わせてため息をついた。
 上条はため息をつくと、
「……そういやお前、今年の夏はどうすんだ?」
「やっと聞く気になったか、ボンクラ彼氏」
 美琴は上からぺしっと上条の頭をはたき、
「八月の頭に盛夏祭があるから、七月の第四週くらいから忙しくなるわよー。その辺りになったらご飯作りに行ってあげられなくなると思うけど、ちゃんと一人で生きるのよ?」
「生きてるよ! そこまで心配しなくても大丈夫だって!! 大体俺はずっと一人暮らしなんだぞ!?」
 上条は仰向けにひっくり返って返事をし、納得がいかないらしい美琴がむーと頬を膨らませる。
 美琴としては何かと手間がかかったりこまごまと面倒を見る方が楽しいらしい。ああそういやコイツ一人っ子だから、弟とか妹とかに憧れて面倒を見たがるのと同じなのか、すると俺も年下扱いなのかな、と自分も一人っ子であることを棚に上げて、
 あれ、俺何か忘れてるよなと上条は考える。
 美琴を見て、自分の姿を見て、
 何かものすごくエロい方向にすっ飛びかけた頭を上条は無理矢理に戻して、
「ところで……お前いつまで俺の上に乗ってんの? っつーかこの構図はまずいんじゃないかと上条さんは思うんですが」
 寝っ転がった上条の腰の上に、美琴がまたがるように乗っている。
 しかも上条の胸板のあたりに両手をついてやや前傾姿勢気味に。
「―――――――――――――――――――――!?」
 上条の指摘が何を指すかようやく気がついた美琴は、顔を真っ赤にしてピョンと上条の上から飛び降り隣に座り込むと、短パンを下に履いているにもかかわらず何やらもじもじとスカートの裾を両手で押さえる。
 上条はよっこらせと起き上がって、
「気づくのが遅いんだよ」
 美琴にずびし、とチョップを浴びせる。
 それから自戒と美琴への警告を込めて、
「お前な、さっきの俺の上に乗っかるのもそうだけど、時々無自覚にエロくなってっから気をつけろよ? 俺の知り合いにもそう言う奴がいっけど」
 いくら術式に必要とはいえ、神裂なんか年がら年中腹やヘソ出してるし。
 本当にあのエロさは術式に必要なんだろうか。単なるパンクじゃなかろうか。
 上条はそんなことを考えながら美琴に向かって
「短パン履いてるから全力疾走とかさー、お前女の子なんだからもうちょっと考えろよな。短パンを止めろとは言わねーけどよ、それでなくてもスカート丈がぎりぎりなんだから彼氏でも目のやり場に困るんだよ。あと、あるんだかないんだか分からないもんを押し付けてくんなよなー。俺達清いお付き合いを心がけてんだから」
 上条当麻はあけすけに狙ってくるお色気馬鹿には冷静に説教するだけの耐性はあれど、右を向いても左を向いてもオルソラとインデックスのダブルで入浴中でしたとか、冷静に対処したつもりが不慮の事故により風斬とインデックスの生着替えを見てしまいましたなどといった何も計算されていないドッキリ、と言うよりアドリブにはめっぽう弱い。
 だから上条としては何にも気がついていないであろう美琴に対して、事前に『年相応の女の子らしさが出てきて可愛くなったからもう少し自重しようね』とお説教したかったのだが、ここでは言葉のチョイスが無駄に間違っていた。
 ビキィ!! と常盤台中学のエース様にして成長過程少女のこめかみから変な音が聞こえた。
「……アンタの配慮には感謝するけどさ、『無自覚にエロい』とか『あるかないか分からない』って女性としてかーなーりムカつく表現なんだけど! アンタは人に説教するより先にデリカシーってもんを覚えなさいよっ!」
 美琴は両手をガシッと上条の首にかける。
 学芸都市から帰還後、巨乳御手の情報を求めて書庫にハッキングを仕掛けたこともある美琴としては、今の上条の台詞は聞き捨てならなかった。
「もがっ!? 何で? 俺は指摘しごぼげへっ!? 俺の何がはごへぶっ?? 止めて止めて俺死んじゃうから! 上条さんホントに死んじゃうからーっ!?」
 何らかの能力ではなく、まんま素の握力だというのに恐るべき力で美琴に締め上げられたまま前後左右に揺さぶられて、
「うごごっ!? み、みさっ、も、もうやめっ、ごめっ、ごめんなさいでしたーっ!」
 上条は空まで届けとばかりに絶叫する。
「……げほっ、げほっ……な、何で俺がこんな目に……」
 美琴の両手から解放されて、喉元を押さえながらむせる上条。
「アンタがあるとかないとか言うのが悪いんでしょ」
 上条に背中を向けて頬を膨らませながら拗ねる美琴。
 美琴としては、衣替えの時に『何だか第三ボタンのあたりが止めにくくなってきたから』と身体の一部分の成長に伴ってブラウスを新しく仕立てたのに、上条に『分からない』と言われて腹を立てているのだがそんな事情は上条には伝わらない。
 まったくこの馬鹿彼氏はと美琴は口の中で小さく呟いて、
「とっ、とりあえず……盛夏祭には招待するから、アンタ来てよね。去年はどうだったか知らないけど、今年は私が案内してあげる」
「はいはい、ありがとうございます。んで何? お前今年何か出し物でもすんの?」
「さすがに今年はね。去年やったし、受験生だからって事で免除してもらったわよ。だから」
 美琴は苦笑すると
「……黒子の馬鹿を推薦しといたわ。今頃あの子、出し物を何にするか頭を悩ませてるんじゃないかしらー……?」
 俯いたまま暗い暗い笑みを浮かべている。
 このお嬢様は盛夏祭に何か根深い恨みでもあるのだろうか。
 太陽の下で美琴にそんな笑顔は似合わない、と上条は話の軌道を逸らすべく
「いやー、それにしても暑いよな。夏だよなー、ホント」
「そうね……良い天気。日焼けしそうなのが気になるけど」
 上条が上げた視線につられて、美琴もひさしのように片手を目の上に当て、遠くへ目をやりながら、
「今年の夏は良い事ありそう」
「は? 不幸の擬人化と一緒で良いことなんかある訳ねーと思うんだが……?」
「そうじゃなくて。……初めて彼氏と一緒に夏を迎えるんだもん、ワクワクするって事。それが幸運でも不幸でも、どんなことだって良い思い出に変えるわよ」
「……お前前向きだな」
 上条はあきれたように呟く。
 美琴は上条に寄りかかると、
「でなきゃアンタの彼女はやってられないわよ」
 混じりっけなしの笑顔を見せた。
 美琴は右手をパーの形に広げると指を一本ずつ折りながら、
「今年はアンタと泳ぎに行って、花火大会も行って、映画も見に行って、やりたいことはたくさんあるんだ。学園都市の外に出られたらできることはもっといろいろあるんだけどね」
「その常夏少女ばりの夏の予定は見事だがな、お前受験生だろ? 受験勉強しなくていいんかよ??」
 何を悠長なことを抜かしてるんだこのお嬢様は、と上条は嘆息する。
「そこは抜かりないわね。うちの教育方針忘れたの? 『義務教育終了時までに、世界で通用する人材を育てる事』よ。常盤台を出た時点で全員即戦力クラスだもん、受験勉強って言ってもいつも通りにやるだけ」
 つけ加えるなら、美琴は学園都市第三位の能力者だ。学園都市第三位ということは、学園都市で三番目に優秀な生徒と言うことでもある。受験勉強など、彼女にとっては新しい料理のレシピを片手間に覚えるほどでしかないのだろう。
 美琴は夏の陽射しみたいにまぶしい笑顔で、
「卒業したら即アンタのお嫁さんになるってのもありよね?」
「…………、」
 上条は無言でもう一度ずびし、と美琴の頭にチョップする。
 いくら即戦力でも気の早い夢の見過ぎだ。
「……、お前、性格変わりすぎじゃねえか?」
「別にどこも変わってないわよ?」
 上条のコイツってこんな奴だったっけと言いたげなどこかげんなりした問いかけに、殴られた頭をさすりながらキョトンとした表情で答える美琴。
 美琴は片手で筒のような形を作り、自分の目に当てて
「人間はね、万華鏡みたいなものなのよ。万華鏡って知ってるでしょ? のぞいてくるくる回すと中の様子が変わって見える、あれ」
「それは知ってるけど……」
 知ってるけれど、意味が分からない。
 上条は美琴に話を続けるよう無言で促すと、
「人に対する見方が変わるとね、それまで見えていなかった一面って言うのが見えてくるようになんのよ。その人が本来持っている性質なのに、主観や印象が邪魔して見えてなかった部分ってヤツ? だから、アンタが私を見て変わったと思うなら、それはアンタの私に対する見方が変わったってだけ。私は最初からこういう人間よ。まぁ……女は恋すると変わるって昔から言うけどね」
 美琴は万華鏡のようにくるくると変わる表情でもう一度笑った。
 そういうもんか、と呟く上条。
「話題を変えるわね。……海は無理だけど、どっかのプールに行かない? 今年の美琴さんの水着姿を見たら、アンタ私に惚れ直すかもね? お待ちかねの珠のお肌もバッチリ見られるわよ?」
 嬉しいでしょ? と笑う美琴の声に、
「……、いや、それはどうかと」
 上条は何事かを思い出し顔をしかめる。
 何故ならば。
 御使堕しの時に水着姿の美琴(乙姫)を見ているので、何となく予想が付いてしまったから。
 あのフラットに近い体型を見て『まことに良い夏の思い出になりました』などと感涙するのは本当に人としてどうかと思う。しかも二回目だし。
 よって上条は自明の理として美琴に諭すべく、
「どうせ凸凹がわかりにくいスクール水着で……おぅわ!?」
 至近距離から予告なしに飛んできた雷撃の槍を上条は右手で裏拳気味に横薙ぎに払って、
「……何でいきなりんなもん飛ばすんだよ!?」
「アンタが余計な一言を言うからよ!」
 美琴の切実な抗議も飛んできた。
「……水着、どうせならアンタに選んでもらおうと思ったんだけどなー……」
「それは俺に死ねと言ってるのと同じ……じゃなくて、泳ぎに行くまでの楽しみって事で、お前自分で選んで来いよ。そうしろよ、なっ?」
 上条の目が不自然に笑ったまま左右に泳ぐ。
 一方、変に据わった目のお嬢様は夏にもかかわらず周囲の気温を一度二度と下げていく。
「ふーん、そう言う事言うんだ。へぇ……。アンタ、真っ先に日焼け止め塗る係を言いつけてやるから覚えてなさい」
 何やらドキッとする単語が美琴の口から出てきて、上条はどぎまぎする。
 こんな時はどんな顔をすれば良いのだろう。
 泣けばいいのか笑えばいいのかわからなくて上条がまごまごしていると、美琴は上条に耳打ちで、
「も・ち・ろ・ん……全身にくまなく、ね? アンタの手で塗ってもらうわよ」
 くっくっくと忍び笑う声も聞こえる。
 いくら美琴でもそんな大胆な手段に出られるはずがない。
 分かっている。これはただの心理作戦(ゆさぶり)だと。
 からかわれていると分かっているのにそのシーンを妄想して上条の心臓がどっきーん! と跳ねる。
 口先だけなら達者なお嬢様は本当に性質が悪い。
「くそ……ぜってー泣かせてやる。コーコーセーをなめるでない!」
 言葉だけ聞けば威勢は良いが実は割と涙目の上条と、
「……せ、せいぜい今のうちに強がっておく事ね。死ぬほど後悔させてあげるわよ」
 上条の泣かせてやる宣言で肩をビックゥ!! と震わせた美琴が睨み合う。
 やるかコラうっさいわねビリビリ!! と二人は額と額をゴツンとぶつけ合わせて、
 顔を見合わせ、同時にあはははっと笑った。
 美琴は笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を人差し指で掬いながら
「当日はよろしくね。ナンパがうるさそうだからしっかり追っ払ってよ?」
「お前こそほいほい誰かに付いていくんじゃねーぞ?」
 上条は美琴のおでこに手を回して引っかけ、頭を抱きかかえる。

 夏が来た。
 短い言葉で申し訳ないのだが、深く澄んだ青空の下ではそれ以上の言葉は思いつかない。
 上条と美琴の、二人で過ごす初めての夏がやってきた。


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