~今すぐキス・ミー~
御坂美琴は悶々としていた。
原因はわかっている。しかし、どうしたものかわからない。
正面に座っている愛しい彼―上条の顔をみつめる。
彼はあたしの作った夕食に夢中で、見つめているのに気づいていないようだ。
特徴的な髪型、どこか気の抜けた人のよさそうな目、そして、唇・・・
美琴の視線はそこから動かずにあった。上条の顔、というよりは彼の唇をじっと見つめていた。
(このバカは・・・人の気も知らないで・・・)
料理と、それを作った美琴に対する賛辞の言葉を述べながら上条は箸を進める。
そんな彼を、そんな彼の唇をじっと見つめる美琴。
いつもの美琴は、上条が自分の作った料理をおいしそうに食べてくれるのを見ているだけで幸せなのだ。
彼の対面に座り、彼の食べる様子を眺めているだけで、心が満たされるのだ。
が、今日はちがった。いろいろと限界が来てしまったらしい。
(はぁ・・・・)
額を指でなぞり、その指を自分の唇へ持っていき、唇をなぞる。
(キス・・・)
額への口づけ。最初はそれだけで漏電までする始末だった。
だが、恋する乙女はそれだけでは満足できないようになってしまったらしい。
いつもの姿からは想像できないような繊細なくちづけ。予想以上にやわらかな唇。
唇を離した後、彼が見せる最大級の笑顔。おそらく地球上で美琴しかしらない上条の顔。
それらをいとおしく思い続けるうちに、繰り返すうちに、それだけでは物足りなくなってしまった。
我慢の限界は近い。
(キス・・・したいなぁ・・・・・・)
御坂美琴は悶々としていた。
―とある少年の猛烈恋慕その3―
~今すぐキス・ミー~
~今すぐキス・ミー~
(そもそも、アイツがわるいのよ。)
美琴がこうなってしまったことの一端は、確かに上条にある。
男女のお付き合いは清く正しくという名目の下、『高校生になるまでキスは額と頬だけ』という制約を掲げたのは上条だ。
美琴ももっともな理由だと思ったし、彼なりに二人の関係を考えてくれているのが嬉しかった。だから了承した。しかし。
(・・・まさか、アイツがあんなキャラだったなんて・・・///)
上条のスキンシップが美琴から見て激しいのだ。それが我慢の限界を招いた原因だった。
部屋に二人きりでいれば、暇なときはずっと美琴を抱きかかえて膝に座らせ、
抱きついたり、首筋に顔をうずめたり、頭を撫でたり・・・。美琴が普段ぬいぐるみ相手にしていることを、そのまま上条はやり返していた。
そんなことをされれば、当然美琴としてはフラストレーションがたまる一方だ。
お返しにとキスの雨―美琴がそう思っているだけで、実際は日に2、3回なのだが―を上条に降らせていた。
どっこいそれが逆効果。フラストレーションを加速させるだけだった。そのことに美琴は気づいていないのだが。
(・・・どこかで補填しないと、ヤバイわね・・・)
美琴はそんなふうに考えながら、悶々としながら上条のことを見つめていた。
―――――――
(・・・・どうしてこうなった・・・・)
箸を進めつつ、上条は思考をめぐらせていた。
いつもどうりの休日、いつもどうりの美琴の訪問、いつもどおりの夕食・・・だったはず。だが・・・・
(なぜ上条さんはこんなにも見つめられているのでせうか・・・!?なんか悪いことしたっけ・・・?)
鈍感な彼にしては珍しく、美琴が自分のことを見つめていることに気がついていた。
そして、その表情がいつもと違うことにも気づいていた。
上条は脳をフル回転させて、なにか彼女の機嫌を損ねるようなことがなかったかどうかを考えた。が、皆目見当もつかない。
それはそうだろう。彼女は怒っているわけではないのだから。
そういうところにまで気が行かないのは、上条が上条たるゆえんなのだろうが。
(あの表情はいったいなんなんでせう?)
いつもとちがう、はかなげで、どこか艶っぽい、自分を見つめる美琴の表情。
その表情に、目線に。美琴の気持ちに気づかない上条は、不安を感じながらもドキドキしていた。
(なんなんでしょう。この麗しいお嬢さんは・・・っと、それどころじゃないんでした!)
「・・・あの、御坂さん?わたくしめの顔になにかついているんでせうか?」
チャンス
空気の転換を図った上条の言葉。『機会』をうかがっていた美琴はしれっとウソをつく
空気の転換を図った上条の言葉。『機会』をうかがっていた美琴はしれっとウソをつく
「・・・ごはんつぶついてるわよ。どうやったらそんなところにつくのかしら?」
「え?どこだ?」
「ああもう、そんなふうにしたら擦れちゃうでしょ!・・・と、とってあげるからじっとしてなさい!」
(べ、別に悪いウソじゃないわよ。アンタがわるいんだから!)
誰に向けての言い訳か、心の中でつぶやきながら上条の隣まで寄っていく。
「そんなヘンなところについてるのか?上条さん行儀はいいつもりなんですけど・・・」
「いいから動かない!往生際がわるいわよ。」
近寄って、顔をぐいっと上条の頬に近づける。これから行うことを想像して、にやけているのが自分で解る。
口の端がつりあがるのを止めることが出来ない。例えるなら無防備なガゼルを後ろから狙うチーターの心境。
落ち着こう、獲物は逃げやしないのだ。深呼吸、深呼吸。
すー はー
(・・・・・・よし!い、いくわよ!)
さらにぐいっと近づく。
一呼吸置いて、動かぬ上条ガゼルめがけて美琴チーターは走り出した。
が、その一呼吸がいけなかった。
「・・・?あの、みさかさ・・・」 「!?」
刹那、不審におもった上条が美琴のほうを向いた。
いざ襲おうと駆け出した瞬間、上条ガゼルは逃げるどころか、美琴チーターめがけて駆け寄ってきた、といったところだろうか。そうなれば当然・・・
ちゅっ
「「・・・・・・」」
チッ チッ チッ チッ チッ
「「・・・・・・」」
見る見るうちに赤く染まっていく二人の顔。お互いに、目を開いたまま、口付けを交わしたまま固まってしまう。
時計の秒針の音が、互いの心臓の音が、部屋に響く。そのまま、時間がすぎていく。
・・・・どれほどたっただろうか。先に動き出したのは上条だった。
「・・・・み、さか、さん?」
真っ赤な顔で美琴に声をかける。
瞬間、美琴はビクっと反応し、体ごとそっぽを向いてうつむき、ぷるぷると震え始めた。
(・・・幸せだけど、不幸だ・・・)
心の中で二つの意味のこもったため息をつく。約束をしたのに、結局その通りにならなかったことに対するものと、
天岩戸に閉じこもってしまった電撃姫を、どう引きずり出したものかと途方にくれるものだ。
前者は過ぎたことだから仕方がない。後者ははやくなんとかしないと命に関わる。
まずは、優しく話しかけてみよう。
「美琴」
やさしく微笑みながら、体ごと回り込んで、うつむいている美琴の顔を覗き込む。
が
・ ・ .・ .・ .・ ・ ・ .・ ・
それがいけなかった。
それがいけなかった。
『切れて』しまった。
プ ッツ ――――― ン
と
真っ赤な顔で優しい笑みを浮かべる上条を見た瞬間、美琴の中の『なにか』が切れた。
カミジョウ
・・・草食動物を目の前にして、本能が理性を焼ききった音。たまりにたまったフラストレーションが決壊する音だった。
・・・草食動物を目の前にして、本能が理性を焼ききった音。たまりにたまったフラストレーションが決壊する音だった。
「・・・が、・・・・・から・・・」
「・・・・え?」
聞き返す上条に答えず、美琴は上条の左手を取り
バ ヂ ィ ッ
と、電流を流して上条の四肢を麻痺させる。その余波で部屋のブレーカーが落ち、真っ暗になる。
その場に倒れる上条を抱えてベッドへ放り投げ、押し倒す。
流れるような動作。理性の入る余地のない、本能のままの動きだった。
「み こと さん ?」
シビレる体で言葉を発する上条。
「・・・とうまがわるいんだからね・・・わかってるの?」
上条を組み敷いている美琴の目には、上条の顔しか映っていない。
狩人の目だ。ヒエラルキーの頂点に君臨する動物の、下位のものを蹂躙しようとする目。
「いっつも好き勝手してくれちゃって・・・・でも、今日はそうはいかないわよ・・・・」
「あ の、 きい て ます?」
「だって今日は・・・・あたしのターンなんだからね・・・・ふふ、ふふふふふふふふふふふふ・・・・」
美琴の手が、がっちりと上条の顔をホールドする。
電撃を浴びせられ、じたばたともがくことも許されない上条。ビーストモードの美琴。おまけに部屋は真っ暗。
逃げ場は、ない。答え③・現実は非常である、といったところだろうか。
「は はは」
「とうま・・・・・だいすき・・・・・」
(幸せだけど・・・ものスゴーく幸せだけど、不幸だあぁぁぁぁ!)
・・・その後美琴が満足するまで、上条は蹂躙され続けた。
しかも思いのほか電流がつよかったせいか、上条は病院送りと相成った。
病院に担ぎ込まれた上条は何故か幸せそうな、困ったような表情を浮かべていたらしい。
そんな彼の隣には、心配そうな顔をしながら顔を真っ赤にして、でれでれもじもじと寄り添う電撃姫の姿があったそうだ。
―とある少年の猛烈恋慕その3―
~今すぐキス・ミー~ おわり
~今すぐキス・ミー~ おわり