安価したら負け

「貞操と家庭崩壊の危機だった……」

「だから俺止めたんだよ?安易にリアルでエロに片足突っ込むと時空だと女運ヤバいことになるからね、俺の知り合いとかもそうだったし」

 変な意味で編集者達の飲み会帰りを心配するミリィとポチ。
 オブリビオン騒ぎは止まらず毎日のようにルーシアとオブリビオンハンターが漫画片手に蹴散らしていく。
 オブリビオンの種類はどんどん変わっていき、大辞典だけではなく独自でメモが必要なほどだ。
 宿敵がいないことにはどうしようもならないのでミリィやたくっちスノーでも止められない。

 一方、監理局はというとようやくEXE達も二人でネオジャンプを回すことに慣れてきたがこれといって盛り上がりも見せず退屈していた、そこそこの作品がそこそこの流れでまあまあ盛り上がる形で終わる。
 かつてのような看板級を求めても現実はそう都合良くいかず神作を待ちわびながら展開を聞いていた。

「EXE、今週の『でろでろでんでっでっでどん』見たスか?」

「相変わらずぶっ飛んだタイトルだな……どんな内容の漫画か分からんだろ」

「まあリアルワールドにもしかのこのこのここしたんたんとかデッドデッドデーモンズデデデデデストラクションとかあるし多少はね……といってもマジでタイトルだけ、第1話だけインパクトはあるけどなんか違うって作品ばっかスね」

「マトモに描けて人気になりたい奴は最初から時空出版局に行って、俺たちが拾えるのはそういう所では相手にされないネタも人間性もパッとしない、そのレベルに相応しくないからこぼれてきたような奴だけ……はーあほくさ、そりゃ人気も出ねえって」

 気が付けばネオジャンプの作者層は漫画は描けるっちゃ描けるが時空出版局に出すほどでもないなんというか良い寄りの微妙みたいな奴らが集まる所になっていた。
 一応素質がある者もたまに現れるがそんな奴は開花したら時空出版局の方に行って向こうで成功してしまう、わざわざこんな所に居座る理由もないのでネオジャンプに居る作者は本当にネオジャンプしか居場所を作れない者のみである。
 当時のネオジャンプ作りたての頃を思えばなんだか悲しくなってくることもあるが、間違いなく何かしらの作者達の為に需要があり、必要とされている雑誌ではあるので新たにルーキー向け雑誌として生まれ変わりキビキビと働く。

「ときめきジャンプのオブリビオン騒ぎの中あいつらも頑張っている、ネオジャンプも負けていられないだろう」

「でもなんかたくっちスノーだけ苦労してなさそうなのが納得いかねえからからかいにいくぞオラ」

 仕事を終えた二人は久しぶりに遊んでやりたくてたくっちスノーの部屋に訪れるといつもと違いぐったりして死にかけてる様子もなく平然とした振る舞いのたくっちスノーがいた。
 特別な裏技を仕込んだゲームのDVD特別付録の編集を行っており、ゲームよりも映像ソフトばかり弄っている。

「おっすお前ら、ネオジャンプで有象無象の相手大変そうだな」

「わかってるならアンタも手伝えよ」

「まあ後少ししたらね、史上最強のRPGなんとか形になってきたぞ」

「そうなのか?最初は荒唐無稽な計画と思ったが案外作れるものだな、ゲームソフトというものは」

 史上最強のRPGこと『僕が絶対負けないかっこよくて素晴らしい異世界』略してボケカス。
 ふざけた題名だがちゃんと購入層の需要をしっかり掴んでおり、俺ツエーと無双をシステムに落とし込んでストレスフリーにそれでいて面白くRPGを楽しめるように試行錯誤を繰り返して遂にベータテスト版まで到達した。

「後は如何にしてこの手の奴らを悦ばせるようなシナリオやヒロインにするかとか細かい調整だね」

「大げさなことで褒め称えてやればいいんじゃないスか」

「それはもう難易度調整の代わりにやってるそうだよ」

「なんというか……やってて虚しくなりそうなゲームだな、つまらないよりはいいかもしれないが」

 ゲームチャンピオンは時空出版雑誌で一番の盛り上がりを見せている。
 たくっちスノー1人でここまでやれたことも奇跡だが途中からゲームプレイのコツを掴み単純作業ではなくいかに企画して遊んでいる段階で面白くなるかというネタ要素を掴めるようになり、読者も企画者も満足して作れるようになったそうだが……。
 実はたくっちスノーは史上最強のRPGが開発して即座にゲームチャンピオンの権利を時空出版局に売り渡そうと計画していた、スポンサーも多く安定したデスク陣に任せればゲーちゃんも安心して任せられる作品になれるしたくっちスノーもそろそろネオジャンプ編集者に復帰したいと考えていたのだ。

「というか黒影って自分から名乗っといてネオジャンプ編集長って忘れてないか?」

「それで言ったらそのゲームを作っているのもメイだったはずだが……」

「ああ、細かいところは自分なんだけどね、デザインとか音楽……」

「じゃあシナリオとかシステム部分はあのバカってことスね……なんか途端に不安でやだよ」

「……そういえば最近メイを見てないな」

「あれ、まさかお前ら知らないのか?この間黒影めちゃくちゃ荒れてたぞ?まあ無理もないけど」

「ファッ!?」


 事は数日前まで遡る。
 定期的にスパイ活動の資料を書くために久しぶりにポチとミリィが帰ってきたのだが、その際にまんがタイムつばめを書き換えたことが気付かれた。
 書き換えたといっても台詞を抜いて大喜利みたいな雑誌に変えたぐらいで特に変化はなかったのだが黒影にとっては気に入らなかったらしく、その時からずっと様子がおかしい。
 自分の作品が受け入れられなかったことよりもポチの作ったものが自分より人気なことが認められなかった様子である。
 たくっちスノーやミリィも気付いたのは結構後のことだが、黒影は自分達5人の中でも特にポチを良く思っていない。
 野獣先輩やたくっちスノーは「同じ顔でスペックが下のやつに出し抜かれることに屈辱を感じている、黒影に限らずよくあること」で割り切っているがミリィは知っている。
 黒影……カーレッジ・フレインは親愛なる者シャドー・メイドウィン・黒影の名前と身体を貰い、それと似た見た目のポチを嫌悪する、同じ顔で同じ声でありながら黒影とは似ても似つかない彼を。
 メイドウィン自体スペックは高かったが、ポチには黒影に対する絶対の尊敬と自信がない、褒めてくれない。
 弱い奴にチヤホヤされるのではなく突飛して強い存在が自分を頼り敬ってくれることを楽しみとしてメイドウィンを唯一の友人としていたのがカーレッジだった。
 そんな過去を歩み、影武者としての価値しかないポチが台頭するのは喜ばしくないのだろう……と思っているが、たくっちスノー達にはまだ話せない。
 話を戻してポチが自分より活躍していることが気に入らなくて、拗ねた結果ネオジャンプもゲームチャンピオンもまとめて取り上げようとしたがポチに「ちゃんと利益出してるし黒影局長だけの物じゃないんだから子供みたいな真似しないで、もう時空は黒影局長の力を借りなくても活動できる」と言い返された結果局長室が封鎖されることになったという。

「負けたんスか?」

時空監理局局長がレスバで負けたのか……」

「いやまぁ……黒影の気持ちも分かるよ?あんなに自信満々にウケると思ってこの始末、ミリィ達は上手くやって……やってることがみっともないけど」

「最後が致命的なんですがそれは……」

「ただ、まんがタイムつばめの権利は捨てたらしくまた新しい漫画雑誌を考えてるんだとか……」

「嫌な予感しかしねえ……」


「じゃあ乾杯します乾杯?」

「お酒は勘弁……」

 一方、時空出版局はオブリビオン対策に追われながらも連載している世界で起きたこと以外はトラブルも特に起こらず安定、ようやく時空出版作品の基盤が整って維持する段階に入ってきたところだ。
 ミリィやポチも最初は時空監理局の職員ということもありよく思われてなかったが、人の言う事を聞いて真面目に仕事を受けてくれるだけで評価が回復する。
 どれだけ監理局が問題あると思われているのかという話だが、出版局がこれまで見てきた監理局はそんな風だったのだろう。
 おつまみ片手にミリィはオブリビオンのデータをまとめてポチに見せる。

「おっ、今日のやつは凄いな、野生災禍だってかっこいい種族……どこの世界?」

「TOKYOJUNGLEみたいだよ、元々問題だらけの世界だけど動物だしなんとかなった」

「ミリィ君、ワンピースの世界のオブリビオンってどんな感じなの?」

「果獣っていって、悪魔の実が実体化したり意思を持ったものが多いですね……俺もこの間アメアメの実のオブリビオンを見ました」

「オブリビオンの話はいいよ今は、あたし達は出版局だマンガの話だけすりゃいい」

 オブリビオンも恒例行事として慣れたので漫画の話をしろという流れが最近出来ている、ミリィはこの時の為に話題の種を常に常備しているが今回は思い切ったことを聞いてみることにした。
 編集者達がこの仕事に就こうと思ったきっかけ、マンガに触れようと思った理由とは……?

「自分好みのエロを見てみたくて探求!」

「誰もポチには聞いてないから」

「あたしの場合は金になるから、給料が良かったんだよここ」

「デッサンマンから進化したくて絵を学ぶべく!」

「私は新開発のAI付き自動販売機だったのがこうして移動も出来て編集者という形に」

「ワンピースの世界から逃げたくて……」

「ワンワン」

 と、各自が好きなように話して居たときのこと、居酒屋にかかっているテレビから衝撃的過ぎる報告が入った。
 時空共通ニュースの報告であり、淡々と吐き捨てるようにアナウンサーは告げる。
「二度あることは三度ある……というべきでしょうか、時空監理局がまたしても時空出版雑誌を新たに発表すると報告がありました、タイトルは少年アンカーとコミックSSであり、まったく新しい方向性の面白い作品を提供すると……またバ……黒影局長はまんがタイムつばめの権利を完全に放棄すると宣言いたしました、続いてのニュース、宇宙アザラシが……」

 次のニュースのことが全く頭に入らなかった、あまりにも情報量が多すぎて脳内で完結しない。
 新しい雑誌をまた2冊も作る?というかまんがタイムつばめを捨てる?そんなにあんな作品にしたのが気に入らなかったのか?なんで自分達には毎度伝えてくれない?
 ぐにゃぐにゃした様子を見てるだけで出版局も察してくれるぐらいには分かってくれるようになった。

「さっと行動を済ませるけど上手くいかなかったらすっぱり諦める……我慢利かない性格なんだね、そちらのトップ」

「我慢利かないっていうか、想定外に想定外重ねてるからヤケになってるんだと思うんだよ」

時空新時代で色んな世界巡ってきたから言えるんだけど、思ったより人々ってしっかりしててメイドウィンの助けとかあまり必要ないんだよね、でも黒影局長は毎日のように困ってるくらいしょうもない奴らと思ってるから……」

「……擁護するような言い方しなくていいぞ」

 流れるように再度電話が来る、ニュースを見て似たような事になったのだろうか何回も通知が来て切ったり電話が来たりの繰り返し、こういう時は焦って腕を増やしてマガフォンも増殖させてしまったのだろう。

「はいもしもし?」

『こういう時に言うのもなんだけど良いニュースと悪いニュースってやつだ』

「悪いニュースの内容は察せられるから良いニュースから聞こうかな」

『遂にボケカスが完成した!もうネットで酷い呼称つけられてるがクオリティは高いぞ!何せ試作版作ったあとに自分とマガイモノ達で徹底的にテストプレイしてヤバい所を改変したからな!』

「それもう君の作品じゃん……いやまあ局長が手を出したらなんか絶妙に違うってなりそうとはいえさ……じゃあ出版局の皆にも聞かせてよ、悪いニュースってやつを」

『黒影がまた変なの作った、しかも今回のはとびっきりで変なやつだ!』

 たくっちスノー越しに新しい雑誌の情報が出版局にも送られていく。
 スパイ活動のはずなのに逆に情報を提供しているという本末転倒な構図だが元よりスパイする気ないしたくっちスノー副局長がやってるし酷いこといえば漏れても困るような情報なんて監理局にはない。

『今度出る雑誌の名前は少年アンカーとコミックSSだ!』

「SS……なんというか、何かのパクリだったり特定の要素重視だった黒影にしては普通の雑誌になったね」

「いや違う……ありがとう!ちょっと調べてみる!」

 ポチは即座にノートパソコンを貸してもらい指が見えないほどの高速タイピングで特定のサイトへ一気に飛ぶ、彼のパソコン技術を持ってすれば1分でどんなサイトにも行ける、最近の趣味はWikipediaリンク飛び大会RTA。
 ポチが開いた先にあったのは掲示板サイト、少年アンカーの為に専用に作られたのでまだ反応は一度もない。

「専用の感想サイトか何か?」

「違うよ……アンカーってやっぱり安価の事だったんだ」

「安価って何?」

「前もって掲示板の後のレスにアンカーを飛ばすことで後の人にネタを考えてもらうってタイプのスレだよ、たまに創作やる人がお遊びでやったりするし自分もよくやるよ……ほら、たくっちスノー君だってAnkerシステムってやつでマガイモノ作ってたことあるじゃん?」

「ああ……で、それが少年アンカーとどんな関係が?」

「黒影局長はさっきの安価スレで話の流れを決めるというのを大真面目に売り物として作ろうとしてるってことだよ……!!」

 安価スレというのは何が起こるか分からない、一致団結することもありえるがめちゃくちゃになることの方がザラだしめちゃくちゃさを楽しむジャンルでもある。
 というか安価スレでも考えることは多いので、全部任せるこれは安価でもなんでもなくただの手抜き……!
 しかも掲示板内に連載作品12本分も本スレがあるので人もバラける!時空規模でネット広しと言えど、リンク先がチャット貼ってあるとしても!
 ここまで手を尽くしてくれるような人は居るのだろうか!
 と思った所で黒影と昔に言っていたことを思い出した……。

『みんな誰だってお話のネタを考えるんでしょ?たくっちスノーから学校でテロリストが襲ってきた時がどうとか考えたことがある、でも話にはしない……ネタの吐き出し所が必要だよね、俺がなんとかしないと』

「ああいうことか……」

「どうしますか……これ、いよいよ市場に出せるレベルとかはるか下じゃないです?」

「ワンワン」

「確かにそのレベルじゃないけど、コレは俺がなんとか出来る……問題はコミックSSだ」

 ポチはコミックSSの連載陣を確認する、なんとSSは全て特定作品の二次創作系を由来としておりコミック誌というよりはアンソロジーに近い内容になっている。
 ただしゲームチャンピオンとは少し異なり原作の内容からはだいぶ離脱しており茶化したりキャラを書き換えたりとコメディというか笑い者にしておりまたしても危ないハードルを渡っているような作品だ。

「SSっていうのはショートストーリーって意味であってるよな?これなんでそうなるの?」

「ネットだとそういうのが昔あったんだよ、これもよく出来る人がちょっと息抜きにやってるぐらいで素でこのレベルの描いてる人いたら本当にヤバい人だよ……SS自体今は地の文形式で書かれてるし」

 アンカーとSS、共通しているのはネットの文字作品であり一見すると簡単なようでリラックス感覚で作っており制作者はほんの少し力を抜いて作っているだけで相応の実力を残している。
 それを何を勘違いしたのかちょっと文字を書くことを覚えたばかりでも出来ると思い、安易に足を踏み込んでしまったのがこの雑誌達……!!
 こればかりはたくっちスノーといえど、ポチといえど庇い切れる気もしないので焦りに焦っていた!!
 こんなものが売られたらいよいよ時空の品位が落ちてしまう!!
 酔が一気に覚めたポチは即座に対二大問題雑誌対策会議を立ち上げていく。

「アンカーはともかくSSってそんなにヤバいの?」

「まだアングラな文化が抜けきれてなかったころの狂ったネタとかそのまま詰め込む気みたいだからね……正直こっちの方が今の時代だとヤバいよ!コナンSSの光彦とかいつの時代だったっけ!?」

 ポチでもこうなるレベルと嫌でも事の重大さを実感させられる出版局、即座に居酒屋が緊急対策を進めて出版局並びに時空雑誌に風評被害が及ばぬように行動を開始する。

 一方その頃、監理局内でもようやくゲーム開発も終わり一段落した所にこんな爆弾が投下されたことで休む暇もなくEXE達と合流。
 ゲームチャンピオンの編集者をこなしつつちゃっかりネオジャンプに復帰して新しく生まれたアンカーとSSの対処法を考えなくてはならなくなった。

「どうするよ、自分としてはもう既に気分は最悪なわけなんだけど」

「オレに聞かれても困る……いや、真に困ってるのはポチ達だな」

「連絡したらアイツすぐ帰ってくるとか言ってたゾ」

「まあそりゃそうだろうね!黒影はいつもネットのやつ真に受けるのやめてほしいな!地獄にしかならないでしょこんなの!」

 たくっちスノーは即座に警告じみた自己インタビューサイトを立ち上げて警告文を用意していく、一度、二度、三度……もう何回こんな爆破処理を続けただろうか。
 1つ言えることは、マンガ作りは楽しく済むと思っていた過去の自分を天の彼方まで殴り飛ばしてやりたいということだ。
最終更新:2025年03月23日 20:43