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モザイクカケラ(前編)
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モザイクカケラ(前編) ◆02i16H59NY
【0】 (――――)
本日の午前のレースの結果です。
出発地、教会付近。
目的地、温泉。
出走は4名。
途中トラブルや接触事故もありましたが、うち3名が到着を果たしました。
目的地、温泉。
出走は4名。
途中トラブルや接触事故もありましたが、うち3名が到着を果たしました。
1着、如月左衛門。
スタートこそ最も遅く、途中寄り道もあったものの、その最速のスピードと常識外れのショートカットで見事に1着を射止めました。
スタートこそ最も遅く、途中寄り道もあったものの、その最速のスピードと常識外れのショートカットで見事に1着を射止めました。
2着、ガウルン。
出走は2番手、脚力も2番手。途中で死体を発見し余分な時間を取られたものの、結果だけ見れば順当なものと言えるでしょう。
出走は2番手、脚力も2番手。途中で死体を発見し余分な時間を取られたものの、結果だけ見れば順当なものと言えるでしょう。
3着、千鳥かなめ。
スタートの順番で言えば一番手。地の利もあり、脚力も決して大きく劣っておらず、一時は最有力優勝候補でした。しかし……。
スタートの順番で言えば一番手。地の利もあり、脚力も決して大きく劣っておらず、一時は最有力優勝候補でした。しかし……。
なお、未着は上条当麻。出走時点での転倒コースアウトが最後まで響きました。
本日の午前のレースは、これで終了します。
【6】 (千鳥かなめ 3/3)
――人の気配の絶えた温泉施設の最奥、陽光が燦々と降り注ぐ露天風呂の一角で、その男は死んでいた。
千鳥かなめは足を引き摺るようにして死体に近づく。
千鳥かなめは足を引き摺るようにして死体に近づく。
もうもうと湯気を上げ続ける浴槽の傍、まるで大の字を描こうとするように、両手両足を広げて倒れている。
けれどもそれは、「大」の字に例えるには、一部パーツが足りない。
その肩の上に、あるべきものがない。
すっぱりと、切り落とされている。
死んだ直後には血も噴き出したのだろう、男の服には赤黒い染みが広がっている。
ただ、掛け流しの湯が溢れて床を洗っているせいか、意外にあたりは綺麗だった。
客間で見てきた惨状と比べると、嘘のように綺麗な死に様だった。
けれどもそれは、「大」の字に例えるには、一部パーツが足りない。
その肩の上に、あるべきものがない。
すっぱりと、切り落とされている。
死んだ直後には血も噴き出したのだろう、男の服には赤黒い染みが広がっている。
ただ、掛け流しの湯が溢れて床を洗っているせいか、意外にあたりは綺麗だった。
客間で見てきた惨状と比べると、嘘のように綺麗な死に様だった。
千鳥かなめは、そんな露天風呂の状況を一瞥して理解すると、ゆっくりと足元に視線を下ろした。
……そこに転がっていた生首と、目が合った。
かなめの知った顔だった。
会いたくもなかった相手だった。
そいつも彼女の存在に気がついたのだろう、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべると、口を開いた。
……そこに転がっていた生首と、目が合った。
かなめの知った顔だった。
会いたくもなかった相手だった。
そいつも彼女の存在に気がついたのだろう、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべると、口を開いた。
「よお、カナメちゃん。俺ぁ殺されちまったよ」
「……見れば分かるわよ」
「ったく、カナメちゃんをいたぶってカシムの奴に見せ付けてやろうと思ってたんだがなぁ。ドジこいたぜ」
「……黙りなさいよ」
「……見れば分かるわよ」
「ったく、カナメちゃんをいたぶってカシムの奴に見せ付けてやろうと思ってたんだがなぁ。ドジこいたぜ」
「……黙りなさいよ」
かなめは気だるげに答えながら、嫌らしくニヤニヤと笑う生首を、つま先で軽くつついてやる。
それほど強く蹴ったつもりはなかったのだが、コロコロと面白いように転がっていって、首なし死体の足に当たり動きを止めた。
濡れた床の上を三回転ジャスト。
あと半回転ほどもしていればその顔を見ずに済んだのかもしれない、と思うと、少しだけ腹が立った。
そんなかなめの苛立ちを見て取ったか、生首は哂う。
それほど強く蹴ったつもりはなかったのだが、コロコロと面白いように転がっていって、首なし死体の足に当たり動きを止めた。
濡れた床の上を三回転ジャスト。
あと半回転ほどもしていればその顔を見ずに済んだのかもしれない、と思うと、少しだけ腹が立った。
そんなかなめの苛立ちを見て取ったか、生首は哂う。
「おーおー、ひでーことすんなー、カナメちゃんは。こっちは手も足も出ねぇってのに。
でもよぉ、こんなとこで油売ってていいのかい?」
「……うるさい。黙れって言ってるでしょ」
「ひょっとしたらカシムの奴も、どっかで俺と似たような目に会ってるかもしれないんだぜぇ?
もう死んじまった俺なんかと遊んでる暇、ねぇと思うんだけどなあ」
「…………黙れっ! 死んだなら、黙って死んでろっ!」
でもよぉ、こんなとこで油売ってていいのかい?」
「……うるさい。黙れって言ってるでしょ」
「ひょっとしたらカシムの奴も、どっかで俺と似たような目に会ってるかもしれないんだぜぇ?
もう死んじまった俺なんかと遊んでる暇、ねぇと思うんだけどなあ」
「…………黙れっ! 死んだなら、黙って死んでろっ!」
耐えかねて暴発した、ヒステリックな一喝。
露天風呂から立ち昇り続ける湯気が揺れる。
小さな風が吹き抜け、一瞬だけ視界が綺麗に晴れて――
露天風呂から立ち昇り続ける湯気が揺れる。
小さな風が吹き抜け、一瞬だけ視界が綺麗に晴れて――
かなめの耳に、ざあざあと流れ続けるお湯の音が戻ってくる。
気がつけば生首は、あの嫌味ったらしい引き攣った笑みを浮かべてはいない。
どこか呆けたような死相を張り付かせたまま、濁った眼で虚空を見上げている。
いや、それとも、最初っからこういう表情だったっけ? よく分からない。
気がつけば生首は、あの嫌味ったらしい引き攣った笑みを浮かべてはいない。
どこか呆けたような死相を張り付かせたまま、濁った眼で虚空を見上げている。
いや、それとも、最初っからこういう表情だったっけ? よく分からない。
「……そうだ。どうせだから聞かせてよ。ここで、何があったの?」
かなめはふと、思い出したかのように問いかける。
けれど返事はない。
当然だ。
斬りおとされた生首が口を利くはずがない。
殺されてから短く見積もっても数分は経過した死体の首が、喋れるはずもない。
溜息ひとつついて、かなめは吐き捨てた。
けれど返事はない。
当然だ。
斬りおとされた生首が口を利くはずがない。
殺されてから短く見積もっても数分は経過した死体の首が、喋れるはずもない。
溜息ひとつついて、かなめは吐き捨てた。
「……そこで黙っちゃうんだ。
まったく、アンタってば死んでからも性格悪いのね」
まったく、アンタってば死んでからも性格悪いのね」
生首はもちろん答えない。
かなめは周囲を見回して、落ちていた武器らしきものに目を留める。
見覚えのある、刃の途中から折れた鎌。
見覚えのない、どうも壊れているらしい銛撃ち銃。
落ちていたのはそれっきりで、荷物らしい荷物は残されていない。
今のかなめと同様、完全に手ぶらだ。
かなめは周囲を見回して、落ちていた武器らしきものに目を留める。
見覚えのある、刃の途中から折れた鎌。
見覚えのない、どうも壊れているらしい銛撃ち銃。
落ちていたのはそれっきりで、荷物らしい荷物は残されていない。
今のかなめと同様、完全に手ぶらだ。
ここで何があったのか。
どうしてコイツがこんなにも簡単に殺されているのか。
分からない。
千鳥かなめには、見当もつかない。
どうしてコイツがこんなにも簡単に殺されているのか。
分からない。
千鳥かなめには、見当もつかない。
少なくとも、あの、『櫛枝実乃梨』が関係しているのは間違いないはずなのだが。
【ガウルン@フルメタル・パニック! 死亡】
【E-3/温泉施設・女湯露天風呂/一日目・昼】
【千鳥かなめ@フルメタル・パニック!】
[状態]:感電による痺れ、呆然
[装備]:とらドラの制服@とらドラ!、ワルサーTPH@現実
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:脱出を目指す。殺しはしない。
0:……ここで、何があったの?
1:温泉で起きたことを把握したい。『櫛枝実乃梨』に疑念。
2:温泉で上条を待つ? 何かあったら南、海岸線近くで上条を待つ?
3:知り合いを探したい。
[備考]
※2巻~3巻から参戦。
【千鳥かなめ@フルメタル・パニック!】
[状態]:感電による痺れ、呆然
[装備]:とらドラの制服@とらドラ!、ワルサーTPH@現実
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:脱出を目指す。殺しはしない。
0:……ここで、何があったの?
1:温泉で起きたことを把握したい。『櫛枝実乃梨』に疑念。
2:温泉で上条を待つ? 何かあったら南、海岸線近くで上条を待つ?
3:知り合いを探したい。
[備考]
※2巻~3巻から参戦。
[備考]
小四郎の鎌@甲賀忍法帖 が、刃が途中で欠けた状態でガウルンの死体の傍に落ちています
銛撃ち銃(残り銛数2/5)@現実 が、発射装置の壊れた状態で、これもガウルンの死体の傍に落ちています。
小四郎の鎌@甲賀忍法帖 が、刃が途中で欠けた状態でガウルンの死体の傍に落ちています
銛撃ち銃(残り銛数2/5)@現実 が、発射装置の壊れた状態で、これもガウルンの死体の傍に落ちています。
【4】 (ガウルン 1/1)
――虎穴に入らずんば虎穴を得ず、との言葉があるが、そこはまさしく、凶暴なケダモノの巣のような雰囲気を醸し出していた。
「面白ぇ……!」
舌なめずりせんばかりの表情で、ガウルンは女湯の中に踏み込んだ。
別に女性の裸体鑑賞が目的ではなかったが、彼を突き動かす衝動は「劣情」と呼んでも差し支えのない代物だ。
ただし彼が求めるのは性的興奮ではなく、戦闘の愉悦。
己の生存すらも放棄して、ただ、あの生と死のギリギリの駆け引きだけを愉しまんとする。それがこのガウルンという男であった。
別に女性の裸体鑑賞が目的ではなかったが、彼を突き動かす衝動は「劣情」と呼んでも差し支えのない代物だ。
ただし彼が求めるのは性的興奮ではなく、戦闘の愉悦。
己の生存すらも放棄して、ただ、あの生と死のギリギリの駆け引きだけを愉しまんとする。それがこのガウルンという男であった。
千鳥かなめを追跡、あるいは待ち伏せすべく、この温泉施設に足を踏み入れた直後――彼は直感したのだ。
ここには「誰か」がいる、と。
溢れんばかりの殺気。ひしひしと感じる、強烈な存在感。
ガウルンは理解する。
理屈を越えた野生の勘。あるいは、傭兵としての豊富な経験から、一足飛びに真実を理解する。
ここには、相当の使い手がいる。
戦い慣れ、人を殺し慣れた自分の「同類」が、待ち構えている。
そして気配も殺気も隠すことなく、堂々と挑戦状を叩きつけているのだ――「勝てるつもりがあるなら挑戦を受けるぞ」、と。
これで逃げ出すようなら、もはやそれはガウルンではない。
いや、膵臓癌を患う前であれば一旦退いて仕切り直すことも考えたかもしれないが……それも、今では意味のない仮定である。
ここには「誰か」がいる、と。
溢れんばかりの殺気。ひしひしと感じる、強烈な存在感。
ガウルンは理解する。
理屈を越えた野生の勘。あるいは、傭兵としての豊富な経験から、一足飛びに真実を理解する。
ここには、相当の使い手がいる。
戦い慣れ、人を殺し慣れた自分の「同類」が、待ち構えている。
そして気配も殺気も隠すことなく、堂々と挑戦状を叩きつけているのだ――「勝てるつもりがあるなら挑戦を受けるぞ」、と。
これで逃げ出すようなら、もはやそれはガウルンではない。
いや、膵臓癌を患う前であれば一旦退いて仕切り直すことも考えたかもしれないが……それも、今では意味のない仮定である。
そして、あからさまなまでの殺気に導かれて到着したのがこの女湯。
途中、施設の入り口や客室に転がっていた死体も確認している。
いずれも刃物を用いた殺害方法だった。それぞれ微妙に傷の様子が違ったのが少し気になったが。
この奥にいる奴がやったのだろうか。
あるいは、あの路上に残されていた細切れ死体を「作った」奴だろうか。
まあ、そうであろうとなかろうと、これほどの殺気だ。きっと楽しめることは間違いない。
途中、施設の入り口や客室に転がっていた死体も確認している。
いずれも刃物を用いた殺害方法だった。それぞれ微妙に傷の様子が違ったのが少し気になったが。
この奥にいる奴がやったのだろうか。
あるいは、あの路上に残されていた細切れ死体を「作った」奴だろうか。
まあ、そうであろうとなかろうと、これほどの殺気だ。きっと楽しめることは間違いない。
牙を剥き出しにした猛獣の顎にも等しい女湯の暖簾を潜り、脱衣所を土足で通り抜け、露天風呂の方へ歩を進める。
両手で構えているのは、大型の銛撃ち銃。
デザートイーグルとモスキート、大小2挺の拳銃も、いつでも抜き撃てる所に収めてある。
こちらとて気配は消していないのだ。移動する隙もあったろうに、こんな場所をあえて戦場に選択した奴はどんな人物なのか。
ガウルンは期待に胸を躍らせながら、露天風呂に踏み込んだ。
視界をほのかに遮る白い湯煙。足を滑らせかねない濡れた床。開けた空間。岩や植木など、そこそこ存在する物陰。
なるほど、これは意外と面白い戦場設定かもしれない。
ガウルンは油断なく歩を進めながら、湯煙の向こう側に垣間見えた相手の出方を窺う。
両手で構えているのは、大型の銛撃ち銃。
デザートイーグルとモスキート、大小2挺の拳銃も、いつでも抜き撃てる所に収めてある。
こちらとて気配は消していないのだ。移動する隙もあったろうに、こんな場所をあえて戦場に選択した奴はどんな人物なのか。
ガウルンは期待に胸を躍らせながら、露天風呂に踏み込んだ。
視界をほのかに遮る白い湯煙。足を滑らせかねない濡れた床。開けた空間。岩や植木など、そこそこ存在する物陰。
なるほど、これは意外と面白い戦場設定かもしれない。
ガウルンは油断なく歩を進めながら、湯煙の向こう側に垣間見えた相手の出方を窺う。
「よお、お嬢さん。なかなか楽しいセッティングしてくれるじゃねぇか。踊ろうぜぇ、おれとよぉ」
「…………」
「…………」
相手は答えない。
風呂場にも関わらず(あるいは、当然と言うべきか)、服をきちんと身につけ、こちらに背を向けた女性……いや、少女。
逃げも隠れもせず、堂々と分かりやすく立っている。
その少女は、ゆっくりとガウルンの方を振り返って――
風呂場にも関わらず(あるいは、当然と言うべきか)、服をきちんと身につけ、こちらに背を向けた女性……いや、少女。
逃げも隠れもせず、堂々と分かりやすく立っている。
その少女は、ゆっくりとガウルンの方を振り返って――
「――ガウルン、覚悟っ!」
「っ!? チドリカナメ!?」
「っ!? チドリカナメ!?」
予想もしていなかった、聞き覚えある声。同時に投擲される巨大な刃。
一瞬あっけに取られつつも、そこは腐ってもガウルン、反射的に手にした銛撃ち銃で撃ち払う。
金属同士がぶつかり合う、嫌な音。
何かが壊れる、嫌な手応え。
とっさの判断で銛撃ち銃を手放し、同時に両手でそれぞれ大小の拳銃を抜き放ちながら。
刹那の間に、ガウルンは考える。
形に成りきらない思考が、彼の脳裏を駆け巡る。
一瞬あっけに取られつつも、そこは腐ってもガウルン、反射的に手にした銛撃ち銃で撃ち払う。
金属同士がぶつかり合う、嫌な音。
何かが壊れる、嫌な手応え。
とっさの判断で銛撃ち銃を手放し、同時に両手でそれぞれ大小の拳銃を抜き放ちながら。
刹那の間に、ガウルンは考える。
形に成りきらない思考が、彼の脳裏を駆け巡る。
こいつは誰だ。この小娘は誰だ。いま何故自分は「千鳥かなめ」だと思った。
声か。いや制服だ。
声もあるが、それより制服だ。さっきチラリと見た。
「あの学校」の制服ではない、しかし、何故か千鳥かなめが着ていた「日本の学校の制服風の」衣装。
でも「千鳥かなめ」は戦闘訓練を受けていないはずだ。鎌(そう、鎌だ!)なんてものを正確に投げることなどできないはずだ。
じゃあ誰だ。「あいつ」か。確かに声だけなら。姿形だって。でも服が。長い髪が――
声か。いや制服だ。
声もあるが、それより制服だ。さっきチラリと見た。
「あの学校」の制服ではない、しかし、何故か千鳥かなめが着ていた「日本の学校の制服風の」衣装。
でも「千鳥かなめ」は戦闘訓練を受けていないはずだ。鎌(そう、鎌だ!)なんてものを正確に投げることなどできないはずだ。
じゃあ誰だ。「あいつ」か。確かに声だけなら。姿形だって。でも服が。長い髪が――
ひうんっ。
費やしてしまった時間は、おそらくコンマ数秒にも満たぬ、しかし、この状況においては致命的過ぎる隙。
答えの出ない問い。不足する情報。
思い浮かぶ可能性も、それぞれ相互に矛盾を引き起こし。
理解できない状況を前に彼らしくもなく混乱し、そして、それゆえに。
答えの出ない問い。不足する情報。
思い浮かぶ可能性も、それぞれ相互に矛盾を引き起こし。
理解できない状況を前に彼らしくもなく混乱し、そして、それゆえに。
ガウルンは自らの首が飛ばされたその瞬間にも、自分が誰に、何をされたのか、まったく理解することができなかった。
【5】 (千鳥かなめ 2/3)
――温泉、と地図上に記されたその施設は、明るい日差しの中、恐ろしいまでの沈黙に包まれていた。
ふらふらと覚束ない足取りで、ようやく辿りついた千鳥かなめは、ふと足を止めた。
ふらふらと覚束ない足取りで、ようやく辿りついた千鳥かなめは、ふと足を止めた。
温泉施設の正面入り口近くに、1人の青年が死んでいた。
見覚えのない背格好の、見覚えのない青年である。
いや、これでは例え面識があったとしても、そうと分からなかったかもしれない。
何度も重たい刃物を振り下ろされたであろう青年の顔のあたりは、もはや人相の判別もつかない有様である。
かろうじて、眼鏡らしきものの残骸が確認できるくらいだ。
いや、これでは例え面識があったとしても、そうと分からなかったかもしれない。
何度も重たい刃物を振り下ろされたであろう青年の顔のあたりは、もはや人相の判別もつかない有様である。
かろうじて、眼鏡らしきものの残骸が確認できるくらいだ。
かなめはしかし、軽く一瞥しただけでその横を通り過ぎる。
死人のように虚ろな表情で、ただ無感動に、その傍を通過する。
だってこれは、既に知っていたことだから。
「こういうもの」が「ここ」にあることは、既に知っていたから。
だから驚きも嫌悪も先に立たず、彼女は静かに、夢遊病患者のようにそこから歩き去る。
死人のように虚ろな表情で、ただ無感動に、その傍を通過する。
だってこれは、既に知っていたことだから。
「こういうもの」が「ここ」にあることは、既に知っていたから。
だから驚きも嫌悪も先に立たず、彼女は静かに、夢遊病患者のようにそこから歩き去る。
そのまま彼女は館内に足を踏み入れる。
まったくの静寂。窓から差し込む陽光に照らされ、全てが作り物めいて見える中。
ゆっくりとした歩みで、しかし迷うことなく向かった先は、宿泊スペースの客間の1つ。
既に進むべき道を知っているような足取りで進んだかなめは、そしてまた、足を止める。
まったくの静寂。窓から差し込む陽光に照らされ、全てが作り物めいて見える中。
ゆっくりとした歩みで、しかし迷うことなく向かった先は、宿泊スペースの客間の1つ。
既に進むべき道を知っているような足取りで進んだかなめは、そしてまた、足を止める。
客間の入り口で、1人の少年が死んでいた。
こちらは千鳥かなめにとっては既知の顔である。
北村祐作。既に死を放送で告げられていた存在。
浴衣姿で、生きていた時と同じく眼鏡をかけたまま、事切れていた。
致命傷はおそらく腹部の刺し傷。立った状態で刺されたのか、赤黒い染みは彼の足の方へと広がっている。
北村祐作。既に死を放送で告げられていた存在。
浴衣姿で、生きていた時と同じく眼鏡をかけたまま、事切れていた。
致命傷はおそらく腹部の刺し傷。立った状態で刺されたのか、赤黒い染みは彼の足の方へと広がっている。
千鳥かなめは無表情のまま、北村祐作の死体を見下ろしていたが、やがて顔を上げると、客間の中を覗き込んだ。
濃密さを増す死臭。無秩序に飛び散った赤い色彩。
濃密さを増す死臭。無秩序に飛び散った赤い色彩。
客間の中ほどで、1人の男が死んでいた。
入り口で死んでいた青年と同様、こちらも見知らぬ男だ。着物のような黒い装束に身を包んでいる。
顔はいくぶん古い傷によるものか、汚らしい包帯のようなものを巻かれていて判別できない。
ただ、顔の判別はつかずとも、これだけ特徴的な人物、一度会っていれば分からないはずもない。
致命傷は首元に刻まれた切り傷だろうか。
男の傍らには、これも既に息絶えた一羽の鷹。
そして、一見すると死体のようにも見えてしまう、しかし、よくよく見れば顔を潰されただけの、裸の女性型マネキンが1体。
部屋の中は、争いの様子そのままに荒れている。
顔はいくぶん古い傷によるものか、汚らしい包帯のようなものを巻かれていて判別できない。
ただ、顔の判別はつかずとも、これだけ特徴的な人物、一度会っていれば分からないはずもない。
致命傷は首元に刻まれた切り傷だろうか。
男の傍らには、これも既に息絶えた一羽の鷹。
そして、一見すると死体のようにも見えてしまう、しかし、よくよく見れば顔を潰されただけの、裸の女性型マネキンが1体。
部屋の中は、争いの様子そのままに荒れている。
千鳥かなめはしばらく血に染まった客間の中を覗いていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。
客間の中から、赤い足跡が続いていた。
よくよく見ないと分からないくらいの、うっすらとした足跡。半ば乾いた血によるスタンプだった。
どうやら、どこかの誰かが、既にこの客間に踏み込んで調べていったらしい。
土足で踏み込んで、僅かに足裏に血糊を付着させていたものらしい。
客間の中から、赤い足跡が続いていた。
よくよく見ないと分からないくらいの、うっすらとした足跡。半ば乾いた血によるスタンプだった。
どうやら、どこかの誰かが、既にこの客間に踏み込んで調べていったらしい。
土足で踏み込んで、僅かに足裏に血糊を付着させていたものらしい。
1歩ごとに掠れていくその足跡を追って、かなめはまた、歩き出す。
普段の彼女らしくもない、生気のない歩き方。
まだスタンガンの衝撃が残っているのか、ときおり筋肉が奇妙に痙攣する。
物憂げな溜息が、唇の隙間から漏れた。
普段の彼女らしくもない、生気のない歩き方。
まだスタンガンの衝撃が残っているのか、ときおり筋肉が奇妙に痙攣する。
物憂げな溜息が、唇の隙間から漏れた。
彼女はふと、懐の小型拳銃を服の上から確かめる。
今の彼女の手持ちの武器は――というより、持ち物は、もうこれだけだ。
他人を威嚇するには小さすぎ、手加減をするには強すぎる武器。
「あの時」、隠すつもりもなく思わず口にしそびれた、最後の武器。
意識したくもなかった、最後の支給品。
彼女は、これを使うことにならんければいいな、とぼんやりと思った。
今の彼女の手持ちの武器は――というより、持ち物は、もうこれだけだ。
他人を威嚇するには小さすぎ、手加減をするには強すぎる武器。
「あの時」、隠すつもりもなく思わず口にしそびれた、最後の武器。
意識したくもなかった、最後の支給品。
彼女は、これを使うことにならんければいいな、とぼんやりと思った。
血の足跡は、やがてかなめの見覚えのある場所に踏み込もう、というところで、とうとう消失していた。
忘れるわけがない。
千鳥かなめにとっての、スタート地点。
まったくもって嫌な予感しかしないが――ここまで来たら、この先も見届けるしかあるまい。
女湯の入り口を示す暖簾を、彼女はゆっくりとくぐった。
忘れるわけがない。
千鳥かなめにとっての、スタート地点。
まったくもって嫌な予感しかしないが――ここまで来たら、この先も見届けるしかあるまい。
女湯の入り口を示す暖簾を、彼女はゆっくりとくぐった。
【2】 (紫木一姫 1/2)
――全てを忘れそうになるほど呑気な日差しが、辺りを柔らかく照らし出していた。
「……こういう時、なんていうんでしたっけ。極悪、極悪……でしたっけ」
おそらくは「極楽、極楽」なのであろうが、ここには突っ込んでくれる人も訂正してくれる人もいなかった。
たったひとり、完全貸し切り状態の露天風呂。
首切り死体が転がっていることもなく、鎌を持った殺人者が待ち構えていることもない、平和でのどかな露天風呂。
そこに、ぴちゃぴちゃ、と子供が水遊びをするような音が響いていた。
否、それは比喩ではなく。
まさに子供のような体躯の少女が、まさにただの子供のように、お湯を跳ね上げて遊んでいたのだった。
たったひとり、完全貸し切り状態の露天風呂。
首切り死体が転がっていることもなく、鎌を持った殺人者が待ち構えていることもない、平和でのどかな露天風呂。
そこに、ぴちゃぴちゃ、と子供が水遊びをするような音が響いていた。
否、それは比喩ではなく。
まさに子供のような体躯の少女が、まさにただの子供のように、お湯を跳ね上げて遊んでいたのだった。
体格だけで言えば、まるっきりの子供。
膨らみよりもアバラ骨の陰影が目立つ胸元に、木の枝を思わせる肉付きの薄い手足。
普段は2つに結わえている髪は下ろされていて、でも、その長い髪がなければ性別すら誤認しかねない。
白磁の如き肌だけは艶々と輝いて、彼女が「彼女なりに」健康であることを示していた。
膨らみよりもアバラ骨の陰影が目立つ胸元に、木の枝を思わせる肉付きの薄い手足。
普段は2つに結わえている髪は下ろされていて、でも、その長い髪がなければ性別すら誤認しかねない。
白磁の如き肌だけは艶々と輝いて、彼女が「彼女なりに」健康であることを示していた。
その少女――紫木一姫は、しかし、何も考えずにお湯に浸かっているわけではなかった。
彼女には彼女なりの、必然と必要があってのことである。
彼女には彼女なりの、必然と必要があってのことである。
「姫ちゃん、身体強い方ではありませんからねー。休憩の合間に仕事する必要があるのですよー」
湯の中で自らの細い腿をさすりながら、少女は誰にともなく呟いてみせる。たぶん、仕事と休憩は逆であろう。
ここまで彼女が《ジグザグ》にしてきた人間の数は3人。
とはいえ、《曲絃糸》を振るうこと自体にはさほどの疲労はない。
もとより腕力に頼ることなく、摩擦力張力反発力、ありとあらゆる自然界の力を効率的に利用することに特化した技である。
《曲絃師》たる彼女にとって、人間を切り刻むことくらい大した負担ではない。やれと言われれば10人でも100人でも余裕である。
ここまで彼女が《ジグザグ》にしてきた人間の数は3人。
とはいえ、《曲絃糸》を振るうこと自体にはさほどの疲労はない。
もとより腕力に頼ることなく、摩擦力張力反発力、ありとあらゆる自然界の力を効率的に利用することに特化した技である。
《曲絃師》たる彼女にとって、人間を切り刻むことくらい大した負担ではない。やれと言われれば10人でも100人でも余裕である。
ただ、移動ばかりはそうも行かない。
図書館から学校へ。学校の中を少し歩いて、そこから寄り道も交えつつ温泉まで。
全て、ただひたすら歩いての移動である。
それなりに健康な、それこそ、日々運動部で汗を流しているような高校生には余裕で踏破できる距離だったろうが……
紫木一姫の場合、小学生並みの体格と体力しかないのだ。
今すぐ倒れるほどでもないし、頑張ればもう少し耐えることもできたのだが、休める時に休んでおくのも悪くない。
まだまだ、先は長いのだから。
その意味で、このタイミングで温泉という湯治施設に辿りついたことは、ちょっとした幸運でもあった。
図書館から学校へ。学校の中を少し歩いて、そこから寄り道も交えつつ温泉まで。
全て、ただひたすら歩いての移動である。
それなりに健康な、それこそ、日々運動部で汗を流しているような高校生には余裕で踏破できる距離だったろうが……
紫木一姫の場合、小学生並みの体格と体力しかないのだ。
今すぐ倒れるほどでもないし、頑張ればもう少し耐えることもできたのだが、休める時に休んでおくのも悪くない。
まだまだ、先は長いのだから。
その意味で、このタイミングで温泉という湯治施設に辿りついたことは、ちょっとした幸運でもあった。
「できれば、何か『足』になるものが欲しいんですけどねー。ここから出て行った『とれいず』さんみたいに」
軽い筋肉痛を訴える自分の足を揉みほぐしながら、少女はぼやく。
レーダーで発見した直後、恐ろしい速度で遠ざかっていった『トレイズ』という参加者の名前。
その速度からして、バイクか何か乗り物に乗っていたことは間違いない。
自らの機動力に限界を感じ始めた彼女にとって、そういった『足』になるものは是非とも手に入れたいところなのだが。
レーダーで発見した直後、恐ろしい速度で遠ざかっていった『トレイズ』という参加者の名前。
その速度からして、バイクか何か乗り物に乗っていたことは間違いない。
自らの機動力に限界を感じ始めた彼女にとって、そういった『足』になるものは是非とも手に入れたいところなのだが。
「でもー、姫ちゃん運転とかできないですし。
サイズの合う自転車でもあればいいんですけど、両手が塞がっちゃうのが珠に暇なのです」
サイズの合う自転車でもあればいいんですけど、両手が塞がっちゃうのが珠に暇なのです」
そこはヒマではなく瑕だろう、というのはさておいて。少女は考える。
バイクや自動車は、手元にあったとしても運転できない。そんなスキルは持ち合わせていない。
子供用の自転車あたりなら手にも負えるかもしれないが、しかし、ハンドルを握った状態では《曲絃糸》を振るえない。
ただでさえ片手はレーダーで塞がってしまうのだ。今や腕1本たりとも、移動手段に割り当てる余裕はない。
バイクや自動車は、手元にあったとしても運転できない。そんなスキルは持ち合わせていない。
子供用の自転車あたりなら手にも負えるかもしれないが、しかし、ハンドルを握った状態では《曲絃糸》を振るえない。
ただでさえ片手はレーダーで塞がってしまうのだ。今や腕1本たりとも、移動手段に割り当てる余裕はない。
武器や探知機の使用を諦めて、自転車にでも乗るか。
それとも、疲れるし遅いのを承知の上で、2本の足で歩き続けるか。
彼女は少しだけ悩んで、そして首を振る。
それとも、疲れるし遅いのを承知の上で、2本の足で歩き続けるか。
彼女は少しだけ悩んで、そして首を振る。
「……レーダーを諦める、ってのはないですね。
師匠を早く見つけたいですし……それに、いま師匠と『正面から出くわしてしまう』のもマズいですし」
師匠を早く見つけたいですし……それに、いま師匠と『正面から出くわしてしまう』のもマズいですし」
少女は浴槽の傍に置いた手桶に視線を向ける。
疲労回復を目的とした入浴中だからといって、彼女が無防備な姿を晒すはずがない。
そこには、糸と手袋と、それから、電源の入ったレーダーが入っている。
万が一誰かに襲われたとしても、十分に戦える装備だ。
露天風呂、というシチュエーションも、実は彼女にとっては「室内」とあまり大差のない環境。
天井こそないものの、四方を目隠し用の壁に囲まれた空間は決して不利な条件ではない。蜘蛛の巣を張るには十分過ぎる。
この少女、意外とこういったことにかけては抜かりはない。
疲労回復を目的とした入浴中だからといって、彼女が無防備な姿を晒すはずがない。
そこには、糸と手袋と、それから、電源の入ったレーダーが入っている。
万が一誰かに襲われたとしても、十分に戦える装備だ。
露天風呂、というシチュエーションも、実は彼女にとっては「室内」とあまり大差のない環境。
天井こそないものの、四方を目隠し用の壁に囲まれた空間は決して不利な条件ではない。蜘蛛の巣を張るには十分過ぎる。
この少女、意外とこういったことにかけては抜かりはない。
それはともかく。
曲絃糸とレーダー。この2つが手元に入ってきたことは、少女にとって望外の幸運であった。
彼女が師匠と慕う『いーちゃん』を『守る』上において、どちらも有力な道具となる。
特に――このレーダー。
これがなければ、色々と危ういところだった。色々と、際どいところだった。
曲絃糸とレーダー。この2つが手元に入ってきたことは、少女にとって望外の幸運であった。
彼女が師匠と慕う『いーちゃん』を『守る』上において、どちらも有力な道具となる。
特に――このレーダー。
これがなければ、色々と危ういところだった。色々と、際どいところだった。
「師匠って、姫ちゃんが《ジグザグ》やるの嫌がりますからね。下手に行き遭っちゃうと、他の人を減らせなくなるですよ」
紫木一姫の目的は、いーちゃんの護衛をつつがなく勤めきること――ではない。
手早く確実にいーちゃんを『最後の1人』にすることだ。そのために、それ以外の全ての参加者を抹殺することだ。
自分自身も含めた、59名が死亡することだ。
手早く確実にいーちゃんを『最後の1人』にすることだ。そのために、それ以外の全ての参加者を抹殺することだ。
自分自身も含めた、59名が死亡することだ。
けれど、おそらくは。
あの《戯言遣い》は、その展開を望まない。
その結末を、望まない。
あの《戯言遣い》は、その展開を望まない。
その結末を、望まない。
紫木一姫の悩みは、まさにここだ。
早々に師匠を発見したい。師匠の居場所を知りたい。師匠の行動を把握したい。
その願いに、嘘はない。
けれど、早々に真正面から出くわしてこんにちわ、という展開もまた望ましくはないのだ。
戯言遣いの青年に存在を感知されてしまえば、彼の下から逃げることは難しくなる。
そしてその彼は、殺人という手段を(少女には何故だかよく分からないのだが)嫌っている節がある。
きっと、彼女が誰かを殺そうとしたら、それを止められてしまうだろう。
他でもない彼自身に、邪魔をされてしまうだろう。
早々に師匠を発見したい。師匠の居場所を知りたい。師匠の行動を把握したい。
その願いに、嘘はない。
けれど、早々に真正面から出くわしてこんにちわ、という展開もまた望ましくはないのだ。
戯言遣いの青年に存在を感知されてしまえば、彼の下から逃げることは難しくなる。
そしてその彼は、殺人という手段を(少女には何故だかよく分からないのだが)嫌っている節がある。
きっと、彼女が誰かを殺そうとしたら、それを止められてしまうだろう。
他でもない彼自身に、邪魔をされてしまうだろう。
これがもう少し状況が進展して、生存者の数が絞り込まれた後なら、彼に張り付いて護衛に徹するのも手なのだろうが……
どう考えても、まだ早い。
まだ、その段階にはない。
先の放送の時点で50人。あれから1人殺したから、最大でも49人。たぶん40人前後、といったところだろう。
できればもっと減らしておきたいところだ。
そのためには、「まだ」戯言遣いと出遭うわけにはいかない。「まだ」彼に自分の存在を知られるわけにはいかない。
どう考えても、まだ早い。
まだ、その段階にはない。
先の放送の時点で50人。あれから1人殺したから、最大でも49人。たぶん40人前後、といったところだろう。
できればもっと減らしておきたいところだ。
そのためには、「まだ」戯言遣いと出遭うわけにはいかない。「まだ」彼に自分の存在を知られるわけにはいかない。
そして、そのためにこそ、このレーダーが役に立つ。
このレーダーで参加者の位置を把握しておけば、こちらから接触することも容易だし……
あえて接触せず、「やり過ごす」ことも容易になる。
理想を言うなら、つかず離れずの距離。
戯言遣いには気付かれぬまま、戯言遣いに接触しそうな他の参加者を、片っ端から先回りして切り刻んでおきたい。
もちろん、現実にはレーダーには電池の寿命があるし、彼女の機動力には限界があるし、難しいことは分かっているのだが。
このレーダーで参加者の位置を把握しておけば、こちらから接触することも容易だし……
あえて接触せず、「やり過ごす」ことも容易になる。
理想を言うなら、つかず離れずの距離。
戯言遣いには気付かれぬまま、戯言遣いに接触しそうな他の参加者を、片っ端から先回りして切り刻んでおきたい。
もちろん、現実にはレーダーには電池の寿命があるし、彼女の機動力には限界があるし、難しいことは分かっているのだが。
「……って、やっぱり『足』の問題に戻ってきちゃうのですよ。ドードー滅亡なのです」
堂々巡り……とでも言いたかったのだろうか。少女は肩をすくめる。
それにしてもこの少女、絶滅した動物として有名な飛べない鳥・ドードーを知っていながら、国語は壊滅的に苦手のようである。
少女は暗鬱な表情で溜息ひとつつくと、風呂桶の中のレーダーを眺めるともなく眺めて――
次の瞬間。
それにしてもこの少女、絶滅した動物として有名な飛べない鳥・ドードーを知っていながら、国語は壊滅的に苦手のようである。
少女は暗鬱な表情で溜息ひとつつくと、風呂桶の中のレーダーを眺めるともなく眺めて――
次の瞬間。
ひうんっ。
紫木一姫は、目にも留まらぬ速度で腕を振るっていた。
少女の手元に握られていたのは、目を凝らさねば見えないほどの糸。
《曲絃糸》。
だがその絶対の凶器は何者かを切り裂くことはなく、ただ、虚空を薙ぎ払ったのみ。
少女の額に、嫌な汗が滲む。
凹凸に乏しい裸身を隠す余裕もなく、湯煙の向こうに佇む人影を、ただ睨みつける。
少女の手元に握られていたのは、目を凝らさねば見えないほどの糸。
《曲絃糸》。
だがその絶対の凶器は何者かを切り裂くことはなく、ただ、虚空を薙ぎ払ったのみ。
少女の額に、嫌な汗が滲む。
凹凸に乏しい裸身を隠す余裕もなく、湯煙の向こうに佇む人影を、ただ睨みつける。
「――危ないなあ。いきなりなんてことするのかしら」
どこかおどけたような女の子の声が、露天風呂に響き渡った。
(モザイクカケラ(後編)へ)