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モザイクカケラ(後編)

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モザイクカケラ(後編) ◆02i16H59NY





【1】 (千鳥かなめ 1/3)

――温泉まであと少し、という所で、千鳥かなめは意外な人物と出くわしていた。

「……北村くん以外に、2人の男の人の死体……か。ごめん、あたしもよく分からないな」
「……ってことは、カナメちゃんたちが出てった後、おれ、いや、あたしらが到着する前に『何か』があったってことだね」

そういって相手は――千鳥かなめと同じ制服に身を包んだ少女は、うんうん、とややオーバーな動作で頷いてみせた。
櫛枝実乃梨』。
夜が明ける前、上条当麻と共に、街の中で行き会った3人組(+喋るバイク1台)のうちの1人である。

「いやあ、ごめんねー。カナメちゃんたちのこと疑ったりして!」
「い、いや気にしてないから! そっちの立場からじゃ無理もないだろうし!」

両手を合わせてぺこん、と頭を下げた彼女に、かなめは慌てて手を振る。
互いが互いに気付いたその瞬間、『櫛枝実乃梨』の形相は実に恐ろしいものだった。
そして噛み付くような勢いで詰め寄られ、追求されたのが、「かなめと上条が温泉にいた連中を殺した可能性」――。
もちろん根も葉もない疑惑であったが、しかしかなめとしては、そこで怒るわけにもいかなかった。
かなめだって、一瞬ではあったが「櫛枝実乃梨たち3名が温泉で凶行を働いた可能性」を考えてしまったのだ。
同じことを相手にされて怒るのは、筋が通らない。

なんでも、この彼女。
温泉で状況を把握するや、「もっと詳しい状況を知るべく」単身かなめたちを追って飛び出してきてしまったという。
走りに走って『壁』の近くまでたどり着き、それでも2人と行き会えなくて、諦めて戻る帰途の途上でかなめを見つけた……らしい。
いやはや、なんとも凄い体力と脚力だ。
それでいて息1つ切れてないのだから、感心するよりも先に呆れてしまう。
もちろん、彼女が1人で飛び出したこと自体は褒められることではない。
シャナ木下秀吉といった仲間を放置しての独断専行、本来ならば避けるに越したことはない。
けれど――訃報が告げられた北村祐作は、櫛枝実乃梨のクラスメイトだ。
例えば級友の死体と出くわしてしまったら、かなめだって冷静でいられる自信はない。
そう思えば、こちらについても糾弾する気にはなれなかった。

「でも、こうなると……やっぱり温泉に戻るしかないわね。上条くんもじきに来るだろうし、シャナさんたちとも合流したいし」
「あー、そのことなんでやんすけど……」

一通りの互いの事情を話し合い、気は進まないが死体の待つ温泉に向けて出発しようか、という時だった。
『櫛枝実乃梨』は、何か言いづらそうに語尾を濁す。
相変わらずの奇妙な言い回し。その瞳の奥には、迷いの色が垣間見える。

「どうしたの?」
「いや、じつはですねぇ。
 カナメちゃんに声かけるちょっと前に、あっし、怖そうな男の人がブツブツ言ってるのを見かけちまいやして……」

彼女は言う。
温泉近くまで一度戻った時、見るからに凶悪そうな男を、偶然見かけたのだと。
無精ひげを伸ばし、額には縦一文字の傷痕。筋肉質ではあるがかなり痩せている。
――詳しい男の姿形を聞かされて、かなめは思わず叫んだ。

「……それって、ガウルン!? まさか!」
「お知り合いで?」
「知り合い……と言えば知り合いね。会いたくもない相手だけど」

忘れもしない、北朝鮮でのあの事件。
その中でテロリストたちのリーダーとして振るまい、恐るべきラムダ・ドライバ搭載ASを駆っていたのが彼だった。
流石にASにこそ乗ってはいないだろうが、この場においても脅威であることに変わりはない。

その、ガウルンらしき人物が、なんでも、かなめの名前を呟いていたというのである。
曰く、「カナメちゃんは来てるかねぇ」だの、「温泉で待ち伏せだ」だの……。

「……え? なんであたしが温泉目指してるって知られてるの!?」
「そこは、その、よく分からなんだ……分からない、のよ。」

かなめの当然の疑問にも、『櫛枝実乃梨』は困惑したように首を振るばかり。
理由は分からないが、こちらの行動もある程度知られてしまっているようだ。
どこかで上条と話しているのを聞かれたのか、それとも、知らぬうちに盗聴器か何かをつけられていたのか。
背筋に冷たいものを感じつつ、2人は善後策を考える。

「というわけでカナメちゃん。あの男の警戒する様子、いささか過剰とも取れる部分がありもうす。
 ひょっとして、貴殿はあの『がうるん』に対抗する技やら知識やらがおありなのでは?」
「……ないわよ。そんなもの」

『櫛枝実乃梨』も必死なのか、奇矯な言動に拍車がかかっているような気がする。
が、かなめとしても困り果てるしかない。
確かにガウルンが自分の『知識』に警戒するのは分からなくもないが、あくまでそれは技術的なもの。
互いにアームスレイブも何もない今、かなめの『知識』は役に立たない。ガウルンの足元を掬うことはできそうもない。
かなめの返答に、『櫛枝実乃梨』は明らかに落胆した様子で肩を落す。

「では……武器は?」
「え?」
「何か身を守る得物はあらんや? まさか無手ってことはないよね?」
「え、えーっと、うん……。あんたから貰ったこの鎌と、あとは……この、スタンガン」

詰め寄られたかなめは、困惑しつつも2つの武器を取り出して見せた。
他ならぬ櫛枝実乃梨から譲られた、折りたたみ式の鎌が1つ。
それから、違法改造だという強力スタンガン。
『櫛枝実乃梨』は、前者には微かな驚きを、後者には不審と好奇心とを滲ませた。

「……カナメちゃん殿。恥を忍んで尋ねまするが……この『すたんがん』って、何? どうやって使うものなのでせう?」
「……え? 知らないの?」
「いやー、お恥ずかしながら……」

小さく舌を出して頭を掻く『櫛枝実乃梨』に、かなめは首を傾げる。
スタンガンを知らない。そんな奴が果たして現代にいるのだろうか。……そう思いかけて、ああ、そうかと考え直す。
確かに Stun Gun は英語だ。日本語で何て言ったっけ。『気絶銃』? 違う。思い出せない。
英語が苦手な子には、咄嗟に分からなくても仕方がないかもしれない。
それに、平和で治安のいい日本では、実物を見たことのない子がいてもおかしくないし――
帰国子女である千鳥かなめは、そんな風に考える。
帰国子女だからこそ、好意的に、誤解してしまう。
『スタンガン』は日本語でも『スタンガン』だということに、思い至れない。

「えーっとね、ここのスイッチを押すと、ほら、ここにこう、電撃が走るの」
「うわっ、光ったでござるっ!」
「ちょっ、触ったらだめ! 危ないなぁ、もう」
「……? つまり、今の小さな稲光で攻撃する、と?」
「そういうこと。相手に押し付けて使えば、雷に撃たれたように動けなくなる……はずよ。一応、ここで威力調整ができるみたい」
「この小さな箱の中に、雷が入っているとな……これはまた、まったくもって不可解な……!」

感心したように、『櫛枝実乃梨』はスタンガンを凝視する。溜息すら漏らしながら、眺め回している。
……おかしい。
ここに来て初めて、千鳥かなめは違和感を抱く。
こいつは誰だ。本当にあの時に会った櫛枝実乃梨なのか。
初めて出会った時、櫛枝実乃梨は確かバイクだかモトラドだかの運転の練習をしていた。
逆に言えば、それくらいの「常識」は備えている奴であるはずで――
でも、声も顔も背格好も、どう見ても『櫛枝実乃梨』だ。喋り方だって、元々こんな奴……だったような気がするし――
気持ちの悪いモヤモヤを持て余すかなめの前で、『櫛枝実乃梨』はひとり大きく頷いた。

「あい分かった! つまり、カナメちゃんは役立たずで、使えそうなのはその『すたんがん』くらいということか。
 小四郎めが持ってたその鎌も、まあ無いよりはマシであろうか」
「や、役立たずって」
「ん~、そうなると、カナメちゃんを『がうるん』にいいように利用されてもつまらぬし……そうだな。
 ここで、ちょっと寝ておれ」

次の瞬間――何が起こったのか、かなめには即座には理解できなかった。
視界が回転する。背中をしたたかに打ち付ける。息が止まる。気がつけば青い青い空を見上げる格好になっている。
広がった誰かのスカートを真下から見上げる格好。……『櫛枝実乃梨』の?
あれは何だ。パンツか。白いTバックのパンティ……いや、まさかフンドシ!? じゃあ、あの盛り上がりは? え?
というか自分は今「投げ飛ばされた」のか? 誰に? 『櫛枝実乃

  ばちんっ。

いつの間に手の内からすっぽ抜けていたのか。
彼女の腹に押し当てられた20万ボルトの電撃が、そんな細切れの思考を全て吹き飛ばした。
激痛。息が止まるかと思うほどの衝撃。一瞬遅れて、自分の意思とは裏腹に痙攣する手足。
動けない。指1本、動かせそうにない。
激しい痺れに、呼吸が苦しい。思考がまとまらない。

「……ふむ。なるほど強力よな。これなら、『がうるん』めが相手でも」
「あ、あんた、は……」
「悪いの、千鳥かなめ。おれ……あたしには、あたしの目的があるんでね」

小さな呟きと共に、『櫛枝実乃梨』は――『櫛枝実乃梨の声と容姿を持つ人物』は、軽く跳び上がって。
それっきり、千鳥かなめの視界から消えうせた。
後には、ただ沈黙。
再び立ち上がるまでには、しばらく時間がかかりそうなコンディションの中。
否応もなく見上げる青空が、やけに綺麗だった。



【3】 (紫木一姫 2/2)


――抜けるような青空の下、紫木一姫は静かに追い詰められていた。
床から掘り下げる形で設置された湯船の中、腰のあたりまで湯に浸かったまま、侵入者と対峙する。
ただでさえ身長差がある上に、足場の高さも違う。完全に下から見上げる格好を強いられる。
もちろん、命を取り合う本気の殺し合いにおいて、この差は実に大きい。圧倒的不利という奴だ。

「……悪趣味な変態さんですね。女装の上に、堂々と覗きですか。『にょづきさえもん』さん」
「ほお、おれの名を知っているか。おれが男だと知ってるか。誰かから聞いたか、それとも、さとりの化物か。
 ……いや、そういう訳でもないようだな。
 『すたんがん』といい、夜中に煌々と灯っていた灯りといい、この地には不可解のからくりが山ほどあるようだ。
 そこの桶の中にある、その箱で何かしおったな。さもなくばかような間違いはするまいて。
 ちなみに『にょづき』ではない、『きさらぎ』よ。この姿形は、趣味ではなく必要に迫られて……と言っておこうかの」
「趣味であろうとなかろうと、姫ちゃんの裸を見た代償は高いですよ。塩持って償え、です」
「……塩でもって死をもって償えるのは、伊賀方の雨夜陣五郎めくらいのものだろうよ」

精一杯相手を睨みつけつつ、紫木一姫は手の中の糸を弄ぶ。
紫木一姫も1人の乙女、羞恥心がないわけではないが、この強敵を前にしてそんなことに構っている余裕はない。
しっかり手桶の中に隠したレーダーにも気付かれてしまったようだが、これも今は後回し。
油断なく相手の次の出方を窺いながら、紫木一姫は考える。

この、どこにでもいる普通の女子高生にしか見えず聞こえぬ、しかし、レーダー上の表記名・『如月左衛門』という人物は――
少女の予想を上回る速度で、少女の反応する間も与えぬ勢いで、屋根の上から駆け降りてきたのだった。
もちろん少女は警戒はしていた。湯の中で身体を労わりながらも、ちらちらとレーダーには目をやっていた。
しかし、この速攻は。そして、この身のこなしは。
疲労のせいで、紫木一姫自身も気付かぬうちに油断していたということなのだろうか。
なんにしても、初撃を避けられてしまったのは痛い。
まさか、初見でアレを避けきる者がいるとは思わなかった。

「それにつけても、今のは『糸』か。幼子にしては恐るべき技よの。
 伊賀の夜叉丸めの縄術に近いようだが……あやつとの死闘の経験なかりせば、このおれとてどうなってたか分からぬ」
「《曲絃糸》というですよ。ぶっとい縄をブン回すような粗い技と一緒にされるのは、不愉快です」

口調やしぐさは完全に男のものながら、声と顔は若い少女のものなのだから、これは不気味極まりない。
紫木一姫はちらり、と手元の手桶に視線を走らせる。
今の彼女は、文字通り一糸纏わぬ、いや、「糸1本きりの」姿である。
つまり――自らの手を保護するための専用手袋を、まだつけていない。これこそが痛恨。
手桶の中に入れて持ってきてはいるが、これを嵌める前に接近を許してしまったのは計算外だった。
先ほど手に入れた専用の曲絃糸は、威力・操作性ともに高い便利なものだが、下手をすれば自滅の危険もある代物。
一歩間違えれば、自らの指をも斬りおとしかねないのである。
さっきの一撃を回避されてしまったのは、そのせいでもある。全力の一撃は、最初から出しえなかったのだ。

紫木一姫は、思案する。
相手は《殺し名》にも匹敵するかという動きを見せる、「プロのプレイヤー」だ。
とはいえ、だからといって倒せないとは思わない。露天風呂ではあるが、この環境は《ジグザグ》にとって自分の巣のようなもの。
代用の木綿糸しか手元になかった時ならいざ知らず、専用の糸がある現在、まったく倒しきれない程の相手では、ない。
だが――無理に倒そうと思えば、「犠牲」を強いられる。
手袋を嵌めていない今、手袋を嵌めるだけの余裕をひねり出せない今、どう頑張っても「無傷の勝利」は掴みえない。
己の指の、1本か2本。
あるいは、片方の掌に深い深い、骨にまで達するであろう裂傷。
それが、冷酷な計算から弾き出した、「目の前の敵を確実に《ジグザグ》にするのに必要なコスト」だった。
どう考えても、こんな所で支払っていい代償ではない。
どちらの結末を取っても、この先の《曲絃師》としてのスキルに酷いダメージを残してしまう。
「まだ」早い。
数十人は残っているであろうこの段階では、「まだ」そこまでの損害を受けてしまうわけにはいかない。
ゆえに、紫木一姫の側からは、仕掛けられない――!

と、そこで不意に、『如月左衛門』はフッと笑った。
平凡な女子高生の顔で、平凡な女子高生には相応しくない、不敵な笑みを浮かべてみせたのだ。

「――既に露見しているゆえ、改めて名乗ろう。
 おれは如月左衛門。見ての通り、このおなごの姿はおれ本来の姿ではない。『櫛枝実乃梨』なる娘のものよ。
 訳あって、一度この顔を崩さば元には戻せないよってな。素顔を晒さぬ無礼は許されよ。
 して、娘。おぬしの名はなんという」
「……姫ちゃんは、紫木一姫というですよ」

超絶的な技術を持つ、変装の名手。同時に、近接戦闘のプロフェッショナル。
あるいはこの男、《殺し名》よりも《呪い名》にこそ近い存在なのかもしれない。紫木一姫はそんな風に考える。
だが意図が分からない。
この状況、このタイミングで、互いの自己紹介をする意図がまったく見えない。
彼女の不審な視線に、そして彼は――『櫛枝実乃梨』とやらの顔と声を持つ『如月左衛門』は、こう言った。

「して、紫木一姫よ。ここはひとつ、手を組まぬか?
 これよりこの地に、『がうるん』なる凶悪なる男が来る。
 己の目的は優勝ではない、などと嘯きつつ、油断ならぬ殺気を隠そうともせず、人を傷つけ甚振り哂うような男よ。
 その体術だけならおれより僅かに劣るほどだが、いくさ場における駆け引きには恐ろしく長けておる。
 この場にておれとおまえが潰しあいを演じても、かの男を利するだけと思うが…………いかがかな?」



【7】 (如月左衛門 1/1)


――燦々と降り注ぐ陽光の下、ガウルンの死体を呆然と見下ろす千鳥かなめは、とうとう最後まで気付くことができなかった。
彼女の姿を見つめる、2対の瞳の存在に。
温泉施設の屋根の上、音も無く佇んでいた人影は、やがて音も無くその場を飛び離れる。
否、それは1つの人影ではない。
上下に2つ。いずれも少女の姿形。
紫木一姫を肩車した格好の、櫛枝実乃梨の顔のままの、如月左衛門であった。
如月左衛門は、やはり櫛枝実乃梨の着ていた制服姿のまま。
紫木一姫も、しっかり元の制服を着なおして、髪も本来のツーテールに結わえている。
肩車、という姿勢も一見ふざけているように見えて、如月左衛門の脚力と紫木一姫の両手が共に使える実戦的な体勢だ。
もちろん如月左衛門も、全ての闘いを紫木一姫に頼るつもりはない。
腰にはガウルンより取り返した南蛮の刀・『ふらんべるじぇ』を差し、懐には雷神の力を秘めし『すたんがん』を忍ばせている。
ガウルンから奪いし大小2つの連射式の短筒は、果たしてどう扱ったものか。
ひとまず奪った荷の中に収め、担いでいる。

「……あの『千鳥かなめ』って子は殺さなくても良かったんですかね?」
「あやつ自身は、我らの脅威にはなるまいよ。むしろあれは、今は泳がせた方が利を産むとみた。
 あの娘からは、おれは『櫛枝実乃梨』にしか思えまい。この温泉の惨劇も、『櫛枝実乃梨』の仕業と思うは必定。
 となれば、『シャナ』や『木下秀吉』とかいう櫛枝実乃梨の知り合いとの間に、何らかの軋轢を生じるのは間違いあるまい。
 千鳥かなめは千鳥かなめで、『上条当麻』という味方がおるようだし……
 本来手を組めるはずの者同士、相争ってくれればそれが最上。そこまで行かずとも、亀裂や動揺くらいは生じよう。
 『シャナ』という名の女丈夫、どれほどの腕前かは分からぬが、我らの道行きの妨げになるのは間違いないようじゃからの。
 今は居場所も分からぬ以上、後々に繋がる手は打っておいて損はあるまいて」
「まあ、師匠の興味を引くタイプにも思えませんしね。そういうことなら、了解ですよ」

元々如月左衛門は、その脅威の変装術を駆使し、搦め手で攻めることを得意とする忍者だ。
敵方の和を乱し、敵方の絆に滑り込み、敵方の自滅を誘うのが本来のやり口。
「あえて今は殺さない」という策戦も、それが有効と思えれば躊躇いはしない。
もともとその誤解を誘うために、ガウルンの殺害の際も「首を刎ねただけ」に留めて貰ったのだ。
刀傷で殺された死体ばかりが転がる中に、《ジグザグ》に切り刻まれた死体が混じれば嫌でも違和感を煽ってしまう。
《曲絃糸》でガウルンを屠るに当たっても、「刀か何かで斬られたように」思われるであろう殺し方をする必要があったのだ。

あのあと――露天風呂での、緊張感ある対峙の後。
如月左衛門と紫木一姫は、少しの打ち合わせの後、2人して力を合わせてガウルンを迎え撃った。
策そのものは単純明快。
如月左衛門が囮になってガウルンの注意を惹きつけ、岩陰に隠れた紫木一姫がその首を刎ねる。ただそれだけである。
むしろこういう場合は、策そのものは簡単な方がいい。
下手に凝ると、駆け引き上手のガウルンのこと。思わぬところで足元を掬われかねない。
それが如月左衛門の判断であったし、夜半にあった戦いの様子を簡単に聞かされた紫木一姫も、最終的には同意をした。
大胆で分かりやすい挑発。
甲賀弦之介の遺体を辱めしガウルンに対する、嘘偽りのない強烈な殺気。
千鳥かなめの声、櫛枝実乃梨の容姿、という、ガウルンも予想していなかった要素の導入。それによる動揺の誘発。
回避あるいは防御されること前提の、鎌の投擲。それによる一瞬だけの足止め。
そして、専用手袋をしっかりと嵌めた《曲絃師》による、全力全開の《曲絃糸》の不意打ちだ。
作戦自体は単純でも、1つ1つの精度が高ければ十分に勝機が得られる。
そのことを、如月左衛門も紫木一姫もよく理解していた。
そして2人は、見事にその勝機を捕らえたのだ。
「己が手で憎っくきガウルンに最後の一刀を振り下ろしたい」、その衝動を意志力で押さえ込んだ、如月左衛門の勝利だった。

……とはいえ、元々彼も、ガウルンを討つに当たって他人の力を借りるつもりはなかったのだ。
その考えを翻したのは、仇と狙うガウルンより先に、道を急ぐ千鳥かなめを再発見してしまったから。
彼は、ふと思ったのだ。
ガウルンがあれほどの策を弄して千鳥かなめを狙う以上、彼女にはガウルンを倒しうる「何か」があるのではないか、と。
特殊な技術か、それとも知識か、何かしらガウルンを害しうる要因があるのではないか。と。
接触に当たっては、前もって本物の櫛枝実乃梨から事の経緯を聞きだしておいたのが助けになった。
かの櫛枝実乃梨も、温泉での凶行の犯人は上条当麻、もしくは千鳥かなめではないか、と疑っている様子だった。
これらの情報を得ていた如月左衛門が、彼女に過剰な期待を抱いてしまったとしても仕方あるまい。

かくして如月左衛門はまんまと『櫛枝実乃梨』になりすまし、千鳥かなめと情報交換を成し遂げ。
しかし、期待していたような話は聞けず、得たものはただ、伊賀方の筑摩小四郎が使っていた鎌と『すたんがん』ばかり。
仕方なく『すたんがん』の「試し斬り」がてら千鳥かなめを無力化し、その場に放置し、温泉へと向かって――
そして、気付いたのだ。
そこにいる、誰かの気配に。
露天風呂で微かな水音を立てる存在に。
既に発想の転換を済ませていた彼にとって、その出会いこそ僥倖と呼べるものであった。

実のところ如月左衛門には、その時点では紫木一姫の人となりを知る術はなかった。
だが彼の手元には、櫛枝実乃梨から聞き出した「現在の温泉施設の状況」の情報があった。
そのそこかしこに死体が散在するという、温泉宿。
そんな場所で呑気に湯に浸かるものがいるとするなら、それはよほどの大物か、よほどの大馬鹿者に相違ない。
大物であれば、是非とも『がうるん』との闘いに助力を引き出したい。
大馬鹿者であれば、これはこれで『がうるん』との闘いにおいて囮にでも使えるであろう。
その程度の腹積もりで、接触を試みて……そして、それはまさに大成功と言える成果をもたらしたのだった。

ガウルンを共に討たないか? という如月左衛門の申し出に対し、紫木一姫は彼が思いもしなかった提案を返してきた。
すなわち――これ一度きりではなく、いましばらくの共闘の申し出である。
紫木一姫は問うた。
「姫ちゃんのこの技、あなたにとっては魅力的ではありませんか?」と。
応。如月左衛門は応えた。
その《曲絃糸》なる技が味方にあれば、如月左衛門の取れる策も大幅に広がるであろう、と。
紫木一姫は問うた。
「姫ちゃんを抱えたまま、さっきみたいに素早く飛び回れますか?」と。
応。如月左衛門は応えた。
裸体を軽く眺むるに、紫木一姫の身体はそう重くもなかろう。如月左衛門にとっては重荷と呼べるほどの重荷にはなるまい、と。
紫木一姫は問うた。
「姫ちゃんの『足』代わりになってくれませんか? そうすれば、姫ちゃんも《曲絃糸》で運び賃分くらいは働くです」と。
応。如月左衛門は応えた。
おれも一人で戦うことの困難を自覚したばかり、駕籠かき代わりに使われるのは正直不服だが、それとて安い代償であろう、と。

かくして2人は共闘の約束を結んだ。
如月左衛門は、ガウルンより奪還した生首を抱えての生還を目指して。
紫木一姫は、彼女が『師』と仰ぐ人物(名簿上に『師匠』と書かれた人物とはまた別人なのだそうだが)の生還を目指して。
ガウルンを手始めに、それ以外の全ての参加者を殺してゆかん、と誓い合ったのである。

無論、これは裏切りの危険を多分に孕んだ、薄氷の如き信頼関係である。
なんとなれば、最後に生き残ることができるのはたった1人。
両者の願いが揃って叶うことは、決してありえない。
いつか破綻する時がくることを、2人とも十分に理解しているのだ。
理解しているが――しかし同時に、いましばらくは裏切られることもないだろう、とも考えている。
殺し合いの舞台は広く、生き残りはまだまだ多く、しかも、その一部は徒党を組む気配を見せてきている。
ここで2人が相争っても、他の誰かを利するばかり。
如月左衛門にとって紫木一姫は、ガウルンのような無駄な遊び心がない分、数段使えるパートナーなのだった。
紫木一姫にとっても、それは同じ。
実は彼女、最初に出会った長門有希には、自分の方から同盟を持ちかけているのである。
古泉一樹の怪しげな勧誘こそ蹴ったものの、単純明快、分かりやすいこの同盟は拒むだけの理由がない。
ちょうど必要としていた『足』の代わりになってくれるなら、尚更である。

「ところで、いつまでその顔でいるんです? ずっと女の子の顔と声だと、姫ちゃん、ちょっと淫乱するですよ」
「こんなところで小娘に発情されても困るのお。生憎おれには幼女を愛でる趣味なぞないのでな。
 ……それはさておき、はて、どうしたものか。
 弦之介さまの首が帰って来た以上、どこぞで顔を換えてみてもいいわけだが」

家々の屋根の上を跳びながら、如月左衛門は首を捻る。
彼としても、悩むところではある。
元々この顔と声は、あのガウルンに一瞬の隙を作り出すためだけに用意したもの。己の正体を隠すための隠れ蓑。
だが、いつまでも『櫛枝実乃梨』と偽ってもいられない。
紫木一姫の持つ不可思議のからくり、『れーだー』とやらを抜きにしても、次の放送では『櫛枝実乃梨』の死が告げられてしまう。
そのことはおそらく、千鳥かなめたちの混乱にさらなる拍車をかけることになろうが……
さて、ではこの今の顔と姿はどうしたものか。
他にも使い道はあると考えるべきか、それとも。
ひとまずにも温泉施設から駆け離れながら、如月左衛門はしばし思案するのだった。



【E-3/温泉付近/一日目・昼】

【如月左衛門@甲賀忍法帖】
[状態]:胸部に打撲。櫛枝実乃梨の容姿。紫木一姫を肩車中。
[装備]:櫛枝実乃梨変装セット(とらドラの制服@とらドラ!、カツラ)
     マキビシ(20/20)@甲賀忍法帖、白金の腕輪@バカとテストと召喚獣、二十万ボルトスタンガン@バカとテストと召喚獣、
     フランベルジェ@とある魔術の禁書目録、
[道具]:デイパック ×4、支給品一式 ×6、甲賀弦之介の生首、IMI デザートイーグル44Magnumモデル(残弾7/8+1)、
     SIG SAUER MOSQUITO(9/10)、予備弾倉(SIG SAUER MOSQUITO)×5
     金属バット 、不明支給品1(確認済み。武器ではない?)、自分の着物、陣代高校の制服@フルメタル・パニック!
[思考・状況]
基本:自らを甲賀弦之介と偽り、甲賀弦之介の顔のまま生還する。同時に、弦之介の仇を討つ。
1:紫木一姫と同盟。
2:どこか泥土が用意できる場所で弦之介の顔になる? それとも当面『櫛枝実乃梨』の容姿のままでいる?
3:弦之介の仇に警戒&復讐心。甲賀・伊賀の忍び以外で「弦之介の顔」を見知っている者がいたら要注意。
[備考]
※遺体をデイパックで運べることに気がつきました
※千鳥かなめ、櫛枝実乃梨の声は確実に真似ることが可能です。
※「二十万ボルトスタンガン」の一応の使い方と効果を理解しました。
 しかしバッテリー切れの問題など細かい問題は理解していない可能性があります。

※ガウルン、及び千鳥かなめの荷物を(壊れた鎌と銛撃ち銃、及び、存在に気付かなかったかなめの銃)以外、全て奪いました。


【紫木一姫@戯言シリーズ】
[状態]:健康。如月左衛門に肩車されている。
[装備]:澄百合学園の制服@戯言シリーズ、曲絃糸(大量)&手袋、レーダー@オリジナル?
[道具]:デイパック、支給品一式、シュヴァルツの水鉄砲@キノの旅、ナイフピストル@キノの旅(4/4発) 、
     裁縫用の糸(大量)@現地調達
[思考・状況]
1:如月左衛門と同盟。
2:いーちゃんを生き残りにするため、他の参加者を殺してゆく。
3:SOS団のメンバーに対しては?
4:如月左衛門に裸を見られたことを忘れたわけではない。最後はきっちりその償いを受けさせる。
[備考]
※登場時期はヒトクイマジカル開始直前より。 
※SOS団のメンバーに関して知りました。ただし完全にその情報を信じたわけではありません。
※まだ如月左衛門の素顔と素の声を知りません。その変装術の条件や方法も把握していません。
 ただ漠然と、他人の容姿に成りすますことができるらしい、と判断している状態です。

※如月左衛門と紫木一姫が、温泉を離れた後どこに向かうのかは後続の書き手さんにお任せします。



投下順に読む
前:問答無用のリユニオン 次:CROSS†POINT――(交換点)
時系列順に読む
前:問答無用のリユニオン 次:CROSS†POINT――(交換点)

前:競ってられない三者鼎立? 千鳥かなめ 次:「もーこーなったらやけ食いだぁーー!!」
前:競ってられない三者鼎立? ガウルン 死亡
前:競ってられない三者鼎立? 如月左衛門 次:糸語(意図騙)
前:国語――(酷誤) 紫木一姫 次:糸語(意図騙)



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