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ペルソナヘイズ(上) 少女には向かない職業

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ペルソナヘイズ(上) 少女には向かない職業 ◆LxH6hCs9JU



【プロローグ「山の麓で・b」―Phoenix・b―】


 東へ飛んでいった鳥は、こちらには気付かなかったようです。
 撃ち落とせるような距離でもありませんでしたが、それを見越しての飛行でしょうか。
 それとも、進行方向だけを見ればいい、と余裕でいたのでしょうか。
 それとも、地上の風景に気を配る余裕すらなかったのでしょうか。

 答えは実際に訊いてみないとわかりませんでしたが、キノはこれを見逃すことにしました。
 旅人のスクーター(注・モトラドではない)は、空を飛ぶことができません。
 なので、空を飛ぶ鳥を追うこともできないのです。

「それにしても驚いた……まさか火の鳥とは」

 キノが目撃した鳥は、翼を持っているという意味ではたしかに鳥でした。
 しかし翼を持ってはいたものの、その姿は誰がどう見ても人のそれだったのです。
 さらに翼もただの翼ではありません。遠目からでも「よく燃えている」とわかる、火の翼でした。
 しかも火の翼を持った人は、ロープかなにかで別の人を吊るしながら飛んでいたのです。新手の拷問かもしれません。

「ふむ……」

 零崎人識は神社に人が集まっていると言っていました。
 神社に集まっていた人の中には、火の鳥がいたのです。

「どうしよう。追いかけてみようかな」

 キノは、少し悩みます。
 東へ飛んでいった火の鳥には、たぶん追いつけないでしょう。
 しかし火の鳥がどこで足を止めないとも限りません。
 追いかけてみる価値は、零ではない。

 ……それに、飛んでいく火の鳥がどことなく、『なにかから逃げているように』見えたのも気になります。

 とはいえ、目的地の神社はもう目と鼻の先。
 人識の話を信じるなら、火の鳥と、火の鳥に吊るされていた一人を差し引いても、まだかなりの人数が残っていると考えられます。
 ここで来た道を引き返す、というのも少しもったいない気がしました。
 キノは極めて利己的に、しかし好奇心に揺られながらも、考えます。

「こんなことは、君に相談しても無意味なんだろうけど……どっちに行けばいいと思う?」

 相棒のスクーターは、当然のごとくなにも喋ってはくれませんでした。


【C-2/山の麓/1日目・日中】

【キノ@キノの旅 -the Beautiful World-】
[状態]:健康
[装備]:トルベロ ネオステッド2000x(12/12)@現実、九字兼定@空の境界、スクーター@現実
[道具]:デイパックx1、支給品一式x6人分(食料だけ5人分)、空のデイパックx4
     エンフィールドNo2x(0/6)@現実、12ゲージ弾×70、暗殺用グッズ一式@キノの旅
     礼園のナイフ8本@空の境界、非常手段(ゴルディアン・ノット)@灼眼のシャナ、少女趣味@戯言シリーズ
【思考・状況】
 基本:生き残る為に最後の一人になる。
 1:神社に向かう。交渉か襲撃かは状況しだい。
 2:東に飛んでいった火の鳥にも興味がある。
 3:夜に備えて寝床を探しておく。
 4:エルメスの奴、一応探してあげようかな?
[備考]
 ※参戦時期は不詳ですが、少なくとも五巻以降です。
   8巻の『悪いことができない国』の充電器のことは、知っていたのを忘れたのか、気のせいだったのかは不明です。
 ※「師匠」を赤の他人と勘違いしている他、シズの事を覚えていません。
 ※零崎人識から遭遇した人間についてある程度話を聞きました。程度は後続の書き手におまかせです。


 ◇ ◇ ◇


 シャナ須藤晶穂が神社に到着したのは、正午の直前といった時刻。
 その頃には社務所も散々荒らされた後であり、被害者の骸が死屍累々としていた。

 あれはテレサ・テスタロッサ、あれは島田美波、あれは逢坂大河……と晶穂が説明していく。
 晶穂もここに来る道程で体力尽き果てたのか、程なくして骸の仲間入りを果たした。

 なんだろう、この骸の山は。
 電話で事前連絡を取ったのがほんの十数分前のことだ。
 このわずかな間に何者かの襲撃を受けでもしたのかと、シャナは警戒する。

 板張りの廊下を進んでいくと、畳部屋の前で蹲る白い影があった。
 ゆらり、ゆらりとこちらに顔を向けてくる人物は、どうやら修道女のようだった。
 背丈や外見年齢はシャナとそう大差ない。彼女が例の《禁書目録(インデックス)》だろうか。

「……ごはん」

 インデックスが呟いた。
 シャナは怪訝な顔をする。

「ごはん……!」

 インデックスは、ふらふらな足取りで近づいてくる。
 その緩慢な動きは、出来損ないの“燐子”にも劣る。

「ごー、はー、んー!」

 と思いきや、急に俊敏になり飛びかかってきた。
 シャナは横に二歩分、音もなく移動する。
 インデックスが廊下を滑った。

 べちゃ。ぐきゅるる~…………。

 倒れる音と、空腹を示す腹の音。
 なるほど、これが『抜き差しならない状況』ということか。
 シャナは知り、嘆息した。

「到着されたようでありますな」

 インデックスが動かなくなったのを確認してか、畳部屋の中から給仕服を着た女性が出てきた。
 『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルと、“夢幻の冠帯”ティアマトーである。

「再会、喜ばしく思うのであります」
「来訪歓迎」

 喜色の窺えない顔と、頭の上のヘッドドレスからそれぞれ発せられる声。
 変わらぬ同胞の姿に、シャナは安堵を覚えた。
 毅然と、これに返す。

「うん。ヴィルヘルミナも――」

 “人類最悪”による二回目の放送が流れたのは、その直後のことだった。


 ◇ ◇ ◇


 時刻は、十二時を回った。

 進行役“人類最悪”による二回目の放送も終わり、神社に集った一同は今後の方針を決めるための会議に移る。
 参加者は、ヴィルヘルミナ・カルメル、インデックス、テレサ・テスタロッサ、そしてシャナの四名。
 他三名――逢坂大河、島田美波、須藤晶穂はこの会議に出席するのは困難と考えられ、休息を命じられた。

「では、まず“人類最悪”の放送について、その真偽の程を検証してみたいと思うのであります」
「会議開始」

 会議の進行を務めるのは、この場で最も年長であると言える『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。
 そして彼女と契約せし“紅世の王”、“夢幻の冠帯”ティアマトーだった。

「今回の放送……というとやはり、『黒い壁』についての真偽ですよね」
「あれは壁じゃない。“人類最悪”はそんなことを言っていたんだよ」

 先刻、実際に『黒い壁』に触れてきたテレサ・テスタロッサと、インデックスが発言する。
 二人の手にはレトルトのカレー――電子レンジで温められるタイプ――があった。
 この会議は、昼食も兼ねている。……ちなみに、インデックスはこれで三杯目だった。

「《空白(ブランク)》――あいつはそう言っていた」
「《落丁(ロストスペース)》、とも言っていたな。自在法や魔術に関する名称ではないようだが……」

 真剣な顔つきでメロンパンの外側、『カリカリモフモフ』の『カリカリ』の部分を味わうのは、シャナ。
 真名を“炎髪灼眼の討ち手”とする少女であり、彼女と契約せし“紅世の王”は、“天壌の劫火”アラストールである。

「なにかしらの専門用語なのか、それとも比喩を用いた造語なのか、そのへんは判然としないんだよ」
「あの“人類最悪”という人自体、いまいち人間性が読めないんですよね。彼の知り合いでもいれば、考えようもあるんですが……」
「様々な《物語》を確認したものの、“人類最悪”の関係者と言える人物は未だ確認できていないのであります」
「詳細不明」
「この地に集った六十名の中に、あやつを知る者がいるとも限らん。あてにするだけ徒労というものであろう」
「そもそも、あいつの発言には信憑性がまるでない。発言内容の意図も不鮮明だし、悩むだけ向こうの思う壺なのかも」

 社務所の畳部屋。卓袱台を、四人にして六人の少女たちが囲いながら、意見を交わし合う。
 それぞれの手元には、晶穂が山の麓のスーパーから調達した、簡単な昼食が置かれている。
 インデックスとテッサの前にはレトルトのカレーが、シャナの手にはメロンパンが。
 そしてヴィルヘルミナの前には、彼女に支給されたものとは別の種類のカップ麺が置かれていた。
 割り箸でちゅるるん、と麺を啜りつつ、ヴィルヘルミナは言う。

「“人類最悪”の人間性についてはともかくとして、『黒い壁』の調査結果について聞きたいのであります」
「報告要請」

 ヴィルヘルミナがつけるヘッドドレス、神器“ペルソナ”より、ティアマトーの声が発せられる。
 その矛先は、『黒い壁』の実地調査から帰ってきたばかりのインデックスとテレサ・テスタロッサに。

「まず、あれが壁じゃないっていう発言には私たちも同意するんだよ」
「私とインデックスさんはあの『黒い壁』に触れ、さらにその奥にも踏み込んでみました」
「奥? あの聳え立つ『黒い壁』を超えたというのか」

 シャナの首から下げられたペンダント、神器“コキュートス”より、アラストールの声が上がる。

「超えたのではなく、入った、ですかね。インデックスさんによれば、結界魔術や封絶に類するもの……とのことですけれど」
「うん。あれは壁っていうよりは境界線っていったほうが近いと思うんだよ」
「境界線……でありますか。どうやら、我々は“人類最悪”の言うとおり『黒い壁』に対しての認識を誤っていたようでありますな」

 インデックスとテッサから、『黒い壁』と『消失したエリア』についての報告が為される。
 今まで『黒い壁』と認識していた黒い境界線――《空白(ブランク)》の実態と、それを超えた先の世界。
 実際に踏み込んでみてのの感想と考察に、フレイムヘイズである二者の考えを加味し、さらに練る。

「“人類最悪”は、ここが『切り取られた世界』だと言っていた。それこそ信じがたい話だけど……」
「……『隔てられた』というわけではないのなら、確かに『切り取られた』という表現こそ適切なのかもしれん」
「つまりこの世界は、封絶のような隔離・隠蔽された空間ではなく、外界から『隔離・分断された』空間である……と?」
「荒唐無稽」

 そのような自在法は見たことも聞いたこともない、と唸る“紅世”の者たち。
 インデックスはペットボトル飲料に口をつけながら言う。

「となると、必要になってくるのは術者や装置を探すことじゃなく、分断された世界を修繕する方法を探すことなのかも」
「時間経過によるエリアの消失も、世界が埋められていくというよりは、そのまま消されていくという意味合いなのでしょうか」
「思い起こしてみれば、“人類最悪”が最初に言っていたとおりの真相ではある……が」
「あの正体不明の男の言うことが、全部本当のことだとは限らない」
「そこなのであります。“人類最悪”の言は、言ってしまえば助言のようなもの。語る意図が不明なのであります」
「信憑性皆無」
「……こうやって私たちに深読みさせるため、とは考えられないでしょうか?」
「虚偽の情報を与えて、私たちを撹乱しようとしているってこと?」
「そこはやはり、“人類最悪”の人間性が知れねばなんとも言えん。が、大いにありうる可能性だ」
「開始時の説明と二度に渡る放送、その際の言動から漂う印象は、まさしく“凶界卵”がごときでありました」
「印象最悪」
「う~ん……たしかに、“人類最悪”の言動に流され揺られ、っていうのは望ましくないよね」

 “人類最悪”の発言を考察の材料に加えるには、圧倒的に“人類最悪”という男への理解が不足している。
 だが、例の境界線が壁ではないという情報に関しては信用できる。
 しかしそれとて、インデックスのような実際に『黒い壁』を調べた者の存在を見越してのブラフとも取れるわけで、結局のところ真偽は不明だった。

「具体的な方策は未だ掴めず……というところでありますか」
「情報不足」

 この件に関しては、保留にせざるを得ない。
 天体観測や、世界の中心と考えられる警察署の調査で、また得られる情報もあるだろう。

「考えるべき事柄は、他にも多々あるのであります。一つの事柄にばかりこだわるのも、愚策というものでありましょう」
「議題変更」
「涼宮ハルヒなる少女、討滅されたはずの“狩人”、それに加えて“死んだはずの人間”もいたとのことだが」
「はい。名前はガウルン、御坂さんを襲った男です。……もっとも、彼の名前も先程呼ばれてしまいましたけど」
キョンが言ってた話を信じるなら、“狩人”フリアグネもそのガウルンって奴も、時間跳躍によって蘇生したのかもしれない」
「世界を切り取ってみたり、時間を跳んでみたり、やっぱり魔術でも自在法でも説明がつかないんだよ……」

 この催しに招集された六十名の人物。その人選や素性など、探りを入れていけばキリがない。
 頭脳労働を続ける四人は必然、栄養分の摂取も進み……程なくして全員が満腹を実感した。

「とりあえずは、インデックスとテレサ・テスタロッサ、両名の提案を実行に移してみるべきでありましょう」
「各班編成」

 今やれることといえば、インデックスたちの考察に従い『天体観測判』と『D-3調査班』を編成することくらいだ。

「天体観測には私とテッサが行くんだよ。できれば、ヴィルヘルミナかシャナにもついてきてもらいたいんだけど」
「自在法に関する知識は、私たちは持ち合わせていませんからね。できるだけ多くの視点が欲しいです」
「同行は構わないのであります。【D-3】エリアの実地調査については、御坂美琴とキョンの帰還を待ったほうが堅実でありましょう」
「安全策」
「入れ違いを回避するためだな。上手くいけば、坂井悠二水前寺邦博との連絡も取れるはずだが」
「っ……」

 アラストールの発言に、シャナがなにかを言いかけて、やめた。

「――その、坂井悠二のことでありますが」

 続くヴィルヘルミナの言に、思わずシャナは、視線を逸らしてしまう。

「インデックスとはまた別の方面で、“人類最悪”がこの地にいると、そう推理したようでありますな?」
「うむ。あやつと行動を共にしたキョンの話によれば、そのようなことを言っていたそうだが……」
「その推論、根拠のほどはどうなのでありましょう?」
「人づてに聞いた推論ゆえ、そこまではわからん。あやつのこと、根拠がないとも思えんが――」

 ふと、そこでアラストールが言葉を途切らせる。
 気持ち険しくなった、ヴィルヘルミナの表情を鑑みてのことだった。

「……改めて、今後の行動を整理するのであります」
「方針決定」
「【D-3】エリアの調査は、御坂美琴とキョンが帰還してから再検討するのであります。
 天体観測は、インデックスとテレサ・テスタロッサを主体とした班を編成し、午後六時を目処に出発。
 他の班員については、ここにいない三名の都合も窺ってみてから見当するのであります。
 それまでは基本、待機に徹するべきでありましょう。上条当麻捜索の件に関しても、人員が揃ってから。
 そして、二人は来たる観測に備え、仮眠を取ることを推奨するのであります」
「疲労回復」
「たしかに、天体観測をするとしたら夜通しになるだろうからね。途中で居眠りなんてできないし」
「では、お言葉に甘えて……でも、他のみなさんは大丈夫なんですか?」
「疲労を訴える者が他にもいれば、この機に休ませるであります。我々については、心配無用」
「睡眠不要」

 神社の社務所には、寝床もある。山奥ゆえ襲撃者の危険性も低く、休息を取るにはもってこいの場所と言えた。

「それじゃあ、私とテッサは一眠りさせてもらうね。テッサ、布団敷こう」
「はい。すいませんヴィルヘルミナさん、後のこと、お願いしますね」
「任されたのであります」
「委細承知」

 布団が置いてある別の部屋に移動するべく、インデックスとテッサが退室する。
 残されたのは、二人のフレイムヘイズ。そして二人の“紅世の王”。
 しばらくぶりの再会を喜び合うでもなく、討滅者たちは厳格に向かい合う。

「……さて」

 ヴィルヘルミナが口火を切ろうとして、

「須藤晶穂たちの様子を見てくる」

 しかし遮るように、シャナがその場から立ち上がった。
 ヴィルヘルミナには一瞥もくれず、部屋を出る。
 足早に、まるで言及から逃れるように。

「……」

 ヴィルヘルミナは、少女の小さな背中をただじっと見送った。


【C-2/神社/一日目・日中】


【インデックス@とある魔術の禁書目録】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック、支給品一式、カップラーメン(x1)@現実
     試召戦争のルール覚え書き@バカとテストと召喚獣、缶詰多数@現地調達、不明支給品x0-1
[思考・状況]
 基本:みんなと協力して事態を解決する。
 1:六時まで仮眠を取る。
 2:起床後、テッサと共に天体観測に赴く。他のメンバーに関してはヴィルヘルミナに一任。
 3:とうまの右手ならあの『黒い壁』を消せるかも? とうまってば私を放ってどこにいるのかな?
[備考]
 『消失したエリア』を作り出している術者、もしくは装置は、この会場内にいると考えています。


【テレサ・テスタロッサ@フルメタル・パニック!】
[状態]:健康
[装備]:S&W M500(残弾数5/5)
[道具]:デイパック、支給品一式、予備弾x15、不明支給品x0-1
[思考・状況]
 基本:皆と協力し合いこの事態を解決する。
 1:六時まで仮眠を取る。
 2:起床後、インデックスと共に天体観測に赴く。他のメンバーに関してはヴィルヘルミナに一任。
 3:メリッサ・マオの仇は討つ。直接の殺害者と主催者(?)、その双方にそれ相応の報いを受けさせる。
[備考]
 『消失したエリア』を作り出している術者、もしくは装置は、この会場内にいると考えています。


 ◇ ◇ ◇


 社務所から少し離れた山林に、蹲る影が一つあった。
 上下のジャージ姿に、ポニーテールの髪型が印象的な少女は、島田美波。
 彼女は痩せっぽちの木を背に、息を殺すようにして佇んでいた。

「えと……島田さん?」

 膝を抱えて座る美波に、高い位置から声を落としたのは、須藤晶穂。
 手にはレトルトのお弁当と、ペットボトルのお茶を持っていた。

「お昼、持ってきたの。出来合いのお弁当や惣菜は賞味期限とか危なそうだったから、とりあえずレトルトだけど」
「……うん」

 美波はゆっくりと頷いて、お弁当とお茶を受け取る。
 晶穂も美波の隣に腰を下ろした。

「……須藤さんは? 食べないの?」
「あ、ええと、あたしはもう先にいただいたから」

 素っ気ない受け答えで、会話終了。
 しばらく、無言。
 やがて美波は小さな動作で割り箸を割り、お弁当に手をつける。

 パク。モグ、モグ、モグ……ごくん。

 咀嚼と嚥下の音だけが、淡々と紡がれていった。
 晶穂は途中、何度か口を開いてはすぐに閉じ、しかし発言には踏みきれていない。
 本人、なにを喋ればいいのかわからないのだろう。
 どんな言葉をかければいいのか、わからない――とも言えるかもしれない。

(……だよね。逆の立場だったらたぶん、ウチもなにも言えないもん)

 須藤晶穂という少女について、美波は詳しいわけではない。
 ただ、傷心中の仲間に食事を届けるくらいの優しさは持っている子だ。
 今だって、励ましの言葉を模索している最中なのだろう。
 美波のことが放っておけないから、晶穂は隣に座っている。

(わかってるよ。心配かけてごめん。でも……)

 そんなに晶穂に、気を配ってあげられる余裕はない。
 とてもじゃないが、余裕なんてなかった。
 余裕が、欲しかった。

(ごはんって、こんなに美味しくなかったっけ……)

 口に運ぶ白米が、酷く味気ない。
 レトルトだから、なんて理由ではきっとない。

 お昼休みに食べるお弁当は、もっと美味しかったはずなのに。
 みんなで食べるごはんは、もっともっと美味しかったはずなのに――。

「……ぇぐっ」

 溢れて流れて、とっくに枯れ果てたと思っていた涙が、また出てきた。
 十二時を回ってから、美波は泣いてばかりだった。

 お昼は、悲しみの時間。
 お昼は、お別れの時間。


 ◇ ◇ ◇


 こんなときなにを言えばいいのか、須藤晶穂には答えが見つけられなかった。
 思えば六時間前、逢坂大河も今の島田美波と同じような状態に陥ってしまっていた。
 そのときは美波とヴィルヘルミナに押し付けるような形になってしまって、晶穂は結局、大河になにも言えていない。
 自身、大河に励まされた身だというのに。

(ここぞっていうときは、ホント駄目なんだなぁ……あたし)

 浅羽を止めることもできなかった、水前寺についていくこともできなかった、中途半端な自分。
 大河を励ますこともできなかった、美波を慰めることすらも満足にできない、駄目な須藤晶穂。

 所詮は他人だから、共感なんて実際にはできていないものだから、だからだから、そんなことばかり考えてしまう。
 事実、浅羽直之は――晶穂が好きと想える男の子は、方向性こそ危ういがまだ生きているのだ。
 大河や美波とは、違う。だから、自分なんかがかけていい言葉はないんじゃないか、と。そんな風に思えてしまう。

 先の放送では、美波の友達が三人も呼ばれてしまった。
 木下秀吉土屋康太。どちらも名簿には載っていなかった、まさかいるとは思っていなかった人物である。
 それだけに、衝撃の度合いも大きい。買っていない宝くじの当選を聞かされるような、しかし訪れるのは真逆の落胆だ。

 でも、そんな衝撃は所詮と呼べるほど些細なもので。
 美波にとって重大で深刻で一大事だったのは、たった一つのシンプルな訃報。

 吉井明久が――彼女の好きだった男の子の名前が、呼ばれてしまったことが。

 美波自身が、吉井明久のことを好きだと告白したわけではない。
 告白したわけではないが、晶穂には美波の反応を見るだけでわかってしまう。
 女の子の恋する姿に、中学生と高校生の差はそれほどなかったのだ。

 吉井明久の死。
 それが美波にとってはなによりもショックで、重い。
 彼女を糸で縛り上げた零崎が死んだとか、そんなことよりもずっとずっと、重かった。

(あのときは、どうしたっけ……)

 半生を振り返ってみると――似たような経験が、ないわけではなかった。
 親友の、島村清美だ。
 彼女は以前、十兵衛という名の愛犬を失い、塞ぎ込んでいたことがある。
 犬と人間の違いこそあれど、清美にとって十兵衛はかけがえのない家族であり、大切な存在だった。
 晶穂は、喪失感に縛られる清美に、親友としてなにをしてやれただろう。
 聞き上手に徹していた記憶くらいしか、なかった。

 思い出してみれば、あれが浅羽を意識し始めるようになったきっかけだったような気もする。
 家族の死で傷心していた清美、そんな事情も知らずに清美を叱りつけた担任教師――に、浅羽は一人、食ってかかっていった。
 初めは、それだけ。本当に、きっかけなんて言っておきながら、はじまりはその程度のことなんだったと、

(……って、違う。なんであたし、ここで浅羽のことなんか)

 今はそれよりも美波のことだろう、と晶穂は首を振る。
 と同時に、嫌気が差してくる。
 隣の仲間よりも、遠くの『ばか』のことを考えている自分に。
 もし、自分が美波と同じ境遇に陥ったら――なんて。
 そんなことばかりを考えてしまうから、晶穂は美波になにも言えない。

「ごめんね、須藤さん」

 晶穂がいつまでも黙っていると、美波のほうから声をかけてきた。
 驚いて横に目をやると、弁当箱が空っぽになっているのが見えた。
 美波はペットボトルのお茶を口に含んで、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ウチ……今、頭の中、すっごい……しっちゃかめっちゃかで……整理できてない、感じだから……」

 聞いて三秒も経たない内に、晶穂の胸は罪悪感でいっぱいになった。
 自分はなんでここにいるんだろう。自分は本当に美波の回復を願ってなどいるのだろうか。
 ただ哀れみの念を自己満足に昇華させたいだけではないか。明日は我が身を自覚したいだけではないか。

「……みんなにも、迷惑かけちゃってるって……わかる……わかるんだけど、さぁ……」

 美波は泣いていた。
 涙で顔をぐちゃぐちゃにして、なのにそれを隠そうともしない。
 泣き顔を晶穂に晒して、むき出しの状態で詫び続ける。悪くなんか、ないのに。

「アキが……いなくなっちゃったんだって……そんな風に考えること、でぎ、できなくって」

 清美だって、こんな深刻な風にはなっていなかった。
 この美波を前にしては、どんな言葉だって建前になってしまう気がした。
 事実、晶穂は美波に共感し――共感しているからこそ、上手い言葉が思いつけないでいる。

「……ごめんね。本当に……ウチ……ごめん……ごめん……」

 せめて、謝んなくていい、くらいのことは言えなかったのだろうか。
 美波のことよりも、浅ましい自分にばかり目がいってしまう。
 この場にいるのが、別の人間だったらよかったのに――

「あっ……逢坂さん」
「え」

 ――美波の声につられて、晶穂は顔を上げる。
 木の根に腰を下ろす二人の前に、いつの間にか逢坂大河が立っていた。
 座った状態からでも小さいと実感できる姿、長さの足りない片腕は、異様なほど存在感を引き立たせる。

「美波……」

 ゆらり、と大河の身体が左に揺れた。
 と思えば、またゆらり、と大河の身体が右に揺れる。
 ゆらり、ゆらり、とヤジロベエのように揺られ揺られる大河。
 晶穂と美波が呆然とする中、大河はおもむろに、

「でぇーい!」

 美波の脳天へ、左手のチョップを叩き込んだ。

「なっ、だっ……!? えっ、なに? なんなの?」
「ちょ、大河さん! いきなりなにするんですか!?」
「……うるさーい! シャキッとしろぉ――――っっっっ!」

 ビシッ、とまた美波の頭部を襲う大河の手刀。

「シャキッと、しろぉ――――――――――――――――っっっっ!!」

 山林に住まう虫を追い払わん声量で、大河は叫ぶ。
 ビシッ、ビシッ、と何度も何度も、美波にチョップ攻撃をしながら。

「いだっ、いだっ!? 痛いって!」
「待った! ストップ! やめ……やめなさいって!」

 本気で痛がっている風な美波に見かねて、晶穂が止めに入る。
 大河の左手を掴むと、暴れる彼女の身体を強引に押さえ込んだ。
 だが、がむしゃらの限りを尽くす手乗りタイガーの制御が、一人でままなるはずもない。
 晶穂の身はすぐに振り払われて、その場に尻餅をついてしまう。

「きゃっ!」

 臀部に覚える鈍痛。下は土といえど、それなりに痛い。
 頭を押さえる美波、お尻を摩る晶穂、二人を交互に見ながら、大河が言う。

「……手、痛い」

 散々美波の頭を叩いた左手を、握ったり開いたりしていた。
 支離滅裂な言動に、晶穂は呆然とする。
 この人はなにがしたいんだろう、という念が瞳に宿った。

「手、痛いけど……うん。これでいい。これでいいや、やっぱり」
「あのう……大河さん? 急に現れて、なにをいきなり……」
「……なんかさ、疲れちゃった。自分が落ち込むのも、落ち込むのを見るのも」

 大河は問うた晶穂ではなく、美波のほうを見て続けた。

「だからさ、もうやめとこうよ。疲れるだけだって。ばかみたいだもん」
「ばかみたい……って」
「わかるよ。よぉぉぉぉぉ……………………く、わかるよ。私だって、おんなじだし」
「…………」
「竜児が死んじゃって、北村くんも死んじゃって、その上みのりんまで死んじゃった」
「…………」
「でもさ……結局、おんなじなんだよ。変わんないんだって。私、わかっちゃった」

 沈黙する美波に構わず、嬉々とした口ぶりで大河は語る。
 その様子は達観しているというよりも、一種の悟りを開いたようでもあった。

 晶穂にはもちろん、大河がなにを言いたいかなんてわからない。
 なにがおんなじなのか、なにが変わらないのか、まるで見当がつかなかった。

「……なによ、それ。なんなのそれ。ウチ、意味わかんない……」
「だからよ。だからわかんない。というわけで、シャッキと、しろぉ――――っっ!!」

 左腕を高々と掲げる大河。そのまま、稲妻の勢いで手刀を下ろす。
 動作から予期していた美波は、これを片腕で弾いた。

「おおう!?」

 美波の防御を予想していなかったのか、大河が驚嘆の声を上げる。
 一旦止まり、矢継ぎ早にチョップしようとはしなかった。

「意味わかんないし……それ、痛いんだって! やめなさいよね!」
「う……うるさーい! つべこべ言うな――――っ!」
「つべこべ言うってーの! だから……この……やめ、やめーい!」

 乱暴に左腕を振り回す大河に、美波はやられるがままではいない。
 大河の左腕を掴んで止めようと両手を駆使し、四苦八苦。
 ケンカともじゃれ合いともつかない奇妙な光景が、晶穂の目に映った。

 美波は、友達の吉井明久を亡くした。
 大河も、親友の櫛枝実乃梨を亡くした。

 なのに、どうしてこの二人は言い合いを繰り広げているのだろう。
 境遇も同じで、背負う悲しみもまったく同じはずなのに、どうして。
 浅羽の生存を噛み締めている自分にはわからないのだろうか――と、これは自虐。

「…………」

 口出しの権利すら、ないような気がしてしまう。
 じゃれ合いは徐々にエスカレートしていって、完全にケンカになった。
 それぞれの腕が相手の顔にぶつかったり胸にぶつかったり、押したり倒したり。
 それでも、晶穂は止めに入らなかった。やめろとも言わなかった。二人の声を聞くばかりだった。
 と、

「……え? あれ?」

 少女たちの喚き声が、ぎゃーぎゃーと響く山林。
 その奥から、また別の騒音が聞こえてくる。
 真っ先に気づいた晶穂は、それを二人に告げるでもなく……しばらく傍観していた。


 ◇ ◇ ◇


 社務所から出て、山林をしばらく歩く。
 晶穂たちの様子を見てくる、などというのは建前。
 実際には一人で、正確にはヴィルヘルミナのいない場所で、考え事がしたかっただけ。
 今後をどう歩むか――それについての思案を、シャナは歩きながらに行う。

(……一美が死んじゃって、悠二はどう思ったんだろう)

 胸に去来するのはやはり、坂井悠二に関する疑問だった。

(キョンの話の中の悠二は、平静を保っているように思えた。でも……本当のところはどうなんだろう)

 親友であり恋敵でもある吉田一美が死んだのは、もう何時間も前のことである。
 訪れた喪失感は多大な、しかしフレイムヘイズの身の上としては重く受け止めるわけにもいかない、人間の少女の死。
 死んでしまったからといって、忘却してしまったわけではない。吉田一美は“紅世の徒”に喰らわれ、存在が消えたわけでもない。

 シャナの記憶にも、そしてもちろん悠二の記憶にも、彼女の顔は焼きついている。
 問題は、それにいつまで囚われるているか――ということ。

 悠二は、この『切り離された世界』内での“人類最悪”捜索を訴えたらしい。
 まったくの当てずっぽうとも思えず、シャナにはだからこそ、彼の本意が読めなかった。
 はたして悠二は、吉田一美の死をどう捉えた上で、そんな可能性を導き出したのか。

「シャナ」
「なに、アラストール」
「今後のことについて、既に案があるのではないか?」
「うん」

 アラストールにはやはりわかってしまうようで、的確にシャナの思案を暴いてきた。
 契約の主たる“紅世の王”、“天壌の劫火”アラストールは、彼女の父のような存在だ。
 悠二に関しての秘め事も、だいぶ相談できるようになってきた。
 アラストールになら、打ち明けても問題はないだろう。
 と、シャナが口を開きかけて、

「――ならばその案とやら、我らにもぜひお聞かせ願いたいのであります」
「拝聴」

 背後より、凛とした声が突き刺さった。
 冷静さが滲み出る気配に、シャナは立ち止まって振り向き、対面する。
 エプロンドレスに身を包んだ仏頂面の女性――『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルと。

「ヴィルヘルミナ……」
「吉田一美嬢や、櫛枝実乃梨の喪失に沈み塞ぎ込んでいた……というわけではないようでありますな」

 “人類最悪”も口にしていた名に、シャナの身が一瞬だけ強張る。
 しかし毅然と、ヴィルヘルミナが抱えていたらしい心配を否定するように、言い放った。

「ヴィルヘルミナ。私、悠二を追う」
「……!」

 今度は、ヴィルヘルミナの顔が強張った。
 口の端が微かに締まり、目尻の皺が少し寄った程度の些細な変化だが、シャナにはそれが感じ取れる。
 この選択をヴィルヘルミナが快く思わないだろうことも、予想できていた。

「……その意図は?」
「悠二が掴んだ情報、あるいはそれに類するもの」
「例の“人類最悪”の件でありますな」

 頭ごなしに叱られることも覚悟していたが、ヴィルヘルミナは口調穏やかに返してくる。
 “人類最悪”がこの地に潜伏しているという可能性を説いた坂井悠二、彼との早期合流を果たす。
 これは利害を重んじたとしても、相当に意義を持つ方針であるはずだ。

「坂井悠二は妙に聡いところがある。“人類最悪”のことに関して、我々では気づけぬ事柄に気づいたのかもしれん」
「……随分と高評価を下すのでありますな、“天壌の劫火”。たかが“ミステス”の少年ごときに」
「そういう言い方は、やめて」

 “ミステス”の少年。
 それが、出会いから今日まで変わらぬ、坂井悠二に対してのヴィルヘルミナの評。
 鍛錬や実戦を経て、多少は評価も向上しているだろうが、もっと単純に――ヴィルヘルミナは悠二に対して厳しいところがある。

「実績を踏まえての評価、そしてだからこその同意だ、『万条の仕手』。我もこの子の判断は正しいと考える」
「坂井悠二の行方に関して、正確な居場所は掴めているのでありますか?」
「それはまだ。けど、方角くらいはわかってる。単独で飛べば、合流の可能性は十分」
「方角からいって、“狩人”との接触も考えられる。連携を保つことも大切だが、我々が出向く意義は大きかろう」
「悠二と一緒にいるはずの水前寺邦博も、上手くいけば連れて帰ってこれるしね」

 シャナとアラストールは、ヴィルヘルミナの説得を続けた。

「なるほど」
「残念至極」

 ヴィルヘルミナとティアマトーは、シャナの説得にこう答えた。
 そして、

「単独行動に徹するつもりはない。御坂美琴とキョンの動向も気になるし……ヴィルヘルミナ?」

 手を、

「む。いったいなにを――」

 ヘッドドレスに添え、

「ティアマトー、神器“ペルソナ”を」

 真下に払った。

「承知」

 ヴィルヘルミナの合図にティアマトーが答え――次の瞬間。
 ヘッドドレス型の神器“ペルソナ”が、無数の糸となって解けた。


 ◇ ◇ ◇



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