Humpty Dumpty had a great fall.◆CFbj666Xrw
「う……な、何…………?」
ククリは恐る恐る目を開ける。
目の前には犬の耳を生やした少年の姿。ククリはどこか知らない家のソファに寝かされていた。
少年の額からは血が流れていた。
「お、目覚めたみたいやな。良かった、こっちは無事か」
「え、血? だ、だいじょうぶ!? えーっと……」
「そういや名乗ってへんかったな。小太郎や。俺は犬上小太郎や」
小太郎はそう言ってニッと笑ってみせる。
「俺は大丈夫や。この位の怪我は慣れとる」
それから小さく溜息。
「ま、あっちはヤバイ事になってもうたけどな。仇かもしれへん奴やけど、間に合わんかったのは失敗や」
「え……か、金糸雀ちゃん!」
ククリは向かいのソファーに、金糸雀が寝かされている事に気が付いた。
露出している右手は最初から動かせた様子が無く、強張ったままの左手は未だ奇妙な大剣を握り締めている。
その両足は膝から下が――砕け散っていた。
「ギリギリやったからな、二人助けるんやとあれが精一杯や。
それにあの赤ん坊……ひまわりいうたな。あいつとあいつを抱いてた奴ともはぐれてもうた」
「リルルちゃんが!?」
血相を変えて慌てるククリを小太郎が宥める。
「大丈夫や安心せえ、ギリギリで逃げるのは見た。もう一人の奴もな。
それに俺も、こんな状況で赤ん坊ほっとけるわけがあらへん」
「犬上くん……?」
「犬上くんか、なんかむず痒いな」
小太郎は頭を掻いた。
たまたま名字で呼んだのはククリが和名に慣れない為だ。ひまわりの場合は名字にある兄と区別が必要だった。
のび太に至っては最初からのび太としか聞いてない。
どちらで呼んでもおかしくなかったとても些細な理由だが、小太郎には少しだけくすぐったく思えた。
屈み込んでククリを見ていた小太郎は、しゃんと背を伸ばして立ち上がる。
「ま、俺が捜してきたる。トリエラって奴もな。その金糸雀って人形とトリエラには聞きたい話が有るんや」
「あ、ありがとう。でも……」
「良いんや、俺も用が有るんやから。あ、そうやおまえなんて名前やった? あと変な仮面の奴も」
ククリは素直に答える
「ククリだよ。仮面の子は、わたしも名前聞いてないの。でも、本当に一人でだいじょうぶなの?」
「大丈夫や。ええからおまえは隠れとけ」
そう言うと小太郎はククリに背を向けた。
……最後に見えた背中は、べったりと血に染まっていた。
「犬上くん!?」
ククリが慌てた時、小太郎はもう家から飛び出していた。
ククリは恐る恐る目を開ける。
目の前には犬の耳を生やした少年の姿。ククリはどこか知らない家のソファに寝かされていた。
少年の額からは血が流れていた。
「お、目覚めたみたいやな。良かった、こっちは無事か」
「え、血? だ、だいじょうぶ!? えーっと……」
「そういや名乗ってへんかったな。小太郎や。俺は犬上小太郎や」
小太郎はそう言ってニッと笑ってみせる。
「俺は大丈夫や。この位の怪我は慣れとる」
それから小さく溜息。
「ま、あっちはヤバイ事になってもうたけどな。仇かもしれへん奴やけど、間に合わんかったのは失敗や」
「え……か、金糸雀ちゃん!」
ククリは向かいのソファーに、金糸雀が寝かされている事に気が付いた。
露出している右手は最初から動かせた様子が無く、強張ったままの左手は未だ奇妙な大剣を握り締めている。
その両足は膝から下が――砕け散っていた。
「ギリギリやったからな、二人助けるんやとあれが精一杯や。
それにあの赤ん坊……ひまわりいうたな。あいつとあいつを抱いてた奴ともはぐれてもうた」
「リルルちゃんが!?」
血相を変えて慌てるククリを小太郎が宥める。
「大丈夫や安心せえ、ギリギリで逃げるのは見た。もう一人の奴もな。
それに俺も、こんな状況で赤ん坊ほっとけるわけがあらへん」
「犬上くん……?」
「犬上くんか、なんかむず痒いな」
小太郎は頭を掻いた。
たまたま名字で呼んだのはククリが和名に慣れない為だ。ひまわりの場合は名字にある兄と区別が必要だった。
のび太に至っては最初からのび太としか聞いてない。
どちらで呼んでもおかしくなかったとても些細な理由だが、小太郎には少しだけくすぐったく思えた。
屈み込んでククリを見ていた小太郎は、しゃんと背を伸ばして立ち上がる。
「ま、俺が捜してきたる。トリエラって奴もな。その金糸雀って人形とトリエラには聞きたい話が有るんや」
「あ、ありがとう。でも……」
「良いんや、俺も用が有るんやから。あ、そうやおまえなんて名前やった? あと変な仮面の奴も」
ククリは素直に答える
「ククリだよ。仮面の子は、わたしも名前聞いてないの。でも、本当に一人でだいじょうぶなの?」
「大丈夫や。ええからおまえは隠れとけ」
そう言うと小太郎はククリに背を向けた。
……最後に見えた背中は、べったりと血に染まっていた。
「犬上くん!?」
ククリが慌てた時、小太郎はもう家から飛び出していた。
* * *
金糸雀はククリのその叫びで目が覚めた。
周囲を見回し状況を確認する。どうやらまだ生きてはいるらしい。
あんな戦闘で意識を失ってしまったのに奇跡と言って良いほどだ。
(ラ、ラッキーなのかしらー?)
最初はそう思い、立ち上がろうとして。
……両足が砕けている事に気が付いた。
周囲を見回し状況を確認する。どうやらまだ生きてはいるらしい。
あんな戦闘で意識を失ってしまったのに奇跡と言って良いほどだ。
(ラ、ラッキーなのかしらー?)
最初はそう思い、立ち上がろうとして。
……両足が砕けている事に気が付いた。
一瞬で思考が絶望に塗り潰された。
実のところこれは、戦闘面などの現実問題において致命的というわけではない。
ローゼンメイデンはこの島に置いても空を飛べるからだ。
金糸雀は知る由もないが、例えば翠星石などはこの飛行能力でイリヤを湖底に引きずり込んでいた。
単に地上を歩くのを好むだけで単身でも空を飛べる。
更に、固く強張った金糸雀の左手にはダイレクが握られたままだ。ダイレクに乗れば力も使わず空を飛べる。
だがローゼンメイデンにとって体の欠損は、人のそれ以上に大きな喪失である。
(どうしてかしら。もう諦めていたはずなのに……こんなにまで悲しいなんて)
既に右腕を失った。人も殺してしまった。
人殺しのジャンク。
永遠の少女アリスになんてなれるはずもない。
だから雛苺でも蒼星石でも良いから、この島に居ない水銀燈でも良いからローザミスティカを託したかった。
もう自分はアリスになる事なんてできないから、せめて姉妹の誰かがアリスに至ってほしい。
それが金糸雀の抱いた最後の夢だ。
そのはずなのに、いつしか金糸雀の目からは涙が零れていた。
(カナは欲張りなのかしら)
実のところこれは、戦闘面などの現実問題において致命的というわけではない。
ローゼンメイデンはこの島に置いても空を飛べるからだ。
金糸雀は知る由もないが、例えば翠星石などはこの飛行能力でイリヤを湖底に引きずり込んでいた。
単に地上を歩くのを好むだけで単身でも空を飛べる。
更に、固く強張った金糸雀の左手にはダイレクが握られたままだ。ダイレクに乗れば力も使わず空を飛べる。
だがローゼンメイデンにとって体の欠損は、人のそれ以上に大きな喪失である。
(どうしてかしら。もう諦めていたはずなのに……こんなにまで悲しいなんて)
既に右腕を失った。人も殺してしまった。
人殺しのジャンク。
永遠の少女アリスになんてなれるはずもない。
だから雛苺でも蒼星石でも良いから、この島に居ない水銀燈でも良いからローザミスティカを託したかった。
もう自分はアリスになる事なんてできないから、せめて姉妹の誰かがアリスに至ってほしい。
それが金糸雀の抱いた最後の夢だ。
そのはずなのに、いつしか金糸雀の目からは涙が零れていた。
(カナは欲張りなのかしら)
――金糸雀の視界の端で、ククリはふと気付いて電話機に駆け寄った。
ここからならきっと電話が通じるはずだ。トリエラに電話できるはずだ。
ここからならきっと電話が通じるはずだ。トリエラに電話できるはずだ。
金糸雀はふと思い出した。
確か最初の会場で、ジェダがご褒美というものについて語っていなかっただろうか?
ふとっちょの男の子が提案して設定された、3人を殺す度に与えられるご褒美だ。
その中に確か『怪我の治療』という物が有ったはずだ。
加えて金糸雀は既に三人を、殺しているかもしれない。
少し前に城で殺した二人の少女は確実に。
そして夕方の森で、よく判らない巨大な岩が不可思議な爆発を起こした時に。
あれで死んだ者が金糸雀の殺害数に入っているかは判らないし、誰かが死んだかも判らない。
金糸雀はプレセアの名前を知らない。
そもそもドールの傷を、それも失われた部位まで治してもらえるのかも判らない。
それでももしかしたらと思い、駄目元で首輪に向けて呟いてみた。
…………“ご褒美をちょうだい”
確か最初の会場で、ジェダがご褒美というものについて語っていなかっただろうか?
ふとっちょの男の子が提案して設定された、3人を殺す度に与えられるご褒美だ。
その中に確か『怪我の治療』という物が有ったはずだ。
加えて金糸雀は既に三人を、殺しているかもしれない。
少し前に城で殺した二人の少女は確実に。
そして夕方の森で、よく判らない巨大な岩が不可思議な爆発を起こした時に。
あれで死んだ者が金糸雀の殺害数に入っているかは判らないし、誰かが死んだかも判らない。
金糸雀はプレセアの名前を知らない。
そもそもドールの傷を、それも失われた部位まで治してもらえるのかも判らない。
それでももしかしたらと思い、駄目元で首輪に向けて呟いてみた。
…………“ご褒美をちょうだい”
――ククリは何か聞こえたような気がして振り返った。
この角度からはよく見えないが、金糸雀が目覚めたのだろうか?
だけど今はそれよりも、既に受話器を上げた電話機を操作する方が先だろう。
取りだしたメモを頼りにトリエラの電話番号をプッシュする。
この角度からはよく見えないが、金糸雀が目覚めたのだろうか?
だけど今はそれよりも、既に受話器を上げた電話機を操作する方が先だろう。
取りだしたメモを頼りにトリエラの電話番号をプッシュする。
しばらく待ってもQBが現れる気配は無かった。
多分、森で不思議な岩が爆発した時には誰も死ななかったか、死んでも殺害数には数えられなかったのだろう。
金糸雀の殺害数は已然、二人だ。
金糸雀は自然と、その場にいるもう一人の背中を見つめた。
多分、森で不思議な岩が爆発した時には誰も死ななかったか、死んでも殺害数には数えられなかったのだろう。
金糸雀の殺害数は已然、二人だ。
金糸雀は自然と、その場にいるもう一人の背中を見つめた。
――ククリはプッシュを終えた電話の呼び出し音に耳を澄ましていた。
トリエラはなかなか出ない。
トリエラはなかなか出ない。
金糸雀は思う。自分は何を考えているのだろうと。
あと一人殺せばご褒美が貰える。
人を殺すの?
この島に来てからの事を忘れたか、みんな人形に冷たい人ばかりだ。
この子は一緒に戦ってくれた仲間なのに?
イエローの仲間の又仲間なんて遠すぎる。この子もレミリアに襲われたから共闘しただけだ。
本当にみんなみんな信じられないの?
この子は――。
あと一人殺せばご褒美が貰える。
人を殺すの?
この島に来てからの事を忘れたか、みんな人形に冷たい人ばかりだ。
この子は一緒に戦ってくれた仲間なのに?
イエローの仲間の又仲間なんて遠すぎる。この子もレミリアに襲われたから共闘しただけだ。
本当にみんなみんな信じられないの?
この子は――。
――ククリは呼び出し音に耳を澄まして待っている。
やがてかちゃりと繋がる音がした。
「もしもし、トリエラさん?」
やがてかちゃりと繋がる音がした。
「もしもし、トリエラさん?」
(この子は学校の裏でカナを利用した、あいつの仲間だ)
やり場の無い憤りが噴き上がる。
それは悪巧みとかそういうものではなく、衝動的な激情だった。
あの時に金糸雀は片腕を失った。彼女に利用され使い捨てられたせいで。
自業自得と諫める声は思考の奥に呑み込まれ、自身の心にすら届かない。
やり場の無い憤りが噴き上がる。
それは悪巧みとかそういうものではなく、衝動的な激情だった。
あの時に金糸雀は片腕を失った。彼女に利用され使い捨てられたせいで。
自業自得と諫める声は思考の奥に呑み込まれ、自身の心にすら届かない。
――ククリは、ぱあっと笑顔を浮かべて話し出す。
「良かった、トリエラさんも無事だったんだ! うん、わたしは大丈夫だよ。
犬上くんっていう子が助けてくれたの」
とても大変な事になってしまったけれど、まだきっと取り戻せる。何も失ってはいない。
「でも犬上くんは怪我してるのにリルルちゃんとひまわりちゃんを捜しにいって、
あと金糸雀っていう子も怪我をして、えっとそう、リルルちゃんとひまわりちゃんともはぐれて……
あ、でもでも犬上くんが逃げるのは見たって言ってたよ!」
そう、信じられたから。
「良かった、トリエラさんも無事だったんだ! うん、わたしは大丈夫だよ。
犬上くんっていう子が助けてくれたの」
とても大変な事になってしまったけれど、まだきっと取り戻せる。何も失ってはいない。
「でも犬上くんは怪我してるのにリルルちゃんとひまわりちゃんを捜しにいって、
あと金糸雀っていう子も怪我をして、えっとそう、リルルちゃんとひまわりちゃんともはぐれて……
あ、でもでも犬上くんが逃げるのは見たって言ってたよ!」
そう、信じられたから。
金糸雀は左手に掴んでいたダイレクをそっと宙に浮かべた。
音も立てずククリの背中を指差した。
音も立てずククリの背中を指差した。
――ククリは電話で話し続ける。
受話器の向こうのトリエラへと言葉を送り続けた。
「うん……うん! わたしもトリエラさんが無事で、ほんとうにうれし――」
唐突に途切れたそれが、最期の言葉。
受話器の向こうのトリエラへと言葉を送り続けた。
「うん……うん! わたしもトリエラさんが無事で、ほんとうにうれし――」
唐突に途切れたそれが、最期の言葉。
受話器が床にぶつかりゴトンとこもった音を立てる。
『…………ククリ? ククリ! どうしたのククリ!?』
『…………ククリ? ククリ! どうしたのククリ!?』
金糸雀は言った。
「――“ご褒美をちょうだい”」
* * *
「くそ、何処や。何処に居るんや」
小太郎は屋根の上から街を見回して、歯噛みした。
リルルにせよレミリアにせよ空を飛んでくれれば一目瞭然だったのだろうが、
生憎と二人とも、少なくとも今は地上付近に居るらしく見当たらない。
屋根の上から見て判るほど派手に戦っている場所も無い。
こうなれば町中を走り回って捜すしかないだろう。
「しばらく掛かりそうやな、これは」
小太郎は何気なしにククリと金糸雀を残していった家を振り返り。
小太郎は屋根の上から街を見回して、歯噛みした。
リルルにせよレミリアにせよ空を飛んでくれれば一目瞭然だったのだろうが、
生憎と二人とも、少なくとも今は地上付近に居るらしく見当たらない。
屋根の上から見て判るほど派手に戦っている場所も無い。
こうなれば町中を走り回って捜すしかないだろう。
「しばらく掛かりそうやな、これは」
小太郎は何気なしにククリと金糸雀を残していった家を振り返り。
――ご褒美を与える者、QBが家から飛び去っていくのを目撃した。
背筋が凍り付いた。
慌てて瞬動術で家に飛び込む。
そんな筈は無いと思った。ついさっきまで普通に話していたのだ。
それがほんの少し目を離した隙に殺されるなんて事は有り得ないと思っていた。
そしてそれ以前に、考えもしなかった。
あの時、あの場へ最後に辿り着いた小太郎は彼女達が元からの仲間だと思っていた。
だから仲間が仲間を殺すなんて事、考えもしなかった。
慌てて瞬動術で家に飛び込む。
そんな筈は無いと思った。ついさっきまで普通に話していたのだ。
それがほんの少し目を離した隙に殺されるなんて事は有り得ないと思っていた。
そしてそれ以前に、考えもしなかった。
あの時、あの場へ最後に辿り着いた小太郎は彼女達が元からの仲間だと思っていた。
だから仲間が仲間を殺すなんて事、考えもしなかった。
それでも小太郎の目に映った光景は、否定することの出来ない現実に他ならなかった。
「う、うあああぁああああああああああぁあぁあぁあっ」
相手は女だという事も一時忘れ、小太郎は絶叫と共に殴りかかっていた。
相手は女だという事も一時忘れ、小太郎は絶叫と共に殴りかかっていた。
* * *
リルルはひまわりを抱いて夜の道を移動していた。
小太郎の警告に素早く冷静な対処をした結果だ。
(レミリアはひまわりに狙いを付けたと思われるわ。この子を逃がさなければならない。
ククリの事も気になるけれど、今はこちらを優先するべきよ)
それが結論。滑るように地上を飛んでいく。
上空を飛ぶ事も出来るが、遮蔽物の少ない上空は見つかりやすくて危険だ。
だから地上を選び、建物の影に身を置いて少しでも早く現場から離れようとしていた。
それは恐らく懸命な判断だった。だが。
「たーっ」
ひまわりが声を上げて指差した夜空を見上げる。
「待ちなさい。そいつは逃がさないわよ」
結局の所、単純に運だったのだろう。
空から舞い降りたレミリア・スカーレットを前に、リルルはその足を止めた。
小太郎の警告に素早く冷静な対処をした結果だ。
(レミリアはひまわりに狙いを付けたと思われるわ。この子を逃がさなければならない。
ククリの事も気になるけれど、今はこちらを優先するべきよ)
それが結論。滑るように地上を飛んでいく。
上空を飛ぶ事も出来るが、遮蔽物の少ない上空は見つかりやすくて危険だ。
だから地上を選び、建物の影に身を置いて少しでも早く現場から離れようとしていた。
それは恐らく懸命な判断だった。だが。
「たーっ」
ひまわりが声を上げて指差した夜空を見上げる。
「待ちなさい。そいつは逃がさないわよ」
結局の所、単純に運だったのだろう。
空から舞い降りたレミリア・スカーレットを前に、リルルはその足を止めた。
(どうすればいいの?)
状況は夜の街路。周囲は脆い民家。光源は満月の月明かりのみ。
建物の陰は視認できない明度だが、そこを通っていても尚レミリアに見つかった。
レミリアは夜目が効くのだろうと推測する。
レミリアまでの距離は20m弱。彼女なら瞬く間に距離を詰めるだろう。
戦うのは論外だった。戦力差はあまりにも大きい。
話し合うのも難しい。レミリアは危険人物であり、その上に関係が破綻している。
逃げるしかないが、レミリアも空を飛べる上、圧倒的に速い。
(右腕も短絡させるのは……無理ね)
森で瞬間移動して追いかけてきた少年を振り切った時の事を思い出す。
あの時は左手首にエネルギーを集中し、右手で引きちぎって閃光弾として使用した。
かなり無茶な用法だったし、右手首まで失うと後々の行動に支障が大きすぎる。
それ以前に右手首を引きちぎる左手首が無い。
――何故か、大人しくひまわりを引き渡すという選択肢は出てこなかった。
状況は夜の街路。周囲は脆い民家。光源は満月の月明かりのみ。
建物の陰は視認できない明度だが、そこを通っていても尚レミリアに見つかった。
レミリアは夜目が効くのだろうと推測する。
レミリアまでの距離は20m弱。彼女なら瞬く間に距離を詰めるだろう。
戦うのは論外だった。戦力差はあまりにも大きい。
話し合うのも難しい。レミリアは危険人物であり、その上に関係が破綻している。
逃げるしかないが、レミリアも空を飛べる上、圧倒的に速い。
(右腕も短絡させるのは……無理ね)
森で瞬間移動して追いかけてきた少年を振り切った時の事を思い出す。
あの時は左手首にエネルギーを集中し、右手で引きちぎって閃光弾として使用した。
かなり無茶な用法だったし、右手首まで失うと後々の行動に支障が大きすぎる。
それ以前に右手首を引きちぎる左手首が無い。
――何故か、大人しくひまわりを引き渡すという選択肢は出てこなかった。
「やめろおおおうっ!!」
まるで悲鳴のような叫びが響いた。
まるで悲鳴のような叫びが響いた。
「のび太くん……?」
レミリアを挟んだ街路の向こう側に野比のび太の姿が有った。
ガタガタと震える手で拳銃を構えている。
「やめろ、リルルとひまわりに手を出すなあっ!」
「ふうん?」
レミリアは興味が湧いた様子で振り返る。
その黄色い服を着た眼鏡少年の表情は恐怖に歪み、ズボンには乾いた物だがお漏らしの跡まであった。
体はガタガタと震えていたし、拳銃を持つ腕もそうだった。
それなのに銃口だけは正確に、レミリアを向いて離さない。
「逃げて、リルル!」
「のび太くん……でも……」
「良いから!」
レミリアはふっと鼻で笑い。
試しに少し動いてみた。
「――――っ!!」
レミリアを挟んだ街路の向こう側に野比のび太の姿が有った。
ガタガタと震える手で拳銃を構えている。
「やめろ、リルルとひまわりに手を出すなあっ!」
「ふうん?」
レミリアは興味が湧いた様子で振り返る。
その黄色い服を着た眼鏡少年の表情は恐怖に歪み、ズボンには乾いた物だがお漏らしの跡まであった。
体はガタガタと震えていたし、拳銃を持つ腕もそうだった。
それなのに銃口だけは正確に、レミリアを向いて離さない。
「逃げて、リルル!」
「のび太くん……でも……」
「良いから!」
レミリアはふっと鼻で笑い。
試しに少し動いてみた。
「――――っ!!」
街路から横の民家の壁へ飛ぶ。そこから壁を蹴って逆側の民家へ。
その直前で羽を動かし直下に方向転換。右へ左へ、上、下と見せかけて右、下。
左、上、左、上、下――右上左下右上右上下下左右!
「う、動くなあ! も、もう、これ以上に動いたら、ううう、撃つぞう!」
「…………へぇ、やるじゃない」
レミリアはもうリルルに興味を無くした様子でのび太へと向き直った。
のび太の銃は正確にレミリアを追って見せたのだ。
しかもフェイントを見破り、まだレミリアが居ない動く先まで狙っていた。
最後にレミリアは民家の影、人の目では殆ど目視できない暗がりに入ったというのに、
それでも銃口は正確にレミリアへと向いていた。
技術でも経験でも、判断力ですらなくて、ただの感性だけでそれを為したのだ。
銃を構えている時ののび太はまるでスーパーマンだ。
そんなのび太は、震える喉から怯えた声を絞り出す。
「い……行って、リルル」
リルルはまだ躊躇っていた。
「行ってよ」
その腕の中で、ひまわりがたーっと声を上げた。
「ひまわりも居るんだぞ、リルル!!」
その言葉が決め手だった。
リルルは頷き、背を向けて飛び立った。
その直前で羽を動かし直下に方向転換。右へ左へ、上、下と見せかけて右、下。
左、上、左、上、下――右上左下右上右上下下左右!
「う、動くなあ! も、もう、これ以上に動いたら、ううう、撃つぞう!」
「…………へぇ、やるじゃない」
レミリアはもうリルルに興味を無くした様子でのび太へと向き直った。
のび太の銃は正確にレミリアを追って見せたのだ。
しかもフェイントを見破り、まだレミリアが居ない動く先まで狙っていた。
最後にレミリアは民家の影、人の目では殆ど目視できない暗がりに入ったというのに、
それでも銃口は正確にレミリアへと向いていた。
技術でも経験でも、判断力ですらなくて、ただの感性だけでそれを為したのだ。
銃を構えている時ののび太はまるでスーパーマンだ。
そんなのび太は、震える喉から怯えた声を絞り出す。
「い……行って、リルル」
リルルはまだ躊躇っていた。
「行ってよ」
その腕の中で、ひまわりがたーっと声を上げた。
「ひまわりも居るんだぞ、リルル!!」
その言葉が決め手だった。
リルルは頷き、背を向けて飛び立った。
その背後で、一発の銃声が響き渡った。
* * *
「けほっ」
息苦しさから咳を吐き、トリエラは茫然としていた意識を取り戻す。
轟音のせいで耳がキンキンしている。
トリエラは、何が起きたかを思い起こしてみた。
(確か……ちくしょう。私は多分、間に合わなかったんだ)
旅館が目に入ったその瞬間、天から降った恐ろしく巨大な角柱が全てを粉砕した。
トリエラは頭部を庇いながら屋根から転げ落ち、慌てて屋内へと飛び込んだ。
建物が倒壊する危険より飛礫にやられる危険の方が高いと考えたのだ。
おかげで、外が瓦礫の飛び散る惨状になってもトリエラは生き残った。
トリエラは。
「……ククリ。ひまわり。……リルル」
旅館に居たはずの三人の名前を呟いた。諦めの声色だった。
もしかすると逃げ切った可能性も有るかも知れない。
だけどそんな希望、トリエラにはとても信じられなくて。
――轟音で馬鹿になっていた耳が、ようやく電話の呼び出し音を拾い上げた。
息苦しさから咳を吐き、トリエラは茫然としていた意識を取り戻す。
轟音のせいで耳がキンキンしている。
トリエラは、何が起きたかを思い起こしてみた。
(確か……ちくしょう。私は多分、間に合わなかったんだ)
旅館が目に入ったその瞬間、天から降った恐ろしく巨大な角柱が全てを粉砕した。
トリエラは頭部を庇いながら屋根から転げ落ち、慌てて屋内へと飛び込んだ。
建物が倒壊する危険より飛礫にやられる危険の方が高いと考えたのだ。
おかげで、外が瓦礫の飛び散る惨状になってもトリエラは生き残った。
トリエラは。
「……ククリ。ひまわり。……リルル」
旅館に居たはずの三人の名前を呟いた。諦めの声色だった。
もしかすると逃げ切った可能性も有るかも知れない。
だけどそんな希望、トリエラにはとても信じられなくて。
――轟音で馬鹿になっていた耳が、ようやく電話の呼び出し音を拾い上げた。
「…………え!?」
ハッとなりポケットから携帯電話を引っぱり出す。
慌てて引っかかったりして手間取りながらどうにかそれを取りだした。
息を吸って、吐いて。
それから通話ボタンを押した。
『もしもし、トリエラさん?』
受話器の向こうから聞こえてきたのは確かにククリの声だった。
「ククリ! 無事だったの!?」
信じられないとさえ思う。あんな大破壊の現場に居たはずなのに。
『良かった、トリエラさんも無事だったんだ! うん、わたしは大丈夫だよ。
犬上くんっていう子が助けてくれたの』
「犬上くん? いいわ、続きを」
犬上という名前は確かに見覚えが有る気はした。多分名簿で見たのだろう。
トリエラは気になりつつもとにかく続きを促す。
ハッとなりポケットから携帯電話を引っぱり出す。
慌てて引っかかったりして手間取りながらどうにかそれを取りだした。
息を吸って、吐いて。
それから通話ボタンを押した。
『もしもし、トリエラさん?』
受話器の向こうから聞こえてきたのは確かにククリの声だった。
「ククリ! 無事だったの!?」
信じられないとさえ思う。あんな大破壊の現場に居たはずなのに。
『良かった、トリエラさんも無事だったんだ! うん、わたしは大丈夫だよ。
犬上くんっていう子が助けてくれたの』
「犬上くん? いいわ、続きを」
犬上という名前は確かに見覚えが有る気はした。多分名簿で見たのだろう。
トリエラは気になりつつもとにかく続きを促す。
『でも犬上くんは怪我してるのにリルルちゃんとひまわりちゃんを捜しにいって、
あと金糸雀っていう子も怪我をして、えっとそう、リルルちゃんとひまわりちゃんともはぐれて……
あ、でもでも犬上くんが逃げるのは見たって言ってたよ!』
ククリは慌てふためきながらも、それなりに纏まった事を話してくれた。
犬上という少年がククリを助けてくれて、どうやらその場にいたらしい金糸雀という子も助けた。
犬上と金糸雀は怪我をしていたが、犬上ははぐれたリルルとひまわりを捜しに飛び出した。
(どんな奴だか知らないけど、犬上って子にはどれだけ感謝してもし足りないわね。……裏がなければだけど。
ったく、あのふとっちょなんて事を思いつくのよ。人を信じるのがこんなに難しいなんて思わなかったわ)
最初の会場でご褒美を要求したふとっちょの少年が憎たらしい。
もし最悪の状況を仮定するなら。
犬上という少年は自分の怪我を治す、あるいは別のご褒美を得るために三人を殺したかった。
現時点で殺害数が0だとすれば、ククリと金糸雀を殺してもまだ二人。あと一人分が足りない。
それならククリを助ける事で、ククリの仲間のリルルとひまわりの信用を得て……。
(流石に無い。ククリを連れて行くならともかく、ククリを置いていっちゃ話にならない。
ダメだ私、冷静になれ! のび太と小太郎は確定としても、他の奴まで無理に疑ってどうするのよ)
自分を叱咤して、状況をただ受け止める。
そしてククリの声に応えた。
「判った、こちらでも捜すわね。二人を見つけたらそっちに向かうから場所を教えて」
それから心の底から。
「でも……本当に、無事で良かった」
一言付け加えた。
『うん……うん! わたしもトリエラさんが無事で、ほんとうにうれし――』
何か、音がした。
その音がどういう音か日常の音で言い表すのは難しい。
例えば血抜きをし忘れた肉に包丁を突き立てればそういう音になるのかもしれない。
そう、だってその音は音の規模こそ違うけれど、ナイフ使いが人にナイフを突き立てるような音だった。
それを大きく拡大して……例えばナイフの代わりにもっともっと大きな物を使って。
それからその音を電話を通して聞けばこんな事になるのかも知れない。
トリエラはそう思った。
あと金糸雀っていう子も怪我をして、えっとそう、リルルちゃんとひまわりちゃんともはぐれて……
あ、でもでも犬上くんが逃げるのは見たって言ってたよ!』
ククリは慌てふためきながらも、それなりに纏まった事を話してくれた。
犬上という少年がククリを助けてくれて、どうやらその場にいたらしい金糸雀という子も助けた。
犬上と金糸雀は怪我をしていたが、犬上ははぐれたリルルとひまわりを捜しに飛び出した。
(どんな奴だか知らないけど、犬上って子にはどれだけ感謝してもし足りないわね。……裏がなければだけど。
ったく、あのふとっちょなんて事を思いつくのよ。人を信じるのがこんなに難しいなんて思わなかったわ)
最初の会場でご褒美を要求したふとっちょの少年が憎たらしい。
もし最悪の状況を仮定するなら。
犬上という少年は自分の怪我を治す、あるいは別のご褒美を得るために三人を殺したかった。
現時点で殺害数が0だとすれば、ククリと金糸雀を殺してもまだ二人。あと一人分が足りない。
それならククリを助ける事で、ククリの仲間のリルルとひまわりの信用を得て……。
(流石に無い。ククリを連れて行くならともかく、ククリを置いていっちゃ話にならない。
ダメだ私、冷静になれ! のび太と小太郎は確定としても、他の奴まで無理に疑ってどうするのよ)
自分を叱咤して、状況をただ受け止める。
そしてククリの声に応えた。
「判った、こちらでも捜すわね。二人を見つけたらそっちに向かうから場所を教えて」
それから心の底から。
「でも……本当に、無事で良かった」
一言付け加えた。
『うん……うん! わたしもトリエラさんが無事で、ほんとうにうれし――』
何か、音がした。
その音がどういう音か日常の音で言い表すのは難しい。
例えば血抜きをし忘れた肉に包丁を突き立てればそういう音になるのかもしれない。
そう、だってその音は音の規模こそ違うけれど、ナイフ使いが人にナイフを突き立てるような音だった。
それを大きく拡大して……例えばナイフの代わりにもっともっと大きな物を使って。
それからその音を電話を通して聞けばこんな事になるのかも知れない。
トリエラはそう思った。
「…………ククリ?」
がたんと音を立てて、受話器が落ちた音がした。
「ククリ! どうしたのククリ!?」
トリエラは理解していた。
これがどういう音なのかを。
それでもそんな筈はないと思って、叫ばずにはいられなかった。
なのに微かに聞こえた誰とも判らない少女の声が、最悪の想像を肯定してくれた。
『――“ご褒美をちょうだい”』
「ククリ!!」
しばらくすると。
がちゃりという音がして、電話が切られた。
――ククリは殺された。
がたんと音を立てて、受話器が落ちた音がした。
「ククリ! どうしたのククリ!?」
トリエラは理解していた。
これがどういう音なのかを。
それでもそんな筈はないと思って、叫ばずにはいられなかった。
なのに微かに聞こえた誰とも判らない少女の声が、最悪の想像を肯定してくれた。
『――“ご褒美をちょうだい”』
「ククリ!!」
しばらくすると。
がちゃりという音がして、電話が切られた。
――ククリは殺された。
「あ……ぐ…………っ……!!」
思わず上げそうになった絶叫を必死に抑え込む。
そんな事をしても意味が無い。自らの命まで危険に曝してしまうだけだ。
(ちくしょう……ちくしょう…………ちくしょう!!)
抑え込んだ絶叫を呑み込む。
どうすれば良い? 今から、どう動けば良い!?
今、落ち込み悔やむ意味は無い。まだ全てが終わってはいないのだから。
(そうだ……リルルとひまわり)
リルルはひまわりを、恐らく抱いて逃げたらしい。
それなら彼女を見つけるのが先決だ。
ククリは……もう、どうにもならない。音だけでもそれを確信できてしまった。
だからトリエラは走り出した。
(どこ? どこに居るの!?)
屋根の上まで駆け上がり周囲を見回して、改めて旅館の惨状に絶句する。
まるで空爆でも受けたような有様だった。
それでもそこから逃げ切ったという言葉を信じ屋根の上を走り出す。
せめてあの二人だけでも守るために。
思わず上げそうになった絶叫を必死に抑え込む。
そんな事をしても意味が無い。自らの命まで危険に曝してしまうだけだ。
(ちくしょう……ちくしょう…………ちくしょう!!)
抑え込んだ絶叫を呑み込む。
どうすれば良い? 今から、どう動けば良い!?
今、落ち込み悔やむ意味は無い。まだ全てが終わってはいないのだから。
(そうだ……リルルとひまわり)
リルルはひまわりを、恐らく抱いて逃げたらしい。
それなら彼女を見つけるのが先決だ。
ククリは……もう、どうにもならない。音だけでもそれを確信できてしまった。
だからトリエラは走り出した。
(どこ? どこに居るの!?)
屋根の上まで駆け上がり周囲を見回して、改めて旅館の惨状に絶句する。
まるで空爆でも受けたような有様だった。
それでもそこから逃げ切ったという言葉を信じ屋根の上を走り出す。
せめてあの二人だけでも守るために。
誰かの絶叫が聞こえた気がした。
(どこ!?)
立ち止まり耳を澄ます。
夜の音。しいんとした空気。時折吹く風の音。瓦礫ががらがらと崩れる音。
「――リルルとひまわり――」
小さな雑音の中からもっと小さなその声を拾い上げた。
カクテルパーティー効果。雑音の中から自分に関係のある音だけを拾い上げる事の出来る現象。
トリエラはその声に向かって走り出した。
「……て、リルル……!」
微かに聞き覚えのある声だった。
トリエラは沸き上がる焦燥と共に駆け続ける。
「う、動くなあ! も、もう、これ以上に動いたら、ううう、撃つぞう!」
そう、その声はとても聞き覚えのある声だった。
最後に足音を忍ばせて、トリエラはそこに駆け付けた。
そこに見えた光景は、ある意味で予想通りの物だった。
「ひまわりも居るんだぞ、リルル!!」
銃を構えてリルルの名を叫ぶのび太。
銃口の先を見た。
月明かりを民家に遮られ、何も見えない暗がりが覆う街路。
そのずっと先に、リルルの姿が有った。
トリエラはのび太が少なくとも銃においては達人である事を知っていた。
だから躊躇う事無く、撃った。
(どこ!?)
立ち止まり耳を澄ます。
夜の音。しいんとした空気。時折吹く風の音。瓦礫ががらがらと崩れる音。
「――リルルとひまわり――」
小さな雑音の中からもっと小さなその声を拾い上げた。
カクテルパーティー効果。雑音の中から自分に関係のある音だけを拾い上げる事の出来る現象。
トリエラはその声に向かって走り出した。
「……て、リルル……!」
微かに聞き覚えのある声だった。
トリエラは沸き上がる焦燥と共に駆け続ける。
「う、動くなあ! も、もう、これ以上に動いたら、ううう、撃つぞう!」
そう、その声はとても聞き覚えのある声だった。
最後に足音を忍ばせて、トリエラはそこに駆け付けた。
そこに見えた光景は、ある意味で予想通りの物だった。
「ひまわりも居るんだぞ、リルル!!」
銃を構えてリルルの名を叫ぶのび太。
銃口の先を見た。
月明かりを民家に遮られ、何も見えない暗がりが覆う街路。
そのずっと先に、リルルの姿が有った。
トリエラはのび太が少なくとも銃においては達人である事を知っていた。
だから躊躇う事無く、撃った。
のび太は頭部を撃ち抜かれて絶命した。
* * *
旅館の激闘から一足遅れて、街に訪れた一行があった。
タバサと蒼星石の二人。それから蒼星石の引く棺桶だ。
彼女達は警察署が崩壊するのを見て街に急ぎ、旅館が粉砕されるのも遠目に目撃したのだ。
バルディッシュが、旅館を粉砕したのはグラーフアイゼンというデバイスによる魔法だと教えてくれた。
戦闘が有って、誰かが巻き込まれているかもしれない。
彼女達は急ぎ周囲を探索して、ある民家から闇に紛れて誰かが飛び出していくのを目撃した。
そこに入ってみて。
「どうして……誰が、こんな事を!」
蒼星石は慟哭と共に、見も知らぬ少女の死体と。
タバサと蒼星石の二人。それから蒼星石の引く棺桶だ。
彼女達は警察署が崩壊するのを見て街に急ぎ、旅館が粉砕されるのも遠目に目撃したのだ。
バルディッシュが、旅館を粉砕したのはグラーフアイゼンというデバイスによる魔法だと教えてくれた。
戦闘が有って、誰かが巻き込まれているかもしれない。
彼女達は急ぎ周囲を探索して、ある民家から闇に紛れて誰かが飛び出していくのを目撃した。
そこに入ってみて。
「どうして……誰が、こんな事を!」
蒼星石は慟哭と共に、見も知らぬ少女の死体と。
姉妹の一人である金糸雀の死体を発見した。
蒼星石には、そこで何があったのか類推する事しかできない。
見知らぬ少女、つまりククリは電話機の前で倒れていた。
受話器は戻されているが、電話している所を刺し殺されたのだろうか。
凶器は持ち去られてしまったらしく見つからない。
かなり幅の広い大きな刃物を背中から首元に突き刺されたらしい、としか判らない。
見知らぬ少女、つまりククリは電話機の前で倒れていた。
受話器は戻されているが、電話している所を刺し殺されたのだろうか。
凶器は持ち去られてしまったらしく見つからない。
かなり幅の広い大きな刃物を背中から首元に突き刺されたらしい、としか判らない。
金糸雀の死体はもっと不可解だった。
まず服が所々、特に手や足の部分がボロボロになったり無くなっていたのだ。
にも関わらず、胴体に風穴が空いている事を除けば肉体は無傷だった。
この疑問にはタバサが答えてくれた。
「きっと、ダメージを受けた後で誰かがベホマを使ってくれたのよ」
「そうか。もしかするとこの子がそうだったのかな」
金糸雀の近くに倒れているククリが回復呪文の使い手で、金糸雀の仲間だったのかもしれない。
ククリも致命傷以外は目立った傷が無かったから、その推論は納得できた。
「でも……この腕は、どうして」
それよりも気になったのは、近くに落ちていたもう一つの腕だった。
球体間接のその腕はローゼンメイデンの誰かの腕に違いない。
誰のだろうかと蒼星石は少し考えて、答えを出す。
まず服が所々、特に手や足の部分がボロボロになったり無くなっていたのだ。
にも関わらず、胴体に風穴が空いている事を除けば肉体は無傷だった。
この疑問にはタバサが答えてくれた。
「きっと、ダメージを受けた後で誰かがベホマを使ってくれたのよ」
「そうか。もしかするとこの子がそうだったのかな」
金糸雀の近くに倒れているククリが回復呪文の使い手で、金糸雀の仲間だったのかもしれない。
ククリも致命傷以外は目立った傷が無かったから、その推論は納得できた。
「でも……この腕は、どうして」
それよりも気になったのは、近くに落ちていたもう一つの腕だった。
球体間接のその腕はローゼンメイデンの誰かの腕に違いない。
誰のだろうかと蒼星石は少し考えて、答えを出す。
(まず翠星石の腕じゃない。翠星石の腕なら双子のボクの腕と細部まで同じのはずだ。
見慣れた腕とは見間違えない。それから雛苺の腕でもない。
金糸雀と雛苺は他のみんなより少しだけ小さいけど、この腕はボク達と同じくらいだもの。
そうなるとあとこの島に居た……ううん、居るのは)
「……真紅の腕だ。でも真紅の腕がどうして、ここに有るんだろう」
もう死亡を告げられた姉妹の名前。
蒼星石には何がどうなってここにその腕が有るのか、見当もつかない。
判っているのは一つだけだ。
「タバサ。真紅の体も、ちゃんと集めればきっと生き返らせる事ができるよね?」
タバサは少し迷って、だけど頷く。
「うん。そんな事になってしまった人は初めてだけど、きちんとぜんぶ集められれば大丈夫だと思う」
タバサも未経験の事態なのだろう、迷いながらも頷いた。
蒼星石はそれでもタバサを信じる事にした。
(そうだ、きっと大丈夫だ。きっと、大丈夫……)
見慣れた腕とは見間違えない。それから雛苺の腕でもない。
金糸雀と雛苺は他のみんなより少しだけ小さいけど、この腕はボク達と同じくらいだもの。
そうなるとあとこの島に居た……ううん、居るのは)
「……真紅の腕だ。でも真紅の腕がどうして、ここに有るんだろう」
もう死亡を告げられた姉妹の名前。
蒼星石には何がどうなってここにその腕が有るのか、見当もつかない。
判っているのは一つだけだ。
「タバサ。真紅の体も、ちゃんと集めればきっと生き返らせる事ができるよね?」
タバサは少し迷って、だけど頷く。
「うん。そんな事になってしまった人は初めてだけど、きちんとぜんぶ集められれば大丈夫だと思う」
タバサも未経験の事態なのだろう、迷いながらも頷いた。
蒼星石はそれでもタバサを信じる事にした。
(そうだ、きっと大丈夫だ。きっと、大丈夫……)
ぽうっと、温かい光が惨劇の場を照らし出す。
「金糸雀……」
蒼星石は呟く。金糸雀の体から、無数のリングに包まれた光の塊が浮き上がっていた。
金糸雀のローザミスティカだ。
ローゼンメイデン達は、姉妹達のこれを奪い合う事を定められている。
それが蒼星石達の“お父様”、ローゼンの夢見る永遠の少女アリスへ至る階段なのだ。
かつて蒼星石は何度も悩み葛藤した末にそれを受け容れて、双子の姉である翠星石にさえも刃を向けた。
結局、蒼星石がローザミスティカを見たのは一度だけだ。
自らが水銀燈に敗れた時、自らの体から遊離していくのを見ただけ。
それは蒼星石がこの島へと連れてこられる前に見た、最期の記憶だった。
「………………行こう、金糸雀」
少し躊躇った末に手を差し伸べる。
ローザミスティカを受け容れてしまったら『帰って来れなくなる』のではないかと少し不安になったのだ。
だけど一度はローザミスティカを奪われたはずの自分が生きている事に気づき、すぐに杞憂は払拭された。
蒼星石の手に応えるように、金糸雀のローザミスティカは蒼星石の体内へと吸い込まれていった。
「あたたかいな」
蒼星石にはそれが何故か悲しく思えた。
「金糸雀……」
蒼星石は呟く。金糸雀の体から、無数のリングに包まれた光の塊が浮き上がっていた。
金糸雀のローザミスティカだ。
ローゼンメイデン達は、姉妹達のこれを奪い合う事を定められている。
それが蒼星石達の“お父様”、ローゼンの夢見る永遠の少女アリスへ至る階段なのだ。
かつて蒼星石は何度も悩み葛藤した末にそれを受け容れて、双子の姉である翠星石にさえも刃を向けた。
結局、蒼星石がローザミスティカを見たのは一度だけだ。
自らが水銀燈に敗れた時、自らの体から遊離していくのを見ただけ。
それは蒼星石がこの島へと連れてこられる前に見た、最期の記憶だった。
「………………行こう、金糸雀」
少し躊躇った末に手を差し伸べる。
ローザミスティカを受け容れてしまったら『帰って来れなくなる』のではないかと少し不安になったのだ。
だけど一度はローザミスティカを奪われたはずの自分が生きている事に気づき、すぐに杞憂は払拭された。
蒼星石の手に応えるように、金糸雀のローザミスティカは蒼星石の体内へと吸い込まれていった。
「あたたかいな」
蒼星石にはそれが何故か悲しく思えた。
「それも金糸雀だったの?」
「そうだよ、タバサ。さっきのがローザミスティカ。魂はまた別だけど、それと似たような物かな」
タバサの問いに答え、立ち上がる。
「タバサ、棺桶を開けて。金糸雀とこの子も連れて行ってあげないと」
「うん、そうだね。あ、さっきの村人さんも起きたみたい」
棺桶を中からドンドンと叩く音がしていた。ガリガリという音と震えた叫び声も。
蒼星石は少し不安になった。
杞憂だと思っていたけれど、本当にネクロフィリアだったらどうしよう?
「もう街には着いたし、帰してあげないと。待って、今開けて上げるから」
そう言って、タバサは棺桶の鍵を開けであげた。
「そうだよ、タバサ。さっきのがローザミスティカ。魂はまた別だけど、それと似たような物かな」
タバサの問いに答え、立ち上がる。
「タバサ、棺桶を開けて。金糸雀とこの子も連れて行ってあげないと」
「うん、そうだね。あ、さっきの村人さんも起きたみたい」
棺桶を中からドンドンと叩く音がしていた。ガリガリという音と震えた叫び声も。
蒼星石は少し不安になった。
杞憂だと思っていたけれど、本当にネクロフィリアだったらどうしよう?
「もう街には着いたし、帰してあげないと。待って、今開けて上げるから」
そう言って、タバサは棺桶の鍵を開けであげた。
「――てぇっあけ、あけて、いや、いやいやいやあああやあぁあぁあぁあああああいやいやいやあっ」
絶叫と共に棺桶から少女、太刀川ミミが飛び出してきた。
どうしてかひどく爪が剥がれていた。棺桶の蓋の裏側は引っ掻き傷でいっぱいだ。
「どうしたの、村人さんだいじょうぶ?」
タバサが心配して声を掛ける。
泣きじゃくり震えながら這い回ったミミは振り返り、タバサを見上げた。
真摯に心配した様子のタバサに少しだけ安堵して訴える。
「し、した、死体が、真っ暗で何も見えなくて、気が付いたら何か有ったの!
それで気付いたら男の子で、血塗れで、穴だらけで、動かなくて、死んでたのぉ!」
「彼はイシドロ。ボク達の仲間だよ」
「な、仲間……?」
蒼星石の言葉にミミは口をパクパクして動揺する。
「今は“たまたま死んじゃっているだけ”なんだ。そんなに怖がらないであげてほしい」
「今は……や、やっぱり死んでっ」
絶句する。
絶叫と共に棺桶から少女、太刀川ミミが飛び出してきた。
どうしてかひどく爪が剥がれていた。棺桶の蓋の裏側は引っ掻き傷でいっぱいだ。
「どうしたの、村人さんだいじょうぶ?」
タバサが心配して声を掛ける。
泣きじゃくり震えながら這い回ったミミは振り返り、タバサを見上げた。
真摯に心配した様子のタバサに少しだけ安堵して訴える。
「し、した、死体が、真っ暗で何も見えなくて、気が付いたら何か有ったの!
それで気付いたら男の子で、血塗れで、穴だらけで、動かなくて、死んでたのぉ!」
「彼はイシドロ。ボク達の仲間だよ」
「な、仲間……?」
蒼星石の言葉にミミは口をパクパクして動揺する。
「今は“たまたま死んじゃっているだけ”なんだ。そんなに怖がらないであげてほしい」
「今は……や、やっぱり死んでっ」
絶句する。
「それじゃ蒼星石、村人さんも街に帰してあげたし私達も行かないと」
「ま、まち? 帰してって……」
ミミは震えながら周囲を見回す。
知らない家だった。それから。
すぐ横には胴体に風穴の空いた人形が転がっていた。
「ひぃっ」
跳び上がって逆側に逃げたら、じゅぷり。手が何か温かい物に包まれた。
恐る恐る手を目の前に上げてみた。
べったりと赤い物が付着している。視線を下げた。
女の子の――ククリの死体と、目が合った。
「い、いやあああぁあああ!? や、死んで、やだ、やだあっ、なにこれ、なにこんな、やあ、
死んで、血が、いやいやいやぁ! こんなところ知らない! こんな所イヤァッ!!」
「あれ、街を間違えちゃったのかな?」
タバサは不安げに首を傾げる。
「もしかしたら南西の街だったのかもしれないね」
蒼星石の言葉にタバサはますます困り果ててしまった。
「どうしよう、イシドロに加えてその女の子と金糸雀も連れて行かなきゃいけないのに。
村人さんまで入れて引いていくなんて馬車でもないと無理だよ」
「いや、起きたのなら別に一緒に入れなくても……」
「か、棺桶はもういやぁっ! やあ、やだあ、いや、いやいやいや、やああぁあぁあぁああっ」
ミミは悲鳴を上げて立ち上がり、ククリの血で転んだ。
震えながら四つん這いでぺたぺたと走り部屋の入り口に頭をぶつける。
「だ、大丈夫!?」
「ひぃっ、いたい、いや、来ないでぇっ」
蒼星石の心配も振り払って痛みにわんわん叫き怯えながらも立ち上がって玄関に走り、
ドアを突き破るように押し開けてどことも知らない民家から飛び出していった。
「変な子だったね」
タバサは思わず首を傾げて、言った。
「………………うん、そうだね」
少し遅れて、蒼星石も首を傾げた。
「ま、まち? 帰してって……」
ミミは震えながら周囲を見回す。
知らない家だった。それから。
すぐ横には胴体に風穴の空いた人形が転がっていた。
「ひぃっ」
跳び上がって逆側に逃げたら、じゅぷり。手が何か温かい物に包まれた。
恐る恐る手を目の前に上げてみた。
べったりと赤い物が付着している。視線を下げた。
女の子の――ククリの死体と、目が合った。
「い、いやあああぁあああ!? や、死んで、やだ、やだあっ、なにこれ、なにこんな、やあ、
死んで、血が、いやいやいやぁ! こんなところ知らない! こんな所イヤァッ!!」
「あれ、街を間違えちゃったのかな?」
タバサは不安げに首を傾げる。
「もしかしたら南西の街だったのかもしれないね」
蒼星石の言葉にタバサはますます困り果ててしまった。
「どうしよう、イシドロに加えてその女の子と金糸雀も連れて行かなきゃいけないのに。
村人さんまで入れて引いていくなんて馬車でもないと無理だよ」
「いや、起きたのなら別に一緒に入れなくても……」
「か、棺桶はもういやぁっ! やあ、やだあ、いや、いやいやいや、やああぁあぁあぁああっ」
ミミは悲鳴を上げて立ち上がり、ククリの血で転んだ。
震えながら四つん這いでぺたぺたと走り部屋の入り口に頭をぶつける。
「だ、大丈夫!?」
「ひぃっ、いたい、いや、来ないでぇっ」
蒼星石の心配も振り払って痛みにわんわん叫き怯えながらも立ち上がって玄関に走り、
ドアを突き破るように押し開けてどことも知らない民家から飛び出していった。
「変な子だったね」
タバサは思わず首を傾げて、言った。
「………………うん、そうだね」
少し遅れて、蒼星石も首を傾げた。
* * *
「はぁ……はぁ……はぁっ」
荒い息を吐いてミミは夜の街を走っていた。
頭の中は恐れや怯えでいっぱいだ。もう何も判らない。
「きゃっ」
片目だけの視界では足下も定まらず、足がもつれて転んでしまう。
「に、にげなきゃ、にげなきゃ……!」
慌てて立ち上がってまた走りだそうとして。
すぐ近くの民家の奥に、明かりが灯っている事に気が付いた。
「ここも、誰か居るの……?」
さっきのような人だったらどうしようと身が竦んだが、こんな所に一人で居るのも嫌だった。
誰かに助けて欲しかった。
守ってくれる強い人じゃなくても良いから、信じられる人に一緒に居て欲しかった。
「あ、あんな人ばかりじゃないよね、ここ……」
ミミは恐る恐る、家の戸を開けた。
「おじゃましまーす…………」
奥から話し声が聞こえた。
「無理しないで、今は会わない方が良さそうだもの。後で会いましょう、こちらから電話するわ」
がちゃんと、電話を切る音がした。
「で、そこに居るのは誰?」
家の奥に居たのは、金髪の少女だった。ヴィクトリアだ。
右手に赤い宝石の填った金色の杖を握りしめて、ミミに対し身構えている。
あと眼鏡を掛けて、左手には奇妙な手袋をはめ、その手にはへんてこな帽子が掴まれている。
その衣服は所々破れていて、もしかしたら戦いに巻き込まれたのかもしれなかった。
ヴィクトリアの後ろには電話が有り、どうやらさっきまで誰かと話していたらしい。
荒い息を吐いてミミは夜の街を走っていた。
頭の中は恐れや怯えでいっぱいだ。もう何も判らない。
「きゃっ」
片目だけの視界では足下も定まらず、足がもつれて転んでしまう。
「に、にげなきゃ、にげなきゃ……!」
慌てて立ち上がってまた走りだそうとして。
すぐ近くの民家の奥に、明かりが灯っている事に気が付いた。
「ここも、誰か居るの……?」
さっきのような人だったらどうしようと身が竦んだが、こんな所に一人で居るのも嫌だった。
誰かに助けて欲しかった。
守ってくれる強い人じゃなくても良いから、信じられる人に一緒に居て欲しかった。
「あ、あんな人ばかりじゃないよね、ここ……」
ミミは恐る恐る、家の戸を開けた。
「おじゃましまーす…………」
奥から話し声が聞こえた。
「無理しないで、今は会わない方が良さそうだもの。後で会いましょう、こちらから電話するわ」
がちゃんと、電話を切る音がした。
「で、そこに居るのは誰?」
家の奥に居たのは、金髪の少女だった。ヴィクトリアだ。
右手に赤い宝石の填った金色の杖を握りしめて、ミミに対し身構えている。
あと眼鏡を掛けて、左手には奇妙な手袋をはめ、その手にはへんてこな帽子が掴まれている。
その衣服は所々破れていて、もしかしたら戦いに巻き込まれたのかもしれなかった。
ヴィクトリアの後ろには電話が有り、どうやらさっきまで誰かと話していたらしい。
「わたしは、太刀川ミミ。あの……あなたは、まともな人よね?」
ヘンテコな質問にヴィクトリアは思わず呆れてしまう。
「まともじゃない人はまともじゃないなんて言わないわ」
『その通りです、I.M』
「そ、そうよね、ごめんなさい」
ぺこりと謝る。
「……あれ、今の声は?」
「こいつもう無駄口を……まあいいわ。この杖よ」
『レイジングハートです、以後お見知り置きを』
金色の杖、レイジングハートが宝石を光らせ挨拶をする。
その発音は英語だったが、何故か理解できていた。
「喋る杖? デジモンなの?」
「でじもん? 何、それは?」
「デジモンはデジモンよ。そういえば確か、わたしの支給品に……」
ミミはランドセルを降ろし――棺桶に同梱されて付いた血にまたパニックを起こしそうになりながら、
中からポケモン図鑑を取りだして……何本も爪の剥がれた指に気付いて、取り落とした。
「う、ひ、いや、あ………いたい、痛いよ……」
恐怖と緊張で忘れていた痛みを思い出してぼろぼろと涙を零す。
ヴィクトリアはそんなミミに頓着せず、取り落とされたポケモン図鑑を拾い上げた。
「これは確か……そうね、そういう使い方が出来るのね」
『I.M、彼女の指を……』
「生憎と救急セットは取ってきてないわ。この家を探しても見つかるかもしれないけど、その前に」
ヴィクトリアはポケモン図鑑をレイジングハートに向けて、操作した。
ヘンテコな質問にヴィクトリアは思わず呆れてしまう。
「まともじゃない人はまともじゃないなんて言わないわ」
『その通りです、I.M』
「そ、そうよね、ごめんなさい」
ぺこりと謝る。
「……あれ、今の声は?」
「こいつもう無駄口を……まあいいわ。この杖よ」
『レイジングハートです、以後お見知り置きを』
金色の杖、レイジングハートが宝石を光らせ挨拶をする。
その発音は英語だったが、何故か理解できていた。
「喋る杖? デジモンなの?」
「でじもん? 何、それは?」
「デジモンはデジモンよ。そういえば確か、わたしの支給品に……」
ミミはランドセルを降ろし――棺桶に同梱されて付いた血にまたパニックを起こしそうになりながら、
中からポケモン図鑑を取りだして……何本も爪の剥がれた指に気付いて、取り落とした。
「う、ひ、いや、あ………いたい、痛いよ……」
恐怖と緊張で忘れていた痛みを思い出してぼろぼろと涙を零す。
ヴィクトリアはそんなミミに頓着せず、取り落とされたポケモン図鑑を拾い上げた。
「これは確か……そうね、そういう使い方が出来るのね」
『I.M、彼女の指を……』
「生憎と救急セットは取ってきてないわ。この家を探しても見つかるかもしれないけど、その前に」
ヴィクトリアはポケモン図鑑をレイジングハートに向けて、操作した。
レイジングハート
インテリジェントデバイス
たかさ:?? m
おもさ:?? kg
かいぞうミッドチルダしきデバイス。
カートリッジシステムは きょうりょく
だが あつかいにちゅういがひつよう。
インテリジェントデバイス
たかさ:?? m
おもさ:?? kg
かいぞうミッドチルダしきデバイス。
カートリッジシステムは きょうりょく
だが あつかいにちゅういがひつよう。
おもなわざ
ディバインバスター
スターライトブレイカー
ディバインバスター
スターライトブレイカー
「調べればもっと詳しいデータも判りそうね。……ところで改造ってどういう事よ」
『言葉通りです。私は元来ミッドチルダ式のデバイスですが、古代ベルカ式デバイスに対抗するため、
ベルカ式のカートリッジシステムを組み込んで頂きました。
言い忘れていましたが、私の他に一例しか類を見ない無理な改造ですので繊細に扱って下さい』
「あなたが壊れると思うとせいせいするんだけれど?」
『I.Mを巻き込む規模の事故になるかもしれません』
「………………」
ヴィクトリアは腹立たしげに引き続き図鑑を操作する。
それはなんとなしにした事だ。
アイテムリストによればこのポケモン図鑑は意志を持った支給品の詳細を見る機能がある。
裏を返せば意志の無い支給品に使った所で何か判るわけが無い。無いのだが。
『言葉通りです。私は元来ミッドチルダ式のデバイスですが、古代ベルカ式デバイスに対抗するため、
ベルカ式のカートリッジシステムを組み込んで頂きました。
言い忘れていましたが、私の他に一例しか類を見ない無理な改造ですので繊細に扱って下さい』
「あなたが壊れると思うとせいせいするんだけれど?」
『I.Mを巻き込む規模の事故になるかもしれません』
「………………」
ヴィクトリアは腹立たしげに引き続き図鑑を操作する。
それはなんとなしにした事だ。
アイテムリストによればこのポケモン図鑑は意志を持った支給品の詳細を見る機能がある。
裏を返せば意志の無い支給品に使った所で何か判るわけが無い。無いのだが。
しきがみ
プログラム
たかさ:0.1 m
おもさ:0.0 kg
げんそうきょうのそとでいうプログラム。
げんそうきょうのなかで アイポッドを
うごかすためにくまれた。 じがはない。
プログラム
たかさ:0.1 m
おもさ:0.0 kg
げんそうきょうのそとでいうプログラム。
げんそうきょうのなかで アイポッドを
うごかすためにくまれた。 じがはない。
おもなわざ
とくになし
とくになし
図鑑でi-Podを見てみたら、そう表示された。
「擬似的な生き物で機械的な物を制御してるの?
あのアーチェリーの武装錬金を制御するオートマータみたいな……いや違う、ずっと簡易な物だ。
そうか、その可能性があったんだ。それじゃまさか……」
『My I.M?』
「あなたは黙ってなさい、レイジングハート!」
熱に浮かされたように、ヴィクトリアは思いつきを試してみた。
……思った通りだった。
「擬似的な生き物で機械的な物を制御してるの?
あのアーチェリーの武装錬金を制御するオートマータみたいな……いや違う、ずっと簡易な物だ。
そうか、その可能性があったんだ。それじゃまさか……」
『My I.M?』
「あなたは黙ってなさい、レイジングハート!」
熱に浮かされたように、ヴィクトリアは思いつきを試してみた。
……思った通りだった。
「……太刀川ミミと言ったわね」
「う……えぐ……な、なに……?」
爪が剥がれた指の痛みに何も出来ず泣いていたミミは、ヴィクトリアの声に顔を上げた。
顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「あなたがこの島に来てからの事を話してもらえるかしら」
「えう……うん……」
ミミは頷いて話し始めた。
惨殺した神楽の死体を弄り回している恐ろしい少女に出会った事。
向かっていって返り討ちにされて、片目を抉られて死体の目を填め込まれた事。
痛みと片目の喪失に、気絶したり目覚めたりしながら歩いた事。
放送は聞き逃してしまった事。
起きたら棺桶の中で、死体と一緒に入れられていて、蓋を必死にひっかいて爪が剥がれてしまった事。
蓋が開いたら恐ろしい二人が居て、近くには壊れた人形と死体が転がっていた事。
二人の片方、蒼星石と呼ばれた子も人形のようだった事。
そこからあわててここまで逃げてきた事。
「そう。仲間は居ないのね?」
ヴィクトリアの問いにミミは首を振った。
「ううん、居るわ。八神太一くんと、泉光子郎くん、それから城戸丈先輩。
みんな凄く頼りになるから、力を合わせればきっとジェダだって倒せるわ」
レイジングハートが何か言いたげに明滅する。
『その名前は……』
「黙ってなさい、レイジングハート。それで、あなたは?」
「うん、わたしもみんなの力になろうと思って仲間を集めようとしてたの。
でも空回りばかりで……痛くて……わたし、何も出来ないのかな……」
ヴィクトリアは言った。
「いいえ。あなたにはとても大きな意味が有ったわ」
「本当?」
ミミは嬉しい言葉に、また俯きかけていた顔を上げてヴィクトリアを見つめ返す。
ヴィクトリアは頷いた。
「ええ。それは私の所にこの図鑑を持ってきてくれた事。それと」
「それと、何?」
ミミは期待に満ちて続きを促す。
ヴィクトリアは自然な動作でゆっくりと、レイジングハートをミミの首もとに突きつけた。
「あなたの命が、この島で最も無価値だった事よ」
「――」
耳にした言葉が理解できない。
呆けたミミの首もとでレイジングハートが輝く。
「う……えぐ……な、なに……?」
爪が剥がれた指の痛みに何も出来ず泣いていたミミは、ヴィクトリアの声に顔を上げた。
顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「あなたがこの島に来てからの事を話してもらえるかしら」
「えう……うん……」
ミミは頷いて話し始めた。
惨殺した神楽の死体を弄り回している恐ろしい少女に出会った事。
向かっていって返り討ちにされて、片目を抉られて死体の目を填め込まれた事。
痛みと片目の喪失に、気絶したり目覚めたりしながら歩いた事。
放送は聞き逃してしまった事。
起きたら棺桶の中で、死体と一緒に入れられていて、蓋を必死にひっかいて爪が剥がれてしまった事。
蓋が開いたら恐ろしい二人が居て、近くには壊れた人形と死体が転がっていた事。
二人の片方、蒼星石と呼ばれた子も人形のようだった事。
そこからあわててここまで逃げてきた事。
「そう。仲間は居ないのね?」
ヴィクトリアの問いにミミは首を振った。
「ううん、居るわ。八神太一くんと、泉光子郎くん、それから城戸丈先輩。
みんな凄く頼りになるから、力を合わせればきっとジェダだって倒せるわ」
レイジングハートが何か言いたげに明滅する。
『その名前は……』
「黙ってなさい、レイジングハート。それで、あなたは?」
「うん、わたしもみんなの力になろうと思って仲間を集めようとしてたの。
でも空回りばかりで……痛くて……わたし、何も出来ないのかな……」
ヴィクトリアは言った。
「いいえ。あなたにはとても大きな意味が有ったわ」
「本当?」
ミミは嬉しい言葉に、また俯きかけていた顔を上げてヴィクトリアを見つめ返す。
ヴィクトリアは頷いた。
「ええ。それは私の所にこの図鑑を持ってきてくれた事。それと」
「それと、何?」
ミミは期待に満ちて続きを促す。
ヴィクトリアは自然な動作でゆっくりと、レイジングハートをミミの首もとに突きつけた。
「あなたの命が、この島で最も無価値だった事よ」
「――」
耳にした言葉が理解できない。
呆けたミミの首もとでレイジングハートが輝く。
その次の瞬間、ミミの首輪が爆発した。
何も理解できないままに、太刀川ミミの人生は終わりを告げた。
何も理解できないままに、太刀川ミミの人生は終わりを告げた。
………………………………。
……………………。
…………。
……………………。
…………。
「みぃつけた」
「…………え?」
振り向いたヴィクトリアの瞳に映ったのは、レミリア・スカーレットの姿だった。
右手にラグナロクを、左手にグラーフアイゼンを握り締めている。
ヴィクトリアはジャケットを展開し更に防御魔法を発動しようとした。
「遅い」
今度は距離が無く、防御魔法を準備しておく時間もなかった。
レイジングハートはグラーフアイゼンに弾き飛ばされた。
袈裟切りに振り下ろされたラグナロクがヴィクトリアを切り裂いた。
左首筋から右胴までが斜めに両断される。弾けたバリアジャケットも僅かに威力を減じただけだった。
ヴィクトリアの視界が横にずれて。
どしゃりと、床に落ちた。
「…………え?」
振り向いたヴィクトリアの瞳に映ったのは、レミリア・スカーレットの姿だった。
右手にラグナロクを、左手にグラーフアイゼンを握り締めている。
ヴィクトリアはジャケットを展開し更に防御魔法を発動しようとした。
「遅い」
今度は距離が無く、防御魔法を準備しておく時間もなかった。
レイジングハートはグラーフアイゼンに弾き飛ばされた。
袈裟切りに振り下ろされたラグナロクがヴィクトリアを切り裂いた。
左首筋から右胴までが斜めに両断される。弾けたバリアジャケットも僅かに威力を減じただけだった。
ヴィクトリアの視界が横にずれて。
どしゃりと、床に落ちた。
………………。