幻影(中編) ◆wlyXYPQOyA
議題は自然と「これからどこへ行き、何をするか」というものへと変化した。
これは先程の情報交換のときのような火種は起こらなかった。
ごく普通に各々の考えが発表されていく。
ごく普通に各々の考えが発表されていく。
小太郎は「シャナを探そうかな……別行動しててアレやけど、放っておけんわ」と。
トリエラは「私は小太郎についていきたい。ネギの事もシャナの事もある」と。
タバサは「私はこれからまたレックスを探しに行きたい。まずは、城に行きたいかな」と。
蒼星石は「僕はタバサと一緒に」と。
トリエラは「私は小太郎についていきたい。ネギの事もシャナの事もある」と。
タバサは「私はこれからまたレックスを探しに行きたい。まずは、城に行きたいかな」と。
蒼星石は「僕はタバサと一緒に」と。
意見が交わされ蒼星石とトリエラの「同行したい」という意見にも、小太郎とタバサは了承した。
これで話し合いの全ては完了したことになる。小太郎は安堵のため息をついた。
そして座布団から立ち上がり、勢いよく左肩を回しながらにこやかに笑う。
これで話し合いの全ては完了したことになる。小太郎は安堵のため息をついた。
そして座布団から立ち上がり、勢いよく左肩を回しながらにこやかに笑う。
「よーし、そんじゃ決まりやな!」
「待って」
『停止を』
「待って」
『停止を』
今にも飛び出さん限りまで勢い付いた小太郎を、トリエラとグラーフアイゼンが止めた。
折角の意気を萎えさせられた小太郎は不平を漏らす。思わず立ち上がるレベルにまで達していたのに。
折角の意気を萎えさせられた小太郎は不平を漏らす。思わず立ち上がるレベルにまで達していたのに。
「なんやねん、ええときに」
「勢いづいて暴走されたら困る。皆休息が必要よ……自重して」
「う……た、確かにそうか……」
『それに私はどうすれば良いのでしょうか? 指示を要求します』
「あ……忘れとった」
「勢いづいて暴走されたら困る。皆休息が必要よ……自重して」
「う……た、確かにそうか……」
『それに私はどうすれば良いのでしょうか? 指示を要求します』
「あ……忘れとった」
トリエラの指摘とグラーフアイゼンの疑問。
二つの言葉によって自分やトリエラの状況にやっと気付き、再び座布団に座った。
「すっかり忘れ取ったわ……ちょっとは痛がれや、可愛げのない」とぼやきながら座る小太郎に
トリエラは「お互い様よ。無理ばかりして」と返す。ツンとした表情から不機嫌さが読み取れた。
二つの言葉によって自分やトリエラの状況にやっと気付き、再び座布団に座った。
「すっかり忘れ取ったわ……ちょっとは痛がれや、可愛げのない」とぼやきながら座る小太郎に
トリエラは「お互い様よ。無理ばかりして」と返す。ツンとした表情から不機嫌さが読み取れた。
「さって、と。お前をどうするかやったな。お前自体はどうなんや? グラーフアイゼン」
『誰に仕えようと文句はありません。ただ、我が真の主を見つけたいとは思っています』
『”紅の鉄騎”ですか』
『誰に仕えようと文句はありません。ただ、我が真の主を見つけたいとは思っています』
『”紅の鉄騎”ですか』
グラーフアイゼンの意見とバルディッシュの補足に、小太郎達は顔をしかめた。
紅の鉄騎、ヴィータ。情報交換の際にグラーフアイゼンから名前だけは聞いた気がする。
いや、それだけではない。ヴィータ……そうだ、これも高町なのはが言っていた!
紅の鉄騎、ヴィータ。情報交換の際にグラーフアイゼンから名前だけは聞いた気がする。
いや、それだけではない。ヴィータ……そうだ、これも高町なのはが言っていた!
「そうや、思い出した! なのはが言うとった……ヴィータに会って、そんで……」
『”そんで”……どうしましたか?』
『”そんで”……どうしましたか?』
つい、証言を止めてしまった。なのはの所業を伝えるか、迷ってしまったのだ。
だがグラーフアイゼンは続きを急かす。当然だが……しかし、ここまで来たら言うしかないだろう。
きちんと伝えるべきことを伝えるため、急かされるままに続きを答えた。
だがグラーフアイゼンは続きを急かす。当然だが……しかし、ここまで来たら言うしかないだろう。
きちんと伝えるべきことを伝えるため、急かされるままに続きを答えた。
「ヴィータの手足を焼いた、らしい……殺し合いに乗ってて、止めるためやって」
『手足……わかりました。しかしあなたと主の繋がりがあるのは助かります』
「いや、悪ィ。さっきも言っとったやろ? 俺はなのはとはすぐ別れててん……繋がりも別に無いねん」
『……Jawohl.』
『手足……わかりました。しかしあなたと主の繋がりがあるのは助かります』
「いや、悪ィ。さっきも言っとったやろ? 俺はなのはとはすぐ別れててん……繋がりも別に無いねん」
『……Jawohl.』
仮にグラーフアイゼンが人の形であったなら、肩を落としていただろう。
しかしこれは真実だ。求められたことを答えるだけ。それが彼の為でもある。
一寸の静寂が訪れ――だがすぐにそれを掻き消す様にグラーフアイゼンは言葉を発した。
しかしこれは真実だ。求められたことを答えるだけ。それが彼の為でもある。
一寸の静寂が訪れ――だがすぐにそれを掻き消す様にグラーフアイゼンは言葉を発した。
『状況は理解しました』
「すまん、がっかりしたやろな」
『Nein, それよりも今は――』
「すまん、がっかりしたやろな」
『Nein, それよりも今は――』
グラーフアイゼンの冷静な言葉に対し、小太郎は謝罪をする。
相手が魔法具と言えど、やはり意思を持っている相手。申し訳が立たない。
だがいつまでも冷静に勤めるグラーフアイゼンは、気にしないというように言葉を続けた。
相手が魔法具と言えど、やはり意思を持っている相手。申し訳が立たない。
だがいつまでも冷静に勤めるグラーフアイゼンは、気にしないというように言葉を続けた。
「Wählen Sie Aktion.(行動の選択を)」
「……せやな。さて、後はホンマにお前をどうするかやなぁ」
「そうね。このまま放置して危険人物に拾われても困るし……」
『勘弁して頂きたく思います』
「……せやな。さて、後はホンマにお前をどうするかやなぁ」
「そうね。このまま放置して危険人物に拾われても困るし……」
『勘弁して頂きたく思います』
くよくよしても仕方が無い、を体現するようなグラーフアイゼンの言葉。
それに絆されるように、小太郎とトリエラは話題をすぐさま元に戻した。
思えば小太郎自身は前向きな性格だ。さっきまでの状況が続くのは似合わない。
トリエラとしても、決めるべき物事は早く決めておきたいのだろう。
それに絆されるように、小太郎とトリエラは話題をすぐさま元に戻した。
思えば小太郎自身は前向きな性格だ。さっきまでの状況が続くのは似合わない。
トリエラとしても、決めるべき物事は早く決めておきたいのだろう。
「で、言うた様に俺はヴィータとの接点がないわけやけど……タバサらはどうやったっけ? トリエラは?」
「同じく。偽名を使われていない限りは会ってはいないわ」
「同じく。偽名を使われていない限りは会ってはいないわ」
しかし小太郎自身になのはへの小さなパイプはあっても、肝心のヴィータへの繋がりが無いという問題は解決していない。
故に早速トリエラ達に問うものの、まず最初に口を開いたトリエラの答えも同じ。接点は無いということだった。
故に早速トリエラ達に問うものの、まず最初に口を開いたトリエラの答えも同じ。接点は無いということだった。
「そうだね。タバサも僕も会っていないよ」
「私達、ここに来るまではあまり他の人と行動してなかったし……」
『先程話した通り姿は知ってはいます――が、ここでは会ってはいません』
「私達、ここに来るまではあまり他の人と行動してなかったし……」
『先程話した通り姿は知ってはいます――が、ここでは会ってはいません』
続いて蒼星石とタバサ、そしてバルディッシュも困ったように答えた。どうやら全員、本気で知らないらしい。
これは困った。この殺し合いの舞台も時は十分に刻んでいるし、これでは探しようが無いではないか。
今ある情報と言えば精々バルディッシュが元の世界で知り合いだったくらいで、だからどうしたという程度だ。
これは困った。この殺し合いの舞台も時は十分に刻んでいるし、これでは探しようが無いではないか。
今ある情報と言えば精々バルディッシュが元の世界で知り合いだったくらいで、だからどうしたという程度だ。
『参りましたね……髪を二房の三つ編みにした、小さな少女の姿なのですが』
「「「「『会って(へんわ)(ないわよ)(ないね)(はいないな)(いません)』」」」」
『……そうですか』
「「「「『会って(へんわ)(ないわよ)(ないね)(はいないな)(いません)』」」」」
『……そうですか』
手詰まりだ。グラーフアイゼンにはまたまた申し訳ないが、本気で。
だが、これは逆に「誰が持っていっても大丈夫」という事になる。
各々別の用事があるので、グラーフアイゼン自体の願いが叶うまでは多少遠回りにはなるだろう。
だが彼自体はとても頼りがいのある魔法具だ。それは持つ者が違えば凶器になる程にだ。
だが、これは逆に「誰が持っていっても大丈夫」という事になる。
各々別の用事があるので、グラーフアイゼン自体の願いが叶うまでは多少遠回りにはなるだろう。
だが彼自体はとても頼りがいのある魔法具だ。それは持つ者が違えば凶器になる程にだ。
『行く当てが無いのも困りましたね、グラーフアイゼン』
『痛いところを付いてくれるな。お前も壊れかけで大変だろう、お互い様だ』
『治りかけと言って頂きたいですね。後小一時間もすれば万全です』
『それは悪かった。”怪我は男の勲章”とは、どこの世界で聞いた言葉だったろうか――』
『痛いところを付いてくれるな。お前も壊れかけで大変だろう、お互い様だ』
『治りかけと言って頂きたいですね。後小一時間もすれば万全です』
『それは悪かった。”怪我は男の勲章”とは、どこの世界で聞いた言葉だったろうか――』
バルディッシュと渦中の金槌が傍らで喋っている。
何だか楽しそうに見えるのはきっと気のせいではないだろう。
やはり自分達と同じく、知り合いに出会えたことが嬉しいのだ。
寡黙な印象を与えていたこの二つの魔法具がこうも喋るというのも面白い。
何だか楽しそうに見えるのはきっと気のせいではないだろう。
やはり自分達と同じく、知り合いに出会えたことが嬉しいのだ。
寡黙な印象を与えていたこの二つの魔法具がこうも喋るというのも面白い。
「……そういう事だったら、そうね。蒼星石、武器は持っているの?」
そんな最中に突然、トリエラが蒼星石に話をふった。
というより質問を飛ばしてきた。蒼星石は少し困惑するが、答え始める。
というより質問を飛ばしてきた。蒼星石は少し困惑するが、答え始める。
「一応、金糸雀のヴァイオリンがあるけど……」
「そう……じゃあ、小太郎は?」
「そう……じゃあ、小太郎は?」
質問は小太郎にも飛んできた。
「武器を使うことがまず無いわ」と簡単に答えておいた。
「武器を使うことがまず無いわ」と簡単に答えておいた。
「私は銃があるし……タバサ、あなたにはバルディッシュ・アサルトがいる。
いまいち宝の持ち腐れ感が強いわね……小太郎、あなたが持つのはどう?」
「いや、待て……話聞いてたか?」
いまいち宝の持ち腐れ感が強いわね……小太郎、あなたが持つのはどう?」
「いや、待て……話聞いてたか?」
そこで突然白羽の矢が立ったことに、小太郎は少々驚いて否定する。
「戦闘中は前に出るんでしょう? バリアジャケットとやらで身が守れるなら万々歳だわ」
「いや、そりゃそうやけど……武器も暗器くらいしか使わんし……大体こいつ、気で動くんか?」
『リンカーコアの存在は感じられます、大丈夫でしょう。
そして私にはコンパクトな待機フォルムというものも存在します』
「おいおいホンマか金槌君……まぁ、前に出るときは、有利なんかなぁ……?」
『”金槌君”……ともかく、防護服の生成装置として考えて頂いても結構です。
こちらも最早そういう扱いをされる事に関しては慣れましたので、ご遠慮なく』
「いや、そりゃそうやけど……武器も暗器くらいしか使わんし……大体こいつ、気で動くんか?」
『リンカーコアの存在は感じられます、大丈夫でしょう。
そして私にはコンパクトな待機フォルムというものも存在します』
「おいおいホンマか金槌君……まぁ、前に出るときは、有利なんかなぁ……?」
『”金槌君”……ともかく、防護服の生成装置として考えて頂いても結構です。
こちらも最早そういう扱いをされる事に関しては慣れましたので、ご遠慮なく』
「う~ん……」と深く考える小太郎。仕方が無い、これは迷う。
しばらく長考し、ふと周りを見た。「ホンマにええんか? 持ち腐れやぞ?」と尋ねる。
が、特に否定する者はいなかった。賛成意見の多さに、小太郎は仕方なく”彼”を手に取った。
しばらく長考し、ふと周りを見た。「ホンマにええんか? 持ち腐れやぞ?」と尋ねる。
が、特に否定する者はいなかった。賛成意見の多さに、小太郎は仕方なく”彼”を手に取った。
「……じゃあそうする。宜しく、グラーフアイゼン」
『Jawohl.』
『Jawohl.』
賛成多数が決め手になり、グラーフアイゼンは小太郎が受け取る事になった。
『バリアジャケットは如何しますか?』
「まだいらんいらん。緊急事態になったら、という事で」
『了解。展開が必要な際にはいつでも対応致します』
「あいよ」
「まだいらんいらん。緊急事態になったら、という事で」
『了解。展開が必要な際にはいつでも対応致します』
「あいよ」
「金槌君」の仮マイスターが決まり、やっと全てが終わった。開放感が訪れる。
トリエラは今までの情報を整理しているのか、ぶつぶつと何かを呟いている。
傍で交わされている蒼星石とタバサの会話を聞き流しながら、小太郎はふと物思いに耽った。
トリエラは今までの情報を整理しているのか、ぶつぶつと何かを呟いている。
傍で交わされている蒼星石とタバサの会話を聞き流しながら、小太郎はふと物思いに耽った。
再び、高町なのはが小太郎を見つめる様に姿を現した。
人の命を奪いに奪った魔法具を持ち、自嘲する様に笑みを浮かべている。
「やはり、そうか」と小太郎が言うと、なのはは疑問を浮かべるように首を傾ける。
「いや、ええんや。こっちの話」と伝える。すると、目の前の彼女は突然姿を変化させた。
目の前に立っているのは金髪の少女。高町なのはは、タバサへと変貌した。
人の命を奪いに奪った魔法具を持ち、自嘲する様に笑みを浮かべている。
「やはり、そうか」と小太郎が言うと、なのはは疑問を浮かべるように首を傾ける。
「いや、ええんや。こっちの話」と伝える。すると、目の前の彼女は突然姿を変化させた。
目の前に立っているのは金髪の少女。高町なのはは、タバサへと変貌した。
「やっぱりなぁ……」と思う。
やはりタバサはなのはと同じだ。なのはの所業と言葉を見て聞いた今の自分だからわかる。
彼女との情報交換のとき、そして喧嘩にまで発展してやっと気付くことが出来た。
タバサは”どうしようも無いこと”を”仕方が無い”と、他人にではなく”自分に”言い聞かせている。
極論を振りかざし、周りの人間を納得させる事で自分の決意を固めている。
そうやって、そうやって、そうやって――いつの間にか自分の決意と別の方向に流されていく。
彼女との情報交換のとき、そして喧嘩にまで発展してやっと気付くことが出来た。
タバサは”どうしようも無いこと”を”仕方が無い”と、他人にではなく”自分に”言い聞かせている。
極論を振りかざし、周りの人間を納得させる事で自分の決意を固めている。
そうやって、そうやって、そうやって――いつの間にか自分の決意と別の方向に流されていく。
なのはの場合は、それが殺人へと発展していった。
タバサの場合は、それが蒼星石の盲目さに発展していった。
タバサの場合は、それが蒼星石の盲目さに発展していった。
恐らくタバサは、なんらかの理由で突拍子も無いことを続けているのだろう。
だが極論を振りかざし続けてどうなる。いずれガタが来て、皺寄せが押し寄せてくるはずだ。
だが極論を振りかざし続けてどうなる。いずれガタが来て、皺寄せが押し寄せてくるはずだ。
蒼星石にはそれを伝えるべきだろうか。タバサが無理をしている、とハッキリというべきか。
だがそれではタバサの今までの苦労が水の泡だ。それに蒼星石が納得するとは思えない。
どこかで止めてやりたいが、今の自分ではいい考えが思いつかない。
それにシャナとの再会も優先したい。しかしタバサの行方が気になる。
このまま野放しにしてなのはの様に戻れないところまで進んでしまうのは御免被りたい。
それに自分としても、あの時のリベンジをするチャンスを仏さんからもらったような気すらしている。
だがリベンジする方法は見つからない。「どうしようか……」と悩みに悩む。
だがそれではタバサの今までの苦労が水の泡だ。それに蒼星石が納得するとは思えない。
どこかで止めてやりたいが、今の自分ではいい考えが思いつかない。
それにシャナとの再会も優先したい。しかしタバサの行方が気になる。
このまま野放しにしてなのはの様に戻れないところまで進んでしまうのは御免被りたい。
それに自分としても、あの時のリベンジをするチャンスを仏さんからもらったような気すらしている。
だがリベンジする方法は見つからない。「どうしようか……」と悩みに悩む。
自分が動かなかった所為で高町なのはの再来、となるのは嫌だ。
だがシャナの事も確認したい。一応情報交換の中でもそう言っている。
男に二言はない。だがそんな事を言っている暇はない。
だがどちらに付くべきか。一体自分は男としてどうすればいいのだろうか。
だがシャナの事も確認したい。一応情報交換の中でもそう言っている。
男に二言はない。だがそんな事を言っている暇はない。
だがどちらに付くべきか。一体自分は男としてどうすればいいのだろうか。
――と、そんなことを考えていると、いつの間にやらタバサが一人居間から姿を消していた。
どこに行った? と辺りをぐるぐると見回す内に、どこからかシャワーの音が聞こえ始める。
どこに行った? と辺りをぐるぐると見回す内に、どこからかシャワーの音が聞こえ始める。
「タバサならシャワーよ」
「え? あ、そうなんか」
「さっき本人が言ってたけど、聞いていなかったの? 呆れた……」
「うっさい、ちょっと考え事しててん」
「え? あ、そうなんか」
「さっき本人が言ってたけど、聞いていなかったの? 呆れた……」
「うっさい、ちょっと考え事しててん」
頭をぼりぼりと掻きながら、トリエラにぶつくさと答える小太郎。
彼らとの会話以外は、湯の流れる音だけが響いていた。
彼らとの会話以外は、湯の流れる音だけが響いていた。
◇ ◇ ◇
お湯の流れる音と肌を打つ音が耳に届く。
誰かの為に作られた温かなシャワーは、今は私が独り占め。
小さな小さな癒しの世界の中、私はこの静かな時間を楽しんでいた。
誰かの為に作られた温かなシャワーは、今は私が独り占め。
小さな小さな癒しの世界の中、私はこの静かな時間を楽しんでいた。
肌が熱を帯びて、薄く桃色へと変わっていく。
華奢な肩や腕も、何もかもが区別なく変化していった。
一日中歩いて疲れた脚も、今はまるで喜んでいるように染まっていた。
華奢な肩や腕も、何もかもが区別なく変化していった。
一日中歩いて疲れた脚も、今はまるで喜んでいるように染まっていた。
短く揃えた髪から、大きな雫が一つ零れ落ちた。
まるで命を得たように細く透明な線を描いて、首と肩を伝って落ちていく。
そのまま胸を通り、太腿へと流れ、膝から床に飛び降りる。
それが何だかくすぐったくて、私ははぁっと小さく息を吐いた。
まるで命を得たように細く透明な線を描いて、首と肩を伝って落ちていく。
そのまま胸を通り、太腿へと流れ、膝から床に飛び降りる。
それが何だかくすぐったくて、私ははぁっと小さく息を吐いた。
髪は既に洗っている。私は体を洗う為に、大きくて柔らかなスポンジを手に取った。
そのままもう片方で四角い石鹸を手に取った。まだ全然使われていない、新品そのものだ。
スポンジをシャワーのお湯に浸し、石鹸と擦り合わせると不思議なほどに泡が出た。
もこもこと膨らんでいくそれは、空に浮かぶ雲の様。それもとびきり良い匂い。
そのままもう片方で四角い石鹸を手に取った。まだ全然使われていない、新品そのものだ。
スポンジをシャワーのお湯に浸し、石鹸と擦り合わせると不思議なほどに泡が出た。
もこもこと膨らんでいくそれは、空に浮かぶ雲の様。それもとびきり良い匂い。
スポンジを包んでいるとても贅沢なそれを落とさないよう、私はスポンジを左腕へと添える。
そしてそれをゆっくりと往復させた。肩から手へ、優しく泡で包むように擦っていく。
普段使い慣れたものじゃなかったから、またとてもくすぐったくて。「あっ……」と小さく声を漏らしてしまう。
体を襲う愉快な刺激に笑みを浮かべながら、私は体を泡で包んでいく。
ふと、自分の華奢な体が嫌に目立った。慣れない場所だから、余計なことを考えてしまうのかな。
お母さんと比べたらまだ全然な小さな胸に視線が移る。貧相なそれは、私に小さな声で主張を繰り返していた。
それがちょっと悔しくなって、私は隠す様にそれを泡で包んでいった。気にしない、気にしない。
私のだって、きっと大きくなるもん。背だって伸びるだろうし、これから先もっと大人っぽくなっていくんだもの!
そしてそれをゆっくりと往復させた。肩から手へ、優しく泡で包むように擦っていく。
普段使い慣れたものじゃなかったから、またとてもくすぐったくて。「あっ……」と小さく声を漏らしてしまう。
体を襲う愉快な刺激に笑みを浮かべながら、私は体を泡で包んでいく。
ふと、自分の華奢な体が嫌に目立った。慣れない場所だから、余計なことを考えてしまうのかな。
お母さんと比べたらまだ全然な小さな胸に視線が移る。貧相なそれは、私に小さな声で主張を繰り返していた。
それがちょっと悔しくなって、私は隠す様にそれを泡で包んでいった。気にしない、気にしない。
私のだって、きっと大きくなるもん。背だって伸びるだろうし、これから先もっと大人っぽくなっていくんだもの!
……そう。これから先――私が生きていればの話。
一転、身震いがした。鳥肌が立つ。でもそれはシャワーの冷たさの所為じゃない。
考えて、怖くなってしまった。私が死んで、蒼星石が死んで、レックスも死んでしまう光景が浮かんでしまった。
グラーフアイゼンはレックスが無事だと言った。最愛のお兄ちゃんが生きているって、教えてくれた。
けれどそれでも怖い。グラーフアイゼンがレックスと会った時に無事だったとしても、今はそうだとは限らない。
多少の無理は通してでも、急いで見つけなきゃいけない。でも……蒼星石が納得してくれるか不安だ。
考えて、怖くなってしまった。私が死んで、蒼星石が死んで、レックスも死んでしまう光景が浮かんでしまった。
グラーフアイゼンはレックスが無事だと言った。最愛のお兄ちゃんが生きているって、教えてくれた。
けれどそれでも怖い。グラーフアイゼンがレックスと会った時に無事だったとしても、今はそうだとは限らない。
多少の無理は通してでも、急いで見つけなきゃいけない。でも……蒼星石が納得してくれるか不安だ。
疲れた脚を私は入念に洗い始めた。太腿や足首、爪先もしっかりと泡で包む。
……動かないと、不安が押し寄せてしまいそうだったからだ。私は今の考えを忘れようと体を動かす。
けれどそれでも不安は消えなかった。体を動かしても、何も誤魔化せない。
逃げを考えてしまった自分が、ただただ恥ずかしくなっただけで終わってしまった。
……動かないと、不安が押し寄せてしまいそうだったからだ。私は今の考えを忘れようと体を動かす。
けれどそれでも不安は消えなかった。体を動かしても、何も誤魔化せない。
逃げを考えてしまった自分が、ただただ恥ずかしくなっただけで終わってしまった。
蒼星石は、こんな私を信じてくれている。頼りにしてくれているみたいだ。
敵……同じ年くらいの男の子を迷わず斬りつけて追い払ったおかげだろうか。
村人……同じ年くらいの女の子の「処理」を迷わずに即決したおかげだろうか。
リリスを退けたおかげだろうか、棺桶を苦も無く運んだおかげだろうか。
罪悪感を誤魔化して、やるべき事をやり遂げたおかげだろうか。
――きっと、全部だ。それぞれが全部連なって、今の蒼星石と私の関係は成り立っている。
敵……同じ年くらいの男の子を迷わず斬りつけて追い払ったおかげだろうか。
村人……同じ年くらいの女の子の「処理」を迷わずに即決したおかげだろうか。
リリスを退けたおかげだろうか、棺桶を苦も無く運んだおかげだろうか。
罪悪感を誤魔化して、やるべき事をやり遂げたおかげだろうか。
――きっと、全部だ。それぞれが全部連なって、今の蒼星石と私の関係は成り立っている。
でも、それは偽りだ。
本当の私はあんなに強くない。何もかもを簡単に割り切ることは出来ない。
モンスター扱いしてすぐに戦うなんて、戦えそうも無い子どもだからって棺桶に詰めるなんて、出来ない。
村人だなんて簡単に枠組みをすることなんて出来ない。人間はみんな人間だ。隔てる物なんかないって知っている。
何も感じず、ただただ感情が無いかのように、全てを正しいと考えて前に進んでいくことなんて、私には無理だ。
私は本当は甘えん坊で、すぐ人に泣きついて……レックスが、家族が、仲間の皆がいないと何も出来ない弱い人間だ。
本当の私はあんなに強くない。何もかもを簡単に割り切ることは出来ない。
モンスター扱いしてすぐに戦うなんて、戦えそうも無い子どもだからって棺桶に詰めるなんて、出来ない。
村人だなんて簡単に枠組みをすることなんて出来ない。人間はみんな人間だ。隔てる物なんかないって知っている。
何も感じず、ただただ感情が無いかのように、全てを正しいと考えて前に進んでいくことなんて、私には無理だ。
私は本当は甘えん坊で、すぐ人に泣きついて……レックスが、家族が、仲間の皆がいないと何も出来ない弱い人間だ。
でも、それじゃあ駄目だってわかっていたから。だから私はここで強くあろうとした。
蒼星石に甘えるわけにはいかない。弱音を吐くわけにはいかない。弱いところを見せるわけにはいかない。
迷いを見せるわけにはいかない。何も出来ないなんて思わせるわけにはいかない。戦わないわけにはいかない。
困った姿を見せるわけにはいかない。動じているなんて感じさせるわけにはいかない。助けられるわけにはいかない。
蒼星石に甘えるわけにはいかない。弱音を吐くわけにはいかない。弱いところを見せるわけにはいかない。
迷いを見せるわけにはいかない。何も出来ないなんて思わせるわけにはいかない。戦わないわけにはいかない。
困った姿を見せるわけにはいかない。動じているなんて感じさせるわけにはいかない。助けられるわけにはいかない。
――信用を失うわけにはいかない。
――助けを求めるわけにはいかない。
――助けを求めるわけにはいかない。
だから私は何でもやった。出来る限りの事は全部やった。
イシドロの腕を斬った。人間を勝手にモンスター扱いした。
仲間が死んだのはショックで辛かったけど、動じた姿を見せないように笑った。
仲間だと思っていた人に裏切られたのも悲しかったけど、悟られないようにした。
重かったけど、「死者の蘇生」の話をちゃんと信じて貰う為に棺桶を引き摺った。
無理だと知っていたけど、急に態度を変えて変だと思われないように「鍛えれば良い」なんて言った。
もっと重くなって辛かったけど、気絶していたミミっていう女の子を棺桶に入れた。
死体と一緒にするなんて酷いとわかっていたけど、仕方がないと何度も何度も自分に言い聞かせた。
出てきたミミが血だらけで泣き叫んでいたのを見て、本当は酷い事をしてごめんって謝りたかったのに、何も言わなかった。
連れて行きたかったけど、本当は無理してでも護りたかったけど、最初の言葉と矛盾しておかしく思われたくなくてやめた。
動じたところを見せないように、ただ一言「変な子だったね」なんて言葉で済ませた。
きっと怖い想いをしたし、一人にしたら危険だとわかってるのに、私は「合理的に考えて行動する為」に無視して追いかけなかった。
イシドロの腕を斬った。人間を勝手にモンスター扱いした。
仲間が死んだのはショックで辛かったけど、動じた姿を見せないように笑った。
仲間だと思っていた人に裏切られたのも悲しかったけど、悟られないようにした。
重かったけど、「死者の蘇生」の話をちゃんと信じて貰う為に棺桶を引き摺った。
無理だと知っていたけど、急に態度を変えて変だと思われないように「鍛えれば良い」なんて言った。
もっと重くなって辛かったけど、気絶していたミミっていう女の子を棺桶に入れた。
死体と一緒にするなんて酷いとわかっていたけど、仕方がないと何度も何度も自分に言い聞かせた。
出てきたミミが血だらけで泣き叫んでいたのを見て、本当は酷い事をしてごめんって謝りたかったのに、何も言わなかった。
連れて行きたかったけど、本当は無理してでも護りたかったけど、最初の言葉と矛盾しておかしく思われたくなくてやめた。
動じたところを見せないように、ただ一言「変な子だったね」なんて言葉で済ませた。
きっと怖い想いをしたし、一人にしたら危険だとわかってるのに、私は「合理的に考えて行動する為」に無視して追いかけなかった。
鬼、だ。悪魔も言い換えられる。
蒼星石の信頼を得る為だけに、私は沢山のものを犠牲にした。
イシドロの意思を。ミミの平和を。二人の命を。道理を。道徳心を。
蒼星石の信頼を得る為だけに、私は沢山のものを犠牲にした。
イシドロの意思を。ミミの平和を。二人の命を。道理を。道徳心を。
そうして私は、気づけば今までの行動に全てを縛られた。
行き着くところまで行ってしまった。もう戻ることは出来ない。
蒼星石には勿論、彼女の前で誰かに弱音を吐くことも出来ない。
今更全部「ただの極論だったの、ただの勝手な強がりなの、虚勢を張ったの」なんて言える筈も無い。
そんな事をしたら蒼星石はきっと私から離れてしまう。軽蔑されてしまう。
行き着くところまで行ってしまった。もう戻ることは出来ない。
蒼星石には勿論、彼女の前で誰かに弱音を吐くことも出来ない。
今更全部「ただの極論だったの、ただの勝手な強がりなの、虚勢を張ったの」なんて言える筈も無い。
そんな事をしたら蒼星石はきっと私から離れてしまう。軽蔑されてしまう。
――けれどそうなったなら、私は思い切り声を上げて泣くことが許されるのかもしれない。
でも、きっとその時には私はもう二度と立ち上がれないと思う。
何もかもを失って、一人でどこかをさ迷い歩いて、レックスに会えないまま独りぼっちだ。
イシドロだって生き返らない。私の命も、消えてしまうかもしれない。
何もかもを失って、一人でどこかをさ迷い歩いて、レックスに会えないまま独りぼっちだ。
イシドロだって生き返らない。私の命も、消えてしまうかもしれない。
だから、私は嘘を吐き続ける。奇妙な極論で塗り固めて、最後まで強い私を演じる。
誰にどう思われても構わない。蒼星石を裏切る真似さえしなければ、何をしたって構わない。
……と、ここまで考えて、心の中のもう一人の自分がこちらを見ていた。
それは弱いままの私自身。それでも、ここに来る前の良心を持った私だ。
誰にどう思われても構わない。蒼星石を裏切る真似さえしなければ、何をしたって構わない。
……と、ここまで考えて、心の中のもう一人の自分がこちらを見ていた。
それは弱いままの私自身。それでも、ここに来る前の良心を持った私だ。
『本当に、本当にそれでいいの!?』
良心が私に問いかける。そんな事は、愚問だ。とっくにわかってる。
本当は、そんな事は許されない。私だってやりたくない。
けれど、今はそんな事を言ってる時じゃない。
本当は、そんな事は許されない。私だってやりたくない。
けれど、今はそんな事を言ってる時じゃない。
私はもう、蒼星石の前で強く在ろうと”してしまった”。
……でも、そう考えていたはずなのに。
私は小太郎君に今までの事を強く尋ねられた時、どう答えようかと迷ってしまった。
蒼星石を納得させたように無理矢理な答えで押し通すべきかと迷ってしまった。
小太郎君達にまで変な子だと思われて良いのか、と迷ってしまった。
結局、答えたのは蒼星石だ。そして彼女の言葉で帰り道を埋め立てられてしまった。
小太郎君は怒っていた。その怒りは当然だ、わかる。全部、私が悪いんだ。
私は小太郎君に今までの事を強く尋ねられた時、どう答えようかと迷ってしまった。
蒼星石を納得させたように無理矢理な答えで押し通すべきかと迷ってしまった。
小太郎君達にまで変な子だと思われて良いのか、と迷ってしまった。
結局、答えたのは蒼星石だ。そして彼女の言葉で帰り道を埋め立てられてしまった。
小太郎君は怒っていた。その怒りは当然だ、わかる。全部、私が悪いんだ。
でも私は引けなかった。中途半端になったら蒼星石にどんな顔をされるかと、怖かった。
だから小太郎君の怒号に怒号で返して、結局また自分自身を縛り付けてしまった。
蒼星石だけじゃなく、トリエラさんや小太郎君にも強い自分を見せようとしてしまった。
……もしも蒼星石がいなかったら、私はどうしていただろう。
正直に全てを告白しただろうか。弱さを見せてしまっただろうか。全てを曝け出しただろうか。
でも、それは決してわからないし有り得ない「if」だ。だって蒼星石は、私を信頼してここにいる。
だから、”蒼星石の思う強い私”を崩したくないが為に、皆に嘘を放ったこの状況が、現実として重くのしかかる。
だから小太郎君の怒号に怒号で返して、結局また自分自身を縛り付けてしまった。
蒼星石だけじゃなく、トリエラさんや小太郎君にも強い自分を見せようとしてしまった。
……もしも蒼星石がいなかったら、私はどうしていただろう。
正直に全てを告白しただろうか。弱さを見せてしまっただろうか。全てを曝け出しただろうか。
でも、それは決してわからないし有り得ない「if」だ。だって蒼星石は、私を信頼してここにいる。
だから、”蒼星石の思う強い私”を崩したくないが為に、皆に嘘を放ったこの状況が、現実として重くのしかかる。
『今なら、まだ間に合うかもしれないよ?』
鏡写しの様な姿をした良心が、私に優しく言葉をかけてくる。
けれどその保証はどこにも無い。間に合わなかったらどうなるか、そう考えただけで怖くなる。
それにそんな事をしたら、私に感謝されずに死んだイシドロはどうなる。無下に扱われたミミはどうなる。
全てが無駄になり、全てが報われない。私が今ここに立っているのは、誰のおかげだと思ってる?
……でも、せめて。せめてイシドロを生き返らせた時に、謝るくらいは許されるだろうか。
リリスと勇敢に戦ってくれた、私と一緒について来てくれたイシドロに……。
けれどその保証はどこにも無い。間に合わなかったらどうなるか、そう考えただけで怖くなる。
それにそんな事をしたら、私に感謝されずに死んだイシドロはどうなる。無下に扱われたミミはどうなる。
全てが無駄になり、全てが報われない。私が今ここに立っているのは、誰のおかげだと思ってる?
……でも、せめて。せめてイシドロを生き返らせた時に、謝るくらいは許されるだろうか。
リリスと勇敢に戦ってくれた、私と一緒について来てくれたイシドロに……。
「あれ……?」
そういえば、リリスと戦ったときに私は何をしただろうか。
いや、そうじゃない。私は「リリスを退けたとき何をした」?。
バリアジャケットを操作し、バルディッシュと無茶をした。
魔力を大量に消費するザンバーフォーム。更に私は、バイキルトを上乗せした。
勝負はその刹那。一瞬の出来事だった。時間はそうはかかっていない。いや、おかしい。
いや、そうじゃない。私は「リリスを退けたとき何をした」?。
バリアジャケットを操作し、バルディッシュと無茶をした。
魔力を大量に消費するザンバーフォーム。更に私は、バイキルトを上乗せした。
勝負はその刹那。一瞬の出来事だった。時間はそうはかかっていない。いや、おかしい。
「じゃあ……バイキルトは?」
休息して落ち着いた所為か、頭が嫌に冴える。そうだ、バイキルトの効果はどうなった?
答えは簡単だ。「攻撃の直後に効果は消え」ていた――でも、一体何故?
バイキルトだけじゃない。私達の使う補助の魔法は、暫くの時間効果を保ってくれていた。
元の世界ではそうだった、確実にそうだったんだ。自慢じゃないけど魔法は得意だから確信できる。
じゃあどうしてバイキルトは、たった一撃で効果を失ってしまったんだろう。
答えは簡単だ。「攻撃の直後に効果は消え」ていた――でも、一体何故?
バイキルトだけじゃない。私達の使う補助の魔法は、暫くの時間効果を保ってくれていた。
元の世界ではそうだった、確実にそうだったんだ。自慢じゃないけど魔法は得意だから確信できる。
じゃあどうしてバイキルトは、たった一撃で効果を失ってしまったんだろう。
無茶をしたから……違う。そんな事は関係ない。
私の魔力切れ……違う。私の魔力は未だ尽きてない。
バルディッシュ……違う。バルディッシュがバイキルトを唱えたわけじゃない。
リリスが何かした……違う。あの時のリリスはただただ逃げ惑っていた。
私の魔力切れ……違う。私の魔力は未だ尽きてない。
バルディッシュ……違う。バルディッシュがバイキルトを唱えたわけじゃない。
リリスが何かした……違う。あの時のリリスはただただ逃げ惑っていた。
「……まさか」
一つだけ、辻褄の合う考えが閃いた。いや、「閃いてしまった」。
けれど考えたくなかった。まさか、そんなことがあって良い訳が無い。
けれど、考えてしまう。そんな筈は無いと信じたい。けど、辻褄は……まさか、まさか、まさか!
けれど考えたくなかった。まさか、そんなことがあって良い訳が無い。
けれど、考えてしまう。そんな筈は無いと信じたい。けど、辻褄は……まさか、まさか、まさか!
「呪文の効果が……抑制、されてる……?」
一番シンプルな答えが、はじき出された。
「でも……まさか……うん、大丈夫……大丈夫……」
けれど、だからといって――道が途切れたわけじゃない。いくらなんでも話が飛躍してる。
呪文が抑制されているからといっても、ザオリクが使えないという事実には繋がらない……はず。
決心をしたばかりなのに、また余計なことを考えてしまった。
お願い、そんなことを考えないで。私は決心をしたんだから、お願い。お願い!
揺らぎそうになる心を抑えようと、私は必死に頭を横に振る。
けれどこれから先への、自分の考えへの、戻る道を失った今への不安は変わらず押し寄せ、留まった。
呪文が抑制されているからといっても、ザオリクが使えないという事実には繋がらない……はず。
決心をしたばかりなのに、また余計なことを考えてしまった。
お願い、そんなことを考えないで。私は決心をしたんだから、お願い。お願い!
揺らぎそうになる心を抑えようと、私は必死に頭を横に振る。
けれどこれから先への、自分の考えへの、戻る道を失った今への不安は変わらず押し寄せ、留まった。
俯いた私の髪を通って、シャワーのお湯が背中へと滝の様に流れる。
背中から重力のままに流れていく液体は、別段可愛げのない腰を通り過ぎていく。
そのまま温度を保ち、重力に逆らうことなく――小さく居座る丘へと滑っていく。
今度は太腿へと移り、脚を十分に濡らしていくと排水溝の中へ去っていった。
背中から重力のままに流れていく液体は、別段可愛げのない腰を通り過ぎていく。
そのまま温度を保ち、重力に逆らうことなく――小さく居座る丘へと滑っていく。
今度は太腿へと移り、脚を十分に濡らしていくと排水溝の中へ去っていった。
もう、体は十分に温まった。泡もしっかり落ちている様だ。
出よう。これでシャワータイムは終わりだ。脱衣所へと脚を進め、タオルで全身を拭う事にした。
そうしている間、私はこれからどうするかを考える。そう、『蒼星石とのこれから』のこと。
出よう。これでシャワータイムは終わりだ。脱衣所へと脚を進め、タオルで全身を拭う事にした。
そうしている間、私はこれからどうするかを考える。そう、『蒼星石とのこれから』のこと。
髪の水気をタオルに吸わせながら、私は考えを巡らせる。
休憩はもう終わりにしよう。これからすぐに街を出なければ後悔するかもしれない。
こうしている間にもレックスは何かに巻き込まれている最中かもしれない。それが怖かった。
こうしている間にもレックスは何かに巻き込まれている最中かもしれない。それが怖かった。
タオルは顔から首へと肩へと動き、そしてそのまま小さな膨らみへと移った――拭き取りやすくて何よりだ。
自分のやりたい事を整理した後、思考は蒼星石をどう説得するかに移っていた。
やっぱり会ったときから変わらない態度で、白々しく「街を出よう」と言うべきかなと策を練る。
適当に御託を並べれば納得してくれるかもしれない。夢の世界を開きたい、と言われると少し困るけれど。
――けれど私にはわかる。きっとレックスは今も無理をして寝ずに動いているはずだろうし、困る。
……あ、そうか。そこを押し通せばいいかな……。
やっぱり会ったときから変わらない態度で、白々しく「街を出よう」と言うべきかなと策を練る。
適当に御託を並べれば納得してくれるかもしれない。夢の世界を開きたい、と言われると少し困るけれど。
――けれど私にはわかる。きっとレックスは今も無理をして寝ずに動いているはずだろうし、困る。
……あ、そうか。そこを押し通せばいいかな……。
背中にタオルを這わせると、続いて腰の水気を奪う。そのまま足の付け根や太腿へとタオルを滑らせた。
この街の惨劇を思い出した。沢山の死体と戦いの傷跡で荒れ放題だった事が印象深い。
血の臭いが身を責め立てる。辺りの暗さで不気味さは増し、人が住む場所とはとても思えなかった。
こんな所にはもう居たくなかった。本当は休息も取りたいけど、こんな所でそうしたくない。
寝るなんてもっての他、怖くて気分が悪くなりそうだ……でもそんな事は、蒼星石には絶対に言えない。
とにかくこんな所からは早く逃げ出したい。休むというなら離れた場所で野宿でもした方がマシだ。
血の臭いが身を責め立てる。辺りの暗さで不気味さは増し、人が住む場所とはとても思えなかった。
こんな所にはもう居たくなかった。本当は休息も取りたいけど、こんな所でそうしたくない。
寝るなんてもっての他、怖くて気分が悪くなりそうだ……でもそんな事は、蒼星石には絶対に言えない。
とにかくこんな所からは早く逃げ出したい。休むというなら離れた場所で野宿でもした方がマシだ。
足首へとタオルは進む。水気を吸い取ったのを確認して、タオルを濡れた両足の踵から指の先まで動かした。
ふと鏡を見た。一糸纏わぬ姿で暗い顔をした自分がこちらを見ている。
にこっと笑みを作ってみた。だけど本心からじゃない微笑みはどこかぎこちない。
今まで蒼星石はこんなのに騙されちゃったのかな。なんだか複雑な気分になる。
顔の角度を変えながらぎこちない笑みを続ける。楽しいことを考えてみたが、表情は変わらない。
――こんなことでこれからずっと「強い私」を演出できるのかな……。
浮かんだ不安が急速に笑顔を冷まし、表情は暗くなった。いけない! とまた笑顔を作る。
作る。嘘偽りで塗り固められた笑顔を作る。
にこっと笑みを作ってみた。だけど本心からじゃない微笑みはどこかぎこちない。
今まで蒼星石はこんなのに騙されちゃったのかな。なんだか複雑な気分になる。
顔の角度を変えながらぎこちない笑みを続ける。楽しいことを考えてみたが、表情は変わらない。
――こんなことでこれからずっと「強い私」を演出できるのかな……。
浮かんだ不安が急速に笑顔を冷まし、表情は暗くなった。いけない! とまた笑顔を作る。
作る。嘘偽りで塗り固められた笑顔を作る。
自分の顔が、嫌いになりそうだ。
◇ ◇ ◇
時は少し遡り――タバサがシャワーを浴びている頃。
蒼星石は何気なくタバサが置いていったバルディッシュを眺めつつ、こちらも考え事に没頭していた。
呆けたような姿で考えるのは、さっきの情報交換のことと今までのタバサとの行動のことだった。
蒼星石は何気なくタバサが置いていったバルディッシュを眺めつつ、こちらも考え事に没頭していた。
呆けたような姿で考えるのは、さっきの情報交換のことと今までのタバサとの行動のことだった。
――やはり、タバサの代わりに色々答えていたのは正解だった。
蒼星石はタバサと小太郎の会話を振り返る。
タバサが自分を制して直接小太郎に話をした瞬間、殺伐とした空気が流れ始めたのを思い出す。
自分がタバサの言葉を遮ってでも代弁していた時はこうはならなかったのに、だ。
タバサが自分を制して直接小太郎に話をした瞬間、殺伐とした空気が流れ始めたのを思い出す。
自分がタバサの言葉を遮ってでも代弁していた時はこうはならなかったのに、だ。
正直なところタバサの話はとても普通の人が信じられる内容ではない。
それに彼女の倫理観の斜め上を行くような行動も、他人からはかなり奇異に写るだろう。
そしてタバサ自身がそれを「当然の事だ」と考えているから余計に始末が置けない。
死体と気絶した人間を同席させたり、恐怖する少女を目の前で見ても動じなかったり。
僕すら驚く場面が多々あるのだ。それに加えて彼女の悪びれない様子を見たら小太郎たちはどう思うか。
それに彼女の倫理観の斜め上を行くような行動も、他人からはかなり奇異に写るだろう。
そしてタバサ自身がそれを「当然の事だ」と考えているから余計に始末が置けない。
死体と気絶した人間を同席させたり、恐怖する少女を目の前で見ても動じなかったり。
僕すら驚く場面が多々あるのだ。それに加えて彼女の悪びれない様子を見たら小太郎たちはどう思うか。
結果は、喧嘩という形で現れた。
タバサと小太郎が互いに罵声を飛ばしあう泥沼の展開へと変化していった。
仕方のないことだった。罪悪感のない子どもが「倫理から外れた行動をしています」と自供すればそうなる。
「賛同者がいるしおかしな事ではないんだよ」と相手に納得してもらう為、自分が話に割り込んで助け舟を出したのに。
やはりタバサに静止されても黙っておくべきじゃなかったんだ。少なくとも、この場面では。
次からは気をつけよう。勿論どんな場合でも割り込み一辺倒で上手くいく訳ではないから、相手と状況によって臨機応変にだ。
タバサと小太郎が互いに罵声を飛ばしあう泥沼の展開へと変化していった。
仕方のないことだった。罪悪感のない子どもが「倫理から外れた行動をしています」と自供すればそうなる。
「賛同者がいるしおかしな事ではないんだよ」と相手に納得してもらう為、自分が話に割り込んで助け舟を出したのに。
やはりタバサに静止されても黙っておくべきじゃなかったんだ。少なくとも、この場面では。
次からは気をつけよう。勿論どんな場合でも割り込み一辺倒で上手くいく訳ではないから、相手と状況によって臨機応変にだ。
蒼星石は口には出さず静かに反省会を続けた。
だがそれでも情熱が通じたのか、それともただのラッキーなのか、タバサに悪意がないことだけはわかってもらえた。
そこは儲けものだ。正直なところタバサの話を信じてくれないことに憤りを感じる部分も少々あったが
彼女が悪い人間ではないと信用してくれただけでも儲けものだとは思う。うん、そうだ。きっとそうに違いない。
だからタバサのことを責めるのも、小太郎達を責めるのもよそう。
そこは儲けものだ。正直なところタバサの話を信じてくれないことに憤りを感じる部分も少々あったが
彼女が悪い人間ではないと信用してくれただけでも儲けものだとは思う。うん、そうだ。きっとそうに違いない。
だからタバサのことを責めるのも、小太郎達を責めるのもよそう。
蒼星石は一人納得し、微笑んだ。
と、ここでバスルームにふと目が行った。
中にいるタバサはきっと、こんな状況の中でも上機嫌に違いない。
ずっと行動を共にした僕にはわかる、と蒼星石は確信する。
しかし問題は、シャワーを浴び終わってご機嫌な様子で出てきた後。
彼女は一体何を始めるだろうか。対応の為にシミュレートを開始する。
中にいるタバサはきっと、こんな状況の中でも上機嫌に違いない。
ずっと行動を共にした僕にはわかる、と蒼星石は確信する。
しかし問題は、シャワーを浴び終わってご機嫌な様子で出てきた後。
彼女は一体何を始めるだろうか。対応の為にシミュレートを開始する。
「仲間とギスギスしたら自滅しちゃうよ」とばかりに、小太郎達との喧嘩を忘れたかのように明るく話し始めるだろうか。
もしくはその前に「死んで動けないまま汚れちゃうのは可哀想ね。イシドロを洗濯しよう」とか言い出したりするんだろうか。
「棺桶を水洗いしたいから手伝って」とか言い出したりという可能性も無いとは言えない。
もしくは「気が変わった。やっぱり仲間は多い方がいいよね」と小太郎達を問答無用で仲間に誘う線も捨て切れない。
いや……その可能性は低いとしても「二人とも、頑張って死なないようにしようね♪」と不謹慎な事位は言うかもしれない。
待てよ、温いか? じゃあ「皆の力量を確認したいわ。ちょっと隣の家に技を使ってみて」くらいは言うか……?
もしくはその前に「死んで動けないまま汚れちゃうのは可哀想ね。イシドロを洗濯しよう」とか言い出したりするんだろうか。
「棺桶を水洗いしたいから手伝って」とか言い出したりという可能性も無いとは言えない。
もしくは「気が変わった。やっぱり仲間は多い方がいいよね」と小太郎達を問答無用で仲間に誘う線も捨て切れない。
いや……その可能性は低いとしても「二人とも、頑張って死なないようにしようね♪」と不謹慎な事位は言うかもしれない。
待てよ、温いか? じゃあ「皆の力量を確認したいわ。ちょっと隣の家に技を使ってみて」くらいは言うか……?
「そうなったら、怒るだろうなぁ……」
『何がですか?』
「ああ、こっちの話だよ。気にしないで」
『Yes.』
『何がですか?』
「ああ、こっちの話だよ。気にしないで」
『Yes.』
勝手な想像を繰り広げ、最悪の状況を脳内で描き出す蒼星石。
タバサがどんな事を言って、小太郎達がどんな風に怒るかまでも予想をする。
「喧嘩になったら、僕が止めないとね……仲間なんだから!」と決意や覚悟まで完了していた。
タバサがどんな事を言って、小太郎達がどんな風に怒るかまでも予想をする。
「喧嘩になったら、僕が止めないとね……仲間なんだから!」と決意や覚悟まで完了していた。
そうしている内に、ドアを開く音が聞こえた。
シャワー室からいつもの服でほかほかのタバサが出てくる。
やはり嬉しそうだ。いつもと変わらない微笑みを浮かべているのがわかる。
この状況で自分のペースを乱さないのは、嫌味でなく流石だと思う。
恐らくは肝の据わった性格が冷静さを生み出しているのだろう。
本当のところ、蒼星石はタバサのそんな部分を本心から尊敬していた。
自分のペースを崩さずにいつも本音で動いていると感じさせるタバサ。
少なくとも今も心が折れているとは思えない。そうは「決して見えない」。
彼女のその強さに憧れていた。羨ましい、と惚れるばかりだ。
シャワー室からいつもの服でほかほかのタバサが出てくる。
やはり嬉しそうだ。いつもと変わらない微笑みを浮かべているのがわかる。
この状況で自分のペースを乱さないのは、嫌味でなく流石だと思う。
恐らくは肝の据わった性格が冷静さを生み出しているのだろう。
本当のところ、蒼星石はタバサのそんな部分を本心から尊敬していた。
自分のペースを崩さずにいつも本音で動いていると感じさせるタバサ。
少なくとも今も心が折れているとは思えない。そうは「決して見えない」。
彼女のその強さに憧れていた。羨ましい、と惚れるばかりだ。
「ねぇ、蒼星石。シャワーを浴びてる間に決めたんだけど……」
独り、そんなことを考えていると――タバサに話しかけられた。
先程のシミュレート内容を思い出す。そうだ、そんな彼女も多少奇妙なところがあるのを忘れそうになっていた。
蒼星石は心の中で身構えた。さぁ、来るなら来い。いつでも場の仲裁を出来る状態にはしている。
どう来る? イシドロや棺桶関連かい? 小太郎達に起因することかい!? 喧嘩には……ならないで欲しいな!
先程のシミュレート内容を思い出す。そうだ、そんな彼女も多少奇妙なところがあるのを忘れそうになっていた。
蒼星石は心の中で身構えた。さぁ、来るなら来い。いつでも場の仲裁を出来る状態にはしている。
どう来る? イシドロや棺桶関連かい? 小太郎達に起因することかい!? 喧嘩には……ならないで欲しいな!
「もう出発しよう。街を出て、レックスを探したいの」
………………。
そ、
そ…………
そっちかー!!