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Ver3.3 |
全長 |
1.61[meter] |
ヘパイストスは、義手の少女の刀をしげしげと眺めた。 「…なるほどのう、この剣が噂に聞く“村正”か。なかなかになかなかだわい。ほれぃ、そこの小僧同様、し~っかりと直してやったぞ」 ヘパイストスから恭しく刀を受け取ると、少女は尋ねた。 「ありがとうございます、ご老人。…貴方は、この“村正”をご存じなのですか?」 「うんむ」 大仰に頷くへパイストス。
「その仕込み、霊性絡繰りか。機甲の技術にも通ずるそれを人がのぅ…、いやはやお前さんの親父は大したもんだわい」 「義父のことまで…」 「なんじゃ、翁よ、如何にも物知りげな顔じゃのう? さてはお主、“偶然”ではないな?」
一戦を終え、蒸気を上げ続ける機甲絡繰りの腕や腰を、まだ上手く馴染まないのか、ぐんぐんと回しながら、十兵衛が割って入って来る。
「ウハハハ、すまぬすまぬ。実はな、わしは村正、お前さんを迎えにこの世界にやってきたのよ――“炎の矢と力の女神”に頼まれてな」
いやはやうまく会えたもんだわい、と笑うヘパイストスをきょとんと見つめる村正。
「炎の矢と…力の…?」 「う~む、難しかったかの、では、“春の館での<お茶会>”…ならどうかな?」
そこで、少女はっと目を見開いた。
「思い出したようだの」
それは、随分と前、天草四朗によりここに召喚される前にいた世界――その魂を傀儡・村雨から解放するために、姉と二度目の刃を交えるずっと前のこと。
村正は赤い服を纏った異国の少女<夢の管理人>にいざなわれ、“春の館”にてある女神に出会った。その場には、<亜人の子>、<冥府の女王>、<魔女>とその仲間たち、様々な者たちが集い、ある“約束”を交わした。
「かの女神は言っておった。あの時の約束の時が来た、と。世界の分岐点が近づいておる。混沌の真の狙いに抗するには、やはり紅蓮の瞳と共にある――『13の剣』が必要だとな」
確かに女神は言っていた、「あなたたちの中に、その“資格者”がいる」、と。
「本当に、私などが…」 「むぅ… 混沌に抗する剣――察するに、混沌とは“世界の敵”のような存在とお見受けいたすが、このような年端もいかぬ娘がのう… 剣といえば儂、儂といえば剣じゃ。翁よ、儂ではいかんのか? 世直しついでじゃ、儂の剣でよければいくらでも力になるぞぉ!」
猛る十兵衛の体からぷひーと気勢よく蒸気が噴き出す。
「ウハハハ、『13の剣』は、その者自身に戦う力が必要なのではない。その者に“戦う力”が集まってゆくのだそうだ。<夢の管理人>も、他の女神たちも、みな慌てて『13の剣』を探し回っておるよ」
「では、<冥府の女王>様や、他の二人も…?」
「ふむ、<冥府の女王>か、やつは…わからん。昔から何を考えておるのかさっぱりだて。ただ、<魔女>の娘は――行方をくらませた。おそらくは敵の手の内に… 急がねば、“あの子”もまた…」
先程まで豪快な笑顔が張り付いていたヘパイストスの表情が、急に真剣みを帯びる。
「いいか、よく聞きなさい。世界のために戦う“剣”に選ばれたお前さんだが、剣とは諸刃――お前さんもまた、敵の剣となりうるのだわい。だから一刻もはようわしと共に――」 「――行くことは、できません」
少女は、はっきりとそう言った。
「なんと! 娘、この翁、確かに妖しくはあるが、先の伴天連剣士のことも然り、世界の危急というのは、この十兵衛見立てるに、恐らく真実じゃぞ?」 「私には、まだやるべきことがあります」
頑なな娘を、ヘパイストスは長いひげを撫でながら、片方の目で見やった。
「姉、か」
「――はい。私は、姉を救うまで、行くことはできません」
その目には、揺るがぬ覚悟があった。
「その姉とは…あの紫銀の傀儡使いのことか?」 「……! 十兵衛さま、会われたのですか…!?」
十兵衛は、体に刻まれた傷を思い出すように胸をさする。
「さよう、実は、儂はお主を拾った際に、おそらくお主の姉と死合うた。…あの剣はいかん――魂なく、悲しみに曇っておったよ。たしかにあのままでは不憫よな」 「姉上もこの世界に… やっぱり、解放できなかったんだ…」
うつむき、膝の上で握った拳を震わせる村正を見て、へパイストスはため息をつき立ち上がった。
「しかたあるまい。女神にはわしから言うておくわい。ほれ小僧、お前さんの体の説明書きじゃ。二人とも達者でな、くれぐれも無理をするではないぞ?」 「ぬぬぅ…」
後ろ手を振り、ヘパイストスがよっこいせと巨大な槌を担いで岩屋を出ていこうとした、その時――
「お待ちください!!」
村正が叫ぶように呼び止めた。
「むぅ?」 「お申し出をお断りしておりながら、失礼を承知、厚かましいことを承知でお願いいたします。ご老人、どうか、私と共に来てくださいませんでしょうか」
村正は、そう、深々と頭を地につけた。
「……なぜにわしを…?」 「先程、この刀にヒビが入り、村正が応えてくれなかったとき、私は悟りました。私ひとりの力で姉を救うなどというのは驕り――もし再び同じようなことがあれば… しかし、だからといってあきらめることはできません。この刀を直すことができるあなたさまの御力を是非お借りしたい。そして、この刀の仕組みを解するあなたさまであれば、姉の魂をあの妖刀から解放することも…」
しかし、少女の必死の嘆願を、ヘパイストスは背で受けた。
「すまぬな。それこそわしも行けぬよ」 「んな! なぜじゃ翁! 土下座じゃぞ!? こうも娘が頼み込んでおるのじゃぞ!?」 「実のところわしは追われる身でな。情けない話、わしは女神に匿ってもらっておったのだ。今回はその恩返しというわけよ。お前さんのように“剣”に選ばれるであろう“あの子”の助けになればと思い、天使どもと取引をして機甲の理に手を出したのが運の尽きであった。今は、この力を求めて、混沌どもに限らず、世界中の諸勢力どもがわしのことを探しておる」 「しかし、あなたさまは強い! それに、世の不可思議を解する知恵も持っておられる! あなたさま程の方が、何故にお隠れになるのです!?」
少女の力強く、純粋で真摯な瞳――ヘパイストスは、その瞳を知っていた。
――お前、すごい! なぜ隠れる? すごいやつ隠れるダメ! お前、友だちなれ! 一緒に旅する友だちなれ!――
かつて彼は勇猛な戦士だった。自ら発明し鍛えた武器で、多くの神敵を退けてきた。それが、いつからだっただろうか、その身の醜さを恥じ、槌討つ火花だけを信じるようになり、誰とも触れ合うことなく世界を捨て、世界から隠れて生きるようになった。しかし、“あの子”に出会い、彼は救われ、再び世界を取り戻したのだった。
――いかんな、どうやらいつの間にか、また昔のわしに戻っていたようだわい。
ヘパイストスは腕を組み、少し考えた風をすると、豪快に笑いだした。
「ウハハハハ! そうであったそうであった! わしはすごい奴であった! すまんすまん、そんな大仕事はわしにしかできんの! この大天才、ヘパイストスにおまかせよおう!」 「儂もゆく!!! 世界の剣とはなれぬ儂ではあるが、おぬしらの剣くらいにはなれよう! それに、天草の奴もお主を追っているようじゃ、儂としても一石二鳥じゃあ!」
ふたりのどこか可笑しくて、それでいて頼もしくあたたかい笑顔に、少女もまた、花のような笑顔で返し、再び深々と頭を下げた。
こうして、傀儡使いと、絡繰り剣士、鍛冶神の奇妙な三人旅が始まったのだった。
~『赤月剣風帖』 巻の三 二章~ |
体重 |
80[kg] |
出身 |
太古の森 |
最高速度 |
見かけによらない |
解明したもの |
機甲の理 |
友だち |
ミミララ・レイア |
イラストレーター |
姉崎ダイナミック |
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