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Ver3.5 |
Ver3.5 |
身長 |
1.85[meter] |
体重 |
135[kg] |
生息地 |
次元を放浪 |
父 |
ゼウス |
かつて愛した女性 |
ペンテシ・レイア |
娘 |
ミミララ・レイア |
イラストレーター |
小城 崇志 |
フレーバーテキスト |
天を裂き、白き翼を広げて降下する巨大な神魔――そしてその背にて腕を組み、目深にかぶった毛皮のマントを風に翻し立つ姿を目にし、人馬は目に涙を浮かべて言った。
「――英雄の帰還です」
同じく天を見上げる巨獣が、忌々しげに二つの口の歯をガチガチと鳴らす。 ≪降魔ぁあ? あ~あ、次から次へとさぁ……いったいいつ終わるんだよ!!≫ 巨獣に刻まれた『幻影騎士イド』の紋章が、紫の輝きを放ちながら胸を大きく膨らませ、それが一気にしぼむと同時に双口から空を覆わんばかりの大量の火炎が噴き出される。 白き神魔に乗る戦士は眼下から迫り来る炎をチラリと見やると、神魔に何かを語りかけ、ドンとその背を足で突いた。すると、神魔の翼が黄金に輝き始め、その輝きが頂点に達すると共に頭部より眩い一閃が走った。 衝撃波が広がり、バスンと質量を感じない間の抜けた音だけが響く。 見ると、巨獣の吐いた大火炎は一瞬のうちに消し飛んでいた。 ≪ぉぃ……おい! “こいつ”の炎は呪印入りの特別製だぞ!? まさか“浄化”したってのか!? 何だ……何なんだよ、お前ええええ!!≫ 巨獣の声に戦士は、笑った。 「うははは! 俺か? この“白いの”か? どちらに聞いている? こいつの名は――俺も知らん!! ともかくだ、『難行』よ、お前で“いくつ目”であったか……全てを清算し神とは袂を分かった筈なのだがな。まことに奴らは何ともしつこい――」 そして巨獣の姿に目を細める。 「……んん? その双頭――どこか見覚えがあるな。遥か昔にまみえた『オルトロス』とかいう番犬によく似ている……が、やけにでかいし良くしゃべる。“平行世界”の別物か……まぁいい、しからば名乗ってやろう! しかと聞け、俺の名は――」 大量の砂塵を巻き上げながら降下した神魔が四本の巨脚を地に下ろすと、戦士は地面に飛び降りて巨獣の前に仁王立ち、胸を反らせて大きく息を吸い込んだ。
「――ヘラクレエエエエエエエエエエエエス!!!」
戦士の轟声に空気が震え、思わず意識ある者皆が耳をふさぐ。 巨獣でさえも一足ばかりじりりと後ずさったが、残響を振り払うように頭を振ると、 ≪うるっさいんだよ!!≫ 激しく吼え、剛爪の二振りを戦士に振り下ろした――! ――が、そのどちらも戦士に届くことはなかった。それもそのはず、膂力及ばず宙に震えて止まる二つの爪は、その巨体からは想像もつかぬ素早さで突き出された、白き神魔の巨脚にガッチリと遮られていたのだ。
「すごい! なんだあれ! でかい! かっこいい!!」 亜人の少女――ママリリが目を輝かせて声を上げる。傍に立つ征服王は少女の歓喜に釣られるように笑みを浮かべた。 「そうであろう? 久方ぶりに会ったがな、あの『白き翼』、やはり凄まじき力よ。して、共に現れたあの戦士――ケンタウロスの青年よ、私はアレキサンダーだ。貴君の言われた『英雄』とはあの者のことか?」 「ええ、いかにも。彼は私の古き友――アレキサンダー、その子を守ってくれてありがとう。私はポロスと言います」 アレキサンダーが差し出す手を、ポロスがしっかりと握り返す。 「なぁなぁ、あのおっさんもかっこいいぞ!」 「ふむ、確かになかなかの傑物と見えるな」 ポロスは前足を屈めて、ママリリに笑顔を向けた。 「お嬢さん、“かっこいい”ですか?」 「うん! らいよんみたいだ!! つよそうだ!」 「ふふ、その通り、あの方はとても強いですよ。聞いたら喜ぶでしょうね。そして――」 ポロスは背で気を失っている女戦士――ペンテシ・レイアに目を向け、 「――女王様、申し訳ありません。私の『夢見』は間違っていたようだ。確かに彼の存在はこの世から消えていた。しかし、それは『次元の果てへと消えていた』、そう言うことだったようです」 そう微笑んだ。 その笑みにぶわりと風が覆いかぶさった。続けて二度、三度、吹く風と共に凶爪と剛金がぶつかり合い、さらなる戦響が弾け、響き渡る。 数度の紫焔が空を焼き、それと同じ数だけ眩い閃光が走った。その間隙を縫って、神魔の脚をヘラクレスが駆け、戦斧で巨獣の双頭を跳ね上げる。巨獣は恨みがましい咆哮を上げつつ爪を振り下ろすが、その度に鋼の巨脚に阻まれ、すかさず突き出る戦斧の餌食となるばかり――。 「名は知らぬ」とは言うものの、長年の番いのごとく良く息の合った攻防に、巨獣はなす術なく追い込まれていった。 さらにドンと何かが爆発したような音――天に斧を掲げ立つ戦士は、いつの間にか、纏う毛皮と一体化したような獅子そのものの姿へと変化し、敵の顎を高く高く打ち上げていた。そしてその後ろで巨獣はとうとう、ドドウと地を鳴らして背を着いた。 「すごい……」 誰とはなくそう口にしていた。そしてその場にいるすべての者が、その姿に目を奪われ、総毛だった。果たして、その雄々しき威容を表す言葉などあるのだろうか――いや、あった。それは「英雄」、彼はまさしくそれであった。 「うはははは! なかなかに粘ったな! だが白き相棒よ、この『難行』ももう終いのようだぞ!」 ≪くっそおおおああああ!!≫ 突然、巨獣から、その体が爆ぜたのかと思うほどの光が走った。 最後の足掻きか、断末魔なのか、巨獣がダンダンと泣く子のように四肢で地面を叩きながら、腹を見せたままあたり一面、四方八方に炎弾を吐き散らしたのだ。 「……怪物よ、最後にそれでは武勇も語り落ちるというもの――んん!?」 ヘラクレスの肩をかすめ飛び去る炎弾の行く先を追った目の端に、いくつかの人影――少女とそれを守る人馬と男、そして倒れる幾人かの者たちの姿が映った。 ヘラクレスは斧を投げ当てて巨獣を黙らせると、肺いっぱいにぐぅと息を溜め炎弾を猛追する。そしてその脇をすり抜け、少女らに届く寸前で身を滑り込ませ炎弾を受けた。 辺りが紫光を伴った爆炎と黒煙で覆われる。その中心で背から煤付いた煙を上げながら立つヘラクレスは、少しのダメージも感じさせることなく一向に顔を向けた。 「無事か? すまぬな、気づかずに巻き込んだ。異界の民……たち……?」」 自身もすぐにそれと気づかぬ、しかし確かな違和感に眉をひそめるヘラクレスに人馬が微笑みかけた。 「それはもう。“あなた”に守られ、傷を負ったことなどありはしませんでしたから――わが友よ」 「な……」 その遥か昔に耳になじんだ声に、ヘラクレスは驚きを隠せなかった。 「お前……ポロエーのポロス……なのか?」 「ひさしぶりですね、ヘラクレス」 ポロスの下げる頭を見つめたまま、ヘラクレスは少しの間どこか愛嬌のあるきょとんとした表情を浮かべていたが、すぐに気を取り直すと鼻をこすり、豪快な笑い声をあげた。 「うはははは!! 良き酒の香りが鼻孔をくすぐるとは思ったが、そういうことか!!」 「ふふ、相変わらず美味いものに良く効く鼻ですね――それで、その姿は?」 「ああ、これか? 神どもの『難行の呪い』がいつまで経っても解けぬのでな、逆に俺に半分流れる『神血』を奴らの高みにまで磨きあげ、呪いを断ち切ってやったのよ。『天罰』は『神』には効かぬからな。それもこれも、『難行』により飛ばされた異次元にて出会ったこやつのおかげよ」 そう言って振り返り、背後で巨獣を抑え込む白き翼の巨大な神魔を見上げる。 「正直、あの頃はだいぶ捨て鉢になっていたのだがな、自分の存在を“根底から作り変えている”こやつに出会い、そのことに思い至った。この超獣たる姿はそのオマケというやつよ――しかし、よもや再びお前と出会えようとはな」 「それだけではありませんよ」 ポロスが意味深で、それでいて申し訳なさそうな複雑な笑みを浮かべつつ、自身の背に首をやり戦士の視線を促す。そこに横たわる女戦士を見たヘラクレスは、もはや何も驚くまいと眼をつむると、獣の変身を解き、その顔に優し気な表情を浮かべた。 「……まいったな。あの時、恰好をつけて去りはしたが――ポロスよ、お前がいるならばこのようなこともあるのだろうな……」 「ええ、これは“神の酒”ですから」 そう言って手に持つ酒瓶のふたを外す。英雄の帰還を祝福するように、辺りに爽やかな夏の朝のブドウ畑を思わせるかぐわしい香りが流れる。ヘラクレスはその香気を思い切り吸い込んで息を吐いた。 「人の縁を繋ぐ権能――『ディオニュソスの酒』か。このようなときばかりは神の奴らの所業も悪くはないと思えてしまうな。女王よ、二度とは会うまいと思っていたが――」 その時、女戦士の影からひょこりと亜人の少女が顔をのぞかせた。 「んん?」 「あ、ママリリ」 「おっさんかっこいいな! 友だちなるか?」 左に琥珀色を宿した左右違う色の瞳、野生の獣を思わせるその独特な体躯―― 「お、おぉ……ポロス、この子はもしや……」 たじろぐヘラクレスにポロスは首を振り、 「いいえ――さらに“そのお子さん”ですよ」 そうニコリと微笑んだ。 戦士は、思いがけないポロスの言葉に目を見開いたが、背を向けると、それを力を込めて拳と共にぎゅうと閉じた。 「なんと……どれほどの時を彷徨っていたというのか……罠にかかったとはいえ、妻を殺し、子を殺し、その罰として呪いに冒された俺などの血がまだ絶えず……なるほどな、この次元に呼ばれた理由が解ったわ。神々との縁を断ち、無様に生きながらえたこの命にも意味はあった――ここに流れ着いたことこそがその証、そういうわけか」 そして、そのまま尋ねる。 「――女王は……ペンテシはあいつにやられたのか?」 「……すみません。私の力が及ばぬばかりに……」 「いいや、よく守ってくれた。お前とそこに倒れる者たち、そして神の酒、全てに感謝しよう」 ヘラクレスは、そのままずんずんと巨獣へと歩を進める。 「まだあの怪物と戦うのですか? あの白い神魔で十分なのでは――」 「うはは! 確かにあいつは強いがな、この時点でトドメを刺せんということは、おそらく“時がない”。俺がやるしかないのだ――ぬ゛ぅぅうううん!!」 そして空気を震わせる唸り声を上げ再び獣の姿となると、投げ飛ばした戦斧を拾いあげ、神魔に押さえつけられ身悶える巨獣の前に立った。 「単なる『呪い』の続きと思っていたがな、どうやら私怨ができたようだ」 ≪あ゛あ゛ぁぁぁああ! 怨めしいのはこっちだよなあああ! 絶対舐められてるよ! お前ら、殺し合いの最中にさぁ、感動の再会物語とかさぁ、勝った気でいるんだろぉ? ホント………殺してぇぇぇええええ!!≫ 憎々し気に戦士を見下ろす巨獣がさらに全身を震わせて、覆いかぶさる神魔を跳ねのけようと力を込める。双頭が神魔の脚にそれぞれ牙を突き立て、前足の爪が巨体をギャリリと引っ掻き、後ろ爪を大地に強く食い込ませる。 しかし、やはり動くことかなわぬか――巨獣を睨みつけ、ヘラクレスは斧をめいっぱい振りかぶった。 「いいや、お前はなかなかに強いと思っているさ。此度は我が縁の強さが勝ったまでのこと……悪ではあるのだろうがな、おそらくは執念のみか。無像問わずに取り入れ育てあげたその強さ、まこと恐れ入る」 ≪……ならさ……負けて……殺らせてくれよ……可哀そうだとか思ってさ……うぶっ……うぶぶぶぶぅ!!≫ 突然巨獣の口角から泡が吹きこぼれ、その震えが異質なものへと変化した。その異様さが警戒を呼び、戦士の一撃を留める ≪うぶっ……え……えに……縁なぁ……確かにそうだ…“こいつ”はさっきあんたが言ってた『オルトロス』……ある意味ツイてたよ……知り合いなんだ…ろうぅ? んあぁ…もうダメだ……こいつ…お前に会えた嬉しさで……もう抑えられないよ……こ……ここからは……後先なし…全身崩れるまで突っ走る…暴走ってヤツだララら!! お……おろロロろ…食う…喰らう…! 苦らう! 昏いコろスううウウ!!≫ 咆哮と共に巨獣の体が激しく痙攣したかと思うと、背骨のあたりがぐぐぅと高く持ち上がり、その下から何かが勢いよく這いずり出た。 ヘラクレスは素早く反応し、戦斧を立て両手で“それ”を受け止める。 「むぅう!?」 戦斧をがっちりと咥え込んだ“それ”は、むき出しの濡れた歯茎をさらに広げ、にぃっと笑った。
* * *
「うっげぇ! まだ変わるのかよあの野郎……ふた首までは可愛かったが、“三つ首”たぁ生意気な」 崖上でことの推移を見守ていた二柱の悪魔、その一方、炎のように赤い悪魔が三つの頭を震わせてグルルと唸った。 崖下では戦士が、食らいついた三つ目の頭を力任せに弾き飛ばし斧を打ち込もうとするも、素早い『頭』の動きに翻弄され、思うように近づけずにいる。 「粘るなぁ、あの“元ふた首”……んま、あのでっけぇ四本足がいりゃあなんとかなんだろ」 「……いやアモン、そう簡単にはいかぬだろうな」 もう一方の悪魔――地の王が唸り答える。 「ああ? 心配性かよアマイモン、地の王の名が泣くぞ――ぉぉお!?」 見ると、アマイモンの言葉通り、いつの間にか巨獣の体を抑え込んでいた神魔の巨体が、元の三分の一程持ち上がっているではないか。 神魔も負けじと巨体を軋ませて再び抑え込もうとしているが、甲斐なく、その半身は徐々に地から押し上げられていく。これは巨獣の執念のなせる業なのだろうか――。 いや、そうではなかった。その力なく折れ曲がり始めた巨脚が語っていた――神魔の力が、急速に弱まってきているのだ。 「そろそろ“時間”なのだ――『降魔』というものはな、それほど長く一つ世界に留まることができぬのだよ」 神魔は、光り輝く翼を羽ばたかせ最後まで戦わんとするも、体が粒子と化して崩れ始め、存在そのものが空気に溶け込むように薄くなっていく。 「くっそ!! こうなりゃオレたちも突っ込むか!」 「馬鹿言え、我は魔力を使い過ぎた。転送を繰り返した貴様も残り僅かであろうが。足手まといになるだけよ」 「マジか!? つーか、あんた手下のガープとかアスモデウスとか呼べねぇのかよ?」 「であるから魔力がないと言っておる! ガープの奴と言うのなら、貴様こそ72柱の同胞はどうしたのだ?」 「ちっ、あいつらは今色々あって出払ってんだよ! オレはそこへの遅刻組だ。あぁ面倒くせぇ……またエリゴスにグダグダ言われ――あ」 「……どうかしたのか?」 「『遅刻組』で思い出した。その為に……オレ様はここに居るんだったあああ!」 アモンはそう叫ぶと、訝しむアマイモンをよそに、真ん中の首の前に小ぶりな魔法陣を展開し“声”を飛ばす。 「おい! 聞こえるか? 聞こえてるな??――あ? 筋肉が何だって!? いーから今すぐこっち来い!! 今が“その時”なんだ!」 そして残った首がさらに複数の魔法陣を重ね展開すると、「おら、悪魔転移陣だ! オレ様もこれで打ち止めだかんな! 絶対来いよ!!」と最後の魔力を込める。 同時に転移陣が赤く輝きながらゆっくりと回転し始め、次第に速度を増しながら激しく発光してゆく――。 すると、魔法陣の中からぬぅっと赤い「胸板」が見えたかと思うと、そのままバレリーナが飛び上がるように足のつま先まで力のこもったポーズの影――赤い筋肉質な体に鳥を思わせる頭、そして黒羽を纏った悪魔が勢いよく飛び出した。 「ふぅ、やぁっと出番か……俺のナイスな筋肉が待ちくたびれて輝きを失っちまうところだったぜ……」 「よーし来たな! つーかくだらねぇこと言ってねぇでとっとと“あいつ”を出せ『ストラス』! ちゃんと持ってんだろうな、『温泉卵』!」 「とぉぉぉぉぜんだ相棒。“向こう”も準備万端さ。しかし俺様の肉体美に興味がないとは、三つもあるのにあいかわらず可哀そうな頭だ……」 「うるせぇよ鳥頭! なら早く――!?」 その時、光が強く弾けた。 見ると、巨大神魔の姿は光の粒子となってすっかり消え去り、代わって三つの首をもたげた巨獣が、再びしっかと四肢を地につけ立ち上がっていた。 「んん~? なんだあのだらしない筋肉の三つ頭は? お前の眷属か?」 「「「いぃぃぃぃから早くしろ!!」」」 アモンの三つの首が一斉に吠えたてると、ストラスと呼ばれた黒羽の悪魔は「なんだ敵か……やれやれ、わかったよ」と翼を広げて飛び上がり、巨獣の真上あたりで静止する。そしてごそごそと羽の中から真っ白な卵をひとつ取り出し、 「“あいつ”は放っておくと好き勝手ふらふら何処か行っちまうからな、実際繋ぎとめておくのは大変なんだぜ? まぁ、おかげで今やずいぶんと懐いて、俺様と“あの子”の行くとこなら大抵どこでも付いて来るようになったけどな――ほーれ、来い来い」 そう言って卵をポイと落とすと、パンパンと池の魚でも呼ぶように手を叩いた。 卵はみるみる落ちていき、巨獣の背にぶつかろうとした瞬間――
バクン――。
地面に、巨大な穴が開いた。
* * *
「むぅぅぅっ!?」 ≪おろああああああ!!≫ 突然足元に口を開けた虚空に、ヘラクレスと巨獣がおののき飛び退る。 「何事だ!?」 ヘラクレスの目の前で『穴』は、毛で覆われた壁を伴って地面からどんどんとせり上がっていく。 どうやら、その『穴』は、白い毛で覆われた巨大な怪物の『口』のようだった。 遠くからその姿を見ていたポロスが後ずさり、膝をつくアレキサンダーは背の火傷を押して、ママリリを庇うように立ち上がる。 「……今度は何だ?」 「わかりません……新たな敵でしょうか?」 すると、二人の前にぴょんっと亜人の少女が飛び出した。 「おい待て! ママリリ!!」 慌ててかけたアレキサンダーの声に振り向いた少女の顔には、満面の笑顔が輝いていた。 「大丈夫! 安心しろ、あれきさんだ! あれ『バンコ』!!」
* * *
いったい何が起こったのか、そしてこれから何が起こるのか――突然新たに戦いの場に現れた白毛の巨体に、ヘラクレスと巨獣の目が釘付けとなる。 白毛の怪物は、青く光る小粒な目をぱちくりとさせ、何かを探すようにキョロキョロと周囲を見渡した。おそらくその目にも、周りを取り囲む種々雑多な神魔霊獣が映っているだろうが、怪物はさしてそれらに興味を示すことなく辺りの地面を見回し続ける。 やがて、目当てが見つからなかったのか、悲しそうに下を向きそのまま再び体を地面に沈め始めた時――。 「おーい! こっちだバンコ! 早く“出して”やれーー!」 宙を飛ぶストラスが手をぶんぶんと振って声を上げた。 黒羽の悪魔を見た怪物は嬉しそうに目をニンマリと細めると、おもむろに再び巨大な口を開け、周囲の木々から葉を根こそぎ毟り取るような勢いで猛烈に息を吸い始める。そして、口をあんぐりと開けたままぴたりと止まった。 バヒュン!――何かが怪物の口の奥の虚空から飛び出した。 それは猫科の獣のような軽やかさで音もなくヘラクレスの前に降り立つ。 両手に持つ、おそらく巨大な生物の骨から削り出したのであろう二対の巨大なブーメラン――亜人種『アマゾネス』特有のピンと頭に立った獣の耳――彼女はヘラクレスの前をすたすたと歩き過ぎると、ブーメランを巨獣に向け、夏の太陽のように眩しい笑顔で笑った。 「あはははは! 追いついたぞ、イド!!」 更なる戦士の登場に、巨獣はもはやどれだけ増えようと構わぬと思ったか、動揺なくすぐさまその力を測るが如く歯を剥きだして威嚇する。一方、その後ろ姿を見るヘラクレスは――。
その時、遠くから少女の声が響いた。見ると、ママリリが飛び上がって手を振っている。 「わーい! バーンーコ―――! はーはーうーえー---!」 「おーーーママリリ! 元気かーー!! お、アモンもいるな! ちゃんと仕事したなー! えらいぞー! 後でごほーびやるからなーー!」 女戦士も負けじと陽気に手を振り返す。 その様子を見たヘラクレスは、思わずポロスに目を向けた。 ポロスはその視線を受け止め、“縁をつなぐ”神の酒を両手で掲げてゆっくりと頷いた。 「“そう”……なのか」 戦士がつぶやいた。
≪グルルルルルァァアアアア!≫ その存在などまるで気にしていないかのように背を向ける姿に怒気をはらませ、巨獣は唸り声を上げて二つの凶暴な顎を女戦士へと走らせた。 しかし、気配のみで察したか、彼女はしなやかに飛び上がりそれを躱して見せると、 「なんだ? イド、意識飛んでるのか? それにしてもおまえ、変なのに“くっついた”な」 と軽やかに着地して小首をかしげた。 だがその背後、不意に邪悪な影が揺れる。 三つ目の頭――それがいつの間にかするりと女戦士の背後に回り込んでいたのだ。その凶顎に彼女は未だ気づいていない。頭はにたりと悦に満ちた牙を剝きだして迫り――ガィィィン、と甲高い音を走らせて、跳ね上がった。 跳ね飛んだ頭の下には、厳しい表情で戦斧を回すヘラクレスの姿――。 「………」 「あはは、何だお前! かっこいいな! ライヨンみたいだ!」 女戦士が笑顔を向けるが、ヘラクレスはぷいと目を反らしてしまう。 その目の先には新たな巨獣の牙が迫り、またもやヘラクレスの戦斧がそれを跳ね上げる。 ≪キィアアアアアアアアアア!!≫ 宙にキラキラと破片を散らし、巨獣の牙が欠けた。 悲鳴のような雄叫びを上げた巨獣はぐぃぃと三つの頭をバラバラに引くと、バネのようにそれぞれを交互矢継ぎ早に繰り出し、二人に嵐雨のような猛攻を仕掛ける。 だが、なんという技巧か、女戦士はブーメランを、ヘラクレスは戦斧を巧みに高速で切り返し、その全てを防ぎ続けてみせた。 「……見事な捌きだな、アマゾネスの戦士よ」 「…ん? ミミララは女王だぞ」 「ミミララ……というのか……。ならば女王、ミミララ・レイアよ、おまえと――刃を重ねても良いか?」 「あはは! 変なこというなおまえ! もうそうしてるし! いいぞ、一緒に狩りしよう! 」 必死の猛攻を些事の如く捌き続けられた巨獣は、今度は同時に三つの首をもたげると、ドガンと一気にそれを叩きつける――が、もうもう巻き上がる砂塵の中から飛び出したのは、やはり三つの首。叩きつけたときとそのまま同じ軌道を描いて、三つ首仲良く元の位置へと弾き返される。 砂煙が晴れると、そこには巨獣の凄まじい加重に耐え、肩を合わせて得物を振りぬいた二人の戦士の姿があった。 二人は思わず目を見合わせた。 「ライヨン! おまえ強いな! ぜんぶ終わったら一緒にメシ食おう!」 「……許されるのならば」 「あはは! ホントにさっきから変なことをいうやつだ! よし、それじゃちょっとそいつ押さえててくれ! 」 ミミララはそう言うと、ぽんとヘラクレスの肩を叩き走り去る。 「どこへ――」 「そいつはただ倒すだけじゃダメなんだ。中にいるヤツはずるっこいからな。ふつーのやり方じゃ倒せないだろうし、もし倒せてもすぐ逃げる。だから外に“狩り出す”んだ!」 「……中に、居る者?」 「ふふーん、まぁ見てろ!」 ミミララはそう笑みを浮かべると駆けだして、軽快に跳ね飛びながら白毛の怪物――バンコの体を登っていく。 そして頭の辺りに来ると、髭を両足で掴んでぶら下がり、開けたままの口の「穴」に向けて叫んだ。 「おーーーい!! 狩りするぞーーーー!!」 戦士はその様子を見て訝し気に声をかけた。 「まだ誰か来るのかーーー?」 ミミララはその声に振り向くと、にっこりと笑って言った。 「ああ、ミミララの“友だち”だ!!」
~『新・アマゾネスの冒険』 第13章 その5~
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