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ポーキー・ミンチの主催する悪夢が幕を開けて早数十分。
鬱蒼とした森の中で、一人小さく震えるシルエットがあった。
「やだ……こわい、こわいよ……」
少女の名は三沢真帆。
普通に学校へ通い、放課後や休日には友達とバスケットボールへ勤しむ……そんな、何ら変わったところのない人物だ。
真帆は自分の眼前で繰り広げられ、こうしている今も停止することなく進み続ける出来事へ戦慄していた。
いつも通りの練習の帰り道、自分の家の扉を開けようとして――気が付いたら、あの場所に居た。
最初は何が起きているのか分からなかった。
不謹慎ながら、誘拐というセンセーショナルな状況にある種ドキドキさえ覚えていたといってもいい。
その幼い感情が恐怖へ変容したのは、野球帽を被った少年がハリウッド映画を彷彿とさせる攻撃を犯人らしき老人へ放ち、……そして、その巨大な力がまた別の命を粉々に吹き飛ばしたところから。
最初老人が生命を奪った時、真帆の位置からは何が起こったのか今一つ窺い難かったのだ。
俄かに空気が変わり始めたかと思えば、巨大な力が放たれ、反射されて――結果真帆は、見てしまった。
額に「にく」と書かれた少年が、粉々になる瞬間を。
多少肝が据わっているとはいえ、小学生の心へ心的外傷を刻むには十分すぎる惨劇だった。
身代金目当ての誘拐などではなく、もっと恐ろしく狂気的な何かであることを知り。
結果、ゲームが開始されて暫しの時が経った今も、最初の地点から動けずにいる。
助けてほしかった。
警察でも誰でもいい。
この閉ざされた世界から、悪夢から助け出してほしかった。
――ちょっと頼りない、けれどどこかカッコいいあの“コーチ”でもいい。
「もっかん……ひな……アイリーン……」
そんな真帆でも、しかし状況だけは確認しなければならないと思った。
怯えて一歩も動けない状況ながら、参加者の一覧を記した冊子の存在へ気付き、中身には一通り目を通していた。
日本人の名前から外国人のものまで幅広く名前が載っていて、やはり自分の名前もちゃんと刻まれている。
この状況が夢や何かの間違いでないことを痛感し泣きそうになりながら、彼女は己の周囲の名前を見て叫びそうになった。
なんで、と声が自然に漏れ出した。
そこには、三人の見知った名前があったからだ。
湊智花、香椎愛莉、袴田ひなた。
バスケ部の仲間で、一緒に色んな経験を重ねてきた大切な親友。
彼女たちもここに居る―――それを知った時、ついに我慢ならなくなった。
身体が震える。
歯ががちがちと音を鳴らす。
口の中が乾いて異様な臭気を感じた。
自分の命を失う恐怖も勿論あったが、同時に友達を失う恐怖が真帆の心を締め上げたのだ。
「……みんな、いなくなっちゃやだよ」
怖かった。
どうしようもなく、怖くて仕方がなかった。
たかだか十年とちょっとしか生きていない少女が背負うには、重すぎる苦しみだった。
スポーツが幾ら出来ても、誰も守れなければポーキーの遊技場では意味がない。
彼女も子供ながらに、自分の無力感というものを思い知っていたのだろうか。
服が汚れるのも厭わずに体育座りをして、膝の間にぎゅっと顔を埋める。
すばるん、助けてよ。
助けに、来てよ――普段の気丈な様子からは想像も出来ない弱りきった調子で、ポツリと漏らす。
小さな声量で吐き出された哀願は、無碍にも木々のざわめきに掻き消されてしまう。
誰の耳にも届くことなく、当然助けを乞うた相手にも届きはしない。
部活帰りの特有の感覚が、名残としてまだ身体に残っている。
なんてことのないそれを抱きしめて、ただ孤独に耐えた。
どれくらいの時が経過したろう。
真帆は思って、ふと顔を上げた。
そして、
「っ……!」
遠くの方から歩いてくる、少年の姿と目が合った。
注意深く見ていれば、彼は真帆の様子を窺いつつ、助けに来たことが分かったかもしれない。
しかし僅か一瞬の内に、それも恐慌状態の少女へそこまでの冷静さを要求するのは酷だ。
震えなんて関係なかった。
逃げないと殺される、ここで死んでしまう。その感情が勝り、真帆は何を言うでもなく走り出す。
「待てっ! 俺は別に、お前をどうこうしようだなんて――!」
聞く耳は持たない。今の彼女は、少年の言葉へ耳を貸すことさえ出来ない程にいっぱいいっぱいだった。
少年は待て、待てと叫びながら不安定な道でも躓くことなく追ってくる。
その足は速いが、真帆だって伊達にバスケットボールで身体を鍛えてはいない。
思考こそぐちゃぐちゃに混線し、百人に問えば百人が冷静さを欠いていると呼べる状態でも、身体は普段通りに動いてくれた。
逃げ切ることだって、きっと出来る。
死んでなんかやれない。殺されてなんか、やるもんか。
真帆の中にあった恐怖は、命懸けの追走劇を行いながら、徐々にそのシルエットを変えていく。
――――死にたくない。殺させたくない。みんなと一緒に、ここから出たい。
それは確かに前向きな姿勢だったが、見方を変えれ極度の疑心暗鬼にも等しかった。
誰も彼もが敵に見える。
自分や智花たちへ危害を加え、自分だけ生き残ろうと考える、悪者に見える。
「ついて来るなぁっ! あたしは、あたしはみすみす殺されてなんかやらないっ!!」
「……だから誤解だ! くそっ、分からず屋め……!!」
少年にも、彼女が今平静を保てていないことは一目で分かった。
それどころか、精神面が良からぬ方向へ転びかけていることも。
まともに言葉を交し合ったこともない言ってしまえば他人だが、少年には彼女を捨て置くことは出来なかった。
彼は思う。自分の大切な“彼女”ならばきっと、意地でも捕まえようとするに違いない。
――だから、俺もそうしたい。
ポーキー・ミンチという巨悪を打倒し皆でこの悪夢に幕を引くためを思えばこそ、無駄に死んでいい命なんて一つもありはしない。
少しだけ、手荒になるが……! 少年は身を低くし、一際強い力でもって踏み込んだ。
真帆が運動部所属で体力があるとはいっても、所詮は常人に毛が生えた程度のもの。
少年が本気を出せば、決して届かない訳じゃない。
見る見る内に距離は詰められていき、真帆が間合いを確認するべく振り返った時にはもう、距離は目と鼻の先だった。
「っ、捕まえたぞっ」
「う……」
がっしりと細腕を掴んで、少年は真帆との追走劇に終止符を打った。
暴れられるならまだしも、大声で叫びなどあげられた日にはどうしようかと思ったが……真帆は意外にも静かだ。
逆に不安に思った少年が彼女の顔を見ると――
「う、あああああ………!!」
その大きな瞳から、滝のように大粒の涙が溢れ出していた。
一瞬突然の事に面食らうも、よくよく考えれば当たり前の話だ。
この様子からして、彼女は幸せな陽だまりの中で友達と日々楽しく学校生活を送っていたのだろう。
スポーツに汗を流し、戦いや人死になんて以ての外の世界で生きていたのだろう。
それが突然こんなところに連れて来られて、あんなものまで見せられたなら……こうなってしまうのも頷けた。
どれだけの恐怖があったろうか。どれだけの悲しみがあったろうか。
押し付けられた理不尽への怒りもあったに違いない。
ポーキー・ミンチの思い通りになどさせてなるものか。
泣きじゃくる少女の姿を見て、少年はより一層戦う決意を硬く硬くした。
「……落ち着いて聞いてくれ。俺は、あんな犯罪者の口車になんて乗っちゃいない」
「…………」
「此処には俺の知ってる奴もいる。天地が引っくり返っても殺し合いなんかしないようなやつだ。探せば乗らない奴なんて、きっと探したら幾らだっている。――俺は、そいつらと協力してポーキーを倒そうと考えている」
決して楽な道でないのは承知の上だ。
首輪を解除する算段もついてはいないし、あれだけ強大な力を持つポーキーにどう勝つかさえ漠然とすら見えていない。
でも、殺して優勝するか抗って奇跡に賭けるかなら、少年は後者を選ぶ。
その熱意が通じたのか、それとも単純に気持ちが少し落ち着いたのか。
嗚咽を漏らして泣いていた真帆は、目の周りを赤く腫らして、じっと少年の顔を見つめていた。
……こうもまじまじと見つめられると、照れる。
あからさまに目を反らす少年の姿がおかしかったのか、殺し合いが始まってから初めて、三沢真帆は少しだけ笑った。
「変なの。でも、少し、安心したよ。ありがと」
「……別に、礼を言われるようなことじゃない。俺が困るだけだ」
「赤くなっちゃってー。かわいいなあ、……えーと」
元は活発で明るい性格の真帆は、少しずつだが普段の調子を取り戻しつつあった。
やれやれと溜息を漏らしながら、少年は自分の名前を名乗る。
「俺は――」
名乗ろうと、した。
その時、少年が見たのは漸く泣き止んだ少女の、凍りついた表情。
笑顔のまま、ゆっくりと見開かれていく双眸。
何だよ、と問おうとして、その時初めて気付く。
―――赤い。自分の目の前と足元に、どくどくと歪な音を奏でて紅い湖が形成されている。
ぐらりと視界が揺らいだ。そうまでして初めて、少年……
李小狼は、己が闇討ちを受けたのだと気付いた。
振り返り、襲撃者へ応戦しようとする。
だが、遅い。その動作の一つ一つが、あまりにも遅すぎた。
更に言うならば、この暗殺者の接近を許した時点で――半分、詰みは確定のものだったのやもしれない。
森の中に立ち込めた霧。再現されるのは暗黒の霧都。
小狼は反撃の動作を行う間もなく、平衡感覚を失った。
胸板へ深く突き刺さった鋭いナイフ。心臓を生きながらに貫かれる感覚に、鳥肌を走らせながら。
「に…………げ………」
――刃が引き抜かれるのと同時に、彼は生命の華を散華させた。
崩れ落ちた遺骸の向こうに立つのは、夜霧に紛れる暗殺者のサーヴァント。
つい今しがた手にかけた少年の屍に何ら感情を示すことなく、血溜りへ一歩を踏み入れる。
ねちゃ、と粘着質な音がした。
あ、と真帆の口から声にならない音声が漏れ出す。
逃げろと、最後の力を振り絞って少年は自分に言ってくれた。
でも、逃げられないと悟る。
それは生物の根幹に刻まれた本能と呼べる心理が齎した、残酷すぎる答えだった。
「あ、あ、あ、あ……!!」
「まず、ひとり。次は、あなた」
尻餅をついて、迫る殺人鬼から文字通り這う這うの体で逃げようとする。
「やだっ、やだあっ」
死にたくない。
ただそれだけの一心で、地を這う。
支給品の詰められたランドセルに思考を向ける余地さえなかった。
頭の中を過ぎるのは、楽しかった時間。
一緒にバスケットをして、たまの衝突さえ今思い返せばとても楽しいものだった。
なんで、なんでこんなことに。
答えてくれる者は誰もいない。
あまりにも、孤独。
自分を安心させてくれた少年は、今はぴくりとも動かずに血の海の真ん中で倒れ臥せている。
真帆は最初、暗殺者の接近に気付かなかった。
気付いたのは、小狼の首筋へそのナイフが伸びたちょうどその時。
やけに霧が濃いなとは思っていたものの、普通の日常しか知らない少女には思いも付かなかったのだ。
――よもや、それが“サーヴァント”などという超常の存在が作り出した光景だなんて。
どうして、どうしてこんなことになってしまったのか。
自分は、ただ。
(みんなと、いっしょに笑ってられたら……)
それで、よかったのに。
どすっ。
軽い音を鳴らして、三沢真帆の後頭部が一本の刃を前に縫い止められた。
下手人が誰かなどと、もはや語るまでもない。
霧都の殺人鬼(ジャック・ザ・リッパー)は、自身の生み出した惨劇へ喜悦するでもなく哀悼するでもなく。
「いただきます」
―――あまりに慣れ親しんだ日常として、当然のように受け入れた。
【李小狼@カードキャプターさくら 死亡】
【三沢真帆@ロウきゅーぶ! 死亡】
■
「ごちそうさまでした」
自らの殺めた二つの魂を食し、
黒のアサシンは静かにそう呟いた。
辺りには血の匂いが立ち込め、此処で起こった惨劇の程を窺わせる。
先の白い少女は取り逃してしまったが、首尾よく進めばこんなものだ。
暗殺者(アサシン)のサーヴァントに付加される固有スキル・“気配遮断”。
最初の襲撃では仕損じたところからするに、これも万全の状態で機能している訳ではなさそうだが……何ら特別な力を持たない人間や、完全に油断しきっている相手へ先手を決める分には十全。
そう幾度も幾度も失敗を犯すほど、彼女は生易しい手合いではない。
“解体聖母”に不調が生じ、幾分やり辛いものがあるこの状態でもこの通り。
流石は伝説に語り継がれる英霊、ジャックといったところか。
彼女はふと、地面へ無造作に打ち捨てられた二つのランドセルを見やる。
もう背負う者のないそれら。
徐に近付いていくと、黒のアサシンは鞄の中身を漁り始めた。
普段の全霊が発揮できるならば、わざわざこんな夜盗紛いのことをする必要はない。
だが彼女は知った。知ってしまった。
奇しくも勇敢に自らを撃退した少女のお陰で、ただ闇雲に戦うだけでは生き抜けないかも――と、アサシンは一抹の懸念を抱かされたのだ。となればどうするか。魂を貪って魔力を満たし、そして他の参加者よりも優位な状況を維持し続けるまで。
イリヤスフィールの奮戦は、確かに一人の少年を救った。
だが物事とは、見る側面に応じて別の顔を見せるもの。
がさ、がさ。
中から無造作に取り出した武器を、道具を、自らのランドセルへ放り込んでいく。
アサシンにも理解できる凶器もあれば、理解できない品もあった。
恐らく魔術師の使う道具のようなものだろうと勝手に納得し、兎に角今は物品の確保を最優先する。
殺した事実には目もくれず。見据えるのは愛しい“おかあさん”の下への帰還、ただそれだけだ。
「…………?」
それが黒のアサシンの目に留まったのは、単なる偶然だった。
良く言えば手早く悪く言えば適当に支給品を移し変えていく中、一際サイズの大きな品があった、ただその程度の理由。
ふと手に取ってみる。……どうやらこれは腕に填めて使うもののようだ。
武器として使い道があるようには思えなかったが、よく見ると簡素な説明が書かれた紙がそっと添えられている。
疑問符を浮かべながら目を通してみると、やはりこれは魔術師の扱う小道具の一種らしかった。
カードに込められた力を実体化させ、己の武器として使い捨てで使役することが出来るという。
“デュエルモンスターズ”。其れが、この魔術の名――と、黒のアサシンは思っている。
幾ら常識離れした彼女といえど、まさか単なるカードゲーム、いわばトランプがかなり派生した形であるとは気付かない。
気付かないなりに、アサシンは“決闘盤”に収められた札の山を確認してみる。
ぺら、ぺら。捲っていく内に、彼女の目が不意に止まった。
それは、あるデュエリストが心酔したカード。
本人は殺し合いの道具として利用されたなどと知ったら激怒するに違いないが、そのカードにアサシンは何かを感じ取った。
何かは本人にも分からない。けれど、その名前をふと呟いてみる。
何故だか、そうしたい気分だった。
「超銀河眼の、時空竜」
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンに撃退され、己の弱さへ目を向けたサーヴァント。
彼女は此処に、新たな力を手に入れる。
タキオンドラゴン――伝説のナンバーズカードが一枚。
そして、このカードに魅入られた男の決闘盤。
黒のアサシン――冷酷無比の殺人鬼が、“デュエル”に触れた。
時空を統べる竜は、彼女の手に。
【F-3/深夜】
【黒のアサシン@Fate/Apocrypha】
[状態]:ダメージ(小)、疲労(小)、魔力消耗(中)
[装備]:解体聖母×4@Fate/Apocrypha、決闘盤(ミザエル)@遊戯王ZEXAL
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2、李小狼のランドセルの中身(基本支給品一式、ランダム支給品0~2)、三沢真帆のランドセルの中身(基本支給品一式、ランダム支給品1~3)
[思考・行動]
基本方針:皆殺しておかーさんのところに帰る
1:おなかすいたから何か(人間の魂を)食べたい
2:白い子(イリヤ)はいつか殺す
3:……タキオンドラゴン……?
※解体聖母について
本ロワでは条件が揃っていても即死は不可能であり、最大効果で内臓ダメージ(大)を与えるものとします。
また、使用には大きく魔力を消耗し、消耗ゼロから使用しても回復無しで使用可能な回数は4回が限度であるとします。
※“CNo.107 超銀河眼の時空竜”の存在を確認しました。
最終更新:2014年03月11日 19:54