提督が鎮守府に着任しました ◆3.8PnK5/G2


『……そんな怖い顔しないでよ。別に乱暴する訳じゃないんだしさ、もっと冷静になりなよ』


『ふざけた事言わないで!だったらこの鎖を外しなさいよ!』


『それは無理だよ。だって鎖解いたら君逃げちゃうでしょ?』


『……ッ!』


『その表情、どうやら図星だったみたいだね。僕がそんな簡単に見逃すとでも思ってるの?』


『……何が狙いなの、貴方』


『嫌だなァ。君に乱暴する気はないって言ったばかりじゃないか。ただ、ちょっと記憶を弄らせてもらうだけだよ』


『どういう意味よ、それ……?』


『ああ、もう喋らなくていいよ。時間の無駄だし』


『……!な、何する気なの……止めて……来ないで……!』



『い、嫌……やめて…………司令か――――――!』




□ ■ □


 ある世界には、『艦娘』と呼ばれる少女達が存在する。
 身体の各所に武装を施された彼女達は、"深海棲艦"と呼ばれる怪物達を撃退するのが使命だ。
 雷もそんな『艦娘』の一人で、日夜海上でその怪物達と戦いを繰り広げている。
 さて、そんな彼女の支給品の一つは、高級そうなティーカップと紅茶のティーバッグだ。
 本来戦う為に建造――もとい生まれた様な少女だが、だからと言って紅茶の淹れ方まで知らないという訳ではない。
 インスタントの紅茶を淹れる事くらい、雷にだって簡単にこなせる。
 そういう訳で、彼女は今、現在地である「柳洞寺」に備えられたキッチンで紅茶を作ろうとしていた。

 殺し合いを強要された身であるにも関わらず、彼女はそれほど気を病んではいなかった。
 常に"死"と隣り合わせの戦場に身を置いているのもあるが、それ以上に安堵すべき理由があるからだ。
 何しろ雷は、彼女の上官である提督、もとい"司令官"と合流できたのである。
 自らの上官が会場にいたというのは、本来であれば深刻な事態ではあるのだが、それでも雷は安心感を覚えずにはいられない。
 彼女にとって"司令官"とは、絶対的な信頼を寄せる相手であり、同時に替え難い存在なのだから。

 そうこうしている内に、火にかけていたやかんから湯気が吹き上がってきた。
 予めティーバッグを入れたカップ二つに、その沸騰したお湯を注いでいく。
 カップにお湯を注いだら、そこから一分程度蒸らすのだったか。

 本来ならば、こんな場所で茶を沸かしているべきではないのかもしれない。
 この殺し合いの場には、雷以外にも艦娘が巻き込まれてしまっている。
 自分の姉妹である電や響がそれであり、出来るのならすぐにでも合流したかった。
 そんな焦る自分を宥めたのも、最初に合流できた"司令官"である。
 そう急いではいけない。自分の姉妹達を信頼し、今は冷静に動くべきだ、と。
 言われてみればそうである。直情的になりすぎると、肝心な所でミスを犯しかねない。
 特に現在の様な戦場においては、そのミスが生死が関わる可能性さえあるのだ。
 姉妹の為にと焦って行動し、それが原因で死に急いでしまっては本末転倒である。
 今は"司令官"の指示に従い、彼の言う通り冷静に行動する事にしよう。
 戦場で指揮を執る彼ならば、きっと間違った判断は下さない筈なのだから。

 殺し合え、と。
 あの機械に収容された老人は、憎たらしい程の笑みで宣言してみせた。
 思い返されるのは、次々とポーキー達の手によって作られていく屍達。
 人々と護るという使命を背負っておきながら、雷は彼らを見殺しにしてしまった。
 いくら首輪という枷を嵌められ反抗できなかったとしても、無念な事に変わりは無い。
 だが、ポーキーはこれから先、あの五人よりもっと沢山の死体を積み重ねるつもりなのだ。
 冗談じゃない。艦娘として、それを見過ごす事など出来るものか。
 ポーキーの企みは知らないが、犠牲者なんて出させはしない。
 できる限り多くの参加者と共にあの老人を叩きのめし、そしてこの呪われた地から脱出するのだ。
 言葉にすれば何度だって言えるが、主催の打倒は困難を極めるだろう。
 しかし、雷の心に不安の二文字はない。この場には自分の姉妹、そして何より"司令官"がいるのだ。
 これまでも皆と共に、幾度もの困難を乗り越えてきたのだから、今回の任務だってきっと成功する。

「うん、こんなもんよね」

 無色透明だったカップのお湯は、いつしか琥珀色に染まっていた。
 琥珀色の湯からティーバッグから取り出し、二つのカップを盆に乗せる。
 二つの紅茶の内一つは自分が飲むもので、もう一つが"司令官"が飲むものだ。

 こうして紅茶を作ってみると、紅茶好きの艦娘の事を思い出す。
 自分達駆逐艦や"司令官"が失踪して、きっと彼女を始めとする他の艦娘達も混乱しているに違いない。
 どうか安心してほしい。必ず仲間達と一緒に帰ってくるから――その不安はきっと、杞憂に終わる。


□ ■ □


 さて、雷は"司令官"と合流できたと言っていた。
 彼女の視点から見れば、その言葉に嘘偽りはないだろう。
 しかし、第三者――例えば同僚である電や響から見ればどうか。
 恐らく彼女らはしばし困惑した後に、雷の正気を疑うに違いない。
 雷が慕っている"司令官"は、最初からこの会場にはいないのだから。
 実在しない存在を他者に投影するなど、どう考えても狂人の行いである。
 だが、雷は断じて気を狂わせている訳では無い。彼女は至って正気だ。

 本物の"司令官"がいないとなると、今雷が慕う"司令官"は何者なのか。
 そして、如何な理由があって彼女はその目を曇らせてしまっているのか。
 その答えは、他でもない偽の"司令官"である少年が握っている。
 左目に赤い宝石の様な物が嵌った鉄仮面を被るその者の名を、トロンという。
 彼が今居るちゃぶ台がよく似合う和室と、彼が着ている貴族の様な洋服は、不釣り合いな事この上なかった。

(馬鹿だよねぇ。君と僕は初対面だっていうのに……)

 トロンは"司令官"ではないどころか、そもそも住む世界からして違う。
 彼の世界は"深海棲艦"や艦娘とは無縁であり、本来であれば雷とは決して関わりなどしないだろう。
 では、何故雷は、そんな彼の事を"司令官"などと呼んでいるのだろうか。
 それは、トロンが雷に対し"紋章"の力を行使したからに他ならない。
 "紋章"とは、トロンとその息子達だけが扱える未知なる力。
 科学や魔術とも異なるその奇怪な能力は、不可能である筈の事象を可能に書き換えてしまう。
 とりわけ一家の長であるトロンが持つ"紋章"の力は強大で、対象の記憶の改竄など朝飯前である。

 ここまで言えば、誰もがこの状況に合点がいく筈だ。
 トロンは"紋章"を行使して、雷の記憶を改竄したのである。

(何にせよ助かったよ。あの娘が甘えん坊でさ)

 雷の記憶の中に根付く"司令官"を、一つ残らず自分自身に置き換えてしまえばいい。
 たったそれだけで、彼女はトロンの優秀な手駒になってくれる。
 "司令官"の為に生き、"司令官"の為に死ぬ少女など、鉄砲玉には打ってつけではないか。

 勿論、いくら鉄砲玉と言えど、すぐに使い物にならない様な指示を下すつもりはない。
 当面は彼女を盾として情報収集を行い、今後の進展を見極めていく事にしよう。
 闘争において最も重要なのは、殺気でも戦闘力でもなく、現状を把握する為の情報だ。
 現に、あのポーキーがどうやって自分をこの広大な島に拉致したのかのかさえ不明なのだ。
 未知の存在が闊歩するこの会場は、言ってしまえば地雷原の様なものである。
 情報という名の地図がなければ、迂闊な行動は死に直結してしまうだろう。

 トロンの目的はずばり生還だ。
 生きて元の世界に帰れれば手段はどれでもよく、その過程で誰が死のうが知った事ではない。
 もしポーキーの話が真実であったと確信が持てたら、殺し合いにだって乗るだろう。
 手駒にした雷の意思など、最初から考慮に入れるつもりなど無かったのだ。

 ポーキー・ミンチと名乗った老人が不愉快ではないと言うと嘘になるし、できるのならばすぐにでも報復を加えてやりたい。
 しかし、トロンにはそれらの感情を差し置いてでも、元の世界でやるべき事があるのだ。
 それは"復讐"――自分の人生を破壊したDr.フェイカーを、絶望の淵に叩き込むのが彼の最大の目的。
 彼に裏切られた結果、自分は異世界の狭間に放り出される羽目となり、結果何もかもが変貌してしまったのである。
 三児の父である自分が子供の体格になっているのも。
 消失した顔の半分を仮面で隠しているのも。
 憎しみ以外の感情が根こそぎ消失したのも。
 本来の名を捨て「トロン」として生きているのも。
 全てが憎き旧友であるDr.フェイカーに原因があるのだ。
 今のトロンを衝き動かしているのは、復讐への執念と怨敵への憎しみのみ。
 それ故に、慈悲や仲間意識などという甘ったれた感情など端から持ち合わせてなどいない。
 トロンが他者に対し求めているのは、如何に自分にとって都合のいいかという点だけだ。

 自分の息子達も、神代凌牙を始めとする決闘者も、雷も、そしてまだ見ぬ参加者達も。
 全てが自身の演出する復讐劇の役者であり、同時に謀略という名の糸で操られる人形だ。
 せいぜい必死に自分の役割を演じて、トロンという主人公の踏み台になってもらおうではないか。

「それじゃあ雷。今後の方針を練っていこうか」
「了解したわ!ポーキー達を倒す為にも、頑張らなきゃね!」

 実に子供らしい元気の良さだ。
 そう言えば、この殺し合いは子供ばかりが連れて来られているというではないか。
 もしそれが本当なら――彼女らの様な子供を導くのが、大人である自分の役割なのではないのだろうか?



【一日目 深夜】
【G-6/柳洞寺】

【雷@艦隊これくしょん】
[状態]:健康、記憶改竄
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、マミのティーセット@魔法少女まどか☆マギカ、ランダム支給品1~2
[思考・行動]
基本方針:殺し合いには乗らない。皆で生きて帰る。
1:今は司令官の指示に従う。
2:他の姉妹達と合流したい。
3:司令官は大切な人。何としてでも守り抜く。
※記憶操作によりトロンを"司令官"だと認識しています。

【トロン@遊戯王ZEXAL】
[状態]:健康、疲労(小)
[装備]:決闘盤(トロン)@遊戯王ZEXAL
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~2
[思考・行動]
基本方針:生還する。手段は選ばない。
1:雷と共に情報収集。
2:九十九遊馬の排除。神代凌牙は保護するが、最悪の場合は切り捨てる。
3:ポーキーの言葉を真実と確信できた場合は優勝を目指す。
4:この会場で怒りの感情を集めておく。
5:雷は駒。役目を終えたら切り捨てる。
※WBC本選開幕前からの参戦。
※"紋章"の行使には体力を消費します。
※「No.69 紋章神コート・オブ・アームズ」は現在使用できません。
 使用には他者から一定量の怒りの感情を回収する必要があります。


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最終更新:2014年03月12日 12:25