夫々のバレンタイン

(投稿者:店長)


ブリザリアの場合

基地の厨房は今、女性士官やメードらの戦場となっていた。
隣に並ぶ女同士は戦友であり強敵である。包丁で刻み、湯せんで溶かすものはチョコレート。
そう、バレンタインを数日前に控えた彼女らは、それぞれバレンタイン用のチョコを作っていたのだ。

事の発端は偶然入手されたレーション用の材料のチョコを物資担当の士官がちゃっかりネコババしたのである。
チョコレートは栄養価が高いため、
少量でも活動に必要なエネルギーを得ることができるレーションのアクセントの一つとしてある時はチョコバーとして、
あるときはチョコレートに加工される。
工業用のチョコの塊を皆で平等に分配し、そして仲良く調理を行うのである。
そんな中ブリザリアもちゃっかりチョコの塊を受け取り、バレンタインに備えてチョコ作りにいそしむのである。

「グラッセさんはほろ苦いビターがいいのかなぁ……それとも甘いミルクチョコがいいのかなぁ」

湯せんで溶かしたチョコをかき混ぜながら、ブリザリアは思う。
思えばグラッセはどんなチョコが好きなのだろうか?
何か、遠い昔に聞いた覚えがあるような……しかし、数年前に稼動する以前の記憶なんて存在しないはず……。
それでも何か、大切な記憶があった気がするのだ。
もやもやとしたものが何であるか、ブリザリアは眼前のチョコのように溶かせないでいた。
冷やすのなら、得意なのだけれど……。

──雪。

ふと、天啓か。ある単語が浮かんだ。
グラッセの故郷であるザーフレムの紋章であり、馴染み深い雪のように……白くて口の中で溶けるようなチョコがいいのではないだろうか。
自身の能力は冷却だ。チョコを薄く延ばしてすぐに冷却すれば……。

思い立ったら何とやら。
ブリザリアは早速自身の思い描いた……ザーフレムの国紋である雪結晶のミルクチョコの製作に取り掛かった。

そして当日。
その日は多くの男性隊員がメードの教育担当に対して殺意の篭った目線を突き立てる一方で、そのメードの教育担当らや一部の彼女持ちの男性隊員が熱い雰囲気に包まれていた。

そしてそれはグラッセとブリザリアもまた同じであった。

「はい、バレンタインのチョコです」
「あ、おう……ありがとうブリーゼ」

ブリザリアが期待の眼差しを見つめる最中、グラッセは丁寧に包みを広げて──中のモノに目を奪われていた。
白い雪の結晶を模したチョコレート。
それはまだ人間のブリーゼが生きていた頃のバレンタイン。
その時も彼女は……。

「……どうしました?グラッセさん」

グラッセは目じりに浮かんだ液体を、目の前の愛しい存在に見せまいと振舞うので精一杯だった。


楼蘭組の場合

一ヶ月前、ある言葉を信濃が巴に告げたのが事の始まりだった。

「巴、ちょこれいとなるものを食べてみたい……」

しかし、巴もチョコレートについてはザハーラの前線時代にもついぞ目にかかることはなかった。
ただクロッセルやエントリヒ、アルトメリア出身のメードらや隊員が言うにはカカオ豆というものを加工して作られる菓子らしい。

信濃の願いを叶えてみたいことと自身の妥協を許さぬ拘りとが、彼女にルージア大陸へ渡らせる原動力となった。
そして1ヶ月をかけて、チョコレートに関する知識とその調理法を学びきった結果となった。
げに恐ろしいは飽くなき探究心と妥協許さぬ職人魂といったところだろうか。
何せカカオ豆の実物をてにとっては直に口に放り込み、その苦さを確かめながら調理法のアレンジを考えるに至るという拘りである。

──信濃は割りと上品な甘さが好みだ。
カカオ豆の苦さを引き立てつつ殺さぬ程度に甘さを加えるか……、
牛乳を加えたミルクチョコとやらはやや甘すぎるか……、
となると最初は何も加えずにほんのりと甘みを加えたビターチョコ辺りが最適か……。

現在持ちえるチョコの知識と信濃の好みとを吟味し、信濃が満足するチョコを調理する。
ただの菓子からなにやら懐石を出しかねない勢い……否、実際に懐石を出しかけたのだが。
帰り道の道中も信濃に出すチョコの──おそらく未来における究極と至高の争いに殴りこみをしかねんばかりの──構想を練っていた。

そして迎える二月十四日。
因みに十四日になにがあるのかを巴はその日まで知らなかった。

大華民国。楼蘭皇国の隣に位置する国家のとある基地。
船は残念ながら明日まで出ない為、足止めをくらった巴は折角だとばかりに楼蘭から派遣された戦力の駐留する基地に赴いた。
目的は今まで練っていた構想を一度具現化し、その味を確かめるためだ。


──厨房には鉄人がいました。
鉄で出来た人じゃなくて、料理に生きる人です。
着ている格好からみて、おそらく永花様と同じ楼蘭の人だと思うのですけど……。
なんだか纏う空気が違っていました。

そう、小燕は飛酉と一緒に厨房の入口から覗いていた。

「……そこで見ている奴ら。暇なら一時間後ぐらいに何人かここに呼んでこい」

あえて振り返らずにその人物……巴は気配を感知して小間使いを頼むのであった。

「永花様~見知らぬ人が厨房を占拠してますー」
「どうしましょー」
「ふ、慌てるな小燕、飛酉。まず聞こう、敵はどのような相手だ?」
「んっと、永花様と同じ楼蘭のメードさんみたいでしたー。
 髪の毛を後ろで縛っていて……後ろを見ずに”一時間後に呼んで来い”って」
「その口調に気配を察する能力……もしや、巴か?」

とりあえずいわれたまま、厨房に一時間ほど経ってから向かう一行である。
騒動を聞きつけてやってきた倉羽桐姫も同行して。

「着たか……まあ適当に座れ」

厨房の冷蔵庫に──無論無断借用である──入れていたものを取り出して皿に載せていく。
盛り付けられていくのは茶色や白、形状は様々な菓子のようなもの。
楼蘭では余り見かけることの無い、チョコレートであった。

「これは?」
「見たままだが?ああ、そうか……なんでもエントリヒやクロッセルの方にある西洋菓子でチョコレートというものらしい」
「ほう…西洋の菓子か」
「一応試食してみたがな……お前達の感想を聞きたい」
「食せと?」
「そうだ」
「いいだろう。頂こう」

まるで料理のように皿に飾られたチョコの一つを摘み……口に放り込む。
仄かに漂うカカオ豆の芳醇な香りが鼻腔をくすぐり、舌の上を甘みが流れていく。
さらに一粒、別の色のチョコを口に放り込む。先ほどより白いそのチョコは甘みが増していた。
他の同席者らも思い思いにチョコを口に放り込むと、今まで食したことの無い甘味に舌鼓を打っていた。
概ね良好のようだ。

「凄いわね巴。売りに出せるぐらいじゃないかしら?」
「あまあまですー」
「巴さん、すごい!」
「ふ……悪くない。大概が甘いのはこういうものなのか?」
「らしいな。原材料が苦い故に砂糖などを混ぜて加工するものらしい」
「ふむ……あまり甘いと、カロリー摂取基準をオーバーしてしまいそうだな」
「──なるほど」

指摘を受けて脳内でメニュー変更とかしていっている最中、永花はそっと囁き声で呟く。
幸い、他はチョコに目がいっているようだ。

「桐姫には話さないで置いてもらえるか?」
「何故だ?」
「どうもその辺りを酷く気にしている。ふ、そのようなこと、気にしなくても彼女は十分綺麗だというのにな」
「その辺りの話題は私に振るな。一般的女性という観点から言えばズレているのは自覚している」
「何を言う。巴も十分女性的だ」
「……で、味のほうはどうだ?」

口説き文句をバッサリと切り捨てて感想を求める巴に、永花は満面の満足そうな笑顔を浮かべて答えた。

「言うまでも無かろう?」
「そうか。なら調理法その他に不備はないな……」
「ああ。……しかし、君がそのようなものを作るとは」
「?」
「巴、今日は何の日か知っているか?」
「──?」
「ふ、……」

永花が何か動作を使用とする気配を察知した巴は、その行動が形を成す前に離脱する。
ただ、永花は何かを抱えようとする姿勢のまま、巴を見る。

「──何のつもりだ?」
「抱きかかえようと」
「だから何のつもりだ?」
「ふ、──今宵はバレンタインという日。想いを抱いている異性にチョコを渡すことで愛を示す日だ!」
「ほぅ……だが今日始めてその日のことを知った。故にお前の妄想は見当違いだ」
「いや違うな」

疑問符を浮かべる巴を尻目に、永花は両手を天上に掲げて、大仰に叫んでみせた。

「これは八百万の神が君の潜在意識に働きかけた為だ――故に私は君を抱く!!」
「寝言は寝て言え」
「というかそもそも異性にチョコを渡す日で、同性には成り立たないから。永花」
「はっ、それがどうし」

すぱーーん! とハリセンが炸裂した。
桐姫の用意したハリセンを巴が即座に受け取り、反撃する暇を与えぬほどに容赦なく振りぬいたハリセンの快音が木霊し、永花を一撃でノックダウンさせた。
その早業と凶行に、哀れな子犬二匹が怯え縮こまっていた。

「寝言は寝て言えといっている……それでは私はこれで失礼する。調理法等に不備は無いようだからな」
「ええ、お疲れ巴」
「……ここに作った余りがある。あとで他の者に振舞うといい」

机に残ったものを置いてそのまま去る。
その後基地の全員に振舞われたチョコは大好評であったとか。
無論後日、巴の振舞うチョコに信濃が大絶賛したのはいうまでもなかった。
最終更新:2009年12月26日 13:12
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