(投稿者:店長)
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『今日は同じ同期の
シュヴェルテとその教育担当官のアシュレイ君──
もっとも、君付けするのはこの手記のみだけども──といっしょしました。
カイル君とアシュレイ君は私達が生まれる前からの友人同士らしく、意気投合していました。
隣でシュヴェルテが羨ましそうに彼らを見てたのが印象的です。
私も彼女みたいに相思相愛の関係になれたら、どんなにいいだろう……そう思うのです』
「所でカイル。次の実地訓練だが……」
「ええと……確か
ブリュンヒルデが率いるとかだったよな?」
「……?」
「ブリュンヒルデ……といいますと。あの”軍神”の?」
「そうだよ。シュヴェルテ」
ヒルダにはその時は知らなかったが、ブリュンヒルデは現在の帝国における象徴的なメードの
一人であった。
現状で前線で戦っているメードの筆頭であり、稼動暦が現時点で三年を数える帝国の数少ない歴戦のメードだったのだ。
その彼女が直々に新規参入するヒルダを始めとする多くの”新人”を引き連れて実地訓練を行うらしい。
それを通達する書類が、先ほど各教育担当官の元に届けられたのだ。
教育担当官であるカイルらとは別行動となる今回の実地訓練は、ヒルダは少しばかり心配していた。
──大丈夫かなぁ。
シュヴェルテとアシュレイが言うブリュンヒルデというメードは噂通りの偉い人物(?)らしい。
そんな偉い人の前で粗相をしてしまったらどうしようか、と。
ヒルダ自身はともかく、自分のせいでカイルの評価が落ちることが怖かった。
「大丈夫だよヒルダ。お前はよく頑張ってる……俺が保障する」
眉を顰めているヒルダに気がついたカイルは、そっと彼女の頭を撫でる。
それを横目で見ていたもう一組はその様子に微笑ましい笑みを向け、
見られた本人は恥ずかしさとうれしさとで真っ赤になりながらもはにかむしかなかった。
そのあとは数日後に控えた実地訓練のために訓練を軽いものに変更し、体を休めることになる。
☆
『今日はなんとブリュンヒルデ様が直々に実地訓練に連れて行ってくれました。
その途中で不意打ちじみたGとの遭遇戦となりましたが、その時ブリュンヒルデ様は私達を励ましてくれました。
あの背中を見てたら、なんだか安心できるのです』
実地訓練当日、前線からやや離れた場所で現地集合となったヒルダら”新人”が一同に会した。
剣と盾とを装備する前衛シュヴェルテが緊張感を表情からかもし出し、
狙撃銃を構えるヒルデガルドはそれ以上に緊張をしてついつい周囲をうかがってしまう。
その隣に立っていた白い髪に赤い目という目立つ容姿をもったメードであるドロテーアがそんなヒルダの横っ腹をかるく肘撃ちしてくるのだ。
彼女の得物は突撃銃に銃剣とを取り付けたもの。
しかしヒルダからすればその格好──膝がギリギリ隠れるぐらいのスカートにロングブーツ、そして長袖のSS軍服──は冒険過ぎると思っている。
普段スカートを穿かないヒルダにしたら、それでも短すぎると思っている。
以前そのことを指摘したら、
「マスター(教育担当官)曰く、視覚効果を狙ってるってね」
とのことらしい。
ドロテーアのその格好を見るたびに、自分ももう少し女らしい格好をするべきなのだろうかと考えさせられる。
しかしあんなヒラヒラしてて足──特に太股辺り──がスースーする格好はどうも慣れないのだ。
小突かれて吃驚し、はっと気づいてやや冷静になったヒルダは他のメンバーを見る。
やはり一番目立つとなるのはあの大きな体を持つ男性型メードである
ディートリヒだろう。
身長を超える巨剣──確かエッケザックスっという名前だったか──を担いでいるだけで威圧感を覚える。
担いでいる本人はやや怖い顔をしているが、時より気さくに声を掛けてくることがあったのでただ粗暴なだけではないことは知っている。
ただ、どちらかといえば口より拳が飛ぶタイプなのは間違いない。
その隣に佇むディートリヒに劣らぬ巨躯を持つのは頭の部分まである灰色の熊の毛皮を被った半裸の男性メードのベルク。
目元は見えないが、立派な髭を生やす中年ぐらいの珍しい(?)人物だ。
片刃の片手斧を二本を巧みに操る前衛だが見た目に反して紳士的な発言と行動をする人で、
ある時始めてディートリヒをみて怯えているヒルダに対して、颯爽と現れては。
「ディートリヒ。ヒルダが怯えているじゃないか」
ぽんぽん、とまるで孫か娘かを安心させるようにその手でやや強く頭を撫でてきた。
父親らしい風格を見せる彼に何処かカイルとは違った安心感を覚える。
そんな彼は非番な時は葉巻や煙管を楽しんでいる。なんとなくらしさを覚える。
その時ディートリヒが苦笑しながら彼のことを親父さんとか言っているのを聞いた。
他のメードらに聞いて見ると、やっぱり何処かいい意味での年齢が積み重ねた重さというか安定感というか……そういった感じを受けるらしい。
その辺りに父性を見るのだろうか。
最後に……一人。
青と白の侍女服を纏う、見たのは始めての……
ジークフリート。
普段他の誰とも会わずに教育担当官のシュナイダーさんとの訓練に付きっ切りだという。
その彼に似たのか、口数が少なくて誰とも接しようとしない様子に何処か寂しさが伺える。
時より周囲を睨むような目つきで周囲を見つめたあとに、小さくため息を吐いていた。
暫くすると、全身を黒に金色の装飾が施された鎧と、同じく装飾された槍とを携えて……帝国の軍神と呼ばれる彼女がやってきた。
彼女が入ってくるだけで、空気が変わったことを体感できた。
他の全員も自然と背筋が伸びている。
英雄というのは纏う空気からして違うらしい。
彼女は全員の顔を一人一人……ジークフリートを見るときは何処か目線が反れ気味に、見ていく。
「全員揃いましたね。……貴方達は帝国の明日を担う貴重な人材です。各員その自覚を持つように……それでは参りましょう」
『……ただ、少し気になったのはその時いっしょにいたジークフリートとブリュンヒルデ様との間にギクシャクした空気があったこと。
その時のブリュンヒルデ様の表情を忘れることは難しそうです。
あのジークと同じかそれ以上に……表情の奥底に沈めたような、苦しく辛そうな表情を』
☆
実地訓練といっても、前線での空気に慣れさせるといった類のものであった。当初はそのように予定されていただろう。
グレートウォールを背にするように陣地構築が成され、火砲による制圧射撃を旨とするように自走砲や重機関砲とが配置されている。
だが、襲来予想が無かったはずの前線の遥向こうに、小規模とはいえ砂煙が上がっているのが見受けれた。
そう、Gの襲来である。
「……ブリュンヒルデ様」
そう最初に言葉を放ったのはドロテーアだ。彼女の表情には緊張はあっても恐怖の類はなかった。
ブリュンヒルデがゆっくりと見渡す……ヒルダ以外は各々やる気を見せている様子。
それなのに一人だけ……ヒルダは不覚にも震えていた。
ヒルダは恐怖を覚えてた。
始めての戦闘……特に狙撃兵として孤立しやすい立場の彼女は一度Gに襲われればこの中で一番命を落としやすいのだ。
戦うために生まれたはずのメードが、敵を前にして恐怖するという失態を見せた彼女に、ブリュンヒルデは目線を向ける。
「……ヒルデガルド」
「……ッ!」
軟弱者と叱咤されるとおもい、両目を瞑って受けるであろう痛みに備える。
しかし、飛ぶはずの拳はいつまでたってもやってこない。代わりにそっと、武具に包まれた掌をヒルダの肩に乗せた。
「怖がる必要はありません。……貴女には私が、仲間が付いている」
私に、そしてもう一人誰かに。
ブリュンヒルデは優しく言葉を投げかける。
ヒルダの目線に、ブリュンヒルデの背後に佇んでいるジークフリートが映った。
その寂びそうな、そして羨ましそうな目でこちらを見ている。
──羨ましい?
やはりジークフリートはブリュンヒルデに対して特別な思いを抱いているのだろうか。そうヒルダは判断した。
「皆も聞きなさい……自分の背中の向こうに、守りたいモノを思い浮かべるのです。
──我らは、その守りたいモノの為に戦うのです。恋人や戦友……そういった者達から、守る戦いに赴くのです」
ブリュンヒルデが、ヒルダを含む全員を見渡す……最後に、ジークフリートを見据えて、自身の槍……ヴォータンを掲げる。
「そして私は貴方達を無事に帰すと約束します……この槍に賭けて」
最初におう!と応じて得物を掲げたのはディートリヒだった。
それに負けないようにと、ドロテーアが、ベルクが、シュヴェルテが……そしてヒルデガルドと続き。
最後に……ジークフリートが自身の武器であるバルムンクを恐る恐るといった様子で、ヴォータンと触れ合わせる。
その時ジークフリートに対してブリュンヒルデが微笑んでいた、とヒルダは何故かそう感じた。
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最終更新:2009年02月16日 00:14