カタストロフ

(投稿者:エルス)



 放たれたE-トランクの砲弾が空気を撓ませ、着弾の衝撃で地面を抉り、次に来た三発の砲弾がワモンとM4シェイマンの原型を破壊した。
 炸薬が爆発を生じさせ、空気を熱し、周りの生命ごと吸い込み、己が炎を巨大化させる。
 すでに誰とも分からぬ五つの亡骸は認識票諸共吹き飛び、その肉片すらも消え去った。
 ブルーノーは通信機に一方的に命令を下した。

「各車、後方補給基地へ帰還せよ」
『・・・・・・くっ・・・』
『・・・・・・』
『ぅぅ・・・・・・』

 通信機のスイッチを切れば、嗚咽は聞こえなくなった。
 身体を完全に車内に入れ、被っていた帽子を深く被りなおし、ブルーノーは誰にも聞こえない小さな声で呟く。

「また、やっちまった」

 車内の空気は暗くなり、互いの息遣いすら聞こえるのではないかと思えるほど静かになった。
 ブルーノーは眠り、ジェイムズは黙り、アレックスはE-トランクを操り、デイモンは目を擦りながら泣いていた。
 エイミーは、さすがに疲れたのか、小さな肩を上下させ、ブルーノーと同じように眠っていた。
 ただ一つ違うのは、悲しいか幸せかの、そんな下らない心境くらいだろう。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 
 司令所に帰還報告をしに行った少尉を待ちながら、私はエイミーと話をしていた。
 幼い頃に聞かされた童謡を私が言い、エイミーが楽しそうに聞く程度の、レベルの低い話だ。
 一方的に私が童謡を聞かせているといってもいい。
 聞かせているのは古い童謡、『10人の黒人の男の子』だ。
 子供に聞かせるのには、あまり向かない話かもしれないが、私が気に入っているのでこれを聞かせている。

「10人の男の子が食事に行った、1人が喉をつまらせて9人になった」
「いそいでたべちゃ、め!」

 どうやら、私が一小節読み終わるごとにエイミーが相槌を打ってくれるらしい。

「9人の男の子が夜更かししてた、1人寝過ごして8人になった」
「ねぼすけさんだね」
「8人の男の子がデルボーンを旅してた、1人そこに残って7人になった」
「でるぼーんてどこ?」
「7人の男の子が薪割してた、1人自分を割って6人になった」
「こわいぃ・・・」
「6人の男の子が蜜蜂と遊んでた、1人刺されて5人になった」
「いたそう」
「5人の男の子が法律を勉強してた、1人裁判所に留まって4人になった」
「まじめだね」
「4人の男の子が海に行った、赤鰊がが1人呑んで3人になった」
「にしん?」
「3人の男の子が動物園に行った、大熊が1人を抱きしめて2人になった」
「くまさんこわい」
「2人の男の子が日向ぼっこしてた、1人日干しになって1人になった」
「またねぼすけ」
「1人の男の子が寂しくしてた、その子が結婚して誰もいなくなった、はいお仕舞い」
「けっこん、けっこん」

 話の意味は、多分分かっていないだろうが、エイミーは最後の『結婚』という言葉を聞いて、笑顔で飛び跳ねている。
 その純粋な笑顔を見て、自然と私も笑顔になる。
 実際はハッピーエンドなどという趣向の作品ではないが、まぁエイミーが楽しければそれでいい。
 極最近に劇的な進化を遂げた、私の精神的な所だと思う。
 その時だった。少尉の怒声が弾け、同時にオートドーナンスM1で武装したM4シェイマンの乗員が私とエイミーを囲んだのは。

「エイミー!!!技術屋!!」

 私が咄嗟にエイミーを抱きかかえようとすると、兵士の1人がオートドーナンスM1のストックで私の頭を殴った。
 痛みが頭中で爆ぜ、天と地が逆さになった。それが仰向けに倒れている、と認識するまで暫く掛かった。
 頭を抑えると、ヌメリとした血が手に付いたが、それと痛みを無視して何とか立ち上がる。
 エイミーがM4シェイマンの乗員3人に抑えられ、泣いている。
 少尉は衛兵2人に取り押さえられ、その隣にはジョン・スミス大尉が不気味な笑みを浮かべ、立っていた。
 手にはコルトンM1911A1のシルバーモデルが握られている。
 私は叫ぶ。

「大尉!何ですかこれは!!」
「見ての通りだよ、アルフレッド・アークライト技術少尉。私はね、辛勝し仲間を失い、心に傷を負った"彼ら"に最低限の持て成しをしようとしているだけだよ」
「全然答えになっていない!」
「簡単に言おうか、君と我々、誇り高き白人の為にニガーとペッカーウッド、そして"化け物"が犠牲になるだけの話しだ」
「犠牲・・・?」
「"化け物"については慰安婦にでも使ってやる。そこの野蛮な奴らは、まぁ適当に閉じ込めておくか」

 そこで少尉が身体全てが声帯になったかのような怒声を張り上げる。

「この糞野郎が!!慰安婦だと!?そんな事誰がさせるか!!てめぇらみてぇなカスが―――」

 パァンと乾いた銃声が響き、少尉の右足に赤い染みが広がる。
 少尉は膝をつき、激痛に顔を歪める。
 大尉が悪魔のような微笑で、少尉を見下す。

「45口径ソフトポイント弾の味はどうかね?痛かろう悔しかろう、だが君のような野蛮人は"邪魔"なのだよ。つれてけ」
「イエッサー」

 少尉と部下達が、今は使われていない兵舎に連れて行かれ、エイミーは使われている方の兵舎に連れて行かれた。
 「おにいちゃん!」とエイミーが叫ぶたびに、その華奢な身体に鉄拳が叩き込まれる。
 私は、何も出来ない。武器も、力すらも無い。

「さて、アルフレッド君」

 大尉が私の右肩に手を置く。
 私は大尉を見上げる。

「化け物といえども間違いを教えてはいけない、『10人の黒人の男の子』の最後の節は『1人の男の子が後に残された、彼が首を括り、後には誰もいなくなった』だよ」

 大尉が笑いながら、私から手を離し、司令所に帰っていく。
 去り際にこう言いながら。

「マザー・グースにもあるだろう?『もーしもーし、兵隊さん、あたしをもらってくださいな』とね。野蛮な生物には、カタストロフが良く似合う」
最終更新:2009年03月01日 23:13
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