Chapter 2 :As

(投稿者:Cet)



 急襲は急襲。
 しかし準備は常に万端。
「出るぞ」
 一人呟くは、赤の紳士。
「お気を付けて」
「私を誰だと思っているんだね」
 呆れたように言うと、仄かに笑い声が返ってくる。


 時は世暦1945年、所はベーエルデー連邦ルフトバッフェ本営はレッドアラートに包まれていた。
 偵察の任を受け高空を巡回していたメードの談によると、急襲。所属不明のメードが現れたとのことだ。
 当然、迎撃体勢は整っている。というのもそこはベーエルデー空軍随一の戦力を抱えるメード遊撃部隊である。毎日が戦争、というのもあながちジョークにはならない。ならばいつ出動命令がかかろうと当然のように構えているものなのだ。
 そして迎撃部隊には『赤の部隊』が抜擢された。支援は無し。というのも第一級戦闘小隊である彼女らには不要なだけ。
「お気を付けて」
 あらゆる流れが断絶した滑走路は奇妙なくらい閑散としており、そして空を見上げ佇む少女達は、青春の一ページを刻んでいるよう。
「私を誰だと思っているんだね」
 呆れたように呟く金髪の少女に、それもそうだと笑みを漏らすメード服の少女。
「出撃だ」
 ざ、と片手を振り上げて、隊員達は一様に頷いた。赤い翼(靴から出てる者も一名いる)を広げ一斉に飛び立つ。
 ごう、と熱風が滑走路に取り残されるように佇む少女の前髪を乱す。
 祈るように目を閉じた。

「隊長ーっ、一体敵はどんなやつなんだジェっ」
 目も眩むような高速移動の最中に問いかけるメードが一人。そして隊長ことシーアが暫し考えるような素振りを見せる。
「何でも偵察に当たっていたメードに散発的な攻撃、これは本人の談だが、を仕掛けてきたそうだ。
 目的は恐らくここルフトバッフェに違いないが、無理に接近することをよしとしていない。
 まだ周囲の被害は報告されていないが、放置しておく訳にもいかない。とまあこんなところか、ブリーフィングの反復だな」
「なるほど、了解しましたジェ」
 ふふん、とシーアは笑う。
「可愛い語尾だ」
「いつもとおんなじなんだジェ、ていうか、隊長に言われると何だか寒気がするんだジェ」
「予感というものを大切にするべきだよコニー君」
 言いつつも周囲に視線を巡らせる。偵察メード達の情報に基づいて捜索に当たっており、再び発見するのは時間の問題だろう。
「いた」
 ボソリと呟く。手をやって指示する、散開せよ。
 返事もそこそこに部隊は散開する、因みにこの命令の指すところの実質的な意味は援護に徹せよ、即ち、私の手並みを見ておけ、とこういうことになる。
 なお撃墜は許可されている。可能ならば捕らえよとのこと。
「私好みの”撃墜”が叶うかどうか」
 澄み渡る大気にぼんやりと浮かぶ点を目指す。どうやら静止しているようだ。かと思えばこちらへと接近してくる。接敵までの時間が繰り上げられる。
 次の瞬間シーアは背面飛行に移行する、回避、回避。その状態から翼をはためかせ、急上昇。相対していた高度から一気に離脱する。その直後にライフル弾が擦過していく。空気を激しく叩きながらそれらは後方へと飛び去っていった。
 上昇と同時に接近する。敵の頭上を取る。猫の喧嘩以上の戦略的価値がある行動だ。
 そのメードの姿がはっきりと視認できるようになる。
 メールであった。
「手早く終わらせるか」
”撃墜”が叶わないと知るや、短刀を抜き放ち、加速度的に切りかかった。ほぼ直上からの攻撃にメールはライフルの銃身を掲げた。鉄をはめ込まれたフレームが鈍い金属音を響かせる。
 二者がお互いの衝撃力を以て空中で静止する、シーアは獰猛な笑みを浮かべた。一瞬の静寂と攻撃の再開、果たしてシーアの次の一手は回避、頭上をライフルの銃身が擦過していく。そして離脱、彼女の翼がその軌跡を真っ赤に染め上げる。
 炎の渦から真横に飛び出した影はこちらにライフルの銃口を除かせた。そいつは空を飛んでいるものの機械の補助を得ていた。元来翼を持つ者の機動力に敵うかどうかは自明の理だとシーアは思う。
 ワンテンポ遅れて同じ方向に飛び出す。射線の外側に脱した瞬間逆方向へ加速。
 たったの二挙動で敵を撹乱する。
 射線と交差する形で距離を詰める、顔面に向けて全身全霊の蹴りを叩き込んだ。
 メールは咄嗟に二本のライフルを交差させて防ぐも、後方に吹っ飛ばされる。すかさずシーアは追撃し、短刀を胴体に振り下ろす。
 これも惜しくもライフルの銃身で受けられた。更にまろぶように急降下され、距離が開く。
 しかし彼女には全部見えている。次の行動も然り。
 メールが突然反転する。直線的に追いかけてくる敵の鼻っ柱を叩き折るつもりだろうが、その時に彼女は視界から消えていた。単純な話だ、逃げる相手を直線的に追撃しようとせず、迂回しただけ。
 短刀で腕を狙い、音も無く一撃する。再びライフルの銃身がそれを受け止めて、破砕した。
「はっ」
 メールが初めて声を発した。その衝撃に潔く従い、弾き出されるように上空へと加速する。
 シーアはそこで初めて自身の不覚を悟った。空中戦において上を取ることは猫の喧嘩以上の戦略的価値を持つ。
 メールが先程より早いタイミングでターンし、片方だけになったライフルを乱射しながら急降下する。シーアは、回避と共に後退する。
 四翼を発現させる。正面から突っ込んできたメールが炎に包まれた。
 完全に視界を失っただろうメールに向かって加速、擦れ違いざまその背中に鋭く短刀を突き立てた。瞬時に抜き取る。
 轟々と炎に包まれたメールはそのまま落下を続け、間もなく爆散した。
 シーアは交差の後すぐ振り返りそれを視認したが、感慨らしきものは覗えない。
「嘲笑だろうな」
 呟くと、背後を振り返る。戦闘の終結を悟った隊員らが集結し始めていた。
 そしてその中の一人であるコニーが、おずおずと切り出した。
「隊長」
「ああ、敵を拘束することは叶わず。これを撃破した。所属や攻撃の目的は一切分からずじまいだ」
「隊長、何か怖いジェ」
「相手が手練れだったのさ、死角からの攻撃を二回も防いでみせた」
 そう釈明するも隊員たちの表情は晴れず。
「何にせよ任務完了だ。さあ、我が家へ帰ろうじゃないか諸君」
 シーアはにこりと微笑んでみせた。


最終更新:2009年03月06日 02:07
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