戦車を狙うのが男の仕事だった。戦車猟兵という奴だ。
それは恐らく、歩兵に与えられる任務の中で最も危険なものに属するだろう。しかし彼がそれをしなくてはいけなかったのは、ただ適正があったからというわけではない。
彼は裏切り者なのである。しかも一度や二度ではない、国籍だって移り変わる。
風吹く草原で、兵士達が二人一組になって散開する。一人は対戦車火器を持ち、一人は対人火器を持つ。男もその中の
一人で、身の丈の半分はある鉄の筒を構え、草原と一体化する。
すると、そのシルエットが微かに地面を揺らしながら、彼らに接近してくる。
二両の戦車が近寄ってくる。鬱蒼とした草むらを踏み潰して。
そして彼らは息を潜める。その内駆動音が聞こえてくるようになる。
暫くしてそれが停まった。
「待つんだ」
男の隣にいる対人火器を持った兵士が言った。分かりきっていることに、男は頷く。
静寂があり、そして歩兵が草むらを踏みしめる音がする。戦車随伴歩兵だ。彼らの潜むすぐ傍まで近寄ってくる。
それから、ロケット弾が放たれた。
均衡が崩れ、静寂も破れる。随伴歩兵に程近い位置から、焦りと恐怖の中で放たれた弾頭は、戦車の前面装甲の僅かに上側を逸れていった。
敵の反撃が始まる、戦車前面の機銃が唸り、最初に攻撃した組が血煙になる。
索敵がてら機銃を撃ちまくる戦車にむかって、ロケット弾が殺到する。
男は撃たなかった。相棒を鉄の筒で殴りつけて殺すと、対戦車火器を放り出し、対人火器を奪った。腰を屈めて逃げ出す。
幸いにも、兵士達の中で敵との距離が最も離れていたことと、攻撃を行った組が囮になってくれたお陰で、彼はその場から離脱することに成功した。
無言で戦場を疾走する。銃声や砲声が、時折灰色の空を揺らした。
しかしその足が止まる。一人の男が、彼の目の前に立っていた。
その男は皇室親衛隊の士官服に身を包んでおり、金髪をポマードで固めていた。見るからに戦場に似つかわしくない格好の上、携帯している火器は今突きつけている拳銃一つきりのように見える。
「敵前逃亡、ひいては裏切りは重罪ですよ、軍法会議ものです」
「アンタ誰だ」
「私の名前はフォッカーです」
「フルネームだ」
「職業上言うことはできません、ところで貴方の名前はパスカル”ヴォルフ”リードで間違いはありませんか」
「ああ」
観念すると共に納得した。この金髪の男は裏切り者の類を抹殺して、自分の得点にするのを頼みにしてきたようだ。
「ヴォストルージアの赤い狼さ」
「狼さん、お逃げなさい」
その言葉に二の句が継げなくなる。
「私は貴方が本当はエントリヒ人で、最初国を裏切ってから、かの赤国を裏切り、また我が国を裏切り、今ここにいることを知っています。というのも私ばかりがこれを知っている訳ではないのですが」
「つまり、どういうことなんだ」
「貴方がエントリヒ人であるということです」
金髪の男は落ち着き払った様子で書類を取り出す。
「これから裏切るとすれば、もう二つきりでしょう」
それを手渡す。
「一つは今、ヴォストルージア陸軍。そして、
情報戦略課です」
「二つ目は何だよ」
「貴方みたいな人の寄せ集めですよ、エントリヒの諜報機関です。とはいえ、まだ発足すらしていないのですが」
とびっきりの営業スマイルで言った。
「貴方のご返答をお待ちしております」
「待てよ」
「いつまでも、待っています」
金髪の男が踵を返す。草むらの中を、あっという間に見えなくなった。
それから、男は逆方向に走り出した。