教え子たち

(投稿者:フェイ)



アルトメリア海兵隊寮の廊下。
ティムシーはその左腕にぶら下がる重みを感じ、困ったように尻尾髪をうなだれさせながら歩く。
重さとうなだれの原因は、機嫌がよさそうな笑みを見せながらティムシーと共に歩き。

「…………アリューシャ
「なぁに、せんせ? ちなみに重いっていうのはレディには禁句だと思うんだけど、せんせ、大人の女としてどう思う?」
「――――――」

言う前に釘をさされ、思わずため息が漏れる。
その表情をみたアリューシャは邪悪に笑う。
甘えてくる時の表情はかわいらしいと思うのに、なぜこういう顔もするのだろう―――。
そう思いながらも、ティムシーは指導教官として。

「―――――そういう顔、禁止。指導」
「あいたっ」

ぺち、と軽くアリューシャの額を叩く。
わざとらしく痛がって見せるアリューシャは懲りた様子もなくぺろり、と赤い舌を出していたずらっぽい笑みを浮かべる。

「傷がついちゃうわ。顔に傷がついたら、せんせが責任とってあたしをもらわなきゃ」
「―――責任…」
「ふふ、冗談よ。そう困った顔しないで。嬉しくなっちゃう」
「……アリューシャ……」
「久しぶりにあったんだモノ。たっぷり構ってもらうから覚悟しててね、せんせ」

ぎゅ、とアリューシャが改めてティムシーの左腕を抱きしめる
先ほどの表情よりも可愛らしい、甘えるような笑顔に満足したティムシーは前を見る。
と。

「……ティムシー」

ティムシーの尻尾髪がぴんっ、と立ち、次の瞬間ぱたぱたと右に左に揺れる。
音が立ちそうなほどの勢いで姿勢を正し、正面から歩いてきた女性に敬礼する。
きゃ、と引っ張られたアリューシャが悲鳴をあげるが今のティムシーには聞こえない。

「――――――――教官」

敬礼を受けた女性―――ジェットは、生真面目なティムシーの様子に苦笑する。

「久しぶりね、ティムシー。……相変わらずみたいで何よりよ」
「―――――はい」

ジェットの浮かべた笑みを見て、ティムシーはようやく身体の姿勢を緩め、髪尻尾も落ち着く。
上機嫌にジェットへ駆け寄ろうとし、左側が重いのを思い出してからやっと。

「…………………せんせ」

左側からのプレッシャーに気がついた。
恐る恐る左を見てみれば、ジト眼でこちらを睨むアリューシャの視線が突き刺さる。
申し訳なさそうにしおしおと髪尻尾が下へと降りていく。
アリューシャの視線がきつくなるほどに髪がしなだれていく。
その様子を見るアリューシャは、不機嫌そうな顔が次第に崩れていく。

「んふ、その顔に免じて許したげる」
「―――?」

疑問符を浮かべるティムシーに上機嫌に笑みを返すと、アリューシャはその手を放しティムシーの前へ。
そしてジェットに向かって軽く、しかし優雅に礼をしてみせる。

「はじめまして。せんせから話は聞いてるわ――せんせの先生、よね? あたしはアリューシャ。一応、せんせの生徒やってるわ」
「ええ、ジェットよ。よろしくねアリューシャ。…ティムシーは、どう?」

僅かにしゃがみ、そっと手を差し出すジェット。
アリューシャはその手を握り返すと、にやり、と少しばかり邪悪な笑みで。

「おっぱいなら成長してないわ」
「……………。ティムシー? 貴方教え子となにしてるの?」
「!!」

とがめるようなジェットの視線にぶんぶんぶんと慌てて横に首をふるティムシー。
その様子を見たアリューシャは、わざとらしく顔を覆ってみせる。

「そんなぁ、せんせ、あの夜のことを忘れたの!?」
「……!!!!」
「……ティムシー?」

真っ青になったティムシーの顔が高速で横にぶれる。

「冗談よ。生真面目なせんせにそんな事できるわけないじゃない」
「……」
「そうね。…まぁ、確かに変わっていないみたいね」

肩を竦めるジェットと、機嫌良さそうに笑っているアリューシャに恨みがましい視線を向ける。
その視線がようやく、ジェットの後ろに隠れる影に気がついた。

「―――――教官、そちらは」

指摘された影がびく、と震え益々ジェットの後ろへと隠れる。
ジェットはため息を一つ。

「……仕方ない子ね。ほら、オリヴィア
「……………はい……」

ゆっくりと、その影から這い出すように現れるのは黒い髪に黒い服。
気弱そうなその紫の瞳を長い前髪に隠したそのメードは、しかしティムシーとアリューシャの視線にはいるとまたジェットの影に隠れようとする。

「――オリヴィア?」

声をかけられた事に怯えた表情を見せるも、小さく首を縦に振って応える。

「…………。…………ジェット先生に、師事をうけてる………オリヴィア」

あまりにも小さな声にティムシーは首を傾げる。
しかし待てど暮らせど、もう一度の声は来ない。
重く立ち込める沈黙に僅かに苛立ったティムシーは深呼吸を一つ。

「――、もう一度。はっきりと」
「!」

強い言葉にオリヴィアは一歩、二歩と後ずさりをしてティムシーから逃れるように下がっていく。
ぴくり、とティムシーの髪尻尾が警戒と苛立ちを示すように持ち上がる。
ジェットは困ったように眉を寄せ、オリヴィアを見るが、当のオリヴィアは逃げるようにジェットの後ろに隠れる。
その様子を見たティムシーはさらに詰め寄ろうとして―――。



「立派なおっぱいもってるくせに引っ込み思案なんて生意気ね。えいっ♪」

むぎゅ


「きゃあっ!?」



ジェット、ティムシーともに初めて聞くオリヴィアの大声に慌てて身を引く。
一歩退いた視点から見えるのは慌てふためくオリヴィアと、その胸を後ろからわしづかみにしている小さな手。
下から持ち上げるように掴まれたオリヴィアの胸は普段よりも寄せてあげられてさらに大きく見えている。

「何食べて育ったらこんな大きくなるのかしら? ちょっと教えなさい♪」
「あ、あ、あ……!」

自らの胸をもてあそばれ泡を食って何もいえなくなっているオリヴィアを見て我に返ったティムシーは慌ててその後ろに回りこむ。
後ろからオリヴィアを襲っている原因を見つけ――その正体が予想通りだったことに頭痛を覚えながら相手の名を叱責をこめて呼んだ。

「……アリューシャ!」
「どうしたのせんせ? せんせも揉む?」
「~~~っ」

変わらぬ笑顔を浮かべたままオリヴィアの胸をもみ続けるアリューシャの首根っこを掴み、猫を持ち上げるように引き剥がす。
途端、オリヴィアは胸元を押さえ一気にジェットの後ろへと逃げ帰る――息は荒く、目元には涙が滲み、顔はゆでたように真っ赤。
そのオリヴィアを表情を見たアリューシャは楽しそうな笑みを浮かべて。

「いい顔できるじゃない。普段の陰気臭い顔よりそっちの方がよっぽどいいわ」
「………っ」
「もっと揉んで上げるわ。そしたらその胸ももっと大きくなるしスキンシップも出来て可愛い顔も見れる。楼蘭の言葉でイッセキサンチョーよね」
「ひゃう……!?」
「あ、アリューシャ。そのぐらいにしてあげてくれない?」

おびえとどこかは違う感情でアリューシャから遠ざかるオリヴィアを後ろにかばいながらのジェットの言葉に、アリューシャは首根っこをつままれたままどこか偉そうにひとつ頷いて。

「せんせの先生の頼みだもの。聞いてあげるわ」
「そう?」

ぎゅうとしがみ付くオリヴィアをなだめながら、ジェットはティムシーへと振り向いて。

「悪いけど、オリヴィアを落ち着かせないといけないから…。またね、ティムシー」
「――――はい、教官。―――――またの機会に」

直立してから礼をするティムシーに苦笑いをしながらも、オリヴィアを連れてジェットは廊下を歩いていく。
残されたティムシーはその姿が見えなくなるまで直立を崩さず見送り。

「……せんせ」

アリューシャに声をかけられてからようやく身体を楽にし、ついでにつまんだままのアリューシャを地面へと降ろす。

「―――アリューシャ」
「だってあのまま話してたら、オリヴィアの事怒ってたでしょ? せんせ、ああいうタイプ苦手そうだし」
「………」

思い当たる節のあったティムシーは黙り込む。
アリューシャはそんなティムシーの頬を機嫌よくつんつん、とつつきながら続ける。

「あたしはああいう子好きだわ」
「……好き?」
「ええ。勿論、苛めがいがあるっていうのもそうだけど。それ以外も含めてね」

いつものようなサドっ気を含めた笑顔の中に無邪気で楽しそうな笑みを混ぜ込んで。
今はもう見えないオリヴィアへ呟いた。

「あの子とはいい友達になれる気がするの。レディの感よ」

廊下の先、ジェットにしがみ付いたままのオリヴィアがくしゅん、と一度クシャミをした。



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最終更新:2009年05月26日 21:17
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