(投稿者:店長)
エルフィファーレによって仕掛けられていた工兵用爆薬が起爆し、アジトの各所から爆発が発生した。
突然の緊急事態に
軍事正常化委員会のメンバーは混乱の極みにあった。
同時に、数多の兵が押しかけてきたことが混乱に拍車をかけていたのである。
主なメンバーとしてはエントリヒ陸軍と武装親衛隊であったが、
一部に急遽クロッセルから派遣された部隊が混じっていた。
無論その中には、
ルルアの姿もあった。
★
その腕で抱いたことのあるエルフィファーレの奇襲により、軍事正常化委員会の金庫番である彼はナイフを突きたてられ、床に転がっていた。
その上に跨るように乗っている彼女の顔を眺めながら、どこか優しく、そして悲しい表情を浮かべている。
恐らく薄々予感はしていたのだろうか、
とエルフィファーレは予想するものの、これ以上は何もせずに彼の体温を太股から感じていた。
「……おう、以外と、痛くないもんだな……じゃあなエル、………俺を、殺したんだから…その分長く生きろよな……あんまり早くきたら、穴と言う穴をとことん犯すぞ」
口から血を吐きながらも、いつものように、エルフィファーレを抱いている時と同じように語りかけてくる。
エルフィファーレは不思議でならない。
自分を殺した相手に、何故笑顔を向けてくるのだろう。
せめて、恨み言の一つでもいってくれれば、簡単に割り切れるというのに。
「馬鹿ですねぇ……お兄さんは天国、僕は地獄行きなんですよ? だって、僕は人を騙す悪い子なんだから」
「安心しろバカ………俺みたいのが、天国逝けるわけねーんだから、よ……それに、こんな可愛い奴が……地獄になんて来るわけねぇだろ……逆だよ、バカ」
こんな人が何故軍事正常化委員会にいたのだろうか?
そう、尋ねたときはこういっていたのを思い出す。
──ああ、それはな……昔よ、エントリヒでメードの教官してたんだ。
お前さんみたいにちっこい奴でよ。それでもお国のため、帝国のため、ってな。
いつかかの軍神様みたいな、立派なメードになるって……。
そのメードは、かの戦果並列化に纏わる陰謀によって消されたのだという。
──似ているんだよ。どこか、死んじまったアイツにな。
懐かしげに語るときは決まって、彼は彼女の頭を撫でてくる。
きっと、教育担当官だった頃はああして担当のメードにもしていたのだろう。
──ふふ、なら良いですよ”教育担当官殿”♪
こうして枕元にいる間は、僕をその子と重ねてもらっていいですよ。
そう、エルフィファーレは答えた。
彼のことは嫌いではなかった。
そう、嫌いではなかった。むしろ、好意を持っていたといっていい。
──ああ、なんで僕は好きな人を殺してしまわないといけないのだろう。
「……さようなら、やさしいお兄さん」
最後にそっと唇を近づけ、キスを落とす。
彼はそっとエルフィファーレの髪に手がふれ、一撫でをし終えると力が失われて落ちる。
彼の双眸を、エルフィファーレは優しく下ろして、彼の元を歩み去る。
思えば彼とは男女の性交の間柄以外の関係を持っていたような気がした。
それが男女の親愛なのか、親子のものかは判らない。
いえたのは、唯只管に、後味が悪いということだけだ。
彼とのキスは、冷たい鉄錆と死の味がしたから。
★
爆発の衝撃で目を覚ました
シリルであったが、ぼんやりとした意識の中、最初に感じ取ったのは自分の首と手首の違和感だ。
視線を落せば、そこには自分でも見慣れたある意味忌みべきものがある。
エターナルコアの出力を抑える為の首輪と手錠だった。
部屋の内装を見てみると、そこがエルフィファーレに宛がわれた部屋だと判る。
おそらく、あの後この部屋に押し込んだのだろう。
そこに、エルフィファーレが帰ってきた。
「あ、目が覚めたのですねシリル」
「エルフィファーレ!お前……」
「はいはい、話は後ですよ……これから君を軍に差出にいきますから」
「なん……だと!?」
無論必死に逃げて抵抗しようとするシリルであったが、メードとしてのアドバンテージを奪われた彼に彼女から逃れることは出来なかった。
ひょいっと猫を抱えるように、俗に言うお姫様抱っこに近い恰好で持ち運ばれる。
「おいっ! 自分で歩ける! だから下ろせッ!!大体この格好―――」
「だーめですよ。ちんたら廊下なんて歩いていられませんから」
「ど、どういうこ……って、おい!?」
とんとん、と靴のつま先で床を叩く。
それからは驚愕するべき事態だった。
──シリルを抱えたまま、窓から飛び出すのだから。
盛大に砕け散る硝子片、それをシリルが浴びる前に硝子の雨を掻い潜っていく。
その一旦に、エルフィファーレの凄みを覚える。
メードとはいえ、人一人抱えてここまで動けるものだろうか?
すた、と猫のように衝撃を感じさせない着地。背後では硝子が地面に降り注いでいる音が聞こえていた。
遠くでは銃撃戦を想像させる連続した銃声や、手榴弾を始めとする爆発物の音が絶え間なく続いていた。
こうなった以上、このアジトの壊滅は目に見えていた。
窓から脱出してから、暫く移動する。
そうすると、周囲はアジト周辺の騒音が嘘のように静まり返っていた。
「ここは安全ですね……僕が出来るのはここまでです」
「お、おい……お前は、どうするんだよ」
「僕です?……最後のお仕事をしにいくのですよ」
シリルを下ろしたエルフィファーレは、未だに銃撃戦の続くアジトに戻っていく。
その遠ざかってゆく小さい背中を、眺めていることしかシリルには出来なかった。
★
「……ああ、長かったなぁ」
普段見せないような、透明でどこか儚く、そして綺麗な笑顔を浮かべる。
全ての柵を脱ぎ捨て、普段身につけていた硝子の仮面をも捨て去って。
誰にもみせることがなかった、本当の彼女の姿がそこにあった。
「漸く……長い長い、任務が終わるよ」
「……苦しかったでしょう?」
長年聞いてなったかのような錯覚を覚えるほどに。懐かしさを感じさせる凛とした声。
優しさと強さを持った、その声の主は、確かにそこに居た。
「やあ、ルルア……今晩は。その様子だと知ってしまったようだね」
本当なら、クロッセル連合所属の彼女がここにいるはずがないのだ。
だが、ここにいるということは、エルフィファーレのことを知ってしまったのだろう。
与えられた任務のことも。そしてここで死のうとしていることも。
「知らなければ、こうして貴女に辿り着くこともなかったでしょう。そして、知ってしまったから、貴女が私よりも強いのだと分かりました」
「困ったなぁ……真実は墓の中まで持っていこうと思ってたのに」
「すいませんでした。でも、全て貴女を救う為にやった事です」
「ううん、怒ってないよ。
……けどね、僕は任務を遂行しなきゃいけないんだよルルア。
僕は黒旗として、軍事正常化委員会のエルフィファーレとして、死ななきゃいけないんだ」
──僕は悪い子なんだよ。ルルア。
任務のために、好きだった人たちを殺してしまうような僕は。
「任務なんて、私が斬り捨てました。だから、私は貴女を死なせません!」
よくあの人を説得できたんだね。と続けるエルフィファーレに、ルルアは自分に与えられた任務を告げる。
クロッセル陸軍総司令部からの命令―――シリル、エルフィファーレ両名の奪還。
エルフィファーレを救いに来た、そう彼女は誇らしげに語る。
その顔は、まるで太陽のようで、とても暖かくて、とても眩しい。
「……ふふ、ルルアも強かになったね。けどダメなんだ。
僕はね、自分の任務を遂行させるために……何も知らないガランさんを殺しちゃったんだ」
「ハード大佐は……許してくれますよ」
「あの人なら、許してくれるかもしれないね……だけど僕自身が許せないんだよ。悪い子だから」
「貴女は悪くありません。貴女は良い子です。だから、戻ってきてください」
──ああ、不器用で優しくて……そして頑固だったね。ルルアは。
こうなった以上は、彼女は止まらない。
決意した彼女の強さは、隣で戦っていたエルフィファーレもよく知っていたのだから。
「そこまでいうなら、そうだね……勝負で決めようよ」
「……良いでしょう、全力で相手をします」
「──うん。じゃあいくよ。僕の本当の全力を、見せてあげる」
「死なせません……貴女をこのまま、死なせるものですか……!」
──神狼、私の戦友を救うために……力を貸してください。
彼女は祈る。我が身を散らしたとある男と、その名を冠した一振りの刀に。
それに答えるように、抜刀された楼蘭刀―――神狼は薄暗い中にあっても光を放ち、彼女に戦う勇気を与えた。
最終更新:2010年02月11日 19:43