(投稿者:店長)
──考えろ、私。
この状況での最善を見つけ出すんだ……
神狼や義肢では受け止められない。彼女の言葉が真実なら、そうしてしまえばそこで終わりだ。
いや、待て……真実なら?
ダガーがゆっくりと飛翔する。
その時間がやけに遅く感じた。
ルルアはなおも思考を高速で回転させていく。
今ふと上がった疑問、本当に、
エルフィファーレの言っていることは正しいことなのか?
──良く考えろ。仮にそれが真実であったなら……あの戦闘の中、常に所持しているものだろうか?
揮発性が高く、猛爆性のある物質であるならば、僅かな静電気や火花だけでも起爆する。
そんな危険物を、普通、今まで作って所持し続けているだろうか?
おそらく、本来は直前で精製するはずだ。
少なくとも瓶二本分を用意するだけの時間はないはず……。
しかし、両方が普通の香水の瓶である場合もある。
ふと、足元を見る。
視線の先には、先ほどエルフィファーレの投じた瓶の半透明な中身が映っている。
──それはまだ、床を濡らしている……?
パチン、と音が聞こえた。ルルアは閃く。
同時に、神狼を構え、飛翔するダガーを睨む。
──揮発性の高いものであるなら、……床に未だに飛び散った液が少しも減らないのはおかしい。
つまりこれは……ブラフだ!
一見周囲が危険物質で満ちていると思わせることで、こちらの行動を阻害させることが目的なのだろう。
そして反撃を押さえ込む。それがエルフィファーレの作戦だ。
彼女の思惑に気づいたルルアは、
万が一の可能性による──実際にエルフィファーレの言葉が正しかった時のこと──共倒れの恐れをあえて無視する。
「──賭けは」
飛来するダガーを、躊躇なく神狼で弾き、軌道を変えられたダガーは窓を突き破って外へ消える。
当然の如く、閃く火花によってルルアは賭けに勝ったのだとを確信した。
爆発は起こらない。すなわち、これは唯の香水だと言うことだ。
「……私の勝ちですね」
この近距離ならルルアに分がある。勢いよく飛び掛ったルルアに唖然としてたエルフィファーレをやや強引に壁へ押し付ける。
華奢な体つきであるエルフィファーレと、前衛故に鍛えられているルルアとでは、その膂力の違いが明らかだ。
壁に縫い付けるように、義手の左腕がエルフィファーレの右手を押さえ込む。
義手ゆえに、例え攻撃を受けても痛みで離すことはない。
ルルアの右手は神狼を持っていて、その刃はエルフィファーレの首に突き付けられ、信じがたい事に震えていた。
同じメードを相手にするということは、ルルアの心に大きな疲労を与え、その忍耐力と精神的を削り取り、結果、彼女は限界を迎えている。
エルフィファーレはそれを察したが、抵抗することなく
「……参りましたよ。もう、ルルアさんには敵わないや」
握っていた近接攻撃用の短刀を落とし、降参を示しながら微笑む。
その笑みは、今まで見てきたエルフィファーレのどの笑顔よりも、正直で偽りのない綺麗なものだった。
漸く、漸く、ルルアの元に、彼女は帰ってきたのだ。
★
戦闘は終結し、捕虜となった
軍事正常化委員会のメンバーが連行されている。
それらは全てエントリヒ陸軍や武装親衛隊の管轄であった。
一方のルルアはエルフィファーレをつれて、クロッセル陸軍の元に向っていた。
まだエルフィファーレはこの時点では軍事正常化委員会のメンバーとして認識されていたのだから、無理はない。
彼女は遠からず釈放されることが判っていても、この時は軍に引き渡さないといけないのだ。
軍の駐留地点までの道のりが、タイムリミット。
「……ねえ、ルルア」
エルフィファーレが不意に声をかける。
とても先ほどまで殺し合い寸前の戦いをしていたことをうかがわせない、軽々としたものだ。
「なんです?エルフィファーレ」
エルフィファーレは、振り向いたルルアの後頭部に手を回し自分に引き寄せると、唇と自分の唇とを合わせ……その上、エルフィファーレは己の舌を半開きだったルルアの口に滑り込ませる。
突然の行為に、ルルアは頭が真っ白になる。その間にもエルフィファーレは止まらない。
ちゅっちゅ、と今まで縁がなかった厭らしい癖に、それ以上の艶やかさをかもし出す水の跳ねる音を小さく響かせながら、
エルフィファーレの柔らかい舌は呆然としているルルアの舌に容易に絡みついた。
「んぅ!?」
「ん、……んぅ」
ちゅぱ、ちゅ……。
時よりルルアの唾液を吸いたてられ、飲んでいるエルフィファーレの色っぽい表情がルルアの瞳に映る。
頬が熱を帯びていくのを、ルルアは自覚しざるを得なかった。何しろ彼女はキスをしたことはあってもディープキスなどしたことはなく、また、同性にそれをされているのだから。
抗議の声を上げるまえにこみ上げてくる未知の感覚に、戸惑いを隠せない。
「んはぁ……♪」
エルフィファーレが満足したように唇を離すと、ルルアの口の間に銀色に光る橋ができ、ふふふとエルフィファーレが微笑む。
そこで漸く、羞恥心が追いついてきたのだが怒るよりもいきなり起きた事態をどう受け止めれば良いのかでルルアはあたふたとする。
顔が朱に染まり、手は上げようとしてるのか下げようとしているのか分からない中途半端な位置にあり、たまに唇を触ったり髪の毛を触ったりと忙しない。
言ってしまえば容疑者に当たるエルフィファーレは慌てるルルアを見て「あぁ、可愛いなぁルルアは」などと呟いている。
「な、な……」
「油断大敵ですよ♪」
「え、エルフィファーレ……貴女、一体……え、え……?」
「僕は普段無害な羊さんですけど、たまには狼さんになっちゃうんですよ?……可愛いルルアに対して♪」
「──えっ!?」
「……あ、これって
シリルと間接キスになるのでしょうか」
──ちょっと待て。今この子、なんて言いました?……間接キス?
またもや突然のことに一瞬思考が停止した。が、シリルとエルフィファーレならキスくらいはするだろうと、なんとか冷静な考えに至る。
「ええ、実はシリルとですね」
「ほぉ……そんなことを?」
「ううんと、もっとこう激しく♪ 俗に言う夜の方のベッドの上での淫らな──」
「……えっ、ちょっと……へぇっ!?」
予想外の反撃に、この手の免疫のないルルアは面白いぐらいに慌てる。
それも相手がまさか自分が指導していたシリルとは……ルルアは眼前の戦友に戻った彼女に得たいの知れない何かを感じた。
本当にこのメードはメードなんだろうか?ルルアはとてもじゃないが平然とはしていられなかった。
先ほどの行為を誤魔化す様に、むしろ忘れるためにと駆け足に近い歩きで、
軍の集結している場所にエルフィファーレを伴って帰る。
彼女らを確認した陸軍の兵が、エルフィファーレに近寄ると彼女の首に首輪をつける。
皮肉にも彼女がシリルに用いたものと同じものであった。
さらに念のためと後ろ手に手錠が施される。
規則だと頭では判ってはいるルルアであったが、やはり釈然としない。
「……規則なんでな」
「分かっていますよ♪」
それは今手錠を掛けている兵士も同じ思いだろう。
だが規則を守ることを怠ることはできない。なんと言おうと彼女はまだ黒旗のメードなのだ。
そんなルルアを安心させるようにとエルフィファーレは、
「じゃあ、またねルルア」
「……はい、待ってますよ。エルフィファーレ」
また会おう、再会を約束する言葉を交す。
こうして、ルルアはエルフィファーレが比較的丁重に装甲車両に乗せらていくのを見送ったのである。
★
「あ、貴方も捕まったんですね♪」
「……るせぇ」
乗せられた装甲車両には先客がいた。シリルである。黒いコートは埃塗れで髪も白い粉塵を被り、手には幾つか切り傷を負っている。
エルフィファーレは少し不思議に思いながらも隣同士座りあう。これでデートならもう少し気分もいいかもしれないが、
鉄の匂いの充満する上に互いに身体の自由が半分ほど封じられている最中、そんな考えもひっこんでしまう。
何故捕まったのか?と聞いてみるエルフィファーレに、
彼はあの後アジトの方へと向ったものの、運悪く銃撃戦のど真ん中に飛び出してしまい、そんな中でとっ捕まったと答えた。
「なんといいますか、間抜けですね」
「うるせーっていってんだろう!……んで、最後の任務ってやらはどーしたんだよ?んなこと言うからには、ちゃんとやったんだろうな?」
「ああ、アレですか……ルルアに阻止されちゃいました♪」
「ふん、ざまぁ見ろ……でもお前、なんだか良かった……ってな口調だな?」
「そうです?……なら、そうなんでしょうね」
「んだよそりゃ」
長年、自分を偽って来た弊害なのだろうか。
本心でもないことを表現してしまっているのか? いまいち自覚が持てなかった。
それでも、この気持ちは偽りではないと思いたかった。
──こんな僕だけど……生きてていいですか? ガランさん、お兄さん。
返事は返ってこないのは判りきっているが、
何故か立場も年齢も何もかも違うあの二人が同じことを答えてきそうな予感がした。
どちらもこの手で殺めてしまった二人だけれど、きっとあの二人ならそう言ってくれる。
上を見れば、アジトの惨状もそこで起きたことも我知らずといった感じで青々とした空が広がり、太陽がある。
「で、シリルはどうするのです……?」
「ああ、……アイツが俺達を連れ戻しにきた……って話か?」
「ですよ。……貴方はそれでいいんですか?」
「……ったく、るせぇなてめぇは……一度、アイツと面と向かって話してみるよ」
それはいいことです。と彼女は微笑む。
その微笑みにドキリとしながらも、彼は苦笑にも見える笑みを返す。
「ルルアなら受け止めてくれますよ。私が保証します」
「そうか、そう、だよな……そうじゃなきゃ、おかしいもんな」
「お互い、酷く回り道をしてしまいましたねぇ~……本当に、世の中ままならないです」
最終更新:2009年05月29日 23:48