(投稿者:店長)
エルフィファーレと
シリルがクロッセル軍に確保された数日後。
グリーデル王国に存在する共同墓地に一人の人影が存在した。
端から見れば、先に逝った戦友に挨拶しにきたように見えるだろう。
しかし、そうではなかった。
「アンタのお願いは聞いてあげたよ」
クロッセルの軍服を着た女性士官が、物言わぬ墓石の前にぶっきらぼうに告げた。
その墓石に刻まれた名前は、ガラン・ハード。
名無し。名の無い彼女がここに何をしに来たのか。
ただただ延々と墓石が並ぶこの場所で、そう訊ねる者もいない。
「エルフィファーレは無事に戻ってきたよ、ボーイフレンドにしちゃ女々しいのも一緒にね。全く……何しているんだか私ってば」
彼女の能力は死体や機能停止したメードから記憶を読み取ること。
殺されたことへの、何故死なねばならないかという怒り。
死して戦いから解放されるという喜び。
祖国を守るために戦い続けるという薄れぬ決意。
数多くの死は、同じ数だけ異なる思いを抱いている。
そして、それは同時に叶えることの出来ない願いを見てしまうことに繋がる。
全てのGへの報復という到底叶えれない願いも確かにある。
けど、その中でもいくつかは叶えてあげたいことがあった。
死を迎える存在は、良くも悪くも純粋なのだ。そして、決して嘘はつかない。
そんな彼らの、思いを汲み取ることがいつしか名前の無い彼女の行動原理の一部となっていた。
今回もまた、彼女が一方的に彼からのお願いを聞いたに過ぎない。
そんな彼女は死者に対してだけその心を開くのだ。
彼の遺体を調べた時に流れた、幸せな記憶。
彼と彼女、エルフィファーレとの日常の断片。
あの人物にとって、彼女は遅くにできた孫か娘のような存在だったのだろう。
本を読んでやったり、買い物に一緒に行ったり、軍人として許される限度ぎりぎりの楽しい思い出は彼女と共に在った。
死に際に至っても、彼女に対する黒い感情は無かった。
ただただ彼女のこれから先を案じ、その幸せを願っていただけ。
名無しはその尊い思いを汲み取って、任務ついでに気まぐれで叶えたのだ。
懐から、ガスライターと葉巻、そしてシガー・カッターを取り出す。
生前の彼の記憶を元に、わざわざ取り寄せたグリーデン諸島の一つのドミニク島原産のアープマ・マーシャル。
長さが20センチと長く、2センチの太さもある大型の葉巻であるこれが好きだったらしい。
紙煙草は吸ったことがあったが、葉巻を吸うのは彼女も初めてだった。
幸い吸い方は墓石の主の記憶を参考にしているため、大きな間違いはないはずだ。
些か、彼女の口には大きすぎる気もしたが。
「……ふぅ」
紙煙草よりも柔らかいくまろやかな香り。
このぐらいのサイズになると吸い終えるのに何十分もかかる。
一つ一つが職人の手によるハンドメイドらしいこの煙草は、その分値段が高いのだが、願いを叶えるために少し奮発した。
「葉巻もいいもんだねぇ……たまの贅沢にぁもってこいか」
僅かに先端が灰となったものを、そっと墓石の前においてやる。
香りだけでも楽しんでもらおうという彼女なりの思いやりだった。
「じゃあね……次の仕事をしないと」
そして彼女は立ち去る。
彼女の仕事はまだまだ続いていく。幾つもの死を見続け、幾つかの願いを叶えてゆく。
今まで偽り続けた者と、これからも偽り続ける者との接点は、ここで切れる。
「だからさ、幸せになりなよ?」
誰に言うでもなく、名の無い彼女は空に向けて呟いた。
★
あの後、
ルルアの元にシリルがあっさりと戻ってきた。
開口一番に、訓練用の刃のつぶした刀剣を一対二本を用意しながら放った言葉が印象的だった。
日頃どう思っていたのか、その末に何故彼がルルアの元から去っていったのか。
正直に、気恥ずかしさと申し訳なさを会い混ぜにしながら語ってくれた。
「だからよ……色々と決着をつけるために、頼む」
「わかりました、シリル──そういうことであれば、受けて立ちましょう。但し、手加減はしませんよ」
「そーじゃねぇと意味ねぇんだよ。こっちも本気出すかんな……」
「望むところです」
互いに、細部こそ違えども同じ構え。不器用な師弟の仕合。遠くから兵士たちが見守り、賭けを興じる中、それは始まった。
シリルが勢い良く駆け出し、鋭い袈裟斬りを繰り出した。しかし、簡単に軌道を逸らされ、素早く翻り脇腹目掛けて疾走した必死の一撃は避けようにも無かった。
始まってから十秒も経たずに終わった仕合に、シリルは悔しさの表情よりも呆れたような苦笑をする。圧倒的な技量と経験の差、それを見せ付けられた彼は、差し伸べられた手をしっかりと掴んだ。
彼にとって、あれがケジメのつもりなのだろう。
彼の反抗期に似た時期に、終わりを告げるために、最後に言う言葉があった。
「……ただいま、ルルア」
「……お帰りなさい。シリル、ずっと待ってましたよ」
どんなに長い雨だろうとそれは必ず止み、いずれ生命が歓喜する暖かな日向の時がやってくる。
そして雨が長ければ、その分太陽の輝きは眩しく映る。
彼女の雨は、今止み終えたのだ。
長い長い雨で見渡す限り水溜りだろう、しかし、雲の隙間から顔を出した太陽はそれを蒸発させてゆく。
「──おや、あれほど拘ってたのに色々とあっさりですね」
「相変わらず……うるせぇな、てめぇは」
二人は振り返る。
以前と同じ、何気ない挨拶。
あいも変わらず、花の香りを纏わせて。
前よりも綺麗な、その笑顔を輝かせて。
「お帰りなさい、エルフィファーレ」
「ただいま、ルルアにシリル。良い天気ですね」
太陽が除くその雲が消え、青々とした空がその姿を見せた時、その虹(幸せ)が見えた。
──Fin
最終更新:2009年05月29日 20:43