リゼット・バトンの話

(投稿者:トーリス・ガリ)

 一九四〇年十一月十七日
 エテルネ軍事メーカー重役の護衛任務をもらった。
 凄く嬉しかった。
 私なんかにそんな大きな仕事が来るなんて思ってなかった。

 でも今はもうそれどころじゃない、自分の命の危険を感じる。

 ストーブが突然炎を吹き上げて、会議室が地獄に変わった。
 護衛対象だった二人の重役は最初に殺された。
 いっしょにいた親友の首がおかしな方向に曲がって、そのまま倒れて動かない。
 尊敬してた先輩の喉から血が吹き出て、壁にもたれかかって痙攣してる。
 可愛かった後輩の顔は私の足元に転がってて、光の消えた目と瞼がグリグリと動いてる。
 たった五秒で九人は死んだ。
 背筋が凍った。
 その後も私と同じメードやプロのSPが何人かいたけど、みんな動かない。
 私達意外誰もいなかったはずなのに、どこにもいない誰かに次々と殺されていった。
 今は私一人。
 恐怖で全身がガタガタいって、思うように動けない。
 逃げればいいのに、血でベタベタになった床に座り込んでしまう。
 絶対無理、私ももう生きて帰れないんだ。
 そう思った時目の前に現れた黒ずくめの男は、多分噂で知ってる怪人だ。

 彼は無言で構えて、真っ直ぐ私に飛――










「いたよ! 絶対いた!」

 事の発端は、学校で話した他愛無い日常会話。
 リゼット・バトンは机をバンと叩いて熱弁を振るう。
 探究心が強いタイプで、面白い噂があればピラニアのように勢い良く、がっつりと食いつく。

「はいはい、今度は何? ヘッドチェンジャー? フライングファイアーマン?」

 だが彼女のUMA目撃談には決まって証拠が無い。
 それだけならまだ「本当かどうかわからない」程度には受け取ってくれたかもしれないが、月イチペースで来られると聞いてやる気にもなれない。
 友人からはデマをばら撒いて周囲を騒がせる噂好きという認識で通っている。
 尤も、今は既に彼女の話を信じる者がいないので、そもそも騒ぎすらしないが。

「何言ってるの、ヘッドチェンジャーもフライングファイアーマンもガセ情報だったでしょ!」

 しかも話がコロコロと変わって信憑性をどんどん薄っぺらくしていく。

「わたしが見たのは! 今話題の! 夜行性の! 人型フライングプレデター! テンコよ!」

 天狐。
 彼が現れたとされる夜には必ず凄惨な殺人事件が起きている。
 被害者は様々で、王族関係者からどこぞの窓際課長、果ては幼稚園児まで様々。
 殺人依頼を書いた手紙を海に流すと実行されるとか、満月の深夜二時に窓から三回名前を呼ぶと現れるとか、その手の噂は絶えない。
 正体を知る者など当然皆無で、大量殺人犯の亡霊とかセントレアで退治し損ねた悪魔とか、実は複数の人間が連携をとっているとか、これまた様々な憶測が飛び交う。
 つまりはよくある都市伝説だ。

 友人が一斉に笑い出す。
 確かに現在進行形で騒がれているが、はっきりとした目撃談は一切無い上に、天狐の噂はエテルネではなくグリーデルが中心なのだ。
 それをエテルネの隅っこで見たと言うのだ、ギャグにもならない。
 彼女の顔は至って真剣、だが毎回真剣な顔で言うし、彼女の性格からしても見間違いであることは想像に難くない。
 友人の考えは満場一致でそうだった。





「あ、信じてない! ねぇ信じてないでしょその顔っ!」

 学校の帰り道。
 もう二週間、リゼット・バトンは同じ話をしている。
 かなりしつこいが、これもまた毎度のこと。
 そして必ず途中で何度か喧嘩をする。

「いっっっっつもだけどしつこいのよあんた! 証拠も無いのに信じられるわけないって何回言わせるのよ!」

 友人の声に負けない勢いで「今回は本当だ」と、これまた薄っぺらい言葉を口から飛ばす。
 だが日が変われば全く何事も無かったかのように笑顔で挨拶を交わす。
 細かいことを気にしていては彼女の友人など務まるわけがない。
 あまり細かくないこともたくさんあるが。

「「ふんっ!」」

 喧嘩しながら分かれ道でさよならをする時はかならず「「ふんっ!」」でしめる。
 曲がり角を左、一人で歩いていると、突然声がした。
 彼女の知らない、男の声だった。

「キミ、今天狐の話……してたよね?」

 怪しいものじゃない、と名刺を差し出す薄茶色のコートにサングラスの男。

「ゴロウ・ミズキ? ……楼蘭の人?」

 ゴロウ・ミズキは困ったように、頭をかきながら苦笑していた。





 お砂糖たっぷりのアップルティーと、香ばしい玄米茶。
 ただし器はどちらもティーカップであり、ソレと玄米茶の合わなさといったら無い。
 名刺を貰ってから六日後の日曜日、リゼット・バトンは学校の帰りに真っ直ぐゴロウ・ミズキの滞在するホテルを訪ねた。
 彼は天狐が現れた当初から追い続けている楼蘭の探偵。
 今回も天狐を追ってここまで来たのだと言う。

「……ビルの窓から一直線に「バァーーッ!」……っと飛んでって消えた、かぁ」

 十秒も二十秒も唸るゴロウ。
 リゼットが言えるのはこれだけだが、彼にしてみればそれでも貴重な情報であることに変わりはない。
 場所と時間、目撃者は他にいたか、など詳しく聞くのは当たり前。
 一通り聞いたところで真顔になる。

「……まぁ、君のためにはっきり言うよ。ソレ、多分天狐じゃないね」
「そんなはずない!」

 納得いかないとばかりにテーブルをバンッと叩いて主張した。
 いきなりバンッなどやられて流石に驚いたが表情は、ただ困ったような笑顔。
 何度言ってもリゼットの目撃情報は天狐のパターンではないという。
 それでも一応参考にしてくれるらしい。
 彼自身あまり情報を持っているわけではないからだ。

 一分弱、沈黙。
 リゼット・バトンの心境は超最悪。
 天狐を調べて一年弱という、いわば専門家の口で違うと言われれば流石に諦めも付くだろうか。
 専門家は駄目押しとばかりに口を開く。

「……殺される謂れの無いような人達だって、“彼”にしてみればみんな殺すべくして殺したんだよ……まぁ、わかるね、言わんとしてることはさ」

 真剣な眼差しで言ってくれた方がまだよかったかもしれない。
 苦笑まま平然と言ってのけたのが、それこそ逆に恐ろしい。
 リゼットは強気の表情を少し崩した。
 それを察してか、ゴロウは彼女を家まで送ると言い、芳香剤のキツイ、汚い緑の車に乗せた。

 その夜、自室の壁をドンドンと叩いて、母親に近所迷惑と怒られ、仕方ないので枕に八つ当たりして、その後少しだけ泣いて、寝た。
 リゼット・バトンは悔しかった。





 友人はリゼット・バトンのことを心配している。
 朝教室に入って最初の一言から天狐の話をしていた彼女だったが、「おはよー」とテンションの低い声で現れ、そのままとぼとぼ歩いて着席したのだ。
 普段迷惑に思っていた噂話だが、いざ無くなってみるととてつもない違和感を、寂しさすら感じる。
 それはそれとしても、この変わり様は間違いなく何かあってのことだ。
 教室はざわめき、その場にいた全員がリゼットに視線を送る。
 かなりの人数に注目されているが、彼女は気付いていない。
 見かねた友人が声をかけても聞こえていない。
 目の前で手をハラハラと振っても、頬を引っ張っても反応が無い。
 「はひ へほ」所謂フヌケだ。

 授業中先生に名前を呼ばれても反応せず怒られたり。
 怒られても反応が無かったので額に手を当てて熱を測られたり。
 体育は走り幅跳びだったが、フラフラ小走りで助走無し、跳びすらせず測定不能。
 途中で止められ、保健室に連れてそこでも暫くぼーっとしていて、そのまま帰らされた。

 リゼット・バトンはベッドにうつ伏せ。
 結局あの時、ゴロウ・ミズキはあまり多くを語らなかった。
 好奇心・探究心を取り去ると何も無くなるようなリゼットにとってそれは非情に面白くないことであり、イライラさせられた。
 だが今思えば、首を突っ込んではいけないという警告だったのだろう。
 彼がここに来ている理由も天狐を追ってのこと。
 それは、天狐が実在するという、大きな可能性を意味していた。





 リゼット・バトンはやはり諦め切れなかった。
 それから彼女はメモ帳とカメラを武器に、ひたすら動き回った。
 図書館では歴史からオカルト本まで、聞き込みは目に入った人型の生物に例外無く食らい付いた。
 最初に天狐を見たビルに侵入しようとして捕まったりもした。
 友人達はいつもの彼女を暫く見ていない。
 フヌケが三日で回復してまたうるさくなるのかと思えば、

「天狐の情報、どんな小さなことでもいいから、何かあったら教えてね……」

 と、主張するだけだった今までとは違う、鬼気迫る剣幕でそう言った。
 暇さえあれば図書室で資料を探しつつ、ノートにガリガリとメモ。
 周りが近付ける雰囲気ではなかった。
 だがそんな勢いで調べていても相手は都市伝説、狐はそう簡単に尻尾を掴ませてはくれない。
 わかっているのは、最初に天狐を見たあの時に殺人事件が起きていた事。
 そしてそれを追っている人間が現にいるということ。
 黒と赤と青で書き込まれてどんどん汚くなっていくノートも、彼女の目にはただ虚しいだけだった。

 リゼット・バトンはなりふり構っていられないと思った。
 だから、もう一度彼に会うことにした。
 今いるのはホテルの、ゴロウ・ミズキの部屋だ。

「まだ諦めてなかったんだね。あんな顔するからてっきり戦意消失したと思ってたけど。……天狐を追うっていうことがどういうことかわかってて来たんだね?」

 少し驚いた様子だ。
 普通の人間、それも学生が脅しに屈しなかったのだから、それだけで十分意外だった。
 それでも彼がいい顔をするわけがない。
 「でもダメ」と、話を聞こうともしない。
 リゼットはしかし、そんな彼の態度など構わず自分の言いたい事を言った。

「一度は負けそうになったけど、やっぱり諦め切れなかった。今までもいろんなもの見てきたつもりだけど、全部見間違いだとか嘘だって言われて、結局一度も証明できなかった」

 ゴロウはカッターナイフで鉛筆を削って全く話を聞いている感じではなかったが、リゼットは続けた。
 強引なやり方は得意だ。

「でも今は違う。あなたはわたしが見た天狐を見間違いだって言ったけど、その後に警告もしたし、ここにあなたが来てるってことは、天狐がここに来てるってことなんじゃないんですか?」

 カッターナイフを時折ペン回しのようにくるりと回して遊びながら、少しずつ削っていく。
 話は続いているが、やはり聞く耳持たず。

「わたしは、自分の信じたものに少しでも希望があるんだったら、それを掴み取りたい。みんなに認めてもらうためにも、わたし自身が結果を出すためにも。だから答えて欲しいんです」

 ゴロウが削っている鉛筆は、まるで電動の鉛筆削りを使ってやったかのように綺麗に丸く削れていた。
 彼女の質問には答えない。
 だがその代わりに、彼女に一つ質問した。

「……住所…………教えてくれる?」























































 ゴロウ・ミズキはリゼット・バトンの覚悟を認め、情報提供すると約束してくれた。
 但し、まだ学生である彼女のためにも、彼はごく限られた情報しか彼女に与えはしなかった。
 一人の大人として、未成年の子供をこんなことに巻き込んだだけでも、本当は心が痛むのだろう。
 彼女は生まれ持った行動力を最大限に稼働させ、待ち伏せや探索など、とにかくなんでもした。
 渋々でも受け入れてくれた彼に対しての、彼女なりの答えなのだろう。
 だがそれを嘲笑うかのように、何日どれだけ探してもそれらしい手がかりすら見つからない状態が続いた。





 その日リゼット・バトンに届いた手紙は、彼女にとって人生最大の転機となった。

  天狐の捕獲に成功。
  案外大人しいのでしつけも楽だ。
  協力者の君には最初に合わせてあげたい。
  日曜日の夜七時に迎えに行く。
  友達に自慢する時はその後僕と一緒にだ。

 遂に探していた天狐をこの目で見ることが出来るのだ。
 欲を言えば自分で見付けたかったが、もはやそんなことを言っていられるほど冷静にもなれず。
 結局その日は眠れずに終わった。





 当日。
 リゼット・バトンはゴロウ・ミズキの車に乗ってホテルへ。
 天狐は屋上にいるという。
 エレベーターがあるのにわざわざ階段を上っていったが、ゴロウ曰く「焦らした方がドキドキ感が増す」とのこと。
 八階建ての階段をひたすら上って着いた屋上には、リゼットとゴロウしかいなかった。

「あれ? ……天狐は?」
「いるよ」
「どこに? いないじゃないですか」
「いや、いるよ」
「だからどこに?」

「天狐を追うっていうことがどういうことかわかってて来たんだね? ……って、前に言ったと思うけど」
「言いましたけど、なんですか? いいから会わせてくださいよ、もう早く会いたいんですよ!」
「はい! リゼット・バトンさん、そこで問題です!」
「え?」





「天狐を追っているという探偵、ゴロウ・ミズキは何故ピンピンしているんでしょうか?」





 それはいつもと変わらない、やる気の無いような飄々とした口調。
 異様に大きな満月を背にコートをなびかせて、右手人差し指をピンと立てている。

 リゼット・バトンは答えることが出来なかった。
 答えはもうわかっていたが、それを認めるということは。
 つまり。
























 数日後。
 何年も前に潰れてそのままになっていたホテル。
 その屋上で十八歳の女性の遺体が発見された。
 手首と足首を切断され、腹に縄を巻かれ、手すりに縛り付けられていた。
 喉が完全に潰れていたのは、死ぬ直前まで叫び続けていたからだろうか。

 リゼット・バトンは、もういない。




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最終更新:2010年04月14日 22:48
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