(投稿者:マーク)
ザハーラ砂漠に存在する巨大オアシス、ユートピア・フォレスト。周辺にはここを水源にする数多の集落が存在し、
G出現以前はキャラバン隊の休息の地となり、たった数年で大都市へと成長した。
だがGの出現で人口が大幅に減少、わずか5~6年でオアシスは都市を覆いこみ、巨大な森林と化し、
現在では少数部族が寄り集まっていくつかの集落を形成しているのみである
中心には瘴気にも侵されなかった澄んだ水をたたえる湖があり、その湖畔で腰を据え、マヤ一行は夜を迎えた。
「マヤ様、集落には私と
ディートリヒで行ってきますので・・・・・・」
コアクが歩き出そうとするとマヤはそれを片手で制す。
「大丈夫、そんなにとおくないし集落には私が行ってくるから、そこの人をお願い」
そしてフードを被り外套を身に着けると立ち上がる。
「ん? お前はゆっくりしてていいんだぜ?」
「いいの!! 今日は二人共ゆっくりしてて、ね?」
言うが早いか駆け出してゆく
「! 姉上!! 私も行きます!!」
慌てて後を追おうとして、ラフィはその場で足をもつらせてしまった。
「いいよー、ラフィー! すぐそこだもの。私、一人でも大丈夫!!」
返って来た返事は、すでに遠ざかりつつ ――――
「あ……」
聞こえなくなる声とともに、もうその姿は木立に紛れてしまっていた。
(うーー、姉上と二人で話せると思ったのにぃーー)
「ラフィ、心配すんなよ ここらへんには軍もいねえからよ」
その巨大な手でガシガシとラフィの頭をなでる、少々力が強く、ぐわんぐわんと頭が揺れる
「うっさい!!筋肉馬鹿!! あたしの首を折るきか!!」
ラフィはディートリヒの頭に飛びつくとその髪をむちゃくちゃに引っ張る。
「アダダダダ!! このヤロ!! やめろ イデェーーー!!!!」
・・・・・・・毎度毎度進歩しない二人の様子にコッソリとため息をつくコアクであった。
―――――――――
すっかり暗くなった森を怖れもせずに、マヤは集落を目指して駈けていた。
この旅で培われたのか、もともとの素養か、マヤには鋭い『ある』感覚が備わっていた。
……つまり、自分にとってそれが『危険』であるか、そうでないかと言う直感。それから幼い子に往々にして見られる、人知外のものに対しての親和感も強かった。
マヤの場合は直感というより自身の能力の副産物であるが。
そして森の少し開けた場所でピタリと足をとめた
火を囲み、数人の人影。
微かに漂う酒の匂い、肉の焼ける匂い、ザハーラ特有の香辛料が火に炙られ香ばしい香りを振りまいている。
マヤが人影に気付いて足を止めたのと、火を囲んでいた人影がマヤに気付いたのはほぼ同時だった。
(…人?)
「うん、どうしたな? そこのお嬢さん。そこの集落に帰る途中かな?」
人影の中でも一番恰幅の良い、年嵩の男が優しげにそう声を掛けてきた。
「あっ…」
返事をしようとして、何かがマヤを引き止めた。
目が慣れて来たのか、仄暗い焚き火の明かりでも人影の様子が大分見て取れるようになった。旅の途中と思しき一行。
先にマヤに声を掛けて来たのが、この一行の頭のようだ。
四十半ば、行商人のような親しげな優しげな気のうちにも、抜け目なさのような物を感じる。その脇には三十がらみ、目付きの鋭い男がマヤを見ている。
道中の護衛役なのか隙のない男に見えた。残りはまだ年の頃は十四・五から十八くらいの若者。
(…なんか嫌な感じ。関わらない方がいいかも)
マヤがその場を離れようとした時、思いもよらず腹の虫が鳴いてしまった。
「なんだ、腹が減ってるのか。お嬢さん、お前さんも、旅の途中だろ? こちとら同業だ、見りゃわかる。そこの集落で食い物でも貰うつもりだったんだろ?」
頭の男がさもありなんと、言葉を続けた。
「は、はい…」
「止めとけ、止めとけ。見ず知らずの旅のガキに食い物を恵んでやるようなお人好しはいねぇよっっ!!」
たむろっていた若者の一人が揶揄するように声を上げた。
「これ、そんな情けのないような事は言うな! 袖振り合うも他生の縁。ほれ、お嬢さん。これやるよ」
焚き火で炙られ、香ばしい匂いを振りまいていた肉の一つを取ると、それをマヤに投げて寄越した。
「あっ、でも……」
「…お前さんも
一人で旅をしている訳じゃあるまい? お父さんやお母さんと一緒かな?」
その物言いの優しさに、ついつられてマヤは首を横に振ってしまった。
「……そうか、まぁ、それでも連れはいるってこったな。そのお人はどうしたんだい?」
いわゆる誘導尋問に引っかかりそうになった事に気付き、背筋にぞわっとしたものを感じると一目散に引き返した。
「ほう、このご時世に躾の良いこって。おいっ!!」
今までの人当たりの良さそうな仮面を脱ぎ捨て、この中の誰よりも険悪な目付きで1人の若者を呼び付けた。
「何?」
張られていた簡易テントの中から男が出てくる、楼蘭風のまだ年若い青年へのなりかけ、と言った風貌だ。
「気付かれない様、あのガキの後を付けろ」
マヤが走っていった方向を指差す
「如何?」
「あのガキの連れって奴を確かめて来い。俺の読みじゃ今の娘、どっかの上流階級の出だな。躾の良さと外套で隠してはいたがそれなりの身なり。ありゃ、そこらあたりの娘じゃねぇ」
「上流階級?」
「おおかた今の娘、Gに襲われて壊滅したキャラバンの生き残り、しかも大商人の娘だろう、生き残りに女がいれば、今の娘共々、“宿”に売り飛ばす。男なら叩き殺して金目の物を分捕る。まぁ、どっちにしろあの娘は“宿”行きだがな」
険悪さの中に、冷酷さも顔を出す。
「…・・・集落、娘、買う、目的・・・・・」
乗り気でないタツの様子に頭は眉をひそめる。
「おれに逆らう気か?育ててやった恩を忘れたか ああ?」
「そういうわけじゃない・・・・」
「ならグズグズせずに、とっとと追いかけろっっ!!」
そう一喝され、しぶしぶとマヤの後を追いかけていった。
酒を呷る頭にもう1人、古参の男が近づく
「頭」
「・・・・・・たいした相手じゃねぇと思うが、準備だけは怠るな」
「判りました」
その場にぎらりとした、異様な殺気が立ち昇る。
自分たちが目を付けた相手が、人知外のものであるとは知らずに。
「あの小娘にそんな価値があるんすかね・・・」
唐突に若者の1人がつぶやく
「馬鹿だなお前」
一人焚き火の側で酒を呷っていた男があきれたように言い、また酒を呷る。
本当の目的は、そこの集落から言葉巧みに娘達を安く買い叩き、奴隷として高く売るのが目当てだったが、予想もしなかった宝石の原石を見つけたようで、気分は高揚していた。
「…あの娘の瞳に気付かなかったのか? 覇気に溢れ、あるものをあるがままに受け入れ、それでもその魂は汚れる事のない強さを持っている。ああ言う瞳をした娘にな、男の征服欲はそそられるんだよ・・・・・・」
にやりと、下卑た獣めいた笑みを浮かべる。
それにつられ、残りの男たちも――――
――――マヤのまったく預かり知らぬ所で、おぞましげな会話が続けられていた。
―――――――――
(何か嫌! あの人たち!!)
精一杯駈け戻りながら、マヤの胸は警戒音を発し続けていた。
早く、早く皆のところへ!
――――――――後をつけられているとも知らずに
「わっ どうしたの姉上!!」
息せき切って飛び込んできたマヤに、ラフィは思わず尻餅をついてしまう。
「ラフィ!!」
はぁはぁと、大きく息をついているとディートリヒが心配そうに近づいてきた
「どうした?」
「う、ううん・・・・・なんでもない・・・なんだか急にいやな感じがしてきちゃって・・・」
へへへ、と無理やり恥ずかしげに笑う。
その場を繕う為だけではなく、本当にマヤはあの男達に言いようのない『恐さ』を感じたのだ。
自分と同じ人間なのに、それでも。
「ごめんね、1人で行くだなんて大見得きったのに・・・」
それなんだがよ、とディートリヒが続ける。
「さっき、こいつを捕まえたんだ 焼いて食べようぜ」
そう言って、にっこりとして掲げて見せたのは2mはあろうかという巨大なワニ すでに事切れているようでピクリとも動かない。
「私もさっきこれ採ってきたんだよ!!」
そういって小さな身体に抱えたヤシの実を誇らしげに見せる。
「ディートリヒ…、ラフィ」
本来、プロトファスマであるコアクやラフィ、MALEであるディートリヒはエターナル・コアを有するため毎日糧を食する必要はない。
その身を満たす永子力だけでもしばらくは十分に活動できる。
だが、マヤは普通の人間だ、食べないわけにはいかない
だからこのようにマヤの為に獣や木の実を用意してくれるのだ。
(……なんで、こんなに優しいんだろ。同じ、食べ物をくれるってだけの事なのに、なんでこんなに違うんだろう)
「……みんな、ありがとう」
そのワニはディートリヒによって手際よく捌かれ、エッケザックスを鉄板代わりに焼肉をはじめた。
よく焼かれたそれにかぶりつき、満面の笑みでマヤはそう言った。
ディートリヒは照れくさそうに肉をひっくり返し、ラフィはマヤの隣でジュースを飲んで笑顔を見せる。
――――そんな3人のやりとりを、見るともはなしに見つつ、コアクはマヤが息せき切って帰ってきた訳を考えていた。
人間の食べ物の匂いと、マヤのものではない複数の人間、それも『男』の臭いをコアクの、
パピヨンの触覚は感じていた
マヤが何を恐れて戻って来たか知らない、でも話さないなら無理に聞くこともない。
マヤが危険な目にあう前にそれを排除すればよいのだから。
同じくヤシの実ジュースを一口飲んだ。ほどよい甘さが口の中に広がり思わず顔が綻んだ。
この時、コアクにしては不覚であったが、風下であった事とマヤが連れてきた臭いとほぼ同じ物であったと言う事で、それに気がつかなかった。
(なんだ?こいつら……)
茂みを透かして、タツは一行の様子を息を殺して見ていた。
まじまじと見てしまうには、隠れているこちらを察っせられてしまうので、ほんの一瞬盗み見ては伏せ、盗み見ては伏せを繰り返していた。
(・・・・・?)
そのうちマヤがこちらのすぐ傍まで来た、こちらに気づいている様子はなく、懐からなにかを取り出した、どうやらオカリナのようだ。
目を閉じると口に当て音色を奏ではじめる。
不思議な曲だった。
自分以外に無関心なタツが思わず聞きほれてしまうほどに、顔も知らない母親の子守唄を思い出すようだった。
だが彼はなにより月明かりに照らされたマヤの姿に見ほれてしまっていた。
森の中。
差し込む月明かりに浮かぶ薄紅色のツインテール
祈りを捧げるように目を閉じて曲を奏でるその姿。
なんだか彼女が特別の存在のように思えた。
そこにあって、違和感を感じさせない。
確かに自分と同じ人間なのに。
本当に、ただの娘なのに。
食い入るように見つめていたらふと目が合った。
だが、マヤは驚いた様子も無く、ふっと微笑みを向けた。
その薄紅色の瞳を見たとたんタツは一目散に逃げ出した。
彼女に気づかれたのかは定かではない、だがなぜかそこにいられなくなってしまった。
脳裏には月明かりの下で音色を奏でるマヤの美しさが妙に目に焼き付いていた――――
(・・・・やっと行きやがったか)
ディートリヒは先ほどタツが隠れていた藪のほうを見る。
彼とて歴戦の戦士、訓練されているとはいえ、盗賊ごときの気配を感じ取る事など造作も無い。
最も気がついたのはマヤがオカリナを吹き始めたときからだったが、あそこで気配が膨れ上がったのだ、マヤも恐らく気がついていただろう
恐らくはマヤが慌てて帰ってきた事になにか関係があるのだろう。
あのオカリナ「パシュパティの笛」を吹く際は彼女の能力は特に研ぎ澄まされ、意思に関わらず他人の念が流れ込んでくる。
悪意を持つ念が流れ込めばすぐわかる、胸が苦しくなり、まるで心を喰われるような感覚に陥るという。
だがマヤには苦しげな様子は見当たらない、それがあの視線の主には邪な部分が無いということ。
だから、彼女はあえてタツを見逃したのだ。
だから自分が出る幕は無い
そう結論づけるとディートリヒは心地よい音色に今一度身をゆだねた。
―――――――――
「おい! 遅いから迎えに来たぜ」
奇妙で、しかし心地よい余韻に包まれていたタツは前からやってきた男達の声で我に返った。
1人はひょろひょろとした長身のザハーラ人、もう1人はプロレスラーのような体つきの黒人と対照的な2人だった。
・・・・・・・二人共絵に描いたような悪人面だけは共通していたが
「で、どうだった? あのガキの連れは? 叩き売れそうな女は? それとも身包みはげそうな野郎か? 金目のモンは?」
「・・・・」
「うん、どうした? まさか、巻かれちまったのか?」
正直に話したものかどうか迷ったが、隠すわけにもいかないと、今見てきた事を話した。
「・・・・あの娘の連れは、人間じゃない、だって?」
「おい、本当か?」
「・・・・・間違いない、形は人間・・・だけど・・・」
そういうと2人はうんうんとうなずく
「・・・やっぱりな、あの娘。『並み』の娘とは違うんだな」
「あの小娘にはそこらへんやつが持ってない“なにか”が備わってるのかぁ」
「?」
不思議そうにするタツに2人の男は説明する。
「爺連中曰く、ああいう瞳をした娘は将来、極上の“商品”になるって話さ」
「決して汚れることのない魂が、どうのこうのって後半はよくわからんかったが」
その言葉はすんなりとタツの胸に納まった
確かにあんな不思議な、心地よい音色を奏でられるあの娘なら、と
「・・・・・・・なぁギュン、お頭にこのこと話すか?」
やせた男が隣の黒人のほうを向く
「話さねえわけにはいかねえだろ」
「でも話したりしたら、あのお頭のことだそんな“上物”を絶対にあきらめるわけねえ」
その大男と戦わせられるんだぜ?、続ける。
「諦める」
そう言い放ったタツに2人が彼を見る
「ああ?下っ端のてめぇがなに勝手に決めてんだ あ?」
「ワニを捕まえるような大男にかなうわけ、ない」
「やってみなくちゃわかんねぇだろがよ」
「・・・・・・・俺、ヤダ」
「ビビッてんのか、お前」
胸倉をつかんで睨み付けるがタツも負けじと睨み返す。
三人の中で一番年長の男は腕を組み、考え込む
そして――――
「よし、判った。タツいいか。お前は、あの娘に巻かれちまったって言い張るんだ」
「・・・・・・それで?」
「もともと頭は、あの集落の娘どもの買い付けが目的だからな。どこに行ったか判らねぇじゃ、仕方ねえだろ? 危なねぇ橋は渡らない方が賢いってもんさ」
「・・・・了」
タツは安堵して振り返って自分達の夜営地に戻っていった。
「おいおい、ホントに諦めるきか?」
ギュンがたずねるともう1人の目はこずるそうに光った。
「勿論、その大男に隙が出来りゃ、娘とその女共々、横から掻っ攫うさ。で、味見した後で、頭に渡せばいい。まぁ、いくらかの手間賃貰って、後はとんずらさ」
意地の悪い笑みを浮かべ、続ける
「もしその野郎が取り返しに来たとしても、ぶち殺されるのは、いつも俺等を馬鹿にしやがる、あの頭と古参のじじい共にタツって事で」
「いいな、それ。そうなったら、きっと胸がすっとするぜ」
ギュンはニヤニヤと笑って賛同する。
「そうそう、野郎に隙がなけりゃ俺達には縁がなかった、って事で何食わぬ顔しておけばいいしな」
頭が頭ならば、手下も手下。
同じ穴の狢である。
タツは元の場所に戻り、逃がした、と報告したのを頭は訝しげな顔で聞いていた。
なまじ騙し騙される人買いを生業としてきた訳ではない。嘘など見抜けぬ訳はなかったが、タツの黒い瞳には嘘をついたもの特有の“動き”がないため信じてしまった。
翌朝、早くに集落の娘たちの品定めの為、頭と古参の男達とタツは旅の商人を装って村に入った。
それを見届け、男2人は数人の賛同者を率い、マヤ達が夜営した場所へと急いだ。
――――――――――――
柔らかな朝の光がマヤの瞼をくすぐり、耳に可愛らしい小鳥の囀りが飛び込む。大きく欠伸をし手足をう~んと気持ち良く伸ばしながら、マヤは目覚めた。
傍らではラフィが毛布をかぶってすやすやと眠っている。
「よう、起きたか」
「あっ、ディートリヒおはよう・・・・・・あれコアクは?」
「追っ手が来てないか見回りに行ってる、俺はこれから向こうの集落から飯わけてもらってくるからよ、少し待っててくれ」
「うん、わかった」
そう言うとディートリヒはあっという間に走り去っていった。
今日は昨夜のような暗さは微塵もなく、明るく爽やかな朝である。
この場所から、あまり離れなければ大丈夫だろう、昨日の男達がわざわざこんな所まで来る事はないだろうと、マヤは思った。
「ん~、なんだか身体ベタベタするなぁ・・・・・・」
ふと、マヤはここしばらく身体を清めていなかったことを思い出した。
目の前には冷たくて澄んだ水が広がっている。
(ディートリヒは行ったばっかだし・・・ ワニも追い払っちゃったみたいだし 大丈夫だよね・・・・・・)
――――――――
(・・・・兄貴達がいない・・・・・・・)
用事を言いつけられ、タツが集落の入り口付近に戻ると待っていたはずの数人の姿が見えなかった
「ジョー、兄貴、何処?」
「あ~?ちょっと前にオアシスに入ってったぜ」
そばで昼寝をしていたジョーを起こし行方を聞き出し、瞬間、血の気が引いた。
「ん~?なんか上物がどうとか・・・・って」
「んだよ、人がせっかく教えてやったのに・・・血相変えてどうしたんだか・・・」
あっという間にオアシスへと走り去っていった後姿をみてぼやいた・・・・・
――――――――
「はー♪、冷たくていい気持ちっ!!」
髪を結っていた紐を解き、胸にさらしを巻いて、下は紐でつながれた布二枚で覆っただけの姿になり思い切り水の中に飛び込む。
子犬のようにはしゃいで泳ぐその姿を、粘つく視線が追いかける。
マヤは大きく息を吸うと、思い切り水の中に潜る、澄んだ水は透明度が高く底を泳ぐ魚の姿までよく見えた
泳ぎは昔から達者なので溺れることも無かった。
「女の子だもん、やっぱきれいにしとかなきゃね」
さきほど着ていた服はここの水でよく洗い、日当たりのいい木に掛けて干してある。この陽気ならばすぐに乾くだろう。
顔を洗い、肌に残る汗のベタツキを洗い落とす。長い髪も櫛で梳いて、染み付いた汗臭さを洗い流す。
ひとしきり泳ぐと岸にあがり、「パシュパティの笛」を首にかけ、さらしや腰の布が取れぬように気をつけながらタオルで身体を拭く。
マヤは夢中になりすぎていた。だから、背後に複数の影が迫っていた事に気付けなかった。
「…へっへ、見つけたぜ昨日のお嬢ちゃぁん?」
突然かけられた気持ち悪い、猫なで声に、マヤの全身が硬直した。
おそるおそる振り返ると、そこには――――
(に、逃げなきゃ!!)
とっさにマヤは、男達をかわして走り出した。
しかし砂の上は走りにくく、こんなに明るくては身を隠すところもない。
(ディートリヒっっ!)
そうして、今 彼もコアクもここにはいない事を思い出す。ラフィもまだ夜営したところで眠っているだろう。
早くどこかに逃げ延びねば、とそれだけを念じていた。そうしなければ体力的にも敏捷性にも男達に劣るマヤが適う筈がない。
男達は慣れた動きで獲物をいたぶる性質の悪い猫のように右に左にとマヤを追い立てて行く。
追い立てられたマヤは砂に隠れたくぼみに足を取られ、その場に倒れる。ゆっくりと、男達がマヤを取り囲む。
数は、10人ほど
「なかなか生きがいいな、それにそそられるねえその格好」
先ほど激しく走ったおかげで胸のさらしは外れかかり、腰の布は少しめくれて太ももが露になっていた。
なにより水気をふくんだ布は透けてしまっている。倒れ伏したマヤを、上から見下ろし下卑た笑みを口の端に浮かべている。
そんな男達に負けじと、マヤはめくれた部分を直し、胸を腕で隠すとその強い光を湛える瞳で睨み据えた。
「ふ~ん、成る程なぁ。頭の言う通りだ。いい瞳(め)をしてやがる」
「ああ、まったく。男をそそるいい瞳だ」
「お、おい。本当に犯っちまうのか?まずくないか・・・?」
10人の中でただ1人、腰の低そうな男がおずおずと言う。
「はん? 何がまずいって?」
「こんなガキ犯すなんて・・・・・いくらなんでも・・・・」
「ば~か。こんな滅多にお目にかかれないような玉、犯らねぇ方がどうかしてるぜ」
「そ、そん・・・」
またなにか言おうとしたときゴッという鈍い音がして男がその場に倒れる、
その後ろにはこん棒をもった男が立っていた。
「ぐだぐだとうるせえな」
頭から血を流して動かない男につばを吐きかけた。そんな様子にマヤは唖然とした、仲間をこうもあっさりと殺した男達に。
怖さを通り越し、はらわたが煮え繰り返っていた。
「ほれ、もっと良く顔を見せてみろ」
1人がマヤの顎に手をかけて、むりやり顔を近付けようとする。その手を両手で毟り取ると、思いっきり噛みついてやった。
「うわおうっっ!!!」
男達に一瞬、隙が出来た。 マヤは渾身の力を振り絞って、その場から駆け出す。
怖さより怒りが、彼女の足を動かしていた。
「くそっっ!! あのガキ!!! とッ捕まえて犯り殺してやる!!!」
思わぬ反撃に、男達が切れた。まるで修羅の如き形相で、その後を追う。
先を駈けてゆく少女の影と、その後を追う人でなし達の影。
凄惨さを秘めた、影絵芝居。
影が伸び、マヤの肩にかかる。
もう一つの影は、腕に。
2人の男は獲物を捕らえた猛獣のごとき舌なめずりをした。
ここで少し力を込めて引き倒せば、後は哀れな餌食を食うばかり。
マヤは振り払おうとするが、男二人の力にはかなわない。
引き倒されそうになり、恐怖で胸がいっぱいになる。
と、そのとき何かを殴打する音と共に背後に感じていた重みが消え、倒れこむ。
振り向くとそこには首元に赤いバンダナをした男が1人、マヤをかばうように男達に立ち塞がっていた。
「タツっ てめえ裏切るつもりかっ!?」
ギュンは完全に逆上していた、血走った目で青年とマヤを睨みつける。
それを睨み返すタツ。
「うるさい・・・話、違う、諦める、お前、言った、それに・・・・」
殴られて事切れた男を見、懐からアーミーナイフを取り出し、前に向ける。
「仲間殺しも、許さない、この娘を襲う、もっと許さない」
「うるせぇっっ!!このクソガキっ!!てめえから叩き殺してやる!!!」
「おめぇは前から気に入らなかったんだ、この黄色いサルがぁぁ!!!」
こん棒やナタを振り上げ男達がいっせいに殺到する、マヤは思わず目を閉じた。
(数、多い、ヤバイ、でもこの娘だけでも・・・・助けなきゃ)
噴出す冷や汗が額を伝う
――――瞬間、光が一閃した。
最終更新:2009年07月10日 20:06