Chapter 2 :予定調和

(投稿者:Cet)



 たた、と黒服の男が四人。政庁舎の玄関を堂々と潜った。
 そしてその先頭に居た男の首が真一文字に裂かれる。音を立てて鮮血が噴出する。
 あとの三人はうろたえるでもなく後退し、周囲の状況を瞬時に把握しようとする。結果、敵を発見できない。
 最後尾に居た男の首にナイフの刃が当てられ、同時に引かれた。
 ゆっくりと倒れる男の身体の影に紛れて、一人の青年が残りの二人の背へと迫った。

 甲高い銃声が二発ほど響いて、草むらの影に身をひそめていた男が倒れ伏した。その身体から鮮血が染み始める。
 それを窓から眺めながら、硝煙を棚引かせる銃をさっとしまう男がいた。
「ギュンター、仕留めたぞ」
「了解。予定通りフレデリカを確保してとっとと逃げちまおうか」
「了解」
 足早く部屋を出るパスカル・ローテにギュンターも続いた。

「銃声……?」
 クナーベが表情を歪めるのと同時に、二人が部屋に入ってきた。
「課長、終わりました」
「テオドリッヒ、御苦労さま」
 フォッカーがテオドリッヒに労いの声をかける。
 彼はファイルヘンと連れ立って来ていた。彼女の目にはあからさまな困惑が浮かんでいる。
「ファイルヘン、どうした」
 その尋常でない様子に、クナーベは問い質した。
「あの、テオドリッヒさんが突然やってきて、来るようにと」
 クナーベはフォッカーの方を見遣った。
「どういうことですか」
「さっきも言ったでしょう。逃げるんですよ」
 有無を言わせぬフォッカーの口調に、クナーベは黙りこくってしまう。
「……クナーベさんっ」
 同じく状況を飲み込めていないファイルヘンが、彼の名を呼んだ。
「……分かりました、行きます」
「それでいいんです、では、行きましょう」
 直後、連続した二つの爆発音が響き渡った。
 一つは政庁舎の敷地に面した道路から。
 一つは庁舎自体から。
「走って!」
 轟音と激しい揺れの中、部屋の出口に一番近いところに立っていたテオドリッヒが叫んだ。

「ははぁ、やっこさん本気みたいだ」
 丸っきりの『穴ぼこ』ができた、かつてフレデリカのオフィスであった場所に、パスカル・ローテは居た。手には旧式の狙撃銃が握られている。
 更に廊下に面していた扉が吹っ飛んでいて、その影に二人の人間がいた。トーマス・ギュンターとフレデリカである。
 トーマスギュンターは携行用の対戦車火器を携えている。
 フレデリカは壁に背を任せ屈みこんでおり、目はしっかりと閉じられている。
「フレデリカ、ここに居たら死ぬぞ、早く部屋から離れるんだ」
「そんなこと言ったって貴方達が敵を呼び寄せたんでしょっ!?」
 ギュンターは片方の耳だけを手の平でふさぐ。
「そりゃそうかもしれないが……」
 その次の瞬間、甲高い射撃音が響き渡った。今まで部屋で伏せて、穴ぼこから部屋の外を警戒していたローテが立ち上がる。
「よし、行こう」
「このデカイのはもう必要ないよな」
「ああ、撃ち尽くしとけ」
 腰を低くしながらローテが部屋を飛び出し、フレデリカの身体をかっさらっていく。短い悲鳴が漏れた。
 それと入れ替わるように部屋に侵入したギュンターが無反動砲を構える。
 射撃音と共に凄まじい量のガスが廊下をも包んだ。

 どおおん、凄まじい轟音に建物は揺れに揺れた。
「一体どうするんです!?」
「ああ、全ては予定調和。なるようにしかならないものですよ」
「そんなことを聞いてるわけじゃありません!」
 切迫したクナーベの声とのんびりとしたフォッカーの声が行き交うのを見て、他の二人もどことなく呆けた気分にさせられていた。
「まあ、いざとなればこっちにはファイルヘンもいることだしね」
 ぼそり、とテオドリッヒが廊下を走り抜けながら呟く。
 ファイルヘンは何も聞こえないフリをして走る。
「敵は一体誰なんですか?」
 聞いたのはファイルヘンだった。周囲の人間は片手間にビルの階段を駆け下りていく。どかどかどかどか、と折り重なった足音が響いた。
「それを聞いても仕方ないですよ」
 フォッカーが苦笑いを浮かべながら答える。
「でも、それを聞かないと、何も始りません」
「そうかもしれませんがね」
 非常階段の一階にまでたどり着き、彼らは外の光に目を驚かせた。そのまま政庁舎の外に出る。一面に芝生の広場が続いている。
「皇室親衛隊特務部隊と言ったら分かりますか?」
 フォッカーの言葉に、クナーベとファイルヘンの二人に沈黙が降りる。
「彼らの対応の早さを逆手に取り、包囲を突破します。ファイルヘン」
 ファイルヘンはこくり、と無言の内に頷いた。
 次の瞬間、ファイルヘンを除いた全員が草むらに転がって伏せた、各々が銃器を取り出す中で、ファイルヘンは全速力で正面へと疾走する。
 正面には政庁舎に対する搬入路が確保されている、普通に見る分には何の変哲もない状態だが、現在の状況の総体をみれば、そこが「何の変哲もない」訳がない。
 パアァァンッ
 甲高い射撃音と同時に、ぱきん、と何かが折れる音がした。
 顔を覆っていたファイルヘンの腕を弾丸が直撃し、黒を基調としたドレスの袖が裂け、彼女の白い二の腕が露わになっていた。
 彼女は何の言葉を発することもなく、走りながらスカートの内側に手を指し込むと、小ぶりの銃を一丁取り出して、スライドを引いた。
 更にファイルヘンの動きが加速する、その時点で彼女の疾走速度は優に時速四十キロを越え、尚も上昇中であった。
 門の影に隠れた、親衛隊の制服を纏った男に対してその距離が十メートル程になると同時に、彼女は跳躍した。
 ばたばた、と風にスカートが煽られて音を立てる。そして、身を乗り出した男は、正面に疾走態勢でいたはずの少女の姿を完全に見失った。コンマ何秒も経たない内に、彼の顔面にファイルヘンの白い膝がめり込んだ。
 凄まじい勢いで、門の外側、外壁の外側の砂利道を男が吹っ飛んでいった。接地するより、滑空している時間の方が長いような吹っ飛び方だった。
 彼女は僅かな減速を伴いつつも、ほとんどそのままの勢いで着地する。濛々と砂煙が舞い上がる。
 暫く、その砂煙の中で、打撃音と銃声と悲鳴がこだますることとなった。
 なお、そこから僅かに離れて、外壁に横付けされていた黒塗りの車両から一人の男が降り立ち、慌ててパンツァーファウストを構えたが、砂煙を引き裂いて現れた一人の少年に瞠目した。
 少年が疾走しつつ腕を素早く振ると、男に向かって一直線に銀色のきらめきが疾った。
 男の胸にそれはささり、ひどく動揺した様子で男はもんどりうって、仰向けに倒れる。直後、ぶしゅうう、と男の持つパンツァーファウストから、弾頭が空へと向かって間抜けに噴き出していった。


最終更新:2009年11月05日 02:19
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