Chapter1 : 戦闘記録

(投稿者:Cet)



どこからか歩いてきた
そのことも、今は覚えていない



 ドン、と腹に響く衝撃を受けた。
 吹き飛ばされた彼の身体は、鋭い角度で放物線を描きながら暗い穴の中に落ちようとする。
 しかし、彼は間髪入れずに空中で態勢を立て直すと、脚からの着地に成功した。
 直後にぎちぎちと耳障りな音を響かせながら、シザースが塹壕の内側を覗き込んでくる。彼は銃を構えると瞬時にその顔面へと狙いを付け、轟音と共に吹き飛ばした。
 その巨躯がぐらりと傾いで、それはそのまま塹壕の中へと落ちてくる。彼はそれを見るにつけ、慌てて回避を図った。
 ずしーん、と割とシャレにならない重低音がこだまする。
「あぶねー……」
 そして茫然とした表情でおもわず呟いている。
 彼は確かにシザーズと呼ばれるGの打撃を真っ正面から受けて、その上で塹壕の中へと落下していた。
 それにも関わらず、彼に目立った外傷は無いどころか、自らの安否を気遣った上、そののダメージの少なさに安堵したりする余裕まで伺わせている。
「いけね、こんなことしてる場合じゃ」
 そう言うや否や、彼は慌てて塹壕を駆け上る。
 そして彼の周囲に再び戦場の風景が現出した。
 瞬く砲火、響く砲声、そして列を成して銃を撃ち続ける人の群れ、支援砲火の巻き上げる塵芥、そしてそれよりも何よりも、それらの必死の攻撃を受けてなお、戦列を乱さずに攻撃を仕掛けてくるそいつらが、そこが戦場である必然性を誰の目にも明らかにさせていた。
 言うまでもない、Gである。
 人類と彼らとの間に本格的な戦闘が始まって、十年以上が経つというのに、依然正体が分からないという、正真正銘の人類の天敵であった。
 彼は走り出す。彼にできることはただ一つ、できるだけの敵を倒すこと。
 戦列が今崩壊しかかっている状態で、他に何ができるというのか、彼は自問を加えながらに走り出す。眼前で塹壕への突進を敢行するシザーズの側面を捉え、加速する。
「うおお」
 強力な感知能力によって頭を巡らせたシザースの頸椎を、ライフルストックの一撃が粉砕した。
 ぐらりとたたらを踏む巨躯に、続けて彼は態勢を立て直しながら膝蹴りを放つ。一トン以上ある巨体の上半身が大きく仰け反った。
 とどめの前蹴りで、不安定な状態でくっついていた頭部が、胴体からもげ落ちる。彼はそれを確認すると、続けて後続のシザースにライフルを発砲する。その胸部の外殻が弾け飛んだ。
 しかしそれだけではシザースの動きは停まらない。それだけでは。
 彼は続けて発砲を加える。ばちん、という音とともに弾帯がライフルフレームから弾け飛ぶ頃に、シザースは前のめりになって崩れ落ちた。
 ワモン。ワモンが襲ってくる。土を這って、こちらへとなだれ込む。
 ストンピングだ、頭部を踏み潰してやれ、彼は自らに命じるがまま、その群に突っ込んでいく。
 新たな弾帯を装着しつつ、きしゃぁ、と彼に向って牙を突きたてようとするその蟲けらの頭部を、口腔ごと前蹴りで粉砕する。
 体液が彼の顔面に降りかかる、しかしそれをものともせず、前進する。
 くるりと上半身を左に回し、丁度そこにいたウォーリアにライフルで三点射を加える。直後、その肢体は力なく地面に突っ伏した。
 倒せ、倒せ、彼は命じられるがまま、自らに命じるままに攻撃を続けた。
 倒しているのだ。脳を砕き、脊髄を折り、生命活動を停止させる。
 殺傷? いや、破壊だ。
 全てを破壊していく。それこそがメードのはたらきに相応しい。
 それは一つの真理だろう。
 彼はそんなことを思い浮かべることはなく、ひたすらに自らの意志に忠実にあっていた。




日が昇る。夜が白む。




 ここはベーエルデー連邦ルフトバッフェ
 一人の少女が寝所にて目覚め、薄暗い闇の中、鳴り始める前の時計を停める。
「……よし、今日も頑張ろう」
 薄暗がりの中で、彼女は何かを確かめるように呟いた。
 彼女の無遅刻勤続日数が今日も上乗せされる。




 砲撃の痕が未だ生々しい煙を放つ荒野に立つ、一人の盲人が、目を剥いている。
「あちゃー、派手にやられたなあ」
「カ・ガノ、撤退だ! もたもたしてるんじゃねぇ」
 へいへい、と、甲高い女の叫び声になされるがまま、男は踵を返して去っていく。
 その横顔には何やら獰猛な笑みを浮かべて。




 一人の青年が、塹壕の中で身を横たえて、そして目をつぶっていた。
 と、そこに塹壕を滑り降りて、別の青年が姿を現す。
 彼は騒々しい音を立てて、元からそこにいた青年の隣へと着地する。
 座っていた青年が目をあけた。
 それから訝しげに問いかける。
「……貴方は?」
「よう、俺は昨晩一個小隊を指揮していた准尉だ。
 名前はアンリ。アンリ・ジュナール
 性能の割に良い働きをするメードがいるってんで労いに来た訳だが、邪魔だったかな?」
 そう語る士官は、左目に生々しくも血の滲んだ包帯を巻いていた。
 それを見つめるメードに気付くと、彼は破顔した。
「まあこれぐらいの怪我でもしないと、部下に舐められちまうってものさ。お前、名前は?」
ブラウです。ただのブラウ」
「青? ただの青、ね、悪くない、詩的じゃないか」
 そんなことを言いながら、士官は再度彼に向って笑いかけた後、空を見上げた。
 釣られてブラウも顔を上げる。
「青いねぇ」
「……そうですね」
 ブラウは士官の真意が未だに読めないまま、釈然としない面持ちで呟いてみせた。
 薄雲の棚引く、透き通った朝の空だった。


最終更新:2009年11月17日 22:43
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