(投稿者:レナス)
ルージア大陸における最大規模の対「G」戦線、
グレートウォール戦線。
グレートウォール山脈以南を人類と「G」との境界線とし、絶対防衛ラインとしての機能を保つこと幾数年。
「G」の侵攻は然る事ながらも大規模な戦闘を極力避ける為に「間引き」による戦闘も重要な作戦である。
常に万を超す「G」と事を構える余裕は人類側には無い。例え一度や二度、退ける奇跡を成し遂げたとしても三度目は無い。
物量に対抗する為にはそれ以上の物量によって退ける武器が必要であり、消耗した兵士達の中に新兵を補充しなければならない。
未だに「G」と相対せず、最前線の掟も知らぬぺーぺーを教育する時間を蟲が配慮する筈もなく、また武器の供給にも時間は必要である。
故に人類側から敵の生息地へと軽く足を一歩踏み込み、大規模な侵攻にならぬように意図的に数を減らす。
常に数万の「G」を相手しない為にも三個師団を大隊別に分散し、異なる戦域から同時刻に戦闘を開始開始する。
複数箇所で同時に「G」を刺激する事で一個大隊に掛かる負担を分散させ、後退しながら確固撃破を行う。これが間引きだ。
だが近年における「G」は戦争状態開始時期よりも遥かに強固な存在となった。
自動小銃の軽い鉛玉数発で倒す事が叶ったワモン。今では高火力機関銃による掃射で漸く倒せる強固な甲羅を身に纏っている。
毒ガスによる掃討も今では無効化。「更に強力な毒ガスを」という発想は既に廃れた思想と化していた。
近代の対「G」戦線における戦闘は歩兵車両と常にセットで部隊編成が成され、歩兵だけで構成される分隊は存在しない。
膨大な数で尚且つ強固な皮膚を有する「G」との戦闘は、膨大な弾薬は基より重火器を携帯して持ち運ぶ苦慮が付き纏い、車両の存在は必須。
当然ながら徒歩よりも車両による移動が速い。作戦遂行における即応性も高まり、そして何よりも生還率の高さは何よりも代え難い。
唯一の例外、人類の叡智が生み出した人工生命体のM.A.I.D(メード)を除いては。
三秒弱の間、引き金を引き続けた。吐き出される軽機関銃の弾が周囲に存在する「G」の尽くを薙ぎ倒す。
たった数秒の掃射で弾倉は空となる。棹桿が最後尾で停止をし、薬室内の弾薬も撃ち切った証拠を明確に表している。
銃の上部に差し込まれている空弾倉を即座に破棄し、腰のポーチに備えている新しい弾倉を抜き出して装填。
引いている棹桿を戻すと同時に薬室には弾薬は装填された。途切れた弾幕の隙を縫って迫るウォーリアの一撃。
だがその行動を予め知っていた。再装填の始終の合間に視線は周囲の警戒に向け、手元の動作に一瞥すらせずに一連の動作を完了させた。
見る必要のない動作に注意を払う必要も無く、また弾倉を銃に差し込む時間さえ過ぎれば空いた左手で反撃するなど造作も無い。
サーベルによる一閃がウォーリアの胴体を深く斬り裂く。空いた左手が腰のサーベルを抜剣し、敵の攻撃に合わてカウンターを敢行。
相手の死は既に決しており、崩れ落ちるウォーリアの屍を見届ける事なく右手人差し指が引き金に掛かり、掃射の準備を整えた。
三点バーストによる射撃を心掛け、弾倉に込められた弾薬が尽きた頃には迫る「G」の後衛を全て殲滅。
弾倉を破棄するや否や、銃を空高くへと放り投げた。そのまま地を蹴り、敢えて見逃していた「G」の前衛を肉薄。
サーベルによる斬撃と共に、予備に携帯していた短機関銃を掃射。十数秒後には辺り一帯の「G」が消え失せた。
ものの十数秒で駆逐した「G」は計三十余り。サーベルに付着した血糊を払い、短機関銃は弾倉を交換して再び脇のホルスターに。
そうして今、思い出したかの如く空へと突き出した手の平に軽機関銃のグリップが納まる。
自身が巻き上げた砂塵と硝煙の煙が風に洗い流され、晴れた先に映えるきめ細かい絹の髪を有する一人の女性。
スカートにエプロン、頭にはカチューシャという一世代昔の家政婦のような容貌の女性は今漸く、一呼吸を入れた。
人間には不可能な先の一連の動作を無酸素状態で駆使し、本来ならば軽機関銃程度では駆除し切れない数の「G」を葬った。
人の形をし、人ならざる力を以て一騎当千の力を発揮する存在、メード。
彼女の名は
ウェンディ。戦場を駆ける戦乙女の中でも歴戦のメードである。
「こちらウェンディ。弾薬補給の為、一時後退を認めたし」
周囲を警戒し、残存勢力の有無を確認してから彼女は通信を入れた。心許無い残弾と共に頃合い良く戦域の安全を確保出来たからだ。
単身で戦闘を行う為に体中の至る箇所に携帯していた数多くの弾倉が今では片手で数える程度まで減っていた。
三秒弱の掃射で弾倉を一つ空にし、携帯する弾薬全てを消費するだけならば一時間どころか数分もあれば容易く、小一時間も戦闘を継続していれば自然な成り行きである。
サーベルによる近接戦闘は可能だが、彼女は剣の達人ではない。どんなに効率的に立ち回ろうとも、必ず『漏らし』が生まれる。
メードの中には銃火器を扱わず、剣一本で戦場を駆ける者も居るだろうがウェンディはその限りでは無い。
手持ちの火器が無用の長物となれば彼女の戦闘能力は著しく低減せざる得ない。無論、そんな状況下でも無傷で生還は可能だ。
だがそうした事態に陥れば後衛の部隊へと流れる「G」の数は増加し、部隊間における連携は瓦解してしまう。
漏らしに対応している間にも新たに出現する「G」も対応する必要もあり、最悪の場合は部隊の全滅すらあり得る。
そうした事態に陥らない為にも、適度な時期を見極めて後退して弾薬補給を行うのも立派な作戦である。
今回は区切り良く周辺一帯の「G」を掃討し、滞りなく後衛の部隊と交代する状況を確保出来たのは重畳。
作戦本部からの現状を維持して待機せよとの命令に順じ、機械化歩兵小隊が到着するまでの短時間を引き続き周囲の警戒に当てる。
「戦況は順調のようね…」
携帯武器の損耗を確認しつつ、そう呟いた。今回の間引きは従来の作戦と然して代わり映えもなく、作戦進行状況は至って順調。
メードの戦線参入により、人類側の損耗は嘗てない程までに激減した。それでも退け切れない敵の物量は驚愕の一言に尽きる。
こうして間引き作戦を月に幾度も決行している事実は、そのまま人類が未だに劣勢である事の証明に他ならない。
『こちら作戦本部よりGHQ:ウェンディ。GHQ:ウェンディ、応答されたし』
「こちらウェンディ。作戦本部、何か問題でも?」
本部からの呼び出しに若干の不安を覚えて眉を顰めて応答する。
本来ならば増援として現れる部隊の指揮官から通信が入る手筈だった。
『GHQ:ウェンディ担当区域より西方区域の戦車連隊から救援要請あり。
複数体の
ヨロイモグラの対応に時間を食われ、「G」の進行が近接掃討戦闘に移行している。
現在GHQ:
ガルガンチュア他数名のメードが対応に当たっているが戦況は依然不利。
其方の担当区域の増援と交代し次第、即座に救援に向かわれたし』
予想外の敵戦力に手間取り、その救援に向かうのも「G」との戦闘では何一つ珍しくも無い。
だがウェンディは舌打ちをする。まるでこの当り前の事が酷く拙い事態であると言わんばかりに。
複数人のメードが居ながらも戦況が好転しない事実は確かに侮れない戦況と言える。
しかしその程度あれば、この淑女たる女性は毒を吐かない。歴戦の兵であるウェンディがその程度で怖気づきはしない。
故に問題なのは、通信機越しに伝えられた言葉の中に彼女の知る名前が挙がられたからに他ならない。
「こちらウェンディ、了解しました。増援の到着を確認し次第、救援に向かう、オーバ」
『作戦本部よりGHQ:ウェンディ、救援要請受諾に感謝する。戦車連隊には歴戦の淑女が向かうと鼓舞させておく、アウト』
相手の小気味良いジョークに反応を返す間もなく、彼女は意識を此れから向かう戦域の方角へと視線を向ける。
何処も彼処から届く銃声の音が鼓膜を刺激し、硝煙の香りが鼻孔を擽る。戦場では当たり前の存在を無視して彼方を注視し続ける。
自然と険しくなる表情を自覚しつつも流行る気持ちを鎮める為に敢えて許容する。
「馬鹿な真似はしていないでしょうね…?」
心許無い残弾を今一度、詳細に確認する。確信とも呼べる予感が幾度も去来し、増援が到着するその時まで視線は彼方の一点に固定し続けた。
「ガルガンチュア!」
ウェンディは目的の戦域に到着早々、大挙する「G」と対峙している人物を見つけるや否やそう叫んだ。
その人物はクロッセル連合の戦闘服に身を包みながらも傭兵然とした風貌を醸し出す野性味の在る女性である。
ウェンディの声に軽く視線だけをやって笑みを浮かべる。それは援護する必要が無いという自身の顕れ。
「よう、ウェンディ。こっちは任せときな。こんな雑魚を平らげるなんざ朝飯前だぜ」
片手で振り回す鉄塊。掘削機のドリルヘッドを彷彿とさせる剣は人間が扱うには巨大過ぎる質量であり、使い勝手は限られる。
彼女がドリルを軽く弄ると同時に刀身が高速回転を開始。ものの数秒で大気をも切り裂く超絶回転へと移行した。
「この一撃で、穿たれな!!」
ドリルの刺突は強固な壁であるほど深く抉り、回転する剣に触れるだけで腕一本を確実に吹き飛ばす威力を発揮する。
直撃した
マンティスが四散し、薙ぎ払うように振るわれた剣の殴打で尽くを引き裂いて吹き飛ばす。
漸く回転が自然に止まる頃には周囲に「G」であっただろう散乱する残骸があるのみ。
武器の威力は元より、彼女の超重量武器を振り回すパワーも目を見張るものがあった。
超重量の剣を易々と振り回すガルガンチュア。彼女も歴としたメードである。
「どうだい、ちょろいもんだろ?」
鼻を鳴らして得意気に振り返る。自身がものの十数秒で築き上げた戦果に文句は有るまいと謂わんばかりに胸を張って主張する。
「馬鹿っ!」
返答は軽機関銃の銃床による殴打。重量の軽い機関銃とは云えどもメードの力を以てすれば、常人の頭蓋骨を粉砕するに事足りる威力である。
「ってぇ~。いきなり何するんだい?」
相手もメードだからこそ、ウェンディは銃で殴った。
殴られた頭を擦り、ガルガンチュアは非難の眼差しを向ける。
「また勝手に
一人で敵心中に突っ込んでいるからよ。
貴女の護衛対象の戦車連隊とどれだけ距離が開いているのか理解していないでしょうね。
既に「G」と接敵して応戦を始めているわ。さっさと下がって部隊の後退する時間を稼ぐのよ」
「このまま前進して後ろの負担を減らせば話は早いだろ?」
「ガルガンチュア、貴女の意見なんて聞いていないわ。
これは命令よ、作戦本部からの。無駄口を叩く暇があったら走れ!早くっ!」
返答を聞く間も置かずにウェンディは応戦を開始している戦車連隊の居る場所を目指して全力で駆ける。
それに追随する形でガルガンチュアも彼女の横に張り付いて並走。
「なぁ、そんなに命令に拘ってちゃ息苦しくないか?」
「貴女は拘らなさ過ぎなのよ。お陰で後衛に無駄な損害を与えて、尻拭いに私が借り出される始末になったのよ」
ウェンディの技術による巧みな戦術戦闘とは反対に、ガルガンチュアは先の戦闘でも見せた通りに力によるごり押し、パワー型だ。
それと比例してか彼女は連帯行動、特に戦術的戦闘行動を取ることが苦手としている。攻撃に集中する余りに周囲への配慮が欠如してしまうのだ。
彼女の気質も闘いを好み、不利な状況下から切り抜ける事を楽しむ嫌いも存在する。ウェンディが彼女の名前が聞いた時の予感はこれに起因している。
「ガルガンチュア、前にも言っておいた筈よ。『戦場に出たのならば周囲に目を配れ、仲間への気遣いも忘れるな』と」
「ああ、そんな事も言われたっけなぁ・・・」
「通信で貴女の名前が挙げられた時点でどうせ忘れているだろうと中りはつけていたわ」
二人の風を切る疾走の最中でも、点在している「G」と接触すると同時に刹那の交差の間に葬り去る。
ガルガンチュアは剣の一閃で破砕し、ウェンディはサーベルをカウンターで叩きこんで殺せずとも行動不能にはする。
「―――見えたっ」
道半ばの「G」を駆除しながら到達した小高い丘の上から望む眼下の光景。後退しながら「G」の大群に集中砲火を浴びせる戦車連隊の姿。
ガルガンチュアの吶喊に付いて行けず、また「G」の攻勢に推されて攻めあぐねているメード二人の姿も連隊と共にあった。
メード専用の重火器は常人では扱えない大きさと装弾数を誇り、その超重量故に短時間であっても高い面制圧能力を発揮する。
だが既に弾切れとなり、二人の手には随伴している兵士達から譲渡されたであろう小火器で牽制に徹し、不利な戦況を覆せないでいた。
先程のウェンディが担当していた戦域で、弾薬が尽きる前に部隊間の交代が上手くいったのは偶然に過ぎない。
逆に今、目の前で繰り広げられている戦況こそが彼女の知る「G」との戦いの縮図であった。
「ガルガンチュアっ。貴女は群れの横っ面を叩いて戦力を分断、増援が来るまで「G」の相手をしなさい!」
ウェンディは走破の勢いを殺し切らずして丘の地面に対して腹這いに。
大地を滑り、止まると同時に軽機関銃を構えて狙撃の体勢を整える。
「了解! あんたは!?」
「見ての通り、部隊を援護するわ!」
最早受け答えは不要とばかりにガルガンチュアは丘を駆け下りて「G」の攻勢を殺ぐ為に敵心中へと突撃。
最悪な劣勢へと立たされた部隊と合流するにはウェンディの足では間に合わず、現在地点からの狙撃による援護しか術は無い。
(装填されている弾倉の残弾は12発。予備の弾倉は残り二つ―――――残弾数63発。)
銃身には精密射撃の為の照準器は無い。況してや装填されている弾倉が天空に突き立ち、銃身と同軸に視線を合わせる事は出来ない。
元々連射による弾幕を展開する事を前提とし、今のウェンディが成そうとしている狙撃は想定の範囲外だ。
(―――落ち着きなさい、私。十分に射程範囲の内。風は弱く「G」の動きも単調で先は読み易い…。)
手持ちの火器の中で狙撃をするに十分な銃身長を有し、単発射撃をする為の専用の引き金が存在する軽機関銃ならば遠距離射撃は不可能では無い。
だが照準器の有無は勿論、軽い反動故にガスによる自動装填制動は甘めに設定され、発砲時に生じる小さなぶれは着弾地点のズレを誘発する。
弾幕を展開し、弾数をばら撒く事で単位時間当たりの目標の着弾率を向上させる事が機関銃の真髄。しかし弾数は残り僅かな状況では単発射撃しかない。
「――――スタンバィ―――スタンバーィ・・・」
ウェンディ自身も構えたは良いが実物の狙撃銃を扱った事があるからこそ、その違いを顕著に自覚していた。
だが無い物強請りは意味が無い事も理解しており、だからこそ技巧を凝らして最善を尽くす。
左手は左手専用として存在しているグリップではなく、銃身下部から持ち上げる形で添える。
装着されている二脚による固定では狙撃時の反動を殺せない恐れが強いからだ。
虎視眈々と狙いが定まるのを待つ。焦った末に狙いを外し、更なる焦りを孕む悪循環に陥ってはいけない。
戦車連隊とメード二人による牽制は十分に効果を発揮している。食い付かれる寸前にまで迫っているが、時間が無い訳では無い。
弾幕の合間を縫い、更なる銃撃の隙間を潜り抜けている「G」に照準を合わせている。
そして今、途絶えた銃弾の雨の隙を突破したワモンが一体――!
(――今っ!)
発砲。火薬推進の反作用による衝撃を銃床に添えた肩で吸収、銃身に走る小さな跳ね上がりを左手で抑制し、グリップを握る右手が反動によるぶれを抑え込んだ。
無用な射線軸補正を極力受けなかった弾丸は直進して戦車連隊へと飛翔。戦車に取り付こうとしたワモンの背に直撃し、それは戦闘から脱落した。
命中による成功で一息を入れる間もなく、二体目に軸を合わせて発砲。照準が甘く、僅かに脇に外れる。三発目はしっかりと息を殺して放つ。命中し、敵は崩れ落ちた。
(残弾、10の60――っ)
四回目の発砲。大気を切り裂く軽い銃撃音が辺りに一度鳴り響いた。
「よぅ、お疲れさん」
ウェンディが連隊指揮官との話を終えたのを見計らい、そう声を掛けたのはガルガンチュアである。
その姿を認めたウェンディは溜まりに溜まった不満をこの場で全て吐き出すかの如く、重い重い溜め息を深く吐いた。
「本来なら貴女に説きたい話が山ほどあるのだけれど、無駄でしょうからやめておくわ」
「相変わらず手厳しい物言いをしてくれるな。いっそ怒鳴られて凹まされた方が心持ち楽なんだが」
「『戦場に出た時は、』?」
「『周囲に気を配れ。仲間への配慮も怠るな』、だろ?」
再度の溜め息。即答が出来るにも拘らず、この突撃馬鹿は実行出来ない。
「戦闘で気分が高揚するのは理解できるわ。けれど熱くなり過ぎないで頂戴、何時でも誰かのフォローが入ってくれるとも限らないのだから」
「あいよ。頭では分ってはいるんだが、どうにもなぁ・・・」
ガルガンチュア自身も味方を見殺しする気はなく、むしろ助けとなるべく敵を葬り去る行動を取っているつもりであった。
だが結果として目の前の戦いに夢中となり、周囲への配慮が欠如する。無駄に突破力のあるメードなので留まる処を知らないのだ。
「背中を気遣えないのなら、せめて同行しているメード達に何時でも指示が出せる気概は出せるでしょう?」
「わたしの突撃に付いて来れるメードが居るなら、出来るぜ?」
「……そうそう居ないわね、そんな娘」
「だろぅ?」
「吶喊馬鹿がえばるな」
再度の溜め息。過去に幾ら説こうともこのメードは闘う姿勢を直そうとしない。
より正確には直観に従順な戦闘スタイルであるが為に、言葉による矯正が功を奏し難いのだ。
だからこその高い吶喊能力を有し、誰もが尻込みをする作戦行動でも躊躇らわない強みも有り、一長一短の性格である。
「――ところでよ、ウェンディ。戦場に出た時は云々の話ってのはお前さんが考えなのか?」
「…それはどういう意味?」
唐突な話題にウェンディは眉を顰める。だが質問をする当人も少し思うところがあって、視線が少し泳ぐ。
「いや、何だ。小煩い姑みたいなのは何時もの事なんだが、その台詞を口にする時は妙に諦観した声色としているというか…。
それにいつも『わたし、野蛮な事は一切しませんの』みたいにお淑やかぶった小狡い戦い方をしているのに今日は妙に積極的だしよ――」
「――貴女が私をどう見ているのか問い詰めたいところだけど…」
「悪い意味じゃないぜ?
まぁ、そんなこんなで何時も冷静な立ち振る舞いで戦ってるお前さんだが、時々大胆になるのは如何してなのか少し気になってな」
今のウェンディの身形は先の狙撃体勢に移る際に滑って付着した泥んこ以外は窮めて綺麗である。
つまり彼女は間引き作戦を赴き、作戦完了となった現在に至るまでの継続戦闘で傷の一つはおろか返り血すらも浴びなかったのだ。
ガルガンチュアとて吶喊に突貫を重ねたが為に「G」の体液を浴び、有毒な瘴気塗れの服は破棄して新しい服装に着替えている。
そんな彼女が高々狙撃を行う為に身嗜みを犠牲にしたという事実。巧みな戦闘をこなす人物がその程度で常のスタンスを変えるとは思えない。
それがウェンディの常を少なからず知るガルガンチュアから見れば疑問を抱かせるには十分な要素となる。
過去に幾度もか同様に事態を目撃し、その特異的な行動は一種の癖とも取る事が出来る。別段悪い癖では無い為、好奇心の一環として口にしている。
相手の視線に気が付き、ウェンディは軽くエプロン
ドレスの汚れを払う。
だが繊維の奥にこびり付いた泥はきちんと洗濯しなければ落ちない。それ以前に瘴気のある空間に触れた服はそのまま焼却処分されるが。
自身の所業で汚してしまった事を少し気にしてか、小さい溜息。それから横髪を弄って質問について少し思案。
「特に不思議な事でもなのよ。戦場において自身の小さなミスが作戦行動そのものに支障を来す理由を、身に染みて知っていただけ」
「想像が付かないね。ウェンディ、お前さんがミスだって?」
「失礼ね、私にだってメードとして新人だった頃はあるのよ。まぁ、その時はニアミス程度で事は済んだのだけど、ね」
ガルガンチュアの驚愕に満たされた顔にむっとするが、それ以上に嘗ての出来事に思いを馳せて横髪で鼻を擽る。
「それ以降ね。私もメードとして「G」との戦いでどう立ち振る舞い、そして戦場に赴くのかを考えるようになったのは」
嘗てのウェンディはメード黎明期の最高傑作の一人として数えられ、幾度の戦場を駆けてその名を馳せていた頃。
そんな時期に一つの辞令が彼女に下った。それが今の彼女を形作る転機、万能と揶揄される原因となった事件。
そう。あれは丁度、五年という歳月が流れる前の出来事だ―――。
コールサインについての補足事項
軍隊とメードを明確に区別する為、通信で呼び出す際にはGHQ(ジー・エイチ・キュー)を頭文字として使用する。
メード全てが国際対「G」連合(G-GHQ)所属である事から、このコールサインとなっている。
国独自のメード部隊に所属している場合でも、差別化を図るために交信時にはこのコールサインを用いる義務を負う。
このお話で携帯している通信機のサイズはランドセル級であり、通信兵が背負う一般的のものと同じである。
戦闘の邪魔になるでメードでも戦場に持っていく者は極一部。背負いながら戦うとなれば稀有。
なお、これらの設定はこの小説独自のものである。
関連項目
最終更新:2009年12月22日 20:32