熱くて溶けてまた蕩けて

(投稿者:ニーベル)



 雨が、降っていた。自分の隣には、友人であった男。
少女に、銃を突きつける。少女の表情は変わらない。変わりようがない。
 引金が重い。指が震える。そうだ、このまま引かなければ、自分は。自分の心は、傷つかないのだ。なら、ならば。

――少女は、どうなるのだ。

 自分が殺さずに確保して、兵士に引き渡せば、どうなるのだ。
少女は、より深く苦しむに違いない。肉体的にも精神的にも、晒された屍が動物達に喰われていくように緩やかで、残酷な苦しみに。
 それは、自分が望むことではないはずだ。決して、そんなことを望んではならない。だから、己は――

「殺してくださって、ありがとうございます。人間の手にかかって死ぬなんて、救われないですから……」

――引金を。








 上半身が弾かれたバネのような勢いで、起きあがる。
息は荒い。周りの風景が陽炎のようにゆらゆらと揺れていて、視線が定まらない。身体が、焼けるような感じがする。
窓に目をやるが、明かりはどこにも見えず、もう一人の呼吸音と、機械が動くような音だけが、闇の中にリズムを取りながら響いていた。

 汗が、身体から吹き出る。厭な汗だ。身体にまとわりついて、離れないような汗。しばらく、肉体を落ち着かせるために数回、深呼吸をした。意識がだんだんとこちら側を認識していく。ここはカヒラー治水センターにある一室だ。自分は昨日からここにいる。それを、再認識することでようやく落ち着いた。
 なんて夢をみたのだと思う。大分昔の事だったはずだ。少なくとも数年は経ている出来事を、いまだに忘れられないというのだろうか。つくづく自分は弱い男だと思い知らされる。

 「くそったれ」

 小さな呟きが、ぼそりと口から流れる。自分に対しての言葉は、静かな空間に良く響いた。
せっかく気持ちよく眠れたと思っていたら、これだ。どうにも、自分というメールは過去のことを忘れられないタチらしい。今を生きているというのに、ずっと過去の死に縛られている。
 戦場に生きているメールやメードとしては、死などふっと隣に現れて話しかけてくれる、昔からの友達のようなものだ。少なくとも、自分にとってはそういう認識でしかないし、仮に自分が死んだとしても、その死は素直に受け止められただろう。

 他人の死ならばどうなるであろうか。
自分は、感情の波を抑えられる自信は無かった。ただでさえ、友でもなく共に戦っていた人間の兵士達が、自分の見ている目の前で、為す術もなくムシに喰われていく様子ですら、己には耐え難いものである。それだけでも、感情が爆発しそうになる。怒りが溢れそうになる。
 それが友や親しき人々で、女となれば、感情が制御出来るはずがなかった。
 友であるグエンクロードを失えば、どれだけ自分の心に拭いがたい、どす黒い汚れを残すことになるだろうか。
少なくとも、はっきりと敵であると認識できる相手などに殺されたのであれば、自分はそれを憎悪の対象にするだろうということは、分かりきっていた。

 はっきりと心を許した女なら、なおさらだ。
自分は軟派な男である。酷く不埒な男にも見えるだろうし、女に関して言えば、そういう関係しか自分にはなかった。
 隆光という男は、ちょっとした硬い殻のようなものだ。殻の外面には、軟派な男という役割が与えられている。その役割を持って、娼婦や、普通の女性達と触れあう。
その程度の事ならば、自分には出来た。ちょっとした、冗談交じりの説教もくれてやったり、身の上話にも付き合ってやる。何よりも、そういう彼女達の息は自分の肌には良く馴染んだ。よく分からないが、そういう女達とはその役割を演じて、仲良く出来たし、人気もある。

 純真な女や生々しく女を感じさせる女となると、話は全くの別になってくる。
傍から見れば、隆光という人間は変わりがないように思えるだろう。いつも通りに軽い言葉を吐いて、女を誘惑しているように。
 ところが、中は全く違っている。
言葉は上手く吐くことが出来ないし、行動も乱れる。思ったように、女子とは触れあえなくなる。役割を演じることが出来ず、自分の中に入り込まれることを極端に恐れてしまうようになるのだ。

 隆光という男は、硬い殻ではあるが、中身には全く何もない。空洞のみがそこに存在しているのである。そこには、演じるべき役割も無い。戸惑い、何をどうすれば良いのかよく分からなくなってくる。自分という殻が、壊れそうになる。
 自分には、それがたまらなく情けなく、恐ろしくもあり、忌まわしかった。殻だけが、自分ということを証明していてくれていることが。それを、自嘲していてもいた。
勿論、当てはまらない人物もいた。銀那や真智などは、そうだった。
 銀那に関して言えば、師匠に恋をしていたし、はっきりと、自分にも伝わっていたから生々しく女というものを感じさせていても、自分とは縁のないものであると理解していた。真智に関していえば、たまらなく女としては魅力的ではあったし純真でもあったが、彼女に関して言えばどちらかと言えば家族――肉親的な感情の方が優っていた。

 どちらとも女を感じさせられたが、自分が平然と話せることが出来たのは、それが理由だろう。それがなければ、彼女らもまた、自分にとっては生々しい女であったに違いない。
 だから、本気で女に惚れることなどは無いと思ってた。そんなことが、あるわけがないと。それが――

 「……んぅ……あ、隆光……さん?」

 「ん、悪いな翆蓮。 起こしちまったか」

――こうなるとは、思ってもいなかったのが、正直な気持ちだった。

 軽く手を伸ばし、触れると絹のように柔らかく、触り心地の良い髪の毛を触りながら頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めてくれる女性。
思わず、愛おしさがこみ上げて、柔らかい身体を抱き締める。直接触れあう肌は、身体に吸いつくような感触で、その身体を流れる髪の毛は、男を煽る色気に溢れていた。
 心の中で、欲情が急速に中を満たしてきた。獲物に食らいつく虎のように、唇を奪う。

 「ふえ……んぁ……」

 驚いたように、こちらを翆蓮が見るが、構いはしない。貪るように舌を絡めて、食らいつく。
最初は驚いていた翆蓮も次第に大人しくなり、受け入れてきた。抵抗が弱まり、自分の力は強くなる。そこで、我に返った。蹂躙していた舌を、口内から戻す。
 今度は、気持ちが申し訳なさで一杯になってくる。獣のように食らいついた自分が、たまらなく情けなく思えてきた。

 「……悪い」

 我ながら、馬鹿な男だ。いきなり食らいついて、それで謝る言葉が悪いだけだとは、馬鹿げている。
それでいて、頭の中にはもう一人の女性のことを考えている。目の前にいる翆蓮を限りなく愛しいと想いながらも、別の女の事を考えている自分。最低な男だ。

 「……イウサームちゃんの事ですか?」

 顔が反射的に前を向く。翆蓮は、微笑んでいた。

 「……ああ」

 「その……私は……気にしてません、隆光さんは、私にも……愛情は注いでくれてますし、大事に想ってくれてるのは……分かります」

 「翆蓮」

 それ以上は、言葉に出来なかった。気付いていたのかという驚きと、自分の馬鹿さ加減に呆れることしかできない。翆蓮は、気付いていたのか。自分は、気付いてもいなかったのか。
 イウサームの事は好きだった。純真な女性だったが、それでも自分は何故か受け入れることも出来た。惚れていたのだろうと、今は、はっきりと分かる。

――だけど。

 思い出されるのは、友との決別ともなった日。
 脳内の画面を埋め尽くすのは、あの日あの時あの雨の中の出来事。
 何よりも自分の前に現れるのは、静かに死を覚悟した彼女の表情。

 自分の心に小さく、しっかりと打たれた釘のように刺さっていた。
自分のような男が、二人とも幸せに出来るとでも言うのか。あの時の少女に手を差し伸べることも出来ずに、見捨てたような男に。
 馬鹿げているとしか思えなかった。一人の女も幸せに出来るどうか分からないのに、二人の女を幸せにするなどと戯けている。自分にそんな資格などあってはならない。言い聞かせる。無理なのだと。そんなことは出来ないと。

 それで、良いのだろうか。
イウサームは、自分のことを好いてる。それもまたハッキリと分かり切っていることだ。自分が好意を寄せているように、イウサームもまた自分の事を好んでいる。
 互いに好き合っているのは分かっているのだ、馬鹿馬鹿しいくらいに分かりやすいくらいに、態度に出ている。
後は、自分次第なのだ。自分が一つイウサームに言うだけで全てが終わる。自分の度胸次第なのだ。

――んなことは分かってるんだけど。

 出来れば、苦労しない。
イウサームは自分を妾として扱ってくれて構わないという。翆蓮も、自分も愛されてますから、大丈夫ですという。
 本当に、そうなのだろうか。自分は二人とも平等に愛せるのだろうか。イウサームをしっかり受け入れられるのだろうか。
考えがいつまでも、心と脳を堂々巡りしている。舌打ちしたくなるほど自分は、すぱっと決断が出来ない男だった。間抜けすぎる。
 だから俺は――

 「考え過ぎちゃ……駄目ですよ」

 背中に、柔らかいものが二つ当たる感覚がした。甘い香りが漂う。

 「……翆蓮」

 「考えすぎる隆光さんなんて……隆光さんらしくないです……もっと、笑ってください……」

 言った後に、翆蓮が顔を俯ける。本当にたまらなく、その動作が愛しかった。

 「分かったよ」

 上手く、笑えたかどうかは分からない。でも翆蓮は、微笑んでくれた。
彼女が、自分にとっての救いであることは、それだけで十分に分かることだ。自分のような愚か者を好きになってくれて、笑ってくれる。
 そんな女を泣かせるのは、自分がする事ではない。だから。

 「……だから、さ」

 「ふぇ……?……あっ……」

 翆蓮を、ベッドにもう一度押し倒す。
躰が触れあう。翆蓮の吐息が耳にかかる。躰が熱くなってくる。
 翆蓮が切なげな声をあげた。覆い被さる。

 その時だけは、何もかも忘れられた。










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最終更新:2010年04月21日 23:11
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