少女は二度、恋をする

(投稿者:ししゃも)





場所は、アルトメリア大陸北部に存在する田舎町の郊外。山々に囲まれた大地で、少女はGを駆逐せんために戦っていた。
彼女の周囲には、八つ裂きにされたワモンの死骸が四匹。そして少女の目の前には、こちらへ突進してくる最後のワモン級Gが居る。
腰まで届く長髪をリボンで括った少女が、身の丈サイズの大剣……大型鎖鋸剣<ミストルテイン>をGに向かって振り下ろそうとした。少女が持つミストルテインは、まるで剣とチェーンソーを合わせた様なデザインをしている。

機械的なデザインと、剣を模った中世的なデザインが二律背反を起こしているように見えた。
そして、突っ込んでくるワモン級Gにミストルテインの刃が直撃する。
刃の部分に取り付けられた紫色に輝くエッジが、コアエネルギーによって高速回転した。

「どるん♪どるんどるん♪」

ミストルテインが奏でる『駆動音』を、少女は至極愉快そうな声で真似た。そんな声真似とは裏腹に、高速回転したエッジが文字通りにワモンを切断する。切り裂かれたGは何とも形容しがたい体液と瘴気を、切断面から撒き散らした。
何かを切断する手応えを失ったのを感じた少女……アズワドは、ミストルテインに導入していたエネルギーの供給を停止した。それに同調するかのように力のない音を立てて、高速回転していたエッジの勢いが弱まる。

「どるるるるん♪お掃除完了」

アズワドは、周囲に横たわるワモンの残骸を横目に今日の仕事が終わったことを呟く。それと同時に、アズワドのコアエネルギーによって形成されていたミストルテインのエッジが消滅させた。エターナルコアの供給によって、エッジを形成していた結晶が次々に四散する。

「ほんとっ汚い」

自分が作り上げたワモンの死骸を見て、アズワドは眉をひそめる。ワモンの死骸はもちろんだったが、何より空気が淀むほどの瘴気にアズワドは苛立っていた。この一帯が、さきほどワモンによる瘴気で汚染されていたのは言うまでもあるまい。
MAIDであり、浄化の能力を持ったアズワドは、瘴気に対する耐性は既存のMAIDより強い方だと自覚している。

しかし、ワモンの色、そして瘴気の色が『黒』になっていることが許せなかった。全てを覆い尽くすような黒色がとてつもなく嫌いなアズワドは、舌打ちをした。だが彼女自身の服装が、黒色を基調とした物になっている。それは、アズワドが愛するデウスへの愛情の一貫だった。

「……早く帰りたいなぁ」

アズワドはそう言うと両手で持っていたミストルテインを軽々と片手で持ち上げ、地面に突き刺す。そして、エターナル・コアを活性化させながら、地面に腰を降ろした。彼女は両手を地面に置くと、彼女の周囲や、この地帯を覆っていた瘴気が吸い寄せられるように彼女の手の平へ凝縮される。
 やがて、彼女が置いていた地面から、紫を帯びた黒色の結晶が生えてきた。まるで宝石のようなそれは、間違いなく瘴気の塊だった

アズワドが持つレアスキル『瘴黒晶』は、周囲の瘴気を凝縮し、結晶化させ大地を洗浄する能力を持っていた。浄化する反作用として、このような結晶が彼女によって生み出される。
アズワドの能力によって、瘴気が浄化される。その一方で、地面から生える結晶はどんどん成長するかのように、大きくなった。

汚染された大地へ赴き、それを洗浄するのがアズワドの役目だった。今回、汚染された地域は比較的瘴気の汚染が少なく、数分ちょっとで片付けられる程度だろうか。

やがて結晶が、座っていたアズワドの顔付近まで隆起すると成長は止まった。一息ついたアズワドはゆっくりと立ち上がり、周囲を見回す。ワモンの死骸は転がっているものの、空気は瘴気によって淀んでいなかった。周辺の草木は瘴気によって枯れているものの、歳月が経てば元に戻る。もちろん、またGによる襲撃がなければ、の話だが。

「処分、処分っと」

一メートルほどの高さになった結晶を処分する為に、アズワドはまだ使っていない瘴気を身体に纏おうとした。結晶自体は頑丈でその気になれば、即席の鎧になる。
だが、その鎧は戦闘用ではなく、結晶を切削する際の防護服代わりになっていた。ミストルテインによる切削の時に、破片による損傷を防ぐ為の鎧。戦闘時にあまり用いないが、アズワドの身体能力では回避できないGの攻撃を防ぐ程度の頻度しか使わない。

アズワドの黒色のメード服を覆うかのように、瘴気の結晶が鎧を瞬時に形成する。しかしその鎧は、アズワドが結晶に取り込まれているかのような歪なデザインをしていた。
目の前に突き刺さったミストルテインを引っこ抜いたアズワドは、結晶の塊を切削しようとした。そのとき、後ろの方で物音が耳に入る。アズワドはすぐに後ろへ振り向き、ミストルテインを両手で構えた。視界に映るのは、Gの死骸と枯れた木々。もう少し進んだ先には、川にかかっている小さな橋が見える。

(G?でも、瘴気の臭いが全く感じられない)

神経と感覚を研ぎ澄まし、未知なる敵を迎え撃とうとする。それに同調して、ミストルテインのエッジが形成し、高速回転する。
しかし、妙なものがアズワドの目に映っていた。数メートル離れている枯れた木から、真っ白な手が見えた。すらりとした五本の指が、ひょっこりと木からはみ出していたのだった。直感的にそれが人間の手だと分かったアズワドは、先ほどの物音の犯人が何であるか分かった。手の位置から見て、本人は木に凭れているのだろうか。

ミストルテインに供給しているコアエネルギーを停止させる。柄の部分とは別に装着された取っ手を持って、枯れた木に向かって歩き出した。歩いている間に、瘴黒晶で形成された鎧を開放。
 一瞬にしてアズワドを取り組んでいた結晶の鎧が四散し、彼女の着ていた黒色のメード服が姿を現した。

アズワドは、瘴気によって枯れた木にたどり着いた。彼女は回り込むようにして、木に凭れているのが誰か確認する。
木に凭れているのは、アズワドと同年代ぐらいの少年だった。だが、普通の少年とは少し違った外見をしていた。『真っ白』だった。
髪の毛も、眉毛も、まつ毛も。服装は地肌の上に、真っ白なシャツを。ズボンは萎びれた青色のものだった。

少年は、うなされているかのような、険しい表情で瞳を閉じていた。顔つきは中性的で、髪は耳にまでかかるほど。遠目から見れば、女の子に間違ってしまうほどの美しさだった。
アズワドはそんな少年の寝顔をじっと見ていた。彼女が愛するデウスの外見こそ違うが、まるで瓜二つのような雰囲気を少年は持っている。

「……ん?」

十分ぐらい経っただろうか。少年は険しい表情を解き、目の前で立っているアズワドに疑問の声を上げた。少年の眼は、白く染まっていた。
少年はこちらを見下ろすアズワドを見たまま、硬直する。状況を理解していないのか定かではないが、大きな剣を模った武器を手に持ったアズワドに恐怖しているかもしれない。

「大丈夫?」

沈黙を破ったのはアズワドだった。地面にミストルテインをそっと置き、少年の傍で腰を降ろす。少年は、口をぱくつかせながら、反応に困っていた。

「ああ、うん。大丈夫」

落ち着きを取り戻した少年は、ややぎこちない口調でアズワドに返事を返した。

「瘴気で気絶していたようですね。今はもう大丈夫ですが、ここ一帯は瘴気の汚染区域です。迂闊なことをしては困ります」

少年は両手を使って身体を起こし、立ち上がろうとした。だが両手を地面に滑らせ、地面に背中を打つ。気管に入ったのか、咽てしまった。そのおかげで両目に涙が溜まると、少年は両手でそれを振り払った。

「G、やっつけてくれたんだね」

少年は鼻を刺激するGの臭いを感じたのか、あるいは話題を変えようとしたのか、アズワドに問いかけた。問いかけられた彼女は無言のまま、こくりと頷く。どうして少年がここに居るのか、アズワドは理解できない。Gの侵攻は昨夜から今日の昼まで。周辺には民家や農村は存在しない。
住民たちが疎開して廃村になったところなら、川を下った先にあるはずだった。もしかすると、その廃村になったところの住民かもしれない。

「どうしてこんな所に?」

疑問に思っていたことを、アズワドは少年に問いかける。少年は仰向けのまま、空を眺めていた。雲ひとつない晴天の中、アズワドと少年の間に沈黙という壁が出来る。

「僕の村、Gでむちゃくちゃにされたから」

沈黙を破ったのはアズワドではなく、少年だった。

「遠くから、君のことを見ていた。そしたら君がGをやっつけてくれたし。それに何故か知らないけど、瘴気も除去してくれた。そのお礼が言いたかった」

「どういたしまして。立てる?」

少年の話を聞いたアズワドは呆れる反面、彼のガッツに感心した。立ち上がったアズワドは、ずっと仰向けになっている少年に右手を差し出す。少年は「ありがとう」と感謝の言葉を述べると、差し出された右手を握った。少年の繊細な指や体温が、アズワドが装着している黒い手袋越しに伝わってくる。

(感謝されたことって、デウス以外にされたことがなかった)

デウスの身の回りの世話をしているアズワドにとって、感謝という言葉は彼女しか言ってくれなかった。そもそも、瘴気の浄化という特殊な状況下での作戦を主とするアズワドにとって、一般市民との交流は無きに等しい。
EARTH本部では、MAIDやMALEとしかあまり交流しない。本部委員や職員の人たちとは、職務上の会話しかしない。そんなアズワドにとって、少年に感謝されたことが嬉しかった。

「……あいつらのせいで、村は誰も居なくなった」

アズワドのおかげで立ち上がった少年は、何ともいえない表情をした。たった一言だった。少年はGに対する恨み言を吐くと、そのまま川の方へ向かって歩き出す。

アズワドは追いかけようとしたが、結晶化した瘴気の処分や別所で待機しているEARTHへの報告が残っている。しかし、少年の足取りは今でも倒れそうなぐらいにもたついており、このまま放っておくと危ないかもしれない。
十数秒考えた結果、アズワドは地面に置いていたミストルテインの取っ手を持って、少年を追いかけることにした。真っ白な髪の毛の少年を追いかけ、ちょっと走っただけで追いついた。彼の速度にあわせて、隣で歩く。

「君一人じゃ危ないから、家まで送っていく」

アズワドはそう言うと、ふらふらと歩く少年は力のない笑みを浮かべた。



各地を点々とするアズワドにとって、旅先の思い出は意味もないこと。だが自分は少年の後を追うように、ここに居る。数日も経てば別の戦場に移されるのに、とアズワドは思った。
それは、デウスのように真っ白に染まった少年のせいかもしれない。白色が大好きなアズワドにとって、まさにこの少年は白というものを体現していたのだから。

川沿いに歩く二人は下流を下り、やがて村にたどり着いた。レンガで造られた家が立ち並ぶ村だったが、誰一人居なかった。先程まで相手していたGを駆逐する前に、EARTHのブリーフィングの中でその村について少しだけ触れられたことをアズワドは思い出す。
少年の村は、Gによる瘴気によって住民が避難して、誰一人として住む人が居なくなった。つい最近の話だったそうだが、少年がまだこの村に住んでいることに驚きだった。

「ようこそ、僕の村へ。誰もいないけどね」

自嘲を込めた言葉を言った少年は、村の名前が描かれた門を潜る。アズワドは何も言わず、少年の後を追った。

「君がGをやっつけたおかげで、ここに住んでいた人が戻ってくるかもしれない。本当にありがとう」

愉快そうな口調で、少年はアズワドにお礼の言葉を言った。そんなアズワドはなぜか恥ずかしくなって、頬を赤らめる。まるで、彼女が愛するデウスに言われているような気がした。
少年は、赤みを帯びたレンガで造られた家の前で立ち止まった。ボロボロになったドアノブに手を回し、中へと入る。アズワドは彼の後を追うように家へと入った。

家の中は外の打ち果てた光景と違い、一般の家庭でよくあるような風景だった。家具もあればキッチンもある。ただ一つ違うのは、真っ白な少年だけが、誰も居ない村で生活を営んでいることだけだった。

「ここが僕の家。中々いいでしょ?」

ジロジロと部屋の隅から隅で観察するアズワドに、少年は家のことを自慢げに話す。そのまま少年は歩き出し、キッチンのすぐ隣に置かれたテーブルへ向かった。テーブルの上にはテーブルクロスしか敷かれておらず、何も置かれていない。

「ほら、遠慮しないで」

少年はそう言うと、アズワドは玄関口の壁にミストルテインを立てた。そして、少年に急かされるまま、キッチンへと向かった。一方、少年はテーブルに敷かれた椅子に座ろうとした。
だが少年は、その場で糸の切れたマリオネットのように倒れそうになった。椅子を抱きかかえるようにして、倒れるのを堪えようとするが、そのまま椅子ごと床へ倒れた。

椅子と一緒に転げ落ちた少年に、アズワドは思わず走り出した。足音と同時に床が軋む音が響く。倒れた少年の傍でアズワドは腰を降ろし、少年の無事を確かめる。

「大丈夫ですか!」

「ああ、うん。大丈夫だよ。……今日は疲れた。ベットまで……」

少年は乾いた笑いを飛ばしながら、立ち上がろうとする。しかし手が滑ってしまい、倒れてしまう。アズワドは少年に手を伸ばし、両膝と首に手をかけ、そのまま彼を持ち上げた。
お姫様だっこされた少年は、恥ずかしくなったのか頬を赤らめる。それは、アズワドも一緒だった。

「すまないね」

真っ白な頬が紅潮した少年は、照れくさそうな口調でアズワドに詫びる。だがアズワドはもっと紅潮していた。少年の肌や呼吸音が、すぐ傍で聞こえてくる。
あまり同年代の男性と交流したことがなかったアズワドにとって、何もかもが新鮮だった。少年と二人っきりで家に居ること。少年を抱きかかえたこと。しかもその少年が、自分が愛しているデウスのように純白であること……。

「い、いえ。と、とところでベッドはどっ、どちらに」

ぎこちない口調で少年を抱えたままその場で硬直するアズワド。少年は右手を震わせながら、アズワドの正面に置かれた二つのドアの右側を指した。そのままアズワドは指差されたドアに向かう。
抱えている少年の体重が軽いことに、アズワドは驚いた。ミストルテインを持つほどの筋力を得ているアズワドだが、指四本で少年を支えそうなぐらいの体重だった。

アズワドは、少年が指差したドアを開き、室内へ入る。部屋は本棚と勉強机、それにベットが置かれた狭い空間。ベットの横には、木製の椅子が置かれている。
埃が少し目立ったその部屋のベッドへアズワドは向かった。少年を介護するようにアズワドはベッドに彼を降ろす。そして彼の身体に、ベッドの上に置かれていたシーツを被せてあげた。

「本当、ごめんね。ありがとう」

ベッドへ身体へ預けた少年は、笑みを浮かべてアズワドに礼を述べる。シーツに包まった少年の笑顔に、アズワドも微笑んだ。彼女はベットの横に置かれた椅子に座り、少年の近くへ身体を寄った。

「手、握ってもいいかな?」

少年は唐突にそう言うと、自分の右手をアズワドに向けた。
アズワドは、何も言わずに右手を覆っていた黒色の手袋を外す。アズワドの真っ白な手が露になった。少年は、そんなアズワドの右手を優しく抱くように握った。
繊細な指同士が絡まりあい、やがて温かさが包み込むはずだった。だが少年の手は氷のように冷たく、まるで死人みたいだった。

「……やっぱり、僕はもう駄目みたいだね」

アズワドは首を大きく横に振って、少年の言葉を否定する。

「瘴気、吸いすぎたみたい」

やがて少年の手が、アズワドから離れた。アズワドはそれを受け止めることも出来ず、少年の顔を見つめていた。
恐らく、少年は死ぬだろう。瘴気の毒素は強く、MAIDはまだしも普通の人間が多量に吸ってしまえば死に至るほどのだから。

「君の名前は?」

精一杯の声を振り絞って、少年は椅子に座っている少女の名前を聞いた。今まで尋ねなかったのが、不思議なぐらいだった。

「……アズワド」

アズワドは自分の名前を呟く。少年は震えながら、微笑んだ。

「ありがとう、アズワド……」

お礼を言い述べたとき、少年はゆっくりと瞼を閉じた。
アズワドは、寝息を立てていない彼の寝顔を見つめていた。数分は経ったのだろうか。アズワドはふと好奇心に負けてしまい、右手を差し出した。
彼女の真っ白な右手が、少年の真っ白な頬に触れた。直に伝わる『白』という感触に、アズワドは思わず息を吐く。

「大丈夫。いつも一緒だよ」

アズワドはそう言うと、少年の頬に触れていた右手が紫色に輝いた。




「デ・ウ・ス♪お・や・す・み・な・さ・い♪」

アズワドは愛する少女の名前を囁きながら、ベットに身体を預けた。EARTH本部の、一室。自分の部屋で就寝するアズワドは、今日も何処かで戦うデウスのことを祈っていた。
そのとき、ふと自分の机に置かれた、ある一つの結晶に目を向けた。
紫色の、歪な形をした結晶。まさしくそれは、瘴黒晶によって結晶化された瘴気だった。

「……もしも、Gが居ない世界でお互い生まれていて、出会っていたら……一緒に遊びたかったなぁ」

少年と出会った日を思い出したアズワドは、結晶に向かって語りかけた。あの少年は、もうこの世に居ない。あの村に人が訪れることは、一生無いだろうとアズワドは思った。
例え自分が瘴気を浄化しても、Gがあの一帯に襲撃することはあるだろう。故郷を捨てた住民たちも、そう思っているに違いない。要するにGが死滅しない限り、あの村はずっと朽ち果てたままだろう。

「でもね、いつも私と一緒だよ」

アズワドはそう言うと、机に置かれた結晶に向かって、微笑む。
あの日、静かに死んでしまった少年の身体は瘴気で侵されていた。だがアズワドは、瘴黒晶を使って少年を結晶化した。その一部が、彼女の机で置かれていた。
誰も居なくなった村で、少年を一人ぼっちにしたくなかった彼女の気遣いだった。
むしろ、デウスを独占するかのように、白というのを体現したあの真っ白な少年をも独占したかったアズワドの支配欲かもしれない。

「おやすみなさい」

アズワドはそう言うと、瞳を閉じた。



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最終更新:2010年02月17日 00:32
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