ジークフリートと赤い林檎

(投稿者:店長)

ルージア大陸の険しい山脈グレートウォールの唯一といっていいほどの比較的なだらかな斜面に広がる草原地帯ウォールゲート。
通称で緑の道とも呼ばれるその自然の美しさはかつてのエントリヒの詩人らは『この平原の夏の緑色と秋の金色は同じ面積に敷いた金貨にも勝る』とロマンチズムの翼を羽ばたかせ謳ったものだ。
現在は大軍同士がにらみ合う場所である……ただし、それは人類と化け物とであったが。


Gの登場はこの世界に人間同士の結束を促した。それの良し悪しは以後の歴史家の判断に委ねるところではあるがそもそもこの戦いに敗北すれば人類に残されるのは滅亡。
それ故に日々戦いに臨む兵士らは前線レベルでは──少なくともこの戦線では間違いなく──国という枠を超えた連帯を見せている。そして戦友となり、ともに笑いともに泣いていく。


夏のこの平原は程よい雨量によって一面緑の絨毯が敷かれたかのように一年草が生い茂る。
風が吹くと透明なはずのそれに輪郭を加えていくかのようにたなびく草原が、美しい風景を生み出すはずであった。
遠くに見える南方の色は、夏なのにこげ茶色をしていた。資源を根こそぎ食い尽くすGは草原の草木をも食してしまっているのだ。
現状、ここから見える範囲にはGの存在は見えない。つい先日から行われたメード部隊による戦闘の結果、ここらにいたGを文字通り駆逐したのである。
最も無尽蔵に存在するといわれるGのこと、すぐさま個体数を元に戻してくるに違いない。
だが、それまではこの自然の中で身をゆだねてしまうのもいいのかもしれない。

そう、白銀の髪を三つ網にした一人の女性──その格好と気配からメードの一人であることは間違いない──は感慨を言葉にせずに遠くを眺める。
その目が覚めるような青に白のドレス風のワンピースにエプロンというMAIDの基本的な服装に要所に武具を装備し、得物である十字型のバスタードソード『バルムンク』を地面につきたて、杖代わりにして両手を据える様子は古の騎士そのもの。
その気高さや覇気を纏って遠くの戦場を眺める様は文字通り絵になる情景であった。

周囲を見渡せば各兵科が各々の仕事に奔走しており、陣地の再構築や修繕といった工兵の領分から弾丸や食料の補給などといった補給部隊の仕事風景が見受けれた。これも明日以降も生命を繋げ、戦っていくために必要な処置であった。
人間誰しも、理由がなければ死にたくはないものである。

 しかしながら、ジークフリートの周囲はまるで見えない壁に囲われたかのように静かであった。
彼女の持つ肩書き──エントリヒ帝国最強のメードにしてエントリヒの守護女神という大層な二つ名という──を持ち、普段寡黙で鋭い眼光を湛えた姿に多くの同僚であるメードから一般の兵士までも距離をとられており、孤高という名の孤独の中にいる当人にしては寂しさを覚えるばかり。
 あるとき手が開いていることを理由に他のメードらの手伝いをしようと名乗り上げた時にその場にいたメードらが皆一斉に”どうかごゆっくりしてくださいジークフリート様”といわれたときは普段見せている無表情の仮面の下で号泣していた。きっと思念を視覚化していればデフォルメされたジークフリートが泣くことでできた水溜りが見えたかもしれない。
実のところジークフリートは寂しがり屋であり、戦友となった兵士らや他のメードらが語らう姿を見て憧憬すること数回では数え切れないのである。しかしながら彼女は真面目すぎるために口から友達が欲しいとはいえないジレンマを抱えている。

 生来の人付き合いの苦手であることと人見知りしがちな性分とが災いして、今も未だに半径2m以内に理由もなしに近づきたがる人材を見出すことができないのであった。


相変わらずの己を取り巻く環境にため息を吐くジークフリートの聴覚に、近づいてくる足音が引っかかる。青々とした若草を踏む音が止まっては響き、響いては止まるという不思議な動作に帝国最強のメードは頭部と上半身を振り向かせて確認する。
視線にまず飛び込んだのは鳶色の丈の長いワンピースと白いエプロンのメード服に赤色の長い頭髪。自分より身長は低く、ジークフリートの胸元あたりまでの小柄な体。そして髪の色とおなじ瞳をパッチリと開いてこちらを見上げる様子は小動物のようである。ジークフリートの脳裏に彼女が先の増員の時に派遣されたエントリヒ帝国のメードで比較的若い部類の新人であったことが浮かぶ。確か、ベルゼリアという名前であったか。
思い出している最中に彼女はいよいよ手を伸ばせばその頭を撫でれる距離にまで近づいてきており、目線を合わせるようにその幼さの残る顔を向けて見上げていた。

「……どうした?」
「んー……」

ジークフリートが少しの時間をおいて尋ねてみるものの、じーっとこちらを見上げるだけで何も言ってこない。
内心どうしたらいいのだろうかと相変わらず鉄面皮を崩さずにジークフリートは困っていた。人付き合いの少ないジークフリートはこの状況をどう対処していいのかが思い浮かばない。それ故に次のベルゼリアの言葉の不意打ちに対して構えることができなかった。
一見なにも考えてなさそうな純粋な瞳──よく見れば相手の顔が映っている──でジークフリートを見ながら、決して他のメードらが口に出さないような言葉を紡ぐ。

「一人でいるの、寂しくない?」
「──何故そう思う?」
「んー、なんとなく寂しそうな目してる」

子供の直感は純朴故に正しいとよく言われている。その上彼女は生まれて間もなく戦線に送られてきたメードであり、ジークフリートに関してあまり詳しく知ってない。それ故に色眼鏡無しにジークフリートを見れた結果だったのだろうか。
いずれにせよ彼女にとって目の前のジークフリートは一人ぼっちなメードにしか見えなかったのは事実である。これが一般的教養を知っているメードであればまず思ってても口には出ないだろう言葉にジークフリートは言葉を失った。

「う?」
「……いや、なんでもない」

突然固まった相手に小首をかしげるベルゼリアの動作にジークフリートは今まで感じたことのない感情を表情に出さずに感じている。それが何なのかジークフリートは分からなかったが、悪い気持ちではないのは確かだ。
しばらく相手の顔を眺めていたベルゼリアは何かを思い出したかのように行動する。よく見れば彼女の手には袋が握られているのに気づいた。その袋を片手で保持しつつ、もう片方の手で中に入っていたものを取り出し、手渡ししてくる。──真っ赤に熟れた林檎であった。

「あげる」
「あ? あぁ……ありがとう」

ついつい差し出された林檎を手に持ったジークフリートを尻目にベルゼリアはその横にペタンと座り込む。袋から林檎をさらに一つ取り出しす。両手でしっかりと包み込むように持ちながらはぐはぐとリスが団栗を食べるように頬張っていく。
時々こちらを見るために止めては忙しなく口を動かしていくのを繰り返す様はジークフリートを和ませるのであった。

──私も食べるか。

同じように柔らかい草原の絨毯に座り込み、その赤い林檎を食べる。
その味は普通の林檎であったが、いつも以上においしく感じた気がした。


関連







最終更新:2008年09月06日 02:44
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。