1938年9月15日
クロッセル連合王国
連合理事会議長
ユピテリーゼ・ラ・クロッセル 」
クロッセル連合王国理事会議長―――つまり、現
グリーデル王国女王ユピテリーゼ1世―――の署名で送られた、グレートウォール戦線への派兵を要請する書簡が読み上げられると、議場に集まった議員の何名かから、深いため息が漏れた。
議場の円卓を囲むのは、選ばれた主要な貴族、軍人、財界の重鎮たちであり、その誰もが国の中枢を担う権力者達である。さらに議長席にはアルベルトが座している。
重たい空気が議場を支配する中、議員の一人がふと我に返って主君たるアルベルトを見やったが、彼もまた神妙な面持ちだった。
「連合からの派兵要請はこれで何度目になりますな、殿下」
議事の進行役を務める年配の議員が、他の議員達の緊張を代弁するかのように、静かにアルベルトへ水を向けた。
「うむ……困ったものだな」
応じるアルベルトの声は物憂げであるが、どこか他人事のような物言いだ。
それが切っ掛けとなってか、沈黙が続いていた議場に、堰を切ったように議論が噴出する。
「簡単に増派とは言うがね、費用はどこから捻出する? いや、そもそも戦線に割く人手が足りないぞ」
小綺麗な紺のスーツの男性が、誰にともなく発言した。
「これ以上兵力を割けばガリアとの国境が手薄になる。 ルージアの時は乗り切ったが、今度はどう転ぶか分かったものでは……」
軍服に身を包んだ細身の将校が、眼鏡にくいっと指先を当てる。
「―――ネッサン卿はどうした。 まだセントグラールから戻っておらんのか!」
恰幅の良い男性が、苛立ちをそのままに声を荒げる。
そんな喧騒を極める議場に、白衣の男が近付きつつあった。
議場前の扉に立ち並んだ2人の衛兵がその男に気付き、肩に掛けた銃剣を交差させて進路を阻む。
しかし、彼の顔を確かめるや否や、戸惑いながらも銃剣を下ろすと、その男に言われるがままに、道を空けてしまったではないか。
バンと扉を開け放ち議場内に立ち入った男は、裾の薄汚れた白衣をはためかせながら、議論飛び交う円卓へ向けてゆっくりと歩を進める。
激論を交えている議員たちの中に、彼の侵入に気が付いた者は少ない。
「―――ならば兵力の不足分は、あの双子で補うというのはどうか? そのためのMAIDなのだろう」
「ならん! あの二人は未登録のMAIDだ。 存在自体が特秘事項なのだぞ! それにクロッセル連合だけではない、G-GHQ(国際対G連合統合司令部)との関係もある。 今はまだ存在を明かすべきではない!」
「だいたい、あの双子は戦力になるのか? ろくに実戦経験も積ませていないのに、いきなりグレートウォールなどと―――」
議論が白熱するさなか、円卓にまで達した白衣の男が、高らかに声をあげる。
「ご心配には及びませんぞッ 円卓会議の議員方ッ」
背後から浴びせられた甲高い寄声とも取れる声に、議員達は一斉に振り向くと、白衣の男へと視線を集中させる。
ようやく彼らに存在を認知された、痩身白髪の白衣の男は、円卓の手前で立ち止まると、アルベルトに向かって恭しく一礼してみせた。
「研究顧問のドクか……」
「誰の許可で入室した!」
「貴様、一介の研究者風情が、殿下の前で不敬であるぞ! 分を弁えよ!」
国の重要政策を論じる円卓会議の場に、突如入り込んだ闖入者に、議場がざわめいた。
白衣の男―――ドクの奇異な言動もあって、声を荒げる議員も多かったが、罵声を浴びせられている当人はいたって涼しい顔である。
「―――構わん、続けよ」
しかし、これまで黙していたアルベルトの鶴の一声で、議場はしんと静まり返った。
「かしこまりました」
再び頭を垂れたドクは、人知れず、口の端に歪んだ笑みを浮かべていた。
「これなんかどうかね。 エテルネ製のFM24-29軽機関銃。全長1.08メートル、重量9.75キログラム、装弾数25発、発射速度は毎分450発。 7.92mm×57弾使用。 二つの射撃トリガーで、セミオート・フルオートの切り替えが出来る」
油布の上に置かれた機銃を指さした老執事―――名をホラントと言う―――がカタログスペックを説明する。
その隣に立っているのは、双子のMAIDの片割れであるローゼ。
彼女は、ん~っと、眉間にしわを寄せている。
「……気に入らないかね?」
「なんていうか、ゴツい」
即答だった。
機銃に対するローゼの評価は、論点が若干ズレているようにも感じられたが、恐らくは取り回しが悪そうだとか、そういう意味合いで言ったのだろうとホラントは理解することにした。
MAIDであるローゼにとって重量の問題は無きに等しいのだろうが、それでも銃身が長ければ近接戦闘時に妨げとなることには違いない。
「ふむ……それならこれはどうだ」
よく双子の遊び道具にされている、立派な口ヒゲを玩弄しながら一考していたホラントは、次の銃を手に取った。
「MP40/I 短機関銃。 通称名《シュマイザー》。 全長25.1センチメートル、重量4.03キログラム、装弾数32発、発射速度は毎分500発。 9mmパラベラム弾使用。 軽量かつコンパクトで火力も十分高い。加えてエントリヒ製だから補修部品の調達も容易だ」
鋼板プレスされた折畳み式のストックを開いて、双子に見せてやるホラント。
マニュアルを読み上げているわけでもないというのに、銃器の解説がペラペラと途切れることなく出てくるのは、昔取った杵柄というやつだ。
軍属の経験が長かったホラントは、昨今の銃器に関する知識も豊富なものがある。
「可愛くないね」
しかし、またもやローゼは即答した。
「ていうかさぁ、さっきからチョイスが地味っしょホラントさん」
隣で弾薬箱を開けていたレーゼもそれに続く。
「お前らまじめに選ぶ気ないだろう!?」
耐えかねてホラントは爆発した。
こうしておちょくられるのも、いつものこととはいえ、中々慣れるものではない。
元が軍属であり生真面目なホラントにとって、お調子者である双子の相手は容易ならざることだった。
「ねーねーホラントさん、これはなに?」
急上昇する老執事の血圧などお構いなしに、ローゼが平然とした調子で、床に置いてある木箱を指差してきた。
それは運ばれてきた武器弾薬ケースの中でも一際大きな、まるで棺桶のような木箱である。
面白い面白くないで、ほとんどの物事を論ずる双子が、ここに並べられた装備類の中でも、特に際立った存在感を放っているこの木箱に興味を示すのは、ある意味必然とも言えることだった。
「これか……」
ホラントが元の調子を取り戻すと、木箱に歩み寄って、その蓋に指をかけた。
取り外された蓋が、ゴトリと重い音を立てて床に置かれ、木箱に収められた中身が露わになる。
「おぉー!」
「なにこれ? なにこれ?」
ローゼとレーゼは先ほどまでとは打って変わって、目を輝かせながらホラントに尋ねてきた。
えらい食い付きの違いように、ホラントも少々困惑気味である。
木箱から取り出されたのは、双子の身長をも軽く越えるほど長大な銀色の騎兵槍(ランス)だった。
「これは、まぁ、見ての通りランスだが……只のランスじゃないのは分かるな?」
肩でランスを支えるホラントの腕が、ぶるぶると震えている。正直、この重さは老骨には相当堪えるものがあった。
ホラントが無理をしているのは双子の目にも明らかだったが、そこには敢えて言及しない。
人をおちょくるのも、悪戯をして困らせるのも大好きだけれども、相手を傷つけるような真似はしないし、決してしたくないと彼女たちは思っている。
だからこそ咎められこそすれ、この双子は宮殿に住まう人々の間に解け込んでいられるのだ。
「うん」
「でっかいよね~」
双子の言うとおり、長さは兎も角、ランスの円錐形の太さは成人男性の胴回りをも超えるほどであり、その重量たるや普通の人間には持ち上げるのがやっとな程であった。
ホラントは、自身もまだ仕様を把握しきっていないこの奇想兵器に関して、現時点で知りうる限りの解説をしてみせた。
「炸薬伸展式試製大型騎槍《グングニル》。 炸薬弾頭使用による射突機構及び砲撃機能を搭載。 装弾数5発。 弾倉は回転式。 個人用の携行兵器でありながら、主力戦車級の装甲をも貫通可能……と聞いている」
というのも、今この部屋にはMAIDである双子に見合った装備を見繕うために、各国から買い付けられた様々な装備が並べられていた。
その中でも、この《グングニル》という騎兵槍は特に異彩を放っている。
隣国であり、他のクロッセル連合加盟国を差し置いて、随一の友好関係を築いている
エントリヒ帝国から装備を取り寄せた際、格安で払い下げられたのがこの《グングニル》だった。
新機軸の歩兵用装備として開発され、紆余曲折の末、幾つかの試作品が完成を見たものの―――それは、あまりにも重すぎた。
本来想定されていた、歩兵による機動的な運用が不可能と判断され、開発自体が凍結された曰く付きの品。要は欠陥商品というわけだ。
高い工業力に裏打ちされた開発力を誇るが故に、日々無数の研究開発がなされるエントリヒ帝国では、数々のこういった“どうしようもない品”が出てきたりもするのだ。
―――とはいえだ。
どういうわけか銃器には全然興味を示さなかった双子が、この《グングニル》には、興味津々といった様子である。
さかんに、ほーとか、へーとか言いながら、目をしばたたかせていた。
「……持ってみるかね?」
その様子に確かな手応えを感じたホラントが水を向けてみるや否や、ローゼは引ったくるようにして《グングニル》を手に取った。
持ち上げてみると、確かに見た目通り重い―――が、それは人間にとっての話。
MAIDである彼女たちにとっては十分運用可能なレベルだ。
「ほっ、と」
ローゼはとりあえず《グングニル》を頭上で回し始めてみる。
「次わたし、わたしにも貸して!」
まるで新しいおもちゃを取り合うかのように、双子は騒ぎ始めた。
実際、彼女たちは、ここに並べられた兵器の数々を、新しいおもちゃ程度にしか思っていないのではないかと、そう老執事は思っていた。
世界を脅かすGに対抗するために生み出された人造の少女達。MAID。
ローゼとレーゼも、その一員ではあったが、正規の手続きを経ずに誕生した彼女たちは、表立って活動をすることができない。少なくとも、今はまだその時期ではない。
開発者のドクは、最初期からMAID開発に携わり、最高機密に当たる技術を手にしながら
EARTHを出奔した、言わばお尋ね者だ。
EARTH及び技術開示を受けた主要5カ国以外でMAID開発が為されていない現状で、ルインベルグのMAID保有の事実が白日の下に晒されれば、当然ながらその出自と、ひいては製造技術のソースが追求されることになるだろう。
その場合、ドクを匿うルインベルグは、政治的な窮地に立たされることになる。
Gと戦わずして一体何のためのMAIDか。
確かにそう言う者も居る。同意できる部分もある。
その身に課せられた使命とは裏腹に、政治的事情故に表舞台に出ることができない彼女たちは、しばしばその存在意義を疑問視されている。
しかし、当の本人達にとっては、逆にこの現状こそが幸せなのではないだろうか。
熾烈を極める対G戦争に、いたいけな少女―――の姿をしたMAID―――を誰が喜んで送り出すものか。
理由がどうであれ、戦わずに済むのであれば、それが一番ではないか。
幸いにも現状がそれを肯定している。
だからこそ、老執事は双子が戦場に赴く様など、夢にも思っていなかったわけであり―――次の瞬間、そこを訪れた訪問者に、心底驚いてしまったのだ。
時は円卓会議に遡る。
「つまり、あの双子は思考を共有できると。 そう仰るのか、貴公は?」
ひとしきりの説明を受けた後、円卓を囲む議員の一人が、ドクに質問した。
「左様。 しかしながら、それは本質ではありませんッ」
大仰な身振り手振りで答えるドクに、何人かの議員は顔をしかめたが、彼の奇行は今に始まったことではなく、一々構っていてはキリがないので話を先に進める。
「どういうことだ?」
「私たちにも分かるように説明してくれ」
「よろしいッ。 それでは黒板にご注目願います」
乱雑にキャスター付きの黒板を引っ張り出したドクは、チョークを手に取り、板状に球体を描き始めた。MAIDの核となる、エターナル・コアを表すものだ。
ちなみにこの黒板はドクの注文で、衛兵によって運び込まれたものである。
「MAIDをMAIDたらしめているもの。 内包されたコアから放出される未知のエネルギー。 我々はそれをコア・エネルギーと呼んでいます」
「そんなことは、ここに居る者なら誰でも知っているぞ。 それが身体能力の強化と、瘴気への耐性をMAIDに付与しているのだろう?」
「そのとぉ~り。 そして皆さまご存じの通り、コア・エネルギーによる恩恵は、基本的にMAID本人と、MAIDが直接身につけているモノにしか及びません。 ですが……」
ドクのチョークが黒板上にもう一つの球体を描く。
「ローゼとレーゼに組み込まれた二つのコア……“戦乙女の涙”と名付けられたコレは、観測の結果、極めて特殊な性質を持つことが明らかになっております」
黒板上に倒したチョークが、ヴェールのような2つの円環を描き、それぞれが2つの球体を包み込んだ。
「その環はなんだ?」
議員からの質問で、ドクは喜悦に顔を歪める。
奇怪さを通り越して、不気味さすら感じさせるその笑みに、質問した議員の顔が引き攣った。
「この輪はコアが発生させているコア・エネルギーと考えていただきたい」
ドクが黒板上の輪を指差した。
「通常はこのように、1つのコアにつき1個体までしか、コア・エネルギーは効力を及ぼしません」
ですが、と付け加えたドクは黒板消しを手に取ると、先ほど描いた円環を拭き取り、再びチョークを倒して線を引いていく。
あらためて書き足された円環は、双子のコアとされる二つの球体を丸ごと包み込むように描かれており、緩やかなカーブを描く様は、さながらメビウスの環のようである。
「あの双子は、戦乙女の涙という2つのコアは、コア同士の間で、常に互いのコア・エネルギーを循環させているのです」
バンと黒板を平手で叩いたドクは、さらに熱弁を振るう。
「そして循環するコア・エネルギーを媒介にして、彼女たちはありとあらゆるものを共有できるッ!」
「あらゆる……もの?」
議員の一人が呟く。
「そう、ありとあらゆるものですッ。 思考の共有などその一端にすぎない。 視覚、味覚、嗅覚、聴覚、触感―――おしなべて人間が定義しうる全てのモノを、彼女たちはリアルタイムで共有することが可能なのです」
熱っぽいドクの弁舌の後、議場はしんと静まりかえった。
各々が彼の力説した話の内容を、頭の中でかみ砕き理解しようとしているからだ。
にわかには信じがたい話ではあったが―――そもそもコア自体が未知の物体である。
人類はコアを使ってMAIDを造り出す方法こそ獲得したが、コアの本質そのものについては、まるで無知なのである。
その点は、このドクにしても同じなのだが。
「それで、だ」
やがて議員の一人が口を開いた。
ワインレッドの軍服に身を包んだ精悍な面構えの男性だ。胸に付いた階級章から、かなり高位の軍人であることが伺える。
「彼女らが特別なことはよく分かった。 それでだドク、その能力で彼女たちはどうやって戦える?」
彼の軍人としての合理的な思考は、双子の特異な能力の詳細よりも、その用途の方にこそ強い関心を抱いているようだ。
即座にドクが応答する。
「まず第一に、思考の共有による限りなくクリアで、ダイレクトな意志疎通が可能。 通信機器はおろか、発声の必要もなければ、アイコンタクトといった諸動作も必要としないうえに、情報伝達が極めて迅速であり、一切の齟齬が無い」
通常人間は、外部または内面からもたらされる情報を、様々な感覚器官によって知覚する。
それらを複雑な心的過程と思考を経て照合、分析し、言語や合図、或いは文章等へと変換して、初めて自分の意志は他者へと発信される。
しかしながら、ローゼとレーゼは、この複雑多層なプロセスを経ることなく、直接、意志疎通することが可能なのだ。
「そして第二に、視野の共有。 これによって本来生物には不可能な、多角的な視覚情報を入手できます。 一つ、或いは複数の対象に対して、二正面からの同時観測が可能なのです」
ローゼとレーゼは、互いの目で見た映像を相手に送ることができる。つまり第三の目を得ることができるのだ。
自分の視野と並列して、相手の見た映像が同時に投影される様は、並べられた防犯カメラのモニターを想像すると理解し易い。
2人を互い違いの方向に配置すれば、正面で敵と対峙しながら、同時に180°真逆の背後をも警戒することが可能なのである。
「このように思考と視野。 この二つが共有されるだけでも、実戦時における戦闘効率の向上は、目覚ましいものがあるでしょう。 ―――私が試算するに、その戦力は2倍ではなく2乗に相当するかと」
単体でも一騎当千とされるMAIDの戦力が2乗される。
誇らしげに語るドクの言葉に、誰もが息を呑んだ。
いける。
そう思った議員達が、にわかにどよめき立ち、奇妙な高揚感が議場を包んでいく。
「感応し、共有する能力……“シェアリング”がある限り、あの双子(Links)は無敵です」
恍惚とした表情を浮かべるドク。
このとき既に、議論の大局は決したのだった。
「おー?」
「殿下じゃん!」
突然、部屋に姿を現したアルベルトに、双子が黄色い声を上げた。
そして、その声で我に返ったホラントもまた、急ぎ頭を垂れて主を迎える。
双子は、なんでアルベルトがここに来たのかと、ぱちくりぱちくりと、目をしばたたかせていた。
「よいものは見つかったかな?」
彼は精一杯、努めて普段通りに、自然な笑みを装ったつもりだった。
それこそ、先の円卓会議のことなど、すっぽりと頭の中から抜け落ちてしまったかのように。
「……殿下、なにかあった?」
しかし、彼の浅はかな努力は、どうやら徒労に終わったようだ。
ローゼとレーゼが、じっとアルベルトを見据えている。
吸い込まれそうな錯覚すら覚える藍色の瞳は、ちっぽけなこの心の奥底など見透かしているかのように、透き通っていた。
―――覚悟を決めるほかあるまい。
「君たちに、話さなければならないことがあるんだ」
瞑目した後、いつになく神妙な面持ちで口火を切ったアルベルトの姿に、ホラントは直感するところがあった。
今日は確か円卓会議が開かれていたはずだ、と。
挙がる議題といえば、昨今の情勢を鑑みるに一つしかない。
事前にクロッセル連合王国理事会から書簡も届けられている。
戦争だ。
人類の存亡を賭けた対G戦争だ。
「殿下、それではまさか……」
ちりちりと焼け付くように乾いた喉から絞り出された声は、僅かに震えていた。
アルベルトは鷹揚に頷くと、下ろしていた目蓋をそっと持ち上げ、重々しく口を開く。
「―――ローゼ、レーゼ両名に命じる。 グレートウォール戦線派遣部隊に同伴し、その任務遂行を補佐せよ」
双子に下された勅命に、ハンマーで叩かれたかのような衝撃がホラントの心を奔った。
グレートウォール戦線に赴くということは、対G戦線の最激戦区に立ってGと戦えということなのだ。
その内容は、まさにホラントが危惧した通りのものだったのだが……
「オッケー」
「あぃあぃさー」
あろうことか、双子は二つ返事でそれを承諾したのだった。
それも近所へお使いにでも行くかのような気軽さで。
まるでピクニックにでも出かける子供のように明るくて。
あまりにも軽い2人の返事に、拍子抜けしたのはアルベルトだけではない。傍らのホラントもまた、困惑の表情を浮かべていた。
「ず―――」
幾何かの沈黙の後、アルベルトが口を開いた。
「随分とあっさり引き受けるのだな。 その、なんだ、嫌ではないのか?」
きょとんとした様子で双子が顔を見合わせる。
「いやぁ……だって、ねぇ?」
「引き籠もり生活も、いい加減飽きてきたしぃ~」
後ろ手に組んで、悠長に答えるレーゼ。
「せっかく外に出られるんだから、良い機会(?)だし、出ておこうかなーと」
ローゼがそう言うと、少女達はけらけら笑いだす。
「―――馬鹿を言うんじゃない!」
そんなさなか、怒声を張り上げたのは意外な人物だった。
他でもないホラント老だ。
「お前たちは何も分かってない! 今この世界で何が起きているのかを! Gという化け物がどんなに恐ろしいかということも!」
ホラント老が声を荒げる。
Gによる侵攻が開始されて、はや5年。
初期の対応が後手に回ったこともあって、人類の生活圏の過半は瘴気の海に沈むこととなった。
ようやく投入された、対G戦における特効薬であるMAIDにしても、決して十全たる戦力とは言えないし、何よりも絶対数が不足しているのが現状だ。
「爺」
「申し訳ありませぬ殿下……」
このように本気で感情を露わにする老執事を、アルベルトは久方ぶりに見た気がした。
公然と叛旗を翻されたにも関わらず、怒りといった感情はまったく生まれてこない。
むしろ、ホラントの思いには共感するところが多いのが事実であり、同時に先ほどの彼の剣幕に、一種の懐かしささえ感じていた。
そうしてアルベルトが奇妙な感覚にとらわれていると、ローゼとレーゼが静かに、涼やかな声で彼らに告げた。
「大丈夫だよ」
「2人いっしょなら、きっと大丈夫」
そう、静かに。
手をつないだローゼとレーゼは、子を諭す母のような、慈愛に満ちた表情を浮かべていた。
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最終更新:2011年01月25日 00:31