緑色の悪魔

(投稿者:エルス)




高度2000mを飛ぶ二機のSi43軽輸送機(ズィルバー・オーマ)は、民間航空会社のエンブレムとわざと目立つようにしているかのような黄色と赤で塗装されていた。
派手なカラーリングをすることで他の航空機や人からの視認を容易にし、戦闘機や対空機関砲に撃墜される危険を低くするためだろう。どこの国でもある、ありきたりな方法だ。
その二機は飛行予定通りにライールブルクから5キロの距離で高度を徐々に下げてき、最終的に1100mになった。
すると同時に、機体左側にあるドアが自然(・・)と開いた。
飛行中の輸送機の側面ドアは、自然に開くようなものではない。
つまりそれは輸送機に乗っている乗員が内側から開けたのだが、民間航空会社に所属しているはずの乗員が、なぜ飛行中にドアを開けたのか?
その答えは形を持ってドアから現れた。
ぬっ、と気配も出さずに顔を出したのは迷彩服と出っ張りの少ないヘルメットを被った兵士―――降下猟兵(ファルシム・イェーガー)だった。
ドアから顔を出した者を含めれば、このSi43には5人の降下猟兵が乗り込んでいる。
6人目がいないのは、ライフルなどが収納されているコンテナを積む必要があったからだろう。
灰色のそれは伍長の階級章を付けている降下猟兵の隣の席を丸々占領していた。

 「黒い空(シュヴァルツ・ヒンメル)から白い雨(ヴァイス・レーゲン)へ。天候良し、風やや強し。どうぞ」

 先頭のSi43―――シュバルツ・ヒンメルが後方のSi43―――ヴァイス・レーゲンへ通信を行う。
その間、降下猟兵たちは降下ランプが赤から青に変わるのを今かいまかと待ち続け、
眼下の森の中に居るとも知れない敵に発見されるかもしれないという不可視の恐怖に(おのの)いていた。

「ヴァイス・レーゲン、諒解。予報では低気圧が接近している。後の天候を考えれば今が最良だろう。風が強くなる前に降下させよう」
「シュバルツ・ヒンメル、諒解した。降下目標を目視したか?」
「―――たった目視した。降下間隔、早め」
「降下十秒前―――五秒前……今!」

かち、と降下ランプの切り替えボタンが押されると同時にドアから顔を出していた者が一歩後ろに下がり、整列している降下猟兵が前から順に空へと身を投げてゆく。
ある程度は重力に従って落下していたが、空にパラシュートの花が開花すると、がくんと大きな衝撃を受けるが、彼らはそれを気にもせず、
両肩のあたりで繋がれた二本のパラシュートハーネスを握り、大雑把に軌道を制御する。
十人の降下猟兵が空に舞う中、一人だけ異質な者がいた。
迷彩服や出っ張りの少ないヘルメットは同じでも、それを纏う身体のラインが明らかに男性とは違う。
細い、スレンダーな体系は女性のもので、認識用としてなのか帝国の一般メード向けブランド、フォルクスメイデン社の金属部品付きブーツを履いている。
もっとも、着地の際にぶつけて怪我をしないように突起類はなく、湾曲した鉄板が張り付いている安物のような外見に変わっているため、それと分かる者はごく少数だろう。
彼女は珍しいことに、空軍所属のメードだった。
それも精鋭と名高い降下猟兵である。メードとしての技量云々もさることながら、通常のメードよりも強靭な精神力や忍耐力、優れた決断力、判断力を必要とされる。
言わばエリートなのだが、このメード―――ツェツィーリアは一般的なエリートのイメージからかけ離れたメードだった。
パラシュートで降下している今も、アルトメリア空挺部隊のお得意、ブラッド・オン・ザ・ライザーズを歌っていた。
エントリヒにも降下猟兵歌、太陽は赤く燃えて、というのがあるが、ツェツィーリアは縁起の悪い歌詞であるブラッド・オン・ザ・ライザーズのほうが良いようだった。
縁起の悪いことをあらかじめ言っておけば、不運はおきないということだろうか。

Gory, gory, what a hell of way to die.
Gory, gory, what a hell of way to die.
Gory, gory, what a hell of way to die.
And he ain't gonna jump no more!

荒々しく吹き出した風の音に負け、アルト調の歌声はそれほど響かないが、誰かに聞いてもらうために歌っている訳でもない。
ただ単にそれが不運を吹き飛ばすための儀式のようなものになっていたから歌うのであって、他に理由という理由もない。
彼女にとってブラッド・オン・ザ・ライザーズを歌うのは、祈りの最後にアーメンというのと同じ感覚だ。

Gory, gory, what a hell of way to die.
Gory, gory, what a hell of way to die.
Gory, gory, what a hell of way to die.
And he ain't gonna jump no more!

縁起の悪い血濡れた歌詞に喉を震わせつつ、迫りくる地面をツィツェーリアは確認した。
空挺―――飛行中の輸送機から兵員が落下傘降下することで一番難しいのが着地の瞬間だ。
下手な着地をすれば骨折もするし、最悪転がりまわった挙句、ハーネスが絡まって身動きができなくなるということもある。
それに、正しく着地できたとしても軽い打撲や痣はできてしまう。そのために膝や肘にパッドを装着しているのだ。

「っとっとっと」

二本のハーネスをややぎこちなく操作し、降下目標である小さな草地に着地できるよう四苦八苦する。
もともとエントリヒのパラシュートは背中中央の1本のストラップだけで繋ぐ方式だったが、負傷率などが著しく増加したため、今の二本に改められたのだった。
ツィツェーリアは主に旧型―――1本のストラップだけで繋ぐ方式で訓練を行っていたため、この二本の操作にはまだ不慣れだった。
しかし不慣れと言ってもある程度の訓練は受けている。着地に失敗してどこかを傷めるようなことはなかった。
着地に成功し、素早くパラシュートを外し、元々収まっていたバックパックに押し込む。
今回、破壊工作・後方撹乱を主任務として与えられた降下猟兵たちは、その痕跡を髪の毛一本たりとも残してはならない。
たとえ先程の降下が見られていたとしても、素早く移動すればその時点で敵を撒くことが出来るのだ。
パラシュートを回収し、それを背負ったツィツェーリアは無事草地に降り立った九人の降下猟兵とともに、武装を収納してあるコンテナへと向かった。
各々がライフルやアサルトライフル、汎用機関銃を持ち、動作確認を済ませる中、ツィツェーリアは最初から持っていた緑色の袋に包まれた得物を両手で持つ。
カバラメタル社製FG42自動小銃。降下猟兵用に開発された、高価な代物だ。
持った後、動作確認を済ませたツィツェーリアはふうと一息吐くと、口元に笑みを浮かべる九人の男たちに親指を立てた左手を突き出し、低い声でこう言った。
「緑色の悪魔―――降下猟兵(ファルシム・イェーガー)の恐ろしさを、奴らに思い知らせるぞ」
諒解(ヤ・ヴォール)中尉(オーバー・ロイトナント)

九人分の声を受け止め、中尉の階級章を付けたメード、ツィツェーリアは敵である軍事正常化委員会の部隊を求め、ライールブルク方向へと前進を始め、森へと消えていった。




関連項目

  • 降下猟兵
  • ツィツェーリア
最終更新:2010年07月01日 01:32
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