既視感と紫煙と暇潰し

(投稿者:エルス)



 空を飛んで、地上で眠って、ふと思うことがある。
 僕って言う存在はどうしようもなくちっぽけで、僕の頭の中にある知識だってちっぽけなんじゃないかって。
 だって単純に計算してみれば、僕なんてたったの六十億分の一の内の一ってわけで、その中身だって六十億分の一なわけだ。
 そうしてもっと考えてみると、知識ってやつは六十億以上あって、でも僕ら人間の頭って言うのは屋根裏部屋みたいな要領で、
 その屋根裏部屋×6000000000って考えてみると、やっぱり僕の知識っていうのはそれほど大したことじゃないんだろう。
 だって、六十億なんて数は僕にとっては膨大すぎて現実味のない数値であるし、なにより『西部戦線異状なし』で見事に食料を
 盗み取った兵士が報酬に何を求めたかなんて知ってても、どっかのだれかが言った名言を覚えていても、小説を隅々まで記憶していても、
 どうやったって屋根裏部屋×6000000000になんて勝てる訳ないし、勝てっこないんだ。

「それで?」

 話を聞いてた坂井がつまらなそうに紫煙を吐き出す。坂井の部屋には小説が山のように積み重なっているっていうのに、こういう話には興味無いらしい。
 僕は少し落胆したけど、それを顔に出すほど愚かではなかったし、なにより暇でしょうがないので話を続けようと努めてみる。

「そういうわけ」
「どうゆうわけだ?」
「そういうわけなの」
「だから、どうゆうわけだ?」
「自信満々で完璧な言葉とか、文章とか吐き出しても、結局は六十億分の一っていうアリみたいにちっぽけでしかないってわけ」

 ようするに僕の大嫌いなマスコミのカメラマンにしても、あの化粧の装甲に身を固めた女記者にしても、六十億分の一。
 この星の上でアリみたいに地面に這いつくばって生きてるやつら。僕だってそうだけど、やつらに比べたら僕はまだ良い方だ。
 やつらマスコミっていうのは自分で体験もしてないことを体験してきましたみたいなことを当然みたいな顔で書き散らすんだ。
 誰かがこう言ってた。人間が人間として生きていくのに一番大切なのは、頭の良し悪しではなく、心の良し悪しだって。
 やつらのことを考えるだけで不機嫌になってくるけど、僕は煙草に火を点けて、紫煙を吐き出すことでそれを解消した。

「つまりはあれか、人間って言うのはちっぽけで無能な生き物だと?」
「そんなところだよ。僕が思ったことってだけで、特に何も主張は無いけど」
「主張もなにも間違ってはいないんだ。まあ、俺もそう思うことはあるがな」

 坂井が紫煙を吐き出して、灰を灰皿に落とす。僕は紫煙を吐き出して、少し笑って見せた。
 どうしてか分からないけど、僕と坂井は考えることが被ることがある。こうなると話のし甲斐があると思う。
 記者に向かってサービスの応答をしているより、こっちのほうが僕は好きだ。

「孤独を味わうことで、人は自分に厳しく、他人に優しくなれる。いずれにせよ、人格が磨かれる」
「つまりは一人じゃ何も出来ないってことだよね。少なくとも僕は空を飛んだり、死んで見せたり出来るけど」
「まあな、人間一人の力なんて非力なものだし、はっきり言ってしまえば他の動物に比べて人間は劣っているとも言える。
 山は山を必要としない。しかし、人は人を必要とするとも言うからな。人間は一人で生きて行くようにはできていないんだろう」
「そう考えると非力は割に自意識過剰だよね。言語と文字が発達したってだけで、今日のこれだから。動物だって言葉と文字を持てば今に人間は滅んじゃうよ」
「だから人間は亜人を差別してるんだろう。自分たちと違うからという意味ではなく、自分たちよりも優れているから、なんというか、防衛本能がそうさせるんだ」
「そうなるとGはどうなのかな? 僕はあれに知能があるようには見えないし、虫と大して変わらないと思うんだ」
「それについてはノーコメントで良いか?」
「どうして?」
「俺は専門家じゃないし、専門家にしても今この時点で出回ってる研究結果なんて信用できないものばっかりだ。あれで図鑑を作ってみると良い。昆虫図鑑みたいに適当に
 それっぽい写真と大まかな数値を書いただけの、馬鹿馬鹿しい本が一冊できるだけだ。はっきり言うと、Gについては専門家でも全然分かってないんだよ」
「何だ、それじゃ専門家なんていなくなればいいんだ」

 坂井は口元を釣り上げて笑った。僕も少しだけ笑ってみる。
 どうせまた考えが被ったんだろうけど。

「俺もそう思ってる」
「やっぱり」
「やっぱりとは何だ。失礼だな」
「失礼なんかじゃないよ。予想が当たって嬉しいんだ」
「ああ、なら良い。尖ってすまん」
「いや、別に良いよ。気にしてないし」

 僕は悪戯っぽく笑ってみる。上手く笑えたかは分からないけど、坂井は苦笑いして、煙草を灰皿に押し潰していた。
 紫煙を天井に向かって吐く。天井に当たる前に紫煙は目視できなくなって、ソファに座る僕はその紫煙のやる気のなさを引き継いで、溜息を吐いた。
 こうしてどうでも良いことを話し合うのは、暇潰しにはもってこいだけど、結局どうなんだと言われると、結果はないですって答えるしかない。
 結果が出ない話し合いというのは、かなり滑稽な話なんだけど。

「坂井、暇だから言うよ。当に自信のある人間は泰然として、人が彼をどのように評価するか、などということにはあまり気をとられないものである」
「ヴォーヴナルグ。軍人だった奴かな。あまりよく知らん」
「なぜ死を恐れるのですか。まだ死を経験した人はいないではありませんか」
「ヴォ連の方の諺」
「真の知恵とは自分の無知を知る事である」
「ソクラテスだな。とんでも無く昔の言葉だ。それなのに無知ってのを知らない奴もいる」
「うん、そうだね。人々が自分に調和してくれるように望むのは非常に愚かだって知らない人もいる」
「それを言うなら今は生きているのが何か当然の事のように思っている奴もいるぞ。インテリに多いんだがな」
「インテリもマスコミも僕は嫌いだ。見てると吐き気がする。拳銃があったら撃ち殺しちゃうだろうね」
「危ないな。それで呼び出されるのは俺ときた。頼むから言葉通りのことをしないでくれ。分かったな?」
「分かったよ、坂井」
「なら良い」

 坂井が二本目の煙草に火を点けると、その時に、基地のサイレンが鳴った。Gの接近を知らせる音だ。

「全く、宝来島のほうがまだマシかもしれん」

 坂井が煙草を灰皿に置きながら言う。
 かなり不機嫌なようで、一つ舌打ちした。

「愚痴はいいよ、早く出ないと僕らも危ない」
「そうだな、部隊長は俺だからな」

 僕はふと思った。
 前にこういうことがなかったか?




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最終更新:2010年09月24日 01:17
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