Chapter 5-5 : 到達

(投稿者:怨是)


 1945年8月5日。路地裏で、プロミナは右腕を押さえながら、息を切らしていた。

「あいつ、まだ追ってくる!」

 アースラウグとの待ち合わせに間に合わせるべく、近道の為に人気の無い場所に行ってしまったのが災いしてか、浮浪者の肉を貪り食っているプロトファスマと単身で戦う事となってしまったのだ。たった一人では分が悪いと知りつつも、犠牲者をこれ以上増やしたくない一心で挑んだのは、プロミナの魂に滾る熱い正義によるものだった。
 その正義を形容するかのような真っ赤な炎で、一度は退けた。プロトファスマは火達磨になり、鼓膜をつんざくような叫び声を上げてうずくまっているのを、振り向きざまに確認した。最大火力で丸焼きにしたつもりだが、まだ動けるのか。あのプロトファスマは。

「もう一度、撃ち込めるかな……?」

 元が何であったか判別の付かない粗大ゴミの陰に隠れ、機会を窺う。至近距離で撃ち込めば、表通りに出る頃には難なく倒せる程度のダメージを負っている筈だ。

「いつまで隠れている。我が弟、ザ・オーリ・クーの仇を討たせてもらうぞ、帝国のMAID」

 怪物の兄弟など、知った事か。巨大な拳に叩き壊された粗大ゴミから、プロミナは前転して身を乗り出し、眼前のプロトファスマを睨み付ける。

「それなら私は、あんたに殺されたみんなの仇を討つ! あんたに殺された民間人、あんたに殺された軍人、あんたに殺されたMAID、みんなの仇を!」

「喚くな、下等生物が!」

 プロトファスマが右手の爪を針のように伸ばし、突き刺そうとしてくるのを、寸での所でプロミナは回避した。獲物を捕らえ損なった彼の爪は、地面に深々と刺さっている。

「ほう。貴様……良い動きをする。我が眷属になるつもりは無いか?」

「ケン、ゾク? いきなり何を云い出すかと思えば! お断りだね!」

 突然の心変わり、そしてプロポーズとは、この怪物は一体何を考えているのか。プロミナは楼蘭刀――蜻蛉を構え、牽制する。対するプロトファスマは引き抜いた爪を再び、プロミナ目掛けて伸ばして来る。一本目の針を蜻蛉で叩き落し、二本目の針を握って圧し折る。

「意外と脆いんだね、あんた」

「剛性を追及する必要が無いのでな」

 三本目の針は潜り抜け、四本目の針を出される前に蜻蛉でプロトファスマの右手を斬ろうとした。
 が、硬い感触と共に、蜻蛉の持ち手までビリビリと痺れてきた。完全に見誤ったらしい。プロトファスマは余った左手から針を伸ばす。首筋を僅かに逸らして刺し込まれた針は、ひんやりとしている。嫌な予感を感じたプロミナは慌ててその針を抜き取った。

「そのまま動かずに居れば、いずれは快楽に変わっていたろうに」

「眷属っていうのは、なるほど。そういう事ね……吸血鬼にでもなったつもり?」

 プロミナが訊ねると、プロトファスマは高らかに笑った。オペラ座の怪人のような仮面、否、そのような形の顔面を得意気に歪めて。

「吸血鬼か。悪くない喩えだ。我が眷属をこの帝都に増やし、我は一大勢力を築き上げる。同族どもはレギオンなどと下らぬ軍勢ごっこを嗜んでいるようだが、一人の真祖によって率いられる集団こそ至高というものではないか?」

 レギオン? 新手の勢力か。プロミナはそのような組織は知らないし、皇室親衛隊の資料にも載っていない。プロトファスマの大量発生と何らかの関連が有りそうだが、それよりもまず、この目の前の男が赦し難い存在である事の方が、今のプロミナにとっては重要だ。

「レギオンとかいう単語もあんたの思想もよく解らないし、解る気もないけど、あんたがどうしようもないクズである事は、今ハッキリ解った。……全力で燃やす! 燃やし尽くしてやる! あんたが、真っ白な灰になるまで!」

「ほう! 我に力を示すと申したか! 我は貴様が眷族に相応しい器か、その全てを見定めてやろう! 我が名はクード・ラ・クー! プロトファスマの頂点に立つべき者である!」

 プロトファスマ、クード・ラ・クーは両腕を広げ、黒々とした眼を大きく見開いた。滲み出る覇気が、彼が尋常ならざる者である事を物語っている。
 だがプロミナにも勝算はある。幸い、湿気こそ充満してはいるものの、付近には可燃物が多い。これらを利用すれば簡単に消し炭に出来よう。
 蜻蛉を煉瓦と石畳に滑らせ、Uの字状に炎を沸き立たせる。そして、それを幾つも作る。コア・エネルギーの加護を受けて作り出した特別製の炎だ。触れるだけで身体に纏わり付く。しかも、火炎瓶と違い、周辺への被害も最小限に抑えられる。
 何もプロミナの火炎制御能力は火力を上昇するだけではない。燃焼範囲を限定する事とて朝飯前だ。

「この程度の玩具で我を阻むだと?」

「甘く見てもらっちゃ困るね。それともサーカスの火の輪くぐりみたいに、避けて通るかな?」

「下等な炎だ。押し通ればそれで終いよ!」

 あろうことか、クード・ラは突進の風圧で炎を消し去ってきた。プロミナは驚愕を隠し切れないまま、じりじりと後ずさる。

「そんな……」

「最強の陸上戦力などと嘯いてはいるが、一匹にしてしまえば容易いものだ。さて、我が眷属になるか? 今以上の力を授けてやるぞ」

「断る、断固として!」

 次から次へと繰り出される針を退けながらも、プロミナは緩慢かつ確実に追い詰められていた。背後の数メートル先より感じる壁の気配が、ここが袋小路である事を如実に証明している。もう後が無い。助けを呼ぶ事も、恐らくはもう叶わない。

「幾ら拒否しようと無駄だ。貴様ら人間共が我々を“モスキート”と呼ぶように、我々の能力は吸血によって力を得る。そして、我のように進化した種族は気に入った者に特別な体液を注ぎ込む事で神経を改変し、眷族とする事ができる。ひとたび注ぎ込まれれば、貴様は抗う気も起きまい」

「そうやって罪のない人達を操り、仲間を増やしてきたのか! 卑劣極まる外道だね!」

「人生から苦悩や恐怖を取り除いてやったのだ。我の行為は救済に他ならぬ」

 斬れども斬れども、クード・ラの針がこちらに迫る。高い再生能力を持っているらしく、相手は体液ひとつ滴らせる事がない。恐怖に引き攣りそうになる顔を、歯を食いしばって堪え、プロミナは蜻蛉による一撃に、炎も織り交ぜた。が、それもすぐに掻き消される。クード・ラの身体の表面から少し煙が出るくらいだ。やはり温存の為に加減した出力ではこの程度か。

「苦悩も恐怖も、人が生きる上で大事な感情だよ。それをあんたは勝手に奪ったんだ!」

「果たしてそうかな? 我々を相容れぬ存在と決め付け、勝手に疲弊する人類こそ、愚かしいものに映るが。我が行為は貴様ら人類と、我らの同族との掛け橋とて作っているのだぞ」

「それを、犠牲者達が望んでいる筈がない!」

「いずれは望むとも。聡明な者なら誰もが望む」

「そういう云い草が自分勝手だと云って――あ……」

 背後に感じる、冷え切った金属と、それを包む布の感触。袋小路の終点へ遣ってきたのだ。プロミナは自分でも判るくらい、眼を見開いた。対するクード・ラ・クーは勝利を確信したのか、歩みを遅くしている。

「威勢の良さだけは認めよう。だが、定められた運命を変えられるだけの力は無かったようだな」

 瑛国や亜国では行き止まりの事を“Dead End”と書き記すらしいが、プロミナはまさにそれを実感した。高い壁に日の光を遮られたこの場所が、プロミナの死に場所なのか。

「閉幕だ。目を閉じ、次の幕を待つが良い」

 ふと、違和感がプロミナの心の奥底を突いた。鼻腔をくすぐるこの臭気は何だ。機械や車両の近くで嗅ぐそれと、よく似ている。プロミナは振り向かずに、左足で壁を蹴った。ごろんと重々しい音を立て、液体の揺れる音がそれに混じっていた。

「残念ながらカーテンコールはやってこないよ、吸血鬼さん」

「ほざくな!」

 クード・ラが振り被って針を突き刺そうとした所を、プロミナは肩から突撃した。クード・ラの針はプロミナをかすめ、見事に行き止まりの布を貫き、その中身の金属に穴を開けた。中から垂れ流されるその液体こそ、ほんの一瞬前にプロミナが感じた違和感の正体だ。

「これ、は……! まさか、我が、我が抜かったとでも云うのか!」

「その通り! ハデス・ブレイカー・ファイナルイグニッション!」

 プロミナは炎を灯した蜻蛉を、ドラム缶らしき物体目掛けて投擲した。袋小路は一瞬で火の海と化し、クード・ラ・クーは再び炎に包まれた。これだけの爆発に巻き込まれれば、彼は生き残れまい。真っ赤に燃え盛る炎の中で、黒い影が朽ち果てる様子を、プロミナは片膝で全身を支えながら、眺めた。

「地獄で、害虫どもによろしく……」

 脅威は去った。クード・ラ・クーという大逆の元を、この路地裏と云う小さな戦場で葬り去ったのだ。達成感と疲労感をない交ぜに、そしてモスキート級なるGの存在がいつの間に現れた事や、レギオンという単語に対する幾許かの疑問を片隅に押し込めて、その場を後にする。
 アースラウグとの待ち合わせはキャンセルだ。プロトファスマとの戦闘になったと聞けば、許して貰えるだろう。



 ……表通りに出たプロミナは一瞬、自分の置かれた状況をよく飲み込めなかった。
 何故、取り囲まれている? 何故、皆、敵意に満ちた目をしている?

「なるほど、貴方達がクード・ラ・クーの眷属ってわけ?」

 プロミナは周囲に尋ねた。誰も答えなかった。

「答えなさい! 返答によっては――」

「皇室親衛隊所属、個体番号ESS-45082、個体名称はプロミナ……間違いありませんか」

 群衆の中を割って出てきたのは、眼鏡を掛けた、群青色の服のMAIDらしき女性だった。彼女が声の主だろう。高圧的な面持ちでこちらの腕を引っ掴む。

「折り入って話があります。こちらへ」

「いきなり何なの? あんたらに話す事なんて何も無い!」

 街の平和を守った矢先に犯罪者まがいの扱いを受けて憤慨を禁じえないプロミナは、掴まれた腕を乱暴に振り解き、MAIDと距離をとった。対する彼女は眼鏡を掛け直しながら、すまし顔で応える。

「ありますとも。市街地の戦闘活動に於ける無思慮な能力行使、及びそれに伴う被害の拡大ですよ」

「プロトファスマを倒すにはそうするしか無かったんだから、仕方ないじゃない! 放っておけば犠牲者がもっと出ていた!」

「迅速を心掛けるのは結構です。けれども、それが常に最善とは限らないでしょう。いつの時代、どのような場合、如何なる場所に於いても、後先を考えない蛮勇というものは社会の秩序を脅かします」

 云い方に棘がありすぎるのではないか。この語り口は黒旗の連中によくあるものだ。この、秩序だの何だのという単語を引き合いに出して相手を貶める、嫌味な口調は。
 プロミナは引き下がらない。ここで引き下がれば、それこそ彼奴らの思う壺だ。

「何を勝手な! 私は正義の為に戦ったのに!」

「勝手は貴女です。正義の為なら何をしても良いと? ……後ろを振り向いて御覧なさいな。路地裏は建物が密集している。戦闘の結果、民間人に被害が出るくらいなら、貴女が遣るべきではなかったという事です」

 ――しまった。
 プロミナはクード・ラ・クーを倒す事にばかり集中して、燃焼範囲の制御を忘れてしまっていた。既に消防車、救急車がサイレンを鳴らして現場へ辿り着いている。

「自己紹介が遅れましたね。私はエーアリヒ軍事正常化委員会のMAIDです」

 やはり黒旗だった。相手が悪すぎる。
 同じMAIDの為に、無闇に手を上げる事も現状に於いてG-GHQから禁じられている。黒旗とG-GHQの不可侵条約の締結は実に厄介だ。しかもよしんば条約に背いて攻撃を加え、脱出を図ろうとしたとしても、相手は多数の仲間を引き連れている。逆にこちらは仲間が一人もおらず、完全に孤立している上に、能力を使ったばかりでハデス・ブレイカーを使えるほどには回復していない。
 エーアリヒと名乗ったMAIDは、民間人に扮していた黒旗の構成員の一人に話し掛ける。

カレン、プロトファスマの死骸の確認を。恐らくは煙の上がっている方角でしょう」

「了解」

 カレンが、先程プロミナが戦っていた路地裏へと走り去る。それを見届けたエーアリヒはこちらへと顔を向けた。よく見れば、エーアリヒは口元こそ笑みを形作ってはいるが、その双眸には相変わらず威圧的な影を纏っている。

「さて、プロミナ。単刀直入に申し上げますが、貴女は火炎制御能力を封じるべきです。どうせご自身でも、その能力の原理を判っていないのでしょう? だから今回のような失態を」

「嫌だね」

 プロミナは即答した。例え今回の戦闘は民家に火の手が廻ったとしても、それを恐れて能力を封じては戦いで償えないではないか。停滞はプロミナの最も嫌う事の一つだ。エーアリヒの眼力に負けず、プロミナも視線に火花を散らせる。

「ではせめて、火の化学式くらいはご存じないのですか」

「知らないね。生まれた時に、神様から貰った力なんだ。誰かを守る為に使えるなら、私はこれを全力で使い続ける! 例えそれがあんたにとって得体の知れない力であったとしても!」

 手をかざし、エーアリヒの後ろに控えていた車へ火炎の塊を放り投げる。エンジンに引火した車は、ボンネットを破裂させ、派手に燃え上がった。

「この……!」

「どうせここに待ち伏せしていたのも、私を陥れ、能力を使わせないようにする為でしょ?」

 それまで余裕を見せていたエーアリヒが眼鏡を地面に叩き付け、鬼の形相へと豹変する。彼女は無言の内に拳を振り抜き、プロミナの頬を叩きのめした。頭蓋骨に激震が走り、プロミナは思わず尻餅を付いた。エーアリヒはそれに被さるようにしてプロミナに再接近し、何度も殴って来る。

「痛ッ、やめ……」

「お前は痛みを以って教えないと解らない! 今日の事は繰り返させるな、プロミナ! お前が、お前達不正能力を行使する者らが何も解らず力を使う分、この世の何処かがおかしくなる! 取り返しの付かない事にもなるかもしれない! それを、今! ここで知れ! 手前勝手な正義感を振りかざす責任という奴を、ここで理解しろ!」

「絶対に嫌だ! ぐッ……」

 腹部を踏み付けられる。それでもプロミナは絶対に屈しない。体力が消耗しきる前に、機会を見てこの場を脱さねば。きつい反撃を喰らわせてやらねば。そう思えば、プロミナはこの程度の一撃は耐え切れる。

「あんたら黒旗は没個性で画一的な世界を望んでるんだ! だから、そういう事を平気で云える!」

 プロミナは咄嗟にエーアリヒの拳を掴み、そのまま炎に包もうとした。が、エーアリヒの方が一枚上手だった。彼女は拳を離して横に跳び、即座に左手の手袋を脱いで、プロミナの炎をそこに吸い込ませた。エーアリヒには燃え移らず、投げ捨てられた黒焦げの手袋だけが空しく地面に落ちる。

「いささか微笑ましくない勘違いですね、プロミナ!」

 プロミナが次の手を考えるよりも先に、エーアリヒがプロミナの胸を蹴り飛ばし、プロミナはついに仰向けに倒れた。後頭部を強く打ち付けたせいで意識が一瞬、ブラックアウトしかける。

「お前達はこんな能力が個性とでも思っているらしい。戦いの場でしか個性が出ないと! 実にお目出度い頭だ! 少し風通しを良くしてやろうか! 空気が抜ければ少しは考えも改まるだろう! どうだ! 能力の行使をやめるか! やめずに鼻の穴を増やすか! 選べ!」

 痛みに耐えつつも辛うじて開いた右目の視界には、黒々とした金属質の穴が映った。拳銃だ。エーアリヒは拳銃をホルスタから引き、右目を撃ち抜くべく構えていた。
 こんな場所で終わるのだろうか。死を覚悟したその時、足音が次々と視野の外から聞こえて来る。

「エーアリヒさん、抑えてください!」

「止めるな、カレン! こいつは私が修正する!」

 銃声が明後日の方向から聞こえるのは、カレンがエーアリヒを羽交い絞めにして押さえ込んでいるのだろう。足音の主がこちらの味方でないのは残念だが、とりあえず死地を脱したと見ても良い。プロミナは起き上がり、辺りを見回した。憲兵はまだ来ていない。代わりに居たのは、最強最悪の殺戮者として悪名高い柳鶴と、グライヒヴィッツの側近であるイレーネだった。

「あら、楽しく遣ってるみたいね」

「柳鶴、イレーネ……! これのどこが楽しげに見えるというのですか!」

 柳鶴が、暢気な口調でエーアリヒをからかうと、エーアリヒはいよいよ顔を真っ赤にした。それを見た柳鶴は、鼻で笑っている。両者の力関係はひどくアンバランスのようだ。

「主張が支離滅裂になるくらい楽しんでるように見えるけど? どれくらい理解してるのでしょうね、この小娘は」

 柳鶴に指差され、プロミナはそれに応じてやろうとするべく、よいしょと小さく掛け声を呟いて立ち上がる。血の巡りが悪くなっているのか若干の眩暈にやられるが、ずっと座り込んでいるよりも動きやすいだろう。

「残念ながら、さっぱりだよ。私達、特殊能力(レアスキル)持ちは、他のMAIDに比べて腕っ節が弱いんだ。私達からそれを取ったら、今ある戦線は確実に崩壊する。そしたらあんたらはどう責任を取るの?」

「そもそも異能に頼り切った戦い方を選んだ貴女方に、責任が無いとでも?」

 呼吸を整え、フレームの歪んだ眼鏡を再び掛けたエーアリヒは、務めて冷静を装いながらもこちらを責め立てる。プロミナにはそれが、何だか痛々しく思えた。その痛ましさを皆感じ取っているのか、他の黒旗勢は静観を決め込んでいる。

「ある訳が無い。大体、使っちゃいけないって誰が決めたの? 決めたとして、何故私達特殊能力を持つMAIDは生まれてきたの?」

「それは、特殊能力がそもそもイレギュラーなもので、だから“珍しい(レア)”と付きます。ですから……」

「やっぱり、勝手にあんた達が決めた事じゃないか!」

 歯切れの悪いエーアリヒに、それ見たことかとばかりにプロミナは掴み掛かった。先程散々殴られた仕返しだ。今度はこちらが一撃を見舞ってやる。幸い、柳鶴もイレーネも全く無関心だ。カレンや他の黒旗勢は動こうにも動けない。こちらの火炎操作能力を恐れているのだろう。それもその筈だ。いざ加勢して手榴弾にでも引火しようものなら、木っ端微塵になる。
 行けると確信したプロミナの鼻に、エーアリヒの頭突きが飛んだ。口の奥に赤黒い味が広がる。

「G-GHQの公式見解です! 勉強しろ!」

「Gの危険に脅かされている時に、そんなのは関係ない!」

「Gがこの世から消えた後はどうするつもりですか!」

「その時が来るまでは判らない。けれども、そしたら私はこれを封印して静かに暮らす。或いは、使い切って戦場で死ぬ! その覚悟は出来ている!」

 鼻血を拭い、プロミナは吼えた。血だらけの顔面は、女性としてはひどくみっともない姿だが、構うものか。蜻蛉の柄に手を当て、徹底抗戦の姿勢を見せる。コア・エネルギーも漸く回復してきた。その気になれば、己の奥義、ハデス・ブレイカーで危機を切り抜けられるかもしれない。
 エーアリヒも対抗するかのように、腰から軍刀を抜いて一喝する。

「もしも人を殺すような戦場でその能力を使うとしたらという事を考えろ! お前の意思など、戦場は汲もうとはしない! 殺さざるを得ない状況になれば、お前は迷わずそれを使う事になる! その意味がお前には――」

 云い掛けたところで、黒旗の一人がエーアリヒに耳打ちした。彼女は周囲を見渡し、それから軍刀を鞘に納める。 

「タイムリミットですか……カレン、帰りますよ……柳鶴とイレーネは?」

「先に帰ってしまったようです」

「然様で」

 黒旗の者らが次々と、後から遣ってきた車へと乗り込み、その場を去って行く。エーアリヒも車のドアを開け、プロミナへ振り向いた。

「プロミナ!」

「残念だけど、この件は親衛隊に報告させてもらうから」

「その程度、何ら痛手にはなりませんがね。それよりも、私の言葉を、貴女はそう遠くないうちに理解する事でしょう」

 そう云って、エーアリヒは表情を曇らせたまま車に乗り、ざわめく大通りから消え去った。残るは、黒旗が去った事で距離を縮めて来た民間人達のみ。応急処置の為に救急箱を持って来てくれた者も居れば、立ち尽くすだけの者も居る。プロミナは深手こそ負ってはいなかったものの、極度の疲労でその場にへたり込んだ。

 野次馬を掻き分けてアースラウグが駆け付けて来てくれればと、プロミナはほんの少しだけ期待した。だが、願望は終ぞ叶わなかった。プロミナは事情聴取の為に皇室親衛隊公安部隊の車に乗る事となったのだ。


最終更新:2010年11月13日 15:26
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。