SOB

(投稿者:エルス)




 照明弾が上がったと少尉が言った瞬間、私は抱えていた高速徹甲弾を落としそうになった。
 もし本当に落としていたなら、私の足の指は一本も残らず粉砕骨折していただろうが、デイモンが「装填急げ!」と怒鳴った御蔭で意識を現実に戻す事が出来た。
 弾頭と装薬を装填し終え、少尉の指示通りにE-トランクが動き、デイモンが狙いをつけ、撃発スイッチを押す。
 65口径105mm戦車砲が火を吹き、砲口のマズルブレーキが発射ガスを左右に拡散し、ライフリングでジャイロ効果を得た砲弾がウォーリアを粉砕する。

「命中! へへん、照明弾が上がったならこっちのもんだぜ!」

 少尉が上機嫌に叫ぶと、

「こっちのもん! こっちのもん! がんばれ、技術屋!」

 エイミーもそれに習ってはしゃぎ始める。
 私はそれに微笑みかけながら、胸が痛むのを感じ、あのジョン・スミスへの怒りが再燃しかけた。
 力無く戦車内に座り込むエイミーは、私が初めに見た頃とは全くと言っていいほど変わっていた。
 長い金髪は忌々しい粘ついた液体によって濡らされ、身体の至る所に青痣が出来ている。
 アキレス腱は切られてはいなかったが、行為の激しさに加え、エイミーの幼さもあり、とても立って歩けるような状態ではない。
 そこで私は怒りを鎮めるために、一つ自分自身に誓った。
 もし私が生きてもう一度奴に会ったその時は、この手で奴を殺してやろうと。

「ん? なんだ、あの妙ちくりんな部隊は……?」

 ハッチから身を乗り出していた少尉がそう呟くのと同時に、戦車内に鉄製の丸い物体が投げ込まれた。
 カン、カランと乾いた金属音を出して私の目前に転がったそれは、表面に四角形の突起があり、細くなっている方には黄色い塗料でスマイルマークが描かれている。
 それがアルトメリア連邦陸軍やそれに準ずる戦闘組織が使用するマークⅡ手榴弾だと気付いた頃には、手榴弾内部のニトロスターチ化合物が炸裂していた。



 戦車内部に手榴弾を投げたのは、別に無くても良い動作だった。
 移動中にこの戦車は敵ではないと認識していたから、別に無力化する必要は無かったのだ。
 けれど、それじゃつまらない。圧倒的力量差でGを一方的に嬲るのでは、全然面白くない。
 そんな戦い、糞喰らえだ。アルコールの抜けた酒と同じくらい存在意義が無い。
 私は戦いを楽しみながら、照明弾の日の下に晒されたウォーリアに低倍率スコープの照準を合わせ、引金を引き、ウォーリアの黒い目玉を潰した。
 激痛に咆哮するウォーリアだったが、そんな気色悪い泣き声で泣かれても同情など出来るものか。
 片膝を立てて姿勢を安定させ、大きく開いた口の中に12.7mm徹甲弾を叩きこむ。
 例の気色悪い咆哮が途中で「ぐぇっ」という踏み潰した帰るのような声に変わり、二度と聞こえなくなった。

重要人物(HVI)確保!重要人物(HVI)を確保したぞ!」

 オメガ分隊の一人が見るからに狡賢そうな、大尉の階級章を付けた男の襟を持って引きずりながらE‐トランクの陰に走ってきた。
 私はそれを褒め称えつつ、さっさとウォーリア共を駆除するように命令すると、オメガ分隊のそいつは「ガッチャ!」と言ってどこかへ走っていった。
 我が部隊の隊員ながら、その戦争中毒者(ウォー・ジャンキー)っぷりだと、私はふと思った。
 狙撃手のパーシーはとっくの昔に使い捨て66mm対戦車ロケットランチャーを撃ち終えて、オートドーナンスM1を点射しつつ、生き残った二期生をジープに移送している。
 私は私で純粋に戦闘を楽しんでいて、既に一体目のウォーリアの頭を吹き飛ばし、二体目のウォーリアの頭も木っ端微塵にした。

目標排除(タンゴ・ダウン)

 しかし、味方の戦車を沈黙させたというのに、どうしてこうも淡々としてつまらない戦闘になってしまうのか。
 異形のGを間近で感じ、ひりひりと瘴気が肌を焼く痛みを感じ、死臭を嗅ぎ、血と肉に彩られた二期生のバラバラ死体まで見たまでは良い。
 けれど、命を賭けて戦っているんだという、あの高揚感が無い。生死のやり取りを通じて得られる、あの快楽が無いのだ。

「……対人部隊、本当に実在していたとはな」

 不意に狡賢そうな大尉が喋りだしたけれど、今はそれどころじゃない。
 戦って戦って戦って、もっと感じなければならないのだ。
 自分の心臓を抉り取って、銃を持った敵に見せつけるような、あの寒気に似た快楽を味合わなければ、気が済まない。

「ああ、E‐トランクに手榴弾を投げ込んだのは、君か?」
「そうだとしたら、何だって言うのさ。 狡賢そうな何処にでもいる誰かさん(ジョン・スミス)?」
「……別に何も。ただ、こう思っただけだよ。世の中とは、理不尽に出来ているのだと……ね」

 何かを悟ったような表情で語り始めた馬鹿は、どうやら頭が本気でイカれているらしい。
 私は三体目のウォーリアを始末して、マガジンを交換するついでに馬鹿大尉の頭を思い切り蹴飛ばした。
 首の骨が折れようが、鞭打ちになろうが、構ったものではない。

「黙ってろ、糞ったれ野郎(Son Of a Bitch)文民上がりのアホたれ(ホワイト・カラー)が、戦場で頭良さそうな発言してんじゃねえよ」

 戦場で何をほざこうが勝手だが、この私に向けて何かを悟ったような台詞を吐くなど、愚かしいにもほどがある。
 生活と呼ばれるものの底辺を味わい、男の体液だけで喉の渇きを癒し、人を殺して飢えを凌いできた畜生の道を通ったこの私に、今更何を語っているのだ。
 既に人間として破綻し、人格と呼ばれるものが欠片しか残っていないというのは自覚している。
 ジャックもそれを認め、許し、利用される事を良しとしてくれた。私は異常で、どこまでも異常で、どこまでも強く在らなければならないのだと、そうも言ってくれた。
 その私に、今更世の中は理不尽だと? 笑わせてくれる! 実に痛快で笑い死ぬ所だ! この私に、男が理不尽を語るというのか!

「……皆殺し(デストロイ・ゼム・オール)だ」

 この怒りは、あの過去を掘り返された屈辱と怒りは、最早戦闘で快楽を感じる事すら出来ない空虚なものだ。
 冷静でいることを自分にかしていた筈だが、今この時に冷静さは必要ないだろう。
 燃えたぎる怒りが、どす黒い破壊衝動と殺人衝動が湧きあがってくるのに、私は身体を震わせた。
 感情に身を任せるというのは、一気に絶頂に達するほど気持ちの良いものなのだ。 
最終更新:2010年11月19日 02:59
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