ACT ZERO

(投稿者:ししゃも)







「神様。もし私が生まれ変われるとしたら、どうか私を普通の女の子してください」



「毎日、学校に行って。お勉強して。休日は友達とピクニックに行ったり、一人っきりで大好きな詩を書いたり」



「神様。私をそういう普通の女の子してください」






 1943年11月20日 グレートウォール戦線 シュツルム地点 ノイマール野営陣地



 一台のジープが荒地を削り取りながら砂塵を巻き上げて走っていた。運転席には野戦服を着た男がハンドルを握っており、その隣の助手席にはメード服の上にチェストリグを装着した女性がじっと前を向いている。彼女の肩までかかる茶髪が、風に揺られた。
「そろそろ着くな」
 運転席の男は、地平線にエントリヒ帝国軍を示す旗が僅かに浮かんだの確認すると、そう口走った。女性は相変わらず無口なままで、STG45を大事そうに抱えている。
 ろくに整備もされてない道を走るジープ。所々に死臭を放つ兵士の死体や戦車や装甲車の残骸、そしてメード服を着た女性たちの死体が横たわっている。それは近くで戦闘があった証拠であり、彼、彼女らが向かう野営陣地はまさに「最前線」であることが容易に分かった。
 道端に転がるそれらの死臭やガソリンの臭いよりも、強烈な残留瘴気を放つGの死体。ジープがそれを横切るたびに、運転席の男は露骨に嫌な表情をする。
「あんたは平気なのかい」
 男は首でGの死体を指しながら、メード服の女性に話しかける。
「平気」
 女性はうんざりとした表情を作りながら、はき捨てるように返事をする。男はあっけからんな女性の態度に両肩をすくめた。



M.A.I.D.ORIGIN's Part II  プロローグ 「ACT ZERO」



「あいよ。着いたぜ、ノイマール野営陣地だ」
 ゲート潜り、仮設の駐車場へジープを止めると男は口を開いた。女性は何も言わずにそのままジープへ降りると、運転手に一礼し、その場から去った。
 野営陣地というだけにあって、周囲はテントや仮設兵舎が乱立し、慌しく人と人とが入り交じる。上空には空戦MAIDが羽音を立てて、低空飛行し、そのまた上の高度をプロペラ音をたてるレシプロ戦闘機が飛び交う。
 かれこれ十分は歩いただろうか。野営陣地の隅っこ――人目につかない場所だった。野戦服を着た兵士たちの姿は見えず、代わりにメード服を着た女性たちが三人、テントの前に置かれているテーブルを囲んでいた。
 STG45を持った女性は無言で、彼女たちへ近づく。テーブルに囲んでいる集団の中で、ひときわ大柄で黒色のメード服を着た短髪の女性がこちらに気づいたのか、腕組みをした。他の女性たちもそれに気づいたのか、一斉に来訪者へ顔を向ける。
「今日からこちらの部隊に配属されることになりました。ヴィレッタ軍曹であります」
 テーブルの手前まで女性――ヴィレッタは来ると、自己紹介と同時に敬礼をする。
「新人ですか、隊長」
 黒色のメード服の上からでも分かるぐらいに筋肉が浮かび上がっている大柄の女性は、少しうんざりとした口調でテーブル中心で立っている隊長――黒髪の女性に声をかける。彼女は大柄の女性と一緒の黒一色のメード服を着ており、さらにその上には弾薬マガジンを格納するポケットが取り付けられたベストを着ていた。彼女は無表情で、ヴィレッタをじっと見る。
「ようこそ、ギニーピッグへ。隊長のパニッシャーだ」
 視線をテーブルに落としたパニッシャーは簡潔に自己紹介を済ませると、そこへ就けと指を使ってテーブルの側へヴィレッタを指示させた。ヴィレッタは黙ってテーブルへ近づくと、そこには地図が広げられていた。ぱっと見で、それはグレートウォール戦線の縮図だと彼女は理解する。
「よろしく、新人さん。私の名前はストレイトよ」
 ヴィレッタの隣で後ろ髪を束ねたメード服の女性、ストレイトは柔和な笑顔を浮かべる。ヴィレッタは軽く会釈をすると、そのまま前を向いた。
「今回の作戦は、ここから数十キロ後方に拠点を置く、対G研究機関施設の奪還だ」
 パニッシャーはそう言うと、赤丸で囲んでいるワイマール陣地から少し離れた「ルーテン研究所」に鉛筆で囲んだ。奪還、という言葉に大柄の女性は怪訝な表情を浮かべ、口を開いた。
「隊長、奪還ってどういうことですかい」
「ズィー、言葉通りだが」
 くだけた口調で質問をするズィーに、パニッシャーは特に何も言わず、簡潔な返事を返す。
「この施設は先日、Gによって占拠された。施設には数十名の研究者と作業員が居たが、Gが襲撃したという連絡の後に安否は不明。ノイマール陣地より後方に起こった問題だ。公にすると士気に影響があるといい、事態は機密事項。そこで、私たちが派遣されることになった。なお、敵の戦力は不明」
 淡々と事の経緯をパニッシャーは伝えると、その場に居た全員がこくりと頷く。しかし、ヴィレッタが見る限りではズィーやストレイトは、この陣地より後方にGが出現したことに驚きを隠せない様子だった。
「十分後、用意を済ませた後に出発する。そこに居る新人も肩慣らしにちょうどいいだろう。ズィー、ジープを手配しろ。ストレイトはヴィレッタと一緒に集合場所へ。アドネイター、目的地周辺を偵察してくれ。以上だ」
 アドネイター。その言葉に、ヴィレッタは不審に感じる。この場には、自分を含めてパニッシャー、ズィー、ストレイトしか居ない。軽く周囲を見回しても、アドネイターと思わしきMAIDは存在しなかった。そうこうしている間にパニッシャーはテントへ入り、ズィーは面倒くさそうな表情を浮かべながら、ジープを調達するために歩き出した。
「挨拶が遅れました。私は、アドネイターです。よろしくお願いします」
 不意に女性の声がヴィレッタの耳へ届く。それは外部から伝わって耳に入った感触はせず、ヴィレッタの内側から聞こえてきた。ヴィレッタは周囲を見回す。しかし、そこには張り巡らされたテント郡と不思議な顔をしてこちらを見つめるストレイトの姿しかなかった。
「アドネイターはここから遠くに離れたところに居る、偵察用のMAIDだね。彼女の言葉は私たちのコアに伝達されて届くから、慣れるまで辛抱しててね」
 ストレイトはそう言うと、歩き出した。ヴィレッタは彼女の背中を追いかけると、遠くの方で砲声が鳴った。距離は離れているものの、その轟音は重く圧し掛かるようにヴィレッタが「戦場」に居ることを告げている。
「期待しているぞ、ヴィレッタ」
 あの人の言葉が不意に心の奥底から蘇る。そして自分が、なぜこの部隊、ギニーピッグ(実験部隊)に配属されたのか理解できている。自分を戒めるように、スカートのポケットに入ったジッポライターを強く握り締めた。



NEXT SCENARIO→「実験部隊」



最終更新:2011年03月25日 04:23
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