No.12 Sniper

(投稿者:エルス)




―――350ヤード~420ヤード

  それが俺の限界であると、パーシーは断言し、俺はそれに頷かざるおえなかった。
  使用銃器はM3半自動小銃にスコープを取り付けた比較的新しいモデルで、パーシーが何発か撃った後の調整済み。
  射撃場は施設の外に広がる草原だ。以前から射撃場として使用しているのか、最初からターゲットは置かれていた。

 「まずは100ヤードからだ。風でどれくら流れるか、一発撃ってみて定偏(ドリフト)を確認してからターゲットに当てるようにしろ。お前はずぶの素人だ。
  無理矢理当てようとすると射撃姿勢が崩れて反動の逃がし方が変わり、小銃をきちんと保持出来なくなる。だからといって身体を強張らせるな。ガク引きなんて御免だからな」
 「了解」
 「それから、スコープに目を近づけ過ぎるな。それは海兵隊から持ってきたルナートルの10倍率スコープなんだ。取り付け部は俺の手作りで、これ以上無いくらいに面倒だった。
  蛇足になっちまうが、普通ならそこにくっついてんのは2.2倍率のM84スコープなんだ。長距離狙撃にうってつけの10倍率とは違う。だから壊すなよ?」
 「分かったよ、伍長」

  伏せた状態でスコープを覗き込み、パーシーに教えられた通りに射撃姿勢を取り、適切な呼吸法で息をしながら、俺はゆっくり頷いた。
  見渡す限り草原と山、そして森が点在するこの場所の空気は、都会のダルクに比べたら綺麗なものだ。冷たく澄んでいて、深呼吸すると落ち着く。
  こんな山岳地に草原とくればおのずとここがどこの国なのか推測できた。だが、そのことはあまり考えないようにした。
  外に出る前、パーシーから教えられた様々な事を実行に移し、そしてその成果として標的に弾を当てなければならないからだ。

 「狙撃は芸術なんだ」

  パーシーはスコープの調整摘みを弄り終わった後、この銃が我が子であるとでも言い出しかねない顔で、この銃を渡す時に言ったものだ。

 「自分が予測した風の数値が1フィートでも間違ってれば、弾は当たらない。目標との高低差を考慮して狙わなきゃ、当たらない。
  湿度も風も、陽炎や天気だって予測に入れとかなきゃならない。銃身は冷え切ってるか、撃ち過ぎて熱くなってるのか。
  ライフリングの擦れ具合はどんなだったか。あげればきりがねえ。でも、それでもだ。俺たち狙撃兵ってのは一発で当てなきゃらねえんだ」
 「外したら?」
 「俺が死ぬか、戦友が死ぬかのどっちかさ。最悪、みんな仲良く死ぬ。それだけだよ。さ、てめえさんの腕を見せてもらおうじゃねえか。
  っと、その前にまずは基本だ、これを俺と一部の狙撃兵はブラスって呼んでる。呼吸(Breathe)リラックス(Relax)狙い(Aim)緩み(Slack)絞る(Squeeze)。この語呂合わせを忘れるな。息を吸い、吐いた後に息を止めるんだ。
  でも、あんまり息を長く止めるなよ。5~8秒だけ息を止めるんだ。そうしないと手がブレる。あと、その時間にとらわれすぎてもダメだ。
  お前は5秒で狙撃しろと言われても、狙撃なんか出来っこない。焦ったらダメだ。焦ると、今度は力が入りすぎてガク引きを起こす。
  だから、銃を撃つポイントとしては、息を止めたらガク引きを抑えてどれだけ早く発砲するか。これがとても重要だ。分かったか、ボーイ?」

  お調子者で騒いでばかりいると思い込んでいたが、中身を開けてみればガラス細工なみの繊細さを要求される狙撃をこなす、その道のプロフェッショナルだ。
  驚く暇さえない。驚いてる暇があったら専門的すぎて頭がおかしくなりそうな弾道学のことを考えていた方がまだ得だ。
  だいたい、銃を撃てば弾丸はまっすぐに飛んでくと思ってるメードがいたりするこのご時世だ。どうしてこんな地味な事をやってるのかと、少しだけ自己嫌悪したくなる。
  だがこれも、自分を強くするためにやってるのだから、やるしかない。あとどれくらい時間があるのか、俺には分からない。だからこそ、やれることはやる。
  そして最後に、やるべきことをやる。それだけだ。

 「そら、撃て。撃って、お前の限界を見せてみろよ」

  隣でにやにやと笑ってるであろうパーシーが、なにかに期待するような、そんな笑い方をした。
  本当に期待しているのか、はたまた、俺を馬鹿にしているのかは分からなかったが、とりあえず、俺は引金を引いた。
  肩に反動を感じ、スコープがぶれる。排出された薬莢がぽとりと草の上に落下する。誰かが準備していたのか、標的がばたんと倒れた。

 「おしいな」
 「どこに当たった?」
 「お前は気にしなくて良い。次、150ヤード」
 「了解、伍長」

  もしかして当たってないんじゃないかと不安が胸をよぎったが、あまり深く考えないことにした。
  今は狙撃に関する計算とイメージが大事だ。弾丸が150ヤードの未開拓地を突き進み、人型の標的に命中するまでのイメージ。
  弾道計算なんて小難しいことはやりたくもなかったが、でもやらなければならない。一通り計算し、おおよその数値を求め出さなければならない。
  この二つはなんとか出来る。だが、狙撃に必要なポイントはまだまだある。その数からしてみれば、たった二つと言った方がいい。
  完璧な射撃姿勢と呼吸方法、スコープの調整に引金を引くタイミング。風や湿度も関係してくる。
  この上なく面倒で、芸術的で、ガラスのように繊細な技能だ。そしてこの技能を習得したプロが俺の隣にいる。そう考えただけで陽気な伍長を尊敬したくなった。
  弾丸の口径、製造工場、使用した金属と合金の配合、発射薬の量にライフルのライフリングや各部のがたつき具合。
  まるでヒステリーを起こした女を扱うようだった。繊細すぎてイライラする。適切に扱わなければ必ず俺を裏切るこのライフルは、まさにじゃじゃ馬と呼ぶに相応しい。
  どんなライフルだろうと狙撃に使うのであれば、それはその瞬間からじゃじゃ馬になるのだろうと、どうでもいい結論を出して満足しつつ、また引金を引く。
  反動、ぶれ。薬莢が地面にぽとんと落ちて、ころっと転がる。

 「ふむ」
 「当たったか?」
 「次、200ヤード」
 「……」
 「どした? 200ヤードだぞ? 分かってんのか?」
 「了解、伍長」

  どこに弾丸が命中したのか、少しぐらいは教えてくれてもいいじゃないかと思ったが、教えてもらっている身でそこまで図々しいことは言えない。
  感覚を鋭く、鋭利な刃物のように尖らせ、弾丸の直進を妨げる障害全てを感じることに全力を注ぐ。そして射撃姿勢だ。腕でも、筋肉でもない、骨でライフルを固定する。
  200ヤード先まで、スコープで見た距離は何の変哲もない空間だ。だが、その何の変哲もない空間には幾つもの障害が隠れている。
  それらを感知し、弾丸に与える影響を計算し、修正する。
  よく頭がオーバーヒートしたとか、脳の容量不足だとか言うが、人類、死ぬ気で取り組めば何事も瞬時に出来るようになる。
  脳の容量が増えたような錯覚の中、三発目の弾丸を送り出す。
  反動とスコープのぶれ。硝煙の匂いと、地面に転がる薬莢同士がぶつかり合う、澄んだ金属音。

 「はっはぁ」
 「次、250ヤード」
 「そそ。要領よく行こうぜ、兄弟」
 「分かってるさ」

  今ので三発目の弾丸が銃身内を通過した。これは同時に、高温の発射ガスが銃身内を焼いたということだ。
  初弾は冷え切った銃身だったからズレは少なかったが、これから先はどうなることか。
  じゃじゃ馬を使いこなすために、まずは女の扱い方を覚えたほうがよさそうだと、訳の分からない発想が膨らんでいったが、所詮は現実逃避の一つだ。下らない、意味のない想像。
  無駄な力を使っている暇があるのなら、きちんとこの狙撃に貢献してくれと自分自身に言い聞かせるが、どうしてなかなか、自分自身の頭と言うのは言うことを聞いてくれないのか。
  多分、この四発目は一番時間をかけて撃った弾丸になるだろう。雑念を消去するのに、少しの間、時間というものを忘れていたからだ。
  四発目の結果もまた、パーシーは言わなかった。五発目も六発目も、命中したのかどうかすら分からない状態が続いた。
  七発目と八発目も同様だったが、九発目になってようやく結果を聞くことが出来た。

 「外れ」
 「そうか」
 「次、やるぞ」
 「了解、伍長」

  十発目は命中したらしく、なにも言わなかった。そして最初にパーシーが言った通り、彼は俺の狙撃がどこまで通用するかを数字にして断言した。
  それは即席で間に合わせの訓練をしても、徹夜で専門的な事を叩き込んでも変わらない数字だとまで言った。
  つまり、その道に入らない限り、そこがお前の限界だと、そう言われたのだ。

―――350ヤード~420ヤード

  メートル単位に直すと、約320メートルから384メートルってとこだ。普通の狙撃手だったら落第だが、市街地で狙撃をするなら十分おつりがくる。
  市街戦では100メートルから最大400メートルの距離で狙撃することが多い。
  遮蔽物の多さもあるが、建物によって形成される複雑な風の影響で、弾丸のブレが予測しづらくになるからだそうだ。
  他にも重要な狙撃位置の確保の難しさもある。距離が短いから簡単に当てられると言う、御間抜けな素人節は通用しない。
  市街戦における狙撃は、高等技術の一つだと、パーシーは俺の使っていたM3半自動小銃を使って、11000ヤード先の標的に弾丸を当てた後、笑いながら言った。

 「通常、狙撃手はボルトアクション式のライフルを好んで使う。こいつは発射時に出るガスを余す事無く弾丸に伝えてくれるからだ。
  一方、このM3みたいなセミオートマティックは、発射ガスの一部を弾丸の装填に使う。極微量だが、俺たち狙撃手はその極微量のマイナスも許しちゃいけねえ。
  薬莢が凹んでりゃ、それは不良弾だから使わねえし、傷がついてても同じだ。そういやどこぞの小説に、願掛けで薬莢に文字を彫り込むなんてのがあったが、ありゃクソだな。
  むかついたんで本をバラバラにした後、暖炉にぶち込んだんだ。まあ、んな話はどうでもいいんだが。狙撃が難儀だって分かったか、兄弟?」

  狙撃がいかに面倒で小難しくてヒステリックな自意識過剰女を扱うように繊細かつイラつくものだということを理解していた俺は、ただただその言葉に頷くしかなかった。





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最終更新:2011年03月28日 00:55
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