事の裏

(投稿者:エルス)





 「ぐっ……は、ぁ……」

  フルオートでM712を撃った筈だと、ツィツェーリアは自分の記憶を確かめ、何度思い返した。
  自分は奴に向けてM712の弾丸をフルオートで喰らわせた、なのに何故、私は二階から転落し、埃の積もった床に顔を押し付けているのだろうか。
  失血と焦りで思考力が低下したツィツェーリアには分からなかったが、答えは単純だった。
  第一に、エルフィファーレは家に入った時からツィツェーリアの存在に気づいていたということ。
  第二に、体力が残されていない中、フルオートの反動で暴れるM712を制御しきれなかったということ。
  第三に、撃ち出した弾丸が砕いてしまった床板こそが、今までツィツェーリアの体重を辛うじて支えていたということ。
  結果として、エルフィファーレは銃弾を避け、初弾以降は明後日の方向に着弾し、重みに耐えきれなくなった床板は折れ、彼女は一階の床に叩きつけられた。
  完全に、ツィツェーリアの敗北だった。

 「無様なもんですねぇ。降下猟兵は精鋭だと聞いてましたけど、何もこんな所で降下することは無いじゃないですか」

  くすくすと笑うエルフィファーレの顔面に、力を振り絞ったツィツェーリアの拳が飛ぶ。
  だが、それも無駄な抵抗だった。
  拳を受け流すかのように右手で押さえ、伸び切った右腕にその華奢な腕からは想像もできない力強い一撃が加えらると、鈍い音と共に彼女の右肘が崩壊した。

 「ひぎっ……!!」
 「あーあ、折れちゃいましたか。もぅ、駄目じゃないですか、抵抗するからこうなるんですよ」
 「……ぐ、ぅ……んぐあ、ぁ……」

  必死になって痛みに耐えようと歯を食いしばり、小刻みに震えるツィツェーリアを見下ろし、エルフィファーレは子供のように純粋な笑みを浮かべ、
  彼女のプラチナブロンドの髪を掴み、ぐいっと持ち上げた。

 「くっ、ぁ……はぁ、ぁ……」
 「ボクは貴方の命を握っています。ボクは貴方を殺すこともできるし、上手く誤魔化して生かすこともできます。
  けれど、ボクは貴方を無料で生かす気なんて更々ないので、それなりの料金を請求するつもりです。貴方はそれを払い続ける事が出来ます?
  はい、もしくはいいえでお答えください、勇敢でボロボロな降下猟兵さん」
 「なにを、言って……」
 「時間はありませんよ? それに、貴方には時間を延長させるだけの権利もありません。ただ、貴方が協力してくれるというのなら、ボクは貴方を生かすために最善の努力をします。
  ですが、貴方がこの先一回でもボクを、もしくはボクらを裏切ることがあった場合、まともな死に方は出来ないと覚悟してください。
  ちょっとズルして生きるか、潔くここで犬死にするか、今ボクは、貴方にそう聞いているんです」

  ツィツェーリアは突然態度を変えたこのメードに何を言えば良いのか分からなくなった。
  次々に耳から頭に吹き込まれる甘い言葉は、彼女の脆い部分を突き、巧みに誘惑していたが、今の彼女にはまず冷静に考えるだけの血液と感覚が欠落していた。
  胸は真っ赤に染まり、右肘は白骨が皮膚の外につき出て開放骨折している。痛覚を含めて色々な感覚が麻痺して、血液の不足により思考力が急激に衰え始めている。

 「どうしますか、降下猟兵さん。今から十秒で答えを出して下さい。答えなかった場合、ボクは引金を引いて、この世から貴方を消し去りますから、そのつもりで」

  彼女はヴァトラーPPKを構えた少女の瞳を見て、不思議に思った。
  どうしてこの子は、何かを隠してるような目をしてるんだろう。不思議な目だ。
  単純に見れば純粋な子供の目に見えるけど、覗きこんでみると大人になりきれてない、ガラスみたいに繊細な部分がちらっと見える。
  こういう目を、私は見たことがあると、ツィツェーリアはふと思った。

 「五、四、三」

  くすんだ赤髪の少女は、淡々と死へのカウントダウンを口にした。
  彼女はぼうっとした意識の中で、反響するその声を聞きながら、考えていた。
  こんな目を、私はどこで見たことがあるんだろうか。
  人を喰ってしまったような、悲しげで、甘美で、人を誘惑する不思議な目を。
  一体どこで見たのだろうか、それは誰の目だったのだろうか。

 「二、一」

  少女の細い指に力が掛かる。あと数ミリ引けば、彼女はこの世から消え去る。
  彼女ははっと思い出し、そして口を開いた。
  思い出した。
  この目は、この不思議な目は、私の主、ヴェルナー・フォン・バルシュミーデと同じ目だ。

 「命を掛けるほどの、事ではない……か」
 「……何です?」
 「答えを、出した」
 「では、その答えを言ってください。はい、もしくはいいえで」

  少女はヴァトラーPPKを構えたまま、感情を感じさせない声で言う。
  感情を押し殺しているのではなく、元々感情が存在しないのではと疑いたくなるような、のっぺりとした言葉。ある種の訓練を受けた者たちが発する、特殊な発音。
  ツィツェーリアは知っていた。それは戦場で理不尽を知った者たちではなく、政治でのし上がった者たちでもない。世界を裏で支配する者たちが発する、そういう言葉。
  決して表舞台には出てこない、汚れた者たちが身につける、感情を排した言葉だ。
  全身が熱を帯びたような感覚の中、ツィツェーリアは血を吐き出し、

 「……はい、だ」

 生き延びるために、そう言った。





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最終更新:2011年04月01日 20:10
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