(投稿者:エルス)
追撃戦において重要なのは敵の退路を遮断し、逃亡を事前に阻止することにある。
基本的な戦術論しか知らない
シリルはそれを基にして、三人で出来る、そして誰でも覚えることのできる簡単な作戦を考える羽目になった。
けれど、シリルは戦闘行動よりも頭を使うことの方が密かに自信を持っていたので、作戦説明の時には聞き取りやすいようにハキハキと、
出来るだけ内容を噛み砕いて、分かりやすく言って、最後にプレッシャーを吹き飛ばすために軽く笑ってもみせた。
シリルはここで隊長っぽくする事ができれば、劣悪な評価を見直してくれるのではという考えも持っていたが、そのちっぽけな考えに比べたら、
自分がリーダー格になったという満足感とそこから来る好奇心の方が、何倍も強かった。
危ないものに触れたがる赤子のような好奇心から立てられた作戦は、完璧に見えてその実、荒々しく、粗暴で、素人染みたものだった。
シリルが草原で監視を行い、アンナは教会から敵を探し、
エルフィファーレが家々を回って敵メードを探し回る、というものだ。
三人で逃亡されないように捜索するにはこうするしかないとシリルは考えていたが、エルフィファーレの危険度が並はずれて高いことについては、あまり考えていなかったらしい。
「背伸びしたいのは分かりますけどねー」
廃墟の村を歩くエルフィファーレは、右手でヴァトラーPPK小型拳銃の幾つかあるセイフティの内の一つをカチッカチッと弄りながら、点々と地面に残る血痕を辿っていた。
ルルアとその弟子であるシリルの関係を知り、二人が微妙なすれ違いでここまで来てしまったと推測しているエルフィファーレは、
シリルの行動は誰かに認められたいという思いの表れだと気付いていた。
だから、素直になれなかったり、いざという時に感情論に流されたりする子供っぽさを残しているシリルは、
ここ
軍事正常化委員会では中々認めてもらえそうにないということにも、当然気付いている。
「まぁ、僕は僕のお仕事がありますし、そんなに構ってられないんですよねぇ」
エルフィファーレは楽しそうに笑うと、一つの廃墟に目をやった。
元は二階建ての住宅だったようだが、二階部分は火事か何かで燃えてしまったらしく、残る一階部分も無残に破壊されている。
血痕はその廃墟の中へ続いており、そこから出て行った痕跡は無い。
アンナが言うには、敵のメードは左側の胸を撃ち抜かれており、
エントリヒ帝国空軍の降下猟兵風の出っ張りの少ないヘルメットと、
鉄製プレートをそのまま縫い付けたような靴を履いていたらしい。
武装は
バハウザーのC96系統の大型拳銃のみ確認できたらしいが、小型の拳銃、もしくはナイフなどの小さな凶器を隠し持っている可能性もある。
しかし、降下猟兵なら着地時の衝撃で負傷する可能性を高める無駄な武装は持っていないだろうというのが、エルフィファーレの推測だった。
そういうわけで、ヴァトラーPPKのスライドを引き、チャンバーに初弾を送り込みつつ、彼女は廃墟の中に入り、ごく自然な動作でクリアリングした。
流れるようなその動作は彼女がナイフの使い手だけに止まらず、拳銃と屋内戦闘においてもプロフェッショナルだということを証明していたが、
もし他のメードがこの場に居たとしても、素人であるメード如きに理解できる動作ではない。合理的且つ自然に、彼女は屋内の状況を把握したのだ。
「おやおや、空っぽ。おっかしいですねー」
予想が外れたのか、エルフィファーレが子供のような仕草で首を傾げる。
血痕はここまで続いてきていると言うのに、屋内には誰も居ない。
あるのは沈澱した埃と、何匹かの虫と、冷えた空気だけだ。
ただ、屋内には誰も居ないと言うだけで、二階部分に相当する屋上にツィツェーリアはいた。
彼女はエルフィファーレが首を傾げるのとほぼ同時に、セレクターをセミオートからフルバーストに切り替え、失血で震える指で引金を引いた。
クラウス・フォン・バルシュミーデは、武装親衛隊に所属していた時から攻撃することを得意としていた。
戦車と歩兵を組み合わせ、空軍の支援を受けつつ迅速且つ的確に目標を殲滅する 電撃戦が、バルシュミーデの場合、電撃以上の速度をもってこれを成功させることができた。
もちろん、その裏には補給部隊の苦労があったにせよ、その手腕は認められていた。
一方のヘルムート・ホフマンは、大陸戦争後の国防陸軍においても防御することに才能を発揮してきた。
機動力をもってして敵を撹乱し、防御から攻撃に転じ、敵を追い払うことが得意だったのだ。
持ちうる戦力を効果的に使うことや、将官の胸の内を察する能力にも長けていて、一時は対G戦線の一翼を担ったこともあったが、
メードの取り扱いに悩み、広報の仕事に回されていたこともある。
二人が手を組むと言うことは軍事正常化委員会と言う異端児の存在がなければ、永遠に無かったのだが、実際にやってみると不具合や不良などが出てくる。
最高の部品を集めて組み上げれば、それは最高の品になるが、人間の場合は、そう簡単に組み上がるものではない。考えるものだからこそ、不具合や不良などが出てくるのだ。
そして今回もそうだった。ホフマンが早急に事態を鎮静化しようと、ライールブルクに待機している予備戦力から鎮圧部隊を編成して出撃させようとするのに対して、
バルシュミーデはメードが四体いれば大丈夫だと、むしろ四体は過剰戦力だと、強気に言った。
長く第一線を引いていたホフマンにしてみれば、最前線に居た優秀な指揮官であるバルシュミーデがそこまで言うのだから、そうなのだろうと思わざるおえない。
だが、ホフマンにもホフマンなりの考えがあった。
敵戦力は確認できただけでも降下猟兵一個分隊程度。
陽動作戦にしては少なすぎる人数であるし、偵察にしては大胆不敵すぎる。
残る選択肢は一つしかない。
サボタージュ、つまり、破壊工作だ。
大陸戦争時、グリーデルの特殊コマンドやアルトメリアのサーペント部隊がやったような、自殺行為に等しい破壊工作任務を、彼らは命じられているのだろう。
しかし、それはホフマン一人が抱く不確定要素、つまりはただの不安なのであって、これといった証拠があるわけでもなく、
また断定できないというのがホフマンの発言権を奪うのだった。
「中将、首都防衛の司令官は貴方です。どうぞ私には構わず、指揮を執ってください」
しかし、バルシュミーデはホフマンが自信を無くし、指揮に影響をもたらすほど発言を自粛していると言うのに気付いていた。
同時に彼が優れた防衛線の司令官であることも認めていたし、自分は参謀でしかないと言うことも理解していた。
「いやいや、君がやった方が上手くいくだろう。続けてくれ、大佐」
「中将、既に述べましたが、貴方が司令官なのです。指揮を執るべきは貴方で、私はそれを補佐する身です。まさか、ここまで来て逃げるつもりではないでしょう」
「それはそうだが……。私は長らく後方で働いた身だ。前線に勤めていた君の方が兵の気持ちを理解できそうだし、何よりメードを上手く扱える。君がやるべきだ。大佐」
「私は先程から貴方の吐き続ける泣きごとに屈して、指揮を執るべきかもしれませんが、そうはしません。何故なら貴方が中将であり、司令官であり、ここの最高責任者であるからだ。ホフマン中将、貴方は逃げようと考えているだけだ。逃げるな、立ち向かえ。逃げた所で、追い付かれるのは目に見えている」
バルシュミーデに気圧されたのか、気乗りしない顔でホフマンはゆっくり頷いた。
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最終更新:2010年11月02日 01:52