Twin's ~ The road to 1939 ~ 6、7、8話

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6:踏み止まった男



 なにがどうなってるってんだ。
 もう少しで国に帰れるはずだったのに、どうしてこうなった。
 双眼鏡を使わなくても、目を凝らすだけで地面をびっしり埋め尽くした黒い虫共の姿がよく見える。
 地響きみたいな揺れと、甲殻が擦れるときの不快な摩擦音と、甲高い鳴き声みたいなものが、まるで耳元で唸っているかのように大音量で聞こえてくる。
 見渡す限りG、G、G……
 こんなにも接近を許すなんて、司令部はなにをやっていたんだよ!
 観測班と哨戒機の連中の目は節穴だったのか? 
 無線機から警告が流れてきたときには、すでに奴らは地平線の向こうから姿を現していた。
 そりゃあ驚きもするさ。逃げ出したくもなるのも無理はない。
 なんなんだよあの数は!
 持ち場をほっぽり出して逃げ出した連中の気持ちだってわかっちまうね。
 俺だって怖くて仕方がないさ。だって人間だもの。


 ……けどさ、人間だからこそさ、俺には意地ってものがあるんだ。


 ここで奴らを食い止めなきゃ、間違いなく戦線は崩壊する。
 そうなったらと、考えてみただけでもぞっとするね。
 こんな虫ごときに俺の故郷を踏み荒らさせるわけにはいかないんだ。


「行かせるかよぉーーーーッ!!」


 あらん限りの声で俺は叫んでいた。
 砲弾の雨の中をくぐり抜けて、1匹だけ突出してきたワモンタイプのGが、俺を目掛けて突っ込んでくる。


 ……ああ、意固地になって一人で踏みとどまった結果がこれだよ。


 俺が機関銃を構えて引き金を引くと、連続して銃弾が発射された。
 けどこんなちっぽけな機関銃じゃ、Gを殺すどころか、足止めすることだってできやしない。
 そもそも弾、あんまり当たってないし。
 早すぎるんだよ足が。
 キショいんだよ。
 近寄ってくるなって。このゴキブリ野郎が!


 ……うっわ、こいつでかいな。


 この口だって俺の頭くらいなら簡単に丸呑みできそうだ。
 ていうかこの牙で、スイカみたくカチ割られるのが先だろうね。


 ―――短かかったなぁ、俺の人生。


「勇気のある男の人って、わたし好きだよ」


 まるで天使が耳元で囁いたような、心地の良い声が聞こえたかと思った直後、そこから先の光景は、まるでスローモーションのように感じられた。
 死を覚悟した瞬間に、俺の脳味噌がフル回転して、感覚気管が最大限に働いた結果なんだろう。
 まず、目と鼻の先まで迫っていたワモンタイプのGが、誰かの脚によって蹴り飛ばされていた。
 俺の顔の横から飛び出したのは、真っ白いブーツ。
 生っ白い太腿。
 ふわりと浮かんだスカートの布地。
 ちらっと横を見れば、白いレースが波打つ暗がりの奥にストライプ柄の―――


「……えっち」
「もごぁ!?」


 気が付くと俺は、口の中に濡れたタオルを突っ込まれていた。
 俺の横には、ワインレッドに染め抜かれたメイド服を纏った少女が、赤い舌をちろっと出して立っている。
 その少女の紫色の瞳は、ジト目で俺を見下ろしていた。
 兎に角、横にいたのはなんとも可愛らしい少女……なんだけど、それにしてもなんちゅー格好してるんだ。
 大胆に開いた肩から胸元は、ゆったりとしたケープに覆われているが、肌がほとんど隠れちゃいない。
 風に揺れるケープの隙間からは、雪のように白い透明感のある肌がちらちらと露出している。多分あまり隠す気は無いんだろうな。
 ミニミニのスカートから伸びるぷにっとした白いおみ足は、先ほど爪先から根本にかけてまで、じっくりと拝見させてもらったばかりだ。
 こんな感じでやたらと露出は多いものの、プラチナブロンドを右で結ったサイドポニーと強気な瞳を併せると、なるほど、イヤラシイというよりは元気いっぱいで活発そうな印象を受ける。


「瘴気が漂い始めてる。 それで口と鼻を押さえながら、全力で後ろに走って。 味方が来てるよ」


 俺の口に突っ込まれたタオルは水で湿っていた。
 なるほど、濡れたタオルで呼吸器官を覆うのは、瘴気が発生したときの基本的な対処方法だと教わっている。
 気が付けば、俺の腰にぶら下がっていたはずの水筒が、横に立つ少女の手に握られている。
 ついでに首に巻いていたタオルも無くなっていた。
 いつの間に引ったくられていたんだろうか? 最初にワモンタイプを蹴り飛ばした時か?
 まるで気が付かなかった。


「ヒャッハー! 騎兵隊のお出ましだぁ!」
「急いで乗り込めぇ! Gが近づいてくるぞぉ~!」


 周りから兵士たちの歓声が上がっていた。
 なんだ、俺のほかにも結構居たんじゃないか。 逃げ出しそこねた要領の悪い連中が。
 彼らが走っていく先を見ると、何台かのジープとトラックが見えた。後ろから戦車も付いてきている。
 まったく、ようやく援軍を送ってくれたのかよ。


「おーい、ローゼー! はーやくーっ!」
「ほーい!」


 振り向けば少女が手を振っていた。
 彼女の視線の先には、服装から顔から何から何まで、彼女と瓜二つの姿をした、もう一人の少女の姿がある。
 ……多分あの娘も縞パンだろう。


「じゃね、わたし行くから。 お兄さんも早く逃げるんだよ?」


 そういって彼女は、俺から引ったくってた水筒を投げてよこすと、もう一人の少女の方へ―――土煙を上げながら迫ってくるGの群れの方へと駆けだしていった。


「あ゛―――」


 きっと彼女はMAIDなんだろうなと、遠ざかる少女の背中を見つめながら俺は思った。
 基地に居たMAID連中は遠目にしか見たことがなかったけど、その中にあんな娘は居ただろうか?
 結局、俺は走り去っていくMAIDらしき少女にお礼を言うこともできなかった。
 まぁ、そもそも口にタオルを突っ込まれていたから、喋ることなんて出来なかったんだけどもさ。
 今度見かけることがあったら、その時はうんとお礼を言わせてもらうとしよう。
 とりあえず今は―――
 絶体絶命の危機から俺を救ってくれた、遠ざかっていく少女の背中に、心の中で「ありがとう」と呟いた。




7:戦乙女の出陣



 大挙して迫り来るGを遠目に見つつ、双子のMAID、ローゼとレーゼは顔をしかめていた。
 それはGとの対決が間近に迫っているからではない。
 主に喉頭式マイクを通じて聞こえてくる怒鳴り声のせいであった。


「お前たち戻れ! 何をするつもりだ!」


 豆粒大の喉頭式マイクを大きく震わせた声の主、ルインベルグ軍を率いるシーマ・ノア・ネッサン卿は、普段の冷静な態度を一変させて、溢れる怒気を隠すことなく双子のMAIDを問いただした。
 そもそも、シーマはローゼとレーゼの二人に出撃を命じていない。
 彼女たち二人は独断で出撃していたのだった。 
 誰に命じられるでもなく武器を手に取って、前線に急行する部隊を追い越して、真っ先に前線までたどり着いたローゼとレーゼ。
 彼女たち二人はシーマの厳しい問いにも、いつもと何ら変わらない、明るい掛け合いで応える。 


「メイドさんのお仕事と言えば?」
「お掃除に決まってるっしょ!」


 どうやらメイドをMAIDに。
 お掃除を害虫(G)駆除にかけているらしい。
 おどけた調子の言い回しだったが、二人らしいと言えばそうだった。
 どんな時でも明るく気ままに振る舞うお調子者。それでいて、ときには大胆な行動で周りを驚かせる少女たち。
 彼女たちが何を思って、自ら戦場に赴いていったのか。


 ……答えは簡単だ。
 想像するに容易い。


 尻拭いをするためなのだ。
 不甲斐ない、我々の。


 Gを足止め仕切るには、どう足掻いても力不足な我々を助けるために、彼女たちは出撃したのだ。
 シーマは普段“氷”と称される怜悧な貌に、あらん限りの渋面を滲ませている。


 頭では理解している。
 彼女たちの選択が、現時点で切れる最高のカードであるということを。
 そうせざるを得ないということも。


「しかし、私は―――」


 そうだ。
 それでもシーマは、双子に出撃を命じなかったのだ。
 今さら秘密がどうだとか言うつもりはない。
 この半月の間、双子はあれほど言い含めておいたにも関わらず、基地内でも十分に目立っていた。
 訝しむ者も多かっただろう。
 薄々ではあろうが、彼女たちの正体が、MAIDだと気付いていた者も少なくはあるまい。
 元々シーマ自身、グレートウォール戦線への派遣が決まった時点で、双子の正体は隠し通せるものではないと思っていた。
 おそらく、双子をグレートウォール戦線派遣部隊に同伴させることを決定した人間も、初めからそれを折り込み済みの上で決断を下している。
 そう確信めいたものがあったからこそ、シーマはこれを了承し、受諾したのだ。
 それでもなお、自分の決断を鈍らせているもの。
 自分が、彼女たちの決意を受け容れがたくしているものは、あのホラント老が感じていた気持ちと同じものなのだろうか。


「シーマ・ノア・ネッサン!」


 無線機から名前を叫ぶ声が聞こえる。
 続く言葉を逡巡していたシーマを、今度は逆に双子が強く叱咤した。


「あなたのお仕事は、みんなを無事にお家まで帰すことなんでしょう?」
「だから私たちもそのために、私たちがするべきことをするんだよ!」


 どこか楽しげに二人の声が重なった。


「「みんなで一緒に帰るために!」」


 通話はそこで途切れる。




 天幕の外で立ち尽くしていたシーマの背後へ、通信士官が駆け寄ってきた。
 シーマがこわばっていた表情を若干緩めながら向き直ると、通信士官は軽く敬礼して、まくし立てるように報告した。


「前線から報告です。 部隊は全ての配置を完了。 迎撃準備よし」
「よろしい、攻撃のタイミングは委ねている。 事態の推移に応じて臨機応変に対応しろと伝えよ」
「了解。 それと、もう一つなんですが……」
「ん?」


 片方の眉根を吊り上げたシーマが、歯切れの悪い士官に報告の続きを促す。


「ハッ、国籍不明の少女……いえ、MAIDがニ名、戦闘に介入。 Gと戦闘を開始している、とのことなのですが……如何しますか?」


 ローゼとレーゼについて通信士官の言葉があやふやなのは、おそらくは彼が喋っている報告の内容が、ルインベルグ軍からではなく急遽随伴した他国部隊から送られたものだからであろう。
 MAIDという正体は表向き伏せられているにせよ、自軍の指揮官の世話係ということもあって、ルインベルグ部隊の間ではローゼとレーゼの顔は知れ渡っている。
 さらに少数の指揮官クラスの人間は、二人の事情にも暗黙のうちに通じているため、ローゼとレーゼが戦闘を開始したからといって、特段それについての説明を求めてくるようなことはしないだろう。
 なので、そういった確認を求めてくるのは、事情を知らない他国の部隊に他ならないのだ。
 彼らに分かるような、単純且つ明確な指示をシーマは送らなければならない。


「フン、決まっている」


 シーマは目深に帽子を被り直しながら僅かに口元を緩めた。


「その二人は友軍だ。 可能な限り連携しGの阻止に努めよ。 砲撃、射撃、絶対に当てるなよ」




8:黒の胎動




 今ではない いつか

 此所ではない 何処かで

 あるいは現実ではない それは夢現か幻か―――



 気が付いたとき、男の周りには無数のGがはべっていた。
 しかし、その異様な光景は、男に何ら嫌悪感をもたらすことはなかった。
 むしろ男にとっては、この異様な光景こそが、自然な状態であるように感じられたのだ。

 これはなんだ……?

 男は不思議に思った。
 現実感の欠片もない、夢現な心地の中にあっても、確かに感じる違和感。
 奇妙なほど空っぽな感じのする体の芯に、ガラガラと音を立てながら、異物が転がっているような感触。

 熱い、と感じた。

 それは酷く虚ろだった男の思考に生を実感させるには十分な感覚だったが、同時にこの上ない不快感を催させるものでもあった。
 まるで焼き鏝を内臓に直接押し当てられているような。
 身体の内側から、ガザガザに爛れていくような……

 やがて男は気が付く。
 体の奥底深くでマグマのように煮えたぎるこの衝動。

 その正体が人類に対する深い怨嗟の念だと気が付いたとき、男は全てを知った。
 自分の周りで蠢いている無数のG達は待っていたのだと。
 主である自分が、命令を下すその時を。

 男は思い出していた。
 男は、男がまだヒトとして生き、そして人間を憎しみながら、絶望のまま死んでいった過去を。
 仇敵であるGと融け合い、新たな命と成って生まれ落ちた、現在までに至る記憶を。
 その全てを“取り戻した”。

 ともすればGの内側に取り込まれたまま、塗り潰されていたかもしれないその記憶。
 しかし男が抱き続けた強烈な憎悪は、Gに捕食された後も存在を保ち続けて、遂には捕食者であるGの支配をも凌駕したのだ。
 あるいはGが、男が抱く人類への憎悪との共存を望み、体の主導権を譲ったのかもしれない。
 なんとも皮肉なものだと、男は自嘲するほかなかった。

 男はそれまでの呆けていた表情に、ドス黒い憎悪の相を宿らせる。
 臓腑の一片にいたるまで染み付いた怨嗟の念。
 蠢いているGたちを見回すと、体の奥底深くから沸き上がってくる衝動のままに男は命じた。

 “むさぼり食え” と。

 カ・ガノ・ヴィヂという名の悪鬼が誕生した瞬間だった。



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最終更新:2011年08月27日 20:22
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