(投稿者:エルス)
清々しいほどに青く澄んだ空と、まるでバベルの塔のように高い教会の塔。それらを見上げながら火を点けていない煙草を咥え、何分……いや、何十分経っただろうか。
人間の思考回路と言うのはつくづく便利なもので、一度混乱に見舞われるとある時点で開き直るか、萎えてしまうのである。
俺の場合、大抵は前者であって、今回もまた前者だった。兵士が好きで人を殺す訳ではないがとりあえず銃は撃っておこうと考えるのと同じように、人間が……特に首都とか言う場所に
住んでいる人間が思考停止して――もっとも本人はそうは思っていないらしい――退化した存在であるのと同じように、人間と言うのは、つくづく柔軟かつバカバカしく作られているのだ。
神は七日間で世界を作り、それらを見たわけであるが、それは本当に良かったものなのだろうか? もしかしてたった七日間しかかけていない、欠陥を持った世界なのでは?
そもそも、神は「我々にかたどり、我々に似せて」人を作った筈である。では何故、人と言うのはここまで阿呆で馬鹿で救いようがないクソッタレなのだろうか?
「……落ち着いたか?」
このまま考えふけっていたら、いつか哲学者になってしまって人類は全員死んでしまえばいいとか叫びだしそうだったので、俺はボーっとした顔で遠くを眺めているエルに言った。
その視線の先にはセントレーア教の華美に装飾された建築群があり、それはもしかしたら、神の作った世界よりも美しい気もした。
しかしはっきり言って俺が美しいと感じる一番の存在は
エルフィファーレであるわけで、そう思っているだけでなく、こうしてひっそりと夫婦になれ、
なおかつもう少しで互いにすべてを曝け出せるのだと考えると、必然的に顔がにやつく。シリアスなムードだったっていうのに、どうして俺と言う馬鹿はこうも馬鹿なのだろう?
「ふーっ、こうして思いっ切り泣くの……生まれて初めてですよ」
「素直に泣けばよかったんだ……と言っても、お前の場合は通用しないんだよな」
「感情を抑えることが、いつのまにか習慣になっちゃってたんですよ。ボクがしてきたことを真正面から受け止めると、ボクが壊れちゃうから」
首をやや傾けながらにこりと笑ったエルフィファーレに、身近なものを感じる。女と言うのは秘密を持ちたがるものらしいが、男としては全部正直に告白してもらいたいって言うのが本音だ。
好きだ、愛してるなんて頭を抱えて悶絶したくなるような台詞を吐きまくったんだ。何を言われようが嫌いになって堪るものか。
「泣くだけじゃ吐き出しきれてないんだぞ。隠していたことを、吐き出すのも大事だ」
「そうやってボクのすべてを知った気になりたいんですね、
シリルは」
「なんだよ、悪いのかよ」
「いーえ。ただ、いくらボクを愛したとしても、知識で理解することは不可能だってことを、分かってるのかなあ……って」
「俺はそこまで博識じゃない。感覚として理解するだけだ。それに、頭の面じゃお前には絶対勝てないってことは自覚してる」
「それなら良いんですけどねえ……。まあでも、シリルがボクを思ってくれてるのは紛れもない事実ですし、ボクがシリルを本当に信頼してあげないと、シリルもボクを信頼してくれそうにないですからねえ」
「俺は」
「お前を十分に信頼してるって言うんでしょ? でもボクを頼ってくれないで、全部背負いこんじゃうじゃないですか。ボクの気持ちを完全に無視してるんですよ、これ」
「え……あー……」
「乙女心をそこまで必死で踏みにじってくれたのは、シリルくらいなもんですよ。でも、ボクを助けようと思ってやってくれてたので、ボクは嬉しかったですよ。ちょっとフラストレーションが溜まりましたけど」
「……すまなかった。冷静になったつもりで熱くなってた」
「恋っていうのはそういうものなんですよ。シリルの場合、ブレーキの利きがとっても悪かったんです」
「暴走列車、か……。まあ、俺はそういうもんだからな。優柔不断な俺は嫌だろ?」
「嫌じゃありませんけど、優柔不断な人は嫌ですね」
「なるほど、了解だ。それじゃ……」
エルフィファーレを『お姫様抱っこ』して、俺は彼女にキスをする。呆気にとられたエルフィファーレの顔を楽しみながら、俺はにやりと笑う。
「俺、悩むのやめるよ。エルフィファーレだって、そうしてもらいたいだろ? だからさ、お互い愛し合おうぜ。なあ奥様?」
「ぇ…………あ。うーん、奥様、ですかー……。キュンと来ますねェ。なんだか、とっても幸せな気分です♪」
「俺だって幸せだよ」
「それじゃあ、シリル。悩むのやめたんですよね?」
「ああ、なんだか面倒くさくなっちまったからな」
「では問題です。シリルが一番したいことと、ボクが一番したいこと。なんでしょーか?」
おもしろがって笑いながら、エルフィファーレがそう言う。俺はその顔を見て、青空を見て、そんなの決まってるだろうと返す。
「抱き合いたいんだろ。俺もまだ、お前を抱き足りない。お前は俺を感じていたい。恥ずかしいけど、これが俺の本音だよ」
そして誰かの為に鐘が鳴る。
彼と彼女のためだけでなく、
誰かのために鐘は鳴る。
END.?
最終更新:2011年09月12日 23:32