(投稿者:エルス)
青く、何もかもが澄んでいるこの空で、僕は楽しそうな笑顔で殺し合っているんだろう。
そう考えても、この行為は楽しく、刺激的で、そして感動的だ。
ここで僕が上げている声は奇声に近いのかもしれない。空で戦っていると、楽しくて笑いまくって、喉を痛める時だってある。
でも、自分の体なんてどうでもいいほど、命をギャンブルに出すみたいな一瞬の駆け引きが、僕の意識をこの世界に縛り付けてるんだ。
くるり、ひらり、かちゃり、ばん。
ほら、簡単だ。トリガーを引いて撃てばいいだけなんだから。撃ち漏らしたら死ぬだけなんだから。それで全部全部、終わりになるんだから。
楽なもんじゃないか。当てても外しても後には楽しさが残るんだ。むしろ、死んだ方が楽で幸福になれるのかもしれない。
こんな馬鹿げた戦いの終わりって言うのは、死んだ奴だけが見れる特別なものなのかもしれない。
でも、空を飛ぶ事はこんなにも楽しいというのに、あっさりと死ぬ必要なんてないじゃないか。
「―――らしくないな。飲み過ぎるなんて」
「……五月蝿い」
俺に背負われているというのに、華奢な身体をした茜は感謝の言葉の一つも無く、ただ酔いに任せて口を開くだけだ。
死ぬ必要なんて無い―――それが茜の死者に対する言葉なんだろう。なんで死んだのか、ではなく、死ぬ必要が無い。
今ここで俺が何故と聞けば、茜は理由なんて無いと即答する。そうだ、茜の発言に理由なんてものは無い。
ただ、一方的な偏見と空から見下す視点だけが、妙に世捨て人らしい言葉を創り出すのだ。
「僕だって嫌なことはある。良いじゃないか、飲むくらい」
「駄目だ。あのまま飲んでたら拳銃を抜きかねん」
「なんで分かるのさ?」
「お前だからだ」
「酷い偏見だ」
「そんなもんだ」
「へぇ、僕ってそんなもんなんだ?」
「そんなもんなんだ」
「ちぇっ」
嫌なこと、と言うのは昼間にあった取材のことだろう。楼蘭の記者が服が地味でさまにならないといって、女性記者たちが無理矢理メイド服に着替えさせた、あれだ。
見た目は困った感じの笑顔だったが、内心皆殺しにしてやろうか、などと、かなり物騒なことを考えていたのだろう。
でなければ、ウィスキーを水も用意せずにストレートで飲み続けるなんてこと、する筈が無い。
「幾ら使った?」
「財布全部」
「給料全部渡さなくて正解だったな」
「渡してよ」
「駄目だ。酒と煙草で全部消すつもりだろ」
「別に良いじゃないか、そのくらい」
「お前はそのくらいで世界を終わらせても良いって考えてるだろう?」
「まあね」
「だから駄目だ。今時の神様より信用できん」
「坂井のケチ」
「少し黙ってろ。酔ってるんだ、お前は」
頭の後ろから舌打ちと非難の言葉が聞こえたが、無視することにした。周りはもう暗い。山の方がまだ明るさを保ってい
るが、それも何時まであるか分からない。そもそも、乗ってきた車がエンストするなんて事がなければこうやって茜を背
負って道路脇を歩いている事も無かった。やはり、グリーデル製は信用性に欠ける。ハンドルの位置だけは、褒めてやっても良いが……。
「ねえ、坂井」
「何だ?」
「もしもう一度、この世に生まれてくる事ができたとしたら。坂井は、生まれてきたいと思う?」
「思わないな。そもそも、俺の気持ちが反映されるような次元じゃない。俺の行動範囲は、飛行機の限界高度と同じなんだ」
「じゃあ、死ねば?」
「死にたいと思っていたなら、俺はもうここにはいない」
「僕が殺してあげるよ。なんか、疲れたし」
溜息に似た声を無視して、薄暗い道を歩いてゆく。街灯はない。完全に夜になってしまえば、闇が辺りを閉ざすだろう。
色々と言いたい愚痴もあるが、言ったところでどうにもならないのだ。不平不満を呟いたところで、そのシステムが改善されることなどない。
システムを抜け出すという行為もあるにはあるが、正論を引っ下げた正義面の阿呆がコテンパンに殴ろうと追撃してくるのは目に見えている。
そこまで、俺は落ちぶれた覚えなどない。楽しみがあるのだ。それを唯一の松明として、俺は歩み続けるのだ。
一人であろうと、万人であろうと。
「なんか、疲れた」
「俺も疲れた」
「我々は翼が欲しいという欲望を持っている。にもかかわらず結局は空を飛ぶことはできない。要するに、我々は幸せなのだ。さもなければ、空気はやがて吸うに堪えなくなるに違いない」
「ルナールだな。しかし、俺たちは空気を吸っている」
「でも僕は、空気を吸うことが嫌で仕方ない。空の空気なら、幾らでも吸い続けていられるのに」
「なら、死ねばいいじゃないか」
「人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのはばかばかしい。重大に扱わねば危険である。人なんて、銃弾一つで死ぬんだ」
「なら、お前はどうなんだ?」
「人間はひとくきの葦にすぎない。自然の中で最も弱いものである。だが、それは考える葦である。でも僕は、葦よりも強くなってしまった」
「人生は道路のようなものだ。 一番の近道は、たいてい一番悪い道だ。お前の通っている道は、一番悪い道なんじゃないのか」
「知ろうとしないのは、無知より悪い」
「他人の事なんか理解出来っこないだろう」
「いつも通る道でも、違うところを踏んで歩くことができる。いつも通る道だからって、景色は同じじゃない。それだけではいけないのか。それだけのことだから、いけないのか。僕はもう、疲れた」
「俺も疲れた」
背中に掛かる重みが増した気がした。背中に当てられていた銃口の感触が消えた。だからと言って、背負っている奴の存在が消えたわけではないのだ。
もし、数瞬後に、背中で銃声が響いて、誰かが死ぬことになったとしても、時間は止まることはない。動き続けるだけだ。残されているのだ。なら、動き続けなければならないだろう。
生きるとは呼吸することではない。行動することだ。そして、生は永久の闘いである。 自然との闘い、社会との闘い、他との闘い、永久に解決のない闘いだ。
「This is my war.」
「No. This is MAIDs and G war. There are no human」
道を歩くことには、疲れた。
だから俺は、あの道の無い空が好きなのだ。
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最終更新:2011年09月20日 12:06